わたしは電子書籍の購入に際して、『BOOK☆WALKER』という販売サイトを利用しているが、現在、5周年だそうで、大規模なフェアを実施しており、コインバックが50%、つまり、実質半額で電子書籍が買えるので、この機に、読んだことのない作品をせっせと買い続けている。
 しかし、実際の本屋さん店頭ならば、棚をぶらぶら歩くことで未知なる書籍との出会いが生まれるわけだが、やはり電子書籍の場合は、「検索しないと出会えない」という致命的な弱点がある。要するに偶然の出会いが極めて少ないということで、こちらから何らかの能動的なアクションがない限り、未知の本とは出会えない。なので、電子書籍は基本的には新刊だったり、名作的な懐かしモノだったり、そういう、読者が最初から知っている本が売上の上位に来る。結果、売れる本は売れ、売れない本は全く売れないという不自然な2極化が進んでしまう事になる。
 もちろん、そんなことは誰だって分かっているし、本に限らずECすべてにおけるの特徴というか短所であるので、各電子書籍販売サイトは、「おすすめ」をしたり「フェア」を開催したりして、利用者へ向けて「未知なる本との出会い」を演出しようとしてくれているわけだ。とはいえ、「おすすめ」はしょせん統計データに過ぎず、あなたが購入された本を買った別のお客さんは、こんな本も買ってますよ的なおすすめだったり、同じ著者のこの本はどうですか? といったおすすめであるので、そこには人間のハートは存在しない。だから何だと言われると困るのだが、わたしとしてはそんなおすすめには用はない。だいたい、そういうのは「おすすめ」されるまでもない作品ばかりだしね。そういうハートのないおすすめが、現在の世の中には満ち溢れているが、まあ、恐らく人類はそういうおすすめに慣れていくことで、いろいろなものを失っていくんでしょうな。
 ま、そんなことはどうでもいいとして、今回わたしがまとめて全巻買ってみたのが、この作品である。全巻、と言っても4巻で完結しているので、大したことはないのだが、非常に本格的なタイムトラベルSFで、大変面白かった。

 なぜこの作品と出会ったかというと、現在BOOKWALKERで開催されているフェアにおいて、日替わりで版元ごとにさらに半額、という企画の中で、昨日この作品の版元である朝日新聞出版の作品が対象になっていたからだ。なので昨日のわたしは、朝日新聞出版……うーん、オレの欲しい本はあるのかねえ……と一覧で作品を眺めていたところで、この作品に目が留まったというわけである。
 そもそも、朝日新聞出版といえば、かの「朝日ソノラマ」が事業を清算した後にその資産を継承した版元であるので、最初はソノラマの作品を目当てに何かないかなーと探していたのだが、こういうコミックもあるとは知らなかった。決め手は、タイトルと絵柄、そして試し読みで読める冒頭の数ページを読んでみての感触である。うん、なかなか面白そうじゃん。それだけの、いわば衝動買いである。しかし、非常に幸せな偶然の出会いであったとわたしは思っている。面白かった。

 お話は、非常に複雑である。主人公、杉田果子(スギタ・カコ)は中学生。どうやら生まれつき(?)、「扉を開けると、開けた先が、時間と空間を超えた、どこかの時代のどこかに繋がる」という能力を持っているらしい。なので、やばい、遅刻だ! と慌てて自室を出たその先が、3日後だった、というようなこともある。もちろんその能力は常に発揮されるわけではなく、ランダムに発生することもあるようだが、元の時空間に戻ることを強く念じて扉を開くことで、元の時間軸に帰ることはできる。
 また、本人が複数存在する状態も許容されていて、3日後の自分と出会って、あんたさっさと帰りなさいよ、と自分二人で口論になることもあるし、記憶の伝達も可能である。試験の問題を教えるとか、そういう事も出来るのだが、それをやったことで不自然に成績が良くなってしまい、カンニングでもしたのかと不審がられて、以降、自分に対して記憶の伝達はやめるという自分ルールを作っていたりする。
 そんな果子は、ある日、「タラベラー」と名乗る一人の男と出会う。彼は、2446年からやってきたタイムトラベラーで、25世紀にはタイムトラベルはごく普通の技術として確立しているのだという。時間旅行は一般的な娯楽であり、タイムトラベラー、略して「タラベラー」はごく普通の存在で、2007年にやってきた男は、果子もそんなタラベラーだと勘違いして接近したのだが、果子が2007年に生きる「現時人(=その時に生きる人)」だという事が分かって、慌てる。タイムトラベルには、いくつかのルールがあって、現時人との必要以上の接触は禁じられており、その禁忌を犯すと、罰則はあるし、重大な時間干渉をしてしまうと、時が止まって(その状態を「ホールド」という)しまい、元の時軸に戻れなくなるのだ。
 物語は、こんな感じで出会った果子と男が、あることが原因で二人とも時に囚われてしまい、そこからの脱出を試みるというものである。絵柄は大変可愛らしいのだが、非常に設定が細かく緻密で、大変興味深い。例えば、時間はそれ自体に自己修復機能があって、何か歴史を変えるようなことをしてしまうと無理矢理その流れに沿って結果の帳尻を合わせようとしてしまう作用が働くらしい。だから、人の生死はまず動かせない。交通事故にあってしまう人を助けても、別のことが起きてやっぱりその人は死んでしまうとか、そういう事が起こる。なので、「ホールド」が発生してしまうのは非常に大きな時間への干渉をしてしまった時だけなのだが、物語は非常に複雑な道のりを経て、ちょっとした感動的なフィナーレを迎える。わたしは大変気に入った。

 この作品は、もともとは、「ネムキ」という隔月刊の少女漫画雑誌に連載されていたものだそうだが、そんな雑誌があったことすら知らなかった。まあ、出版不況、とくに雑誌の壊滅的な部数減の昨今、既に2013年に休刊になってしまっているようだ。しかし、このような、良作に出会うと、つくづく、もっと売れていればなあと思う。世には、こうした、知る人ぞ知る的な良作がなんと多いことか。そして、そのような良作に巡り合うことがなんと難しいことか。そういった幸せな出会いを作るのは、メーカーたる出版社の役割なのか? それとも小売りたる本屋さんや電子書籍販売サイトの仕事なのか? いや、それとも、ユーザーたる我々のすべきことなのか? 良くわからないけれど、まあ微力ながらわたしも、インターネッツという銀河の片隅で細々と紹介を続けることで、少しは役立ちたいものだと思っている。

 というわけで、結論。
 『時間の歩き方』は、非常に正統派の純SFで、大変楽しめた。ちょっと複雑なので、すらっと読めるものではないかもしれないが、わたしとしては非常に面白いと思った。Webを検索すると、結構レビューが出てくるので、既に、その道では有名な作品みたいですな。おすすめです。なお、BOOKWALKERのフェアは12/13(日)の09:59まで開催中ですよ! 以上。

↓ タイムトラベルもので、わたしが一番好きなのは、なんといってもわたしの愛するStephen Kingのこれですよ。『11/22/63』は、イチイチニーニーロクサン、と読んでください。1963年11月22日、という意味です。ラストは泣ける。素晴らしい作品。James Franco主演でHulu配信限定の映像化も進行中です。
11/22/63 上
スティーヴン キング
文藝春秋
2013-09-13

11/22/63 下
スティーヴン キング
文藝春秋
2013-09-13