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 はーーー。なんつうか、毎日毎日、生きるってなんなんだよ……と10代の悩めるクソガキだった頃以来、そんなことをぼんやり考えるわたしである。何にも悪いことなんてしてないし、善人として生きたいと日々真面目に過ごしていても、残念ながらいいことなんて、あんまりねえなあ……というのが、この頃のわたしの実感だ。人生100年時代とか言われてもなあ……オレ、それまでもちそうにないよ。こころ的に。
 ま、そんなネガティブ方面に思考が回るのを食い止めるべく、今日は晴天、朝から冷蔵庫の中身を盛大に捨ててゴミ出しをし、3日分の洗濯をして、もうついでにあれもこれも洗っちまえ!と2回洗濯機を回してさっぱりしたところで、よし、出かけるか!と地元のシネコンまでチャリをぶっ飛ばして、映画を観ることにした。
 今日わたしが観た映画は、DCコミックス原作の『SHAZAM!』であります。もう何度もこのBlogで書いている通り、わたしはMCU、マーベル作品は大好きすぎて堪らないほどなのだが、DCヒーロー作品には、若干その勘違いした方向性に首をかしげていた。しかし、DC前作の『AQUA-MAN』が、どうせクソ映画なんでしょと高をくくって観に行ったら、これがまた超面白かったわけで、今回の『SHAZAM!』に関しても、うーーん、これはいくら何でもアウトだろうな……と相当警戒して観に行った結果、結論から申し上げると、これまた超楽しくて面白かった!のであります。なんだよ、おもしれえじゃん! てのが、わたしの素直な感想だ。
 というわけで、以下、一つ絶対知らないで観る方が面白い、重大なネタバレにも触れる可能性大なので、まだ観ていない方は以下は読まず、今すぐ劇場へ観に行ってください。マジでこの映画、アリ!です。

 つうかですね……この予告を見て、やべえ、こりゃ面白そうだ、とは全く思えないよね。少なくともわたしは、この予告を見てこの映画を観たくなることは全くなかった。まず、わたしはズバリ言えば、ガキが嫌いである。自分自身のガキ臭さを棚に上げて言っている自覚はあるが、とにかく、仕事上の付き合いでも、電車の中でも、20代以下のガキの行動を観ていると、本当にイライラすることが多い。実際、憎んでいると言ってもいいぐらいだ。
 なんでそんなにガキに対して憎悪を抱くかというと、一言で言えば「思慮が足りない」からである。ちょっと考えればわかることが分からない。もちろん自分もそうだったわけだが、初老の今、そんな当時の自分を棚に上げて、頭に来てしまうのである。まさしく老害。まあ、そういったわたしのどす黒い感情は表に出すことはないけれど、この予告で描かれるような、まさしく「悪ノリ」全開のクソガキには、キッツイお仕置きが必要だぜ? とか思ってしまうのである。
 しかし本作の本編では、確かに主人公のガキにはイラつくものの、それよりも、主人公の少年の周りに、とてもイイ人が何人もいるし、一応反省らしき態度はとるので、何となく許せてしまうんだな。あまつさえ、どんどんと物語にはまり込んで、結果、大興奮してしまうわけで、これは、物語のテンポがいいのと、キャラクター設定のおかげだと思う。
 物語は、冒頭1974年だったかな、今から45年前から始まる。その場面では、一人の少年が魔術師シャザムにある意味強制的に召喚され、その資質を試されるのだが、あっさり失格判定され、そのせいでその少年の人生は歪んでしまう。
 そして場面は現代に移り、別の少年の描写が始まる。その少年は、幼少期に母とはぐれて迷子になり、何人もの里親のもとを転々としている不良少年だ。その少年はずっと母を探しているために、警官にいたずらをかまして警察のデータベースを勝手に閲覧したりとやりたい放題だったのだが、全然母は見つからない。そして新しい里親に引き取られることになる。その新しい家庭(グループホーム)は、少年のような身寄りのない子供が5人いて、結構仲良く暮らしている。そんな家庭に引き取られた少年は、学校でいじめられていた同居少年を助けて、地下鉄に逃げ込むのだが、そこで魔術師シャザムに召喚され、資質を試されることなく強引に、「シャザム」の力を押し付けられてしまいーーーてなお話である。
 この後、スーパーパワーを得た少年と、冒頭で失格となった少年(現代ではもうハゲのおっさん)のバトルとなる、てな展開である。おまけにそのバトルも、DCコミックお約束のどかーん、ばきーん、の殴り合いばかりで、決着の付きようがないものだ。いつも通りテキトーにはしょりましたが、どうすか? 面白くなさそうでしょ?
 しかしですね、ホント、観ていてストレスが少ないというか、テンポがとてもイイんだな。そして、とにかく主人公のクソガキが引き取られた家の、5人の子供たちがとってもイイ奴らなんすよ! わたしはそこがとても気に入ったすね。というわけで、以下、キャラ紹介と演じた役者をまとめてみよう。
 ◆ビリー・バットソン:主人公の少年。クソガキ。「シャザム!」と叫ぶと大変身(※面白いことに、発声しないと変身できないため、水の中では変身不可みたい)。仮面ライダー的で、日本の特撮を愛するわたしとしては大変気に入りました。しかしなぜ彼が「シャザム」の力を得る資格があると判定されたのか、に関しては、甚だ疑問が残る。どうやら魔術師シャザムの寿命が尽きてしまいそうで、おそらく、もう誰でもいいや、という状態だったようにわたしには見えた。それでいいのかよ!! とわたしはこの経緯にはもう、マジかよ……となかば呆然であった。性格は悪いし、相当ひねくれたガキだったのにね。だがしかし、引き取られた家の仲間たちと触れ合う中で、まあ、一応許せるレベルのガキへと成長します。いや、許せないかな、最後まで。なお、母親とはぐれただけで行方不明になっちゃうか?? という根本的な謎は、一応ちゃんと解答がありましたが、なんつうか……アメリカという国では普通なんですかねえ……日本じゃ考えられないと思うのだが……。ちなみに、本作はれっきとしたDCユニバースに属する作品なので、BATMAN、SUPERMAN、AQUA-MANといったヒーローが現実に存在している世界で、なんとラストはわたしの嫌いなSUPがカメオ出演します。お前じゃなくてBATMANに出てきてほしかったわ。で、シャザムに変身する主人公ビリーを演じたのはAsher Angel君16歳。まあ、順調に成長すればそれなりのイケメンになるんじゃないすかね。そしてシャザム!と叫んで変身した姿を演じたのがZachary Levi氏38歳。彼は、THOR様の親友、ウォリアーズ・スリーの一人、2代目ファンドラルすね。『THOR』1作目は別の人だったけど『DARK WORLD』から参加してますな。えーと、スリーの中で唯一の金髪イケメンの人です。
 ◆フレディ:ビリーが引き取られた家の先輩同居人の少年。ヒーローオタク。足に障害があって松葉づえをついている。しかしその性格は明るくよくしゃべり、とにかくコイツがイイ子なんすよ! この子がいなかったら、ホントにビリーはただのクソガキだっただろうな。クライマックスでフレディたちも大変身するのはまさかの展開で大興奮したっすね! アレは最高でした。フレディも、今後ヒーローになれるのか、あの一時的なものだったのかはよく分からんかったす。演じたのは、わたしは全然気が付かなかったけれど、どうやら『IT』で喘息持ちのエディを熱演してくれたJack Dylan Grazer君16歳だった模様。大変素晴らしい演技でしたな。
 ◆メアリー:先輩同居人の女子で一番年長のお姉さん。とっても可愛らしい娘さん。ありゃ美人になるぞ。大学進学目前で、合格通知が来ても、喜びよりもみんなと離れ離れになることを悲しむ心優しきみんなのお姉ちゃん。ホントいい子。彼女もクライマックスで大変身! 最高でした。演じたのはGrace Fulton嬢22歳。カワイイ。気に入ったす。
 ◆ダーラ:先輩同居人の女子で一番年少。きっと今までつらい目に遭って来たんでしょうな、誰にでも(?)すぐハグする甘えっ子。可愛らしい。彼女もとてもいい子。クライマックスでは超スピードを持つ美人女性に大変身。エンドクレジットのアニメによると、かの超音速野郎、FLASHと同等なのかも。演じたのはFaithe Hermanちゃん。2008年生まれらしいから11歳か。おっと、Twitterインスタもやってんだな。たいしたもんだ。
 ◆ユージーン:先輩同居人で東洋系のゲーマー少年。チビでオタクだが、スゴイ級ハッカー。もちろん彼もクライマックスで大変身。演じたのはIan Chen君。20006年生まれの13歳。イケメンに育つのだぞ!
 ◆ペドロ:先輩同居人でデブのコミュ障無口少年。でもいい奴なんすよ、コイツも。大変身した姿は髭のマッチョなイケメンで大変カッコ良くなってるのがちょっと笑えちゃう。演じたのはJovan Armand君19歳。大変良かったす。
 ◆サデウス:今回のVillain。冒頭の、資格ナシ判定をされた気の毒な少年の成長した姿を演じたのが、セクシー・ハゲ界のイギリス代表、Mark Strong氏55歳。このうらみはらさでおくべきか!といつまでも憎悪に身を焦がしていたわけで、だからお前はダメだったんだよ、としか言えないす。まあ、実際のところ、お父さんも兄貴もひでえ人間だったけどね……。ところで、わたしは原作コミックを全然知らないので、エンドクレジットに挿入される、収監されたサデウスのもとに現れる謎の芋虫に関しては、何のことやらわかりませんでした。アレは……まあ、邪悪な存在なんでしょうな。そして一番最後のおまけ映像は、ヒーローオタクのフレディが、シャザムに変身したビリーが金魚と喋れるのか? の実験をしているシーンでした。要するにAQUA-MANネタで、フレディは本編中でもAQUA-MANのTシャツを着用してました。
 ◆魔術師シャザム:そもそもの元凶というか……なんというか、ヨーダ的な、強いくせに抜けているというか、封印ってのはいつか破られるわけで、封をするだけじゃダメなのはわかってただろうに……。ある意味、全部丸投げの無責任なお方と言わざるを得ない。何の説明もインストラクションもなく、力だけ渡してもなあ……ダメっショ、それじゃあ。演じたのはもうそこら中で活躍中のDjimon Hounsou氏54歳。この方はMCUにもDCにも出ている数少ない中の一人ですな。
 とまあ、キャラ紹介は以上かな。
 あと、これはどうしてもメモしておきたいのだが、本作は舞台がPhiladelphiaだったのだが、つまりわたしの大好きな『ROCKY』の街なわけで、あの、美術館前の階段も出てくるし、ちょっとしたネタになっていました。かの「EYE OF THE TIGER」の曲に合わせて電撃かましまくってはしゃぐシーンには、ちょっとイラッとしたすね。しかしくそう、やっぱり一度Philadelphiaに行って、あの階段を駆け上がって、うおお、とガッツポーズしてみたいなあ……。。。
 最後に、ところでSHAZAMってネーミングからしてダサくね? と思っていたわたしが、本作を見て初めて知った(&Wikiで読んで知った)豆知識を書いておくと、
 S=Solomonの叡智。ソロモン王ですな。
 H=Herculesの剛力。日本語でヘラクレス、フランス語でエルキュールですな。
 A=Atlasの体力。えーと、巨人族で天を支えているお方ですな。
 Z=Zeusの全能。ゼウス様ですな。
 A=Achillesの勇気。勇者アキレスですな。
 M=Mercuryの神速。ローマで言うメルクリウスですな。
 の各能力を持つという意味なんですと。もう無敵じゃん。これは強いわ。そして、なんと元々のコミックは、DCコミックではなくて、後にDCが版権を獲得したんだそうだ。で、元々はなんと「キャプテン・マーベル」というシリーズだったそうで、DCが版権を取得した時に、MARVELコミックがもう登録商標していたために「SHAZAM!」と改題されたんですって。へえ~ですな。

 というわけで、書いておきたいことが亡くなったので結論。
 DCヒーロー最新作『SHAZAM!』は、その予告やプロモーションの方向性からも、クソガキの悪ノリばかりが目に付いて、クソつまらなそうだなあ……とか思いながら観に行ってみたところ、そんな予断を吹っ飛ばす、気持ちのいい楽しい映画に仕上がっておりました。ええ、実際とても面白かったすね。とにかく、主人公のガキはともかくとして、仲間の5人がとてもイイ子なんすよ! 生きてたっていいことなんてねえ、とか、マイナス思考の歪んだ心ではイカンと、彼らに教わったような気すらするっすね。前向きで生きるのが、まあ、正しいんでしょうな。はーーー……でも、報われない日々はつらいす。なんか、ちょっとしたハッピーがあるといいんすけどね……報いを求めちゃイカンのかなあ……だってにんげんだもの……。ともあれ、本作『SHAZAM!』は大変お勧めであります。完璧もう、漫画そのものですよ。だがそれがいい!のであります。ぜひ劇場へ! 以上。

↓ なんか原作も読みたくなりますな。そして胸に輝く「電撃」マークがわたしとしては最高です!
シャザム! :魔法の守護者(THE NEW 52! ) (DC)
ジェフ・ジョーンズ
小学館集英社プロダクション
2015-02-07

 いやーー……バカにして申し訳ありませんでした!!
 昨日、わたしは会社帰り映画を観てきた。それは、本当なら先週末に行こうと思っていたのだが、ちょっとした用事が出来てしまって観に行くことができず、かといって明日からの週末は別の映画も始まるので、なんとしても今日中に観ておきたい、という作品だったのだが、その映画とは……DCコミックヒーロー映画、『AQUAMAN』であります。
 わたしは散々このBlogでも書いている通り、MARVELヒーロー映画は大好きだけれど、どうもDCヒーローはBATMANとWONDERWOMANしか好きになれずにいた。まあ、そのために、公開してすぐ観に行かなくてもいいか、とか思っていたのも事実である。さらに言うと、おととしの『JUSTICE LEAGUE』もかなり微妙な作品で、いよいよ公開される『AQUAMAN』に関しても、正直、まったく、1mmも期待していなかったのだ。どうせまた、相当アレなんでしょ……と小馬鹿にしていたわたしの方こそのバカだった!! はっきり言ってわたしは今日観た『AQUAMAN』が超面白くて、思いっきり楽しめたのであります。いやあ、これはイイっすねえ!
 というわけで、以下、ネタバレに思いっきり触れると思いますので、まだ観ていない方は今すぐ退場して、映画館へGO!でお願いします。ま、別に話を知ってても楽しめると思うけど。

 どうですか、この予告は。もう、全く見たいという気持ちを起こさせないというか、クソつまらなそうに思えませんか。少なくともわたしは、この予告を観た時、こりゃあまた香ばしいクソ映画っぽいな、と感じたのは確かだ。つうか、ガキ臭せえマンガじゃねえか、と。
 そして観てきた今でも、その印象はほとんど変わっていない。ズバリ、もう漫画そのもの、な映画であったと思う。
 しかし、だ。そもそも、DCコミック=漫画なんだから、実際あったりまえなのである。そして、わたしが本作を気に入った最大の理由はまさにそこにあって、「漫画に徹底している」のがとても気持ちイイのだ。『MAN OF STEEL』に始まった、DCワールドに関しては、今までもう何回もこのBlogでその勘違いした「リアル」路線を批判してきた。しかしこの映画『AQUAMAN』は、見事に今までの弱点を克服している作品だとわたしは思う。以下に、わたしがポイントだと思う点を列挙してみよう。
 1)ある意味テンプレな物語。だが、それがイイ!
 まずは物語である。ズバリ物語は、ある意味テンプレ的なお約束の展開で、ほぼ意外に思うことなんてなく、想像通りに進む、よくあるお話と断じてもいいのではないかと思う。だがこの映画は、例えるならば、全くの直球ど真ん中、そして「超剛速球」なのだ。
 その真っ直ぐでストレートなお話は、ここまで剛速球だと、もうそれは「テンプレ」とネガティブに思うよりも、「王道」とポジティブに評するしかないと思う。上映時間は140分超と意外と長いのだが、わき目も振らずに一直線に進む物語は、観ている観客にとっては全くストレスなく楽しめるし、その長さを一切感じさせないのも高く評価できるポイントだろうと思う。
 簡単に物語をまとめてみよう。時は1985年から始まる。とある灯台守の男が、嵐の夜、岩場に一人の美女が倒れているのを発見し、介抱する。そしてその美女は目を覚ますと、海底アトランティスの王女だという。親に決められた結婚を拒否して逃げてきたらしい。かくして出会った二人は恋に落ち、愛らしい男の子が生まれる。しかし男の子がすくすくと育つ中、海底から追手が現れ、「わたしがいては、あなたたちに危害が加えられてしまう。あなたたちのために、わたしは海に帰るわ」と、結局海に帰ってしまう王女。そして時は現代に移り、地上に残された息子はすっかり成長、ゴッツイおっさんとなって悪党退治にいそしむAQUAMANとして暮らしていたが、そこに海底から一人の美女が現れ、「あなたが海に戻って王位についてくれないと、あなたの弟が地上に戦争を仕掛けてくるわ。ついでに言うと、わたしはあなたの弟と結婚させられそうで困ってるんだけど」という話を聞き、ええ~オレは王の器じゃねーし……とか言いながら、いざ母の故郷の海底へ。そして海底のしきたりや、弟のことをよくを知らないAQUAMANは、王位継承の決闘に挑むことになるも、初戦は敗退、美女と共に「世界のどこかにある三叉の槍=トライデント」という最強武器を求めて旅に出るのであった……てなお話です。サーセン。超はしょりました。
 もう、いろいろ突っ込みたくなるのだが、これがなかなかどうして、ここまで剛速球のストレートだと、細かいことはどうでもよくなってきてしまうというか、面白く思えてしまうのだから不思議ですよ。わたしが一番謎に思ったのは、登場するキャラ達はものすごい勢いで水中を移動するのだけれど、ありゃ一体、どういう……仕組みというか理屈なんだろうか? いや、水を掻いている気配はないし、何かを噴出してジェット的に進んでいるわけでもない。物理法則は完全無視で、強いて言うなら、空を飛んでいるSUPERMAN的に「泳いでいる」としか見えないのだが……ええ、もちろんそんなことに一切の説明はありません。でもですね、どーでもよくなっちゃうんだな、そんなこたあ。
 そして物語は、当然伝説の武器を手にして勝利、無事に王座についてめでたしめでたし、である。こう書いてみると、オレは一体何が楽しかったのかさっぱり伝わらないと思うが、事実、面白かったとしか言いようがないのであります。
 2)とにかく映像がスゴイ!
 恐らく、ド直球の物語を、すげえ!と思わせるのに一番貢献しているのは、その映像そのものなのではないかと思う。恐らく水中シーンは、もうキャラクターを含めてほぼフルCGなのではないかと思う。それはそれで凄いのだが、一番すごいのは、カメラワークだ。とにかく動く! そして切れ目なし! 一体全体どうやって撮影したのか、どこからどこまでがCGなんだかさっぱり分からない映像のクオリティは、これはもう超一流だと言わざるを得ないだろう。この映像のすごさが、単なる直球ど真ん中の物語を「剛速球」に仕立て上げているとわたしは感じた。これはバットに当たっても、バットをへし折る勢いですよ。
 また、映像的な凄さは、まさしく漫画的表現にも通じるものがあって、漫画で言うなら「見開きでズドーーンと描かれる決めカット」もふんだんに盛り込まれており、観客の興奮を掻き立てることに見事に成功しているように感じられた。そう、極めて漫画に近い映像作りにも非常にセンスを感じさせるものがあったと思う。そういった画の作りこそ、演出というものだ。
 近年、コミック作品の映像化が当たり前となった日本の映画界(およびTV界)では、どこか勘違いしたような、漫画の絵をそのまま実写にしたような画をよく見かけるけれど、あんなのは演出なんかではなく、単に漫画の画をコピーしただけのものだ。本作はそんな下品なコピーなんかとは一線を画す、見事な作品と断言してもいいだろう。
 本作を撮ったのはJames Wan監督だが、わたしは彼の名を一躍有名にした『SAW』に関しては名作だと思っていたけれど、それ以降はとりわけ気にしてはいなかった。が、どうやらやはり彼は本物ですね。見事な演出だったとわたしとしては最大限の賛美をおくりたいと思う。
 3)何気に豪華なキャストが、超王道の剛速球を支えている。
 というわけで、各キャラとキャストを紹介しよう。ポイントになるキャラを演じる有名俳優がとても効いてると思う。
 ◆AQUAMAN=アーサー・カリー:主人公AQUAMANに関しては、わたしは実のところコミック版『AQUAMAN』を読んだことがないので知らなかったことが結構あって、意外と驚いた。わたしは『JUSTICE LEAGUE』でのAQUAMANしか知らなかったのだが、あの作品でのAQUAMANは、まあズバリたいして強くないくせに偉そうなキャラだったのだが、本作で語られたことによれば、深海の超高圧・極低温にも耐えられる体だそうで(ちなみにそのような体に「進化」したんだそうだ)、結果として、銃火器や刃物は一切効かないため、ま、普通の人間ではまず勝ち目ナシ、である。そして海に入ればほぼ無敵であるため、これは戦い方によってはチート宇宙人のSUPERMANにも勝てるのではないかというポテンシャルを持つ男である。そして海洋生物と意思疎通ができる謎能力の持ち主で、そのことが今回、ちょっとしたカギに(わたしは海底人なら誰でも持てる能力だと思ってたのだが、どうやら「王」の資質を持つ者の固有能力らしい)。ただ……残念ながら弱点は、あまり頭が良くないことかな……しかし、そのせいなのか、キャラとしては極めて素直で奢ることもあまりなく、ちゃんとそれなりに努力もするし、とても好感の持てる男であった。ごめんよ……『JUSTICE LEAGUE』しか知らなかったわたしは、君のことをただの脳筋かと思ってたよ……意外と素直でイイ奴だったんだね……。演じたのはもちろんJason Momoa氏39歳。そのあまりにワイルド&マッチョの風貌は、まさしくバーバリアンだけれど、コイツ、意外と人懐っこい笑顔がイイすね。なんつうか、わんこ的な陽キャラすね。今さらですが、結構気に入ったす。
 ◆メラ:アーサーを迎えに来た美女で、海底国ゼベルの王の娘。わたしはこれも知らなかったのだが、海底には7つの国があって、それぞれ王がいて、4つ以上の国の王が承認しないと、団体での軍事行動はできないというルールがあるんですな。へえ~、よく出来てんな、とわたしは感心したっすね。演じたのは『JUSTICE LEAGUE』にもちらっとだけ登場したAmber Heard嬢32歳。この人はいろいろ私生活が取りざたされたお騒がせ女優的なイメージがあるけれど、まあやっぱり、可愛いし美人ですよ。大変結構かと思います。 もちろん、アーサーとFalling Loveな展開ですが、そりゃ惚れるでしょうよ。しょうがないす。
 ◆バルコ:アトランティス帝国の参謀であり、アーサーが子供のころから、折に触れて地上へやってきては、格闘術をアーサーに叩き込んだ師匠でもある。子供相手の特訓シーンなんかも、ホントにお約束というか、鉄板でしょうな。演じたのは、名優Willem Dafoe氏63歳。ホントにどんどん渋くなっていい役者ですなあ。来週発表されるアカデミー賞では、ゴッホを演じた役で主演男優賞にノミネートされてますが、そういやゴッホによく似てるすね。いつも、強烈な印象を残してくれる名優ですよ。今回もとても素晴らしかったと思います。
 ◆オーム王/オーシャンマスター:アーサーの異父弟で、現在のアトランティスの王。自ら雇った地上人に海底を攻撃させ、それを自ら撃退するという自作自演で「ほらみろ、地上から先に攻撃してきたんだから、団結して地上に戦いを挑もう!」と海底の国々をまとめて地上侵攻を説く、本作のVillain(=悪役)。演じたのは、わたしが大好きな超名作『WATCHMEN』でナイトオウルIII世を演じたPatrick Wilson氏45歳ですよ! 兄貴が大嫌いと言うキャラ付けは、なんとなく銀河一の愚弟ロキ様を思い起こさせるけれど、負けた後は意外と素直で、ロキ様的な知略はほぼナシで、その気持ちのイイやられっぷりも、本作の剛速球感に貢献していると思う。見事でした。
 ◆アトランナ:アトランティスの前女王にしてアーサーとオームの母。アーサー出産後、海底に戻り、やむなくアトランティス王に嫁いでオームを産むが、アトランティス王は地上でのアーサー出産にずっとイラついていて、いつまでたっても自分をちゃんと愛してくれないことに嫉妬しまくり(?)、なぜか海溝族(?)の化け物半魚人たちにアトランナを生贄としてささげてしまう。その後生死不明だったが――ええ、もちろん死んでません。漫画的お約束ですな。そして演じたのはNicole Kidmanさん51歳。とても51歳には見えないのに、全然整形感がない天然物の美人ですな。もはや名優と言っていいNicoleさんが、本作のようなコミックヒーロー映画に出て、それっぽいコスチュームを身にまとうというのもイイすね。物語の本物感に貢献していると思います。全くどうでもいいことだけど、『JUSTICE LEAGUE』でAQUAMANが使っていた、5ツ叉の槍は、このお母さんが地上に残していったものだったようです。
 ◆トム・カリー:アトランナと出会って恋に落ちる地上人で、アーサーの父。わたしは直感的に、あれっ!? この役者、絶対知ってる、誰だっけ……とか思っていたのだが、ラスト近くで再登場した時、はっきり思い出した。この人は、つうかこの顔は、まさしく銀河賞金稼ぎでお馴染みのボバ・フェットの父、ジャンゴ・フェットをEP:II で演じたTemuera Morrisonさん58歳ですよ! あっ! この人、ジャンゴだ! と分かった時は超すっきりしたっす。16年ぶりにお見かけするジャンゴは、すっかり渋いおじちゃんになってました。
 ◆ネレウス王:メラの父でべセルの現王様。地上侵攻に消極的だが、オームの自作自演にまんまと引っ掛かり、何となくしぶしぶと地上侵攻に協力。強いのか弱いのかかなり微妙なお方。そして、こちらはわたし、恥ずかしながら全く気が付かなかったのだが、なんと演じたのはドラゴでお馴染みDolph Lungren様61歳であった。そして言われてみればもう、Dolph様以外の何物でもなく、気が付かなかった自分が情けなしである。エンドクレジットでDolph様の名前を観て、あっ!?っと思ったす。
 ◆ブラック・マンタ:コミックAQUAMANでは有名なVillainで、わたしも名前は知ってたけど……今回のブラック・マンタは、全く同情の余地なくただのクソ悪党で、単なる逆恨みで戦いを挑んでくるだけのやられキャラに過ぎないのだが、なんであんな余計な終了後のおまけシーンをつけたのか、そこだけほんとに不要だったと思う。しかしビジュアルはクラシカルな漫画チックで良かったすね。演じた役者は全く知らない人なので省略!
 他にも、CGで加工されてるから全く分からないけどDjimon Hounsou氏が出ていたり、「トライデント」を守る巨大な怪物、の声を、なんとJulie Andrewsさんが担当していたりとやけに豪華なキャスト陣が、それぞれ確かな演技で「王道」の物語を支えてくれている。そこを、わたしは「剛速球」と讃えたいのであります。

 というわけで、もう長いので結論。
 これまで、どうもDCコミックヒーロー映画は、正直イマイチな感じであったが、今回『AQUAMAN』観て、ちょっとだけ、だけど考えを改める必要を感じたのである。『AQUAMAN』という映画は、超感動したとか、そういうたぐいの映画では全然ない。けれどそこには、わたしが、あるいは日本人男子ならかつて間違いなく感じたであろう、ヒーロー漫画への愛と興奮が存在しており、大変楽しめたのであった。王道で、直球の物語は、ここまで本気で剛速球で描かれると、もうただただ、その世界に浸って楽しむのが正しいと思うすね。ツッコミどころも満載だけど、いいんだよ、もうそんなことは。そして主役のAQUAMANを演じたJason Momoa氏だが、ホント、いかつい凶暴な風貌のくせに、なんか人懐っこさのある、ホント大型犬みたいな役者っすね。気に入りました。まあ、恐らく続編もあり得るんだろうけど、一言だけ言うならば、ブラックマンタはもう出てこなくていいと思います。以上。

↓ ちょっと、ちゃんと勉強したいす。
アクアマン:王の最期(THE NEW 52!) (ShoPro Books THE NEW52!)
ジェフ・ジョーンズ
小学館集英社プロダクション
2017-01-25

 わたしによる、テキトーなことしか書いていないこのBlogの定期的な読者様は、どうも20人ぐらい存在しているようなのだが、その皆さんには、わたしがいわゆる「アメコミ・ヒーロー」モノが大好きだということはもうおなじみであろうと思う。わたしの、今年2016年の現在時点でのナンバーワン映画は、まぎれもなく『CAPTAIN AMERICA:CIVIL WAR』だ。完璧な脚本、完璧な撮影、完璧な役者陣。どれをとっても、100点満点パーフェクトである。あれほど多くのキャラクターが登場し、なおかつ新キャラもきっちりと描き、わたしとしてはもう、本当に素晴らしい映画だと思っている。いわゆる「MCU」、Marvel Cinamatic Universの完璧な物語作りのなせる技であろう。すべてが共通の世界観で統一され、きちんと一つ一つの作品がパーツとなって、大きな物語を構成しているというわけである。
 しかし、である。
 「アメコミ」のもう一方の雄であるDCコミックの場合は、Marvelよりも先行して、天才Christopher Nolan監督を起用してBATMANに新たな解釈をもたらし、見事に再生したものの、MCU的なほかのヒーローとのクロスオーバーは全く意識されていなかったのだが、Marvel Studioによる「Avengers計画(=MCU)」の構築が明らかになると、すぐさまDC=Warnerも同様に、ヒーロー集合を意識し始めることになった。
 その第1弾である 2013年公開の『MAN OF STEEL』について、もうこのBlogで何度も「コレジャナイ」とわたしは書いてきたので、もはや繰り返しても仕方あるまい。そして今年、その続編たる『BATMAN v SUPERMAN』が公開されたわけだが、かなり方向性として修正されたというか、実際面白くなってきたものの、肝心の物語については、相変わらずよくわからない点が多かったり、そうじゃねえんだよなあ……という点が残ってしまったのは、おそらく誰しも感じたのではなかろうか。いずれにせよ、DCコミックによる『JUSTICE LEAGUE』はもう企画進行中であり、夏のComi-Conで予告編が公開されているわけで、おそらくもはや大きな軌道修正は不可能だろう。
 しかし、その、DCユニバースともいうべき作品群に、一体今後、どういうかかわりを持ってくるのか? さっぱりわからない映画がこのたび公開となった。ヒーローたちに逮捕されたVillan(=悪役)たちを主人公とした、『SUICIDE SQUAD』である。実はわたしはこんなに偉そうに語っているけれど、実はDCコミックはあまりよく知らないので、今回登場したVillanたちも、知っていたり知らなかったりするキャラクターたちなのだが、今日、14日トーフォーの日として1,100円で映画が観られるため、帰りにちょっくら観てきたところ、はっきり言って物語も全く意味不明のなんじゃこりゃ、であった。以下ネタバレ満載です。

 わたしがこの映画で一番驚いたのは、この映画が、明確に『BvS』の続編であるという点だ。これは全く予想していなかった。本作は、明確に『BvS』の事件の後のお話で、『MAN OF STEEL』で明らかになった「宇宙人襲来」に対して無防備な地球には、頼みの綱のSUPERMANももはやこの世にいない。ならば、またどっかの宇宙人がやってきたらヤバイ。おまけに、どうやら「メタ・ヒューマン」という超人類がいるらしく、そいつらの犯罪なんかが起こったらこれまたヤバイ。じゃあ、そいつらに対抗できる連中を集めて、政府の秘密部隊を結成しとけばいいんじゃね? という流れであった。で、その中でも、「地球上に6000年以上前から存在している魔女」に憑依された女性を中心に、かつてBATMANやThe FLASHにとっ捕まって刑務所に入っている「超常的な力を持つ、あるいは特殊技能を持つ」悪党どもを集めてチームを作ろう、悪党どもならどうせ消耗品だしね、ということになる。
 もはやこの時点で、なんだそりゃ、である。
 いやいやいや、ちょっと待ってよ、今、BATMANことブルース・ウェインがメタ・ヒューマン集めしてるんでしょ? その設定はどこ行ったんだ? そもそも、既に存在が確認されているThe FLSHとかAQUA-MANを呼び出した方がいいじゃん。なんでまた悪党を? もうわたしには、のっけから物語の意味がさっぱり分からない。
 で、あっさり魔女に逃げられ、その魔女を退治するという方向に物語は進む。おい、ちょっと待てよ、あまりに杜撰すぎないか? 魔女制御装置の心臓は何だったんだよ!? と、わたしはもう、開始30分で帰りたくなった。そしてラストは魔女を退治して終了、である。もはや唖然とするしかない。
 以下、わたしが、これはナイだろ、と思った点を列挙していこう。

 1)脚本がヤバイ
 まず、数多くのキャラクターたちの紹介が、いちいち過去の回想に入って語られるため、異常にテンポが悪い。これは誰しもが感じることだと思う。わたしがもう、思わず、ええーーーっ!? と劇場でごく小声でつぶやいてしまったのが、クライマックスへ向かう自殺部隊の面々が、戦闘放棄してバーに入って酒を飲みだすシーンだ。オイィ!? お前ら、魔女退治はいいのか? そもそも、魔女が作っている(?)謎マシーンも、結局最後までどんな代物なのか一切語られなかったし、自殺部隊の魔女退治のモチベーションもまったく低いので、もはやどうでもいいのだが、まさかあそこで物語の流れをぶった切って、バーに入って回想に入るとは思わなかった。ありゃあ、マズいだろ……常識的に考えて……。
 そしてキャラ造形も極めて薄く、実に何者なのかよくわからないままだし、とにかく自殺部隊の面々の素性がよくわからない。いや、デッドショットは娘のため、とか、ディアブロは家族を殺してしまった、とか、いろいろ語られるのだが、本来自殺部隊の彼らは、それぞれヒーローと戦って敗れたわけで、その物語こそきちんと一本の映画になるのに、もはやダイジェストに過ぎず、底が浅い。ハーレー・クインの話なんて、十分120分で描ける題材なのに、実にもったいない。今回、ダイジェストで語ってしまったので、もう、今後のDCユニバースでBATMANと絡めなくなってしまった。しかも、しかも、ですよ!? なんと、ごく短いどうでもいいキャラのセリフで「ハーレー・クインとジョーカーがロビン(BATMANの相棒)をぶっ殺した」話が軽~く流されてしまった!! 前作『BvS』において、BAT-CAVEにロビンのコスチュームが飾ってあって、ジョーカーのものらしき落書きまでされていたけれど、まさかあんなどうでもいいキャラの説明セリフで片付けられてしまうとは、わたしはもう、マジで帰りたくなった。もう、本当にこの脚本は0点だと思う。こりゃあ、ナイよ。

 2)各キャラ造形のムラがありすぎてヤバイ。
 確かに、ハーレー・クインやデッドショット、ディアブロなんかは活躍しますよ、ええ。過去もそれなりに語られましたよ、はい。でも、それ以外はもう全部空気じゃんか。キラークロック、ブーメラン、スリップノット、カタナ、彼らが何者か、絶対この映画だけじゃわからないと思う。おまけに何なんだあのカタナにぶっ殺されるやくざの下手くそな日本語は。バカにしてんのか!? カタナを演じた福原かれんちゃんは大変頑張っていたけど、なんで変な日本語しゃべるのよ……。どうせ現場じゃ誰もわからないんだから、きっちり日本語の芝居すればいいのに。もう本当にがっかりだよ。
 MCUでは、こういうことが一切ない。『Avengers』のようにキャラクターが増えても、きっちりと各キャラ見せ場もあるし、背景もきちんと描かれている。そもそも、集合する前にほかの映画できちんと描かれているわけで、そのような、最初から大きな絵を描けているのがMCUの最大の特徴であり強みだ。残念ながらDCユニバースにはそのような配慮がなく、結果としてキャラ造形に濃淡が出てしまう。それじゃあダメなんだよなあ……。あれはナイっすねえ……。0点です。

 3)行動が意味不明すぎてヤバイ
 まず、一番わけが分からんのが、今回自殺部隊を招集する政府高官の黒人女性だ。全く彼女の行動の意味が分からない。部下をあっさり銃でバンバン撃って「機密保持のためには已む無いわ」って、おいちょっと待て!! そりゃねえべ!? 全部あんたの杜撰な計画のせいだよね? なんなのもう! あと、なんであんた、ハーレー・クインを選んだんだ? 彼女は全然強くないじゃん。バット振り回すだけだぜ? 逆に、魔女に改造された可哀想なゾンビ兵が弱すぎるってことなの? あれならオレでも勝てるわ!! と、とにかく、あの政府高官の女性は人格的にも好きになれないし頭の具合もかなりよろしくないようにわたしには思えた。 おまけに! 魔女にぶっ殺されたと思ったら普通に生きてたし!! ど、どういうことなんすかあれは。0点。断じてナイね。

 というわけで、、もう何もかも0点。なのだが、唯一、わたしがこの映画で素晴らしいと思った点も挙げておこう。それは、誰しも感じると思うのだが、とにかくハーレー・クインがエロ可愛いのだ。ハーレー・クインのビジュアルだけは、100点だと思います。もうね、ホント、きちんとハーレー・クインが誕生するいきさつを、きっちり一本の映画にしてほしかった……それがあれば、もうチョイましになったかもしれなかったのに、あーあ……本当に残念だ。そうだ、あともう一つ、この映画でいいところがあった。終了後のおまけ映像は、ブルース・ウェインに政府高官の黒人女性がメタ・ヒューマンの資料を渡すシーンであった。ここでのブルースのセリフがすげえカッコいい!! ここは大変素晴らしかった。ちなみに、このおまけ映像のあとは何もないので、このシーンを観たらもう席を立って構いません。
 はーーーしかし、もう、いつものレビューのように、役者や監督について書く気力が沸かない……ので、ぶった切りですが、もう終わりにします。

 というわけで、結論
 何度も言うが、DCユニバースの問題は、「世界観を統一した大きな物語」が最初から設定されていない点にある。実に場当たりだ。この『SUICIDE SQUAD』という作品は、5本あとに作るべきだった。来年の『WONDER WOMAN』、『JUSTICE LEAGUE』をきちんと作り、その次に『BATMAN』単独作品を作り(その時のVillanはもちろんジョーカーとハーレークイン。デッドショットを絡めてもいい)、そしてその次は『The Flash』単独映画を製作して、Villanをきちんと描いて、そのあとで、作るべきだったとわたしは思う。
 なので、わたしはこの映画に対して、こう言って締めくくりたい。
 「……腐ってやがる!! 早すぎたんだ!!!」
 簡単に言うと、0点です。以上。

↓ わたしはとにかくこれが一日も早く観たいです。カッコいい!!!
 

 ちょっと前、ホントに7,8年前までは、日本のコミケの企業ブース版というか、ただのコミック系クソオタクのためのイベントだった、San Diego COMIC-CON Internationalだが、今ではハリウッド映画の、ひょっとしたら最大のファンイベントとなっていて、毎年ここで初めて予告が公開される映画も多く、基本的に初出し映像満載の、映画ファン必見のイベントに成長している。初めてわたしの(当時勤めていた)会社の連中が取材に行ったのは、たぶんもう15,6年前じゃあなかろうか? ひょっとしたらもっと前かもしれない。
 その背景にあるものは、コミック原作作品が異常に増えたから、なわけだが、勿論のことながらMARVELヒーロー映画やDCコミックスの作品、あるいはSTAR WARSやTransformersなど、多くの作品がこのイベントで初出しの映像を発表し、さらには、これも特徴的なのだが、一般のファンが大勢いる前で、監督やキャストが勢ぞろいして、映画のプロモーションを行うようになった。今年はどうやら、STARWARS関連の展示やイベントはなかったようだが(※『SW』は、自身のオンリー・イベント「STAR WARS Celebration」ってのをやってる)、もう、コミック-CONじゃなくて、MOVIE-CONじゃん、と突っ込みたくなるほど、それはもう、大変な盛況ぶりである。一応蛇足ながら付け加えておくと、-CONとは、Convention(コンベンション=大会・総会)の略であります。普通は「コミコン」と呼ばれてます。以前はもっと、漫画やアニメ、それからゲーム系の展示も多かったんだけど、ゲームはもうE3の方に移っちゃったのかな……。
 
 というわけで、正直なところ超今更なのだが、今年の「コミコン」で公開され、わたしが大興奮した3つのスーパーヒーロー映画の予告を貼っておいて、備忘録としておきたいと思った次第です。じつは、この記事は、先週書いておいたのだが、ほかのネタを優先したので今日公開するわけですが、その間に、日本語字幕付きなども随時用意されていて、ちょっと更新しました。

 さて。まず1つ目はこちら↓。Warner公式動画です。

 来年2017年11月17日US公開の『JUSTICE LEAGUE』ですな。
 とうとう集う「メタ・ヒューマン=DCヒーロー」たち。物語的には、今年公開になった『BATMAN v SUPERMAN』の直接の続編になっているはずで、Aqua-ManやThe Flashなどもバリバリ登場しています。興奮しますね、ホントに。そしてほんのチラッと出てくるThe Flashのスーツがやけにメタルヒーローっぽいというか、ちょっと興奮しますね。わたしは、「なんだこれ!! ミクロマンじゃねーか!」と大いにウケました。似てないですか? The Flashのゆとり小僧ぶりが最高です。

 そして↑こちらは、その『JUSTICE LEAGUE』の監督&キャストたちのプレゼンですな。とにかく、とにかくGal Gadotさまが女神クラスに美しい……。つーかですね、胸元空きすぎ!!! もう、大丈夫なんでしょうかこの服は。最高ですね。最高すぎて、もしこの現場にいたら、わたしは十中八九失神したと思います。Gal さまの胸しか見てなかった可能性も高いすね。最高です。Gal さまが。
 そして2つ目の作品はこちら。こちらもWarner公式動画です。

 こちらは、来年2017年6月2日US公開予定の、Gal さま単独主演の『WONDER WOMAN』。
 リンクは公式Facebookページですので、いろんな写真が公開されてます。ホントにもう、凛々しくで、可愛くて、美しく、実際この方は女神だと言われても納得の美貌です。今、わたしが地球上でもっともきれいだと思う女子ですな。1児の母ですが。ホントになんて美しいのでしょう……。しかし、このコスチュームも、特にブーツ辺りがやけに金属感があって、なんか、「聖闘士聖矢」のクロスっぽくて最強にカッコイイと思います。


 しかし、この映画を来年6月に公開して、そして11月に『JUSTICE LEAGUE』を公開するという展開は、うまく行くのかわからないけれど、きっと、MARVELのように美しくまとまることなく、相変わらずのDCクオリティで終わってしまうような気がする。
 多分、最も重要なのはVillain(=悪役)を誰にするかにあると思うのだが、どうなるのか、ちょっと心配だ。おまけにゆとりSUPERMANも復活させないといけないし。さらに言えば、有名Villainたちは『SUICIDE SQUAD』で総出演で忙しいしなあ……。わたしとしては、あまり『SUICIDE SQUAD』には興味ないというか……今のところほとんどどうでもいいと思ってます。もちろん観ますけど。

 で、3つ目がこちら。さっき、DISNEY公式で日本語字幕付きがあることを知りました。

 とうとう来た、『Doctor Strange』ですね。元々Dr.は、原作の「シビル・ウォー」や「アベンジャーズ」にも出てくる、重要(?)キャラなので、ようやくの登場ですが、とにかくコスチュームがカッコ良すぎて、たぶん、この地球に生まれた男なら誰しもが(子どもの時に)憧れる姿じゃなかろうか。大変失礼ながら、わたし、初めてCumberbatch氏をカッコイイと思いました。やっぱりマントがイイですね。このコスプレしてえわ……と年甲斐もなく思うわたしは、クソオタクなんでしょうな。どうやら日本公開は2017年1月27日(金)だそうで、US公開が今年2016年11月4日なので、これはちょっと、USか、台湾あたりに観に行かねえとダメなんじゃね!? と、今、わたしはちょっと悩んでいる。どうしよう、また2泊で台湾行って、観て、さっさと帰ってこようかな。最高です。
 ほかにも、MARVELStudioは今回のコミコンで多くの作品のプレゼンをしましたが、Webで公開されている動画はほとんどないですね。『SPIDER-MAN Homecoming』(2017年US公開予定)はちゃんと映像も公開したようだけど会場限定、『GUARDIANS OF THE GALAXY Vol.2』(2017年5月5日US公開予定)や『THOR:Ragnarok』(2017年11月3日US公開予定)は展示だけだったみたいですな。ああ、そういや『THOR:Ragnarok』には、我が愛しの女神、Cate Blanchett様も出演するんだった。来年のコミコンには、降臨されることは間違いないのではなかろうか。来年、行くしかねえかもな……San Diegoに。
 それから、『CAPTAIN MARVEL』の主演に、今年アカデミー賞主演女優賞を受賞したBrie Larson嬢が演じることが正式に発表されましたね。写真は見かけたけど、公式のものが見当たらないので貼るのはやめときます。わたしが観かけたのはひょっとしてコラかな? 本人のTweetがこれっすね。

 ”Call me Captain Marvel” ――キャプテン・マーベルって呼んで。
 カッコイイですね!!  しかし、こうしてみると、次の『Avengers』は前後編モノになることが既に発表されているけれど、Black-PantherやSPIDER-MAN、そしてこのDOCTOR STRANGEやGALAXYチーム、さらにはCAPTAIN MARVELまでもが参戦することになったら……大変なことになりそうですな。まあ、お話としては、既にタイトルが『Avengers:INFINITY WAR Part1&Part2』と発表されている通り、間違いなくInfinity Gauntletの話になるだろうから、おそらくこの『Dr. Starange』では新たな「宝石」が出てくるんでしょうな。そんな風に、MARVEL Studioは上手にまとめるだろうから、何の不安もないですね。そこが、DC+Warnerとの大きな違いなんだよな……まあ、大変楽しみが増えたという事で、一観客としては楽しみに待ってればいいだけでしょう。

 というわけで、結論。
 今後のヒーロー映画も実に楽しみですな。わたしとしては、特に『Dr.Strange』が早く観たいところですが、要するにですね、今回わたしが最もいいたかったことは、ですね、「Gal Gadotさまが最強に可愛くて美しい!!」という、もう完全に当たり前のこと申し上げたかっただけです。以上。

↓ 大変楽しみですな。次の『Avengers』は、2018年、2019年と前後編での公開予定す。

 だいぶ興奮から醒めてきた。もちろん、『BATMAN v SUPERMAN DAWN OF JUSTICE』(邦題:「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」、以下『BAT v SUP』と略す)を観ての興奮のことである。今日は、落ち着いてもう一度、この映画のことを書こうと思う。昨日は、興奮のあまり適当にポイントに絞って書いただけだが、今日は、物語の中であまり触れられていない、Batmanって何者なんだ? という点と、これはいらなかったんじゃね? と思う点をまとめてみようと思う。
 
 映画ファンなら別に説明は必要がないと思うが、そうでない人々、特に世の女性たちは、まあ普通はBatmanという存在について誤解していると思う。今までの映画を観てないから。現実的にわたしの周りの女子たちも、わたしがBatmanやAvengersの話をしても、(映画公開時に話題となるので)興味はあるようだが、大抵の女子たちは映画館まで足を運んでいない。なので、わたしがBlu-rayを貸してあげてやっと観て、その面白さにはまる人、あるいはピンと来ない人と別れてしまう場合が多いのだが、とにかく、映画ファンとしてはびっくりするほど、日本におけるアメコミヒーローの認知度は低いと思う。それは興行収入を見ても明らかで、あの大傑作と映画ファンなら誰しもが認める『The Dark Knight』ですら、日本では16.1億しか稼いでいない。まったくもって残念至極だ。
 いわゆる「男の子視線」で見ると、Batmanはヒーローである。しかし実際のところ、Batmanは明らかにOUT LAW、法の外にいる存在で、簡単に言えば犯罪者である。ゆえにBatmanは「The Dark Knight=暗黒の騎士」なのだ。それは法では裁けない悪を退治するには悪をもって征すしかないという信念から来ていて、恐怖には更なる恐怖をもたらすべきだと考えているために、そのシンボルとして蝙蝠の姿をとっているわけだ。その点ではもう完全にテロリストと言わざるをえない。だたそれは、法が機能し、平和に暮らすことが出来ている(いや、あんまり出来てないか?)我々だからこそ言える事であって、法が(ほとんど)機能していない街=悪の栄える町=Gotham Cityでは、もはやBatman的な存在に頼るしかない、というのが基本的な設定である。まあ、漫画なのでちょっと苦しい理由だけど、そういうことです。なので、映画『The Dark Knight』においては、Gothamの闇を光で照らそうとする、正しい法の番人が登場したことで、ブルース・ウェインはもう、Batmanは必要なかろうと引退を決意するわけだ。これが、Batmanの基礎知識その(1)です。
 で。そんなBatmanを支えているのが、金と頭脳と肉体と、そしてアルフレッドという有能な執事の存在だ。まず金。これは、最初から大金持ちであるし、世界的大企業ウェイン・エンタープライズのCEOとして、ビジネスマンとしても優秀である(※注:原作ではたしか筆頭株主という立場で、CEOではないような気がするが、今回の映画では明確に社長と呼ばれていた。ただし字幕での表現なので、正確な英語表現はまたBlu-rayが出たときに確認します)。もちろん頭もいいし、強靭な意志を持つ男であり、肉体的な鍛錬も重ねていて、めっぽう強い。そして世を欺く姿としてプレイボーイとして遊びまくって慈善事業も手広くやっていて、世間的には遊び人のアホな金持ちと認識されている。つまり世間はブルース・ウェイン=Batmanであることを知らない(Ironamnことトニー・スタークと似た境遇であるが、性格はまったく違うし、人々は皆、Ironman=トニー・スタークであることを知っている)。なので、Batスーツも自分でせっせと秘密裏に開発しているし、Bat-MobileやBat-Wingという機動兵器も自家所有である。IT系ソフトウェアも揃っていて、ハッキングもお手の物だ。そして、その開発やハッキングも全部一人で出来るわけもなく、その手伝いをしているのが、これまたスーパー有能な執事、アルフレッドだ。ブルースが生まれる前からウェイン家に仕える忠実なおじちゃんで、ブルースよりもしっかりとした常識を持ち、時にはきっちり、それは間違っているとブルースに忠告したりする、頼れる執事である。今回の映画『BAT v SUP』では、オスカー俳優Jeremy Irons氏がとてもカッコいいアルフレッドを演じてくれた。この人は、わたし的にはかなり久しぶりに、ひょっとしたら『DIE HARD3』以来かも? ぐらい久々にスクリーンで会いましたが、実に渋くてカッコ良かったですね。
 とまあ、この通り、あくまでも人間であり、金持ちで超人的な努力をしている男であり、またアルフレッドという頼もしい味方がいる、というのがBatmanの基礎知識(2)である。
 なお、今回の『BAT v SUP』では、ブルース・ウェインが言う通り、「悪は雑草と同じだ。抜いても抜いてもあとから生えてくる」のであって、Batmanはなかなか引退できていない。もう20年ほど、活躍していてすっかりおっさんになってるわけですな。今回の映画では、両親が殺されたのが1981年という設定だったが、その時10歳と仮定すると、現在45歳ぐらいという設定になっていました。今回のBatmanを演じたのはBen Affleck氏。監督としてオスカー・ウィナーとなったBen Affleck氏だが、非常にカッコ良かった。この冒頭の、幼い女の子を抱きしめながら、空に浮かぶ宇宙人(=Superman)に対して、「許さない!!!」という決意の表情を浮かべるブルース・ウェインは痺れるカッコ良さだった。わたしは密かに、Nolan-Batmanを演じたChristian Bale氏よりもカッコイイとさえ感じた。歴代Batman史上、最高に良かったのではなかろうか。
 で。
 この基礎知識(1)(2)を踏まえて、ある日、Metropolice上空に宇宙人が舞い降りてきて、壮絶な大喧嘩を始め、その余波で自分の会社の社員たちが大勢死んでしまったらどうなる? そりゃあもう、怒り心頭だよね。あの化け物は、法が通じない相手。ならばオレが、必ずぶっ飛ばす!! そう思うのは、Batmanとしては当然だ。Batmanにとっては、もう完全にSupermanも粛清対象になるわけだ。ちなみにMetropoliceの街並みはNYCそのものだが、あくまで架空の都市で、Batmanの活躍するGotham Cityではない。わたしは正直詳しくないのだが、Gotham CityとMetropoliceは、湾あるいは湖(?)をはさんだ対岸の位置関係らしい。普段はGothamの悪を相手にしているBatmanも、ウェイン・カンパニーMetropolice支社(?)全壊の事態に当たっては黙っているわけがない。
 以上が、今回の『BAT v SUP』ではほとんど語られていない、前提、である。これが分かっていないと、今回の映画は良くわからないと思う。ちゃんと描いてくれないと不親切だ? いやいや、これ、常識っす。

 ところで、今回Batmanは何故怒っているかというと、もちろん前述の通り、愛する社員たちを殺された個人的怒りもあるのだが、それよりも、BatmanはSupermanの「危うさ」に、非常に腹を立てているのだ。昨日も書いた通り、Supermanことクラーク・ケントは、所詮は田舎者で都会を知らず、世間も知らない。もちろん、善良な普通のアメリカ人としての常識や正義感は持っているわけだが、残念ながらその精神は幼稚である。物語は、Metropolice空中大決戦から18ヵ月後に移る。世界各地で、人々を助けるSuperman。その活動はすっかり世間ではヒーローとして、あるいはもはや「神」として認知されるも、当然一方ではMetropoliceをぶっ壊した恐ろしい「Illegal Alien」とも思われていて、世論は微妙に分かれている状況にある。そりゃそうだ。で、とある議員がSupermanの行動を極めて恣意的でテキトーな行為だとして糾弾するに至る。まあ、それはそうかも、ですわな。ここが難しいところだが、とあるTVレポーターは、その議員に問いかける。「じゃあ、Supermanなら助けられる状況でも、彼の助けを求めるべきではないのか?」。しかし、どういうわけかこの映画はその点にはほとんど回答を示さず、流してしまったように思える。
 が、わたしは逆に「アリ」だと感じた。そんな質問は「サンデル教授の白熱教室」に任せておけばいい。問題は、Superman自身がどう思っているのか、という方が重要だろうと思う。で、Supermanはどう考えているかというと、実際のところなーーーんにも考えていない。Metropoliceを破壊した反省もしていない。目に入る範囲の人々と、自分の愛するロイスのピンチを救うだけで、それよりも、Gotham Cityでなにやら蝙蝠の格好をして「違法な正義」を振りかざしているBatmanをけしからんと思って、上司の命令も聞かずに独自取材をしている始末だ。会社員としても、新聞記者としても0点である。なので、レックス・ルーサーの悪事にもまったく気が付かず、結果、ロイスや地球での母を人質に取られてしまえば、あっさりと悪の元に跪く。実にもろいハートの持ち主だ。そして、それは非常に危険なことである。
 今回の『BAT v SUP』では、忠実な執事アルフレッドが、「Supermanは敵じゃない」とブルース・ウェインを説得する。しかし、「たとえ1%でも、危険な点があるなら、それは敵だ!!」と断罪する。もう、このガキは1回ぶっ飛ばしてやらないといけないわけで、対決が不可避なのは、昨日書いたとおりである。
 
 しかし、本作『BAT v SUP』は、またも実に余計なことをいろいろ描いていて、上映時間152分は明らかに長い。ここはいらないね、とわたしが感じたシーンはいくつかあるのだが、ちょっとそれをまとめておこう。残念ながらそういう無駄シーンのおかげで、全体的にゴチャゴチャしているように思う。
 ■一番要らないシーン筆頭。ブルース・ウェインの夢のシーン。
 Batmanは、いろいろな自分ルールを持っているのだが、その中でも有名なのが「銃は使わない・人殺しはしない」というものだと思う。それは少年時代に両親を銃で亡くしているからなのだが、この映画では、なんとBatmanが銃を乱射してかなり多くの人を殺すシーンが出てくる。わたしはBatmanが絶対にやらないことだと知っているので、ま、これはどうせ夢かなんかでしょ、と思ったら本当に夢だった。あの夢のシーン、必要かな? まったくいらないと思うんだけどな。ほぼ無意味だったし。鍵はロイスだ、という謎のお告げも間違ってたし(鍵はロイスじゃなくてお母さんだった)。
 ■SupermanとDoom's Dayを核攻撃するアメリカ合衆国。
 これも、せっかく本作で唯一、Supermanが正しい選択をしたのに(Doom'sDayを宇宙空間に追放しようとした)、邪魔するUSAって何なんだ。もちろん、現実的シミュレーションをすると、実にあり得る選択だとは思うが、あれはいらなかったね。何の意味もないし、たぶん、核の直撃を食らって瀕死(?)のSupermanが何故復活できたのかも、詳しくない人には伝わらなかったと思う。一応、Supermanのエネルギーは太陽の光だという設定があるので、それで復活できたということだと思うが、そんなこと知らない普通の人には全然意味不明だったと思うな。
 ■レックスの行動の謎
 昨日も書いたとおり、レックス・ルーサーの背景がほとんど描かれないので、よくわからないのだが、議会爆破って意味があったのかな? たぶん、アンチSuperman世論を炊きつけるための作戦だったんだと思うけど(?違うかな?)、あの作戦のせいで、優秀な秘書マーシー・グレイブスも死んでしまうし(?死んだよな?生きてるのか?)、おまけに自分の研究所を留守にしてた間に、まんまとブルース・ウェインにクリプトナイトを奪われてしまうというアホな失態をやらかすし、まったく無意味で必要なかったとしか思えない。
 ついでに言うと、冒頭のテロリストを取材に行くロイスと、そのピンチを救うSupermanの行動も、結果的にはまったく無意味で必要なかったのではないかとさえ思う。あれは要するにレックスの陰謀だったわけだが、残念ながら物語にはほとんど影響を与えていない。ロイスの取材でやっとレックス=悪党だと言うことが分かってもまったくもって後の祭りで、全然必要なかったと思う。そしてこれは完全な蛇足だが、Wonder Womanを演じたGal Gadot様があまりに美しく可愛い過ぎて、ロイスがまったく可愛く見えず、おまけにまた存在感も薄く、今回もまた、ほとんどロイスは不要キャラになってしまっているようにも観えた。必要だったのはお母さんだけだったね。ロイスとSupermanの関係性が浅すぎるのは、この映画にとってなんとも残念かつ欠点のひとつだろうと思う。
 ■Superman特攻!!!
 Doom's Dayとのバトルで、なんでまたSuperman自身が、自分の一番苦手なクリプトナイト製の槍を持って飛んでいかなきゃならなかったんだ!? という点も、わたしは良くわからなかった。ロイスを助けて、槍を確保するまでは確かにSupermanしか出来ないことだったと思うけど、槍を回収したところで、Batmanが「たまには役に立つな(ニヤリ)。後は任せろ!!」ぐらいの余裕で、Wonder Womanと協力してDoom's Dayを倒せばよかったのに。そもそも、槍をうりゃあッ!! と投げつけてやりゃ良かったんじゃね!? 彼の特攻はまったく意味不明です。あまつさえ、原作通りとはいえ、死んでしまうとは……。(←ここはさすがに白黒反転させておきます)
 ■いろいろ散りばめられたトリビア的小物&台詞
 わたしのようなオタクには、げええーーっ!? と驚き喜ぶことでも、普通の人には全然通じないことが結構散りばめられていましたね。端的なのは、Bat-Cave(=Batmanの秘密基地)に飾られていた「Robin」のコスチュームでしょう。知っている人には常識だが、RobinはBatmanの子分ですな。どうも、既にJokerによって殉職あるいは引退させられてしまっているような設定になってる風でしたね。ブルース・ウェインの台詞にも、「ピエロ野郎(=Jokerのことだよな?)には手を焼いた」的な言葉があったし。そういうのは、別にいらなかったのでは? これをやるなら、もうちょっとだけでもWonder Womanの描写に力を入れてほしかったとわたしは思った。

 はーーーー。ヤッバイ。今日も書き過ぎた。これ、もう読んでる人なんていないだろうな……。

 というわけで、なんともぶった切りですが結論。
 わたしとしては、昨日も書いた通り『BAT v SUP』は十分以上楽しめましたし、以降のDCヒーロー作品が非常に楽しみです。ただ、まあ、この映画は120分でもっとすっきりまとめられたと思います。それに、Batmanを知らない人には、実際良くわからなかったのでは? と思うと、ちょっとだけ残念です。以上。

↓ SupermanとDoom'sDayの戦いを描いたのはこれかな。このコミックと今回の映画はまったく別物ですが、Doom's DayはSupermanを殺したVillanとして有名です。大丈夫、ちゃんと復活しますよ。映画ではどう描かれるのか、楽しみっすね!

 

 いやー。もう大興奮ですよ。
 とうとう、US本国とほぼ同時に公開された『BATMAN v SUPERMAN DAWN OF JUSTICE』 (邦題:バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生)を、初日金曜日18:20にTOHOシネマズ日本橋にて観てきた。タイトルが長いので、以下『BAT v SUP』と略します。
 なお、わたしが日本橋を選んだのは、まあ会社から歩いて15分ほどと近いこともあるのだが、字幕であり、3Dであり、そしてDOLBY-ATOMSであるためだ。以前、『GRAVITY』をATOMS版(@TOHOシネマズららぽ船橋)とIMAX版(@HUMAX成田IMAXシアター)を見比べて、映像は確かにIMAXの方がいいような気がしたが、音響はわたしの主観ではATOMSの圧勝だったので、以来、わたしはIMAXよりもATOMS派である。ま、IMAXは高いしムビチケが使えないところが多いから、という理由もあるけれど、とにかく、劇場で最も重要なのは音響だとわたしは感じている。
  さて。何から書こうか。言いたいことがいっぱいありすぎて、まだ頭の中でまとまっていない。なので、今回はわたしがうおーーーー!! と興奮した点と、マジか!? と驚いた点などを箇条書きであげつらうことにしよう。もちろん、ネタバレ全開です。もう、ストーリーを追う必要はないよね? 基本、予告どおりの映画ですので。まずは、予告を貼っておこうか。

 昨日の記事で散々書いたとおり、本作『BAT v SUP』は、2013年公開の『MAN OF STEEL』の明確な続編である。なので、昨日は、『BAT v SUP』を観る前に『MAN OF STEEL』を観ないとダメですよと書いたわけだが、ズバリ前言撤回させていただきたい。『BAT v SUP』は、正直『MAN OF STEEL』を観てなくても大丈夫だと思う。もちろん、基本的なSuprmanの知識というか、まったくSupermanやBatmanを知らない人は厳しいと思うけれど、わたしが散々コレジャナイと憤っている『MAN OF STEEL』事件は、観てなくてもたぶん大丈夫、だと思う。なぜなら、冒頭でゾット将軍との超絶バトルがブルース・ウェイン視点で描かれるからだ。なので、『MAN OF STEEL』で描かれたリアルなSupermanの葛藤なんてもう完全にどうでもいいのである。しかも、前作ではロイスとのロマンスなんてほとんどなかったのに、『BAT v SUP』では、猛烈に驚いたことに、完全にラブラブカップルで同棲(?)してる設定になっている。ええっ!? とわたしは驚愕を禁じえなかったが、これは実際アリである(なお、前作でロイスはクラーク・ケント=Supermanであることは既に知っている)。なので、前作は観なくてよろしい作りになっていて、これはこれで、非常に感心した。また、本作『BAT v SUP』は、Zack Snyder監督の本来の持ち味である漫画的な画作りが随所で見られ、スローモーションや過剰なライテイングなどが復活していて、きっちり「漫画」になっている。物語も、リアル成分を残しつつ、ちゃんとファンタジックな「漫画」要素もふんだんに含まれていて、非常に面白かった。なので、わたしの結論は、『BAT v SUP』はアリ、である。
 あと、ひとつだけ書いておきますが、本作『BAT v SUP』は152分と長い映画なのだが、MCUのような、エンディング後のチョイ見せ映像はないです。なので、エンドクレジットが始まったらもう席を立って大丈夫です。良く映画オタクは、エンドクレジットが終わるまで席を立つなという人がいるけど、わたしはエンドクレジットも観たいから最後まで観ているだけなので(わたしは最近、どのくらい日本人の名前があるかを探すのが趣味)、そうでない人は別に、最後まで付き合う必要は全然ないと思う。さっさと帰っていただいて構いません。
 ついでにもうひとつだけ。この映画、まったく意味のない夢のシーンなど、たぶん20分以上短縮して凝縮できると思う。ちょっと、ストーリー展開がごちゃついている感はあったことは記録に残しておこう。
 では、もうストーリー順ではなく、わたしが興奮したポイント、驚いたポイントなどをあげつらってみよう。まず、わたしが最も興奮したポイントから行こう。

 ■Batmanの怒り大爆発!!! Supermanを殴って蹴ってぶっ飛ばせ!!!
 いやーーーー。さすがBatman。今回の『BAT v SUP』ではとにかくBen Affleck氏演じるブルース・ウェイン=Batmanが猛烈にカッコイイ。芝居振りも完璧に近い。レックス・ルーサーの悪事にいち早く気づいたBatmanは、新型BAT-MOBILE(←暗くてよく見えない。けどカッコイイ!!)で追跡するも、頭の悪いSupermanに邪魔され、あまつさえ、「今日は見逃してやる」なんて偉そうな、傲慢な捨て台詞まで叩きつけられて、ギリギリ怒りを全身にたぎらせる。このシーンが昨日貼った予告で出ていた「You Will !!」の宣戦布告だ。そしてクライマックスの二人の対決シーンはもう最高である。身体能力で叶わない相手と闘うにはどうすればいいか。もちろん、必要なのは作戦である。わたしは、ジャンプの漫画『HUNTER ×HUNTER』を思い出した。ベテランハンターであるモラウは圧倒的な身体能力を誇るキメラアントと闘うにあたって、勝つために必要なものは何かを弟子に言う。「知恵と経験かね」。あのシーンとそっくり同じですよ。あるいは、吉岡一門との「一乗寺下り松の決闘」に挑む、宮本武蔵と言ってもよかろう。ブルース・ウェインは、本作では20年、Batmanとして悪と闘ってきたという設定になっていたが、そんなベテランヒーローに、Supermanが勝てるわけがないのだ。きっちりと計画し、体を鍛え直し、化け物と戦う準備を進めるブルース・ウェインは本当にカッコ良かった。獣を狩るには罠が必要ってことですな。そして始まった戦いでは、もうBatmanはSupermanをボッコボコである。もっともっともっと!!! 殴って殴ってその傲慢な小僧をぶっ飛ばせ!!! とわたしも観ていて歯を食いしばってしまった。まったくもって、ざまあ、である。
 そして、わたしはよーく分かった。要するに、Supermanは前作『MAN OF STEEL』で描かれたように、所詮はカンザスの田舎者のガキなのだ(記憶が怪しいが確か前作では32歳と言ってたような?)。しかも宇宙人だし。だから、まったく経験や知識が足りていない。思考そのものが幼稚だし、わたしから見れば、単なるゆとり小僧である。そんなガキが、20年間世界の最先端でビジネスをこなし、人と交流し、悪と戦ってきた男に勝てっこないことをこの映画は見せ付けてくれた。だから、この映画は、自分の能力にうぬぼれたゆとり小僧を、経験をつんだベテランオヤジがぶっ飛ばすという構造もあって、わたしのようなおっさん大歓喜ムービーなのである。マジでわたしは心から気持ちよかったです。はーーホントすっきりした。

 ■WonerWomanが超カッコイイ!!! つーかガル様最高!!!
 本作、『BAT v SUP』は、そのサブタイトル「DAWN OF JUSTICE」が示すとおり、今後のDCコミックヒーロー同盟「ジャスティス・リーグ」への序章という側面もあり、公開前から既に、Gal Gadot様演じるWonder Womanのビジュアルも公開されていた。先に書いてしまうが、本作には噂どおり、Aqua-Manもほんのチラッとだけ出てくる。おまけに、これもわたしは大興奮したが、なんとThe FlashもCyborgも出てくるのだ。ほんのチラッとだけだけど。めんどくさいのでAqua-ManThe Flash、Cyborgが何者かは書かないけど、とうとう映画に出演した彼らの姿には非常に興奮しましたが、何よりもう、Wonder Womanを演じたGal Gadot様の美しさには、全身全霊で大興奮ですよ。とにかく、綺麗、美しい、そしてセクシーであり、笑顔が最高に可愛い。今調べてみたところによると、この地球上には73億1735万人の人間が生きているらしいが、わたしは断言したい。Gal様はその頂点に立つ美しさである、と。いやあ、本当にGal様は綺麗でかわいくてセクシーだった。全人類の男が理想とする女性像と言ってもいいすぎ、かもしれないけど、わたしの究極理想は、この女だ。と思った。
 なお、すでに、Wonder Woman単独の映画は撮影に入っていて、インターネッツなる銀河にはその撮影フォトがリークされているので、気になる方は検索してみてください。そしてDCコミックでは、そういったスーパーパワーを持った存在を「メタ・ヒューマン」と呼んでいて、本作では、ブルース・ウェインがコイツらちょっと集合させないとイカンな、というところで物語は終わる。まあ、DCコミックにおける「メタ・ヒューマン」は、ある意味Marvelで言うところの「ミュータント」に近い感じですかね。本作『BAT v SUP』においては、Wonder Womanは顔見世的な扱いではあるけれど、Gal様の美しさは非常に目立ち、最終バトルに参戦するお姿は極めて凛々しくカッコ良くて大興奮でありました。とにかく、すさまじくいい女、である。最高。たぶん、本人に会ったら失神して自然と神を称えるように跪いてしまうと思う。会うことはないと思いますが。

 ■やっぱりよくわからんレックス・ルーサーの野望。お前、何がしたかったんだ!?
 これは物語上の、脚本上の問題点だが、正直に告白すると、わたしにはレックス・ルーサーが一体何をしたかったのか、良く分からなかった。Supermanが嫌いだってことは良くわかった。そしてSupermanを陥れようとしていることも良くわかった。でも、一体全体、お前の野望は何だったんだ!? という点は、今のわたしには良くわからない。もう一度観てみないとダメかも。分からなかったのはわたしだけ、かな!? わたしの理解力が劣っているせいかもしれないけれど、とにかく、わたしは興奮していて、レックスの目的が良くわからなかったのは残念。おまけにかなり抜けているというか、意外とうっかり野郎で、あっさりブルース・ウェインにデータやクリプトナイトを奪われるのは、若干興ざめではあった。ただし、演じたJesse Eisenbergの演技は素晴らしく、これは非常に見ごたえがある。彼は相当上手ですね。いかにもIT系バブリーな生意気な小僧を実に憎憎しく演じていて、本来のレックスとは若干違うキャラ付けだと思うけれど、本作での芝居振りは大変良かったと思う。そして非常にそれっぽい雰囲気を漂わせている秘書(マーシー・グレイブスという、DCコミックでは有名なレックスの片腕)も意外と無能で、ほとんど物語には関与しないお飾りキャラだったのが残念。せっかく我々日本人代表として参加した岡本多緒(a.k.a. TAO)嬢だが、今回は役割的に軽いのがもったいなかったと思う。こちらにインタビューがあるので、ご興味のある方はどうぞ。結構興味深い。

 ■で、BatmanはSupermanを許せたのか? 何が二人を分かり合えさせたか。
 この点は、わたしは結構驚いた。怒り爆発で散々ボコってやったのは気持ちよかったとして、物語的には二人は協力関係を結ばないといけないわけで、一体どうするんだ? と思っていたら、ここは脚本的に、上手い! やられた! と思う展開となった。実は本作は、冒頭に少年時代のブルース・ウェインが両親を殺されるシーンが入る。有名なシーンだよね。何ゆえ、ブルース・ウェインが悪を憎むかという原点だ。なので、わたしは、まーたこれやるんだ、と思いつつも、父親役をわたしが歴史に残る大傑作として大好きなZack Snyder作品『WATCHMEN』で、「コメディアン」という悪辣ヒーローを演じた役者Jefferey Dean Morgan氏だったことに大興奮していたため、きちんと母親の名前を記憶に残していなかったという失態を演じてしまった。しかもこのシーンは『WATCHMEN』で魅せたZack Snyder本来のスローモーションを多用した独特の画作りが明確に復活していたのでそっちに気が取られてしまっていた。このシーンで一番重要なのはブルース・ウェインの「母親の名前」だったのに、全然記憶に残していなかった!!
 なんと、ブルース・ウェインの母も、Supermanをクラーク・ケントとして育てた地球の母も、二人とも同じ「マーサ」だったのである。マーサ・ウェインとマーサ・ケント。偶然の一致がなんとBatmanとSupermanに和解をもたらす鍵となるとは、わたしはかなり驚いた。してやられた気持ちである。もちろん、冷静に考えれば、え、たったそれだけのこと? と思わなくはないが、わたしはこの展開が非常に気に入った。マーサ・ケントを助けたいSuperman。そして、マーサ・ウェインを救えなかった幼き頃のブルース・ウェイン。「チッ! マーサのためなら仕方ねえか」と拳を引くBatmanは、わたしには非常に説得力があるように思えたので、ここは拍手をもって称えたいと思います。

 あーだめだ、もっと書いておきたいことがあるのだが、もう長さ的に限界だ。

 というわけで、今日の結論。
 散々昨日は、『MAN OF STEEL』について、オレが観たかったのはコレジャナイ!! ということを書いたが、本作『BAT v SUP』は非常に爽快で、ゆとりヒーローSupermanがボッコボコにされるさまは最高に気持ちよかった。そして、なによりGal Gadot様が美しすぎて、超わたしの好みにジャストミートすぎて、本当に惚れました。Most Beautiful Woman in the Worldだと思います。
 で、明日も引き続き、『BAT v SUP』について、書き残した他のポイントを書こうと思います。以上。 

↓ シリーズ4作目、かな。実は観てないんすよ……抜かったなあ……チェックが甘すぎた……Gal様ハリウッドデビュー作。先日、WOWOWでシリーズ一挙放送があったので録画済です。さっさと観てみよう。
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2012-04-13

 2013年に公開された、新たなSupermanの物語を描いた映画『MAN OF STEEL』。今日の夜にテレビ放送があるようだが、わたしは2013年8月31日の公開翌日に、これはIMAXで見ないとイカンだろうと思って、まだ当時少なかったIMAXシアターの中から、行ったことがないところとして、わざわざ「109シネマズ菖蒲」まで車をかっ飛ばして観に行った。少年時代にChristopher Reeve版のSupermanに大興奮していたわたしとしては、超・期待していたのだが、しかし、極めて残念ながら、観終わって深い失望を味わう結果となったのである。わたしが観たかったのはコレジャナイ。と。
 このことについては、実はこのBlogを描き始めた去年の8月に、5回の長~~い連載記事で書いたので、正直今更なのだが、あれを読んでもらうのは苦行に等しいと思われるので、『BATMAN v SUPERMAN』を今日の夜観る前に、もう一度、簡潔にまとめておこうと思った次第である(※2016/03/26;というわけで観てきた感想はこちら)。一応、8月に書いた記事のリンクだけ貼っておこう。
 さてと。
 結論から言えば、『MAN OF STEEL』は、その物語の進行には一切矛盾がなく、極めて正しい道筋をたどっている。まったくもって納得のいく物語進行である。その意味では、脚本には一切問題がなく、完璧と言ったら言いすぎかもしれないが、お見事、ではある。しかし、その「完璧さ」ゆえに、まったくもって「面白くない」のである。どういうことか、分かりやすく説明してみよう。出来るかわからんけれど。恐らく、問題点を端的にあらわすキーワードは「リアル」という言葉であろうと思っている。なお、以下ネタバレ全開です。

 さて問題です。
 アメコミヒーロー「Batman」と「Superman」の最大の違いは何でしょうか?
 映画ファンなら間髪いれずに答えられると思いますが、そうでない人にはわからんかも。
 答えは簡単。「Batman」はあくまで人間であり、お金と頭脳を駆使して数々のアイテムを作っているただのおっさんなのです。もちろん、その精神は超人的で、肉体的鍛錬も重ねているので、非常に強いヒーローには違いない。が、あくまでも彼は「人間」なのだ。そして、「Superman」は、端的に言えば「宇宙人」である。ここが大きく違う。まずは、この点をちょっと覚えておいてください。

 で。Batmanと言えば、近年で言えば天才Christopher Nolan監督による3部作、『Batman Begins』『The Dark Knight』『The Dark Knight Rises』が非常なる傑作として世に知られているわけだが、映画オタクたちは、最終作、「Rises」には厳しい批評を向けている人が多いような気がする(たぶん)。かく言うわたしも、もちろん、2作目の『The Dark Knight』は凄まじいまでの傑作であると思っているが、「Rises」だけは、手放しで賞賛できない。あれはちょっと変というか、問題アリだ。
 以前も書いた通り、Nolan監督はバリバリのイギリス人である。アメコミには何の興味もない男だ。なので、彼はBatmanの監督を託された時に、すべての基礎となるひとつの理念をしっかりと定める必要があった。彼が決めたのは、「もし本当にBatmanが存在していたら?」という理念である。この理念に基づいて脚本を描き、映像を撮って、編集した作品がNolan-Batman3部作である。なので、恐ろしくリアルである。とりわけ、Batmanことブルース・ウェインと、敵対するジョーカーというキャラクターの造形は完璧で、もちろん演じた役者の素晴らしい演技あってこそだが、本当に生きた人間として、リアルに描くことにNolan監督は成功していると思う。
 しかし、その完璧な作品であるはずの中で、なぜわたしが3作目の「Rises」だけダメ判定しているかというと、Nolan監督が「リアル」さを手に入れたのとトレードオフで、失ってしまったものがあるからだ。それは、原作では極めて重要な舞台装置である「Gotham City」の描き方に端的に現れている。なんとNolan監督は、Gotham Cityを、単なる実在のシカゴそのものとして描いてしまったのだ。なので、街としては非常にリアルではある、が、漫画的な「悪の栄える街」というビジュアル的表現が不可能になってしまったのである。
 この結果、「Rises」におけるVillan(悪役)、ベインというキャラクターが完全に浮いてしまっている。彼は「Gothamの申し子」として、ある意味、Gothamという街が生み出した怪物、のはずなのだが、残念ながら完全に滑ってしまった。Gothamが普通の街にしか見えないため、彼の言葉も行動もまったく意味不明なのである。ちなみにBatmanも、ある意味父の作り上げた街であるGothamを浄化するために、悪の栄える街となってしまったGothamで悪党退治にいそしんでいるローカルヒーローが本来の姿なのだが、リアルすぎる描写によって、Nolan-Batmanは(Gothamにこだわらない)普遍的ヒーローのようになってしまった。「Rises」はこの点だけが極めて残念で、他の点は完璧だっただけに、大変がっかりである。
 とはいえ、わたしがダメ判定している「Rises」も興行的にはスーパー大ヒットとなった。WarnerがここまでうまくいったDCコミックヒーロー映画をやめるわけがない。折りしもライバルたるMarvel Studioは、憎っくきDISNEYの傘下となり、そのヒーロー映画をことごとく成功させ、あまつさえ、ヒーロー大集合映画『Avengers』は当時の歴代最高記録を更新するほどのウルトラ大ヒットとなったばかりだ。そもそも、ヒーロー大集合と言えば、DCコミックの「JUSTICE LEAGUE」の方が歴史は古い。Warnerが、Nolan-Batmanの大成功によって、じゃあウチも、「JUSTICE LEAGUE」作るか!! と考えるのは当然だろう。そんな情勢の中、『MAN OF STEEL』の企画は始まったはずだ。
 しかし、Warnerは、ちょっと落ち着いて考えてみるべきだった。
 Nolanの核にある「リアル」路線でSupermanを描いたらどうなってしまうか、を。
 Batmanはあくまで人間である。だから、リアルな人間として描くことで、物語の深みを増すことが出来たと言える。人間だから、悩み、苦しむ。だって人間だもの、がNolan-Batmanの根本である。しかしそれでも、「Rises」では限界が露呈してしまった。やはりコミックヒーローを描くには、リアルにも限度があったのだ。
 そのことにWarnerは気づくべきだったのだが、Nolan-Batmanの成功に浮かれすぎて、誰も指摘しなかったのだろう。『MAN OF STEEL』は、まさしくNolan流の「リアル」路線で、ズバリ言えば「Supermanが本当に存在していたら?」という視点で作られてしまっているのである。
 
 なので、冒頭に書いたとおり、『MAN OF STEEL』は、恐ろしくリアルで、ことごとく、しかるべき道筋をたどる極めて真面目なストーリーだ。ある意味、「もしスーパーパワーを持つ宇宙人が地球に飛来したら?」という仮定を正確にシミュレーションしたものとなっている。
 宇宙から赤ん坊がやってきて、おまけにものすごいパワーを秘めていたら(この点はもうリアルとかそういうことは度外視しないと話は始まらない)、そりゃあ育ての親は、「その力を見せてはならん」と言いますよ。そりゃ当たり前だ。わたしでも、絶対に隠しておけ、と言って育てると思う。しかし、その親の教育方針は完全にSupermanにとっては呪いとなって心と肉体を蝕み、あろうことか、目の前で父が今まさに死のうとしているのに、そして自分には余裕で助けることができる力があるのに、「力を見せるな」という呪いが発動して一歩も動けず、あっさり父は死んでしまう。まさしく「呪縛」だ。親を見殺しにするSupermanの姿なんて、誰が観たいのよ!? とわたしは劇場で椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。そして「父を助けることも出来なかった、オレの力って何なんだ、つーかオレって何者なんだ!?」とアイデンティティクライシスに陥り、世界を放浪するSuperman。まったくもって矛盾はなく極めてリアルな展開だが、マジかよ……何やってんだお前……と、わたしはもう、あっけにとられた。
 その後、地球での母の言葉と、亡き実父・ジョー=エルのデータ化されたビジョン的存在によってSupermanはトラウマを克服し、地球に侵攻してきたゾット将軍一行との戦いに挑むわけだが、ここも、何というか人間味はなく、正直、観ていてあまり感動はない。しかし人間味がないのは当然だ。だって宇宙人だもの。なので、リアルではあるけれど、ここは、全世界なんてどうでもいい、ただ、惚れたロイスを助けるためにオレは戦うんだ!! という地球育ちの宇宙人という設定を生かした展開であって欲しかった(なお、『MAN OF STEEL』ではまったくロイスとのLOVE展開はナシ。その意味では、本作においてロイスは何の役割もないとも言える。ロイスの役割は、例えば母でも十分代用可能だった)。
 おまけに、戦いに赴く前に、じゃあまずは軍に投降して地球人の誤解を解いておくか、という展開になるのだが、それは非常にリアルで、確かにそうなるかも、と理解はできるものの、わたしは断言するけれど、あのくだりは必要性ゼロだと思う。手錠をかけられたSupermanに何の意味があるって言うんだ? まったく物語には必要ないと思う。Supermanは単純に、地球を、ロイスを助けたいから闘えばいいだけなのに。ちなみに、今回のゾット将軍は、かつての『SUPERMAN II』で描かれたような漫画的な悪党ではなく、明確にSupermanことカル=エルを狙う理由が説明されており、その侵攻の手順も極めて軍人の流儀に叶っていて、彼には彼の正義があることがはっきりと描かれる。その点も非常にリアルでかつ矛盾や突飛な飛躍はない。
 そして始まる、宇宙人同士の超絶バトル。この戦いの様相は、まさしく地球人の目にはとても捉えることの出来ないもので、速すぎて何をしているのかよくわからない。せっかくスローモーションで漫画的な画を見せるのが世界一上手なZack Snyder監督なのに、全く生かされていない。ここもリアルすぎるのだ。また、彼らには、いわゆる必殺技、これが決まれば勝てると言うものはなく、単なる殴り合いで、観ていて全然面白くない。だって、別に殴ったって、銃で撃ったって、痛くもなんともないんだぜ? 殴り合いには何の意味もないよね。その格闘戦で体力を削って、フラフラになった時にライダーキック、あるいはスペシウム光線をかます、というような漫画的表現は皆無である。ただただ、殴り合っている(たまにヒートビジョンをかますも効果なし)。結果、街はその余波でぼろぼろである。建物はぶっ壊れる、車は爆発する、戦闘機は撃墜される。そりゃそうだ。そうなるよね、と、とにかくリアルな惨状が延々と見せつけられる。これ、観てて面白いか? そして対決の結末は、わたしはもう、劇場で「えええっ!!?」と声が出てしまったほどだ。なんと、決め技はスリーパーホールドからの絞め技で首の骨をボキン!! である。もう、なんて地味な決着なんだというのがひとつ、そしてSupermanが人殺しをしたという驚愕の事実に、わたしはもう席を立ちたくなった。なんじゃいこりゃあ、である。
 以上が、わたしが観たかったのは、コレジャナイ。と思う理由である。

 Batmanは人間だからこそ、リアルに描くことで、その苦しみや怒りに共感できた。犬にかみつかれれば血を流すし、常に満身創痍で治療を受けるBatmanは、あり得ないけどあり得るかもしれない一人の人間として、描く価値があったのだ。
 しかし、Supermanが本当にいたら? と超真面目にリアルに描いてしまったら、もう『MAN OF STEEL』で描かれたお話にならざるを得ない。この映画を観た我々は、Superman=恐ろしい存在としか感じられないのだ。まったくもって迷惑な存在でしかなく、いわば地球にとっては害悪以上の何物でもない。そんなSupermanの物語が面白いわけがない。お前のせいで何人死んだと思ってんだ!! と思うのが普通の反応だ。
 が、まさしくそこに、今日から公開される『BATMAN v SUPERMAN』のポイントがあるようだ。
 一番最初に公開された予告で示された通り、今回のお話は、まさしく『MAN OF STEEL』事件の余波で殺された人々の怒りをBatmanが代弁するお話、という一面があるようだ。
 
 BatmanはSupermanに問う。「Tell me, do you bleed?(お前、血を流すのか?)」
 答えないSupermanに、Batmanは宣言する。「You will !! (流すことになるぜ。つか、オレがお前に血を流させてやる!!)」。もう、Batmanは完全に激怒してますよ。そりゃそうだ。いや、もちろん最高にカッコ良くて大興奮のシーンなのだが……大丈夫なのかそれで。
 ※2016/03/26追記:上記のシーン、劇場版字幕では「お前の血は赤いのか?」「真っ赤に染めてやる!!」となってました。その日本語訳もカッコイイですな。
 Batmanの怒りは良くわかるし、対宇宙人用アーマースーツを纏ったBatmanはとてもカッコイイ。人間が宇宙人と戦うには、人類の知恵と経験を総動員した準備が必要だろう。非常にリアルである。けど、どうやって二人は折り合いをつけるのだろう? BatmanはSupermanを許せるのか? Supermanは『MAN OF STEEL』事件の落とし前をどうつけるつもりなんだろう? これから正義の味方として人類に奉仕するので許して下さい、と土下座でもする気か? 別の予告では、アメリカ議会に出席しようとするSupermanの画もあったが、もう、『MAN OF STEEL』で描かれたリアル路線を覆すことができないので、どんどん変な方向に話が進んでしまっているような気がしてならない。しかも、今回は、とうとう参戦するWonderwomanや、噂ではAqua-Manまで登場するらしい。リアル路線を追求したら、もう収拾つかないぞ。

 というわけで、ぶった切りですが結論。
 要するに、コミックヒーローを描くには、ある程度のファンタジックな部分はどうしても捨てられないはずなのだが、クソ真面目に、超リアルに描いてしまったために『MAN OF STEEL』はわたしに失望しかもたらさなかったわけです。全然うまく説明できずにごめんなさい。
 そして、わたしとしては『BATMAN v SUPERMAN』が心配でならないわけだが、あと12時間後ぐらいには観終わっているはずなので、わたしの心配が果たして杞憂に終わるのか、やっぱりな……となってしまうのか、答えはもうすぐに出る。その結論は、今日の夜書いて、明日の朝にはUPしようと思います。以上。

↓ 何故か評価の低い『RETURNS』。でも、わたしはかなり傑作だと思っています。『MAN OF STEEL』よりもずっとずっと面白いと思う。ただし、この映画はChritopher Reeve版の「1」と「2」を観てないとダメです。つーか明確に続編です。あの、お馴染みのメインテーマ曲をきっちり使っていることも非常に良いです。
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 WarnerによるNolanを起用した新たなBATMANサーガは無事に、いやあんまり無事ではないけど少なくとも興行的には大成功のうちに幕を閉じた。一方そのころDisneyは、新たな新外国人MARVEL COMICを配下に置き、『Marvel's The Avengers』というウルトラ大ヒット映画を2012年に公開することで、「え? BATMAN? なにそれウマいの?」という情勢を作り上げてしまった。
 もともと、『The Avengers』 の計画は「Marvel Cinematic Univers」という共通世界観の下で、2008年から進んでおり、それが結実したのが2012年になるわけだが、ちょっとここで、いわゆるヒーロー映画の主な流れを、ごく簡単にまとめてみよう。わたしの思いつく限りの作品なので、オイィィ! あれが抜けてるぞ! と思った方は教えてくださいね。
 
 公開年/タイトル/出身レーベル/映画版元/監督/世界興収 の順に記述する。
 1978/『Superman』/DC_Comic/Warner/Richard Donner/300M$。
 1981/『Superman II 』/DC_Comic/Warner/Richard Donner続投/情報なし。
 1983/『Superman III 』/DC_Comic/Warner/Richard Lesterにチェンジ/惨敗
           →この後1984年『Supergirl』1987年『IV』が公開されるがドイヒーな結果に。
 1989/『Batman』/DC_Comic/Warner/Tim Burton/411M$。
 1992/『Batman Returns』/DC_Comic/Warner/Tim Burton続投/266M$。
 1995/『Batman Forever』/DC_Comic/Warner/Joel Schumacherにチェンジ/336M$。
 1997/『Batman & Robin』/DC_Comic/Warner/Joel Schumacher続投/236M$。
 1998/『Blade』/MARVEL/NewLineCinema/Stephen Norrington/131M$
 2000/『X-MEN』/MARVEL/FOX/Brian Singer/296M$。
 2002/『Spider-man』/MARVEL/SONY/Sam Raimi/821M$
   『Blade II 』MARVEL/NewLineCinema/Gullermo del Toro/155M$
 2003/『X2』/MARVEL/FOX/Brian Singer続投/407M$。※X-MEN2のことね。
   『Daredevil』/MARVEL/FOX/Mark Steven Johnson/179M$
 2004/『Spider-man2』/MARVEL/SONY/Sam Raimi続投/783M$
       『Blade:Trinity』/MARVEL/NewLineCinema/David S Goyer/128M$
 2005/『Fantastic Four』/MARVEL/FOX/Tim Story/330M$。
   『Batman Begins』/DC_Comic/Warner/Christopher Nolan/374M$
 2006/『X-MEN:The Last Stand[』//MARVEL/FOX/Brett Ratnerにチェンジ/459M$。
   『Superman Returns』/DC_Comic/Warner/Brian SingerがX-MENを
     蹴って就任したことで話題に/391M$と微妙だが、名作だとわたしは思ってる。
 2007/『Spider-man3』/MARVEL/SONY/Sam Raimi完投/世界興収890M$
   『Fantastic Four:Rise of the Silver Surfer』/MARVEL/FOX/Tim Story続投/289M$。
   『Ghost Rider』/MARVEL/SONY/Mark Steven Johnson/228M$
 2008/『The Dark Knight』/DC_Comic/Warner/Christopher Nolan続投/1,004M$
     『Iron Man』/MARVEL/Paramount/Jon Favreau/585M$
     『The Incredible Hulk』/MARVEL/Universal/Louis Leterrier/263M$
 2009/『X-Men Origins:Wolverine』/MARVEL/FOX/Gavin Hood/373M$
 2010/『Iron Man 2』//MARVEL/Paramount/Jon Favreau続投/623M$
 2011/『Green Lantern』//DC_Comic/Warner/Martin Campbell/219M$。
    『X-Men:First Class』/MARVEL/FOX/Matthew Vaughn/353M$
    『Thor』/MARVEL/Paramount/Kenneth Branagh/449M$
    『Captain America:The First Avenger』/MARVEL/Paramount/Joe Johnston/375M$
 2012/『Marvel's The Avengers』/MARVEL/Disney/Joss Whedon/1,519M$
   『The Dark Knight Rises』DC_Comic/Warner/Christopher Nolan完投/1,084M$
        『The Amazing Spider-man』/MARVEL/SONY/Marc Webb/757M$
   『Ghost Rider:Spirit of Vengeance』/MARVEL/SONY/Mark Neveldine/132M$
 2013/『Iron Man3』/MARVEL/Disney/Shane Black/1,215M$
        『Thor:The Dark World』/MARVEL/Disney/Alan Taylor/644M$
    『Man of Steel』DC_Comic/Warner/Zack Snyder/668M$
        『The Wolverine』/MARVEL/FOX/James Mangold/407M$
 2014/『The  Amazing Spider-man2』/MARVEL/SONY/Marc Webb続投/708M$
   『X-Men:Days of Future Past』/MARVEL/FOX/Brian Singer再び/748M$
   『Captain America:The Winter Soldier』/MARVEL/Disney/Russo Bros./714M$
   『Guardians of the Galaxy』/MARVEL/Disney/James Gunn/774M$
 2015/『Avengers:Age of Ultron』/MARVEL/Disney/Joss Whedon続投/1,401M$
    『Ant-Man』/MARVEL/Disney/Peyton Reed/361M$
 以下、今後の予定も、もうかなり決まっていて、タイトルだけ列挙すると
 2016/『Batman v Superman Dawn of Justice』、『Captain America:Civil War』が大玉で控え、X-Menの新作や、新ヒーロー『BlackPanther』、あるいはAvengersの次回作など具体的な公開予定日まで既に発表されている。はーーこのデータまとめるだけで今日は疲れたわ。

 で。
 見ての通り、1978年の『Superman』が、近現代におけるヒーロー映画の元祖だとして、そもそもはDCヒーローが優勢だった映画業界において、今や完全にMARVEL軍団の圧勝である。その源になったのは、もちろん先行していたX-MenやSpider-manの貢献が非常に大きいが、やはり2008年から始まるMarvel Cinematic Univers計画、別名Avengers計画の大成功によるものであろうと思う。このクロスオーバー作戦により、MARVELは覇権を握ったと言って差し支えあるまい。

 Warnerとしては、SONYやFOXやParamountに分散していたヒーロー映画たちを、Nolan=BATMANで各個撃破していたはずなのに、Avengers計画という名のもとに、いつの間にやら完全にDisneyに包囲されていたのだ。何という誤算!! Warnerはまたも緊急幹部会を開くことになる。時は、おそらくは2010年から2011年ぐらいであろう。いよいよAvergers計画の最初の集大成である『Marvel's The Avengers』の撮影が始まろうとしている頃ではないだろうか。

 「バッカ野郎! なにをみすみすやられちまってんだ俺たちはよう! Nolanのガキが気合入れてタマ取ってきたっつーのによ、お前らどこまで馬鹿なんだこのどあほうが!!」
 「押忍! サーセン! で、でもあいつら……」
 「バッカ野郎! でもあいつらじゃねえ! すっぞオラァ!」
 「押忍! サーセン! でも、あいつら汚ねえんすよ! 単品で主役張れるヒーローを揃えといて、そいつら一気にまとめて出すなんて……」
 「バッカ野郎! それだよそれ! あの、なんだ、アベ……あべれんじゃ……?」
 「押忍! サーセン! アベンジャーズ、っすね」
 「バッカ野郎! 分かってんだよ! とにかくそのアベレンジャー? なんか、協定違反とかじゃねえのかよ!? あんなのありかよ!」
 「押忍! サーセン! ナシ……じゃねえと思います! 観客大喜びです!」
 「バッカ野郎! あの野郎ども誉めてどうすんだてめえ! すっぞオラァ!!」
 「押忍! サーセン! ハラキリます!」
 「……おめえがハラキリしたって床が汚れるだけだぜ……」
 「Goyerの兄貴! 押忍! サーセン!」
 「おう、Goyerか! おめえ、Nolan野郎とよろしくやってでかいヤマ張ってくれたな。で、またなんかいい策があるっつーのか!?」
 「……オヤジ、こいつを見てくれよ」
 Goyerが懐から出したのは、DCコミックスが1960年に発行した、貴重なプレミア初版本だ。タイトルは――『Justice League』。
 「……じゃ、じゃすてぃすりーぐえ?」
 「……ジャスティス・リーグです……オレたちのDCコミック先生は、あのMARVEL野郎よりも3年も先に、ヒーロー大集合作品を描いてたんすよ……」
 「マジか! それ本当か!? 信じていいのか!?」
 「……ええ。マジですよ。大マジです。SupermanとBatmanの夢の競演。こいつを今のオレたちで撮れば……」
 「撮れば?」
 「……あのAvengersに勝てます!!!(キリッ)」
 「それだああーーーー!!」
 「……だけどオヤジ、こいつを実現するには、あいつらのやり方をパクる必要があります。順番に、ひとつづつ、そして集合、です。だから、ちょいと時間が必要ですぜ」
 「かまわーーん!! それでもいいから、撮れ!」
 「……承知しやした。あと、もう一つ。Nolanのガキ、もうちょいとしばらくお借りしますぜ。あいつの力が必要だ」
 「おーし分かった! おめえに任す! Nolanのガキも連れてっていいぞ! ほかに要るもんはあるか」
 「……ありがとうごぜえやす。じゃ、もうひとつだけ。今回の計画には、Zack小僧を使います。あの、『300』と『Watchmen』で腕上げやがった、あのZack Snyderですよ。あいつのCGの腕はホンモンですからね……」
 「あの小僧か。確かに腕上げやがったな。分かった。小僧も連れてけ」
 「……ありがとうごぜえやす。ククク……NolanのBATMANとZack小僧のCGによるSuperman……こいつは面白れえことになってきやがったぜ……!」

 こうして、Warner本社は、Avengers計画に対抗するプロジェクト、Justice League開発を承認したのである。Goyerの計画はこうだ。まず、現在Nolanが撮影中の『The Dark Knight Rises』をきっちり終わらせる。そして次に『Superman』を撮らせる。その後に、『Justice League』を撮って、Avengersに対抗する、と。
 そして無事に『The Dark Knight Rises』は完成し、大ヒットとなる。しかし、その時はまだ、おそらくWarner幹部は、わたしが指摘する『The Dark Knight Rises』が陥った欠陥について、全く気にしていなかったはずだ。なぜなら、もし気が付いていれば、『Man of Steel』はあんな映画にならなかったはずだからだ。
 Goyerは陽気なアメリカ人キャラで、再び『The Dark Knight Rises』製作中のNolanのオフィスに赴いた。

 「……(カタカタカタカタ)……」
 「ういっすー。Nolan君ホントお疲れっす~……あとちょっとで終わりだね……って何やってんの?」
 「……(カタカタカタカタ)……次回作、ですよ。Goyerさん、用がないなら帰ってください。ウザいんで。」
 「も~~~真面目だなぁ君は。まだRises終わってないのに、次の書いてんの? で、どんなのよ?」
 「……(カタカタカタカタ)……キップ・ソーンのブラックホール理論をベースにしたSFです……」
 「(なんだそりゃ。全然わかんねえ)ま~~た難しいの始めたねぇ~~ところでさ、Nolan君にまたお願いがあるんだよね~~」
 「……(カタカタカタカタ)……無理です。忙しいんで。」
 「(つれねえガキだなこいつ!)いやいやいや~そんなこと言わないでさぁ~今度はね、Supermanを撮りたいんだよね。Nolan君も手伝ってくれないかな~」
 「……(ピタリ)……Superman?」
 「そ。Superman」
 「……(わなわな)……いい加減にしろ―!! だから、僕はイギリス人なの! 僕はコーヒーより紅茶派なの! 僕がいつか撮りたいのは007なの! Supermanに思い入れなんてないの! もう帰れヤンキー野郎が!」
 「(ブチッ)うるせーこのイギリス紳士! アメリカ人の魂なんだよSupermanは! 文句あるかこの野郎!」
 「……(ハアハア)……僕はSupermanなんて知らないんだから、また、最初っからになりますよ。誕生から描くしかない」
 「いいよいいよ、それでいいよ全然! それに、今回は原案だけでいいんだ。監督は、Zackにやらせるから」
 「……Zack……Zackってもしかして、『300』の……」
 「そ。あのZack Snyder君。あれ? 知り合い?」
 「……いや、面識はないですが、『300』は観ました。あれは確かにすごかった」
 「だろぉ~~? Zack君のCGで描いたSuperman、観たくない?」
 「……いえ別に。でも、わかりました。プロットだけなら、書いてもいいです」
 「(オッケイ!)そうそう、それだけでいいからさ、頼むよ、ね?」

 こんな経緯でNolan流Supermanの企画は動き出す。
 しかし、その結果生まれた『Man of Steel』がどうなったか。
 
 『Man of Steel』もまた、「もし本当に、Supermanが存在していたら?」というコンセプトで作られたことは明白だ。タイトルに、Supermanと入れない点も、まあはっきり言って『The Dark Knight』のパクリである。すべてがリアル、であり、すべての話の流れは、ありうべき道筋をたどっている。ほぼ、何ら矛盾はなく、物語という観点からは何一つ文句のつけようがない。映像的にも、Zack Snyderによる最新CG技術を駆使した素晴らしいもので、まさに本物、まさに現実の光景としか思えない仕上がりになっている。映像的には、本当に完璧だ。

 なのに、なぜか、違和感がぬぐえない。それは映像なのか、物語なのか、あるいは両方なのか。

 Zack Snyderは、紛れもなく優秀な映画監督である。彼の『300』や『Watchmen』は、ともにコミック原作だが、ほぼ100%完璧な仕上がりで、最初観たときは、またすごい才能が現れたと、わたしは非常に喜んだものだ。彼の作品のすごい点は、さまざまな技術をフル活用して、コミックを完全再現する創造力にある。ワンシーンワンシーンが、コミックそのものなのだ。コミック的な過剰演出、多用するストップモーションによる止め絵。過剰なライティングも、実に漫画チックな絵作りに貢献している。背景はロケなのか、すべてCG合成なのか、それすらも全く分からない。そう。Zack Snyderの作品は、動く漫画なのである。画は非常にリアルである。しかしZackが集中するのはあくまで映像であって、ストーリー・物語は全くリアルとは縁遠いのである。

 すなわち『Man of Steel』は、リアルな心理描写、リアルな物語を描くNolanのDNAと、リアルな画面・コミック的過剰演出を持ち味とするZackのDNA、この二つの天才のDNAから生まれた作品で、誰もが、すごいのができるはず、と期待したはずだ。
 しかし、結果的には、なんとも不気味なハイブリッドが誕生してしまったのである……。

<あれーーー終わらない! 次で絶対終わらせます! 許して!>



 

 『BATMAN Begins』の大成功により、当然WarnerとしてはBATMANシリーズは継続、次回作の製作も当然じゃ! ということになり、第2作もNolanの手に委ねられるわけだが、Nolanは、Warnerから第2作の前に君の好きな作品を撮ってもいいぜ、というご褒美をもらう。その映画が2006年に公開された『The Prestige』である(※日本公開は2007年)。正確にはオリジナルではなく、原作小説のある作品ではあるが、非常によくできており、わたしは結構面白いと思う。主役には『Begins』で苦楽を共にしたChristian Baleと、『X-MEN』で既に大スターになっていたHugh Jackmanの二人を迎え、さらには今やNolan組には欠かせないMichael Canieが脇を固め、ヒロインには、わたしがオレの嫁認定しているScarlett Johanssonを充てるという、必勝態勢で臨んだ作品だったが、いかんせん、『Memento』チックな技巧に寄ってしまい、やや万人受けはしないものになってしまった。なんというか、Nolanの初期のころの作品作りは、いわゆる日本の叙述ミステリーに近いものがあり、なんか、作者の「してやったり」みたいな作意が感じられてしまって、どうにも鼻につく。
 まあ、この作品はヒーロー映画とは全く関係がないのでこれ以上言及しないが、気になる方は是非見てくれ。悪くない。

 話を戻そう。続く『The Dark Knight』だ。
 この作品では、とうとうタイトルからBATMANという名前さえ外してしまった。ノーランにとっては全く不要で当たり前の選択だったのだろうが、おそらくはWarner本社では相当な抵抗があったことが想像できる。わたしも、看板シリーズの名前をタイトルに入れない、なんて作家が言い出したら、全力で説得するだろう。勘弁してよ……と。
 しかし、それでもこの作品は大ヒット。タイトルにBATMANが入っていなければならないという必要性はまったくなかったと、結果が証明してしまった。全世界で10億ドル、US国内だけでも5億ドル稼いだこの作品は、アメリカ国内では歴代5位の興行成績を残す結果となった(※公開した当時は歴代3位だったが、その後『Marvel's The Avengers』と『Jurassic World』に抜かれちゃった)。

 はっきり言って、この『The Dark Knight』は超傑作である。この映画を評価する人は多いし、この映画をつまんねーという奴は、ほぼ確実に、1)物語をそもそも理解できない頭の悪い人間、か、あるいは、2)とりあえず人と違うこと言ってる俺かっけえ、と勘違いしている、やはり頭の悪い人間だと断言して構わない。なるべく付き合わないことをお勧めする。
 そもそも、BATMANというキャラクターは、常に眉間にしわを寄せ、とてもじゃないが気さくなヒーローではない。夜中に目撃したら、何も悪いことをしてなくても、ビビッて逃げるしかない。それはなぜか。BATMANは、恐怖の象徴だからだ。幼少時に、両親を殺された若きブルース・ウェインは、悪が許せない。絶対に。そんな彼が出した結論は、悪には悪を。恐怖にはそれを上回る恐怖を! というものなのだ。だから、彼は決して光り輝くヒーローではない。あくまでも、毒には毒を持って制することを旨とする、法律無用のOUTLAWなのだ(ただし殺人だけは絶対に犯さない)。故に、The Dark Knight=暗黒の騎士なのである。まったくもって、いまだ厨二病をわずらうクズ人間のわたしからすれば、カッコイイこと甚だしい。ブルース・ウェインの財力か、トニー・スタークの天才頭脳&財力があればオレだって……と、全世界の男子を虜にせざるを得ない。
 この本質を、きっちりとそしてリアルに描いた作品が、Nolanによる『The Dark Knight』である。BATMANを、そしてJokerさえも、一人の苦悩する人間あるいは病んだ人間として描き切ったNolanの脚本・演出は、完璧だ。
 Nolanは、「もし本当に、BATMANが存在していたら?」という着眼点から出発して、リアルさを追求することで、『The Dark Knight』という超傑作を生み出した。ここで描かれるBATMANは、もはや従来のBATMANとは全く別人の、Nolan BATMANと呼ぶべきものだ。Jokerも、あの不気味な口は痛々しい傷痕となって表現され、Joker自身が語る傷の由来も、Joker自身がいろいろなパターンで語るので、全部嘘かもしれないし適当なジョークかもしれないが、例えば父親に切り裂かれたとか、語る内容は現代的で実にありそうな、リアルな話ばかりだった。決して、Tim Burton版で描かれたような由来ではないし、クリーチャーめいた漫画的存在でもない。Nolan版のJokerは、普通にあり得る精神異常犯罪者として描かれている。まさに、リアル、である。そしてそれ故に、『The Dark Knight』は偉大な超傑作になったのだ。

 しかし、である。 『Begins』にあって、『The Dark Knight』では失われてしまった、BATMANという物語できわめて重要な要素がある。それは、Gotham City という街がもつ特異性だ。Gotham Cityは、BATMANを描くためには必要不可欠な、重要な舞台装置である。Nolanは、『Begins』ではGotham Cityを、ウェイン・カンパニーが作り上げた都市としての特異性をモノレールなどで表現していたが、続く『The Dark Knight』 では、全く普通の都市として描いてしまった(撮影はChicagoで行われたようだ)。しかし、このことによって、Nolanが追求する「リアルさ」を付与することに成功してはいるし、「もし本当に、BATMANが存在していたら?」というNolanの基本コンセプトにも適っているが、肝心の、「Gotham City=悪の栄える街」という重要なポイントが消失してしまったのだ。もちろん、『The Dark Knight』においては、物語上重要なキーとなる「警官の汚職」が描かれており、その点ではきちんと悪徳の都としてのGothamを象徴的に描いているとも言える。だが、それは全世界のどこにでもある悪事で、Gothamの強烈なイメージまでは表現できていない。こうなってしまうと、BATMANの存在意義は極めて小さなものになってしまう。究極的にはその存在意義さえ失ってしまうのではなかろうか。だって、悪が憎いのだから、世界中の悪をぶっ飛ばしに行けばいいじゃない。IRONMANみたいに。そう。Nolanが描いたBATMANは、普通の街を守る、ご当地ヒーロー(いや、ヒーローじゃないんだった。依頼がないのに仕事をする必殺”自主的”仕事人か?)になってしまったのだ。

 わたしは、この、街に対する表現の違いが、DCヒーローと、MARVELヒーローの最大の違いだと常々思っている。DCヒーローたちの住む世界は、基本的に架空の町であり、MARVELヒーローたちの住む世界は実在の街(地球に住むヒーローに限る)なのである。もし、『The Dark Knight』において、Jokerが現れたのが、SUPERMANの住むMetroplisだったら、BATMANは戦いに赴いただろうか? おそらく、No, であろう。たまたまGotham Cityに現れたから、BATMANはJokerと戦ったのだと思う。この点は、『The Dark Knight』では、全く問題ではなく、特に気にしなくていい点だが、続く第3作『The Dark Knight Rises』では、物語上において消化しきれないしこりとして、現れてしまっているように思える。

 ――ところで、第3作を作る前に、またもNolanはご褒美として、自分の好きな作品を撮ってもいいというお許しを得ている。そして作ったのが、非常なる傑作『INCEPTION』だ。この作品は、完全にオリジナル作品で原作は存在しない(正確に言うと、着想を得た小説が存在してはいる)。わたしは、常々、映画よりも小説の方がイマジネーションを全開放できるという点では優れているのではないかという持論を持っていたが、この映画を見て、考えを改めた。よく、「映像化不可能」という惹句で宣伝される小説はあるが、まさしくこの映画は「小説化不可能」だと思う。本当に、この映画は素晴らしいと思う。観ていない人は、絶対に観るべきだ。
 
 『INCEPTION』の素晴らしさを語るのは別の機会に譲るとして、問題の第3作、『The Dark Knight Rises』である。公開前から、今回はCatwomanが出る(しかも演じるのはAnne Hathaway! しかもネコ耳復活でオレ大歓喜!)とか、スタジアム崩壊の迫力あるシーンだとかがちらちら露出され、いやが上にも気分は盛り上がりつつ、わくわくしながら劇場へ赴いたわけだが……観終わった時は、BATCAVEを後のRobinに引き渡す最後のシーンで猛烈に感動して、やっぱNolanすげえ! と打ち震えた私だが……しばらくして感動が落ち着いてみると、どうにも、んんん……? と理解できないことがあって、なんとも複雑な思いが残った。
 それは、たぶん観た人なら恐らく誰でも感じる「Bain、弱っ!」というものだ。ビジュアルイメージからして、なんか、イマイチ強そうじゃないし、彼の持ち味は、原作上は天才頭脳と無敵の肉体という両面を持ったBATMAN最強の敵の一人なのだが、その頭脳部分のすごさがどうにも感じられない。前作のJokerを一人の病んだ人間としてリアルに描いたNolanなのに、このBainの薄っぺらさはいったい何なんだ、と。
 このようになってしまった要因は、わたしはやはり、Bainが言う「オレはGothamの申し子だ」という主張が、全く伝わらなかったせいではないかと見ている。リアルを追求してきたシリーズなのに、急に、非現実世界が割り込んできたのである。Gothamを普通の街として描いてしまったこのシリーズでは、Bainの言っていることがさっぱりわからない。Nolanをもってしても、Bainというキャラクターを「リアル」に掘り下げることはできなかったのね……と断罪せざるを得ない。もちろん、最大限の努力はしたと思う。しかし、結果的には、どうにも薄っぺらい、正直まったくどうでもいいキャラクターとなってしまった。他の部分が徹底的に「リアル」が故に、思いっきり、浮いて目立ってしまっているのだ。結果、確かに興行成績は十分以上の成果を残し、全世界興収では記録を伸ばしたが、内容・映画としての完成度としては、2作目の『The Dark Knight』を超えることはできなかった。

 この、リアルとファンタジーの境界線こそ、わたしが主張したいDCコミックスのはまった迷宮である。
 散々引っ張って、言いたいことはそれかよ! と思われたあなた!
 ――アッハイ。その通りです。でも、このNolan流の「リアル」路線が、後の「DCコミックヒーロー映画」に与えた影響は大きいと思う。

 MARVELのヒーロー作品は、上手く「コミック」であることを逆手にとって、トンデモ技術やなんだこりゃというものを平気で描いているが、Nolan以降のDCヒーロー映画は、「リアル」を基本としてしまったために、どんどんと泥沼にはまっていってしまったとわたしは感じている。


 それが明確になるのが、DCの次の作品『Man of Steel』である。
 わたしにとっては、『Man of Steel』は2013年に観た映画で一番がっかりした作品で、個人的に「コレジャナイムービーNo.1」の称号を与えている。これは、明らか、Nolanにより開発された「リアル」路線の悪影響だとわたしは断言する。あれはNolanだからこその大リーグボールだった。たとえ製作総指揮でクレジットされていようとも、残念ながら他の誰にも、真似ができるものシロモノではなかったのだ。


<終わらなかったので、その4に続く。次で終わるはず!>

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