今、わたしはほぼ毎日せっせと『みをつくし料理帖』を読んでいて、全10巻のうち、現在9巻が終わりそうで、あとチョイで全部読み終わるところまで来ている。舞台は、このBlogで1巻2巻を紹介した時にも書いたが、1802年1812年から6年間ほどのお話で、要するに江戸後期、第11代将軍・徳川家斉の時代である。元号で言うと享和から文化から文政のころであり、時代劇で言えば田沼意次が失脚したのちの松平定信による寛政の改革の緊縮財政や風紀取締り、思想統制といった抑圧から開放され、江戸市民がやれやれ、と一息ついて元気を取り戻しているような、そんな時代であろう。
 この、19世紀初頭というのは、日本の文学や美術といった芸術史上「化政期」と呼ばれる 重要な頃合いで、今現在我々が知っている有名人が、まさに活躍していた時期である。ちょっと、1802年において、誰が何歳だったか、ちょっと調べてみた。面白いから芸術家以外の有名人も載せてみよう。
<※2016/04/25追記修正:間違えた!!! 澪ちゃんが淀川の氾濫で両親を亡くすのが1802年で、物語はその10年後だ!!! なので、澪ちゃんが江戸に来たのは1812年のようで、以下の有名人の年齢は10歳プラスしてください。どうも馬琴(=清右衛門先生)が若すぎると思った……なので、澪ちゃんは1794年生まれっすね>
 ■葛飾北斎:42歳(1760年生→1849年没)浮世絵師
 ■喜多川歌麿:49歳(1753年生→1806年没)浮世絵師
 ■歌川広重:  5歳(1797年生→1858年没)浮世絵師
 ■歌川豊国:33歳(1769年生→1825年没)浮世絵師
 ■歌川国貞:16歳(1786年生→1865年没)浮世絵師
 ■歌川国芳:  5歳(1797年生→1861年没)浮世絵師
 ■上田秋成:68歳(1734年生→1809年没)読本作家・俳人・歌人
 ■山東京伝:41歳(1761年生→1816年没)浮世絵師&戯作者(作家)
 ■十返舎一九:37歳(1765年生→1831年没)戯作者(作家)
 ■曲亭馬琴:35歳(1767年生→1848年没)戯作者(作家)
 ■為永春水:12歳(1790年生→1844年没)戯作者(作家)
 ■小林一茶:39歳(1763年生→1828年没)俳人
 ■渡辺崋山:  9歳(1793年生→1841年没)画家(文人画)
 ■酒井抱一:41歳(1761年生→1829年没)画家(琳派)
 ■杉田玄白:69歳(1733年生→1817年没)医者 
 ■前野良沢:79歳(1723年生→1803年没)医者
 ■桂川甫周:51歳(1751年生→1809年没)医者
 ■平田篤胤:26歳(1776年生→1843年没)医者・国学者
※この頃はもう亡くなっていたけど、時代的に近い有名人
 ■東洲斎写楽(1820年没らしいが、1794年~1795年の10カ月しか活動してない)
 ■平賀源内(1728年生→1780年没)何でも屋の天才
 ■中川淳庵(1739年生→1786年没)医者・玄白の後輩
 ■本居宣長(1730年生→1801年没)国学者
 ■伊藤若冲(1716年生→1800年没)画家
 ■円山応挙(1733年生→1795年没)画家

 ああ、いかん。面白くなってきて収拾つかなくなって来たので、この辺でやめとこう。
 もう、ある意味GOLDEN AGEの凄いメンバーだと思う。
 で、この中で言うと、『みをつくし料理帖』に出てくる戯作者の清右衛門先生は、明らかに馬琴のことであろうと思うわけで(りう婆ちゃんが語る清右衛門先生の作品内容は明らかに『南総里見八犬伝』)、その友達の絵師、辰政先生は、どうも北斎っぽい(同じく、初登場時にりう婆ちゃんが興奮して説明した内容は馬琴作・北斎画の『椿説弓張月』のことだろう)。そして医者の源斉先生も、まさに上記の偉人たちの活躍期ということで、蘭学が発達して近代医学が芽生え始めていたことが分かると思う。桂川甫周先生は、『居眠り磐音』シリーズでもお馴染みですな。時代的に、『磐音』の物語のちょっと後で、澪ちゃんは坂崎空也くんの5~7歳年下になるのではないかと思う。<※2016/04/25追記:そうか、10年ずれると言うことは、ラスト近くで亡くなったという源済先生の恩師って、杉田玄白のことなんだな、きっと>
 こういう時代背景なので、わたしは近頃この19世紀初頭という時代に大変興味があるわけだが、今日、わたしが朝イチに一人で観に行ったのが、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている『ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞』という浮世絵の展覧会である。これが非常に痛快というか、実に楽しく面白い作品ぞろいで、また、まさしく『みをつくし料理帖』とほぼ同時代で当時の風俗や人々の姿を観ることができて、極めて興味深い展覧会であったのである。
kuniyosikunisada
 ↑チラシです。 ↓お、プロモーション動画もあったので貼っとくか。

 上記の動画でも分かる通り、そして、『俺たちの国芳わたしの国貞』というタイトルからも分かると思うが、この展覧会は、歌川国芳と歌川国貞の浮世絵を、当時のPOPカルチャーとして捉え、そこに現代性を観ることをコンセプトとして企画されている。非常に面白い取り組みだが、正直、シャレオツ感を盛りすぎていて(髑髏彫物伊達男=スカル&タトゥー・クールガイと読ませたりとかw)、性格のねじ曲がっているわたしとしては、若干鼻につくというか、敬遠したくなるのだが、企画意図は非常に興味深いと思う。実際、この企画通り、明らかに浮世絵は現在で言うところの小説挿絵だし、ズバリ言ってしまえば、ライトノベルのイラストそのものだ。また、美人画や役者絵は、もう現代のアイドルグラビアそのものであろう。
 そういう視点は、実際以前からもあったとは思うが、ここまでPOPカルチャーとして明確に振り切った企画展示は初めてのような気がする。これが、単に「歌川国芳・歌川国貞展」では、来場者はおっさんおばちゃんばかりになってしまうだろうが、実際のBunkamura展示会場内は非常に若者たちも多く来場していて、この企画が実に成功していることが良く分かる風景となっていた。何となく悔しい気分がしてならないが、これはもう、お見事、である。むしろ、とことんPOP色に染めているので、定番のお客さんであるおっさんおばちゃんに敬遠されてしまうのでは? と要らぬ心配もしたのだが、全然そんなこともなく、老いも若きも熱心に展示を観て、そして結構うるさく喋りまくっているような、ちょっとあまり例のない展示会だったように思う。うるさい、とは言いすぎか、みんな気を遣って超小声なんだけど、とにかくそのぶつぶついう声は明らかに普通の美術展よりも大きく聞こえてました。でも、まあ、去年の『春画展』の時も書いたけれど、観て、一緒に行った人としゃべりたくなる気持ちは十分わかる。おそらくは、春画も含めて浮世絵というものには、明確にストーリー、物語が存在しているのだ。だから、観て、そういった物語に触れると、どうしても人と語り合いたくなってしまうのではないかと思う。ま、あっしはいつも通り一人なんで、しゃべる相手はいねえってこってす。はい。やれやれ。
 
 で。今回、わたしがハッとした作品を二つだけ紹介しよう。共に国貞の作品だ。
KUNISADA_OUGIYA
 まずは↑これ。詳しくは、Museam of Fine Art BOSTONのWebサイトにあるのでそっちに任せます。なんと、藍色の単色刷りと見せて、唇だけ赤を使っているのがなんともイイ!!! 藍の濃淡も非常にBeautiful。これはシリーズもので、5人の大夫を描いたものの中の1枚です。実物はすごい綺麗です。そしてもう一枚がこちら↓
KUNISADA_OUGIYA02
 こちらの作品のBOSTONのWebサイトはこちら。これは、上の大夫をカラーで描いたもので、3枚組の中の1枚。両方とも、「江戸町壱丁目(=吉原の一等地)」にあった、「扇屋」という楼閣のTOP大夫「花扇」さんを描いたものです。なんでわたしがこの絵に深く感じるものがあったか、知りたい人は『みをつくし料理帖』を全巻読んで下さい。そして、読んだ人ならわかりますよね。これは、まちがいなく、作中に出てくる「翁屋」のことですよ。どちらも1830年頃に描かれた作品だそうで、186年前のこういった作品を観られるって、やはりわたしはとても感動してしまう。実に素晴らしい。
 国貞が1786年生まれだから、当時44歳。そしてそのころ、『みをつくし料理帖』の主人公、澪ちゃんは46歳36歳だね。あと少しで読み終わるけれど、澪ちゃんが幸せになることを祈ってやみません。そんなことを思いながら、今回の『俺たちの国芳 わたしの国貞』をわたしは堪能させてもらった。大変、楽しくて興味深い美術展でありました。ちなみに、Museam of Fine Art BOSTONのWebサイトでは、たぶんほとんどのコレクションを検索で探せて、今回日本に来ていない作品もいっぱい観ることができた。こういうサービスは、日本でももっともっと充実してほしいですな。
 最後に、きっと検索でこのBLOGにたどり着いた人が一番知りたがることを書いておこう。ズバリ、土日は混んでます。なので、朝イチに行かないとダメです。昼に行っても、人の頭しか見えないと思います。浮世絵って、とにかく線がとてもとても細かくて、サイズ的にも画自体大きくないので、朝イチに行かないと魅力の半分も味わえないと思いますよ。わたしは当然、いつも通り朝イチ&前売券購入済みで楽々入場して存分に鑑賞できました。あと、図録は2500円と、まあ標準的なお値段でしたが、かなり論文や読む部分が多くて、少なくともわたしは満足です。装丁も、やけに手触りがいいのが気に入りました。

 というわけで、結論。
 何でもそうだと思うけれど、やはり、ある程度、何事も準備して損はないと思う。突然行って何の知識もなくぼんやり見るのも、別にそれはそれでアリだけど、背景をある程度知ってからの方が、その面白さや感動はもっともっと深く、豊かになると思いますよ。『俺たちの国芳 わたしの国貞』展は、ちょうど最近私が興味のある時代と一致していて、大変楽しゅうございました。以上。

↓ あとは10巻だけ。澪ちゃん……幸せになっておくれよ……。
天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)
高田 郁
角川春樹事務所
2014-08-09