電撃文庫というレーベルは、間違いなく今もライトノベル界の王者でありナンバーワンレーベルであろうと思うが、いまだ、電子書籍に関しては「紙の書籍の1か月後」の発売を堅持しており、今イチそのポリシーは納得できないが、まあ、ある意味ルールとして明確ではあるし、街の本屋さんの味方ですよアピールも理解はできるので、受け入れざるを得ない。きっと電子書籍を享受している編集者が編集部にいないんだろうな、と想像する。
 しかし結果として、毎年2月に発売される「電撃小説大賞受賞作品」も、電子書籍では3月の発売で、そう遅れてしまうとわたしもなんか、次のコインバックフェアの時でいいや、という気持ちになり、安くなるのを待てばいいやリスト入りとなってしまう。 待てば必ず電子化される以上、もはや紙の本を買う気にならないので。
 というわけで、今年の2月に発売になった、今回の第23回電撃小説大賞で「大賞」を受賞した『86―エイティシックス―』という作品をつい先日やっと買って読んだわたしである。
86―エイティシックス―<86―エイティシックス―> (電撃文庫)
安里 アサト
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2017-04-09

 わたしの印象では、たとえ王者電撃文庫とはいえ、「電撃小説大賞」を受賞した作品が常に面白いかというと、実際そうでもなく、なんでこれが受賞したんだと思うこともある。しかし、少なくともグランプリである「大賞」受賞作品はさすがにレベルが高く、面白い作品がそろっているように思う。
 で。今回の「大賞」受賞作品『86―エイティシックス―』だが……結論から言うと、どうもテンプレ的な、どっかで聞いたような読んだような、という印象がぬぐい切れず、わたしとしてはそれほど賞賛すべきポイントは見当たらなかった。ただ構成としてきっちりまとまっているし、最後まで読ませる力は十分以上に備えているので、優等生的作品ではあると思う。
 物語は、ここではないどこかのお話で、帝政を敷く外国からの侵攻を受けた「共和制」の民主国家が、「民主的な意思決定」プロセスを経てとある人種を「優勢人種」であると定め、その人種以外の「劣等人種」と定めた人々を徹底的に差別迫害し、人権を剥奪して帝政勢力と戦わせる兵士として使い捨てにするお話である。
 なかなか突っ込みどころの多い基本設定だが、まあ、それをあげつらってもしかたあるまい。たぶん、政体としての共和国とその現状、エイティシックスと呼ばれる被差別民の人口動態や開戦からの時間経過(たった9年なのかもう9年なのか、人口や状況の推移などから非常に何とも言えない微妙な時間経過)など、かなりの点で設定が甘い。相当あり得ないというか、おかしい点はいっぱいある。
 しかし、わたしをして最後まで読ませたのは、やはりキャラクターであろうと思う。冒頭に書いた通り、ズバリ言えばキャラクターもどこかでみたような、テンプレ設定ではある。しかし、きちんと生きているように感じさせるのは、なんだろうな、キャラクターがぶれないのと、必死な生きざまをみせてくれること、であろうか。主人公とヒロインは、次のようなキャラクターであった。
 ◆シン
 被差別民であるエイティシックスの少年で主人公。機動兵器M1A4ジャガーノートを駆る軍人で戦隊長。ちなみにライトノベルの世界で極めて頻繁に見かけるように、本作でもやたらとドイツ語もどきの固有名詞が多く登場するが(カタカナでルビがふられていても、もう元のドイツ語が想像できない場合が多い)、なぜか主人公機は英語。しかもM1A4って……完全にM1A1エイブラムス戦車だよな……。で、シンはどうもニュータイプのような謎の異能力を備えていて、文字通り鬼神の大活躍。亡くした兄とのとある出来事から、感情を亡くした的なクールな男。まだ16歳だかそこらの若者。コールサインは「アンダーテイカー(葬儀屋)」。
 ◆レーナ
 共和国軍人で16歳にして少佐。本作のヒロイン。当然美少女。とにかく共和国内では完全に人々は享楽にふけり堕落しているという描写(とりわけ軍がひどく、それゆえ16歳でも少佐に。もちろん生まれがいいという点もあるけど)だが、きちんと産業は機能しているようで科学技術も発達している。まじめに働いている人もいっぱいいるんでしょうな。レーナも、堕落した共和国ではド真面目で例を見ないほどエイティシックスに対して同情を持っているが、所詮はお嬢様育ちの上から目線の同情であることに途中でちゃんと気が付く。

 まあ、こんな二人が上官と部下という形で出会い、戦いの中で絆を深めていくお話だが、本作で描かれる戦争は、完全に安全な塀の中である共和国から、謎技術を使った遠隔通信装置を使って、塀の外である戦場にいる兵士たちを管制して戦わせるもので、主人公とヒロインはお互いに顔を合わせることはない。なんかそんな点はどことなく『ほしのこえ』的な印象も受けた。また、敵勢力たる帝国も、無人戦闘マシーンによる侵攻で、一切人間は出てこない。ターミネーター的終末世界観も漂わせている。感覚的には『ターミネーター4』に近いすね。
 応募作品ということで、この1作できっちり完結している点は、実際見事だといえるだろう。逆に、この後、変な続編を書かれてもその方が違和感があるような気すらする。まあ、物語としては美しくまとまっており、その点はわたしは大いに評価したい。

 というわけで、もう書くことがないのでさっさと結論。
 今年の電撃小説大賞<大賞>受賞作である『86―エイティシックス―』という作品をやっと読んでみたところ、まとまりは非常に良く、読み易さも評価すべき作品であったが、内容的にはどこかテンプレに過ぎており、オリジナリティという点においてはそれほど評価すべき作品ではなかった。しかし、テンプレとはいえ、描かれたキャラクターたちの息遣いは生々しく、きちんと生きたキャラクターであって、作者オリジナルと明言してもよかろうと思う。超面白かったとは思わないが、きちんと最後まで書ききった作者の努力は並ではなく、称賛したいと思う。もしわたしが選考側だったとしたら、三次選考以上には上げたと思います。以上。

↓ やっぱりわたしとしては、電撃小説大賞の過去最高傑作はこれでしょうな。永遠にこの作品を超える応募作は出ないんじゃないかしら……。
ブギーポップは笑わない<ブギーポップ> (電撃文庫)
上遠野 浩平
KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
2015-01-10