現在、劇場公開されている映画『検察側の罪人』。

 3週終わった時点で19億強の興行収入となっているそうで、なかなかのヒットで大変喜ばしいことだが、わたしも、上記の予告を観て、これは観たいかも、とは思っていたものの、監督がわたしの好みではない方なので、まあ、これはWOWOWで放送されるのを待つか……とあっさり見送ることにした。のだが、そうだ、じゃあ、原作小説を読んでみよう、という気になった。
 そして読み終わった今、改めて上記予告を観ると、これはちょっと、ひょっとしたら原作とはそれなりに違うところがあるのかもな……という気がする。ま、その予感が正しいのかどうかは観てみないと分からんので、1年後ぐらいにWOWOWで放送されるのを楽しみにしようと思う。
 というわけで、本稿はあくまで原作小説についての感想だ。大変申し訳ないが、核心に迫るネタバレに触れないと語れそうにないので、ネタバレが困る方はここらで退場してください。ネタバレなしでは無理っす。※追記:さっき映画を観た人と話したら、どうやら映画と小説はかなり結末部分が違うみたいすね。なので、小説のネタバレが困る方は以下は読まない方がいいと思います。
検察側の罪人 上 (文春文庫)
雫井 脩介
文藝春秋
2017-02-10

検察側の罪人 下 (文春文庫)
雫井 脩介
文藝春秋
2017-02-10

 物語としては、極めてまっすぐに進むので、妙な謎解きとか読者をだまそうとするような著者の小手先の惑わしのようなものは一切なく、サクサクと展開していく。非常に心地いい、と言ってもいいと思う。ただし、描かれている内容自体は、全くもって心地よくない。実に重く、苦しいお話だ。
 ごく簡単に物語をまとめると、蒲田で老夫婦が刺殺される事件が起こる。その背景には金の貸し借りがあって、どうやらアヤシイ容疑者は何人かいる模様だ。そして警察及び検察はアヤシイ奴らのアリバイを洗って、容疑者を絞っていくわけだが、その中に一人、23年前に根津の女子中学生殺人事件で容疑者となっていた男、松倉がいた。そしてその根津の事件は、主人公の一人である現在の東京地検検事、最上が学生時代に住んでいた学生寮のお嬢さんであり、最上自身も仲の良かった女の子が殺された事件で、すでに時効が成立していた。蒲田の事件捜査が進む中、松倉は激しい取り調べによって、確かに23年前の事件は自分がやったと自供、だが蒲田の事件は全く無関係だと主張し、否認する。そして捜査が進むと、蒲田の事件には別の真犯人がいることが判明するが、最上はその証拠を握りつぶし、真犯人を自らの手で処刑し、時効で逃れた23年前の事件を償わせるために、松倉を蒲田の事件の犯人として起訴するのだがーーーてなお話である。
 こうまとめると、かなりトンデモ系というか、相当無理やりなお話のように聞こえるかもしれないが、無責任な読者であるわたしは、読みながら最上に共感しつつ、果たして物語はどのような結末に至るのだろうか、とドキドキしながらページをめくる手が止まらない状態であった。
 もうちょっとうまくやれたんじゃね? とも思う。しかし実際無理だろ、と思ってしまうし、最上の行動が正しいのかと問われれば、そりゃあもう、純然たる「犯罪」に他ならない。じゃあ、なんかいい手はなかったのか? と思っても、はっきり言って皆目見当がつかない。もし自分が最上だったら……と考えると、おそらく登場人物の中で最もブレない、最上の行動は、わたしとしては本作の中で最も筋が通っていたように思う。人殺しには違いないのだが……。
 一方で、最上と対峙する若き検事、沖野に関しては、わたしはやっぱり共感できなかった。おそらくは、沖野が最も法に忠実で正しいのだということは認めるしかないだろう。ある意味、沖野の言動や沖野の感じる法感覚は最も「あるべき正義」であったとは思う。でもやっぱり、もはや50に近い、25年以上仕事をしている人間から見ると、ガキは引っ込んでろ! と思ってしまうのも正直な感想だ。ズバリ言ってしまえば、あらゆる経験が足りていないアラサーぐらいのガキにとやかく言われることは、我々アラフィフ世代には一番腹が立つことだ。最上がラストに言う言葉、「君には悪いことをした。君のような将来ある人間を検察から去らせてしまった。そのつもりはなかったが、結果としてそうさせてしまった。それだけが痛恨の極みだ。ほかには何も悔いることはない。俺はそれだけだ」というセリフは、沖野のような若造に対する明確な拒絶であり、「ガキは引っ込んでろ」という別れの言葉に他ならないと思う。沖野がその後、どうなるかは知らないが、絶望しただろうし、それをわたしは、ある意味でざまあ、と思いつつ、妙にすっきりした気持ちで本書を読み終えることができたように思う。
 というわけで、最上と沖野に対して感じるものは、きっともう読者の数だけ違うものがあると思うし、わたしの抱いた思いが相当ズレていて、若造どもからすれば老害と言われるかもしれないという自覚はあるものの、わたしも最上のように、分かってもらおうとは全く思わないし、自らの納得のもとに行動した最上の方に、より共感してしまう事実も否定したくないと思う。要するに、大変面白かった、というのがわたしの感想だ。
 それでは主なキャラをちょっとだけ紹介して終わりにしよう。
 ◆最上毅:主人公。東京地検の検事。40代後半か。恐らくわたしと同世代。経験豊富なベテラン検事。最上がどうして人殺しを実行しようとしてしまったのか、に関してはかなり丁寧に描写されており、わたしとしてはすっかり共感してしまった。なので、これはもうどうしようもなかったと思えてしまう。が、少し穴がありすぎだっただろうな……薬莢、ワゴン車……この二つに関して無頓着すぎたんだろうな……たぶん、ちゃんと薬莢を回収して、車も別の方法で何とかしていれば、最上の計画は完遂できたと思う。でも、まあ、無理だったかな……。なお、映画版で演じたのは木村拓哉氏。これは相当カッコイイだろうなと想像できますな。読みながらわたしの脳内ではずっと拓哉氏のイメージそのものでした。
 ◆沖野啓一郎:もう一人の主人公。30前か、30チョイ過ぎか?ぐらいの前途ある賢い若者。賢すぎたし、まっすぐすぎたんだろうな……。わたしがコイツに対して一番許せないのは、自らの事務官の女子(もちろん美人)とデキちゃうのはアウトだと思う。それはお前、やっちゃあいけねえことだぜ? 双方合意の元とはいっても、現職で検事と事務官がデキちゃうのは凄い違和感があった。この部分はいらなかったような……。また、捜査の当事者であったのに、退職したからと言って弁護側に回るのも、まあ、そりゃあマズいだろうと思う。個人情報保護的に何らかの犯罪行為なんじゃなかろうか? 大丈夫なのかな? また信頼という点においても、その後弁護士となったとしても、誰も信頼しないのではなかろうか。コイツの将来に幸があるとは思えないなあ……一生、後悔することになっちゃうんじゃないかしら……。そういう、自らの行動への筋の通った確固たる決意のようなものが感じられなかったのが、若干残念かも。映画版で演じたのはジャニーズ演技王の一人、二宮和也氏。二宮氏の演技は本当に上手なので、さぞや沖野役にぴったりだったでしょうな。
 ◆松倉:23年前、根津で中学生を強姦して殺したクソ野郎。確かにコイツは蒲田の事件はやっていなかったのだが、いっちばんラストでのこのクソ野郎の真実の姿は、沖野を絶望させるに十分であったでしょうな。時効ってのは、残酷ですよ……。しかし、最上の中に、蒲田の真犯人を普通に逮捕して死刑求刑し、一方で根津の事件を自白した松倉をぶっ殺す、という選択はなかったのだろうか? アホな一般人のわたしは、そういう手も考えてしまうけど、それだと違う、ってことなんでしょうな、検事としては。難しいですのう……。でも、このクソ野郎松倉がのうのうと生きていける世の中は、やっぱりなんか間違ってるとしか思えなかったすね。※コイツの最期は映画版と小説では全然違うようです。映画版のエンディングを聞いて、そりゃあ、ざまあ! だなと思ってしまった……。
 ◆諏訪部:闇社会の調達屋。物は売っても人は売らない、という明確なポリシーを持った、実際悪い人。ただし、本作の中では最上に次いでカッコ良かったと思う。最初と真ん中と最後に、物語を締めるように登場して、登場シーンは少ないのにやけに存在感あるキャラでした。どうやら映画版では松重豊氏が演じたようですな。これもイメージぴったりですよ。※聞いた話によると、どうやら映画ではラストにとある行動を取るみたいですが、それは小説には一切ないです。
 ◆橘沙穂:沖野付きの事務官。沖野よりちょっと年下。美人で冷静沈着で有能。諏訪部からも気に入られるほどの度胸もある完璧美女。ま、はっきり言って沖野にはもったいないすね。きっと、完璧女子からすると沖野の危なっかしさは、母性本能をくすぐっちゃったのだろう、と思うことにします。
 ◆最上の学生時代の仲間たち:丹野は、弁護士から国会議員になった男で、義父の大物代議士の身代わりになって自殺。その死への決意が、最上に影響することに……。前川は細々と自分の法律事務所を経営する弁護士でイイ人。水野はちょっと先輩で、法曹界に進まず根津の事件をずっと追いかけるジャーナリストに。そして小池は出番は少ないけど、企業法務の大手法律事務所に勤務する弁護士。まあ、彼らがきっと最上の味方として動いてくれるから、最上が娑婆に出られるのもそう先ではないんじゃないかしら。
 ◆松倉弁護団:小田島は国選弁護人として、ズバリ言えば松倉の無罪をまったく信じてなかったしがない弁護士。しかし沖野の勢いに負けて、渋々事件を捜査する。ただし決して悪い奴ではなくむしろ人のいい野郎。そして白川という弁護士が出てくるのだが、こいつがまたなかなかのクソ野郎で、人権派・冤罪無罪職人と世間的に知られる有名弁護士。コイツは、松倉が犯人だろうと無罪だろうと、本心ではどうでもよく、単純に裁判に勝てればいいと思っている。そして裁判に勝つ=死刑判決を避けることで、無期になれば勝ちだと思っている。非常にいやーな野郎。どうやら映画版では、この白川弁護士を演じたのは山崎努氏のようですが。読んでるときはもっと若いイメージだったけど、どうなんでしょう。

 とまあこんなところかな。なんつうか、イカン、マジで映画版が観たくなってきたすね! どうしようかな……うーーん……やっぱり、監督がちょっと苦手な人なので、やめとくかな……。物語もちょっと小説と違うようだし。WOWOWで放送されるのを待とうという結論は変えないでおこうと思います。そして、やっぱ劇場に行くべきだった、と1年後ぐらいにWOWOWで観て、後悔すればいいや。

 というわけで、結論。
 わたしは映画が大好きで、その映画に原作があるなら読んでおこうと思うことが多いのだが、映画は観ないけど、原作を読もうと思うことも、結構頻繁にある。そして現在公開中の『検察側の罪人』という作品についても、予告の出来がとても良くて、これは観ようかしら、と思ったものの、監督の前作『関ケ原』が予告は最高に面白そうだったのに、わたしとして相当ひどい映画だとしか思えなかった前歴があるので、今回の映画版は観ず、原作小説を読んでみることにした。結論から言うと、原作小説は実に面白かったと思う。正義とはなんなのか……? それはこの際、読者それぞれの中に答えがあると逃げてもいいと思う。この物語を読んでどう思うか。それが恐らくは読者それぞれの正義感なんだろう、と思うわけで、わたしの場合は、最上に深く共感しつつも、やっぱり最上を正義とは断じることはできないし、沖野もわたしからすれば全然正義とは思えない。じゃあ、どうすればよかったのか……そうだなあ、まず、真犯人をきっちり死刑判決まで持ち込み、そして松倉も、自分の持てる全ての力を使って、社会的に抹殺していた、とか、そんなつまらんものしか浮かばないすなあ……。いずれにせよ、正しく真面目に生きていきたい、という思いが強まる作品でありました。大変面白かったです。以上。

↓ わたし思うに、劇場版シリーズ最高傑作。多分一番ダークで冷酷なお話かと。超カッコイイす。