先日、インターネッツなる銀河の片隅にある、わたしの愛用する電子書籍販売サイト「BOOK☆WALKER」において、何かおもしれえ小説ねえかなあ、とあてどなく渉猟していたところ、ふと1冊の作品に目が留まった。なんでも香港の作家による「華文ミステリー」なんだとか。へえ? と思い、とりあえずあらすじをチェックして、試し読みをしてみたところ、面白そうだったのでまずは買って読み始めることにした。
それがこの作品、『13・67』という小説である。
著者の陳 浩基先生は、日本語読みなら、ちん こうき、中華読みならチェン ハオジーと発音するらしいが、どうやら世間的?にはサイモン・チェンと名乗っておられるようだ。ま、わたしの知り合いの香港人や台湾人のみんなは英語名を使っているので、そういうものなのだろう。1975年生まれの香港人。敢えて中国人ではなく香港人と言っておく。えーと、1997年の返還当時は22歳か。ゲームの企画や漫画の編集者などの経験もあるそうな。まあ、くわしいことはWikiでも見てもらうとして、今年の誕生日で43歳となるチェン先生だが、ところでこの作品は、本屋でどんな扱いを受けているのだろう? と読み終わった昨日、実際の書店を回ってみたところ、なかなか華々しいPOPがついて置かれていたりしていた。わたしは全く知らなかったけれど、書店店頭に並んでいた紙の書籍に巻かれた帯によると、本作は去年の「このミス」の海外部門2位だったそうな。おまけに文春のミステリーベストにも入っていたらしい。へえ~。わたしは「このミス」なんぞに全く興味はないが、本を売る立場としては有り難い追い風だろう。奥付をチェックすると、わたしが見た本は既に2刷と重版もかかっているようで、こういう作品が売れるのは、とても喜ばしいと思う。実際に売れているか知らないけれど。
あ、チェン先生自身が本作についてインタビュー受けてる記事があるからURL貼っておくか。先生自身のお写真もあるのでご興味あればどうぞ。正直記事自体はあまり大した内容ではないす。
香港ミステリーの超ヒット作『13・67』はこうして書かれた 陳浩基氏が「香港返還」をあえて淡々と描いたワケ
さてと。何から書くか……。本作は、発売になったのが去年の9月なので、かなり今さらなのだが、既にもうそこら中であらすじやネタバレが書かれている通り、香港の警察官を主人公とした、事件解決ミステリーで、短編連作の形をとっている。一つ一つの短編は、名探偵的な頭脳明晰な男による「本格」ミステリーである。そして全体としてみると、その男の年代記であり、同時に激動の香港史、という「社会派」ミステリーにもなっているという面白い構成だ。
陳先生自身によるあとがきに詳しく書いてあるので、そちらを読めばわかることだが、もともと「安楽椅子探偵」というお題の元、第1話を書き、そのうちにその男の生涯について書きたくなり、膨らんでいったのだそうだ。また一つ一つの短編は、それぞれ香港においては重要な年を舞台としていて、当時の香港の空気も感じられて、なんか、勉強になった。わたしの知ってる香港人はみんな英語が達者だけど、この作品を読んで、ああ、そういうことなのか、というのも良くわかった。
なお、香港のある程度の地理が分かっていると物語はより一層イメージしやすく理解しやすいと思う。例えば「旺角」ってわかりますか? これ、香港について知っている人ならちゃんと「モンコック」と読めるだろうし、場所もあの辺、と分かるはずの有名な場所だけど、尖沙咀(チムサーチョイ)とか、中環(セントラル)とか、香港島と九龍(カオルーン)を結ぶ海底トンネルとか、ちょっとした香港知識があった方がより一層楽しめると思う。
それでは、まずは本作の構造と登場人物についてごく簡単にまとめておこうと思う。まずは、構成についてだが、既にさんざん書いちゃったように、本作は6つの短編からなる作品で、特徴的なのは、「段々時間が遡っていく」点であろうと思う。どういうことかは、下の表を見て下さい。また、主人公がその時何歳なのか、香港でどんなことがあった年なのか、も、メモしておこう。
なお、ネタバレには一切配慮しないので、未読の方はこのへんで退場いただいた方がいいと思います。
※年齢は本文にある時はそのまま、ない時は、記述から逆算。
※誕生日前か後かで1歳の誤差があるかも。それが累積して2歳誤差もあり得る。
ポイントとしては、主人公のクワンは1997年の香港返還の年に定年を迎え、六七暴動のあった年に、人生の転機となる大きな事件に遭遇したという点なのだが、これは最後まで読むと、また最初に戻って読みたくなるという非常にお見事な構成になっているように思えた。もちろん、もうお気づきのことと思うが、本作のタイトル『13・67』は2013年から1967年、ってことですな。1967年の暴動は反英(その背後には左派=中国の影響)、2014年の雨傘運動は反中(=学生による民主運動)なわけで、香港は、その支配に対して、常に闘ってきたという激動の歴史の対比はとても興味深いと思う。まあ、雨傘は実質学生側の負けというべきなのかなあ、残念ながら。
さて。次にキャラ説明をごく簡単にやっておこう。
◆クワン:漢字で書くと「關 振鐸」。クワン・ザンドーがフルネーム。時代時代によって階級が違う。17歳(1963~1964年ぐらい)で警官に。第6話で描かれる1967年の出来事がきっかけになって、イギリスへ留学。香港の警官としては異例?の出世コースに。ホームズ的な推理力は抜群。なんでも、香港の警察は50歳で定年なんだそうだ。その後クワンは嘱託としてある意味自由なコンサルタント的な立場となって警察機構に属することに。定年時は本庁CIB(Criminal Intelligence Bureau=捜査情報室)Bセクションの課長。上級警視。「名探偵」と呼ばれるスーパーコップ。彼の手法は、すべてが清廉潔白な捜査ではなく、時に違法?な、グレーなものでもあるけれど、それはクワンの、警官として一番重要なことは市民を守ること、という信念に基づいているため、主人公の資格を失うことなく明確に「正義」の味方として描かれているとわたしには思えた。
◆ロー:駱 小明。ロー・シウミン。生真面目。クワンの22歳年下の愛弟子。実際クワンの部下だった期間は半年しかないが、クワンを「教官」と呼び、子供のいないクワンは彼を子供のようにかわいがった。第2話では西九龍/油尖地区の凶悪犯罪捜査係・第二小隊隊長。第5話と第6話には登場しない(まだ全然子供だったり生まれてないので)。
◆阮 文彬(げん ぶんひん)&王 冠棠(おう かんしょう):第1話において阮は豊海グループ総帥であり殺害された男。そして王はその親友であり執事であり被疑者。ネタバレすぎるから、これ以上は書きません!
◆左 漢強(さ かんきょう)&任 徳楽(じん とくらく):二人とも第2話で出てくるマフィアのボス。もともと二人とも「洪義聯(こうぎれん)」というマフィアの幹部だったが、年下の冷徹な左が跡目を継ぎ、年上で、「極道の仁義」を守る任は「興忠禾(こうちゅうか)」という組織を作って脱退した。どんどん勢力は左が率いる「洪義聯」に食われ、あと数年もすれば「興忠禾」は消滅するといわれている。左の表の顔は芸能プロダクション社長で、一般社会的には全く極道とは関係ない人物、と思われている。
◆ツォウ:曹 坤(ツォウ カン)。第3話に出てくる警視部長、クワンが「ツォウ兄」と呼ぶ4歳年上の警察幹部。50歳で引退を決意したクワンに、破格の条件で「顧問」として残ることをオファーする。
◆石兄弟:第3話と第4話に出てくる凶悪犯罪ブラザーズ。石 本添(せき ほんてん)が兄。非道卑劣な頭脳派。石 本勝(せき ほんしょう)が弟。まばたき一つせず人を殺す冷血な武闘派。
◆コー:高 朗山(コー ロンサン)。第4話に出てくる警部部長。クワンの3歳年下。名探偵として既に名高く、検挙率抜群であったクワン(この時クワンは既に警視)に若干嫉妬心アリ。ネタバレだけど、彼はイイ人です。不器用な男ですが。
◆TT:鄧 霆(タン ティン)。そのイニシャルから「TT」と呼ばれるハッスルデカ。銃の腕は抜群だが、クワン曰く「頭も体も切れるが、あまりにも性格が粗暴すぎる」男。第4話時点でのローの上官。ちなみにこの時、ローは警官3年目で念願の刑事になったばかり。
◆グラハム・ヒル:第5話で登場するイギリス人。3年前に出来た「廉政公署」の捜査官。イギリスではロンドン警視庁所属の警官だった。イギリス本国ではオイルショックに続く景気低迷で借金を抱え、にっちもさっちもいかなくなっていた時に、「廉政公署」設立のための人員募集を見て応募し、香港へやってきた。これもネタバレだけど書かせて! 実は、クワンのイギリス留学時代の教官(!)。
◆私:第6話の主人公。これが誰だかは超ネタバレなので書きません! よーく読めば気付けたのかもしれないけど、わたしの想像とは違う人物で驚き! こう来たか!とやられた気分です。
◆アチャ:「私」が出会う生真面目な制服警官。識別番号4447。そのため「私」は彼を「阿七(アチャ)」と呼んでいた。彼の正体については予想通りでした。が、ラストは全く予想外でこれまた驚き。そういうことがあったんすね……なーるほど……的な。そしてそのことを知ると、第1話をもう一度読みたくなります。
とまあこんな感じかな。そして各話のお話については……やっぱりネタバレすぎるので詳細に書くのはやめておきます。ごく簡単ににまとめると……
第1話:とある企業グループの総帥が殺された! 身内に犯人がいるとにらんだローは一計を講じて犯人をあぶりだすのだが……的なお話で、なんか若干SFチック。
第2話:古き「極道の仁義」を守る親分と、冷血で暴力によって勢力を増している親分の話。冷血親分の表の顔である芸能プロダクションの売り出し中の女の子が殺され、仁義親分の息子が犯人じゃないか、と思いきや、実はそこには……的な話で、全く想像外の展開で、とても面白い。
第3話:かつてクワンが逮捕した凶悪犯が脱走し、追跡する話。実は巧妙なトリックで犯人は……! 的な展開で、ちょっとだけ偉くなったローはクワンの推理に仰天する話で、わたしも読んでて仰天した。
第4話:第3話の凶悪犯の弟を逮捕しようとした時のお話。そこには計算された警察内部の陰謀が……的な話で、もちろんとても面白い。刑事になったばかりのローとクワンが出会うきっかけでもある。
第5話:イギリス人捜査官の息子が誘拐された! 果たして犯人の狙いは!? 的なお話。ラストの展開は、そういうことだったのか! と膝を叩きたくなったす。
第6話:反英暴動のさなか、狭い下宿に住まう「私」は爆弾テロの計画を聞いてしまい、顔なじみの制服警官「アチャ」にその話を伝え、「私」と「アチャ」が大追跡する話。非常に面白く、「私」と「アチャ」がいったい誰なのか、が最大のポイント。そしてラストはかなりグッときます。たぶん。
というわけで、わたしは第1話から第2話あたりまでは、これは要するにホームズとワトソンのようなバディものなのかな? と思いながら読んでいたのだが、話が進むにつれてそうでもなく、非常に独特な物語だったように思う。最初は、なんだか日本の刑事もののテレビドラマのような気がしていたし。「相棒」的な。第6話なんかは、ジャッキー・チェン的なアクションもあるし、第4話なんかは『インファナル・アフェア』的などっしり重い空気感もあって、それぞれが独立した雰囲気があると思う。いずれにせよ、やっぱり主人公クワンのキャラがとても良く、しかもそのキャラ誕生のきっかけとなった話もきちんと第6話で描かれていて(しかもそれが非常にほろ苦い!)、最後まで非常に面白く読むことができた。ホント、面白かったす。
というわけで、結論。
ふとしたきっかけで読んでみた華文ミステリー『13・67』という作品は、まず第一にとても面白かった。恐らくわたしはこういった華文ミステリーを読むのは初めてだったと思う。正直、香港にこんな真面目で有能な刑事がいたんだ、なんて失礼な感想すら抱いてしまった。それぞれの話のトリックは実に巧妙で、ズバリ、わたしが読みながら想像した結末とはどれも違っていて、すべての話で、な、なんだってーー!?と驚くことになったのである。お見事、でありました。そして香港のこれまでの歴史も知ることができて、とても勉強になった作品で、そういう意味でも、読んでよかったと思う。作者の陳先生は相当なワザマエですね。なので、さっそく陳先生の日本語で読める別の作品も読んでみようと思います。こういう時、電子書籍は便利ですなあ。本屋で探したけど見つからなかったので、次も電子で読みます。たのしみっす。以上。
↓ で、こちらがその、陳先生の日本語で読める別の作品です。あらすじを読むかぎり、こちらも超面白そう! 第二回島田荘司推理小説賞受賞作だそうで、楽しみっす。
それがこの作品、『13・67』という小説である。
著者の陳 浩基先生は、日本語読みなら、ちん こうき、中華読みならチェン ハオジーと発音するらしいが、どうやら世間的?にはサイモン・チェンと名乗っておられるようだ。ま、わたしの知り合いの香港人や台湾人のみんなは英語名を使っているので、そういうものなのだろう。1975年生まれの香港人。敢えて中国人ではなく香港人と言っておく。えーと、1997年の返還当時は22歳か。ゲームの企画や漫画の編集者などの経験もあるそうな。まあ、くわしいことはWikiでも見てもらうとして、今年の誕生日で43歳となるチェン先生だが、ところでこの作品は、本屋でどんな扱いを受けているのだろう? と読み終わった昨日、実際の書店を回ってみたところ、なかなか華々しいPOPがついて置かれていたりしていた。わたしは全く知らなかったけれど、書店店頭に並んでいた紙の書籍に巻かれた帯によると、本作は去年の「このミス」の海外部門2位だったそうな。おまけに文春のミステリーベストにも入っていたらしい。へえ~。わたしは「このミス」なんぞに全く興味はないが、本を売る立場としては有り難い追い風だろう。奥付をチェックすると、わたしが見た本は既に2刷と重版もかかっているようで、こういう作品が売れるのは、とても喜ばしいと思う。実際に売れているか知らないけれど。
あ、チェン先生自身が本作についてインタビュー受けてる記事があるからURL貼っておくか。先生自身のお写真もあるのでご興味あればどうぞ。正直記事自体はあまり大した内容ではないす。
香港ミステリーの超ヒット作『13・67』はこうして書かれた 陳浩基氏が「香港返還」をあえて淡々と描いたワケ
さてと。何から書くか……。本作は、発売になったのが去年の9月なので、かなり今さらなのだが、既にもうそこら中であらすじやネタバレが書かれている通り、香港の警察官を主人公とした、事件解決ミステリーで、短編連作の形をとっている。一つ一つの短編は、名探偵的な頭脳明晰な男による「本格」ミステリーである。そして全体としてみると、その男の年代記であり、同時に激動の香港史、という「社会派」ミステリーにもなっているという面白い構成だ。
陳先生自身によるあとがきに詳しく書いてあるので、そちらを読めばわかることだが、もともと「安楽椅子探偵」というお題の元、第1話を書き、そのうちにその男の生涯について書きたくなり、膨らんでいったのだそうだ。また一つ一つの短編は、それぞれ香港においては重要な年を舞台としていて、当時の香港の空気も感じられて、なんか、勉強になった。わたしの知ってる香港人はみんな英語が達者だけど、この作品を読んで、ああ、そういうことなのか、というのも良くわかった。
なお、香港のある程度の地理が分かっていると物語はより一層イメージしやすく理解しやすいと思う。例えば「旺角」ってわかりますか? これ、香港について知っている人ならちゃんと「モンコック」と読めるだろうし、場所もあの辺、と分かるはずの有名な場所だけど、尖沙咀(チムサーチョイ)とか、中環(セントラル)とか、香港島と九龍(カオルーン)を結ぶ海底トンネルとか、ちょっとした香港知識があった方がより一層楽しめると思う。
それでは、まずは本作の構造と登場人物についてごく簡単にまとめておこうと思う。まずは、構成についてだが、既にさんざん書いちゃったように、本作は6つの短編からなる作品で、特徴的なのは、「段々時間が遡っていく」点であろうと思う。どういうことかは、下の表を見て下さい。また、主人公がその時何歳なのか、香港でどんなことがあった年なのか、も、メモしておこう。
なお、ネタバレには一切配慮しないので、未読の方はこのへんで退場いただいた方がいいと思います。
章タイトル | 時 | キャラ年齢 | |
第1話 | 黑與白之間的真實 (黒と白のあいだの真実) |
2013年 |
クワン:67歳 ロー:44歳 ※雨傘運動(反中デモ)の前年 |
第2話 | 囚徒道義 (任侠のジレンマ) |
2003年 | クワン:56歳 ロー:34歳 ※SARS流行、中国との自由貿易協定締結、治安条例反対50万人デモ勃発の年 |
第3話 | 最長的一日 The Longest Day (クワンのいちばん長い日) |
1997年 |
クワン:50歳・定年の日 ロー:28歳・CTB異動直後 ※香港返還の年 |
第4話 | 泰美斯的天秤 The Balance of Themis (テミスの天秤) |
1989年 |
クワン:42歳 ロー:20歳 ※天安門事件の年 ※初めてクワンとローが出会う |
第5話 | Borrowed
Place (借りた場所に) |
1977年 |
クワン:30歳 ※警察をはじめとする公務員汚職根絶のために「廉政公署」が発足して3年後 |
第6話 | Borrowed
Time (借りた時間に) |
1967年 |
クワン:20~21歳? ※文革の翌年で、左派による反英暴動(六七暴動)のあった年 |
※誕生日前か後かで1歳の誤差があるかも。それが累積して2歳誤差もあり得る。
ポイントとしては、主人公のクワンは1997年の香港返還の年に定年を迎え、六七暴動のあった年に、人生の転機となる大きな事件に遭遇したという点なのだが、これは最後まで読むと、また最初に戻って読みたくなるという非常にお見事な構成になっているように思えた。もちろん、もうお気づきのことと思うが、本作のタイトル『13・67』は2013年から1967年、ってことですな。1967年の暴動は反英(その背後には左派=中国の影響)、2014年の雨傘運動は反中(=学生による民主運動)なわけで、香港は、その支配に対して、常に闘ってきたという激動の歴史の対比はとても興味深いと思う。まあ、雨傘は実質学生側の負けというべきなのかなあ、残念ながら。
さて。次にキャラ説明をごく簡単にやっておこう。
◆クワン:漢字で書くと「關 振鐸」。クワン・ザンドーがフルネーム。時代時代によって階級が違う。17歳(1963~1964年ぐらい)で警官に。第6話で描かれる1967年の出来事がきっかけになって、イギリスへ留学。香港の警官としては異例?の出世コースに。ホームズ的な推理力は抜群。なんでも、香港の警察は50歳で定年なんだそうだ。その後クワンは嘱託としてある意味自由なコンサルタント的な立場となって警察機構に属することに。定年時は本庁CIB(Criminal Intelligence Bureau=捜査情報室)Bセクションの課長。上級警視。「名探偵」と呼ばれるスーパーコップ。彼の手法は、すべてが清廉潔白な捜査ではなく、時に違法?な、グレーなものでもあるけれど、それはクワンの、警官として一番重要なことは市民を守ること、という信念に基づいているため、主人公の資格を失うことなく明確に「正義」の味方として描かれているとわたしには思えた。
◆ロー:駱 小明。ロー・シウミン。生真面目。クワンの22歳年下の愛弟子。実際クワンの部下だった期間は半年しかないが、クワンを「教官」と呼び、子供のいないクワンは彼を子供のようにかわいがった。第2話では西九龍/油尖地区の凶悪犯罪捜査係・第二小隊隊長。第5話と第6話には登場しない(まだ全然子供だったり生まれてないので)。
◆阮 文彬(げん ぶんひん)&王 冠棠(おう かんしょう):第1話において阮は豊海グループ総帥であり殺害された男。そして王はその親友であり執事であり被疑者。ネタバレすぎるから、これ以上は書きません!
◆左 漢強(さ かんきょう)&任 徳楽(じん とくらく):二人とも第2話で出てくるマフィアのボス。もともと二人とも「洪義聯(こうぎれん)」というマフィアの幹部だったが、年下の冷徹な左が跡目を継ぎ、年上で、「極道の仁義」を守る任は「興忠禾(こうちゅうか)」という組織を作って脱退した。どんどん勢力は左が率いる「洪義聯」に食われ、あと数年もすれば「興忠禾」は消滅するといわれている。左の表の顔は芸能プロダクション社長で、一般社会的には全く極道とは関係ない人物、と思われている。
◆ツォウ:曹 坤(ツォウ カン)。第3話に出てくる警視部長、クワンが「ツォウ兄」と呼ぶ4歳年上の警察幹部。50歳で引退を決意したクワンに、破格の条件で「顧問」として残ることをオファーする。
◆石兄弟:第3話と第4話に出てくる凶悪犯罪ブラザーズ。石 本添(せき ほんてん)が兄。非道卑劣な頭脳派。石 本勝(せき ほんしょう)が弟。まばたき一つせず人を殺す冷血な武闘派。
◆コー:高 朗山(コー ロンサン)。第4話に出てくる警部部長。クワンの3歳年下。名探偵として既に名高く、検挙率抜群であったクワン(この時クワンは既に警視)に若干嫉妬心アリ。ネタバレだけど、彼はイイ人です。不器用な男ですが。
◆TT:鄧 霆(タン ティン)。そのイニシャルから「TT」と呼ばれるハッスルデカ。銃の腕は抜群だが、クワン曰く「頭も体も切れるが、あまりにも性格が粗暴すぎる」男。第4話時点でのローの上官。ちなみにこの時、ローは警官3年目で念願の刑事になったばかり。
◆グラハム・ヒル:第5話で登場するイギリス人。3年前に出来た「廉政公署」の捜査官。イギリスではロンドン警視庁所属の警官だった。イギリス本国ではオイルショックに続く景気低迷で借金を抱え、にっちもさっちもいかなくなっていた時に、「廉政公署」設立のための人員募集を見て応募し、香港へやってきた。これもネタバレだけど書かせて! 実は、クワンのイギリス留学時代の教官(!)。
◆私:第6話の主人公。これが誰だかは超ネタバレなので書きません! よーく読めば気付けたのかもしれないけど、わたしの想像とは違う人物で驚き! こう来たか!とやられた気分です。
◆アチャ:「私」が出会う生真面目な制服警官。識別番号4447。そのため「私」は彼を「阿七(アチャ)」と呼んでいた。彼の正体については予想通りでした。が、ラストは全く予想外でこれまた驚き。そういうことがあったんすね……なーるほど……的な。そしてそのことを知ると、第1話をもう一度読みたくなります。
とまあこんな感じかな。そして各話のお話については……やっぱりネタバレすぎるので詳細に書くのはやめておきます。ごく簡単ににまとめると……
第1話:とある企業グループの総帥が殺された! 身内に犯人がいるとにらんだローは一計を講じて犯人をあぶりだすのだが……的なお話で、なんか若干SFチック。
第2話:古き「極道の仁義」を守る親分と、冷血で暴力によって勢力を増している親分の話。冷血親分の表の顔である芸能プロダクションの売り出し中の女の子が殺され、仁義親分の息子が犯人じゃないか、と思いきや、実はそこには……的な話で、全く想像外の展開で、とても面白い。
第3話:かつてクワンが逮捕した凶悪犯が脱走し、追跡する話。実は巧妙なトリックで犯人は……! 的な展開で、ちょっとだけ偉くなったローはクワンの推理に仰天する話で、わたしも読んでて仰天した。
第4話:第3話の凶悪犯の弟を逮捕しようとした時のお話。そこには計算された警察内部の陰謀が……的な話で、もちろんとても面白い。刑事になったばかりのローとクワンが出会うきっかけでもある。
第5話:イギリス人捜査官の息子が誘拐された! 果たして犯人の狙いは!? 的なお話。ラストの展開は、そういうことだったのか! と膝を叩きたくなったす。
第6話:反英暴動のさなか、狭い下宿に住まう「私」は爆弾テロの計画を聞いてしまい、顔なじみの制服警官「アチャ」にその話を伝え、「私」と「アチャ」が大追跡する話。非常に面白く、「私」と「アチャ」がいったい誰なのか、が最大のポイント。そしてラストはかなりグッときます。たぶん。
というわけで、わたしは第1話から第2話あたりまでは、これは要するにホームズとワトソンのようなバディものなのかな? と思いながら読んでいたのだが、話が進むにつれてそうでもなく、非常に独特な物語だったように思う。最初は、なんだか日本の刑事もののテレビドラマのような気がしていたし。「相棒」的な。第6話なんかは、ジャッキー・チェン的なアクションもあるし、第4話なんかは『インファナル・アフェア』的などっしり重い空気感もあって、それぞれが独立した雰囲気があると思う。いずれにせよ、やっぱり主人公クワンのキャラがとても良く、しかもそのキャラ誕生のきっかけとなった話もきちんと第6話で描かれていて(しかもそれが非常にほろ苦い!)、最後まで非常に面白く読むことができた。ホント、面白かったす。
というわけで、結論。
ふとしたきっかけで読んでみた華文ミステリー『13・67』という作品は、まず第一にとても面白かった。恐らくわたしはこういった華文ミステリーを読むのは初めてだったと思う。正直、香港にこんな真面目で有能な刑事がいたんだ、なんて失礼な感想すら抱いてしまった。それぞれの話のトリックは実に巧妙で、ズバリ、わたしが読みながら想像した結末とはどれも違っていて、すべての話で、な、なんだってーー!?と驚くことになったのである。お見事、でありました。そして香港のこれまでの歴史も知ることができて、とても勉強になった作品で、そういう意味でも、読んでよかったと思う。作者の陳先生は相当なワザマエですね。なので、さっそく陳先生の日本語で読める別の作品も読んでみようと思います。こういう時、電子書籍は便利ですなあ。本屋で探したけど見つからなかったので、次も電子で読みます。たのしみっす。以上。
↓ で、こちらがその、陳先生の日本語で読める別の作品です。あらすじを読むかぎり、こちらも超面白そう! 第二回島田荘司推理小説賞受賞作だそうで、楽しみっす。