わたしが大学および大学院で専攻したのは、ドイツの近現代演劇である。しかし、だからと言ってドイツの作品だけ読んでいればいい訳では全然なく、当然ギリシャ悲劇やフランス喜劇も読んだし、あくまで日本語翻訳で読める範囲だが、名作と言われる世界の戯曲類は、おそらくほぼ全て一度は読んだつもりでいる。そして散々作品を読んでみて思ったのは、やっぱりSHAKESPEAREはすげえ、つか、どう考えても一番面白い、という結論であった。
 シェイクスピア作品の中で、わたしの趣味としては、一番好きな作品は『Henry IV part 1&2』か『The Marchant of Venice』なのだが、いわゆる4大悲劇の中では、『MACBETH』が一番面白いと思う。 実は、わたしにとって『MACBETH』は、とりわけ思い入れのある作品なのだ。
 あれはたしか約25年前、戯曲を読んだすぐ後の頃だと思うけれど(さっき調べたら、わたしが持っている岩波文庫の「マクベス」は1990年発行の第54刷だった)、当時、銀座のプランタンの裏手の並木通りにあった名画座で、「黒澤明の世界」と題して、全作品を1週間ずつ、二本立てで延々上映する企画をやっていて、わたしも毎週足しげく通って全作制覇したのだが、その時に観た『蜘蛛巣城』という黒澤明監督作品は、まさしく『MACBETH』を原作とした戦国時代劇だったのである。まあ、その事実は有名なので、世の中的にはお馴染みだと思うが、約25年前にわたしは初めてそれを知り、観て、猛烈に興奮したのである。コイツはすげえ、つか、もうSHAKESPEAREの原作越えてるじゃん!! 黒澤すげえ!! と、当時の仲間に興奮して話をしたことを良く覚えている。
蜘蛛巣城 [Blu-ray]
三船敏郎
東宝
2010-02-19

 この、黒澤明監督によるスーパー大傑作『蜘蛛巣城』は、『MACBETH』原作だし、他にも、『』は『KING LEAR(リア王)』を原作としたウルトラ傑作、そしてわたしがロシア文学にハマったきっかけとなった『どん底』『白痴』など、25年前のわたしをとにかく興奮させた一連の黒澤映画は、今の若造どもにも観てもらいたい、傑作中の傑作だとわたしは考えている。実際わたしは、今の世の中には、映画好きを名乗る人間はやたらと多いが、黒澤映画を観ていない奴は一切認めないことにしている。まあ、わたしはこう見えて、心が狭いのである。
 というわけで、先日、世界イケメン選手権開催時にはTOP10に入るような気がするMichael Fassbender氏が、先日のSteve Jobs氏の次に演じるのはMACBETHだと聞いて、はあそうですか、とわたしが黙っていられるわけがない。な、何だと!? ほほう、そいつは要チェックだぜ!! というわけで、最新の『MACBETH』をさっそく観に行って来た。そして結論から言うと、この映画は相当上級者向けのMACBETHで、事前知識がないと、さっぱり意味が分からない出来栄えとなっていたので、ちょっと驚いたのである。

 物語はもう有名なので説明しないが、おそらく、『MACBETH』を上演あるいは映像化するに当たって、問題というか、どう表現するかポイントとなる点が2つあると思う。
 一つは、世界の文学史上最も有名な悪女の一人である、「マクベス夫人」をどういうキャラクターとして表現するかという点だ。 主人公マクベスより場合によってはクローズアップされる、「マクベス夫人」。彼女についてはいろいろな解釈があると思うが、マクベスを操ると言ったらちょっと言い過ぎかもしれないけれど、間違いなく本作では一番カギとなる人物である。
 そしてもう一つは、有名な「三人の魔女」とその「予言」をどう表現するか、という点である。本作に限らず、SHAKESPEAREの作品には幽霊とか亡霊とか、そういうSuper Natural要素が頻繁に出てくるが、『MACBETH』という作品には「三人の魔女(Three Witches)」が出てきて、極めて重要な「予言」をする。その予言にマクベスは翻弄され破滅に至るわけで、これもまた物語のカギとなる部分であろう。
 ちなみに、上記2点のポイントを知らない人は、恐らくこの映画を観ても、さっぱり分からなかったと思う。というのも、実に……なんというか、特に説明がないし、シャレオツ臭漂う雰囲気重視の映像で、どうも物語自体が薄いのだ。簡単な方から言うと、「三人の魔女」は、この映画では、まったく何者かよくわからない存在で、ビジュアル的にも魔女には見えないし、ただの良くわからない普通のおばさんたちなのである。しかも、これはわたしの記憶が失われているだけかもしれないが、なんと今回は「三人の魔女+謎の幼女」の4人組である。黒澤監督の『蜘蛛巣城』では確か一人の謎の老女だったように、改変するのは全然構わないのだが、なんというか、今回の魔女は全然雰囲気がなくて、ふらーっと現れては消える存在で、十分超常の存在ではあるけれど、もうチョイ、マクベスやバンクォウは驚いたり怖がったりしてもいいように思った。なんか、フツーに受け入れてしまっては、観客的には、あのおばさんたち何なの? と思うばかりで、どうにも物足りないようにわたしは感じた。知らない人が観て、通じたのかどうか、わたしにはさっぱり分からない。
 で、問題の「マクベス夫人」である。ほとんど彼女のキャラクターを説明するような部分がないので、おそらく、『MACBETH』を知らない人が観たら、一体この奥さん何なの? と訳が分からなかったのではないかと思う。そして『MACBETH』を知っている人なら、ズバリ、イマイチに感じたのではなかろうか。狂気が足りないし、迫力もない。マクベスを鼓舞するようなところも乏しい。元々、マクベスが結構クヨクヨ悩むところを、しっかりしろ!! とたきつけるようなキャラなのだが、ま、はっきり言って存在感が薄すぎるとわたしは思った。おまけに泣くとは!! こりゃあ、ちょっと問題ありであろう。
 わたしは、観終わって、一体こんな演出をした監督は何者なんだ!? と思ってパンフを読んでみたところ、まあ、ズバリ、ド新人と言っていいようなJustin Kurzelという男であった。自然光を基本とした撮影やそれっぽい雰囲気重視の画作りは、まあ、確かにセンスは非常にイイものがあるとは感じられるものだったが、キャラ付けという面での演出は、ちょっと相当イマイチだったと思う。とはいえ、パンフの解説を書かれている東大の教授はかなり高い評価をしていたので、まあ、所詮はわたしの好みに合わなかっただけなのかもしれない。何と言っても、わたしにとっての『MACBETH』は、完全に黒澤監督の『蜘蛛巣城』なのである。あの映画の、三船敏郎氏や山田五十鈴さんのギラギラした凄まじい演技と比較するわたしが特殊なのかもしれないので、そういう意味で、この映画は上級者向けだと冒頭に記した次第である。例えば、原作通りの台詞がきちんと使われていたり、その台詞を発する人物が巧妙に原作と入れ替わっていたりと、そういう点ではかなり真面目に作られている作品であることは間違いないと思う。
 では、最後に役者をちょっとおさらいしておこう。
 今回、主役のマクベスを演じたのは、前述の通り、Michael Fassbender氏である。まあ、イケメンですわな。わたし的には、この人は『X-MEN』におけるヤング・マグニートーなわけだが、カッコイイだけじゃなく、なかなか演技もいいですね、この人は。なので、今回大変期待して劇場へ向かったのだが……うーーーん……やっぱり、ちょっと雰囲気重視でマクベスっぽくはなかったかなあ。なんか落ち着いていて、もっと感情を爆発させて欲しいのだが、特に王座に付いてからの狂い方が全然足りないと思う。『蜘蛛巣城』での三船は、本当に凄まじいですよ。何度観ても最高です。
 あと、マクベスの友人で、マクベスに殺されることになるバンクォウを演じたPaddy Considine氏も、わたしは初めて見る方だったが、ちょっとイマイチかなあ……『蜘蛛巣城』でのバンクォウの役を演じたのは千秋実氏だが、亡霊となって現れるあのシーンは、三船の狂いぶりも強烈だけど、千秋氏の亡霊ぶりも最高です。完全落ち武者スタイルで登場する亡霊は、超雰囲気ありますよ。
 そして最後はやはりマクベス夫人を演じたMarion Cotillard嬢である。非常に美しく、雰囲気のある彼女だが、やっぱりなあ……迫力不足は否めないだろうな……一番のキーパーソンなのに……。『蜘蛛巣城』での山田五十鈴さんはホントにハンパなくヤバイ、完璧なマクベス夫人だったと思います。

 というわけで、結論。
 もし、この映画に興味がある人は、事前に原作を読んだことがある、芝居を観たことがある、なら、どうぞ行ってらっしゃいませ。いろいろ今までのマクベスと違うので、その点は面白く感じるかもしれません。が、そうでない人は、おとなしく原作を読んでからにした方がいいと思います。つーかですね、まずは『蜘蛛巣城』を観ることを強くおススメします。『蜘蛛巣城』の方が、100,000,000倍面白いですよ。以上。

↓ 本作の監督とMichael Fassbender氏とMarion Cotillard嬢が再度集まって撮影している次回作は、全世界で超売れてる有名なこのゲームを映画化するものです。

↓そしてこれがその予告編。ゲーム大好きなY君も、この予告を観て「これは期待できる!!」と相当興奮してました。