わたしは1989年から3年ほど、陶芸にハマっていたことがある。もう30年も近く前の話か……それは友人のお父さんが経営する陶器の店でバイトしていた時のことで、そのお店は陶芸教室もやっていて、まったくお客さんの来ないヒマな店だったのだが、ヒマなときは、店頭で自由に作ってていいよ、と言われ、基礎だけキッチリ教えてもらって、その後わたしは週に2~3日、ずっと土をいじり、ろくろを回していたのである。そのお父さん曰く、君が店頭で一心不乱に作陶している姿は客寄せにもなるから、ぜひ、どんどんおやんなさい、というわけで、まあ、なんつうか、そば打ち職人的に、わたしはせっせと作陶に励んでいたのであった。実際、結構多くの方が足を止めて見てくれたし、肝心の陶器は全然売れなかったものの(5~10万円程度の花器や食器がメインだったので、マジで全然売れなかった)、陶芸教室の方はそれなりに人が集まっていたので、ま、ちょっとは貢献できたのではないかと思う。
 で。その当時、すっかり陶芸野郎だったわたしは、とある映画を観て、猛烈に興奮し、感動してしまったのである。その作品の名は『GHOST』(邦題:ゴースト/ニューヨークの幻)である。ここまで書けばなぜわたしが大興奮したかお分かりですね? そう、ヒロインであるモリーが陶芸家で、夜、ろくろを回すモリーの背後から主人公サムが手を回し、イチャイチャするシーンがあるのだ。あのシーンを観てわたしは、うおお、おれもモリーとろくろ回してイチャつきてえぜ! と思ったのである。サーセン、当時大学生の小僧だったので、許してください。
 というわけで、わたしは『GHOST』という映画は勿論公開時に劇場で観て、その後何度もビデオやWOWOW放送なんかで観ている作品で、それなりに思い入れのある作品なわけだが、この夏、日本においてその『GHOST』がミュージカルとなって上演されるということが決まり、わたしはもう、そんなの絶対に観に行くしかねえじゃねえか! と思ったのである。しかも幽霊となるサムを、日本のミュージカル界で人気の高い浦井健治氏、そしてヒロインのモリーには、元宝塚歌劇団雪組TOP娘役だった咲妃みゆちゃん(以下:ゆうみちゃん)と元AKBの秋元才加嬢のダブルキャスト、さらにキーキャラクターであるオダ・メイにはベテランのモリクミさんこと森公美子さんというキャスト陣だ。わたしは宝塚歌劇を愛する男として、これは当然ゆうみちゃんVerで観ないとイカンと判断し、ようやく取れたチケットを手に、昨日の夜、一人で会社帰りに日比谷のシアター・クリエに参上した次第である。
 結論から言うと、ゆうみちゃんの歌も芝居も超絶グレイトで、モリクミさんも素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて大満足だったのだが、一方では、むむむ……なところもあって、なんつうか、若干微妙な気持ち、である。これは……なんなんだろうな……ひょっとすると、わたしの男としての嫉妬かも知れないし、あるいは、既に完全にお父さん目線でゆうみちゃんを見つめるわたしの、うちの娘に何してくれちゃってんだこの野郎!という、かなり間違った方向の怒り?なのかもしれない。
 というわけで、以下、ネガティブ感想になるかもしれないので、そんな感想が許せない方はここらで退場してください。ネタバレも含みます。まあ、ネタバレと言っても、もはやストーリーは映画の通りなので、今更だけど。

 というわけで。物語は、もうホント映画のまんまである。なのでもはや説明の必要もなかろう。ラブラブカップルのモリーとサム。新居での新生活をはじめようとしたばかりのところで、サムは強盗に撃たれて死亡、残されたモリーは悲しみに暮れるも、サムは幽霊=GHOSTとなってすぐそばにおり、触れられないもどかしさに、サムもモリーも絶望したのだが、実はサム襲撃には裏があって、サムの親友カールの陰謀があり、モリーの身にも危険が迫っていた―――というお話である。
 で……どうしようかな……それでは、わたしが素晴らしいと思った点と、うーむ……と思ってしまった点をまとめてみよう。
 【素晴らしいと思ったポイント】
 ◆ゆうみちゃんモリーは完璧で最高だった。
 そもそも、ゆうみちゃんは宝塚時代は歌も演技もダンスも全てにおいて、ちょっと周りとは1つも2つもレベルが違うぐらい、凄い才能のあるTOP娘役であったことはもう誰しも認めるところであったと思う。とりわけ歌は意外とパワフルでカッコ良さもあり、そして芝居も、いわゆる憑依型的な、その役になり切る凄い役者であった。普段のゆうみちゃんのトークは、非常に丁寧に言葉を選び、なんつうか「美しい日本語」を一生懸命喋ろうとするところが抜群に可愛いわけだが、役に入り込むと、ホント別人のようになるのである。わたしはゆうみちゃんの声が大好きなんすよね……! 歌声も、芝居の時の声も、そして普段の笑い声も、まあとにかく可愛いのです。
 で、今回も、当然、歌はもう全キャストの中で圧倒的にレベルが高く、素晴らしかったのは言うまでもないでしょうな。芝居も本当にお見事で、わたしは今回9列目の下手側はじっこと近いような遠いような微妙席だったが、明らかに本当に涙を流しているのが見えたし、鼻まで赤くなって、モリーの哀しみを全身で表現していたと思う。本当にゆうみちゃんは素晴らしかったすね。どうでもいいけど、ゆうみちゃんの衣装はフツーのTシャツ&パーカー&デニムだったのだが、そういう「普段着」のゆうみちゃんはヅカファンとしてはやけに新鮮で、そんな点も大変可愛かったと思う。つうか、細っそいですなあ……超華奢で、足なんかスキニーだったのでその極細さが際立ち、ありゃもう、小鹿のようだったすね。そんな華奢な娘さんが悲しみに暮れていたら、もう男なら誰しも、支えたくなっちゃいますな。映画版のモリーは結構たくましいBODYの持ち主であるDemi Mooreさんで、もちろん当時の若き頃のDemi Mooreさんも超可愛かったですが(当時はショートカットが最強に世界一似合ってたと思う)、今回のゆうみちゃんも、マジ最高だったすね。なんか同じことばっかり書いてますが、とにかくゆうみちゃんモリーは最高、でした。
 ◆モリクミさんasオダ・メイも最高でした。
 まあ、やっぱり大ベテランすねえ! わたしはモリクミさんVerの『レミゼ』でのテナルディエ夫人しか生で観たことがなかったけれど、まあとにかく歌はパワフル、そして芝居ぶりは余裕たっぷりで、ホントにこの方は、まさしく日本のWhoopie Goldbergさんと言っていいと思うすね。完璧でした。超お見事っす。カッコイイと思うすね、こんなに芸達者であるということは。

 【むむむ……と思ってしまったポイント】
 ◆これはマイクセッティングの問題か? 言葉が聞き取れねえ!
 なんつうかですね、とにかく、ゆうみちゃんとモリクミさんの二人は滑舌も良く、声量もデカくて全く問題なかったけれど、それ以外のキャストの、台詞と歌ってる歌の歌詞、が、わたしにはおっそろしく聞き取りづらく、何言ってんだがよくわからない部分も多かったのが、とってもとっても残念であった。これって、オレの耳が変? だったのか? 若干音響としても割れ気味だったし、とりわけ男たちの台詞や歌声が、アカンかったす。特にカールだよ! 台詞は何度か噛んでたし、歌詞も聞き取りにくいし、演じた平間壮一氏の問題なのか、マイク等の音響の問題なのか、わたしには良くわからない。けど、役柄的に悪い人だけに、なんか評価としては辛口になってしまうのが申し訳ないのだが、正直、カールはイマイチだったすね。あと、サムの浦井氏も、若干今まで観てきたカッコイイ浦井氏のパフォーマンスからはちょっと今一つだったような気がしてならない。せっかくの歌が……どうも聞き取りにくかったのが本当に残念す。
 ◆これは演出の問題なんだろうな……
 わたしは今回のミュージカル版を観るにあたって、一体、物に触れられない、壁を通り抜けてしまう、といった幽霊の特徴的な状態を、どう表現するのだろう? と興味津々だったのだが……正直かなり、なーんだ、な演出だったように思う。なんというか、誰でもそういう演出をするだろうな、という想定内の演出であったし、何の驚きも感動?もなかったと思う。その結果、物語に入り込まないと、少し変、にしか見えないし、なんか……普通だったのが残念だ。かと言って、こうすればよかったのにという代案も浮かばないので、文句は言えないけれど、なんというか、こう来たか、的な驚きが欲しかったす。それと、あの名曲『アンチェインド・メロディ』の使われ方も雑というか……もっと効果的に使えたと思うんだけどなあ……映画版のファンとしてはそれも残念す。つうか、映画版を観ていない人は、幽霊のすり抜けてしまう体質を理解できたんだろうか。おまけに、キーワードである「Ditto」を「ディト」と本作では敢えて発音していたけれど、これ、映画を観てなければ「同じく」って意味だと分からないと思うんだよな……なんで「同じく」って言わせなかったんだろうか……。
 そして、これも演出の問題だとわたしとしては断言したいのだが、あのですね、はっきり言いますが、キス多すぎ!です!! これはもう、なんか、無理矢理感がどうしてもぬぐえなかったし、おまけにオレの娘に何してんだこの野郎! 的イライラも募り、なんつうか……ゆうみちゃんが気の毒に見えてしまったんすよね……。あれだけのキス、ホントに必要だったのだろうか……? もはやわたしはゆうみちゃんのお父さんレベルの男なわけだが、そのわたしが想像するに、きっとゆうみちゃんは、相当な、それこそ決死の覚悟をもってこの舞台に臨んだのだろうと思うわけです。今まで舞台上で男とのキスシーンなんてやったことがないし、まあ、プライベートではどうか知らんけど、恐らくはもう、恐怖心すら抱いていたかもしれない。それを、持ち前の役者魂でモリーになり切って、舞台に立っているわけですよ。それなのに……なんつうか、乱暴だなあ……とすらわたしには思えた。もっと大切に演出して欲しかったすわ……。
 とまあ、こんな感じに、わたしはゆうみちゃんとモリクミさんのパフォーマンスに、すげえ!と感動しつつ、なんだかどうもイライラもしてしまい、かなり微妙な気持ちで家路についたわけである。これはWキャストの秋元才加さんVerも観て観たかったかもな……それで同じことを思っただろうか? 才加さんなら何にも感じず文句なく楽しめたとするなら、今回のわたしのイライラは、単にゆうみちゃんに対するわたしの思いが強すぎて、男としての嫉妬、あるいはお父さん世代としてのイライラ、だっただけかもしれない。でも、音響はマジで聞き取りにくくて、改善の余地ありだと思います。アレは直した方がいいよ、ホントに。
 そして、その他で思ったことは……アンサンブルキャストの皆さんは、とてもレベルが高くて、ダンスのキレも極めて上質でしたな。とりわけ、わたしの目に留まったのは、松原凛子さんと島田彩さんすね。松原さんはオダ・メイの助手ガールの小さい方、彩さんはいろいろなシーンでいろいろな役でちらほら出ていたけど、ダンスのキレがすごい目を引いたすね。二人とも歌が超絶に上手いお方だけど、今回はわたし的にはダンスの方でグッと来たす。いや、だって歌声があまり聞こえなかったんすよ……。

 というわけで、書いておきたいことがなくなったので結論。
 わたしの大好きな映画の一つである『GHOST』がミュージカルとなって上演されているので、わたしも超楽しみに劇場へ駆けつけたわけであるが、確かに、ヒロインのモリーを演じる咲妃みゆちゃんは素晴らしく、歌も芝居も完璧だったと絶賛したい。まったく何もなくて家にいる時のゆうみちゃんもあんな感じの普段着なんすかねえ……大変可愛く、その点では超満足である。しかし、舞台としての出来としては、まず音響なのかな? とにかく男の台詞と歌詞が聞き取りにくくて、その点は非常に残念に感じたし、演出的にも、なんつうか……驚きや感動はなくて、フツーであった。そしてなにより、無駄なキスはやめて! と嫉妬に燃えるわたしとしては申し上げておきたい。ゆうみちゃんは相当の覚悟をもって、舞台上で「戦って」いたんじゃないかなあ……。演出も共演陣も、そのゆうみちゃんの覚悟と同じレベルにあったのだろうかと考えると、実に疑問です。なので、結論としては、わたしはこの作品を微妙だと判定せざるを得ないす。これはやっぱり秋元才加さんVerも観て比較すべきかもな……もはや手遅れでチケットは買えませんが。はーー……ホントは超絶賛の感想を書きたかったす……。以上。

↓ おそらく、原典を観ておいた方がいいような気がします。隣のご婦人2名が、幕間で「話が映画と違くない?」的なおしゃべりをしてましたが、いいえ、ぜんぜん映画通りでしたよ。