先日、とあるわたしの尊敬する女性にお会いした時、湊かなえ先生の『境遇』を読んだ話をしたら、その女性曰く、「あくまでも現状までの、だけれど、これまでの作品の中で、湊かなえ先生の最高傑作は『物語のおわり』だと思うわ。でも確か朝日新聞出版発行だったと思うから、文庫になるのは当分先でしょうね」と言われ、文庫にならないと読まないわたしではあるが、そこまでこの女性が絶賛するならば読んでみようと思い、まずは本屋に行ってみた。
物語のおわり
湊 かなえ
朝日新聞出版
2014-10-07

 今、本屋に行くと、集英社から先週発売になったばかりのこちらが最新巻として並んでいると思うが、
ユートピア
湊 かなえ
集英社
2015-11-26

 小説単行本というものはきちんと揃えているところが意外と少なく、最初に行った本屋さんには『物語のおわり』は置いていなかったので、三省堂本店に行ったらちゃんと置いてあった。で、さっそく読んでみた。そして、確かに非常に面白く、極めて読後感の良い素晴らしい作品であったことを確認した次第である。
 以前も書いた通り、湊かなえ先生の作品は、世に「イヤミス」と呼ばれているように、非常に後味の悪い作品というか、イヤーな奴ばっかり出てくる強烈な作品が多いことでおなじみだが、本作は、まったくそんなことはなく、極めて「いい話」である。連載していた作品だから、というわけではないと思うが、8つの短編がつながる連作ものであるので、ちょっとごく簡単にそのエピソードガイドとしてまとめてみよう。

 ■第1話:空の彼方
 このお話で描かれるのは、山陰地方(?)と思われる、山に囲われた小さな町に住む、パン屋さんの少女のお話である。話者はその少女で、1人称視点の叙述である。空想好きが高じて小説を書くようになる少女。やがて、自分の家のパン屋さんの手伝いをしながら、とある男子高校生と知り合う。年を重ね、やがて二人は、愛し合い、婚約するまでになるが、少女(その時はもう24~25歳?)が、とある作家の下で小説家としての修業をするチャンスを得る。悩み、結婚を2,3年待って欲しいと思う彼女だが、彼も、両親も、それはあり得ないと反対。ついに彼女は、家を抜け出して駅に向かうが、駅には彼が待っていた……というところで第1話終了。
 ■第2話:過去へ未来へ
 ここでは、時は現代に移る。どうやら第1話の時代は今から50年ぐらいは昔の話らしいことが分かる。そして、舞台は舞鶴から北海道へ向かうフェリーの中である。話者は、出産を控えた妊娠中の女性。これまたその彼女の1人称視点での叙述。どうやら、ガンを患っているらしい彼女。お腹の子どもとの思い出を作る旅らしく、旦那とは旭川で合流する予定だとか。そんな彼女が、とある女子高生と船内で知り合う。そして、別れ際に渡された小説を読むことになる。この小説は、まさしく第1話で描かれた少女の物語だ。その小説を読み、彼女は、少女のその後を想像する。きっと、こうであったのでは、わたしだったらこうする……という、自らの想いを乗せて……。
 ■第3話:花咲く丘
 舞台は富良野である。ラベンダー畑の写真を撮影している男。彼は、写真家になるために今まで頑張ってきたが、家業を継ぐために、写真家の夢をあきらめるため、最後の撮影旅行へ来ていた。ファインダーを覗いていると、一人の妊婦がいて……と、第2話の彼女と出会い、最後にあの小説を渡され、写真家をあきらめようとしている自分に置き換えて、小説のその後を想像する……というお話。
 以下、基本的にはその話の主人公が前の話の主人公に出会って、話を聞いているうちに、そうだ、この小説を読んでみなよ、返さなくていいし捨てても構わないから、と渡される展開が続いて、最後きちんとその縁がつながるという美しいお話である。ので、詳しいことは書かずに、その話の主人公のことだけ書いておこう。書きすぎるとネタバレになるので。
 ■第4話:ワインディング・ロード
 北海道を旅する自転車女子が主人公。前話の写真家をあきらめた男と旭川で出会う。
 ■第5話:時を超えて
 北海道をバイクで巡る中年男が主人公。自転車女子と摩周湖で出会う。
 ■第6話:湖上の花火
 北海道へ恩師を囲む会に出席するためにやってきた、東京のキャリアウーマンの話。バイク男と洞爺湖で出会う。
 ■第7話:街の明かり
 北海道に旧友の祝賀会のためにやってきた男が主人公。その会場で第6話の女性と出会う(というかすれ違う)。
 ■第8話:旅路の果て
 北海道へ、おばあちゃんと旅行に来た女子高生が主人公。彼女は実は……という話。

 全編通じて、湊かなえ先生の文法にのっとった一人称小説である。なので、基本的には語り手が自分の心の中で思ったことしか書けない。別の登場人物の心中は想像するしかない。故に、どうしても思い込みや若干の誤解が生じるわけだけれど、冒頭のお話のその後を、数人の人々が、それぞれのこれまで生きてきた道のりを思い返しながら、きっとこうなる、こうであってほしい、と、ぞれぞれの「物語のおわり」を想像して行く物語は、それぞれの人生が反映された、非常に共感できるものである。そこには、嫌悪感を抱くような悪意に満ちたものは全くなく、極めてすがすがしいものであった。
 この作品を読んだら、きっと北海道に旅に出かけたくなるのではなかろうか。わたしは北海道が大好きで、この物語に出てくる北海道の地は、偶然ながらほとんどすべて行ったことがあるので、とても情景を思い出しやすく、また今すぐにでも、北海道へ行きたくなった。この物語に出てくるところでは、1か所だけ、網走だけ行ってないんだよなあ。でも今はもう雪が降ってるからなあ……ま、来年の夏は、絶対に北海道だな、と、心に誓うわたしでありましたとさ。あっ! そういえば劇団四季の『Wicked』札幌公演が来年から始まるじゃん!! これはもう確定ですな。久しぶりに、札幌から富良野、旭川、それから網走まで行ってみるか!!

 というわけで、結論。
 湊かなえ先生の『物語のおわり』は、非常に気持ちのいいすっきりとした物語であった。普段、湊先生の「イヤミス」ばかり読んでいる方には強くお勧めしたい。そして、雪が解け温かくなったら絶対に北海道に行こう。そうわたしに思わせる美しいお話でありました。以上。

↓第2話で出てくる「拓真館」でおなじみの前田真三氏作品集。北海道はいいよな……ホント行きてえ。