わたしの家に、40年以上前から本棚に置かれている小説がある。この小説は、わたしの三兄弟全員が、だいたい小学生4年から6年ぐらいに一度は読んで、読書感想文のネタにする小説だ。
 作者は、アレクサンドル・ベリャ―エフというロシア人で、19世紀末に生まれ、第2次世界大戦の最中に亡くなっているロシアSF界の大家で、いわゆる知る人ぞ知る作家である。
 この人の一番有名な作品は、たぶん『ドウェル教授の首』という作品で、ずいぶん前にわたしは東京創元SF文庫の復刊フェアみたいなので買って読んだことがあり、その本を読んだとき、なーんかこのベリャーエフって聞いたことがある作家だなーぐらいの記憶で調べてみたら、なんとわれわれ三兄弟が読んだ、あの作品の著者じゃんか、ということが分かって驚いたことがある。
 その作品が、昨日から今日にかけて読んだ、『永久パン』という作品である。 
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 ↑こんなやつ。 
 版元は児童書の専門出版社である岩崎書店だ。判型はB6判で定価は380円である。この本がいつからうちにあるのか、わたしもさっぱり記憶にないが、たぶん一番上の兄が買ってもらったものだと思う。奥付を見てみると、発行は1963年11月20日となっている。わたしも生まれていないころだ。真ん中の兄もまだ生まれていない。一番上の兄さえまだ赤ん坊だ。ということは、よくわからないが、初めての子供が生まれてテンションの上がった親父が買ったものなのかもしれないし、一番上の兄が小学生の頃に課題図書にでもなって買ってもらったのかもしれない。また、この本は「ベリヤーエフ少年空想科学小説選集」というシリーズの第6巻なのだが、他の巻は、うちにあったのかもしれないが読んだ覚えはないし、現在はこの『永久パン』しか残っていない。

 で。
 なんでまた、今この本を読んでみようと思ったかというと、昨日『BLACK HAWK DOWN』を見て、もしこの地球上から「飢餓」がなくなったら、人類の歴史から戦争は消えてなくなるんだろうか、とふと思ったからである。まあ、小学生並みの考えではあるけれど、確かそんな小説があったな、そうだよ、『永久パン』だ! と思い出したからである。人は、基本的に満腹になると、大抵のイライラやストレスは一時的には消えるものだと思う。眠くなるのも生物として自然な反応だ。食い物さえあれば、意外と平和になるんじゃね? というのは、誰しも一度は夢想したことがあるんじゃなかろうか。

 改めて読んでみて思い出したが、この小説が描く、「満腹の世の中」は決して平和ではない。あらすじは、冒頭の「はじめに」というページにこの本の翻訳者によってかなり明確に書かれていて、しかもネタばれというか結末まで書かれているので、それを引用してみよう。どうせ、みんなこの本を読まないでしょ?

 「『永久パン』は1929年の作、舞台はドイツになっています。プロイエル博士は、微生物から人間がいくら食べても、あとからあとからふえてくる「永久パン」をつくって、人類を飢えと貧困から救おうと志し、ついにそれを作ることに成功する。しかし、博士の期待に反し、人間はただ食べることだけでは満足しなかった。彼らの欲望はいっそう激しくなって、たがいに争い、殺しあうようになった。おまけに、博士の発明は資本家に盗まれ、独占されて、労働者の状態はいっそう惨めになった。不幸はそれだけではない。気温が上がるにつれて、「永久パン」は異常膨張をはじめ、ついに地球いっぱいにあふれて、人類を滅亡させそうになる。そして、すべての罪はプロイエル博士の上にかぶせられた」

 こんな物語である。わたしもよくもまあ、こんな小説を小学生のときに読んだものだ。 この本の訳者による解説によれば、要するに、だから資本主義はダメなんだ、というソヴィエトの思想の影響を受けているらしいのだが、それが正しい解釈なのかどうかはともかく、この物語はやけにリアルであり、人間の本質(と言ったら大げさかもしれないが)を描いているがゆえに、だから共産主義も夢に過ぎない、ということも同時に言えそうな気がする。いずれにせよ、物語後半の、「永久パン」がどんどん増殖するさまは、子供心に相当恐ろしいイメージを与えたことは覚えている。全然関係ないが、80年代アニメの代表作、『うる星やつら』に、とろろイモが攻めてくる話があって、シャワーからとろろがにゅるーりと出て来るシーンがあるのだが、それを見たときも、これはあれだ、「永久パン」だな、と思った覚えもある。『うる星やつら』のこの話では、最終的にどういうオチでとろろを撃退したか、すっかり忘れちゃったな……。覚えている人はぜひ教えてください。

 まあ、結局のところ、「永久パン」的な食料が発明されても、戦争はなくならないし、人類は決して幸福にはならないのだろう。『BLACK HAWK DOWN』の冒頭でも、せっかくの国際救助物資がすべてアイディード将軍に略奪されてしまうシーンがあったように、食糧供給を図ってもそれをいきわたらせるのは難しく、そう簡単には解決になりそうもない。
 じゃあどうすればいいのか。わたしには解決策は思い浮かばない。でも、そうだなあ、やっぱり、人類を救う道は「教育」しかないんじゃないかなあ……。もちろん、わたしのいう教育は、現代日本の受験教育だけではなく(それはそれで必要。わたしは受験教育肯定派)、もっと、人間としてやってはいけないことがあるということをしっかり心に刻ませることも含む。もちろんそれが洗脳になってしまったらマズイわけだが、それでも、人間に普遍的に共通する心をきちんと教えていくことはできるんじゃないかと信じたいものだ。災害が起きると、よく海外では暴動になって略奪が始まるけど、日本は悲惨な出来事が起きても、そんなことにはまずならない。それは、日本の教育レベルが高いからだと思うんだが、その教育を行き渡らせるのが難しいわけで、うーーーん……どうしたらいいんだろうなぁ。。。

 というわけで、結論。
 久しぶりに読んだ『永久パン』は、やはり恐ろしく、覚えていたよりもずっとリアルなSFでありました。これは子供の頃に読んだほうがいいと思うな。いろいろ、示唆に富んだ優れた小説だと思う。


 ↓ 冒頭で言った、わたしが持ってる文庫がこれ。すげえ面白い。超SF。
ドウエル教授の首 (創元SF文庫)
アレクサンドル・ベリャーエフ
東京創元社
1969-01