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 日本では255億を稼ぎ、全世界では12.7億ドル(=109円計算で1,388億円!)も稼いだ『FROZEN』。物語はもちろんのこと、その主題歌「Let It Go」もこの大ヒットに大きく貢献し、今ではBroadwayミュージカルとしても上演している(※日本の劇団四季版は2020年9月開幕!)スーパー優良コンテンツである。お、四季のPVがあるから貼っておこう。

 ところで、わたしが『FROZEN』の予告、というより「Let It Go」のプロモビデオを初めてWebで観たのは、おそらく2013年の秋口で、かのBroadwayの歌姫でお馴染みIdina Menzel嬢の迫力ある&エモーショナルな歌唱に、こいつはすごい、これは期待できる! と日本公開を待ち望んでいたのだが、日本では2014年3月まで公開を待たねばならず、まあ、それでも楽しみだなあ、と思っていたのが2013年の12月ごろの話である。もちろん、Webで観た「Let It Go」からは、これは面白そう!という期待は高かったけれど、まさか日本で250億を超えるウルトラスーパー大ヒットになるとは、その時点では全く予想していなかった。
 しかし。わたしは今でもはっきり覚えているが、2013年の12月、日本ではDOLBY-ATMOS採用の劇場がオープンし始め、わたしは映画オタクとして、超傑作『GRAVITY』をATMOSを導入したばかりのTOHOシネマズ船橋ららぽーとに観に行ったのだが……そこで初めて、劇場の大スクリーン&ATMOSのド迫力音響という環境で、「Let It Go」を観た(聴いた)のであった。
 あの時、わたしは、まだ全然物語もわからないのに、「Let It Go」だけで感動しちゃったのである。こ、これはすごい! これは大変なことになるぞ!? という予感を感じ、わたしは当時いろいろな人にWebで「Let It Go」を観てみろ、とお勧めしまくっていた。そして少し時間が経ってから、日本語版キャストとして松たか子様Verの「Let It Go」が公開されるに至り、これはもう、絶対に間違いなく100億超えるね、と確信したのであった。歌手でもあり、ミュージカルもこなすバリバリ歌える松たか子様を起用するとは、さすがディズニー! わかってらっしゃる! そしてさらに、ミュージカルでバリバリ鍛えた神田沙也加ちゃんも起用するとは! と、公開までの期待は高まる一方であったのである。
 なので普段、映画は「字幕一択」なわたしでも、これは日本語版も字幕版も両方観なくてはなるまいと考え、ムビチケカードも2枚買って公開日に備えたのである。
 そしていよいよ公開となった初日。わたしはまずは字幕版を観たのだが、歌はもちろん素晴らしいとして、さらに物語にも深く驚いたのであった。そう、DISNEYが、あのDISNEYが、「王子様」と決別?したのだ。それまでのDISNEYプリンセスの「真実の愛」はたいてい「王子様」に向けられていたはずだが、本作ではその対象は「家族」だったのである。本作では、完全に王子様はどうでもいい存在で、男女の愛より家族の愛が優先されたのだ。
 これは、相当大きな方針の転換であり、時代の要請なのかもしれないが、わたしは当時、ああ、こうくるんだ、と、とても驚き、やっぱりDISNEYすげえ! と思ったのであった。実際、この『FROZEN』後のDISNEYアニメは、基本的に女の子を主人公としつつも、男女の愛はかなりどうでもよくなって、それよりも自立した女性像だったり、家族や仲間を優先するようになったとわたしは感じている。その歴史的(?)転換点となったのが『FROZEN』だと思っている。
 というわけで、以上は前振りである。
 今般、いよいよ全世界待望の『FROZEN II』が公開になったので、わたしもさっそく観てきた……のだが、うーん、どうしよう、結論から言うと、十分面白かったです。それは間違いない。間違いないのだが……なんつうか、フツー、というか、それほど、前作のように「すげえ!」と興奮するまでもないというか、ええ、そう、まさしく「フツーに面白かった」というレベルにとどまるような気がしますね。もちろんそれでもすごいことなんですが。なので実は今回はあまり書くことがなくて、無用な前振りを書きました。ちなみに観たのは、まずは「字幕版」であります。

 というわけで、今回のお話は、そもそもエルサはどうして魔法が使えるんだ? という謎?に迫るお話であった。しかし、わたしとしては別にエルサが魔法を使えることに対して、「どうして?」と思うことはほぼなく、「そういうもんだ」で納得できていたため、正直そのストーリーラインはどうなんだろう、面白くなるんだろうか? と考えていた。むしろわたしとしては逆で、姉が魔法を使えるのに、なんで妹のアナは使えないんだろう? という方が謎に思っていたし、わたしは、ひょっとしてアナとエルサは実の姉妹じゃあないのかしら!? とか、余計なことも考えていた。
 のだが、観終わった今となっては、二人はちゃんと実の姉妹であったことは分かったし、そしてエルザが魔法を使える理由も、うっすらと分かったような気がする。要するにエルサは、いわゆる「Chosen One」、選ばれし者、に近いのだろうと思う。そんな「選ばれし姉」が自らの使命のようなものを全うするため頑張り、一方「選ばれてない妹」は、姉のために超頑張る、というお話だったとまとめていいような気がする。
 しかしなあ……その使命、があんまりおもしろくないというか、エモーショナルじゃないというか……グッと来ないんすよね……。おじいちゃんがやらかした?ことの後始末というか、それならなんで今、急に呼ぶ歌声が聞こえてきたのかとか、いろいろ謎めいたツッコミどころはあるんだよなあ……観ながらわたしは、エルサのことがちょっと気の毒になってきたっすね。「選ばれし者」というよりむしろ、「呪われし者」のように思えてきちゃったす。
 でも、まあ、いろいろと突っ込むのは野暮なんすかね。わたしは意外とラストには感じるものがあって、なんとなくわたしの大好きな『もののけ姫』を思い出したっすね。想い合っている二人だけど、一緒には住めない。でも、会いたいときには、いつでも会いに行くよ、ヤックルに乗って! みたいな。ようやくエルサはいろいろな使命、呪いから解き放たれて、アナよりも断然エルサ派のわたしとしては、あのエンディングは美しかったと思います。これはやっぱり、日本語版でももう一度観たいすね。
 というわけで、もう書きたいことがなくなりました。
 そういやわたしが入場するとき、「字幕って何ですか!? え、文字を読むんですか!? 日本語じゃないんですか!? 子供が見られないじゃないですか!」というどうしようもないクレームをつけている家族には失笑せざるを得なかったけど、なんというか、世の中いろんな人がいますなあ。字幕版は結構すいてましたが、日本語版は満席だったので、あの家族がどうしたのか、知る由もないす。

 というわけで、もう書いておくことがないので結論。
 
 前作の大ヒットから6年。全世界待望の『FROZEN II』が公開になったので、さっそく観に行ってきたのだが、まあ、結論としては十分面白かった。歌もやっぱり素晴らしいすね。でも、超素晴らしいと絶賛するほどではなく、フツーに面白かったす、が素直な感想である。でもまあ、すでに日本国内でも公開3日間ですでに19億ものウルトラ大ヒットとなっており、また100億は余裕でクリアするんでしょうな。つうか、クリストフのPVみたいな80年代めいた歌唱シーンはいらなかったんじゃね? ま、クリストフのプロポーズ大作戦も無事に実ったし、めでたしめでたしでよろしいのではないでしょうか。わたしとしては、オラフが「これまでのいきさつ」を説明するシーンが一番笑えたっすね。アレは素晴らしかった。そしてエンディングでは今回のお話を同じようにまとめていて、全くオラフは何気に大活躍ですな。あれっ!? やっぱりわたし、かなり楽しんだみたいっす。まあ、前作が好きなら当然オススメ、であります。しかしまあ、劇団四季のミュージカル版は絶対チケット獲れないでしょうなあ……観に行きたいけどなあ……。以上。

↓ やっぱり松たか子様は素晴らしいすね! 日本語版も観よう!

 わたしは映画や小説、漫画などの「物語」というものを、ほぼ毎日味わっているわけだが、好みとして、やっぱり主人公の言動に共感し、ともに物語の世界を歩みたいわけで、主人公に共感できないと、どうしても面白いとは思えないし、読んでいてあるいは観ていて、実に苦痛である。
 これは別に、主人公には善人であってほしい、というわけではなく、悪党であっても、きちんと「だからこうする」という理由のようなものがあって、それが徹底されていればいいわけで、一番わたしが嫌悪するのは、考えの底が浅く、「なんでお前はそんなことを?」というのが全く理解できないような、うすらトンチキ、あるいは悪意の塊、のようなキャラである。そういうキャラは、ああ、コイツはさっさとくたばらねえかなあ、とか思いながら物語を見物することになるが、それが主人公がそういうトンチキだと、もはや結末もどうでもよくなってしまうというか、つまんねー話、という最終結論に至るのである。
 というわけで、わたしは今日、東宝作品『来る』を観てきたのだが……これは……我ながら面白いと思ったのか、つまらねえと思ったのか、まだよくわからないという不思議な作品であった。今現在、わたしが確信を持って言えそうなことは、役者陣の熱演は極めて上質で素晴らしかったことだけであろうと思う。脚本(=物語)、演出、これについては……どうなんだこれ……ズバリ言うと、全然怖くなかったすね。つうか、極論かもしれないけど、この映画って、ひょっとしてコメディだったのかな? そんな気さえしている。
 というわけで、以下はネタバレに触れる可能性が高いので、これから観ようと思ってる人、あるいは超最高だったぜ、と思っている人は読まずに退場してください。

 わたしがこの映画を観ようと思ったのは、この予告を観て次のことを思ったからだ。一つは、うおお、岡田くんカッコいいなあ! ということ、そしてもう一つは、久しぶりに松たか子様の強力な演技が観られそうだぞ!? という2点で、物語としては、幸せな夫婦の娘を狙う「アレ」なるものを祓う話だろう、とうすらぼんやりと見当をつけていた。
 が。ズバリ言うとわたしの予想は大筋では間違っていないものの、物語はかなり予告から想像していた展開ではなく、かなりの変化球であったと思う。物語の具体的な流れはもう説明しないが、おそらく原作小説は、まさしく湊かなえ先生の『告白』的な、1人称小説&章ごとに語り手が変わるタイプなんだと想像する。しかし、映画としてその構造がうまくいってるかは、かなり疑問だ。
 普通に考えて、1人称で語り手がチェンジする物語の面白さは、芥川の『藪の中』、あるいは黒澤明監督の『羅生門』的に、一つの共通した事象について、観る人が変わるとその内容も全然違ったものになる、という点にあると思う。さらに言えば、それぞれのキャラクターの言い分も実は全然事実と違ってた、という展開もよくあって、そこに、な、なんだってー!?という真実が明らかにされる(あるいはまさしく真相は藪の中で終わる)というのが王道だろうと思うのだが……。
 本作では、まず最初に夫がいかに満点パパだったかというなかなか気持ち悪い物語を観せられる。次に妻の視点から、夫は100点どころか0点でさえなく、マイナス100点のクソ野郎だったことが語られる。しかし観客としては、そんなこたあどう観ても分かってて、でしょうな、としか言いようがなく、妻もまた、(夫がクソ野郎だったからとはいえ)なかなか香ばしい人物だったことが提示される。そして、二人がこの世を去った後、第三者が必死で後始末をつける顛末が最後に描かれるわけだが、残念なことに、事件の核心たる「アレ」については、問題とされないのだ。「アレ」こそが核心であり、それを様々な視線から見た時の違いが、映画的に面白くなるはずだったと思うのだが……単に夫婦の裏の顔ともいうべき本性が暴露されるだけなので、はっきり言って底が浅く陳腐だ。結果として、そもそもの「アレ」が何故いつまでも娘を狙っているのかがさっぱり分からない。まあ、「アレ」の行動原理など分かりようはないので、それはそれでいいのかもしれないけれど、わたしにはどうも釈然とせず、結論として、なんだったんだ……としか思えないのであった。
 というわけで、各キャラクターと演じた役者をメモして行こう。
 ◆田原秀樹:夫。最初の語り手。たぶんそもそもの元凶。一言で言えばクソ野郎で、見事死亡する。わたしは心の底からざまあとしか思わなかった。が、コイツが死んでも「アレ」は収まらず。コイツはどうやら幼少時に一人の少女の失踪事件に関係があったようで、それがそもそもの元凶だったのだと思うが、その事件が何だったのかは結局なにも描かれず。単に、その失踪した少女に、「うそつきだからお前もそのうち狙われるよ」と言われていた過去だけが描かれる。そして大人になったコイツは、まさしくとんでもない「うそつき」野郎で、救いようのないゲス野郎に成長。結婚前も後も会社の女に手を出しまくっていたらしい。つうか、お前は結局何だったんだ? なんで「うそつき」な人間なのか、説明が欲しかった。あの実家のクソどもに育てられたからってことかな? こんなゲス野郎を、超見事に演じた妻夫木聡くんは本当に演技派だと思う。何が見事って、コイツのような外面だけよくて実はゲス野郎、っていう人間は、もうそこら中に普通にいそうなんですよね……。そのリアルさが超見事だと思います。しっかし……結婚式などでいかにも訳アリげだった会社の女は、物語において何の役も果たさなかったのは何だったんだ……。
 ◆田原香奈:妻。第2の語り手。この人は恐らく完全に被害者(だよね??)なので許してもいいかも……まあ、精神的に虐待されてたともいえそうだし、実の母もクソ女だし、気の毒だったと思うべきなんだろうな……。余裕で浮気してた(? しかも夫は知ってたっぽい。NTRを喜ぶ変態だったってこと?)ことは、利用されたってことで許してもいいか。でも、まあ、男を見る目がなかったってことですな。そんな薄幸の女子を演じたのが、若干幸薄そうな昭和顔でお馴染みの黒木華さん。これまた超見事な演じぶりで、控えめでおとなしそうな妻の顔、何もしない夫と言うことを聞かない娘にブチギレる母の顔、そして珍しくドぎついメイクで男に抱かれる女の顔、の3つを超見事に演じ分けてらっしゃいました。実際素晴らしかったと思う。初めて黒木華さんをエロいと思ったす。
 ◆津田大吾:どっかの大学の准教授。秀樹の高校時代の親友。ホントに親友なのかは相当アヤシイ。お互いがお互いを利用してただけというか、ま、薄っぺらい友情だったんでしょうな。そしてコイツも残念ながらクソ野郎で、どうやら秀樹が生きているうちから英樹の会社の女や、あまつさえ香奈にも手を出してた模様。しかも、コイツが「アレ」を呼び寄せるお札を仕掛けていた事件の張本人(?)なのだが、この伏線というか仕掛けをもっと物語に上手に盛り込めたはずなのに……ほぼ詳細は語られず。ま、最終的には見事死亡して、心底ざまあです。演じたのは青木崇高氏。優香嬢の旦那ということ以外、よく知らないす。まあ、あんな准教授はいないでしょうな。リアル感ゼロ。
 ◆野崎:第3の語り手。フリーライター。口は悪いけど、本作では一番の善人。とにかく演じた岡田准一氏がカッコイイ! ルックスのカッコ良さはもちろん、しゃべり方もカッコいいし、非常にそれっぽい。要するに演技的に一番素晴らしかったと思う。さすがはジャニーズ演技王ですよ。しかし、野崎についても、元カノと堕胎した子供に関するエピソードは、部外者たる野崎が「アレ」と対峙する重要な動機であるにもかかわらず、中途半端にしか描かれていないのは残念に思った。結果的に野崎はかなりお人よしにしか見えないことに……。
 ◆比嘉真琴:野崎の現・恋人なのか? 職業はキャバ嬢らしいが(キャバシーンは一切ナシ。普段何してるのかちゃんと描写してほしかった)、沖縄のシャーマン的な一家の出身で、霊感バリバリなパンク女子。真言を唱えていたので仏教系術者か? メイクはアレだけど相当可愛い。秀樹→津田→野崎と依頼されて、最初に「アレ」と対峙するが……。演じたのは小松奈菜ちゃん。今までの可愛らしい顔を封印した、気合の演技だったと思う。素晴らしい!
 ◆比嘉琴子:真琴の姉で、超絶パワーの持ち主として、裏では知られた人物らしい。警察さえも動かせる権力を持っている。姉は神道系術者か? 儀式は仏教系と神道系が両方タッグ?で行われていて、あの描写は非常に興味深かったです。きっとこのお姉さまは政治家とかのスピリチュアル顧問のようなことしてるんでしょうな。真琴では手に負えない「アレ」を祓うため、一人術者を派遣したのちに満を持して登場する。演じたのは松たか子様。いやあ、たか子様の演技は相変わらず完璧ですなあ……しかし、演出に問題があるのか、完全にもう、笑わせに来てるというか、極端すぎて漫画のようになってしまったのがとても残念。この演出によって、わたしは「怖さ」をまったく感じなくなったわけで、たか子様の演技が完璧だっただけに、陳腐な漫画的演出は全くの無用だったとわたしは感じた。笑わせたかったのなら、成功だけど。
 ◆逢坂セツ子:真琴では手に負えず、琴子お姉ちゃんが最初に派遣した霊能者。演じたのは柴田理恵さん。どう見ても柴田さんなんだけど、今までにこんな柴田さんは見たことのないような、強力に雰囲気バリバリな霊能者で、素晴らしく超熱演だったと思う。一切笑わない柴田さんは初めて見た。
 とまあ、こんな感じであった。最後に監督について短くまとめて終わりにしよう。
 本作の監督は、中島哲也氏だ。わたしは中島監督の作品をいくつか観ているが(全部は観てない)、まあ、特徴的な画を撮る監督としてもお馴染みだろうし、物語的にも、かなりイヤな人間が多く登場することでもお馴染みだろう。ただ、今までの作品は、クソ野郎であっても、きちんと観客として共感できる面を持つキャラクターが主人公だったと思う(大抵女性が主人公なので野郎ではないけど)。しかし、今回は……まあ、主人公が誰かというのはもう観た人が決めればいいことだし、複数いる場合だってあるので、別に主人公にこだわるつもりはないのだが……とにかく、観せられたのは、薄汚れた人間が謎の「アレ」に狙われ、まともな部外者が一生懸命助けようとする話で、どうにも共感しようがなかった、というのがわたしの抱いた感想だ。しかも「アレ」については一切説明ナシ、であった。妙な時間経過もどうも意味不明というか……その間なんで平気だったのか、どうして急にまた怪異が起き始めたのか、など、まったく触れられずである。
 これはひょっとすると、わたしが世界で最も好きな小説家であるStephen King大先生的な物語を狙っているのかもしれないし、実は原作小説はそれがうまくいっていて超面白いのかもしれない。けれど、この映画だけでは、それが見事に決まったかというと、全然そうは思えなかった。むしろ、これってコメディなの? としか思えず、かといって全く笑えず、怖くもなく、なんだかなあ……というのがわたしの結論である。ただし、何度でも言いますが、役者陣の熱演はとても素晴らしかったのは間違いない。その点では、観た甲斐はあったと思います。
 あ、あと、どうでもいいけど、エンドクレジットはアレでいいのかなあ(今回は2~3秒で全面書き換わっちゃうものだった)……わたしは結構、エンドクレジットで、なんていう役者だったんだろうか、とか真面目にチェックするのだが……あのエンドクレジットでは全く目が追いつかず、であった。わたしはエンドクレジットに関しては、興味のない人はさっさと席を立ってもOKだと思ってるけど、実は柴田理恵さんの演じた役は、柴田さんだろうと観ながらわかっていたものの、あまりにTVなどでお馴染みの柴田さんとはかけ離れていたので、クレジットで確かめたかったのだが……それに、野崎の元カノを演じた方や、秀樹の会社の女を演じた方など。確かめようもなかったのも残念。誰だったんだろうか。ああいう不親切なクレジットは、好意的にはなれないすなあ……。あれって中島監督作品はいつもそうなんだっけ?

 というわけで、もう書いておきたいことがないので結論。
 予告を観て、おっと、これは面白そうだぞ、と思って観に行った映画『来る』。確かに役者陣は素晴らしく、その演技合戦は極めてハイクオリティではあった、が、脚本と演出なのかなあ……まず第一に、全く怖くない。それは「アレ」の説明が一切ないからなのか、それとも過剰な演出が漫画的であったからなのか、各エピソードが散らかっていて中途半端だからなのか、もはやよくわからないけれど、結果として、なんかよくわからねえ、という感想を抱くに至ったのである。まあ、とにかく第1の語り手である秀樹のクソ野郎ぶりがホントに気持ち悪かったすね。そしてわたしにそう思わせた妻夫木くんの演技は、抜群だったってことでしょうな。そして初めて黒木華ちゃんをエロいと感じました。お見事だったすね。岡田くんも実にカッコ良かったし、松たか子様の余裕の演技ぶりは大変満足です。が、演出と脚本が……漫画みたい&説明不足で残念す。以上。

↓ 原作を読めってことかもな……ちょっとチェックしときますわ。

 おとといの月曜日の夜に、『母と暮らせば』を観て大いに感動したわたしは、昨日はずっと、黒木華ちゃんの天然昭和フェイスに頭の中が占領されていたわけです。
 なので、昨日はさっさと帰って、WOWOWで録画したはずの『小さいおうち』を観よう、と思い、いざHDDの発掘作業をしてみたわけです。
 確かに録ったはず。それはたぶん間違いない。ので、まずはデッキのHDDから手を付けた。しかし、2TBの容量なのにあともう100GBぐらいしか残ってないことからも明らかなように、録っただけで観ていない映画がごっそり詰まっていて、30ページぐらいスクロールしてみないと一体どこにあるのかすらわからない状態であった。
 しかし、全ページチェックしても、ない。おかしい。次に、USB接続しているHDDは、3TBの容量で、こちらにも録画した映画を結構移してあるので、最初からせっせと探してみるも、やっぱりない。あれえ!? 嘘だろ、消しちゃったのか?  バカバカ!! オレのバカ!! というわけで、あきらめて、WOWOWのWebサイトで、次に放送があるのはいつなんだろう、つーか、また放送してくれるかしらん? と調べてみたら、来月、1回だけ放送されるようなので、とりあえず自宅PCのディスプレイに、「1/16:WOWOW:小さいおうち」と付箋を貼って、Googleカレンダーにも、予定を書き込んでみた。
 そこで、ふと、未整理の、Blu-ray DISKの山が目に入ったので、ひょっとしたら、BD-REに焼いたんだっけ? という気がしてきたので、中身のインデックスを書いていないDISKを片っ端からPCのドライブに突っ込んで、中身をチェックしてみた。わたしはたいてい、50GBのRE-DLに焼くので、それぞれのDISKは10本ぐらいは映画が入っている。そのDISKの山を、この際だから何が入っているか、ちゃんと書いておこうと、メモを取り始め、ああ、このDISKにはこんなの入ってら、あ、これ、観てないな、とか、延々と作業をしていたら、9枚目のDISK に、『小さいおうち』が入っているのを発見した。良かったー、消してなかった。さすがオレ、抜かりないぜ。と、60分ほどの作業を要したことを棚に上げて思うわたしは、もう、本当にダメな男だと思いました。
 というわけで、山田洋次監督作品『小さいおうち』を、今さらながら昨日初めて観たわけである。

 結論から言うと、やっぱり素晴らしい作品であった。物語・脚本・演出・そして役者陣の芝居ぶり。ほぼパーフェクトと言っていいような気がする。そして、この作品でもやはり、黒木華ちゃんの天然昭和フェイスは非常に美しく、そして可愛らしく、大変わたしとしては満足のいく作品であった。ヤバイ。どんどん華ちゃんが好きになってきたんですけど、どうしたらいいのでしょうか。
 物語は、詳しくはWikipediaの方を参照していただくとして、どうやら中島京子先生が直木賞を受賞した原作小説と、今回の映画版では、微妙に物語が違うようだ。
小さいおうち (文春文庫)
中島 京子
文藝春秋
2012-12-04

 わたしは残念ながら原作を読んでいないので、以下、あくまでも映画版の物語限定で記します。
 映画では、現代の平成の世と、戦前・戦中の昭和10年代とが入れ替わりながら物語は進む。冒頭は、とある老女のお葬式。その遺品整理中に、遺族の若者が老女の自叙伝を見つける。それは、自分が自叙伝でも書いたら? と勧めていたもので、映画はその自叙伝で描かれる昭和初期と、自叙伝執筆中の老女の生前の姿と、亡くなって以降と3つの時制で語られる。
 昭和10年代。タキは山形から住み込みの女中奉公のために東京へやって来て、とある小説家の娘が嫁いだ先の平井家に奉公することになる。平井家は比較的裕福で、新築したばかりの、赤い瓦屋根が可愛らしい小さなおうちに住んでいた。奥さん、時子は美しく聡明な女性で、タキを「タキちゃん」と呼び妹のようにかわいがってくれた素敵な奥さんだった。旦那はおもちゃ会社の常務で毎日を忙しく過ごしており、決して悪い奴ではないけれど、まあ昭和初期の男なので、家庭にはあまり興味がない。また、子どもも一人いて、小児まひにかかってしまうけれど、タキの懸命な看護で小学校に上がる頃にはすっかり元気ないい子に育っていた。
 そのような、いわば「家政婦は見た」的な平井家の生活が、平和に、そして楽しく過ぎていく。そしてある正月、旦那の会社に入社した、美大出身のデザイナー(?)が挨拶にやって来て、時子奥さまとそのデザイナーが出会い、次第にお互い魅かれて行き……というお話。

 やはり、この映画でも役者陣の芝居は本当に素晴らしい。
 筆頭に挙げたいのは、この作品では華ちゃんでなく、はやり時子奥さまを演じた松たか子ちゃんであろう。この人は本当に上手ですな。演技にかけては、現役最強と言っていいような気さえする。もちろん、エルサですっかりおなじみになったように、歌も、ミュージカルで鍛えた実力派だ。わたしは20年ぐらい前に、松たか子ちゃんが歌手としてCDを出し始めたころから彼女の声がすごく好きで、CDも持っていたほどだったのだが、歌はうまいけど、顔は微妙かな……と大変失礼なことを思っていた。のだが、どういうわけか、これまた10年ぐらい前、たぶん、山田洋次監督の『隠し剣、鬼の爪』を観て以来だと思うが、あれっ!? 松たか子って、こんな人だっけ? ちょっと可愛いんじゃね? つーかすげえ可愛いじゃんか!! と急に彼女の可愛さに目覚めた謎の過去がある。今ではすっかり大ファンなのだが、今回の時子奥さまの品のある所作や悩める表情、そしてタキちゃんにぶつける激情など、完璧だと言っていいほどお見事であった。
 そして、もちろん、本作でも華ちゃんこと黒木華さんはおそろしく可憐で、おそらくは日本全国の男全員が、タキちゃんに惚れることは確実であろうと思われる見事な芝居であった。いやあ、ホントにいい。今回の華ちゃんは、女中さんなので基本的に常にうつむき加減なのだが、時に見せる笑顔が最上級に素朴かつ魅力的である。また時に涙を流す姿は、誰しもが、どうしたの、大丈夫か? と思わず肩を抱きしめたくなるような、放っておけないオーラが放出されており、もうわたしは一緒に泣くしかない有様であった。
 まあ、これ以上書くと、我ながらキモイのでやめておきますが、この松たか子ちゃんと黒木華ちゃんの素晴らしい演技を劇場に観に行かなかった、そしてあまつさえ録画しておいたにもかかわらずさっさと見なかったわたしは、オレは本当に観る目がねえなあ、と絶望的な気持ちになりました。まったくもって映画オタを名乗る資格なしである。情けない。
 そのほかの役者陣に関しては、平成部分の老いたタキを演じた倍賞千恵子さんと、タキの妹の孫にあたる若者を演じた妻夫木聡くんの二人が素晴らしかったことを付け加えておこう。長年、寅さんの妹さくらを演じてきた倍賞さんは、山田洋次監督の信頼厚い役者さんだろうと思うが、やっぱり上手なのは間違いなく、非常に良かった。すっかりおばあちゃんとなった、かつての可憐なタキちゃんが、長年抱えてきた秘密。その想いから、長く生き過ぎたと涙を流す姿は、猛烈にわたしのハートを揺さぶるものだった。そして、平成の若者らしく調子のいい青年を演じた妻夫木くんも、何気におばちゃん思いのイイ奴で、悪くない。非常に良かったと思います。

 しかし、改めて思うのは、やはり山田洋次監督は、日本が誇る名監督である、という事実である。もちろん、そんなことは知ってるよ、お前が知らなかっただけだろうが!! と年配映画ファンに怒られてしまうのは確実だと思うが、一体、この事実は、どうしたら現代の若者に伝わるのだろうか? おそらくは、20代や30代の若者は、まったく山田洋次監督の作品に興味はなかろうと思うし、実際、興行はシニア中心である。もっともっと、若い人に見てもらいたいのだが……おととい観に行った『母と暮らせば』のように、若者を呼べるキャストを使っていくのが一番手っ取り早いのかな……。昨日も書いた通り、『母と暮らせば』には、おそらくは二宮くん目当ての若い女性客が結構入っていた。この『小さなおうち』の、時子奥さまと魅かれあうデザイナーが、吉岡秀隆ではなく、もっとイケメンだったらなあ……と思ってしまったわたしは、実は……ファンの方には大変申し訳ないのだが……吉岡くんがあまり好きではないのです。サーセン。まあ、とにかく、若者層が劇場へ来るようなキャストで、次回作を撮っていただきたい。と思うのだが、実はもう、山田監督の次回作は既に完成しちゃってるんだよな……↓これ。2016年3月公開『家族はつらいよ』。

 わたしはもう、心を入れ替えて、今後の山田洋次監督の作品は、ちゃんと劇場へ観に行くことにするが、はたしてこの『家族はつらいよ』が、若者に届くかどうか……難しいだろうなあ……もう、ずっと二宮くんを起用すればいいのに……!!
 
 というわけで、結論。
 『小さいおうち』は2014年の作品なので、ちょっと前の作品だが、もし観ていない人は是非、今からでも観てほしい。極めて上質な役者陣の芝居に没入していただきたいと思います。松たか子ちゃん、黒木華ちゃんがとにかく最高です。なお、松たか子ちゃん演ずる時子奥さまの旦那は片岡幸太郎氏が演じておりますので、歌舞伎ファンも是非!! 以上。

↓ この映画での松たか子ちゃんは、超可憐でけなげな女中さん。最強に可愛い方言遣い。この映画で惚れた。 ヤバいな……また観たくなってきた。今日もさっさと帰って、久しぶりに観るか……。
隠し剣 鬼の爪 [Blu-ray]
永瀬 正敏
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2010-12-23

 松たか子さん主演で映画化もされた『告白』という小説がある。とある 中学の先生が、殺された娘の復讐を遂げる壮絶なお話である。基本的に、章ごとに話者が変わり、一人称で語られるスタイルで、これを映像化するのはちょっとしんどそうだな、と思っていたら、映画も実に見事なスーパー大傑作で、また松たか子さんの演技も大変素晴らしく、興行的にも大ヒットとなった作品である。
 
  当然わたしも小説は発売当時に読んでいたし、映画も観た。そして唸った。よくもまあ、こんなにも人間を嫌なものと書けるもんだなー、この作家はすごい、と。『告白』という作品においては、当然復讐を遂げようとする主人公も基本的に悪人だし、加害者であるガキも悪党、その母親もイカれてる、そして、これは原作小説よりも映画のほうがより顕著なのだが、とにかくクラス全員のガキどもが、とんでもないクソガキどもで、まあコイツら全員死んだら最高だな、と思いながら映画を観た。とにかく本当にキモチワルイぐらいにいやーーーな奴らばっかりだった。ので、これは非常に見事な大傑作だけど、ちょっと一般ウケしねえのでは? と心配なぐらいだったのだが、どうやら世の中はそういうショッキングで刺激の強い映画がお好きなようで、38.5億という、おそらくは誰も予想しなかった大ヒットとなった。まったくどうでもいいが、橋本愛ちゃんはこの時の委員長役が絶頂期じゃねえかな、とわたしは思っている。今は……ちょっと……ええ、結構です。

 で。もはや説明の必要もないと思うが、この『告白』でデビューした作家が、湊かなえ先生である。その後、わたしはたぶん、湊かなえ先生の作品は、文庫化された作品ならすべて読んでいる。が、残念ながら最近ちょっと飽きてきた。なぜなら、どの作品も非常に面白い作品であることは間違いなく、確実に超一流の小説家であるとわたしは思うのだが、同様に、毎作品、ひじょーーに、いやーーーな奴ばっかりなんだよね、登場人物が。
 世には「イヤミス」という言葉があるらしいがご存じだろうか? 「読んで嫌な気持ちになるミステリー」のことなのだが、湊かなえ先生の作品を称して良く使われる言葉でもある。湊かなえ先生の名誉のために言っておくが、作品自体、わたしは非常にハイレベルの見事な作品ばかりだと思う。だけど……オレ……いやーーな話を読むのはもう……ちょっと疲れちゃった。きっちりとラストはすっきりしますよ、ええ、そう意味ではきっちりカタルシスを味わえます。それは確かです。なので、小説としての完成度は非常に高いと断言してもいいと思います。だけど、ホントサーセン。疲れちゃったんだ……そういう人間の嫌な面を直視するのは。

 という感じのわたしなのだが、湊先生の作品は発売されれば必ず書店店頭で大きく展開され、文庫化された際は必ずベストセラーランキングに登場する。そして、今度は大丈夫かな……なんて思わず手に取ってしまい、ふと気が付いたらレジでお金を払っている。なんなのオレ。というわけで、先月、文庫で発売された『境遇』も、うっかり買って読んでしまったわたしである。(※なお、元々のハードカバー単行本は2011年10月に刊行されているので、結構前の作品です)
境遇 (双葉文庫)
湊 かなえ
双葉社
2015-10-15

 この作品は、あとがきにも詳しく書いてあるが、TVドラマありきの作品だそうで、朝日放送のプロデューサーが湊先生に惚れこんで執筆を依頼し、一緒にストーリーを話し合いながら書き下ろしてもらった作品らしく、ドラマも同時に作られ、朝日放送(関東人の我々的にはテレ朝)で放送されたものだそうだ。そういえば、湊かなえ作品初TVドラマ化、みたいな話題になっていたような気もするが、残念ながら文庫でしか買う気のないわたしは、単行本は読んでいないしTVドラマ版も観ていない。全然ドラマのことなど意識せずに読んで、さっきあとがきを読んで初めて、へえ、と思ったわけである。
 が、読み終わり、あとがきを読んだ今、ちょっとだけ、なるほどと思う事があった。それは、湊先生にしては、ぜんぜん「イヤミス」度が低いのだ。ミステリーとしての謎も、正直最初の方でほぼ見抜けたし、イヤな奴具合も非常に薄い。それから、残念ながら、すべての伏線回収もされていないような気もする。大変失礼ながら、このぐらいの密度でないと、2時間ドラマには無理か、なんて妙な納得をしてしまったわけである。

 今回も、湊かなえ先生の作法にのっとり、基本的に一人称の語りである。一人称という小説は、当然のことながら自分以外の心情はわからないわけで、自分の視線だけしか描写されない。なので、キャラクター同士の思っていることはすれ違う。ある場合には、平気で自分にうそをつくことだってあるので、読者としては、書いてあることを鵜呑みにはできない。そこがまたポイントである。なお、大傑作『告白』も、一人称であるがゆえに、モブキャラであるクラスのクソガキどもは、小説版ではあまり描写されないが、映画版ではきっちりモブキャラどもも描かれているので、たぶんその点で映画版の方がクラスのクソガキ度がぐんとアップしているんだと思う。
 で、本作がどんな物語か簡単に説明しよう。今回、主人公は二人いて、どちらも親の顔を知らない、児童養護施設に引き取られた女性である。一方はすぐに養子となって養父母に愛され、幸せな青春を送り、県会議員の妻となった女性だ。彼女は、うっかり趣味で描いていた絵本を、後援会のイヤなおばちゃんに児童文学賞みたいなのに勝手に応募されてしまい、賞を受賞し、一躍時の人となってしまう。で、もう一方は、高校卒業まで施設で育ち、努力の後に新聞社へ入社し、男運が薄いながらも、決して不幸ではなく頑張って生きてきた女性だ。この二人は学生時代に知り合い、親友になる。そしてある日、絵本の女性の大切な息子が、姿を消し、脅迫状が送られてくる……というものだ。
 鍵となるのは、「果たしてこの二人が親友となったのは、お互いの境遇が似ていたからなのか?」という点である。二人の境遇は、お互いが捨てられた子供であること以外は、実際まるで違うわけで、上記のどちらの女性が思うにしても、若干ゆがんだ想い、と言えそうである。絵本の女性がそう思うとしたら、それはやや自虐的であろうし、新聞社の女性がそう思うとしたら、それはややひがみ混じりであろう。つまり、無意識にお互いの上下関係? 幸せ比べ? みたいなものを前提としているわけで、「あなたはいいわね、幸せで」「ごめんね、わたしだけ幸せで」というある種の人間の醜さというか、誰しも当たり前に抱いてしまう心のやましさを描いているとも言えると思う。まあ、そこがまさに今回の湊かなえ節炸裂ポイントなのであろう。
 なので、結末はなんとなく、今までの湊かなえ先生の作品にあるような、解消不能な憎しみの連鎖はなく、結構美しくまとまっているので、正直わたしとしては、あれっ!? これで終わり!? と若干拍子抜けしたというのが正直な感想だ。先にも書いた通り、ミステリー部分もあっさりしているし。今までの作品が、背脂ギトギトこってりとんこつラーメンだとしたら、今回の作品はバーミヤンの醤油ラーメンぐらい違う(?)とわたしは思った。まあ、わたしはバーミヤン大好きですけどね。

 というわけで、結論。
 湊かなえ先生の『境遇』は、従来比で若干薄口である。読了タイム2時間チョイで行けたことも、それを表していると思う。が、だからと言ってつまらないかというと、まったくそんなことはなく、きっちり面白い作品でありましたとさ。

↓ 一番強力にイヤな奴ばっかり出てくる作品は……どうだろう、コイツかなあ……? そうでもないか……? やっぱり『告白』かなあ……。あえて言うなら映画版『告白』かな。

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