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 今日の東京は台風一過、フェーン現象で相当暑いのだが、そんな連休最終日、わたしは朝イチAM0600に家を出て、チラッと会社に寄って気になっていた仕事を80分で済ませ、すぐに上野へ向かい、東京都美術館へ推参した。会社を出たのがAM0820頃で、こりゃあいくらなんでも早い、ま、公園で本でも読むか、ぐらいの気持ちで、まだ人気の少ない上野公園にAM0845頃に到着したところ、既に東京都美術館の前には11名の人が並んでいたので、ま、日陰だし、並んで本読んで待ってよっと、と決めて列に並んだ。
 本を読んでいると、本当に時間の流れを意識することがなく、わたしとしては結構あっという間に、実際のところ30分以上たっていたわけだが、正式な会場時間より早く、0920には敷地内に入れてくれて、定刻ちょっと前にいざ鑑賞と相成った。
 というわけで、今日、わたしが観てきたのは、これであります。
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 展示のタイトルとしてはちょっと長い。『ボストン美術館の至宝展――東西の名品、珠玉のコレクション』である。ボストン美術館といえば、我々日本人的には、浮世絵を多数収蔵していることでもおなじみの美術館だが、今回のメインは、上記のチケットに印刷されている通り、Vincent van Gogh氏の『ルーラン夫妻』と、英一蝶(はなぶさ いっちょう)氏の『涅槃図』であろうと思う。
 というわけで、順にみていくと、最初は古代エジプトの遺物から始まって、中国美術なんかも来ていた。しかし、毎回思うけれど、エジプトのいわゆるヒエログリフを読めるようになったらカッコイイよなあ……ちょっと真面目に勉強したい、といつも思うのだがどうやって勉強すればいいんだろうか……。あ、すげえ、Unicodeはヒエログリフに対応してるんだ。へえ~。なんか夢がありますなあ。
 で。それらを抜けると、日本美術コーナーに移る。そして、かなりいきなり、ズドーンと現れるのが、今日のメインの一つである、英一蝶氏(1652-1724)の『涅槃図』だ。デカい! そして色鮮やか! そのサイズは縦2.9m×横1.7mだそうで、表具を含めると4.8m×2.3mになるそうだ。すげえ! とわたしも大興奮である。1713年の制作だそうだ。えーと、つまり304年前の作品ってことになる。それを、1886年にErnest Fenollosa氏が日本来日中に購入し、ボストンに持ち帰ったんですって。だけど、デカいし劣化が進んでしまって、この25年は公開できずにいたところ、今回の展示にあたって170年ぶりに本格的な解体修理が行われたんだそうだ。その模様は、今回ビデオで紹介されてました。まあ、とにかく一見の価値ありですよ。
 で、わたしが今回気に入った作品としては、この日本美術ゾーンに展示してあった、この作品を紹介しておきたい。ポストカードを買ってスキャンしてみた。
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 これは、酒井抱一氏(1761-1829)の作品である。どうも制作年代ははっきりしていないようだが、18世紀の作品であることは間違いないようだ。花魁を描いた、実に趣ある作品で、わたしは大変気に入った。この作品の隣には、喜多川歌麿氏(1753-1806)による美人画も展示されていて、そちらも実に色気のある作品なのだが、わたしとしては今回は抱一氏の作品の方にやけにグッと来た。
 わたしは以前、抱一氏について色々調べたことがあるのだが、このお方はその名の通り、徳川家最古参の譜代である酒井家の出身で、姫路酒井家の御曹司なんだよね。スーパー金持ちのお坊ちゃんだったはずで、そうだ、兄貴は姫路藩主だったかな、とにかく、名門の出なんすよ。だけど、酒井家が「雅楽頭家(うたのかみけ)」と呼ばれる通り、アートに理解のある家で、おまけに金持ちで遊郭通いとかもしてたようで、相当なヤンチャ小僧だったのではないかとわたしはにらんでいる。その後、兄の死去とともに出家したり、そして尾形光琳私淑して、「琳派ヤバい!すげえ!」と盛り上がって光琳100回忌を開催して、江戸琳派の創始者なんてWikiには記されている。要するに、抱一氏は、200年前に生きていたアート大好き野郎だったみたいなんすよ。なんかすごい面白いと思って、わたしは非常に興味を持ったのだが、今回展示されていた花魁の作品は、非常に色のセンスのいい、大変な傑作だとわたしは思った。この緑と赤、本物はもっと鮮やかというか深みもあって、とてもきれいでした。なんか、マジでほしい! いくら出せば買えるのだろうか……。
 で。後半はフランス絵画とアメリカ絵画、そして現代ポップアート、という構成になっていた。今回のメインであるGogh氏の「ルーラン夫妻」は有名ですな。特に、旦那さんの方の『郵便配達人ジョセフ・ルーラン』の方は、まったく同じ(に近い)構図で、ルーラン氏を描いた作品が6点あるのかな、わたしもたぶん何度も観たことがあるモデルのおじさんですな。彼はGogh氏の友達、といっていいんだろうね。そしてその奥さんであるルーラン夫人も、やっぱり何点もあって、4点かな、存在している。今回、この「ルーラン夫妻」がそろって同時展示されるのは日本で始めてらしいです。そして、ルーラン氏の方は6点あるうちの一番古い作品が今回来日しているみたい。まあ、相変わらずのGogh氏の強烈な色と筆遣いがすごいパワーを放ってますな。すごいオーラですよ。
 最後に、今回の展示でわたしが気に入った、アメリカ20世紀初頭の作品を紹介して終わりにしよう。こちらも、買ったポストカードをスキャンしてみた。
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 どうすか。いい表情すねえ! 母娘だそうで、母の表情はなんとなく、ハリウッド美女のElle Fanningちゃんに似てませんか? そして娘も可愛いですなあ! この作品は、John Singer Sargent氏(1856-1925)による、『フィクス・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル』という作品だ。1903年の制作だそうで、えーと、つまり明治36年かな。夏目漱石氏が『猫』でデビューしたのが明治38年だから、まあ、要するにそんな時代ですな。娘の着るちょっと強めのピンク、そしてお母さんの着る淡いピンク。これはとてもイイ! 展示の解説によると、最初、お母さんは「わたしは緑の服が好きなの」と言って緑の服を着ようとしたところを、Sargent氏が、「いやいやいや、奥さま、ここはピンクにしましょうよ!」とお願いして着替えてもらったんですって。その現場はどうんな感じだったんでしょうなあ……和やかな雰囲気だったのか、ちょっと張りつめていたのか。まあ、奥さまのこの表情を観る限り、平和に衣装チェンジしてくれたと思うことにしたい。

 というわけで、さっさと結論。
 連休最終日、上野の東京都美術館で開催されている『ボストン美術館の至宝展――東西の名品、珠玉のコレクション』を観に行ったわたしであるが、確かに、その作品はすべて「至宝」と呼ぶべき作品たちだったと思う。全部で80点かな、展示されていたのは。まあ、1時間ほどで観ることはできると思うが、わたしが帰る頃は結構行列ができてましたな。ま、やっぱり美術展は朝イチに限りますな。まったくノーストレスで気持ちよく観ることが出来た。会期はもうあと3週間で終わってしまうので、ご興味ある方はお早めに! 以上。

↓ こういうので、ちゃんと勉強した方がいいかもなあ……わたしの知識はテキトーすぎるので。

↓そしてヒエログリフも勉強してみたい!
古代エジプト文字ヒエログリフ入門
ステファヌ・ロッシーニ
河出書房新社
2015-05-21

 そういえば、そろそろ行かねえと終わっちまう……と昨日の夜、ふと気が付いたので、今日は朝から上野へ行ってきた。目的はこれ↓。上野の東京都美術館にて絶賛開催中の『ゴッホとゴーギャン展』である。
Goch_tiket
 まあとにかく、昨今の絵画展はビックネームの場合はもう確実に混雑は必至であり、わたしは大抵朝イチに行くわけだが、今日は9時半開場ということで、9時10分ぐらいに現地到着を目標に家を出た。実際に上野の森美術館に着いたのは9時09分だったが、既に80人ぐらいかなあ、100人まではいかないかな、ぐらいの方々が、寒空の中、列を作っていた。しかし今日は9時20分に開場してくれ、館内へ移動し、それからもうすぐ会場入りすることができたので、寒さに打ち震える時間はごくわずかで済んだ。お気遣いあざっす。そしていざ入場した館内の混雑具合は大したことがなく、十分堪能できたと言えるだろう。
 以前、このBlogにも書いた通り、わたしが好きな三大画家はゴッホ・ターナー・マグリットである。なので、ゴッホ展となればわたしは迷わず会場へ足を運ぶわけだが、今回来日した作品は、主にオランダのゴッホ美術館からやってきた作品がメインで、風景・静物・人物と基本は揃っていた。が、正直、ちょっと地味かな、という印象である。去年、NYにて観たMetropolotan-Museumの常設の方が質・量ともに圧倒的に勝っているのは、まあ当たり前かもしれないが、しかしホントに、METはすげえなあと思う。METに行くためだけにでも、またNYに行きたい……。そして今回の企画は、あくまで『ゴッホとゴーギャン展』なので、もちろんのことながらゴーギャンの作品も多いのだが、いわゆるタヒチものは少なく、ゴーギャンの作品もやや地味、であったように感じた。また、比較的わたしが知っていることが多く、えっ、そうなんだ!? 的な驚きのようなもの少なく、実にスッと観終ってしまったような気がする。ただし、会場はご存じのとおり3層になっている東京都美術館なので(エスカレーターで2回、上階に登る)、点数は多く、見ごたえはあったことは間違いない。
 実は……どうも書くことがないんすよね……。いまさらゴッホとゴーギャンのアルルでの生活を長々と書いても仕方ないしなあ……。
 というわけで、今日、わたしが一番気に入った作品を紹介してお茶を濁そう。
 今日の展覧会の中で、わたしが一番気に入った作品のポストカードを買ってきたので、スキャン画像を貼ってみよう。これです↓。実物の作品の大きさは、かなり小さくて24cm×19cmだって。B5サイズ=25.8cm×18.2cmだから、まさにB5判ってとこすね。
Armond_Gogh
 これは、「Blossoming Almond Branch in a Glass」という作品で、アーモンドの花、なんですって。わたしは、この作品を一目見て、「あれっ!? なんかやけに日本ぽいな!?」と思った。わたしのゴッホ知識では、確かにアーモンドの小枝がグラスに生けてある作品があることは、画集か何かで観て、おぼろげに記憶にあったのだが、こんな絵だったっけ?と思った。てゆうか、わたしはこの絵を見て、「桜」の小枝かと思った。だから日本っぽい、と感じたのかもしれない。
 この絵のことが妙に気になったので、さっき帰って来てから調べてみると、おお、これこれ、これとオレは勘違いしたんだ、という作品が見つかったので紹介しておこう。
Blossoming-Almond-Branch-in-a-Glass-with-a-Book
 ↑ これっす。Wikiによれば、この二つの作品はいずれも1888年の作品で、別に創作時期が違うってわけではないみたい。なのに、これほど作風が違うって、面白いと思いませんか?
 実は、なぜこれほどタッチが違うのか、今日の展示にはヒントというか答えが書いてあって、わたしが「やけに日本っぽい」と感じた理由がズバリ書いてあった。というのも、ゴッホは日本の浮世絵が大好きだったわけですよ。有名ですわな。いわゆる「ジャポニスム」ってやつですが、今日わたしが観たアーモンドの作品は、ゴッホが浮世絵をイメージして描き上げたものなんですって。そう聞くと、すごい腑に落ちませんか? わたしは、ああ、なーるへそ、と妙に納得である。 
 ちなみに、下の、いかにもゴッホらしいタッチの作品は、誰かの個人が所有している作品だそうで、ああ、ホント、こんな作品を家に飾れたら、最高でしょうなあ。いつか本物を、自分のものにしてみたいすねえ。金の問題じゃないんだろうなあ、こういう作品を所有するというのは。でも、金を出せば買えるなら、いつかその野望をかなえてみたいと、あきらめないで、日々頑張って生きていきたいものですな。
 わたしの生涯の野望は、ゴッホ・ターナー・マグリットという、わたしの大好きな三大画家の作品を家に飾ることなんですが、そうだなあ、15回ぐらい生まれ変わらないと無理かなあ。がんばろっと。

 ちなみに、現在上野では、今日わたしが行った東京都美術館の対角線(?)にある上野の森美術館において「デトロイト美術館展」が開催中である。そちらでも、ゴッホの作品がメインとして来日している。こちらは、なんと月曜日と火曜日限定で、展示作品の写真撮影が可能!!! と日本では珍しい展覧会となっているらしいので、わたしは今日一緒に観ちゃおうかと思ったけど、せっかくならやっぱり月曜か火曜に行こうと決め、今日は前を通るだけにしておきました。来週……は無理か、まあとにかく、近日中にそちらも行ってこようと思っています。

 というわけで、結論。
 上野の東京都美術館で開催中の『ゴッホとゴーギャン展』だが、もう始まってからだいぶ経ったし、朝イチだったので、超快適に観賞することができてよかった。帰りに入り口を通ったけど、それほど混んでいる様子はなかったすね。展示されている作品はもちろん素晴らしいけれど、若干地味かも。その中でわたしは「グラスに生けられたアーモンドの小枝」という作品が一番気に入りました。そして、早めに「デトロイト美術館展」も行こうと思います。以上。

↓ これの会場限定のホットチョコスプーンをお土産に買ってきたっす。うまそう!冬はホットチョコに限りますな!

 

 わたしはこう見えてかなり美術、とりわけ西洋絵画と日本の陶芸に大変興味があり、大学生の頃から足しげく美術館に通っている。上野はもちろん何度も何度も通っているし、わたしが大好きな美術館である目黒の東京都庭園美術館や、表参道の一番奥にある根津美術館には、当時バイク野郎だったわたしは何度も通って3時間ぐらいぼんやりしていたものだ。この二つの美術館は庭が広くて、当時はバイクを置く場所もあり、とても気持ちのいい場所だった。それから、東京駅から歩いてすぐのブリジストン美術館も、たぶん、わたしが思うに常設で持っている作品のクオリティが最も高い美術館として、何度も通ったものだが、つい先日、何も調べないでふらっと行ってみたら、なんと長期休館中だった。どうやらビルの建替えのようで、いつ再開するか不明らしい。まあ、生まれ変わって再開する日を待つしかなかろう。
 そんなわたしが愛する、絵画の三大作家と言えば、ゴッホ・ターナー・マグリットの3人で、それぞれ時代も国籍もばらばらである。ゴッホはご存知の通りポスト印象派の代表選手でオランダ人だし、ターナーはロマン主義を代表するイギリス人、そしてマグリットはシュールレアリスムを代表している、かは微妙かも知れないが、まあ有名なベルギー人だ。ゴッホは、いつでも新宿の東郷青児美術館に行けばかの『ひまわり』に会えるし、マグリットも、一応横浜美術館が持っている作品があるので、コレクション展で見ることができる(常設で常に見られるわけじゃない)。ターナーは、残念ながら国立西洋美術館に素描ぐらいしかないので、見たくなったらロンドンのナショナルギャラリーか、テート・ギャラリーに行くしかない。
 実はわたしが、この3人の作家を知ったきっかけは、小説や漫画に出てきたからである。
 ゴッホは、もちろんそれ以前からよく知ってはいたが、大学生のときに読んだColin Wilsonの『The Outsider』というものを読んでからより深く好きになったという経緯がある。↓この本。わたしが持っているのがこの集英社文庫版。とっくに絶版です。
アウトサイダー (集英社文庫)
コリン ウィルソン
集英社
1988-02

 Colin Wilsonは、小説家でもあるけど同時に思想家でもあり、この『The Outsider』はわたしの大学時代の哲学科の友達にもらったもので、これは……小説ではなくてまあ思想書ですな。1956年に発表され、当時の若者に非常に支持されたベストセラーだということは、その哲学科の友人に教えてもらって初めて知った。映画オタクのわたしは、Francis Ford Coppla監督の『The Outsiders』の原作か? と軽く勘違いしながらも、そういうことを教えてもらって、ふーん、と思って読んだことを良く覚えている。そして、確かにめっぽう面白かった。この本には、何人かの「アウトサイダー」と定義される局外者、何と言えばいいのかな、要するに社会に適合しない、その外側にいる人? というニュアンスかな、そういう人物について考察された本だけど、その中で、ゴッホがかなりのページ数を割いて論述されていて、それ以降、ゴッホがすごく好きになった。時折りしも時代はバブルであり、まさしく当時の安田火災が大金をはたいて『ひまわり』を購入し、自社所有の東郷青児美術館で公開した直後の頃の話である。あの頃は、わたしも10代の小僧でしたのう……。
 ターナーは、高校生の頃に出会った作家だが、きっかけは、夏目漱石の小説である。そもそも漱石の小説には、絵画について言及される部分がけっこうあるが、ターナーについて語るのは、『坊ちゃん』でのあの小憎らしい「赤シャツ」である。その部分を読んで、へーと思っていたら、ちょうど国立西洋美術館で「ターナー展」が開催され、確か学校帰りに観に行った覚えがある。これは1986年のことで、当時お金が全然なかったのに、奮発して図録を買った高校生当時のわたしを褒めてやりたい。今でもたまに眺めることがある、大切な一品だ。おととし2013年にも開催されたターナー展には、赤シャツが『坊ちゃん』の中で言及している絵も来ていて、ああ、漱石はこの絵を100年以上前のロンドン留学中に、今のオレみたいにボケーっと見てたんだなあ……と思うと非常に感慨深かった。↓この絵ね。
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 で、最後のマグリットだが、実はこの作家の作品を知ったのは漫画である。かの藤子不二雄先生の『魔太郎がくる!』の中でマグリットの絵が紹介され、それについて非常に印象深い話になっているのだ。たぶん、わたしが読んだのは小学生の頃だと思うが、わたしと同年代で、『魔太郎がくる!』という漫画を知っている人なら、絵画に興味がなくても、この絵を見たら、あれっ!? どっかで見たことがある!と思うのではなかろうか。↓これ。
magritte
 以来、ずっとこの絵の本物が見たいと思っていたが、たしかこれもわたしが大学生のときだったが、竹橋の国立近代美術館で大きな「マグリット展」が開催され、念願の対面を果たした思い出がある。本物はやっぱりすげえ!! と大興奮したものだ。もちろん、今年の春に新国立で開催されたマグリット展も喜び勇んで出かけたが、確か、↑の絵は来てなかったと思う。なお、わたしの人生の野望は、いつか、マグリットの本物を手に入れ、自分の部屋に飾ることだ。出来ないことじゃない! と、たまーに自分を叱咤しています。無理かなぁ……。

 というわけで、今日も相変わらず無駄に前置きが長くなったが、わたしの趣味はどうでもいいとして、おそらく、日本人に一番人気のある絵画は、いわゆる「印象派」の作品であろうという気がする。まあ、根拠は特にないのだが、やたらと印象派の作品展が多いような気がするし、なんとなく、これまた根拠はないけれど、日本人で一番ファンが多い画家と言えば、かのルノアールなのでは、と思う。いや、もちろん、喫茶店のルノアールじゃなくてPierre-Auguste Renoirのことですよ。そして、おそらくは、ルノアールと並んで人気のある印象派の作家と言えば、『睡蓮』シリーズでおなじみのモネだろう。非常に繊細かつ大胆な筆致と絶妙な色彩センスがすごいとわたしは思っているのだが、今日、久しぶりにその真髄に触れてきた。
 現在、上野の東京都美術館で開催中の『モネ展』は、いろいろ報道されている通り、非常に賑わっており、激混み必至である。基本的に、わたしは混みそうな絵画展に行くときは、必ず朝イチで行くようにしている。その様子を事前に調べ、ホントにヤバそうならば、開場の60分前には現場着ぐらいの勢いで出かけることが多いのだが、まあ今日は天気が悪いしね、と勝手に決めつけ、40分前に現場に到着したら、すでに結構な人だかりとなっていた。それでも、会場時にはわたしの後ろに5倍ぐらいかな、もっとかな? とにかくまあすごい多くの人々が並んでいたので、まあ許される範囲であろうと自己納得することにした。わたしが朝イチにこだわるのは、当然ながら邪魔されたくないからである。うおーーーー……と絵にひたっているのに、前をちょろちょろされたくないし、人の頭越しに絵を見たくもない。なので、なるべくベストな状態で見るには、もう朝イチに行くしかないからしょうがないのだ。そして、必ず事前にチケットは手に入れておくこと。開場して、チケットを買う、ではダメなんだよね。ま、気持ちの問題ですわ。今日は、わたしの前に100人はいなかったと思う。で、傘を傘立てに置く人(※長傘は館内に持ち込めません)やチケットを買う人、荷物をロッカーに入れる人などを置き去りにして、館内に入ったわたしの前にはたぶん3~40人ぐらいだったんじゃないかな。これなら十分OKラインだ。と、いうわけで、じっくり堪能させてもらった。
 わたしは、もちろんモネも好きだが、それほど執着はないのであまりに混んでいるならやめとくか、とは思ったのだが、今回の『モネ展』には、どうしても観ておくべき作品が来ている。それが↓これ。
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 1872年制作の「印象、日の出」という作品である。なんでも21年ぶりの東京での展示だそうで、90年代後半は、わたしはあまり絵画展に行っていないので、わたしは(たぶん)初めて観ることになった絵だ。この絵がどうして「観ておくべき」なのかというと、「印象派」という名前の元となった作品だからである。この作品をもって、印象派という流れができたわけだが、50cm×65cmなので、あまり大きな絵ではない。が、やっぱり本物のオーラはただ事ではないものがあって、この絵を前にしたわたしは、う…おぉ……といううめきのようなため息しか出ない。すげえ!! と大興奮である。なんでも、天文学者や数学者が集まって、この場所のこの位置に太陽が来るとすると……と計算したところ、この絵は1872年11月13日のAM7時25分から35分の間であろう、という結果が出たそうだ。へえ~。そこまで正確に計算しなくても、別に、えーっと、はい、大丈夫ですので。と思ったw
 また、今回の展示のライティングも非常に優れていて良かった。やっぱり、LEDってのは偉大な発明なんだろうなと思わざるを得ない。だいたい、絵画展では照明が非常に、いや極めて、つーか最も重要だと思う。なにしろ、色をちゃんと見るためには、当然太陽光の自然光で見るのがいいのかもしれないが、基本それはもう現代の美術展ではほぼあり得ない。だからライティングが最重要で、つい最近までは普通に蛍光灯、スポット白熱灯だったので、熱の問題もあるし、なにより色味が台無しになる恐れがあったのだが、偉大なるLEDはその問題をかなり容易にクリアできる可能性を秘めている。で、今回のこの<印象、日の出>のライティングは、非常に絶妙で、まるでバックライトで照らされたかのように明るく色が鮮やかだったのだ。上に貼った画像では本物の色を想像できないと思うよ。どうやら、わたしと同じ想いを抱いた人も多いようで、近くに立っている係員に「これ後ろから光当ててるんですか?」と聞くおじいちゃんもいた。登りつつある太陽は極めて強いオレンジで、まるで直接太陽を見たかのように目に焼き付くし、水色、緑も非常にヴィヴィットだった。ホント、お見事な展示でありました。わたしとしては、この企画に奔走したであろうと思われる学芸員の皆さんに賞賛の拍手を送りたい。

 が、しかし。ひとつだけ文句がある。なんで? なんでこの<印象、日の出>を通期公開しないのよ!? まあ、なんらかのやむを得ない事情があるんだろうけどさ、明日10/18までの限定公開ってホント意味ないと思うんだけど。わかんねえ。何でそんなことするんだろう。実際、最近の絵画展や博物展は、前期・後期で作品を分けて展示することが非常に多い。まあ、もちろんそれには、主催者としても断腸の思いがあるような、複雑な事情があることは想像に難くないが、もし、万一それが、リピーター獲得のため=動員を伸ばすため=儲けるため、とかだったら、マジふざけんなと言いたい。そんなことがないことを願います。

 というわけで、結論。
 やっぱりモネもすごかった。そして混雑振りもすごかった。わたしが帰るときはズラーーーーっと並んでいて、これで絵が見られるのかしらと他人事ながら心配なレベル。もうちょっと、早起きして来ればいいのに。
 いずれにせよ、絵画であれ、演劇であれ、コンサートでも何でもいいけど、とにかくやっぱり、生で観ることには大いなる意義がありますな。映画もそうだと思う。いくら大画面でも、劇場で観るべきだと思います。そしてそういう、生でないと本当の体験にはなりにくいんじゃなかろうか。そう思いませんか?


↓ この着物を着ている女性の絵も、モネです。ご存知の通りモネも浮世絵大好き作家です。ちなみに、この赤い着物を着た女性の絵は、タイトルが「ラ・ジャポネーゼ」というのだが、去年の世田谷美術館で開催された『華麗なるジャポニズム展』のメインとして来日し、展示されました。当然わたしも観に行ったのだが、これがまたすげえデカイ絵で、縦2m以上はあったんじゃないかな。その迫力に、うぉっ!! マジか!! とビビりました。非常に素晴らしい絵でしたよ。

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