年末に、山田洋次監督の『母と暮らせば』を観て、大いに感動し、その後、『小さいおうち』も観て、まったくもって今さらながら、やはり山田洋次監督はすげえなあ、と思ったわけであるが、同時に、わたしはすっかり黒木華ちゃんにぞっこんLOVEとなり、年末から現在に至るまで、華ちゃんの天然昭和フェイスが頭から離れないわけであります。だいたい、華ちゃんは1990年生まれのれっきとした平成生まれなのに、昭和顔ってなんなんだ、と思われる方も多かろうと思う。敢えて言おう。だが、それがいい。のである。
 で。どんどん華ちゃんが好きになったわたしとしては、当然ながらいろいろ調べさせてもらった。ほほう、大阪出身ね、ほほう、身長164cmね、ほほう、NODA・MAP出身ね、なるほどなるほど、タバコを吸うらしい? いいよ、全然OKだよ、などと、年末ごろのわたしは半ば変態じみた様子であったに違いない。そしてそんな時、華ちゃん主演の舞台演劇が年明けから始まるという情報を得た。……のだが、既にもうチケットは発売中で、わたしが気が付いた時はもう、あまりいい席はなかった。なので、どうしよう、せっかくの生のお姿を見られるチャンスなのだから、席はどこでもいいから行くか? と、かれこれ14日間ほど悩み、いや、やはり行くべきである!! とわたしの内なる叫びが聞こえたような気がするので、チケットを取得し、おととい観てきた。その舞台とは、『書く女』という作品である。
kakuonna
 ↑公演パンフの表紙ですが、どうですか。かわええ……そしてカッコイイ。
 物語は、パンフによれば日本最初の女性職業作家、樋口一葉の生涯を描くものである。しかし、わたしはこれほど樋口一葉のことを知らなかったのかと、若干愕然とし、また同時に情けなくも恥ずかしい思いをするに至ったのである。わたしの周りの人はご存知の通り、わたしは文学修士であり、それなりに勉強してきたつもりなのだが、国文学専攻ではないとはいえ、これほど無知とは、我ながら呆れてしまった。そんなことも知らなかったのか、と大変恥ずかしいのだが、わたしが樋口一葉という作家個人について初めて知ったことを以下にまとめると、大きなものは3つある。
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 ■本名について
 「樋口一葉」がペンネームであることは知っていたけれど、本名が「樋口夏子」ちゃんという可愛らしい名前であることすら知らなかった。なっちゃん……可愛いじゃないですか。どうでもいいけどわたしは、断然●●子という名に魅かれます。
 ■生涯について
 1872年(明治5年)生まれで、1896年(明治29年)に短い生涯を終えてしまったことも知らなかった。わずか24歳。死因は肺結核だそうだ。なんて気の毒な……。なお本舞台では、樋口一葉の『たけくらべ』を絶賛した森鴎外(=お医者さん。樋口一葉の10歳年上)が、腕利きのお医者さんを紹介してくれたことになってました。
 ■作家としての活動期
 一番わたしが驚いたのが、彼女のメジャー作品の大半は1894年12月から1896年2月までの14カ月間に集中して刊行されたものだそうで、その期間は「奇跡の14カ月」と言われているんだそうだ。マジか……全然知らなかった……。
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 おそらく、これらのことは国文学をちょっとでも勉強したことのある人には常識かもしれないけれど、わたしは何よりもあまりに若く亡くなり、そしてあまりに集中した作家生活だったことにかなり衝撃を受けた。
 で。今回の物語は、1891年(明治23年)、樋口夏子ちゃん(19歳)が入門してた歌塾「萩の舎」の内弟子生活から、新たな生活に踏み出そうとするあたりから始まる。この時既に、夏子ちゃんは父を亡くし、若干17歳で「戸主」になっている。つまり、一家の稼ぎ手であり、大きな義務と権限を持つ存在で、現代の世帯主なんかよりももっと重い。母と妹を養うのが義務であり、極めて重いプレッシャーを背負っている。本舞台では、そんな夏子ちゃんが「萩の舎」で出会った親友の伊藤夏子(この人も夏子、なので、この人は「いなつ」と呼ばれ、樋口夏子ちゃんは「ひなつ」と呼ばれる)と田邊龍子から、とある作家を紹介されるところから始まる。常にお金に困っていた樋口家は、「萩の舎」の内弟子としての給料ではとても妹の樋口くに、母の樋口たき、を養っていくことが出来ないため、「プロ小説家」になろうとしたわけだ。そしてその弟子入り先が、半井桃水(なからい とうすい)である。新聞記者でありながら、新聞小説も書いていた半井の元で、最初の修業を始めるのだが、ここでの経験が、どうやら決定的に樋口一葉を形作ったらしい。しかし、この半井という男は残念ながら若干のだめんず気質があり、第1幕は、イケメン半井に心惹かれながらも、半井の元を離れることを決意して、一人でバリバリ頑張るぞー! 行くぜ!! という威勢のいいところまでであった。
 ここまでの上演時間は1時間15分ぐらいだったと思う。そして15分ほどの休憩を経て、第2幕はとにかくお金に困っている樋口家が、夏子ちゃんの稼ぎだけではやっていけず、吉原の近くで荒物屋を開業したり、やっぱりそれではうるさくて集中できないので、店をたたんで引っ越したり、と執筆以外にもなにかと落ち着かない様子が描かれる。また、執筆の方は、「文学界」という雑誌に参加して経験を積んで、作家としての腕はどんどん上がっていく。そして亡くなる直前に出会った斎藤緑雨という小説家兼批評家との文学論争(?)が、おそらくはクライマックスだ。第2幕は上演時間1時間20分ほどだっただろうか。生の黒木華ちゃん体験はあっという間に終了を迎えてしまった。
 というわけで、以下、いろいろ思ったことを書いていこう。
 ■物語構成について
 ちょっとまず、うーむ? と思ったことは、なんとなく山場がないというか、比較的どんどんと話が進むので、盛り上がりが薄い。そういう意味では、劇的=ドラマチックではあまりない。運命の逆転のようなものもなく、いやあるんだけどごくあっさりしている。もちろんだからと言って面白くなかったかというとそんなことは全くなく、各役者の演技も確かで、もちろん、華ちゃんは抜群に良かった。
 ■黒木華ちゃんについて
 やっぱり、わたしは何度か書いているように、声フェチなんだと思う。華ちゃんの声が、わたしはどうも非常に好きなんだなと改めて感じた。今回は当然、ずっと和服、着物なわけだけど、所作もきっちり決まっていて、非常に美しかった。ちょっと笑わせるようなギャグシーンも、とても可愛らしい。やっばいな、マジ華ちゃんいいわ。
 ■競演陣について
 共演陣でわたしがこの人はいい、と思ったのが、やはり半井桃水を演じた平岳大氏と、樋口夏子ちゃんの妹、「樋口くに」を演じた朝倉あきさんだ。もう、平岳大氏は、平幹二郎の息子という看板は全く不要ですね。今回の舞台はたぶん、マイクナシの生声だったと思うのだが、岳大氏の声は明瞭に通るいい声だし、もちろんルックスもいいし、なにより堂々としていてカッコイイ。今回の芝居振りは非常に良かった。そういえば、NHK大河『真田丸』での武田勝頼役も、実に貫禄のある、強いけど悲しく儚い勝頼を演じてくれてましたね。それから朝倉あきさんは姉を支えるしっかり者としてとてもいい演技を見せてくれた。この人、ちょっと今後わたしは応援したいと思います。
 また、競演陣には一人、わたしが特別の思い入れのある人が出演していた。その名も、兼崎健太郎くん。何故わたしが彼に特別なものを感じるかというと、この人、かの『ミュージカル・テニスの王子様』で、王者・立海中学の真田副部長を演じてたのです。約10年近く前、わたしが『テニミュ』を10回ぐらい観に行ったことは以前書いた通りだが、中でもわたしは兼崎くん演じる真田副部長の持ち歌「風林火山」が大好きだったのです。しかも、兼崎くんは『テニミュ』キャストの中でもNo.1クラスに、異様に滑舌が良く、ああ、この人はすげえ訓練を重ねてるんだろうな、と当時から思っていた。なので、今回の再会は、わたしは本当に嬉しく思った。この10年、きっとサボらず常に研鑽を重ねてきたんだろうな、ということがひしひしと伝わる、見事な芝居振りでした。 
 ■音楽について
 今回、音楽として、舞台後方にピアノが置かれ、ピアニストが即興で生演奏する形であった。これはちょっと面白いと思った。
 ■終了後のトークショーについて
 実はわたしがおとといの公演チケットを取ったのは、終了後になんと山田洋次監督と、本舞台の主宰である永井愛さんのトークショーがあったからだ。どうやら、山田監督と永井さんは付き合いが長いようで、今回の舞台に華ちゃんを起用するにあたっては、永井さんが山田監督を通じて声をかけたんだそうだ。実のところ、本作は10年ぶり再演で、10年前の公演は、寺島しのぶさんが樋口一葉、筒井道隆氏が半井桃水を演じたそうです。このトークショーでは、結構、へえ~と思うことが聞けたけれど、もうちょっとだけ、司会進行には頑張ってほしかったな。20分ほどであっという間に終わってしまったのが残念。

 というわけで、結論。
 黒木華ちゃんは当面、わたしの大好き女優第一席として君臨するようです。今回の舞台は、もっといい席で見られたらもっと良かっただろうな……これから全国ツアーで回るそうなので、お近くの劇場へぜひ足をお運びください。わたしはさっそく、樋口一葉の作品を読み始めました。が、やっぱり「雅文調」は読むのが難しいね。やっと少し慣れてきたところです。あと、わたしの大好きな夏目漱石は、完全に同時代人なんだけど、漱石が作品を書くようになる頃にはもう、樋口一葉は亡くなっていたということも初めて知った。ああ、樋口一葉があと10年長生きしていたら、口語体の作品も書いていたかもしれないと思うと、本当に残念です。以上。

↓ まずはコイツから読み始めています。
たけくらべ (集英社文庫)
樋口 一葉
集英社
1993-12