現在の電撃文庫の中で、新刊が刊行される際の初版部数が一番大きいのは、おそらくは『ソード・アート・オンライン(通称:SAO)』の新刊であろう。著者の川原 礫先生は、恐ろしく筆が早い。もちろん、作品のベースは自らのWebサイトや投稿サイトで公開していた作品だから、という事実があるにしても、それでも早い。当然すべての作品はWeb公開されたままの姿ではなく、実際のところ手が入るわけで、およそ2カ月~3カ月ごとに新刊を刊行していくのは、尋常ならざる努力と熱意のたまものであろう。
 そんな川原先生は、現在電撃文庫において3つのシリーズを同時並行で展開しているが(SAO_プログレッシブは別シリーズにカウントすべきかも。だとすれば4つのシリーズ) 、そもそものデビューのきっかけとなったのが、第15回電撃小説大賞にて<大賞>を受賞した『アクセル・ワールド』というシリーズである。『SAO』もそうだが、この『アクセル・ワールド』ももちろんアニメ化されており、ちょっと前に、新作アニメがまた製作されることが発表された。前回のアニメ化はかのサンライズ制作のTVアニメだったが、新たなアニメは、川原礫先生描き下ろしのオリジナルストーリーとのことで、TVなのか劇場版なのかOVAなのか、すみません、わたし、良くわかっていません。

 まあ、いずれにしても、アニメはあまり興味がないので置いとくとして、10月の電撃文庫新刊で、アニメ告知の入った帯をまとった最新『19巻』が発売となったので、シリーズをずっと読んでいるわたしもさっそく購入し、読んだ。そして、安定の面白さに、大変満足であった。
アクセル・ワールド (19) ―暗黒星雲の引力― (電撃文庫)
川原礫
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
2015-10-10

 物語は、現状では2047年を舞台としている。今から約30年後の世界である。そこでは、「ニューロリンカー」という、首に装着するデバイスを誰もが装着しており、まあ、いわばウェアラブルPCがものすごく進化したものと思ってよいと思うが、ネット接続は当然で、あらゆることをこのニューロリンカーを通じて行っているという世界である。
  で、主人公はチビでデブという自らの容姿に深いコンプレックスを抱いており、学校でも孤立した存在だったのだが、生徒会副会長の「黒雪姫」と呼ばれる超絶美少女と出会った彼は、その美少女から謎のアプリケーションをもらい、フルダイブ型格闘ゲーム「ブレインバースト」を戦う戦士、バーストリンカーとなる――みたいなお話だ。
 そういえば、今から30年後の世界を舞台としている、という点で、先日世界的に大いに盛り上がった『Back to the Future Part.2』のことを今ふと思い出した。かの傑作映画も、30年後の2015年を描いていて、1985年の当時高校生だったわたしは、30年後の2015年が映画で描かれたような時代になってんだろうなーと漠然と感じたものだが、残念ながら車は空を飛んでいないし、空間投影立体映像も実用化されていない。何となく、あの当時と何も変わっていないような気が一瞬するが、明らかにPC技術は劇的に変化し、インターネッツの発達により、ある意味映画で描かれた世界よりも進んでいる部分がある。同じように、この『アクセル・ワールド』で描かれているような世界が30年後に実現されるのかな……なんてことをぼんやり考えてみると、あり得そうだしあり得なそうだし、非常に微妙ないい線をついているような気がする。おそらくは、「ニューロリンカー」的デバイスは、既に現状の技術の延長線上で実現できそうだ。作中で意外と重要な設定である「そこら中にソーシャルカメラが設置されていてある意味監視されている」という世の中も、実際あり得そうだ。ただまあ、そういうハードウェア的な進化はありそうだけれど、人間の全意識を電脳空間へダイブさせるというような、ソフトウェア的な面は、どうなんだろう、ちょっと現状では想像できない。いわゆる人間の五感のデータ化・電気信号化は、理論的には可能なんだろうけど、おそらくは膨大なデータとなるはずで、それを支えるプログラムやIC回路、大容量データ通信インフラは、何らかのブレイクスルーがないと厳しそうだ。あれ!? そうか、それも結局はハードウェアの発達の方が大きいかもな。

 まあとにかく、『アクセルワールド』が描く30年後の世界は、そんな絶妙な設定の下で描かれており、またそこに登場するキャラクター達も非常に生き生きと描かれている。もう19巻となる本作では、これから始まる大きな戦いへの準備が話のメインで、サブタイトルの『暗黒星雲の引力』が示す通りの内容となっている。なお、シリーズをずっと読んでいる人なら、「暗黒星雲」が何を指しているかは当然明白だろう。黒雪姫先輩が率いる軍団(レギオン)、「ネガ・ネビュラス」のことだ。本作は、まさしくサブタイトル通り「ネガ・ネビュラス」に引き寄せされたキャラクター達が集い、「ネガ・ネビュラス」が大きく成長する話である。読んでいて非常に、そう来たか……と思うような、それでいて、そうですよね、と十分納得できるもので、大変面白かった。あまり書くとネタバレなので、やめときますが、とあるキャラが、実はリアルではまた超絶美女で、仲間になってくれるとは思わなかった。これはいい展開で、非常に面白かった。あとは、いろいろ何でも知っている「黒系・刀スキル系の人」、まさかと思うけど、あの人じゃないよね?

 ところで、この『アクセル・ワールド』という作品では、「ブレインバースト」を実行すると仮想空間へダイブする仕組みであるが、ダイブ中は時間が「加速」しており、「ブレインバースト」実行中の電脳世界では、実世界の1000倍の時間が経過する設定になっている。つまり、電脳世界での1時間=3600秒は、実世界の3.6秒なのだ。この設定によって、すでに19巻目であるのに、実世界の時間経過はまだ第1巻からまだ1年も経過していない(かな?)。電脳世界での戦いが話のメインだけに、非常に長い戦いであっても、実世界では数分も経過していないのだ。この点は、ちょっと今後いろいろな影響が出るのではないかと若干危惧されるが、まあ、川原先生なら何も心配することなく、我々読者は物語を楽しめば良かろう。
 あと、これは最初からずっと、この作品においてわたしが理解できないのは、恐ろしくそもそも論なんだけど……「どうして黒雪姫先輩は主人公ハルユキが大好きなんだ?」という点が実はピンと来ていない。ハルユキのひたむきな努力に惚れたってこと……ですよね? うーーーん……ちょっとなあ……実際、この主人公ハルユキ君は、現実世界でのビジュアルはチビ・デブのオタク少年だのだが、確かに、何においても努力で頑張ろうとする姿勢は非常に好感が持てるし、主人公の資格は十分に備えているが……出てくる女子にことごとく好かれる、いわゆるハーレム型でもあって、若干うらやま、いやけしからん。まあ、そういうことをほざいているので、わたしはモテないんでしょうな、と反省するしかなかろう。ただしイケメンに限る、のは、現実世界だけで十分か。わたしも頑張って生きていきたい所存である。

 というわけで、結論。
 『アクセル・ワールド19 暗黒星雲の引力』は、安定の面白さであり、シリーズをずっと読んでいる人なら買わない理由は皆無です。早く続きが読みたいですな。お見事です、川原先生。

↓TVアニメは、正直なところ「これからが本番だぜ!」というところで終わっている。人気的には『SAO』の方が高いけれど、わたしとしては電撃大賞受賞作であるこちらの方がより応援したい。
アクセル・ワールド Blu-rayBOX <初回生産限定版>
三澤紗千香
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2015-12-23