昨日、先週のNHK大河『おんな城主直虎』を録画したのを観ていて、しっかし地味というか、井伊家は人材不足だなあ……つーか、まだちびっ子の虎松(後の井伊直政)に対する直虎さまのスパルタ教育振りは、きっと現代のお優しい方々からまた変なクレームがつくんじゃなかろうか……とまったく大きなお世話なことを思いながら、それにしても井伊家は、さっさと家康の手下になって、勝ち組になるわけで、徳川四天王なんて言われるほどに出世するのは、今のところのドラマの流れを見ると、実力というよりもまるっきり運だったのかなあ、と極めてテキトーなことを感じた。まあ、後に青年となった直政が24~25歳ごろの小牧・長久手の戦いで超頑張るわけで、家康に仕えて以降は実力なのは間違いないと思うけれど、はたしてNHK大河『おんな城主』はどこまで描くことになるのだろうか……? 直虎さまの死までだろうけど、それは時代的に一体どの辺りなんだろうか?
 などとぼんやり考えていたのだが、そういや、「ひこにゃん」でお馴染みの井伊家の赤備えのあの鎧が、超印象に残るシブイ映画があったっけ、あれは……そうだ、あの作品だ、と一つの映画を思い出した。それは、2011年に観た『一命』という作品である。

 この作品は、珍しく邦画でかつ時代劇なのに3D作品として公開され、わたしも3D版で観て、ああ、なるほど、チャンバラに3Dはアリだな、そして雪の舞うシーンも3Dだとイイじゃないですか、と大変面白かった覚えがある作品だ。わたしは実は三池監督作品はあまり好みでないし、主演の市川海老蔵氏にも何も思い入れもないのだが、あの『一命』という映画は大変素晴らしかったと称賛したいと思っている。
 ところで、その『一命』という映画は、実際のところ1962年に発表されたとある映画のリメイクであることはもう有名であろう。いや、リメイクってのは違うか、同じ小説を原作にしている、というべきか。まあ、とにかくわたしはその古い方の作品は観ていないのだが、昨日、あれ、そういや、『一命』がWOWOWで放送されたときに、一緒にその作品も放送されたんじゃなかったっけ? 一緒の時期じゃないとしても、そのオリジナル作品も録画したような気がする……ぞ? という気がしてならず、おまけに井伊家のあの鎧が何故か頭から離れないので、HDD内および焼いたBlu-rayディスクを捜索したところ、ちゃんと『一命』とセットでその古い作品の方もBlu-rayに焼いてあるのを発見した。さすがオレ、抜かりないぜ! と自画自賛しつつ、それじゃその古い方を観てみよう、という気になったのが、昨晩20時ころのことである。
 その作品こそ、1962年の松竹作品『切腹』である。監督は小林正樹氏。脚本は数多くの黒澤明作品でもお馴染みの橋本忍氏、そして音楽は巨匠武満徹氏だ。わたしとしてはこのお三方揃い踏みという時点で、これは絶対面白いに違いない、という予感を抱いたわけで、実際観てみたところ、実に素晴らしかったのである。

 まず、物語は正確に比較したわけではないが、わたしの記憶にある『一命』そのままで、『一命』の脚本って、この『切腹』の脚本を丸ごとそのまま使ってんじゃね? と思うぐらい一緒だった。でもまあ、結果的にそりゃ当たり前か。で、どんな物語かというと――
 時はおそらく1600年代前半。芸州広島藩・福島家に仕えていた浪人者の主人公が、井伊家にやって来て、もう生きてても仕方ないので切腹したいんだけど、その場として井伊家の玄関先を貸してくれないか、とお願いするところから始まる。この背景にある、福島家改易といえば、戦国武将オタクには大変有名な事件で、城の補修が武家諸法度に違反するとして秀忠にケチをつけられたあの事件のことだ。福島正則といえば、三成が大嫌いで東軍についたけれど、そもそもはバリバリの秀吉配下の武闘派の男であり、徳川家からすれば超・目の上のタンコブである。あの事件が1619年のことで、本作の物語はそれから10年後ぐらいなので、まあ大体1630年ごろの話と思っていいだろう(主人公は、関ケ原(だったか大坂の陣かも)に出陣した時以来、数十年ぶりに人を斬るってセリフがあった)。 で、当時、そういった食い詰めた浪人者が江戸にはいっぱいいて、「押しかけ切腹」というものに、各武家は大変迷惑していたという背景があったそうだ。なんでそんな浪人者の「押しかけ切腹」がブームになっていたかというと、それを最初にやった浪人者が、「まさしく武士の鑑だ、ならばうちで雇って進ぜよう」と思わぬ再就職に成功したことがあったらしく、その後それを真似した奴がいっぱい出てきて、各武家は「ちょっともう勘弁しろよ……超迷惑……じゃあ、ちょっとだけ金やるから、さっさと失せやがれ」とあしらうようになり、結果的に、「押しかけ切腹は金になる」ことを発見した不届きな浪人者が多かった、てなことらしい。
 というわけで、物語では、 主人公が切腹させてくれと井伊家に現れ、井伊家の留守居の家老が、またかよ……と思いながら、ところであんた、元福島家中のお人って言ったね、そういやちょっと前にも、同じ元福島家の野郎が来たんだよ……と、その時の話を主人公に聞かせる。いやあ、あいつはホントダメな奴で、じゃあ、どうぞ、腹切しなさいよ、って言ったら動揺しちゃって、まあ見苦しかったね。結局、無理矢理にでも切腹してもらったけどさ、だからあんたも、さっさと帰んなさいよ、なんて話をする。そして、実は主人公こそ、その無理矢理切腹させられてしまった男の義父だったことが分かり、主人公はとある決意をもって井伊家にやってきたことが判明する――てなお話である。
 わたしはこの脚本は極めて精巧で実に見事なものだと手放しで賞賛したい。回想と現実の順番というか組み合わせ方が実に素晴らしく、グイグイと物語に引き込まれる傑作だ。そしてわたしが今回観た1962年Verは、とにかく役者陣の演技も素晴らしかった。わたしが特に感銘を受けたのが、以下の4人の方々だ。
 ◆主人公:津雲半四郎
 演じたのは仲代達也氏。すごい迫力&眼力。どうやら当時30歳ぐらいらしい。わたしは『一命』においてこの役を演じた海老蔵氏(当時33歳か34歳ぐらいかな)は、ビジュアル的に、お話の割には若すぎるんじゃなかろうか? という印象を持ったが、調べてみれば当時の仲代氏の方が若いんすねえ。しかしそれでもまったく違和感なし。もう完全に後がない、超切羽詰まった心境がすさまじく伝わり、深く、激しく、静かに怒り狂っているそのオーラに心を鷲掴みにされた気分です。とにかくすごい。
 ◆井伊家馬廻り番:沢潟彦九郎
 演じたのは、丹波哲郎氏。当時40歳ぐらいらしい。これが超ニヒルというかクールで、超おっかない見事な演技であった。物語的には悪役なのだが、彼の主張は実のところ至極ごもっともなことばかりで、確かに冷たい男ではあったけれど、法的には、というか当時の常識的にはなんの瑕疵もないド真面目な侍だったと思う。とにかく怖くてカッコイイ。そして『一命』においてこの役を演じたのは青木崇高氏か。確か丹波先生Verよりももっと嫌な奴で、悪党っぽく描かれていたと思う。なので最終的な物語の結末にざまあと思った記憶がある。
 ◆井伊家家老:斎藤勘解由
 演じたのは三國連太郎氏。当時39歳か? やはり眼力が凄い。この役は、最初は冷静に淡々と話を聞き、話すのだが、だんだんと津雲半四郎の正体が分かって来るにつれて動揺してくる、というように、観客の理解にシンクロする非常に重要な役で、やっぱり物語的には悪役かもしれないけれど、この人も別に何も悪いことはしていないと思う。この役は、『一命』では役所広司氏が演じ、わたしの好みとしては役所氏の方が良かったかも。役所氏も実にシブかったすね。ただ、やっぱり『一命』における役所氏の演じた斎藤勘解由の方が、悪役色は強かったかも。
 ◆津雲半四郎の娘:美保
 演じたのは、若き頃の岩下志麻さん。当時21歳かな!? 超美人というか、やっぱり若いころは相当可愛かったんですなあ。今ももちろんお美しい方ですが、びっくりするぐらいの別嬪さんでした。芝居ぶりも極めて上物。『一命』でこの役を演じたのは、満島ひかりさん。確かに彼女も儚く美しく、演技ぶりも大変良かったと存じます。
 しかし、やっぱり記憶にある『一命』は当然カラー(そして3D)で、今回観た『切腹』はモノクロなわけで、その点だけでもかなり違うはずなのに、印象としてはそれほど違いがないのは、やっぱり当時の時代劇のライティングや撮影が見事だからなんじゃなかろうか……という気がしてならない。演出・撮影ともにパーフェクトに近いとわたしは感じた。
 ただ、やっぱりカラーだと、「赤」が鮮明に目に焼き付くわけで、この作品では「赤」という色は、極めて重要だろうと思う。まずは「血」。そして、やっぱり「赤備え」のあの鎧だ。赤は、基本的にモノクロでは「黒」(あるいは「グレー」)として描画されるわけで、モノクロゆえのインパクトも当然あるのだが、本物の「赤」の鮮烈さにはやっぱり敵わないのかもしれない。とにかく、暗い画が続く『一命』の中で、赤い血と赤備えの鎧が非常に強いインパクトとして記憶に残っている。
 また『一命』で、無理矢理切腹させられた男を演じた瑛太氏の演技も素晴らしかったのが印象的だ。この役は、『切腹』で同じ役を演じた石濱朗氏よりも、瑛太氏の方が優っていたような気がするのだが、それでも、モノクロで描かれた、ぎらついた、切羽詰まった眼や必死の形相は実に迫力があったと思う。素晴らしい演技ぶりであった。

 というわけで、もう言いたいことがなくなったので結論。
 NHK大河を観ながら、井伊家つながりで『一命』『切腹』という映画を連想するのは映画オタとしての習性なのかもしれないが、もし井伊家に興味がある方は、ぜひこの2作を観て見比べていただきたいと思う。両作ともに大変な傑作だとわたしは思う。『一命』は、三池監督作品にしては珍しく(?)落ち着きがあるというか重厚でオススメだし、小林監督Verの『切腹』も、役者陣の熱演と恐ろしく緊張感に満ちた画面は一見の価値ありであろう。実にシブく音楽もイイ。しかしホント、脚本レベルではどのぐらい違いがあるんだろうか。『一命』のスタッフクレジットには『切腹』の脚本を書いた橋本忍氏の名はないのかな……どうなんでしょう。『一命』の脚本家がまさか『切腹』を観てないわけないしな……。ちょっと今度『一命』をもう一度見てみよっと。以上。

↓ こちらが原作。『一命』公開時に復刻?されたっぽい。元は「異聞浪人記」という短編みたいですな。
一命 (講談社文庫)
滝口 康彦
講談社
2011-06-15

↓ こちらが『一命』の配信Ver。
一命
市川海老蔵
2013-11-26

↓ おっと、『切腹』も配信されてら。便利な世の中だなあ。
切腹
仲代達矢
2013-11-26