というわけで、ごくあっさり年は明け、2018年となった。
 年末の大みそかは、わたしは一歩も家を出ずに、せっせと掃除などしていたのだが、午後からは、ずっと放置しっぱなしだったHDDレコーダーの中身をせっせとBlu-rayに焼いて移す作業に忙殺され、12時間ぐらいかかって13枚の50GBのBD-DL-REへ、これはとっとこう、という作品を移す作業をしていた。
 だいたい、BR-DLには、作品の長さにもよるけれど、わたしがいつもWOWOWを録画する録画モードで8本から9本ぐらいの映画が保存できるのだが、焼くのに1時間半から2時間弱かかる。なので、その間は「録画したはいいけどまだ観ていない」作品をぼんやり観る時間に費やしてみたのだが、何を観よう? と思って、そうだ、これにするか、と1番に再生を始めた作品が、2016年9月に公開された『怒り』という邦画である。なお、WOWOWで放送されたのはその1年後の2017年9月だったようだ。
 そして観終わった今、結論から言うと、役者陣の熱演は素晴らしかった。これはもう間違いなく、キャスト全員の熱は十分以上に感じられた。けれど、物語的に、3つのエピソードが交錯する形式であるのはいいとして、そのうちの2つは実は全く本筋に関係ない、という点はちょっと驚きだったし、肝心の、キャラクターそれぞれが抱く「怒り」の伝わり具合が少し弱いというか……うまく言えないけれど、天衝く怒り、身を引き裂かれんばかりの怒り、我を忘れんばかりの怒り、というものを描いた作品とは少し趣が違っていて、わたしの想像とは結構違うお話であったのに驚いたのである。
 というわけで、以下ネタバレまで触れる可能性があるので、気になる人は読まないでください。まあ、もうとっくに公開された作品なので今更ネタバレもないと思うけれど。

 というわけで、本作は3つの物語からなっているのだが、わたしはその3つが最終的に美しく合流するのだろう、と勝手に勘違いしていた。けれど、ズバリ言うと全然そんなことはなく、ほぼ、3つの話は重ならない。あ、そうか、正確に言うと4つの物語、かな。
 1)八王子で起きた殺人事件の話。
 八王子の住宅街で、暑い夏の昼間に、一人の主婦が絞殺され、さらにその夫も包丁で刺し殺される。現場には、被害者の血で書いたと思われる「怒」の一文字が残されていた……という事件で、犯人は誰なんだ? というのがメインの本筋。
 2)房総のとある漁港での父娘のお話。
 一人の初老の男が歌舞伎町を行く。そして、とある風俗店で、身も心もボロボロになった少女を見つける。それは、男の娘だった。男は娘を房総の家に連れて帰り、また元の生活を送る。そしてそこには、数か月(?数週間)前に房総の漁港にふらりと現れた、素性は良くわからない、けど無口で真面目でよく働く青年がいた。娘はやがて、その青年と恋に落ちるが……てなお話で、つまりその青年が八王子の殺人事件の犯人なのか? と観客はずっと怪しみながら観ることになる。
 3)東京のとあるゲイの青年のお話。
 東京で、非常に派手で羽振りの良い青年が、なにやら男だらけのパーティーを楽しんでいる。そしてその青年はパーティーを抜け出し、一人ハッテン場のサウナ?で、一人の若い青年と半ば無理やり行為に至り、その青年を自宅の高級マンションに囲う生活を送るようになるが……というお話。ここでも、拾われた訳アリ風の青年が怪しい、と観客は思うことになる。
 4)沖縄での少女と少年と怪しい青年の話。
 どこまでも透けるような美しい海を行く小さなボート。舳先に乗る少女と、操縦する少年。二人は無人島へ行き、ひと時の休暇を楽しんでいるようだ。しかし、一人島内を散策する少女は、廃墟に住む謎の青年と遭遇する。その後何度も島に通い、心を通じさせていく少女と謎の青年。ある日、少女は少年と那覇で映画デートをしているときに、あの怪しい青年が那覇にいるのを見かけ、3人は仲良く飲むが、帰りに少女に大変な悲劇が襲い掛かる……というお話。もちろん、その謎の青年も怪しい、というわけで、観客としては、この3人の誰が犯人なんだ、というのが本作の表向きのポイントだ。

 わたしは、観ながら、これはひょっとすると時間がズレているのかな? と思いながら鑑賞していた。実はこの怪しい3人の青年は全部同一人物で、それぞれ何年前、とか、時間がズレているのかと思った。「犯人は顔を変えている」がという情報も出てくるし、そういうこと? と盛大に勘違いしながら観ていたわけだが、しかし、結局それはわたしの無駄な深読みであり、どうやら時間はすべて同時進行だったようだ。そして、犯人も明確に判明する。なので、犯人捜し、という表向きのポイントは、え、ああ、そうなんだ、で終わってしまうような気もする。
 そして、わたしはさきほど、この房総と東京と沖縄の3つの物語は交錯しない、と書いたけれど、それぞれに登場する「怪しい青年」は、それぞれの物語のキャラクターたちに、「ひょっとしてこの人はあの八王子の……?」と怪しまれてしまう事態に陥る。そういう意味では、3つの話につながりがあるのだが、各キャラたちは出会うことはなくそれぞれの物語に終始する。
 また、3つの物語のキャラクターたちは、何かに深い「怒り」を抱いているという共通点もあるにはあるわけだが……、やっぱりわたしは冷たい男なんだろうな……あっさり言ってしまうと、日頃まっとうに生きることを旨とし、そして比較的普通に家に育ち、殺人などという事件には幸いなことに縁のないわたしから観ると、キャラクターそれぞれの抱く「怒り」にはそれほど深い共感はできなかった。
 というのも、それぞれのキャラクターが抱く「怒り」は、そうなってしまった結果としての現在へ怒っているようにわたしには観えたのである。つまり、そうならないための努力をしてきたのだろうかこの人たちは? とわたしは感じてしまったのだ。
 もちろん、いかに冷たい男のわたしでも、彼らの運命を「自業自得だよ」とは思わない。東京で病に倒れた青年はもうどうしようもなかったろう。そして房総のつましく暮らす父娘も、頑張って頑張った結果なのだとは思う。そして沖縄の物語は大変痛ましいものだった。
 しかし、どうしても、避けられたのではないか、そうならない未来、も有り得たのではないかという思いが捨てきれない。とりわけ沖縄の少女に起きた事件は、回避できたはずだ。あまりに無防備すぎた。その無防備を責めることはできないし少女には何の罪もないのは間違いない。でも、やっぱりどう考えても、回避できたはずだと感じてしまうわたしがいる。しっかし、夜の那覇の街って、本当にあんなにもヒャッハーな危険地帯なのだろうか? だとしたらもう、一生沖縄には行きたくないな……。
 まあ、結局のところ、観客たるわたしが、あれは避けられたはずだと考えても、物語で起きてしまったことはもはや取り返しがつかず、本作はそういう、人間の犯してしまうちょっとした誤りが決定的に人生に影響してしまうのだ、ということを描きたかったのだとしたら、わたしは全力でこの物語を否定したいように思う。そんなの分かってるし、それならちゃんと、そういった怒りに対する癒しを描いてほしかった。そういう意味では、房総の話と東京の話はきちんと癒しが描かれていて文句はないけれど、沖縄の話は全く救いがなく、実に後味が悪いまま終わっている。ここがちょっとわたしとしては問題だと思う。

 というわけで、なんだか非常に重い空気が全編に漂う映画であったと言えよう。しかし、とにかく役者陣の熱演は本当に素晴らしかったと、その点は心からの称賛を送りたい。以下にざっと素晴らしい演技を見せてくれた役者陣を紹介しておこう。
 ◆房総のお父さん:演じたのはハリウッドスターKEN WATANABEでお馴染みの渡辺謙氏。お父さんの背景はほとんど描かれないが、実直に真面目に生きてきた漁師(正確には漁業法人の代取)として実にシブい男であった。もう少し背景が分からないと、娘への気持ちが実際良くわからないように思った。
 ◆房総の娘:演じたのは、いつもは大変可愛いけれど今回はほぼノーメイクで熱演した宮崎あおいちゃん。精神が病んでしまったのか、何とも抜け殻のような儚さのある少女。薬もやらされてた風な描写であったが、正直やっぱり背景が良くわからない。なぜ歌舞伎町で風俗嬢をやっていたのかさっぱり不明。いや、なんか説明あったかな……あったとしても忘れました。そういった背景がわたしには良くわからず、彼女は果たしてこうならないような努力をしていたのだろうか? と思ってしまった。
 ◆房総に現れた素性が謎の青年:演じたのは松山ケンイチ氏。あまりセリフはない。つまりあまりしゃべらない=そのコミュニケーションロスが更なる悲しみを生んでしまったわけで、かと言って彼の背景からすれば容易に人を信用できるわけもなく、大変気の毒な青年。
 ◆東京の羽振りのいいゲイの青年:演じたのは妻夫木聡氏。わたしとしてはナンバーワンにいい芝居ぶりだったように感じた。ただ、描写として、ゲイを隠しているのか、気にしていないのか良くわからないし、病身の母を見舞う優しい青年であることは分かっても、謎の若者を囲うに至る心情は、実はわたしには良くわからない。最初の頃は若者を信用していなかったわけだし。淋しかったってこと? それならもうチョイ、仕事ぶりとか描いて、むなしい日々を送ってる的な描写がほしかった。
 ◆囲われるゲイの青年:演じたのは綾野剛氏。セリフは少ない。ラスト近くで、彼の秘密の暴露が行われるが、正直なーんだレベル。演技は素晴らしいけれど、やっぱり物語的に薄いような気がする。それよりも、ワンシーンのみの出演となった、青年の秘密を知る少女を演じた高畑充希ちゃんの演技ぶりが素晴らしくて、大変印象に残った。
 ◆沖縄の少女:演じたのは広瀬すずちゃん。大変印象的な表情が多く、この方は何気に演技派なのではないかと思う。大変素晴らしかったと絶賛したい。あまりに無防備なのは、すずちゃんの可憐な姿からも醸し出されており、ひどい目に合わせた物語には断固モノ申したい。とにかくすずちゃんの演技は非常に良かったと思う。
 ◆沖縄の少年:演じたのは佐久本宝君19歳。映画初出演らしい。演技ぶりは勿論まだまだだが、つらい役だったね。よく頑張りましたで賞。
 ◆沖縄の小島に隠棲する謎の青年:演じたのは森山未來氏。演技ぶりは大変素晴らしく、やはり森山氏のクオリティはとても高い。けれど、やっぱり脚本がなあ……キャラクター像が薄いと感じてしまった。最後の最後で明らかになる彼の秘密の暴露も、正直唐突だと思う。もう少し緻密な伏線が張り巡らされている物語を期待したのだが、なんだか……なーんだ、と感じてしまったのが残念す。

 というわけで、もうさっさと結論。
 年末に、WOWOWで録画しておいた映画を何本か観たのだが、一番最初に観たのが本作『怒り』である。公開されてもう1年以上経過しているが、やっと観てみた。内容的には、非常に重苦しい雰囲気が全編漂い、キャラクター達が抱く「怒り」も重いお話である。しかし、うーん、これは尺が足りないということなのだろうか? それぞれのキャラクターの背景までがわたしには汲み取れず、若干浅さ、薄さを感じてしまった。その結果、彼らの「怒り」にそれほど共感できず、で終わってしまったのである。ただし、それぞれの役者陣の熱演は本物で、実に素晴らしかったことは間違いない。犯人捜しが一つの軸であるはずなのに、どうもその軸がぶれているようにも思う。故に、最終的な種明かしも、わたしは若干なーんだ、で終わってしまったように思う。大変残念というかもったいなく感じた。これはアレか、原作小説を読めってことなのかな……どうも今回は小説を読んでみようという気になってません。何故なんだろう……要するに、そんな暗い話は今さら味わいたくないと逃げているってことなのかも。我ながら良くわかりませんが。以上。

↓ 同し吉田先生ののこちらの作品は、小説を読んでから映画を観ました。
悪人(上) (朝日文庫)
吉田 修一
朝日新聞出版
2009-11-06

悪人(下) (朝日文庫)
吉田 修一
朝日新聞出版
2009-11-06