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 わたしは映画や小説、漫画などの「物語」というものを、ほぼ毎日味わっているわけだが、好みとして、やっぱり主人公の言動に共感し、ともに物語の世界を歩みたいわけで、主人公に共感できないと、どうしても面白いとは思えないし、読んでいてあるいは観ていて、実に苦痛である。
 これは別に、主人公には善人であってほしい、というわけではなく、悪党であっても、きちんと「だからこうする」という理由のようなものがあって、それが徹底されていればいいわけで、一番わたしが嫌悪するのは、考えの底が浅く、「なんでお前はそんなことを?」というのが全く理解できないような、うすらトンチキ、あるいは悪意の塊、のようなキャラである。そういうキャラは、ああ、コイツはさっさとくたばらねえかなあ、とか思いながら物語を見物することになるが、それが主人公がそういうトンチキだと、もはや結末もどうでもよくなってしまうというか、つまんねー話、という最終結論に至るのである。
 というわけで、わたしは今日、東宝作品『来る』を観てきたのだが……これは……我ながら面白いと思ったのか、つまらねえと思ったのか、まだよくわからないという不思議な作品であった。今現在、わたしが確信を持って言えそうなことは、役者陣の熱演は極めて上質で素晴らしかったことだけであろうと思う。脚本(=物語)、演出、これについては……どうなんだこれ……ズバリ言うと、全然怖くなかったすね。つうか、極論かもしれないけど、この映画って、ひょっとしてコメディだったのかな? そんな気さえしている。
 というわけで、以下はネタバレに触れる可能性が高いので、これから観ようと思ってる人、あるいは超最高だったぜ、と思っている人は読まずに退場してください。

 わたしがこの映画を観ようと思ったのは、この予告を観て次のことを思ったからだ。一つは、うおお、岡田くんカッコいいなあ! ということ、そしてもう一つは、久しぶりに松たか子様の強力な演技が観られそうだぞ!? という2点で、物語としては、幸せな夫婦の娘を狙う「アレ」なるものを祓う話だろう、とうすらぼんやりと見当をつけていた。
 が。ズバリ言うとわたしの予想は大筋では間違っていないものの、物語はかなり予告から想像していた展開ではなく、かなりの変化球であったと思う。物語の具体的な流れはもう説明しないが、おそらく原作小説は、まさしく湊かなえ先生の『告白』的な、1人称小説&章ごとに語り手が変わるタイプなんだと想像する。しかし、映画としてその構造がうまくいってるかは、かなり疑問だ。
 普通に考えて、1人称で語り手がチェンジする物語の面白さは、芥川の『藪の中』、あるいは黒澤明監督の『羅生門』的に、一つの共通した事象について、観る人が変わるとその内容も全然違ったものになる、という点にあると思う。さらに言えば、それぞれのキャラクターの言い分も実は全然事実と違ってた、という展開もよくあって、そこに、な、なんだってー!?という真実が明らかにされる(あるいはまさしく真相は藪の中で終わる)というのが王道だろうと思うのだが……。
 本作では、まず最初に夫がいかに満点パパだったかというなかなか気持ち悪い物語を観せられる。次に妻の視点から、夫は100点どころか0点でさえなく、マイナス100点のクソ野郎だったことが語られる。しかし観客としては、そんなこたあどう観ても分かってて、でしょうな、としか言いようがなく、妻もまた、(夫がクソ野郎だったからとはいえ)なかなか香ばしい人物だったことが提示される。そして、二人がこの世を去った後、第三者が必死で後始末をつける顛末が最後に描かれるわけだが、残念なことに、事件の核心たる「アレ」については、問題とされないのだ。「アレ」こそが核心であり、それを様々な視線から見た時の違いが、映画的に面白くなるはずだったと思うのだが……単に夫婦の裏の顔ともいうべき本性が暴露されるだけなので、はっきり言って底が浅く陳腐だ。結果として、そもそもの「アレ」が何故いつまでも娘を狙っているのかがさっぱり分からない。まあ、「アレ」の行動原理など分かりようはないので、それはそれでいいのかもしれないけれど、わたしにはどうも釈然とせず、結論として、なんだったんだ……としか思えないのであった。
 というわけで、各キャラクターと演じた役者をメモして行こう。
 ◆田原秀樹:夫。最初の語り手。たぶんそもそもの元凶。一言で言えばクソ野郎で、見事死亡する。わたしは心の底からざまあとしか思わなかった。が、コイツが死んでも「アレ」は収まらず。コイツはどうやら幼少時に一人の少女の失踪事件に関係があったようで、それがそもそもの元凶だったのだと思うが、その事件が何だったのかは結局なにも描かれず。単に、その失踪した少女に、「うそつきだからお前もそのうち狙われるよ」と言われていた過去だけが描かれる。そして大人になったコイツは、まさしくとんでもない「うそつき」野郎で、救いようのないゲス野郎に成長。結婚前も後も会社の女に手を出しまくっていたらしい。つうか、お前は結局何だったんだ? なんで「うそつき」な人間なのか、説明が欲しかった。あの実家のクソどもに育てられたからってことかな? こんなゲス野郎を、超見事に演じた妻夫木聡くんは本当に演技派だと思う。何が見事って、コイツのような外面だけよくて実はゲス野郎、っていう人間は、もうそこら中に普通にいそうなんですよね……。そのリアルさが超見事だと思います。しっかし……結婚式などでいかにも訳アリげだった会社の女は、物語において何の役も果たさなかったのは何だったんだ……。
 ◆田原香奈:妻。第2の語り手。この人は恐らく完全に被害者(だよね??)なので許してもいいかも……まあ、精神的に虐待されてたともいえそうだし、実の母もクソ女だし、気の毒だったと思うべきなんだろうな……。余裕で浮気してた(? しかも夫は知ってたっぽい。NTRを喜ぶ変態だったってこと?)ことは、利用されたってことで許してもいいか。でも、まあ、男を見る目がなかったってことですな。そんな薄幸の女子を演じたのが、若干幸薄そうな昭和顔でお馴染みの黒木華さん。これまた超見事な演じぶりで、控えめでおとなしそうな妻の顔、何もしない夫と言うことを聞かない娘にブチギレる母の顔、そして珍しくドぎついメイクで男に抱かれる女の顔、の3つを超見事に演じ分けてらっしゃいました。実際素晴らしかったと思う。初めて黒木華さんをエロいと思ったす。
 ◆津田大吾:どっかの大学の准教授。秀樹の高校時代の親友。ホントに親友なのかは相当アヤシイ。お互いがお互いを利用してただけというか、ま、薄っぺらい友情だったんでしょうな。そしてコイツも残念ながらクソ野郎で、どうやら秀樹が生きているうちから英樹の会社の女や、あまつさえ香奈にも手を出してた模様。しかも、コイツが「アレ」を呼び寄せるお札を仕掛けていた事件の張本人(?)なのだが、この伏線というか仕掛けをもっと物語に上手に盛り込めたはずなのに……ほぼ詳細は語られず。ま、最終的には見事死亡して、心底ざまあです。演じたのは青木崇高氏。優香嬢の旦那ということ以外、よく知らないす。まあ、あんな准教授はいないでしょうな。リアル感ゼロ。
 ◆野崎:第3の語り手。フリーライター。口は悪いけど、本作では一番の善人。とにかく演じた岡田准一氏がカッコイイ! ルックスのカッコ良さはもちろん、しゃべり方もカッコいいし、非常にそれっぽい。要するに演技的に一番素晴らしかったと思う。さすがはジャニーズ演技王ですよ。しかし、野崎についても、元カノと堕胎した子供に関するエピソードは、部外者たる野崎が「アレ」と対峙する重要な動機であるにもかかわらず、中途半端にしか描かれていないのは残念に思った。結果的に野崎はかなりお人よしにしか見えないことに……。
 ◆比嘉真琴:野崎の現・恋人なのか? 職業はキャバ嬢らしいが(キャバシーンは一切ナシ。普段何してるのかちゃんと描写してほしかった)、沖縄のシャーマン的な一家の出身で、霊感バリバリなパンク女子。真言を唱えていたので仏教系術者か? メイクはアレだけど相当可愛い。秀樹→津田→野崎と依頼されて、最初に「アレ」と対峙するが……。演じたのは小松奈菜ちゃん。今までの可愛らしい顔を封印した、気合の演技だったと思う。素晴らしい!
 ◆比嘉琴子:真琴の姉で、超絶パワーの持ち主として、裏では知られた人物らしい。警察さえも動かせる権力を持っている。姉は神道系術者か? 儀式は仏教系と神道系が両方タッグ?で行われていて、あの描写は非常に興味深かったです。きっとこのお姉さまは政治家とかのスピリチュアル顧問のようなことしてるんでしょうな。真琴では手に負えない「アレ」を祓うため、一人術者を派遣したのちに満を持して登場する。演じたのは松たか子様。いやあ、たか子様の演技は相変わらず完璧ですなあ……しかし、演出に問題があるのか、完全にもう、笑わせに来てるというか、極端すぎて漫画のようになってしまったのがとても残念。この演出によって、わたしは「怖さ」をまったく感じなくなったわけで、たか子様の演技が完璧だっただけに、陳腐な漫画的演出は全くの無用だったとわたしは感じた。笑わせたかったのなら、成功だけど。
 ◆逢坂セツ子:真琴では手に負えず、琴子お姉ちゃんが最初に派遣した霊能者。演じたのは柴田理恵さん。どう見ても柴田さんなんだけど、今までにこんな柴田さんは見たことのないような、強力に雰囲気バリバリな霊能者で、素晴らしく超熱演だったと思う。一切笑わない柴田さんは初めて見た。
 とまあ、こんな感じであった。最後に監督について短くまとめて終わりにしよう。
 本作の監督は、中島哲也氏だ。わたしは中島監督の作品をいくつか観ているが(全部は観てない)、まあ、特徴的な画を撮る監督としてもお馴染みだろうし、物語的にも、かなりイヤな人間が多く登場することでもお馴染みだろう。ただ、今までの作品は、クソ野郎であっても、きちんと観客として共感できる面を持つキャラクターが主人公だったと思う(大抵女性が主人公なので野郎ではないけど)。しかし、今回は……まあ、主人公が誰かというのはもう観た人が決めればいいことだし、複数いる場合だってあるので、別に主人公にこだわるつもりはないのだが……とにかく、観せられたのは、薄汚れた人間が謎の「アレ」に狙われ、まともな部外者が一生懸命助けようとする話で、どうにも共感しようがなかった、というのがわたしの抱いた感想だ。しかも「アレ」については一切説明ナシ、であった。妙な時間経過もどうも意味不明というか……その間なんで平気だったのか、どうして急にまた怪異が起き始めたのか、など、まったく触れられずである。
 これはひょっとすると、わたしが世界で最も好きな小説家であるStephen King大先生的な物語を狙っているのかもしれないし、実は原作小説はそれがうまくいっていて超面白いのかもしれない。けれど、この映画だけでは、それが見事に決まったかというと、全然そうは思えなかった。むしろ、これってコメディなの? としか思えず、かといって全く笑えず、怖くもなく、なんだかなあ……というのがわたしの結論である。ただし、何度でも言いますが、役者陣の熱演はとても素晴らしかったのは間違いない。その点では、観た甲斐はあったと思います。
 あ、あと、どうでもいいけど、エンドクレジットはアレでいいのかなあ(今回は2~3秒で全面書き換わっちゃうものだった)……わたしは結構、エンドクレジットで、なんていう役者だったんだろうか、とか真面目にチェックするのだが……あのエンドクレジットでは全く目が追いつかず、であった。わたしはエンドクレジットに関しては、興味のない人はさっさと席を立ってもOKだと思ってるけど、実は柴田理恵さんの演じた役は、柴田さんだろうと観ながらわかっていたものの、あまりにTVなどでお馴染みの柴田さんとはかけ離れていたので、クレジットで確かめたかったのだが……それに、野崎の元カノを演じた方や、秀樹の会社の女を演じた方など。確かめようもなかったのも残念。誰だったんだろうか。ああいう不親切なクレジットは、好意的にはなれないすなあ……。あれって中島監督作品はいつもそうなんだっけ?

 というわけで、もう書いておきたいことがないので結論。
 予告を観て、おっと、これは面白そうだぞ、と思って観に行った映画『来る』。確かに役者陣は素晴らしく、その演技合戦は極めてハイクオリティではあった、が、脚本と演出なのかなあ……まず第一に、全く怖くない。それは「アレ」の説明が一切ないからなのか、それとも過剰な演出が漫画的であったからなのか、各エピソードが散らかっていて中途半端だからなのか、もはやよくわからないけれど、結果として、なんかよくわからねえ、という感想を抱くに至ったのである。まあ、とにかく第1の語り手である秀樹のクソ野郎ぶりがホントに気持ち悪かったすね。そしてわたしにそう思わせた妻夫木くんの演技は、抜群だったってことでしょうな。そして初めて黒木華ちゃんをエロいと感じました。お見事だったすね。岡田くんも実にカッコ良かったし、松たか子様の余裕の演技ぶりは大変満足です。が、演出と脚本が……漫画みたい&説明不足で残念す。以上。

↓ 原作を読めってことかもな……ちょっとチェックしときますわ。

 昨日は昼から映画を観てきたのだが、わたしはいつも、映画を観る時はほぼ常に開場時間のちょっと前には劇場について、開場となればさっさと入場することにしている。それは、まあ、特に理由はないけれど、映画を観る前にほっと一息つくというか、とにかく時間的ゆとりが心のゆとりという信条を持つわたしとしては、まあ当然のことなのである。
 しかし、昨日はあえて、劇場が暗くなって本予告が始まるチョイ前、を狙って入場してみた。その理由は、ズバリ、客層を見てみたかったからだ。あらかたお客さんが入ってから、どんな客層なんじゃろか、と席についている人々を観察するために、そういう行動をとってみたのである。
 結果、わたしが昨日観た映画は、地元シネコンの2番目の大きい箱での上映で、そのキャパ315人。そしてパッと見た感じでは全然半分も入っていないぐらいで、まあ100~120人程度であったと思う。そして客層はというと……ズバリ、わたしと同じ40代以下と思われる人は、わたし以外いなかった。要するに、99%以上が明らかに「シニア」層であったのである。すごかったなあ、あの絵面は。
 そんな、シニア率99%超の作品を観てきたのだが、そのタイトルは『妻よ薔薇のように』といい、実は『家族はつらいよ』シリーズの第3弾である。思いっきりサブタイトルに(家族はつらいよIII)と書いてあるので、実は、というほどじゃないんですけど。まあ、『家族はつらいよ』『家族はつらいよ2』と観てきたわたしとしては、この3作目もやっぱ観とくか、という気になったのである。結論から言うと、わたしは大変楽しめた。前作『2』よりずっと面白かったと思う。

 わたしが「やっぱ観とくか」と偉そうに思ったのは、実はわたしは『2』で、もうあまりのお父さんのダメ親父ぶりにうんざりしていたためである。わざわざ映画を観に行って、ダメ親父にイライラしたくねえ、とか思っていたのだ。
 わたしがいう「ダメ親父」とは、この映画には二人いて、平田家の元祖お父さんである平田周造(演じているのは橋爪功氏)と、その長男であり2代目お父さんの平田幸之助(演じているのは西村まさ彦氏)の二人である。この二人は、引退してゴルフ三昧&居酒屋通いでべろんべろんに酔っぱらう周造と、サラリーマンとして会社では優秀なのかもしれないが、男としてはかなり問題のある幸之助の親子で、2世帯同居しているのだが、まあ、基本的に仲は悪い。
 わたしを含め、世のお父さんたちには大変残念なことに、そもそも、息子というものは、基本的に父親を嫌うものだと思う。同じ男として、やけにダメな点やイヤな点ばっかりに目が行ってしまうからだと思うけれど、とにかく、親父のようにはなりたくねえ、と思う息子が普通というか多いと思う。しかし、さらに残念なことに、息子というものは、40代ぐらいになると、あれほど親父が嫌いだった自分が、いろいろな点において、容貌や言動など、まさしく親父に似ていることを発見してしまうのである。そして絶望的な気分になりながら、この時になって初めて、徐々に親父のことを許せてきてしまうのだ。例えば、サラリーマンの悲哀が分かって来る40代になると、その年齢の頃の親父(つまり自分がガキだった頃の大嫌いだった親父)の気持ちがわかってきちゃうんだな。恐らくこれは、全ての息子が感じるものだと思う。
 というわけで、この『家族はつらいよ』というシリーズには、まあとにかく厄介でダメな親父が二人も出てくるため、わたしはちょっともう、胸焼けするというか、イライラすること甚だしかったわけだが、このシリーズで恐らく一番の常識人であり、一番まともな人が、幸之助の奥さんの史枝さん(演じているのは夏川結衣さん)だ。
 厄介な舅、厄介な旦那、イイ人だけど何も家事をしない姑の富子お母さん(演じたのは吉行和子さん)、そして育ちざかりの二人の息子。彼らの面倒を一手に引き受けるお嫁さんでありお母さんな彼女。とにかく彼女は、常に手を止めることなく動かし続け、毎日一生懸命「主婦業」をこなすわけだが、誰一人省みることなく、ある意味当然と思われている。また、平田家から既に独立している長女一家や、次男&そのお嫁さんといった「家族」全体からさえも、「やって当たり前」と思われているかもしれない。
 そんな常識人の史枝お母さん。これはもう、いつか爆発するぞ……とわたしは思っていたところで、本作の登場だ。本作は、まさしくお母さん爆発の巻で、その爆発をメインに据えた物語ということを知って、わたしは「やっぱ観とくか」と思ったのである。そして観終わった今、わたしとしてはもう、全国の「お父さん」どもに観ていただきたい傑作であったように思う。
 物語は、前作『2』からちょっと時間が経っているようで、平田家の車はプリウスに代わっているし、周造お父さんも『2』でもめた結果、無事に免許を返納したようだ。なので、周造は大好きなゴルフには友達の軽自動車で行っている。そして史枝お母さんは、毎朝、会社に出勤する幸之助お父さんと学校へ登校する子供たち、そしてゴルフに出かける周造お父さんやカルチャースクールに出かける富子お母さんを見送った後、一人で掃除洗濯とせっせに働きまくる毎日だが、ある日、掃除が終わってヤレヤレ、と一息ついた時、ついうとうとと居眠りをしてしまう。そんな時を見計らって平田家には泥棒がやってきて、まんまと史枝お母さんがぜっぜと溜めたへそくりを盗まれてしまうのだ。そのことでしょんぼりな史枝お母さんに、ひどい暴言を吐く幸之助お父さん。ついに史枝お母さんは悲しみと怒りで、家出してしまうのだった……てな展開となる。
 こんなお話なので、まあ見どころとしては幸之助お父さんがどう謝るか、にかかっているわけだが、その顛末はなかなかグッとくるものがあって、幸之助の弟たる庄太が幸之助を説得するのである。庄太は、このシリーズでは基本的に心優しい末っ子的な描かれ方をしているのだが、彼は嫂たる史枝お母さんには特別な想いがあって、高校生の時やってきた兄のお嫁さんに、こう思ったそうだ。
「匂い立つような美しさだった。僕は、この人には幸せになってほしい。心からそう思ったんだ」
 だからそんな史枝さんを泣かせるようなことはしないでくれ、と兄に話すのである。なんかこの言葉だけ抜き出すと、大きなお世話だと兄は余計怒るようなセリフだし、実際幸之助も怒って帰っちゃうんだけど、ここでは庄太を演じた妻夫木くんの芝居が非常に素晴らしいのです。そんなわけで、最終的には幸之助は史枝さんを迎えに行って、ちゃんと謝り、めでたしめでたしとなって物語は終わる。幸之助の謝罪シーンも大変良かったすね。西村まさ彦氏の芝居ぶりも大変良かったと思う。
 というわけで、最後に平田家の皆さんを一覧にまとめて終わりにしよう。
 ◆平田周造(演/橋爪功氏):平田家のお父さん。基本どうしようもないダメ親父。相当性格は悪い。今回はその毒はこれまでより薄め。ゴルフ大好き。駅前?の居酒屋のおかみさん、かよ(演/風吹ジュンさん)が大好きで、スケベな昭和じじいぶりを発揮。また、シリーズには必ず周造の親友として登場するキャラがいて、いつも小林稔侍氏が演じている。けど同一キャラではなく、今回はお医者さんキャラでした。
 ◆平田富子(演/吉行和子さん):平田家のお母さん。亡き兄(だったっけ?)が作家で、その著作権継承者として印税がいまだ毎月振り込まれてくるため金に困っていない。小説執筆のカルチャースクール通いののんきな母さん。家事はお嫁さん任せでほとんどしていない模様。今回、お嫁さんの家出に、わたしが家事をするわ!と張り切るが腰をやっちまって何もできない状況に。
 ◆平田幸之助(演/西村まさ彦氏):平田家長男。サラリーマン。営業部長。それなりに有能?なのか、今回は香港への出張から帰ってきたところで泥棒騒ぎの顛末を聞き、ひどい言葉を吐いてしまう。二人の息子からはそれなりに慕われている模様。
 ◆平田史枝(演/夏川結衣さん):幸之助の妻。しっかり者で常識人で働き者。今は空き家になっている実家へ家出してしまう。家に残した子供たちがどうしているかと考えると、悲しくて泣いちゃうよね、そりゃ。幸之助とは、独身時代の通勤の中央線で出会って、さわやか笑顔に惚れちゃったんだそうな。学生時代はダンス部でフラメンコダンサーだったらしく、輝いていたあの日を思うと今の主婦の自分にしょんぼりな日々を送っている。
 ◆金井成子(しげこ:演/中嶋朋子さん):平田家長女。税理士として自らの会計事務所経営。基本的にキツイ性格。夫に対してもかなりキツイお方。
 ◆金井泰蔵(演/林家正蔵氏):成子の夫。基本的にすっとぼけ野郎。成子の会計事務所の事務員。空気を読まない余計な一言が多い。
 ◆平田庄太(演/妻夫木聡くん):平田家次男。ピアノ調律師。成子の娘や幸之助の息子たちからも慕われている、やさしい叔父さんとしてお馴染み。一家の中では常識人だが、若干頼りないような……。幸之助と史枝さんが結婚したのは庄太が高校生の時だそうで、大学生のころは史枝さんに大変お世話になったのだとか(想像するに親父や兄貴と衝突した際に間に入ってくれたのでしょう、きっと)。
 ◆平田憲子(演/蒼井優さん):庄太の恋人で『2』からは奥さんに。看護師。常識人。今回はあまり見せ場ナシだが、本作ラストで庄太&憲子さんにうれしいサプライズが!
 そして監督はもちろん山田洋次氏。まあ、お見事ですよ。今回主人公を平田家のお嫁さんである史枝さんとしたのも、できそうでできない発想の転換だったのではなかろうか。それにしても、場内の99%超のシニアの皆さんは、もう遠慮なく爆笑の渦だったすね。わたしも笑わせていただきました。先週観た『のみとり侍』も、シニア率90%以上だったけれど、場内の笑い声は圧倒的に本作の方が多かったすね。あと、本作上映前に『終わった人』の予告が流れていたのだが、その予告でも場内大爆笑で、わたしとしてはかなりびっくりしたっす。

 たしかに。確かに面白そうだけど……これを笑えるのはシニアだけでしょうな。みんな、もう通り過ぎた話で、経験した後だから笑えるんだろうと思う。なんつうか、今の日本の映画産業は、ホントにシニアの皆さんが支えてるんじゃなかろうかと思います。

 というわけで、もう無駄に長いので結論。
 山田洋次監督によるシリーズ第三弾、『妻よ薔薇のように/家族はつらいよIII』を観てきたのだが、まずその客層は99%以上がシニアであり、監督の年齢を考えると、シニアのシニアによるシニアのための作品であったことは間違いないだろう。しかし、まだシニア予備軍のわたしが観てもちょっとグッとくるようなところもあって、十分楽しめるお話であった。主婦はそりゃあ大変ですよ。この映画は、全お父さん必見だと思います。面白かった。以上。

↓ まあ、やっぱりシリーズ全部観て予習しておいた方がいいと思います。そういや幸之助夫婦の息子二人はかなり成長して、役者が変わったような? 人んちのガキはあっという間にデカくなりますなあ。

 というわけで、ごくあっさり年は明け、2018年となった。
 年末の大みそかは、わたしは一歩も家を出ずに、せっせと掃除などしていたのだが、午後からは、ずっと放置しっぱなしだったHDDレコーダーの中身をせっせとBlu-rayに焼いて移す作業に忙殺され、12時間ぐらいかかって13枚の50GBのBD-DL-REへ、これはとっとこう、という作品を移す作業をしていた。
 だいたい、BR-DLには、作品の長さにもよるけれど、わたしがいつもWOWOWを録画する録画モードで8本から9本ぐらいの映画が保存できるのだが、焼くのに1時間半から2時間弱かかる。なので、その間は「録画したはいいけどまだ観ていない」作品をぼんやり観る時間に費やしてみたのだが、何を観よう? と思って、そうだ、これにするか、と1番に再生を始めた作品が、2016年9月に公開された『怒り』という邦画である。なお、WOWOWで放送されたのはその1年後の2017年9月だったようだ。
 そして観終わった今、結論から言うと、役者陣の熱演は素晴らしかった。これはもう間違いなく、キャスト全員の熱は十分以上に感じられた。けれど、物語的に、3つのエピソードが交錯する形式であるのはいいとして、そのうちの2つは実は全く本筋に関係ない、という点はちょっと驚きだったし、肝心の、キャラクターそれぞれが抱く「怒り」の伝わり具合が少し弱いというか……うまく言えないけれど、天衝く怒り、身を引き裂かれんばかりの怒り、我を忘れんばかりの怒り、というものを描いた作品とは少し趣が違っていて、わたしの想像とは結構違うお話であったのに驚いたのである。
 というわけで、以下ネタバレまで触れる可能性があるので、気になる人は読まないでください。まあ、もうとっくに公開された作品なので今更ネタバレもないと思うけれど。

 というわけで、本作は3つの物語からなっているのだが、わたしはその3つが最終的に美しく合流するのだろう、と勝手に勘違いしていた。けれど、ズバリ言うと全然そんなことはなく、ほぼ、3つの話は重ならない。あ、そうか、正確に言うと4つの物語、かな。
 1)八王子で起きた殺人事件の話。
 八王子の住宅街で、暑い夏の昼間に、一人の主婦が絞殺され、さらにその夫も包丁で刺し殺される。現場には、被害者の血で書いたと思われる「怒」の一文字が残されていた……という事件で、犯人は誰なんだ? というのがメインの本筋。
 2)房総のとある漁港での父娘のお話。
 一人の初老の男が歌舞伎町を行く。そして、とある風俗店で、身も心もボロボロになった少女を見つける。それは、男の娘だった。男は娘を房総の家に連れて帰り、また元の生活を送る。そしてそこには、数か月(?数週間)前に房総の漁港にふらりと現れた、素性は良くわからない、けど無口で真面目でよく働く青年がいた。娘はやがて、その青年と恋に落ちるが……てなお話で、つまりその青年が八王子の殺人事件の犯人なのか? と観客はずっと怪しみながら観ることになる。
 3)東京のとあるゲイの青年のお話。
 東京で、非常に派手で羽振りの良い青年が、なにやら男だらけのパーティーを楽しんでいる。そしてその青年はパーティーを抜け出し、一人ハッテン場のサウナ?で、一人の若い青年と半ば無理やり行為に至り、その青年を自宅の高級マンションに囲う生活を送るようになるが……というお話。ここでも、拾われた訳アリ風の青年が怪しい、と観客は思うことになる。
 4)沖縄での少女と少年と怪しい青年の話。
 どこまでも透けるような美しい海を行く小さなボート。舳先に乗る少女と、操縦する少年。二人は無人島へ行き、ひと時の休暇を楽しんでいるようだ。しかし、一人島内を散策する少女は、廃墟に住む謎の青年と遭遇する。その後何度も島に通い、心を通じさせていく少女と謎の青年。ある日、少女は少年と那覇で映画デートをしているときに、あの怪しい青年が那覇にいるのを見かけ、3人は仲良く飲むが、帰りに少女に大変な悲劇が襲い掛かる……というお話。もちろん、その謎の青年も怪しい、というわけで、観客としては、この3人の誰が犯人なんだ、というのが本作の表向きのポイントだ。

 わたしは、観ながら、これはひょっとすると時間がズレているのかな? と思いながら鑑賞していた。実はこの怪しい3人の青年は全部同一人物で、それぞれ何年前、とか、時間がズレているのかと思った。「犯人は顔を変えている」がという情報も出てくるし、そういうこと? と盛大に勘違いしながら観ていたわけだが、しかし、結局それはわたしの無駄な深読みであり、どうやら時間はすべて同時進行だったようだ。そして、犯人も明確に判明する。なので、犯人捜し、という表向きのポイントは、え、ああ、そうなんだ、で終わってしまうような気もする。
 そして、わたしはさきほど、この房総と東京と沖縄の3つの物語は交錯しない、と書いたけれど、それぞれに登場する「怪しい青年」は、それぞれの物語のキャラクターたちに、「ひょっとしてこの人はあの八王子の……?」と怪しまれてしまう事態に陥る。そういう意味では、3つの話につながりがあるのだが、各キャラたちは出会うことはなくそれぞれの物語に終始する。
 また、3つの物語のキャラクターたちは、何かに深い「怒り」を抱いているという共通点もあるにはあるわけだが……、やっぱりわたしは冷たい男なんだろうな……あっさり言ってしまうと、日頃まっとうに生きることを旨とし、そして比較的普通に家に育ち、殺人などという事件には幸いなことに縁のないわたしから観ると、キャラクターそれぞれの抱く「怒り」にはそれほど深い共感はできなかった。
 というのも、それぞれのキャラクターが抱く「怒り」は、そうなってしまった結果としての現在へ怒っているようにわたしには観えたのである。つまり、そうならないための努力をしてきたのだろうかこの人たちは? とわたしは感じてしまったのだ。
 もちろん、いかに冷たい男のわたしでも、彼らの運命を「自業自得だよ」とは思わない。東京で病に倒れた青年はもうどうしようもなかったろう。そして房総のつましく暮らす父娘も、頑張って頑張った結果なのだとは思う。そして沖縄の物語は大変痛ましいものだった。
 しかし、どうしても、避けられたのではないか、そうならない未来、も有り得たのではないかという思いが捨てきれない。とりわけ沖縄の少女に起きた事件は、回避できたはずだ。あまりに無防備すぎた。その無防備を責めることはできないし少女には何の罪もないのは間違いない。でも、やっぱりどう考えても、回避できたはずだと感じてしまうわたしがいる。しっかし、夜の那覇の街って、本当にあんなにもヒャッハーな危険地帯なのだろうか? だとしたらもう、一生沖縄には行きたくないな……。
 まあ、結局のところ、観客たるわたしが、あれは避けられたはずだと考えても、物語で起きてしまったことはもはや取り返しがつかず、本作はそういう、人間の犯してしまうちょっとした誤りが決定的に人生に影響してしまうのだ、ということを描きたかったのだとしたら、わたしは全力でこの物語を否定したいように思う。そんなの分かってるし、それならちゃんと、そういった怒りに対する癒しを描いてほしかった。そういう意味では、房総の話と東京の話はきちんと癒しが描かれていて文句はないけれど、沖縄の話は全く救いがなく、実に後味が悪いまま終わっている。ここがちょっとわたしとしては問題だと思う。

 というわけで、なんだか非常に重い空気が全編に漂う映画であったと言えよう。しかし、とにかく役者陣の熱演は本当に素晴らしかったと、その点は心からの称賛を送りたい。以下にざっと素晴らしい演技を見せてくれた役者陣を紹介しておこう。
 ◆房総のお父さん:演じたのはハリウッドスターKEN WATANABEでお馴染みの渡辺謙氏。お父さんの背景はほとんど描かれないが、実直に真面目に生きてきた漁師(正確には漁業法人の代取)として実にシブい男であった。もう少し背景が分からないと、娘への気持ちが実際良くわからないように思った。
 ◆房総の娘:演じたのは、いつもは大変可愛いけれど今回はほぼノーメイクで熱演した宮崎あおいちゃん。精神が病んでしまったのか、何とも抜け殻のような儚さのある少女。薬もやらされてた風な描写であったが、正直やっぱり背景が良くわからない。なぜ歌舞伎町で風俗嬢をやっていたのかさっぱり不明。いや、なんか説明あったかな……あったとしても忘れました。そういった背景がわたしには良くわからず、彼女は果たしてこうならないような努力をしていたのだろうか? と思ってしまった。
 ◆房総に現れた素性が謎の青年:演じたのは松山ケンイチ氏。あまりセリフはない。つまりあまりしゃべらない=そのコミュニケーションロスが更なる悲しみを生んでしまったわけで、かと言って彼の背景からすれば容易に人を信用できるわけもなく、大変気の毒な青年。
 ◆東京の羽振りのいいゲイの青年:演じたのは妻夫木聡氏。わたしとしてはナンバーワンにいい芝居ぶりだったように感じた。ただ、描写として、ゲイを隠しているのか、気にしていないのか良くわからないし、病身の母を見舞う優しい青年であることは分かっても、謎の若者を囲うに至る心情は、実はわたしには良くわからない。最初の頃は若者を信用していなかったわけだし。淋しかったってこと? それならもうチョイ、仕事ぶりとか描いて、むなしい日々を送ってる的な描写がほしかった。
 ◆囲われるゲイの青年:演じたのは綾野剛氏。セリフは少ない。ラスト近くで、彼の秘密の暴露が行われるが、正直なーんだレベル。演技は素晴らしいけれど、やっぱり物語的に薄いような気がする。それよりも、ワンシーンのみの出演となった、青年の秘密を知る少女を演じた高畑充希ちゃんの演技ぶりが素晴らしくて、大変印象に残った。
 ◆沖縄の少女:演じたのは広瀬すずちゃん。大変印象的な表情が多く、この方は何気に演技派なのではないかと思う。大変素晴らしかったと絶賛したい。あまりに無防備なのは、すずちゃんの可憐な姿からも醸し出されており、ひどい目に合わせた物語には断固モノ申したい。とにかくすずちゃんの演技は非常に良かったと思う。
 ◆沖縄の少年:演じたのは佐久本宝君19歳。映画初出演らしい。演技ぶりは勿論まだまだだが、つらい役だったね。よく頑張りましたで賞。
 ◆沖縄の小島に隠棲する謎の青年:演じたのは森山未來氏。演技ぶりは大変素晴らしく、やはり森山氏のクオリティはとても高い。けれど、やっぱり脚本がなあ……キャラクター像が薄いと感じてしまった。最後の最後で明らかになる彼の秘密の暴露も、正直唐突だと思う。もう少し緻密な伏線が張り巡らされている物語を期待したのだが、なんだか……なーんだ、と感じてしまったのが残念す。

 というわけで、もうさっさと結論。
 年末に、WOWOWで録画しておいた映画を何本か観たのだが、一番最初に観たのが本作『怒り』である。公開されてもう1年以上経過しているが、やっと観てみた。内容的には、非常に重苦しい雰囲気が全編漂い、キャラクター達が抱く「怒り」も重いお話である。しかし、うーん、これは尺が足りないということなのだろうか? それぞれのキャラクターの背景までがわたしには汲み取れず、若干浅さ、薄さを感じてしまった。その結果、彼らの「怒り」にそれほど共感できず、で終わってしまったのである。ただし、それぞれの役者陣の熱演は本物で、実に素晴らしかったことは間違いない。犯人捜しが一つの軸であるはずなのに、どうもその軸がぶれているようにも思う。故に、最終的な種明かしも、わたしは若干なーんだ、で終わってしまったように思う。大変残念というかもったいなく感じた。これはアレか、原作小説を読めってことなのかな……どうも今回は小説を読んでみようという気になってません。何故なんだろう……要するに、そんな暗い話は今さら味わいたくないと逃げているってことなのかも。我ながら良くわかりませんが。以上。

↓ 同し吉田先生ののこちらの作品は、小説を読んでから映画を観ました。
悪人(上) (朝日文庫)
吉田 修一
朝日新聞出版
2009-11-06

悪人(下) (朝日文庫)
吉田 修一
朝日新聞出版
2009-11-06

 かつての寅さんでおなじみの『男はつらいよ』という作品は、年に1本~2本公開されることが当たり前だったわけで、いわゆる「プログラム・ピクチャー」というものだが、本作もそのような人気シリーズになるのだろうか。
 去年3月に公開された山田洋次監督作品『家族はつらいよ』を観て、大変笑わせていただいたわたしとしては、今日から公開になった、続編たる「2」も当然早く観たいぜと思っていたわけで、今朝8時50分の回で、早速観てきた。結論から言うと、お父さんのクソ親父ぶりは増すまず磨きがかかっており、おそらくは日本全国に生息するおっさんたちは、笑いながらも感情移入し、そして日本全国のお母さんや子供たちは、ああ、ほんとウチの親父そっくりだ、とイラつきながら笑い転げることになろうと思う。ただし、笑えるのはおそらく40代以上限定であろう。今日、わたしが観た回は、わたしを除いてほぼ100%が60代以上のベテラン親父&お母さんたちであり、映画館では珍しく、場内爆笑の渦であった。まあ、若者には、平田家のお父さんはクソ親父過ぎてもはや笑えないだろうな。

 というわけで、あの平田家の皆さんが1年2か月ぶりにスクリーンに帰ってきた! 詳しい家族の皆さんについては、前作を観た時の記事をチェックしてください。もう一人一人紹介しません。
 今回のお話の基本ラインは、73歳(だったかな?)のお父さんの免許をそろそろ返納すべきなんじゃねえの? という家族たちの思惑と、ふざけんなコノヤロー!と憤るお父さんの家庭内バトルである。そしてそこに加えて、お父さんがばったり出会った旧友と飲み明かし、べろべろになって家に連れ帰り、なんと翌朝、その旧友が冷たくなっていて―――という、とても笑えない状況の2本立てである。
 まず、免許証の返納だが、正直これはわたし個人も、老いた母の運転が心配であり、実に切実な問題だ。なにしろ本作で描かれる平田家のお父さんは、ぶつける・こする・追突する、と愛車のTOYOTA MarkIIはもうボロボロである。10数年乗っているという設定だったと思うが、劇中使用車はおそらく7代目のX100型だと思うので、2000年に生産終了しているはずだから、もう17年物である。そんなぼろぼろのMark IIでは、そりゃあ家族も心配だろう。幸いわが母はまだぶつけたりしていないが、たまに母運転の助手席に座ると、実は結構怖いというかドキドキする。母の場合、ブレーキングやアクセルワークよりも、車幅感覚が危なっかしいように感じてしまうが、まあ、平田家のお父さんはよそ見運転で追突したりと、要するに完全に不注意であり、これはきっと性格の問題だろう。
 平田家のお父さんは、とにかく観ていてイラつくクソ親父だ。それはまず間違いなく誰しもそう思うと思う。何といえばいいのかな、日本全国のクソ親父のすべての成分を凝縮させているというか、まったく同情の余地がなく、若者が観て共感できるわけがない。早く死ねよとすら思う若者だっているだろうと思う。なにしろ、わたし自身がそうだったのだから。
 しかし、そんなクソ親父でも、死んでしまった後になると、結構許せてしまうのだと思う。それは理由が二つあって、一つは、単純に時が過ぎて思い出に代わるから。そしてもう一つは、あんなに嫌いだったクソ親父に、自分自身も似てきてしまうからだ。そう、男の場合は、おそらく誰もが、大嫌いだった親父に似ている自分をある日ふと発見し、その時初めて、クソ親父を許せるようになってしまうのである。その時、許すとともに、自分を後悔するのが人間の残念な性だ。もうチョイ、やさしくしてやればよかったかもな、いやいや、クソ親父はひどかったし! いやでも……それでももうチョイ言い方はあったかもな……なんて思えるようになるには40歳以上じゃないと無理だと思う。なのでわたしはこの映画は、若者が観てもまったく笑えない、むしろイライラし腹を立てることになるのではないかと思うのである。まだ親父を許せていないから。
 本作では、西村雅彦氏演じる長男が、もう完全にお父さんそっくりになりつつあり、かつまた、現役サラリーマンという社畜のおっさんで、実にコイツもクソ親父である。まったくこの長男にも共感のしようがなく、きっと夏川結衣さん演じる奥さんもあと15年後には大変な苦労をすることが確実だ。今回、免許返納にあたって、まずこの長男が、奥さんに対して「親父にきつく言っとけよ!」と命令し、いやよそんなのできないわ、そうだ、じゃあ成子さん(長女で税理士のしっかり者。演じるのは中嶋朋子さん)にお願いしましょう、となり、成子もいやよ、わたしの言うことなんて聞きやしないわ、じゃあ、庄太(次男。やさしい。ピアノ調律師。演じるのは妻夫木聡くん)に言わせましょう、お父さん末っ子には甘いんだから、というように、見事なたらい回しで、お父さん説得役が回されていく。この様子はもう爆笑必至なわけだが、前作ではまだ付き合っているだけだった庄太の彼女、憲子さん(演じるのは蒼井優ちゃん。かわいい!)が、本作ではもう結婚して奥さんになっていて、しかたなく庄太と憲子さんが平田家を訪れる、という展開である。
 この流れの中に、一人足りない、とお気づきだろうか? そう、お母さんですね。でも、お母さんは最初からあきらめているし、今回は前半でお友達と北欧へ旅行に行ってしまうので、不在なのです。そんな中、もうしょうがないなあ……と全く乗り気のしない庄太は憲子ちゃんを伴い平田家にやってくる。そして、話をしようとした矢先、お父さんから、庄太、お前にオレの愛車をやるよ、とお父さんの方から話が始まる。おおっと、お父さん!自分で決断して車を手放す決心をしてくれたんだね!と感激の庄太&憲子ちゃん。
 父「(真面目な顔でしんみりと)オレもなあ……大切に乗った愛車だし、愛着あるんだけどなあ、しょうがないよ」
 庄太「お父さん! 大切に乗らせていただきます!」
 父「お前が乗ってくれるなら安心だよ」
 庄太「お父さん、ありがとう!」
 父「オレもとうとうハイブリットだぜ!(じゃーん!と超嬉しそうにカタログを開いて) TOYOTAプリウス! こいつに乗り換えだ!」
 一同「ズコーーーッ!!」
 わたしはこのやり取りが一番笑ったかな。
 そして後半の、旧友とのエピソードは、何気に重くズッシリ来るお話なので、これは劇場で観ていただいた方がいいだろう。まあとにかく、最後までお父さんはトンチキな行動でどうしようもないクソ親父なのだが、一人、憲子ちゃんだけが「人として当然」という行動をとるわけで、それが本作ではほとんど唯一の救いになっている。ほんと、憲子ちゃんはいい子ですなあ……。
 というわけで、わたしは大変楽しめ、実際うっかり爆笑してしまったわけだが、前作が最終的な興行として13.8億しか稼げなかったことから考えると、本作もそれほど大きくは稼げないだろうな、という気がする。なにしろ観客のほとんどがシニア割引きで単価も安いしね……それに、前作を観てなくて、いきなりこの「2」を観て楽しめるのかも、わたしには良く分からない。最近だと、きちんとこの「2」の公開前に、前作をTV放送したりするけれど、そういった配慮は全くナシ。大丈夫なのかな……本作が10億以上売れて、シリーズ化がきちんと進行することを祈りたい。
 
 というわけで、ぶった切りで結論。
 山田洋次監督作品『家族はつらいよ2』を早速観てきたわけだが、劇場はおじいちゃんおばあちゃんレベルのシニアで満たされており、若者お断りな雰囲気であったが、内容的にも実際若者お断りな映画なのではないかと思う。無理だよ、だって。この話を若者が観て笑うのは。お父さんがクソ親父過ぎるもの。誰しもが観て笑うと思っているとしたら、そりゃあちょっと年寄りの甘えというか、ある種の傲慢じゃないかなあ。でも、一方で、わたしのような40代後半のおっさんより年齢が上ならば、間違いなく爆笑できる大変楽しい映画だと思います。それはそれで大変よろしいかと存じます。が、なんというか……日本の映画の未来はあまり明るくねえな、とつくづく思いました。アニメが売れることはいいことだし、一方でこういうシニア向けがあってもいい、けど……なんかもっと、全年齢が楽しめるすげえ作品が生まれないもんすかねえ……。無理かなあ……。タイトルデザインは、かの横尾忠則氏だそうですが、ズバリ古臭い。そりゃそうだよ。もう80才だもの。若者には通用しねえなあ……。以上。

↓やっぱり前作を観ていることが必須なのではなかろうか……。

 というわけで、すぐ観たかったのに、時間が合わなくて先延ばしになっていた『殿、利息でござる!』を観てきた。いきなりだが、やはり、真っ先に思うのは、タイトルのセンスの良さである。2年前の映画、『超高速!参勤交代』のレビューを書いた時にも触れたが、タイトルだけで、「ん?」と思わせるのは映画を商業作品として考えた場合、非常に有効なことだ。
 いまだに、映画業界人の中には、「映画は公開してみないと(ヒットするかどうか)分からない」と寝言をほざく古き人々がいるが、わたしは、断じてそれは許しがたいと思っている。
 少なくとも、関係者は、「いや、この映画は絶対売れるっす!!!」と、根拠がなくたって構わないので断言すべきだし、そのためのあらゆる努力をすべきだ。公開する前から「分からない」というのは、100%言い訳というか、予防線を張っているだけのChicken Shit以外の何者でもない――と、わたしは偉そうに考えている。違うかな?
 で。既に『殿、利息でござる!』は公開されてもう2週間以上が過ぎており、興行収入もちょっと見えてきた。わたしのあまり当てにならない計算では、おそらくは、最終的に15億に届くかどうかまでは行くものと予想している。公開土日の数字は、最終的に15.5億を稼いだ『超高速!参勤交代』より若干少なかったと記憶しているが、その後のランキングの推移を観ると、どうも同等か、チョイ下か、ぐらいだからそう予想するわけだが、ズバリ、観てきた今現在、わたしとしては『参勤交代』よりも『利息でござる』の方が面白かったので、わたしの予想が外れてもっと売れてくれればいいなー、と思っている。なお、15億稼ぐと仮定すると、これは十分な大ヒットと言っていい数字であろうと思う。製作費や宣伝費などはまったくデータがないので、想像するしかないが、15億稼げば、余裕で黒字であろう。劇場公開といういわゆる1次スクリーンだけで黒字というのは、素晴らしいことだ。あ、いや、どうかな、時代劇は金がかかるからな……余裕で黒字かどうかはあまり自信はないです、はい。
 ちなみに、わたしが観たのはおとといのファーストデーの夕方の日本橋TOHOシネマズだが、もう公開2週間以上経過しているにもかかわらず、結構なお客さんの入りであった。スーツ姿のおっさん&お姉さんの二人組がやけに目に付いたし、どういうわけか一人客のお姉さんも結構いたのがちょっと意外だった。もっとおじいちゃん・おばあちゃん主体かなと思ってたのに、へえ~、である。 
 ※2016/06/20追記:7週時点でまだ12億程度のようで、ちょっと15億は難しそうな情勢です……残念だなあ……

 物語については、大体上記予告の通りと言っていいと思う。おまけに言うと、予告の最後にある通り、実話だそうだ。ただ、この予告では描かれていない重要なポイントが二つある。というか、わたしはこの予告を観て、二つ、ええと、どういうことだろう? と疑問に思ったことがあった。
 1)お上に金を貸す……ってなんで? お上は金に困ってるの?
 2)貸す原資はどうやって調達するんだろ? 予告では「家財道具を売り飛ばし」的な流れのようだけど、それで足りるのか? 貧しいんだろ?
 という点だ。なのでわたしは、その点に大変興味があって観に行ったのだが、共に本編内できっちり説明さていて、それでいて、とんでもない無茶な設定でもなく、実にグッと来る、いいお話であったのである。わたしは、結構感動した。以下、もうネタバレ全開ですので、自己責任で読むなり去るなりしてください。

 まず、第1のポイントは、結論から言うとお上は金に困っていた。
 舞台となるのは、仙台藩で、時代としては1766年から7年(8年か?)ぐらいにわたる、意外と時間軸的に長期のお話であった。なので、この物語で言う「お上」とは、伊達家のことである。時の藩主は、仙台藩伊達家7代当主の伊達重村である。昨日、ちょっとWikiで調べてみたところ、重村は1742年生まれ。なので物語の始まる1766年時点で24歳ってことか(ちなみに家督を継いだのは1756年・15歳の時らしい)。わたしは全く予備知識がなかったので、「お上」=江戸幕府のことかと思ってたが、全然違ってました。
 そして今回、その重村を演じたのが、ゴールドメダリストとしてお馴染みの羽生弓弦くん。彼は今、えーっと、21歳、なのかな? なので、重村より若干若いけれど、十分許容範囲内というか、全然問題ナシだし、実際、芝居振りも、意外と言ったら大変失礼だけど、全然違和感なくお見事であった。仙台出身だしね。なので、このキャスティングをひらめき、そして実現させたプロデューサーはもう、素晴らしい仕事を成し遂げたと褒め称えられるべきだとわたしは思う。お見事だ。
 で、なんで金に困っているか。仙台藩といえば、一般常識的には大きな名門で、金に困ってるとはあまり思えないのだが、どうも、残念ながら、7代の重村は15歳で当主の座に着いたからなのかわからないけど、Wikiによれば「失政」をやらかし、おまけに天明の大飢饉も重なって、財政的に大変ピンチに陥ったそうである。ただ、天明の大飢饉は、1782年~1788年ぐらいらしいので、今回の物語よりも後の話だから、まあ、それはあまり関係がないかもしれない。よくわからんけれど。
 なので、今回のお話の段階で、仙台藩が金に困っていた状況というのは、「若き重村が官位を賜るために京の有力者たちへの工作資金が必要だった」と映画では説明されていた。しかも官位が欲しい理由は、なにかと張り合っていた薩摩藩島津家に負けないため、だったらしい。そういう背景があったんだなあ、というのは、わたしはまったく知らない話だったので、へえ~、と面白く感じた。ははあ、なるほど、である。恐らくその点は史実通りなんだろうと思うが、まあ、はっきり言って庶民からすれば大変迷惑な話ですな。

 で。第2のポイント、一体全体、つましい暮らしをしている庶民がどうやって金を集めたか、である。ズバリ言うとこの点がこの映画の根本的なお話で、その金集めに苦労する顛末を描いたお話であると言っていいと思う。結論から言うと、とある人物がせっせと貯めていた金が決め手になるわけで、その、何故せっせと金を貯めていたのか、が実に泣けるというか、グッと来るのだ。
 物語は、京での商いから帰ってきた村の切れ者の男・篤平治が、藩から押し付けられている「伝馬」という仕事で財政的に疲弊している自分が住む村の窮状に、「そうだ、藩に金貸して、逆に利息をもらって、その利息で伝馬を運営すればいいんじゃね?」とひらめくところから始まる。そして、その貸す金集めが始まるのだが、当然、みんなそんなに金を持っているわけがない。おまけに、ここが一つのポイントで、実に分かりにくいのだが、正確に言うと、藩に「金を貸す」のではない。「金を上納する」のだ。つまり、出した金は「帰ってこない」のである。これはとても分かりにくいとわたしは感じた。返ってくる金なら出してもいいけど、返ってこないんでしょ? というわけで、なかなか金を出してもいいという人は集まらないのである。そりゃそうだよね。
 たぶん、この構造は、現代的に言うと、出資であろう。出資金は、はっきり言って普通は帰ってこない。そのかわり、出資者(もっと分かりやすく言うと株主と言ってもいいかも)は、「配当」をもらうわけだ。この映画では、その配当を、村のために使おう、という構造なんだろうと思う。どうだろう、ちょっと自信がないな。わたしの理解は正しいのかな? なので、この映画は、実際のところ、金を貸して、利息をもらう、というものではなくて、出資してリターン(配当)をもらう、という方が正しいように思った。まあ、上場株であれば、出資(=株を買う)しても、いつでも時価で売って現金化できるけれど、まあ、非上場の小さい会社なんかの場合は、出資した金はめったなことでは返ってこないのが普通なので(いや、もちろん株を買い取れと請求すればいいんだけど)、そういう行動と今回の映画は似ていると思う。
 というわけで、ちょっと話は脱線してしまったが、要するに金を出しても自分に返ってこないわけで、そりゃあなかなか金が集まらない。そこで、今回の物語で最大の鍵となるのが、「無私の心」という思想である。コレが非常にグッと来るわけです。物語は、なかなか金が集まらない中、村のみんなからは、「あいつはケチでがめつい守銭奴野郎だ」と言われていた男が、自らの身代をつぶしてでも金を出そうと申し出ることで、道が開ける。そして、何故、今まで、ケチでがめつく金を貯めていたかが明かされる。このエピソードがいいんすよ、とても。しかも、その男を演じた妻夫木聡くんの演技がまた抜群にいいんだな。これはぜひ、劇場で味わっていただきたいと思う。
 どうやらその「無私の心」というものは、パンフレットによると関一楽という人の書いた儒学の書物「冥加訓」にベースがあるらしいのだが、要するに、「善を行えば天道にかなって冥加(=神仏の助け・加護)があり、悪を行えば天に見放されて罰が与えられる」という思想らしい。これって、本当に、心に留めておきたいことだとわたしは激しく感動した。それと、金を出し合うメンバーはみんなで「慎みの掟」を定めて、その掟を守ることを連番状にまとめるのだが、その内容が、お互い喧嘩はやめようとか、自分が出資者であることは内緒にして、村を救ったなんてひけらかすようなことは慎みましょう、とかそういう内容で、大変気持ちが良かった。これって、現代で言うところの「株主間協定」と呼ばれる契約書そのものですよ。しかし現代の株主間協定というものは、基本的に相手を信用していない、裏切りを前提とした、実につまらんことをあげつらった契約が大半なので、たいていの場合、読むとウンザリするものだが、この映画でみんなが決める掟は実に「善なる」行為を表す美しいものだったと思う。
 というわけで、この映画は、基本的にはコメディで、芸達者な阿部サダヲ氏や瑛太くんの面白くも感動的(?)な芝居振りが予告をはじめ各種のプロモーションでは前面に押し出されているけれど、じつはかなり多くの名言が出てくる感動作だったのがわたしは結構意外だった。この映画、実のところすっげえド真面目な映画ですよ。そういう不意打ちも、実に見事だとわたしは思った。予告にもあるけれど、「あんたはどっちを見て仕事をしてるんだ!!」という瑛太くんの叫びは、日本全国のサラリーマンに観てもらいたいと思う。これは、藩の上級武士と村のみんなの板ばさみになってしまった、村の長的なキャラクターへ向けた怒りの爆発シーンなのだが、サラリーマン生活をしていると、ホント、そういう奴はいっぱいいますよね。上ばっかり見て、下のみんなを見ない野郎。現代のそういうクソ野郎は、大抵何を言っても無駄で、変わらない野郎ばかりだけれど、この映画ではきっちりと改心してくれて、みんなの味方になってくれるわけで、きっとこの映画は、サラリーマンが観るととてもグッと来ると思います。大変良かった。ぜひ、多くの方がこの映画を観て、そして、自らをちょっとでもいいから振り返って欲しいものです。

 ああ、もういい加減長いのでこの辺にしておこう。本当はキャスト一人一人書こうと思ったけど、もうあきらめた。はっきり言って、全員素晴らしい演技だったと思う。とりわけ、妻夫木くん、瑛太くん、阿部サダヲ氏、西村雅彦氏、他にもゴセイレッドとしてわたしにはお馴染みの千葉雄太くんも良かったし、意地悪な役人の松田龍平くんも大変良かった。女優陣も、竹内結子さんや、出番は少ないけれど草笛光子さんなど、みんな本当に素晴らしかったです。
 あとそうだ、もう一つ。わたしはずっと「金(=カネ、お金)」と書いてきましたが、実はこの物語でみんなが集めるのは「銭=ゼニ=硬貨=コイン」であって、「金=キン=GOLD=小判」ではない。この点もちょっとしたポイントになっているのも面白い。「武士は、銭は受け取れん。金(=小判)で持ってこい」と仙台藩の役人に言われてしまうのだ。で、銭と小判の両替レートが現代の為替のように流動的なんだな。だから、せっかく目標額に達しても、両替すると、やべええ!! 結構足りねええ!! みたいなことが判明したりと、意外とわかりにくい江戸期の通貨制度についておもしろ知識も得られて、わたしとしては大変満足の行く映画でありました。非常に面白かったと思う。

 というわけで、結論。
 『殿、利息でござる!』という映画は、コメディではあるけれど実話ベースの真面目なお話で、はっきり言って感動作である。わたしは非常に気に入った。そりゃあ、「無私」という思想を徹底して生きることは非常に難しいとは思う。けれど、やっぱりですね、真面目に生きて、少なくとも自分は「善」だと思える自分でありたいわけで、インチキをしたり、他人を踏みにじるような生き方はしたくないわけですよ。この映画を観て、そう思う人が増えるなら、日本人もまだまだ、世界に誇れるんじゃないすかね。少なくともわたしは、そう生きたいと思ってます。以上。

↓ 一応原作らしい。どうも、そういう無私に生きた日本人のエピソードを集めたものなのかな? 小説なのかな? ちょっと、読むしかねえかもな……。
無私の日本人 (文春文庫)
磯田 道史
文藝春秋
2015-06-10




 

 去年の12月に、『母と暮らせば』を観て大いに感動し、立て続けにWOWOWで録画して観もせずに放置していた『小さいおうち』『東京家族』を観て、ああ、やはり山田洋次監督は偉大なるFILM MAKERだと今更ながら認識するに至ったわたしだが、1月に、舞台『書く女』を観に行った際に、山田監督のトークショーで直接の生の発言を聞く機会があった。曰く、「喜劇が一番難しい。そして劇場でお客さんが笑っている姿を観るのが一番うれしい」と、山田監督は仰っていた。かつて、『男はつらいよ』のシリーズで日本に笑いをもたらしていた山田監督。日本人に愛され続けた寅さんシリーズの監督がそういうんだから、「喜劇が一番難しい」というのはきっと真実なのだろう。
 以前も書いた通り、山田監督は一貫して「家族」をテーマとした作品を作り続けている。人間社会の基本単位である家族。それは、人間にとって一番のよりどころとなるものであり、また一方では一番厄介な、生まれてから死ぬまで、決して「なかったこと」にはできない繋がりであろう。だからそこには、喜びも怒りも悲しみも、すべての人間の感情が詰まっているはずだ。
 というわけで、山田監督最新作は、タイトルもズバリ『家族はつらいよ』である。これがもう、めっぽう面白かったのである。

 散々報道されていることだが、まずは客観的事実を先にいくつか書いておくと、実はこの作品、「山田監督最新作」と言っていいのかちょっと微妙である。というのも、去年の春にはとっくに完成していたそうで、制作の順番的には『母と暮らせば』の方が後であるが、公開順が入れ替わったのである。その理由は、去年2015年が戦後70年の節目の年であり、その年に『母を暮らせば』を公開したかったことが一つ。そして今年、2016年が松竹の創業120周年だそうで、本作『家族はつらいよ』はその記念作品という位置づけにされているためだ。まあ、これは別に、ああ、そうなんすか、で流してもらっていい情報で、正直どうでもいい。
 もう一つこの作品について言っておかなければならないのは、2013年に公開された『東京家族』と全く同じキャストであり、また役柄も全く同じという点だ。人名もほぼ同じで、『東京家族』が平井家、『家族はつらいよ』が平田家とちょっと違うだけで、下の名前も漢字が違ってたりするけれど、ほぼ同じである。これは非常に面白い取組である。なので、出来れば、本作を観る前に『東京家族』を観ておいた方が一層楽しめると思う。本作を観てから『東京家族』を観る、という逆もアリだと思いますが、何しろ『東京家族』はしんみり系のドシリアスなので、先に観ておいた方がいいような気がするな……どうでしょう。
 さて。で、今回の『家族はつらいよ』である。
 物語は、もう予告の通りだ。ある日、母が誕生日のお祝いに、父に欲しいものがある、と言う。父は、いいよ、何でも言ってみ? と聞く。母が差し出したのは離婚届。これに署名捺印が欲しいな、というところから物語は始まる。
 舞台となる平田家をちょっと紹介しておこう。
 【父】:演じるのは橋爪功氏。作中では70代と言ってたかな。定年後、ゴルフをしたり呑みに行ったり気ままなおとっつあん。はっきり言って、部外者のわたしから見ると、自分の親父を思い起こさせるクソ親父成分が濃厚で、あまり同情の余地なし、とわたしの目には映った。
 【母】:演じるのは吉行和子さん。お父さんにずっと耐えてきた昭和の母。亡くなった妹が著名な作家だったと言う設定で、その印税が入るのでお金にあまり困らない事情アリ。現在、カルチャースクールに通って創作の勉強中。なお、吉行和子さん本人も、故・吉行淳之介先生の妹であることはご存知の通り。もちろん、その事実を受けての役柄設定でしょうな。
 【長男】:演じるのは西村雅彦氏。サラリーマン。40代の設定(だったと思う)。上に部長がいるようなので、課長クラス。二人の子供アリ(小学生&中学生)。父が苦手なくせに、父の性格をそのまま受け継いでいそうな感じがするので、将来が心配だw うっかり者っぽい。両親と二世帯住宅に住む。今回かなりズッコケ演技を見せてくれる。
 【長男の嫁】:演じるのは夏川結衣さん。非常に常識人(?)。旦那の両親に対してきちんと気を遣い、旦那に対してもそれなりに立てている風。ただし子供にはきっちりと厳しく、しっかり者のお母さん。夏川さん本人は、若いころは美しいモデルさんだったが、すっかり演技派の素晴らしい女優ですね。
  【長女】:演じるのは中嶋朋子さん。税理士として事務所を運営。恐ろしく外面はいいが、キツイ性格。顧客に対しては超・猫なで声(ここの芝居は超笑える)。両親は兄が面倒を見るものと決めつけている。仕事バリバリ系。かつての蛍ちゃんも、すっかり歳を取りましたなあ。お綺麗だと思います。
 【長女の旦那】:演じるのは林家正蔵氏。うだつの上がらないダメ人間。嫁の事務所で助手として働く。お父さんに、「髪結いの亭主の癖に生意気言うな!!」と言われてブチ切れる。いや、お前……事実じゃんか……。持ちネタ「どーもすいません」を炸裂させたのは余計だったと思いますw
 【次男】:演じるのは妻夫木聡くん。 心優しい青年で、両親と兄夫婦家族と同居。仕事はピアノ調律師。折り合い悪い父親と兄の間に入って、家族をとりなす、本人曰く「接着剤」の役割を果たす。そのため、本当は一人暮らしをしたかったが実家住まいをしており、兄嫁は彼を非常に頼りにしている。しかし、そろそろ結婚を意識し、家を出ようとしている。今回もお見事な演技ぶりだったと思う。
 【次男の彼女】:演じるのは蒼井優ちゃん。 看護師さん。いい人。初めて連れてこられた平田家はとんでもない修羅場の最中で……という展開。相変わらず可愛い別嬪さんでした。この人が、さっそうとチャリンコを漕いでいる姿がわたしは非常に好き。
 とまあ、こんな平田家の皆さんが、お母さんの離婚届けによって大騒ぎ、というお話である。非常に分かりやすく、わたしはずっと笑って観ていた。
 しかし、である。
 残念ながら、この映画を楽しめるのは、おそらくは40代後半以上のおっさん・おばさんだろうと思う。ひょっとすると30代以下は、観ていてイライラするのではなかろうか。それは何故かと言うと、やはり、30代ではまだ、自分の親父を許せていないからだ。橋爪氏の演じるお父さんは、日本全国に生息する「お父さん」そのもので、酔っ払って帰って来て大声で喚くし、服は脱いだらほっぽり投げたままだし、しかも裏返しのままだし、靴下なんかも、ポイッとそのままで平気な、「昭和のお父さん」だ。そういう父親の姿は、息子や娘からしたら、実にウザい、最悪の存在である。お母さん可哀想……と、きっと誰でも思うことだろう。
 しかし、わたしのように、「絶対ああはなりたくない、ならない!!」と固く心に誓っている男でさえ、きわめて残念ながら、自分が嫌いでたまらなかった親父に、どんどん似てきてしまうのだ。そしてそのことを自覚した時初めて、若干の絶望とともに、父親を少し許せるようになるのだとわたしは思う。わたしの場合は、わたしが30になるチョイ前に亡くなってしまったので、少し早めに親父のことを許せるようになったが、おそらく普通の人は40代に入らないとそれが分からないと思う。もちろん、許すと言っても、否定はしたい。なので、許すというより「理解する」と言うべきかもしれない。いずれにせよ、親父の気持ちが分かってくるのは、40代後半以降であろうと思う。なので、おそらくこの作品は、30代以下には全く通じないのではないかとわたしは思うわけである。
 ところで、観に行って非常に興味深かったのは、観客の反応だ。
 わたしが観に行った時の客層は、60代以上と思われるおじさん一人客&老夫婦&おばさんのグループというように、おっそろしく年齢層は高かった。まあ、そりゃそうだとは思うが、注目すべきはその反応である。
 わたしの隣には、70代と思われる老夫婦が座っていて、時間ぎりぎりによっこらせと入ってくるし、始まってるのに服はガサゴソ脱ぐし、あまつさえ缶コーヒーをギリギリプシュウと開けるし、上映中に良くしゃべるし、正直イラッとするどころか、いい加減にしてくんねーかなーとさえ思ったのだが、お母さんは良く笑って楽しそうに観ているし、チラチラ観察したところ、お父さんも、声には出さないけれど、ずっとにニヤニヤと笑顔なのだ。もう、わたしはそのお父さんの笑顔で、全部許してもいいやと思った。
 おそらく、そのお父さんも、家族から煙たがられている存在なのではないかと勝手に想像するが、同じ様を映画で見せつけられて、あまつさえお母さんは爆笑していて、気分良くないのでは? と思ったのだが、なんだ、ちゃんと笑ってるじゃん。なるほど、きっとこのお父さんは、もうそういう段階は既に通過しているんだろうな、と想像すると、なんというか、もう、そういう人生の先輩に対しては怒りの感情は持てないというか、終わったところで「面白かったっすね」と声をかけたくなるほどだった。全く見知らぬ老夫婦は、どこから来たのか知らないし、どんな家族を持つのか想像もつかないけれど、きっと、お幸せなんでしょうな。この映画を夫婦で観て笑えるなんて、正直うらやましいよ。

 というわけで、結論。
 山田監督は、「喜劇が一番難しい」と仰っていたが、ご報告があります。わたくし、『家族はつらいよ』を拝見させていただきましたが、場内大爆笑でしたよ!! 勿論わたしも、笑わせていただきました。さすがっす。以上。

↓ あれっ!? 小説が出てたんですな。しかし、小説で読んで面白い話なのかな……。そして音楽は、名匠・久石譲先生です。
家族はつらいよ (講談社文庫)
小路 幸也
講談社
2015-12-15

「家族はつらいよ」オリジナル・サウンドトラック
久石譲
ユニバーサル ミュージック
2016-03-09

 というわけで。
 現在公開中の『母と暮らせば』を観て、大いに感動してしまい、黒木華ちゃんという女優や吉永小百合さんや二宮くんはホントに素晴らしい、と、そこら中で事あるごとに話しているわたしだが、やっぱり山田洋次監督というのはすげえ、ということを今さら認識し、その後、WOWOWで録っておいて観ていなかった『小さいおうち』も観て、これまた感動し、ちょっとこりゃあ、山田洋次監督の作品は全部見ないと、映画オタクとして大変恥ずかしいのであろうということを、まったくもって今さらながら、明確にな事実として了解したわけである。
 と、Wikipediaで、山田洋次監督のフィルモグラフィーをチェックしてみたところ、意外と平成に入ってからの作品は既に観ていて、あとは『東京家族』を観れば、全部観てるかも、という事実が発覚した。なのでさっそく、『東京家族』をどこかのネット配信で観るか、と思ったのだが、いやまてよ、ひょっとしたら……と録りためてあるBlu-rayを漁ってみたところ、ちゃんとWOWOWで放送したのを録画してBlu-rayに焼いてあるのを発見した。さすがオレ。万事抜かりない男である。
 と、自画自賛する人間には、おおよそ、ろくな人間がいないと思います。

 この映画は、実のところ、小津安二郎監督による『東京物語』の平成リメイクである。ほぼ筋書きは同じ。なので、きっと自称・映画通の方々は、本作を小津作品と比較して、どうでもいいことを抜かす場合が多いのではないかと思うが、そんな比較は、わたしにはまったくどうでもいい。そんな1953年(昭和28年)の作品と比べて何か意味があるとでもいうのかね……? 家族の在り方なんて、まったくもって変わってしまっているというのに。
 それと、実はわたしは、黒澤明監督は大ファンで、生前一度だけお目にかかったことがあるし、全作品とも何度も観ている。ので、黒澤映画を語りだすと、おそらくは127時間ほどしゃべり続ける自信はあるのだが……小津安二郎監督の作品は、実はあまり好きではないのです。なんというか、あのまったり感? というか、静かなのっぺり感? がどうしても苦手で、黒澤的なギラギラ感の方がどうしてもわたしの好みなのである。実のところ、小津作品は、『東京物語』を含め、遺作の『秋刀魚の味』、それから『晩春』『お早よう』の4本しか見ていない。しかも、全部20年以上前に観たっきりである。
 なので、小津監督による『東京物語』のストーリーは薄らぼんやりとしか覚えていない。確か、尾道から出てきた両親が、(戦後の)東京の子どもたちの家にやって来て、あまりいい思いをせず帰ったところで母が亡くなり、そのお葬式に今度は東京の子どもたちが尾道ににやって来て、また嫌な感じでさっさと帰っちゃう、けど、戦争で亡くなった次男のお嫁さんだけはいい人だった、みたいな感じで、正直なところ正確なディテールは忘れている。確か長女がやな奴じゃなかったけ? ぐらいの印象しか残っていない。

 とまあ、こんなわたしが、昨日の夜、クリスマスイブだというのに、ぼんやりと、平成の世に生まれ変わった山田洋次監督による『東京家族』を観たわけだが、結果としては、映画の神様ごめんなさい、この映画を劇場に観に行かなかったオレは本当にバカでした。と深く謝罪をせねばなるまいという結論に至った。ホントすみませんでした。素晴らしかったです。
 山田洋次監督は、『寅さん』シリーズでも一貫して「家族」というものを描いてきた監督である。また、震災を経験した我々日本人にとっては、まさしく「家族」というものは極めて大きなテーマであり、山田洋次監督がこの作品を2013年に公開したことにも、大きな意味があると思う。
 この映画で描かれた物語は、間違いなく、わたしのような40代のおっさんや、50代ぐらいの人間には猛烈に突き刺さるはずだ。間違いなくやって来る親の死。それが10年後なのか20年後なのか、ひょっとしたら明日なのか。それは誰にもわからない。けれどその日は、100%確実にやって来る。親孝行は、親のためというよりも、自分のためだというのがわたしの持論だが、親を亡くした時に、胸を張れる自分でいられるかどうか。後悔をしなくて済む自分かどうか。やましい気持ちにならずに済んだ自分であるかどうか、それが親孝行の判定基準だとわたしは思っている。
 この物語の登場人物たち、特に子供たちはどうか。また、愛する妻を亡くした父も、どうなのか。たぶん、みんな後悔している。ああ言ってあげればよかった、こうしてあげればよかった、と。それはもう、どうしようもない。あまりに亡くなるのが急だったし、倒れて一度も意識は戻らなかったし。だがそういった気持ちは、あくまで自分が思うことであって、第三者にとやかく言われるものではない。
 そこが難しいところで、例えば、わたしとしては、仕事が忙しいと言って東京に来た母をあまり構わなかったくせに、葬式では母のアレが欲しいからちょうだい、とか言い出す長女なんかには、この人は嫌な女だなーと思うものの、実際のところ、その長女の本心はわからない。それを批判するには材料が足りなすぎるし、そもそもまったくの赤の他人なので、別にどうでもいいとしか言えない。
 しかしそれでも、少なくとも、なるべくこうはなりたくないなあ……という意味での一つのビジョンは示してくれる。やっぱり、映画というものは、まあもちろん小説でも漫画でもそうだけれど、観客や読者といった受け手自身に、自分のこととして振り返らせるような、心に突き刺さる作品が、傑作と呼んでいい作品なのだろうと思う。わたしはこの映画を観て、既に父を亡くしている男としては、残る母をどう送るか、が、おそらくは今後の半生における最大の問題であろうという認識をあらたにした次第だが、この映画は非常にわたしの心に突き刺さった。

 で。
 役者陣は、相変わらず素晴らしい芝居ぶりで文句はほぼない。やっぱり、妻夫木くんの適当でいながらやさしい次男とか、その彼女の蒼井優ちゃんは、若手ではトップクラスであろうことをこの映画でも証明してくれていると思う。妻夫木くんも、二宮くんと同じように、いつも本当に自然というかナチュラル系ですね。作りこみ系ではないですな、この人は。実に良いと思います。蒼井優ちゃんも、非常に可愛い娘さんを好演しておりますね。素晴らしい。また、長男夫婦、長女夫婦も、まあ先ほど書いた通り長女とは永遠に友達にはなりたくないが、演技としては非常にハイクオリティであった。長男の嫁を演じた夏川結衣さんは、非常にいいですな。物語上も結構いい人で、嫁として十分以上に夫の両親に対して優しい役だし、演技ぶりもとても良かった。
 そして老いた両親を演じた橋爪功お父さんと吉行和子お母さんもお見事でした。優しくていつも厳しい父親との間に立ってくれたお母さん。とても胸にしみました。元先生で、次男を理解しようとしない堅物のお父さんも、お母さんの偉大さが身に染みたでしょう。今後は、ちゃんと次男にも優しくしてあげないとダメですよ。まあ、現実にはホント、家族ってのは難しいですな。決して美しくはならないのが現実の家族であることは間違いない。たぶん、この映画で描かれた家族も、母を亡くしても、結局はそうあまり変わって行かないと思う。なので、たまにはこういう映画で、他人の家族を冷静に眺めて、自分に立ち戻って考えてみる必要があるんでしょうな。自分の家族ってやつを。

 というわけで、結論。
 『東京家族』は、40代以上の日本国民は全員観るべき価値のある作品だと思います。そして、やっぱり自分に置き換えて、今後どう生きるか、ちょっとだけでも振り返ってみた方がいいと思います。
 そして、『東京家族』とまったく同じキャストで贈る喜劇『家族はつらいよ』は絶対に劇場に観に行こうと思います!!


↓ 可愛いのに、なんかわたしの周りは嫌いと言う人が多いのは何故? わたしはもちろん大好きです。

 おとといの月曜日の夜に、『母と暮らせば』を観て大いに感動したわたしは、昨日はずっと、黒木華ちゃんの天然昭和フェイスに頭の中が占領されていたわけです。
 なので、昨日はさっさと帰って、WOWOWで録画したはずの『小さいおうち』を観よう、と思い、いざHDDの発掘作業をしてみたわけです。
 確かに録ったはず。それはたぶん間違いない。ので、まずはデッキのHDDから手を付けた。しかし、2TBの容量なのにあともう100GBぐらいしか残ってないことからも明らかなように、録っただけで観ていない映画がごっそり詰まっていて、30ページぐらいスクロールしてみないと一体どこにあるのかすらわからない状態であった。
 しかし、全ページチェックしても、ない。おかしい。次に、USB接続しているHDDは、3TBの容量で、こちらにも録画した映画を結構移してあるので、最初からせっせと探してみるも、やっぱりない。あれえ!? 嘘だろ、消しちゃったのか?  バカバカ!! オレのバカ!! というわけで、あきらめて、WOWOWのWebサイトで、次に放送があるのはいつなんだろう、つーか、また放送してくれるかしらん? と調べてみたら、来月、1回だけ放送されるようなので、とりあえず自宅PCのディスプレイに、「1/16:WOWOW:小さいおうち」と付箋を貼って、Googleカレンダーにも、予定を書き込んでみた。
 そこで、ふと、未整理の、Blu-ray DISKの山が目に入ったので、ひょっとしたら、BD-REに焼いたんだっけ? という気がしてきたので、中身のインデックスを書いていないDISKを片っ端からPCのドライブに突っ込んで、中身をチェックしてみた。わたしはたいてい、50GBのRE-DLに焼くので、それぞれのDISKは10本ぐらいは映画が入っている。そのDISKの山を、この際だから何が入っているか、ちゃんと書いておこうと、メモを取り始め、ああ、このDISKにはこんなの入ってら、あ、これ、観てないな、とか、延々と作業をしていたら、9枚目のDISK に、『小さいおうち』が入っているのを発見した。良かったー、消してなかった。さすがオレ、抜かりないぜ。と、60分ほどの作業を要したことを棚に上げて思うわたしは、もう、本当にダメな男だと思いました。
 というわけで、山田洋次監督作品『小さいおうち』を、今さらながら昨日初めて観たわけである。

 結論から言うと、やっぱり素晴らしい作品であった。物語・脚本・演出・そして役者陣の芝居ぶり。ほぼパーフェクトと言っていいような気がする。そして、この作品でもやはり、黒木華ちゃんの天然昭和フェイスは非常に美しく、そして可愛らしく、大変わたしとしては満足のいく作品であった。ヤバイ。どんどん華ちゃんが好きになってきたんですけど、どうしたらいいのでしょうか。
 物語は、詳しくはWikipediaの方を参照していただくとして、どうやら中島京子先生が直木賞を受賞した原作小説と、今回の映画版では、微妙に物語が違うようだ。
小さいおうち (文春文庫)
中島 京子
文藝春秋
2012-12-04

 わたしは残念ながら原作を読んでいないので、以下、あくまでも映画版の物語限定で記します。
 映画では、現代の平成の世と、戦前・戦中の昭和10年代とが入れ替わりながら物語は進む。冒頭は、とある老女のお葬式。その遺品整理中に、遺族の若者が老女の自叙伝を見つける。それは、自分が自叙伝でも書いたら? と勧めていたもので、映画はその自叙伝で描かれる昭和初期と、自叙伝執筆中の老女の生前の姿と、亡くなって以降と3つの時制で語られる。
 昭和10年代。タキは山形から住み込みの女中奉公のために東京へやって来て、とある小説家の娘が嫁いだ先の平井家に奉公することになる。平井家は比較的裕福で、新築したばかりの、赤い瓦屋根が可愛らしい小さなおうちに住んでいた。奥さん、時子は美しく聡明な女性で、タキを「タキちゃん」と呼び妹のようにかわいがってくれた素敵な奥さんだった。旦那はおもちゃ会社の常務で毎日を忙しく過ごしており、決して悪い奴ではないけれど、まあ昭和初期の男なので、家庭にはあまり興味がない。また、子どもも一人いて、小児まひにかかってしまうけれど、タキの懸命な看護で小学校に上がる頃にはすっかり元気ないい子に育っていた。
 そのような、いわば「家政婦は見た」的な平井家の生活が、平和に、そして楽しく過ぎていく。そしてある正月、旦那の会社に入社した、美大出身のデザイナー(?)が挨拶にやって来て、時子奥さまとそのデザイナーが出会い、次第にお互い魅かれて行き……というお話。

 やはり、この映画でも役者陣の芝居は本当に素晴らしい。
 筆頭に挙げたいのは、この作品では華ちゃんでなく、はやり時子奥さまを演じた松たか子ちゃんであろう。この人は本当に上手ですな。演技にかけては、現役最強と言っていいような気さえする。もちろん、エルサですっかりおなじみになったように、歌も、ミュージカルで鍛えた実力派だ。わたしは20年ぐらい前に、松たか子ちゃんが歌手としてCDを出し始めたころから彼女の声がすごく好きで、CDも持っていたほどだったのだが、歌はうまいけど、顔は微妙かな……と大変失礼なことを思っていた。のだが、どういうわけか、これまた10年ぐらい前、たぶん、山田洋次監督の『隠し剣、鬼の爪』を観て以来だと思うが、あれっ!? 松たか子って、こんな人だっけ? ちょっと可愛いんじゃね? つーかすげえ可愛いじゃんか!! と急に彼女の可愛さに目覚めた謎の過去がある。今ではすっかり大ファンなのだが、今回の時子奥さまの品のある所作や悩める表情、そしてタキちゃんにぶつける激情など、完璧だと言っていいほどお見事であった。
 そして、もちろん、本作でも華ちゃんこと黒木華さんはおそろしく可憐で、おそらくは日本全国の男全員が、タキちゃんに惚れることは確実であろうと思われる見事な芝居であった。いやあ、ホントにいい。今回の華ちゃんは、女中さんなので基本的に常にうつむき加減なのだが、時に見せる笑顔が最上級に素朴かつ魅力的である。また時に涙を流す姿は、誰しもが、どうしたの、大丈夫か? と思わず肩を抱きしめたくなるような、放っておけないオーラが放出されており、もうわたしは一緒に泣くしかない有様であった。
 まあ、これ以上書くと、我ながらキモイのでやめておきますが、この松たか子ちゃんと黒木華ちゃんの素晴らしい演技を劇場に観に行かなかった、そしてあまつさえ録画しておいたにもかかわらずさっさと見なかったわたしは、オレは本当に観る目がねえなあ、と絶望的な気持ちになりました。まったくもって映画オタを名乗る資格なしである。情けない。
 そのほかの役者陣に関しては、平成部分の老いたタキを演じた倍賞千恵子さんと、タキの妹の孫にあたる若者を演じた妻夫木聡くんの二人が素晴らしかったことを付け加えておこう。長年、寅さんの妹さくらを演じてきた倍賞さんは、山田洋次監督の信頼厚い役者さんだろうと思うが、やっぱり上手なのは間違いなく、非常に良かった。すっかりおばあちゃんとなった、かつての可憐なタキちゃんが、長年抱えてきた秘密。その想いから、長く生き過ぎたと涙を流す姿は、猛烈にわたしのハートを揺さぶるものだった。そして、平成の若者らしく調子のいい青年を演じた妻夫木くんも、何気におばちゃん思いのイイ奴で、悪くない。非常に良かったと思います。

 しかし、改めて思うのは、やはり山田洋次監督は、日本が誇る名監督である、という事実である。もちろん、そんなことは知ってるよ、お前が知らなかっただけだろうが!! と年配映画ファンに怒られてしまうのは確実だと思うが、一体、この事実は、どうしたら現代の若者に伝わるのだろうか? おそらくは、20代や30代の若者は、まったく山田洋次監督の作品に興味はなかろうと思うし、実際、興行はシニア中心である。もっともっと、若い人に見てもらいたいのだが……おととい観に行った『母と暮らせば』のように、若者を呼べるキャストを使っていくのが一番手っ取り早いのかな……。昨日も書いた通り、『母と暮らせば』には、おそらくは二宮くん目当ての若い女性客が結構入っていた。この『小さなおうち』の、時子奥さまと魅かれあうデザイナーが、吉岡秀隆ではなく、もっとイケメンだったらなあ……と思ってしまったわたしは、実は……ファンの方には大変申し訳ないのだが……吉岡くんがあまり好きではないのです。サーセン。まあ、とにかく、若者層が劇場へ来るようなキャストで、次回作を撮っていただきたい。と思うのだが、実はもう、山田監督の次回作は既に完成しちゃってるんだよな……↓これ。2016年3月公開『家族はつらいよ』。

 わたしはもう、心を入れ替えて、今後の山田洋次監督の作品は、ちゃんと劇場へ観に行くことにするが、はたしてこの『家族はつらいよ』が、若者に届くかどうか……難しいだろうなあ……もう、ずっと二宮くんを起用すればいいのに……!!
 
 というわけで、結論。
 『小さいおうち』は2014年の作品なので、ちょっと前の作品だが、もし観ていない人は是非、今からでも観てほしい。極めて上質な役者陣の芝居に没入していただきたいと思います。松たか子ちゃん、黒木華ちゃんがとにかく最高です。なお、松たか子ちゃん演ずる時子奥さまの旦那は片岡幸太郎氏が演じておりますので、歌舞伎ファンも是非!! 以上。

↓ この映画での松たか子ちゃんは、超可憐でけなげな女中さん。最強に可愛い方言遣い。この映画で惚れた。 ヤバいな……また観たくなってきた。今日もさっさと帰って、久しぶりに観るか……。
隠し剣 鬼の爪 [Blu-ray]
永瀬 正敏
SHOCHIKU Co.,Ltd.(SH)(D)
2010-12-23

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