去年の3月頃、わたしはその時大変お世話になっていた美人のお姉さまに教えてもらった小説、高田郁先生の『みをつくし料理帖』というシリーズをせっせと読んでいて、これがまたとても面白く、最後まで楽しませてもらったわけだが、『みをつくし』は全10巻で完結していて、一気に全巻を読破してしまったわたしとしては、主人公の澪ちゃんにもう会えないのか……と一抹の淋しさを感じていたのであります。しかし、既に高田先生による『あきない世傳』という新シリーズの刊行が始まっていて、じゃあそっちも読んでみよう、というわけで、夏ごろにその新シリーズの2巻が出るころのタイミングで1巻・2巻を読んでみたところ、こちらもやはり面白く、これはしばらくこのシリーズを楽しんでいけそうだ、という確かな手ごたえを感じたわけである。そして先日、『あきない世傳』の3巻目が発売になったので、待ってたぜ!と早速買い求め、読み出したところ、2日で読み終わってしまった。今巻でも、またもや、なかなかのピンチに陥る主人公「幸(さち)」ちゃん。果たしてこの女子に幸せはやって来るのだろうかと大変心配だが、結論から言うと今巻もとても面白かった。

 ハルキ文庫は、どうも電子書籍には興味がないようで、まだ紙の本しか買えない。版元である角川春樹事務所の作品で電子書籍化されているのは、どうやらごくわずかなようだ。たしか、社長たる角川春樹氏は、どっかで本屋さんの味方です的なことをしゃべっていたと思うが、まあ、電子で出ないなら出ないでそれでも構わない。いっそ、電子では出さない、という方針を明確にしてくれた方が、電子版が出るまで待つか……とイラつくこともないので、わたしとしてはその判断はアリ、だと思う。
 しかし、紙の本の場合は、発売日が非常にあいまいで、これは流通上やむを得ないというか業界的な慣習なので仕方ないのだが、版元のWebサイトでの発売日の告知は昨日だったと思うが、おとといには書店店頭に並んでいて、わたしもおととい買い、昨日読み終わってしまった。ま、そんなことはどうでもいいけど。
 さて。まずはおさらいと行こうか。本作『あきない世傳』シリーズは、舞台を大坂のとある呉服屋さんに据え、そこへ女衆として働きに出た当時9歳の少女「幸(さち)」ちゃんが、その賢い頭脳を駆使して、成り上がるサクセスストーリーである(たぶん)。現在はまだ序章的な始まったばかりなので、全然サクセスしてませんが。時代と時間軸をまとめると、こんな感じ。
 【1巻】:冒頭は1731年。幸は7歳。武庫川のほとりの今でいう西宮あたりの農村在住。学者だった父や、優しく賢く大好きだった兄を亡くし、大坂の「五鈴屋」という呉服屋さんに奉公にあがることになる。その時9歳(1733年夏)。1巻ラストでは13歳まで成長。五鈴屋の三兄弟が非常に対称的で、今気が付いたけれど、そういえばカラマーゾフの兄弟の三兄弟に、キャラ的に結構似ているような気がするな。長男は荒くれ者で色里通いのクソ野郎だし、次男は冷徹な商売のことしか考えない野郎、そして三男は心優しい、的な。それぞれのキャラ紹介は、1巻を読んだときの記事を参照してください。
 【2巻】:長男のクソ野郎が、とてもいい人だったお嫁さんと離縁し、幸ちゃんを嫁に迎えることになり、幸ちゃんは女衆から一気に「ご寮さん」(大坂商人の旦那の奥方)にクラスチェンジ。ただし長男がとことんクソ野郎でえらい目に遭う。が、ラストで長男死亡、そして次男が、じゃあ幸ちゃんを嫁にもらっていいなら、後を継いでもいいぜ、と衝撃の展開に。このラストの時点で幸ちゃんは17歳まで成長。長男のクソ野郎の唯一褒められる点は、幸ちゃんを力づくでモノにしようとはしなかった点で、まあ、幸ちゃんもまだ子供だったので助かった、という展開。
 で、今回の【3巻】ですが、今回もまたかなり大変な展開が待っていました。時間軸的には、主人公幸ちゃんは、ラストでは21歳かな? だいぶ成長しました。そしてすっかり別嬪さんにおなりで、大変よろしいかと存じます。
 そして今回、商売部分のポイントは、現代ビジネス視点からも非常に面白く、長男のクソ野郎が毀損してしまった五鈴屋の信用をどう回復するか、そして次男のビジネス改革を店員たちや顧客にどう受け入れてもらうか、という点にあった。
 次男のビジネス改革は、主に3つのポイントにまとめることができる。
 ◆売掛金の回収サイトの変更
 これは、当時は年末一括払いというのが当たり前(?)だったのを、年5回の売掛回収とするという方針で、さらに、店員たちに毎月の販売ノルマを課すというおまけ付きであり、当然みんな、え―――っ!? と困ることになる。現代ビジネス感覚から言えば、回収サイトが早まればもちろんキャッシュフローも良くなり、経営にとってはいい話だけれど、長年の付き合いのある顧客からすれば、ちょっと待ってよ、と反発を喰らうのは当然だろう。しかし、次男は、「ガタガタいう顧客は切っていい」と強気で一歩も譲らない。まあ、わたしとしては、この改革は実際アリ、だとは思う。従来は年1回の回収ということで、ちゃんと利息も取ってたそうで、その利息分、安く提供できるじゃん、というのが次男の理論らしいが、それはアリとしても、社長たる自分は何もせず、従業員に押し付けるのはちょっとどうかな、と言う気もしなくもない。が、とにかくこの改革は成功する。
 ◆宣伝広告をするのだ!
 この、売掛回収期間の変更を周知させるにはどうしたらいいか。どうやら当時も、現代で言うチラシ的なものはあったそうだ。しかし、幸ちゃんのアイディアで、貸本の草紙本の空きスペースに広告を出すことを思いつく。そしてそれはまんまと成功。また、かつて2代目五鈴屋時代に、傘に店名を入れたものをレンタルしていたことがあった、という話を聞いた幸ちゃんは、そ、それだ――!! と喰いつき、五鈴屋オリジナル傘を販促のために配布するアイディアをひらめく。そして次男もその策を採用し、瞬く間に評判になる。この宣伝広告、あるいは販促施策は非常に現代的で読んでいて面白かった。ま、雑誌広告みたいものだし、販促アイテムの配布も、まさしく現代でもやってることですわな。ここは大変面白かった。
 ◆仕入先の変更
 従来、五鈴屋は、京の問屋から仕入れた反物を販売する小売店なわけだが、それではどうしても、五鈴屋オリジナルの商品がなく、競合店との差別化ができないわけです。どこかいい織物を織っている産地はないものかと次男は悩んでいたのだが、幸ちゃんのひらめきで、有名な生糸の産地に、糸だけじゃなくて織物も生産してもらえばいいじゃね?ということに気づき、生糸の産地へ交渉に向かう次男。ついでに設備投資の資金を貸し付けて、独占契約を結べば、小売りだけではなく卸もできるじゃん、とイイこと尽くしのように見えたが……ラストに大問題が発生してしまう。
 この大問題は、次男の性格に由来するもので、読んでいる読者から見れば、まあ、そうなるわな、と非常に残念なお知らせだ。こと、ここに至るまでの間に、幸ちゃんと次男の間の関係性が丁寧に語られていて、大変分かりやすい物語だと思った。
 次男は、とにかく商売優先で、あきないに情けは不要、というポリシーを貫いている。幸ちゃんとしては、そういう次男の態度にはいちいちイラッとしてしまうわけだけれど、あきないに対する情熱は本物だと思ったから、嫁になることも承諾したわけで、そういう次男のポリシーが産む軋轢(対店員、対顧客、対仕入れ先、対同業者組合、とステークホルダーをことごとく怒らせる困った社長)を、少しでも解消してあげようと思っていたわけです。しかし、宣伝広告や仕入れ先など、ことごとく幸ちゃんのアイディアが生きてしまって、社長としては面白くないわけですよ。つまらん男のプライドですな。その果ての暴走が、ラストの大問題を引き起こしてしまうわけで、こういった点も、現代ビジネスマンが読んでも非常に面白いと思う。
 わたしも営業経験があるし、経営の根幹にも携わってきたので、今回の話は大変興味深かった。まあ、次男は残念ながら社長の器にあらず、でしょうな。有能なプレイヤーが有能なマネージャーになれるかという問題は、現代でも難しいわけで、有能な人間は自分で何でもできてしまうから、人の使い方が下手、ってのは非常に良くあるパターンであろう。わたしは、商売、というより、ビジネス全体に対して常に思っている鉄則がある。それは、目上であれ目下であれ(買う側であれ売る側であれ)、「相手を怒らせたら負け」という鉄則だ。常に、相手を笑わせ、気持ちよくさせるのが勝利の鍵だとわたしは信じているので、心の中では「ちくしょうこのクソ野郎お前との取引はこれが最後だ死ねバカ」と思っていても、満面の笑顔で商談できるし、何かお願い事がある時は、全身で「お願いしますアナタが頼りなんです」的オーラを醸し出して、何気にこちらに有利な条件で相手を説得することも得意技だ。勿論、感謝も全身で伝えるし、仕事に関係ないようなどうでもいいアホ話だけしかしないで帰ることもある。極論すればそれらのわたしのテクは、まさしく情に訴えかける方向性であり、相手を怒らせることは、一番やってはいけないことだと思っている。何しろそこですべて終わってしまうし、相手の怒りを鎮める手間も時間ももったいない。
 現代社会のビジネスは、ほぼ契約に縛られているので、実際のところあまり情に訴える必要はなく、クールに淡々とこなせる部分も多いかもしれないが、次男の態度では、いずれ破たんが起きるんだろうな、というのは読みながらずっと思っていたことなので、ラストの大問題発生も、残念ながら自業自得としか言いようがない。
 今回、その大問題発生で物語は終了したのだが、はたして今後、どう続くのだろうか?
 わたしは、実は最初から、きっと幸ちゃんは心優しい三男と結ばれるんでしょうな、と思っているので、長男死亡、そして次男がこのまま立ち直れなかったら、いよいよ三男の出番か? と短絡的に考えてしまうが、次男は次男で、5年以内に江戸進出を果たす!など、経営者としてのビジョンはしっかりしているので、ここで退場させてしまうのは実にもったいないような気がする。しかし一方で、幸ちゃんは、商売における戦国武将になる!的な野望があるので、実際のところ次男とは恐らく今後も折り合うことはないような気もする。ということはあれか、幸ちゃんは江戸支店長に抜擢、単身江戸に向かう、そして三男も作家として江戸でデビュー、とかいう展開はアリかもなあ。

 というわけで、結論。
 高田郁先生による『あきない世傳 金と銀(3)奔流篇』を読み終わったわけだが、今回は非常にビジネス面でも興味深く、また各キャラクター達の動向も大変面白かった。つーかですね、公式発売日の翌日なのに、大変恐縮なのですが……高田先生! 次の4巻はいつですか!!! 超楽しみに待ってます!!! あ、あと、『みをつくし料理帖』がNHKドラマになるそうで、しかも主人公の「澪」ちゃんを演じるのが黒木華ちゃんであることが発表されました!! わたしに『みをつくし』を進めてくれた美人お姉さまが言った通りのキャスティングで驚きです。さすがHさん、お元気にしてますか!? たまにはご連絡くださいませ! 以上。

↓ わたしの愛する宝塚歌劇で舞台化された、高田先生のこの作品、そろそろ読んでおくかな……。
※2017/4/12追記:やっと読みました。大変面白かったです。記事はこちらへ