わたしは大学生時代の1990年代初めころ、ビデオ&CDレンタルの店でバイトをしていたのだが、当然、当時はVHSであり、CDもまだまだ売れている時代であった。
 その店は駅前という立地もあって、金・土・日や、平日でも19時過ぎはかなり忙しかったのだが、やはり平日の昼はヒマで、そんな時にシフトに入ると、わたしはたいてい、店のモニターに何か映画を流して、ぼんやり観ていたものである。ほかのバイトの仲間は、スピーカーは流行りのCDをかけて音楽を流すのがある意味普通だったが、わたしは断然、映画の音声を流して、勝手に映画鑑賞としゃれこんでいたものだ。 ま、厳密にいうと確実に法に触れるような気もしなくもないが、完全に時効であろうからお許しいただきたい。
 で。
 わたしは当時すでに相当な映画オタ青年だったので、よく回転する人気作=新作なんかはたいてい劇場で見ているため、用はなく、わたしが店で勝手に流す映画は、わたしが観たことのない、古い名作といわれる作品ばかりだったように思う。なんでこんな思い出話を書き始めたかというと、昨日の夜、例によってHDD内に撮り貯めてある、WOWOWで録画した映画リストを眺めながら、 「おお、そういやシリーズ一挙放送があったときに録画したっけな、ちょっくら観てみるか」と思って観始めた映画があるのだが、その作品が、わたしとしてはまさしくあの当時、ビデオレンタル屋で平日の昼間にぼんやりと店のモニターで観た映画だったからだ。
 その作品こそ、『陸軍中野学校』である。1966年公開の大映による作品で、当時の大映TOPスター市川雷蔵氏が珍しく現代劇に出演した異色作として有名な作品である。
 お、配信もありますな。↓で、冒頭の3分弱が観られます。


 まあ、予告編動画はねえだろうなあ、と思って漁ってみたが、町山氏によるWOWOWの解説番組が、公式動画としてYouTubeにUPされていたので、とりあえず貼っておこう。なお、23分もあるクソ長い動画なので、観るのは最初の3分ぐらいまでいいと思います。それで、大体どんな映画かわかると思うので
 わたしがこの映画を見るのは、まさしく、あのビデオレンタル屋でバイトをしていたとき以来だから、およそ25年ぶりである。細かい部分はすっかり忘れていたが、 観始めて、わたしはとても驚いたことがあった。
 これはもう、たぶん世の中的には知られていることだと思うが、先般アニメ化されて人気を博した、柳広司先生による『ジョーカー・ゲーム』そのものなのである。もちろん、こちらの映画が先だから、正しく言うと、『ジョーカー・ゲーム』はそのものズバリ『陸軍中野学校』なのである。そうか、『ジョーカー・ゲーム』を初めて読んだとき、すんなり世界観に入り込めたのは、20年以上前にこの映画を見てたからなんだな、と自分的には実に納得できた。
 ただ、こう書くと、なんだ、柳先生はパクったのかよ、という方向性を生じさせてしまうかもしれないが、柳先生の名誉のために、断じてそんなことじゃないと申し上げておきたい。いや、だって同じ題材で物語を描いたら、そりゃあ似てくるのは当然だし、わたしは全くパクリだとは思わない。実際、キャラクターの描き方はかなり違うし、『ジョーカー・ゲーム』の主人公たる結城中佐的な、伝説的スパイ・マスターは出てこない。
 なんというか……本作『陸軍中野学校』は、実際のところもっと人間臭い物語だ。『ジョーカー・ゲーム』は、もっと登場キャラクターたち一人一人が「超人」的で、そういう意味ではかなりデフォルメされていると言っていいように思う。だからこそ面白いのだが、『陸軍中野学校』のキャラクターたちは、極論すれば「普通の人」である。
 その、「普通の人」が故の苦悩を描いた作品が、『陸軍中野学校』である。
 そしてとにかく、主演の市川雷蔵氏が素晴らしい!
  ちなみに、雷蔵氏は、ほとんどセリフがない。
 だが、恐ろしくクールで無機質な、ナレーションがすげえのです。
 物語の舞台は1938年。まだ大戦前夜である。雷蔵氏演じる主人公は、大学を出たのちに、士官学校(?)を卒業、少尉として陸軍に入隊するが、すぐに陸軍省へ出頭命令が下る。そしてそこで、靖国神社のそばのバラックへ出張せよとの命令を受領する。婚約者(演じたのは小川真由美氏。これまた超・素晴らしい!!!)がいる彼は、当然軍務なので詳しいことを話すことができず、「出張」と言い残して出頭するのだが、そこには18人の大学出の若者が集まっていた。そしてそこに現れた草薙中佐から、1年間のスパイ教育を受けることとなる……といった物語だ。
 陸軍の軍人だから、当然集まった若者たちはみな坊主頭。だが、草薙中佐は、髪を伸ばし、軍服の着用も禁じる。また、錠前外しのテクニックを学ぶのに府中刑務所に服役している伝説的鍵師の泥棒を講師に呼んだり、スパイとして女性をたらしこむための勉強・実技訓練なども行う。この辺は『ジョーカー・ゲーム』そのものだ。 しかし決定的に違うのは、『ジョーカー・ゲーム』の結城中佐が、「魔王」と呼ばれるほどの伝説的な男であるのに対し、『陸軍中野学校』の草薙中佐は、どちらかというと熱血漢の、スクール・ウォーズ的な熱い男なのだ。その熱意に、18人の若者たちは感化されて一生懸命頑張るわけで、その物語の流れは『ジョーカー・ゲーム』とは全然違うものだ。
  この映画に関しては、出来るだけネタバレはしたくないので、核心に迫る物語を書くことは避けるが、ラストのクライマックスにおける、市川雷蔵氏によるナレーションが、最高にクールでカッコ良くて、わたしはもう大興奮であった。このセリフははっきり覚えていたけど、こんな超・クールな声のトーンだったことはすっかり忘れていました。曰く、
 「わたしもスパイだった。わたしの心も、死んだ」
 このナレーションが流れる状況を説明したら台無しだと思うので、これは書きたいけど書けない!!
 気になった方は、ぜひ、レンタルか配信でご覧ください。探すとAmazonだけじゃなくて結構いろいろな配信プラットフォームでHDリマスター版の配信があるみたいすね。

 ところで、 本作は1966年公開作品ということで、当然(?)のことながらモノクロであり、上映時間も90分ほど、である。たぶん、当時は2本立てが当たり前だったんじゃないかな。だから短いんだと思う。そして、今の映画と一番違うのは、終了後に延々とエンドクレジットが流れるようなことがないという点だろう。今の映画は長すぎですよ。この当時の映画は、終わるとそこで本当に終わるのが当たり前だからなあ。ま、それだけ今と当時ではスタッフの数も違うのかもしれないすね。
 あと、これもすごいことなんだが、この作品が公開されて、2年のうちにシリーズ5作品が公開されている。今は絶対ありえないよなあ。これはいわゆる、「プログラム・ピクチャー」ってやつで、80年代までは普通にあったよね。夏とお正月の年2回、必ず公開される映画ってのが。 そういう映画がなくなったのは、やっぱり、TV局資本のTVドラマの映画化が邦画界のメインになって以降だろうなあ。ま、そのTVからの映画化という流れも、今やすっかり少なくなり、漫画の実写化の流れに代わってきているし、別にどうでもいいんだけど。
 しかし、つくづく思うのは、本作及びシリーズは、この1作目でしっかりキャラクターが誕生するまでを描き、続く作品ではもうそういった主人公が何者かを示す必要がなくなって、スパイアクション的に派手な活劇へと進化していったわけで、どうして『ジョーカー・ゲーム』も、もっと原作に忠実に、きっちりと結城中佐及びそのスパイ養成課程を丁寧に描かなかったのか、そこが実に残念だ……そうすれば、2作目以降のシリーズ化が出来て、ドル箱に成り得たのに……それだけのポテンシャルを持った素晴らしい原作を、良くわからない架空の設定にして、1作で物語を潰してしまったのは本当にもったいないと思う。実に残念だよ……。まあこれも、現代の映画製作体制の功罪かもしれないですな。最初から続編ありきで考えられるような時代じゃないってことか。ホント、みなさん、「リスク」って言葉がお好きですのう……。やれやれです。

 というわけで、結論。
 わたしとしては25年ぶりぐらいに観る『陸軍中野学校』という映画は、まず間違いなく『ジョーカー・ゲーム』のORIGINと言っていい作品だと思う。そして主演の市川雷蔵氏の超クールなナレーションと、素晴らしい演技ぶりは、実に観る価値ありです。おっさんやお姉さまたちだけでなく、『ジョーカー・ゲーム』が面白いと思う若者にも超お勧めしたいと思う。以上。

↓ シリーズ前作録画してあるので、次は第2作目の『雲一号指令』すね。完璧に第1作目のエンディングからの続きです。冒頭からいきなり、えええっ! と驚きの展開です。シリーズ全作、Amazon配信があるみたいすね。