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 わたしは、黒澤明監督の作品が大好きなわけだが、まあ、やっぱり、一番好きなのはどれかと聞かれると、実はかなり悩むし、未だに結論は出ない。結局のところすべて好きであり、一番はちょっと決められないのが現実なのだが、それでもやはり、『七人の侍』に関しては、一番かどうかは分からないけど、TOPクラスに好きであるのは間違いない。
 とにかく、すげえ。
 わたしは黒沢映画を見ていない人は、断じて映画好きとは認めないし、いろいろなところでそう言っていることはすでに周りではおなじみなので、まさか『七人の侍』を観ずして、わたしの前で「いやあ、オレ映画が好きなんすよ」と抜け抜けと言える人間はもはやいないと思うが、 観ていない人はマジで一度観た方がいいと思う。とにかく、すげえ、のである。
 わたしの記憶では、一番最初に観たのは80年代中頃のTV放送だと思う。1989年~91年まで、わたしはビデオレンタルのバイトをしていたが、当時、『七人の侍」のビデオソフトは発売されていなかったと思う。少なくとも、わたしがバイトをしていたレンタル屋には置いていなかった。その店はかなり大きな店で、置いてあったのは『乱』『羅生門』『静かなる決闘』『白痴』『デルス・ウザーラ』と言った東宝以外の作品と、東宝作品では確か『用心棒』『椿三十郎』ぐらいしかなかったと記憶している。単に置いてなかっただけなのか、発売されていなかったのか、実はよくわからないのだが、とにかくそんな状況だったので、わたしが黒沢作品をすべて見たのは、今はなくなってしまった銀座の「並木座」という名画座での「黒澤明の世界」という特集上映で、あれはたぶん1991年か1992年のことだと思う。
 そして、その当時、わたしの友だちがロスに留学していたのだが、まだインターネッツなどなく、当然メールも携帯すらもない時代、たまに手紙をやり取りするぐらいだった友達から、ある日国際電話がかかってきた。もちろん、家の固定電話に、である。その時のことはいまだに明確に覚えている。こんな電話で、わたしは大興奮したのである。
 友だち「た、大変だーーっ!!」
 わたし「ど、どしたの!? 何があったんだ!?」
 友だち「さっき、こっちのモールで買い物してたんだけど、大変なものみつけちゃった!!」
 わたし「は? 何を?」
 友だち「七人の侍!! ビデオ売ってる!! 49ドル99セント!!!」
 わたし「……な、なんだってーーー!?」
 友だち「どうする? ほしいよね? 買う!? 送ろうか!?」
 わたし「買いでお願いします……!!!!」
  というわけで、当時の友だちもわたしも金がなかったのだが、郵便局でMONEY ORDERという外国郵便為替? みたいなので50US$を送金したのである。懐かしい……。そして、3週間後ぐらいに友だちから送られてきたのが、これ↓である。久しぶりにわたしの本棚から引っ張り出してみた。
7samurai
 全然関係ない写真のパッケージが笑えるけれど、まぎれもなく『THE SEVEN SAMURAI』であり、中身はちゃんと『七人の侍』で、なんと、当たり前だが英語字幕入りである。「たわけ!!」が「FOOL」と訳されていて笑える。要するに、わたしにとっては『七人の侍』という作品はかなり思い入れがある、ということを言いたかっただけです。以上、前振り終了。

 というわけで、いつも通り無駄な前置きが長くなったが、今日、久しぶりにまた、劇場の大スクリーンで『七人の侍』を観てきた。2週間前に観た『生きる』同様、4Kマスターによる「午前十時の映画祭」である。
 この「午前十時の映画祭」という企画は、A日程の劇場とB日程の劇場と別れていて、A日程の劇場ではすでに2週間前に公開されていて、わたしもTOHO新宿へ観に行こうと思ったのだが、さすがに『七人の侍』は大変多くの方が劇場に駆け付けたようで、土日などは完売が相次いだそうだ。わたしが行こうとした初日も完売であった。で、仕方ないので、B日程の始まった昨日、TOHO日本橋へ観に行こうと思ったらまたしてもほぼ完売で、いい席がもうとっくになかったので、今日、地元市川にて観てみることにしたわけである。感心したことに、TOHO市川はちゃんと2番箱を『七人の侍』のために用意していて、キャパ317人の2番目に大きいスクリーンでの上映となっていた。そしてお客さんの入りも結構多く、人気のほどがうかがえる様相を呈していた。まあ基本、60代以上のおじちゃんばっかりだったけど、ちらほら、若い映画オタ候補の青年たちも観に来てましたね。よしよし、えらいぞ君たち。
 そして、肝心の4K修復だが、わたしがこの記事を見て仰天したことは、既にこのBlogでも書いた通りで、かなり、というか相当画質はクリアになっている印象だ。まあ、『生きる』の時も書いたけれど、元のノイズだらけの画像を知らない人だと、ある意味普通に思えることだろうが、はっきり言って超クリアである。音声の方も、一部はどうしても聞き取りずらい部分はあるが(何しろ怒鳴っているようなしゃべり方だし)、それでも、主要キャストのセリフはかなり明瞭になっていると思う。素晴らしい修復だとわたしとしては惜しみない称賛を送りたい。ほぼ、ごみやノイズはゼロ。コントラストもはっきりしていて、実に観やすく分かりやすい映像になっていた。この修復もすげえと思う。苦労のほどは、上記のリンク先のAV-Watchの記事をどうぞ。
 ところで……もう『七人の侍』については説明いらないよね? 物語については、もはや誰でも知ってるよな、観てなくても。なので、今回は自分用備忘録として、七人の侍たちの名前と、最終的に生き残ったのかどうか、をまとめつつ、わたしが名言だと思う名セリフをあげつらっておこう。なので、以下はもう完全ネタバレ全開です。
 ※以下動画は、「午前十時の映画祭」について仲代達也氏が語っているもので23分あります。

 【島田勘兵衛】
 侍たちのリーダー。演じたのは、『生きる』の渡辺さんこと志村 喬氏。最高です。
 百姓たちが侍探しをしているとき、盗人をとある侍が退治する現場に遭遇し、その腕を見込んで百姓たちが一番最初にスカウトした男。ちなみに、勘兵衛に斬られた盗人が小屋から出てきて、バタリ、と倒れるスローモーション(?)のシーンは超名シーンの一つ。はじめ勘兵衛は百姓のオファーを断るが、百姓たちのねぐらにしていた宿で、百姓たちを常々バカにしていた眉がつながった人足(わたしはそのつながり眉から、両さんと呼んでいる)が、「おい!お侍!これ見てくれ!これはお前さんたちの食い分だ!ところが、この抜け作たちは何食ってると思う!? 稗(ヒエ)食ってるんだ。自分たちは稗食って、お前さんたちには白い飯食わせてんだ!! 百姓にしちゃ精いっぱいなんだ!! 何言ってやがるんでい!!!」と怒鳴られ、「よし分かった。もうわめくな。この飯……おろそかには食わんぞ」と言って、百姓の依頼を受けることにする。
 最後まで生き残り、ラストでは「……今度もまた、負け戦だったな……いや、勝ったのはあの百姓たちだ……わしたちではない……」と言って去る。最終決戦当日、「勝負は……この一撃で、決まる!!」と百姓を鼓舞するシーンは超名シーン。カッコいい!!
 【勝四郎】
 唯一の「前髪」で、まったくのゆとり侍。戦経験はナシ。村娘の「しの」とヤっちゃう(ちなみに、むしろしのの方から誘われて行為に至る。最初は手が出せず意気地なし!!と言われちゃうのが笑える)。最後まで生き残るものの、ラストではしのにはあっさり振られる。もっとも、「しの」は生き残るため、という打算をもって勝四郎に近づきモノにしたとも見られ、生き残ることが確定した時点で勝四郎はお払い箱となったわけで、もてあそばれたのは純情な勝四郎坊やの方だった、という見方も十分以上に可能だと思う。いや、むしろその観方が王道かな。
 勝四郎は勘兵衛が盗人を退治するときのやじ馬の一人で、その剣の腕にほれ込み、弟子入りを願う。もちろん断られるがずっとついていき、最初はお前はダメだと勘兵衛にダメ出しを食らって仲間に入れてもらえないが、五郎兵衛と平八に「子供は子供で、働くぞ。もっとも、大人扱いしてやればだが」「じゃ、勝四郎を大人扱いしてやるか」と助け舟を出されて、やっと仲間に。なお、ほとんど戦わない。代わりに伝令係として活躍(?)。演じたのは木村功氏。黒沢映画の常連。わたし的には、『野良犬』の復員兵が一番印象深いかな。
 【片山五郎兵衛】
 勘兵衛が百姓の依頼を受けてから仲間探しを始めて、一番最初に腕を見込んでスカウトした人。勘兵衛による腕試しを「ご冗談でしょう」の一言で見抜いたデキる男。髭もじゃで、笑顔がとても印象的な気のいい男で、事実上ナンバーツー扱い(?)。最終決戦の前に、火縄銃で狙撃され、殉職。なお、その狙撃シーンはなく、銃声と、戸板に載せられて運ばれてくる亡骸だけ。生き残ってほしかった……。演じたのは稲葉義男氏。
 【林田平八】
 金がなくて、茶屋でまき割りをしているところを、そのひょうひょうとした人柄と、腕の良さを見抜いた五郎兵衛がスカウトした侍。勘兵衛には「まき割り流を少々」とふざけた自己紹介をする。後に侍たちの旗印になる旗(有名な○○○○○○△のアレ)を書いた男。野武士のアジトを夜襲した際、妻を野武士にさらわれた百姓の利吉を助けようとして、残念ながら、一番最初に死んでしまう。平八も火縄銃による狙撃でやられてしまった。演じたのは千秋実氏。黒沢映画の常連で、わたし的には『蜘蛛巣城』の三木義明の役(=マクベスでいうところのバンクォウ)が最高。
 【七郎次】
 勘兵衛の旧知の侍。出会いのシーンはなく、勘兵衛がそこでばったり出会ったとアジトに連れてくる。その時、七郎次は俸手振りかなんかをやってた模様。曰く、二の丸が焼け落ちたときはもう終わりかと思ったが、堀に身を沈めて忍び、頭に水草を乗っけて隠れていたそうで、勘兵衛としてはもうとっくに死んだかと思ってた、らしい。勘兵衛曰く「古女房」。小太り&月代がきれいにそられたちょっと丸い人。唯一の槍遣いで、最後まで生き残る侍のうちの一人。演じたのは加東大介氏。わたし的には、『陸軍中野学校』の草薙中佐としておなじみ。
 【久蔵】
 町で果し合いをしているところを勘兵衛たちが見かけ、スカウト。最初は仲間にはならんだろうと思っていたが、ふらりとやってきて仲間に。剣の達人。町での果し合いも、「……無駄だ。真剣なら死ぬぞ……」と忠告したのに、相手がかかってきてしまったので、やむなく斬った。戦いの中でも、火縄銃を「わしがなんとかする」とふらりと一人消え、翌朝、銃とともに村に帰ってくるような孤高の戦士。そのカッコよさに、勝四郎は大感激し、あなたは素晴らしい人だ!! と絶賛。照れくさそうに苦笑いをする久蔵さんが超クール!! そして、最終決戦では大雨の中、野武士のボスの放った銃弾に倒れる……。演じたのは宮口精二氏。『生きる』でもやくざの親分としてちらっと登場。
 【菊千代】
 勘兵衛が盗人退治したときのやじ馬の一人で、以来勘兵衛に付きまとうが、相手にされていなかった。が、久蔵が仲間入りした後で、百姓たちが「すげえ人見つけました!!」とぐでんぐでんに酔っぱらった菊千代を連れてきて、やっと晴れて仲間入り。乱暴な言動だが、実は一番の仲間思いで、優しい男。元々百姓出身。村はずれの家が焼かれて、そこから助け出された赤ん坊が泣きわめくのを抱きしめ、「これは……これはオレだ!! オレもこうだったんだ!!」と思いやりを見せたり、平八や五郎兵衛の墓の前で、いつまでも一人しょんぼりと悲しんでいたのも菊千代だった。
 また、戦いの準備中に、百姓たちが落ち武者狩りで実は鎧や刀を大量に保管していたことを見つけ、勘兵衛たちに、こんなに武器があったぜー!! とウッキウキで報告に来るシーンも、かなりの名シーンだと思う。勘兵衛たちは、浪人であり、それは要するに負け戦を体験し、落ち武者となったことがあるわけで、一同は百姓たちが落ち武者狩りをしていたことに対して、強い反感を抱くのだが、「百姓はバケモンだ。だが、そんなバケモンを作ったのはお前ら侍だ!!!」と菊千代が激怒することで、侍たちと百姓のわだかまりを、とりあえず収めるような、何気に重要な役割を果たす。そんな菊千代も、残念ながら、久蔵さんを狙撃した野武士のボスと相打ちになり、侍最後の殉職者に。
 わたし的には、菊千代と言えば、村に野武士が攻めてきたのを見つけ、「野郎~~~~!! 来やがった来やがったァッ!!!  ヒャッハァアァッツ――――!!」と超うれしそうに(ひょっとしたら恐怖を隠すためのハイテンションで)叫ぶシーンが一番好きですね。最高です。演じたのは、もちろん若き三船敏郎氏。最高です。この人、本当にイケメンだと思う。ちなみに、戦いの中盤で、久蔵さんが一人で火縄銃を奪ってきた活躍をまねして一人で行動し、火縄銃を奪ってくる活躍をするのだが、その潜入ミッションの際に、野武士に化けるために野武士から奪った鎧を着用し、それ以降はずっと、下半身はふんどしのみ&ケツ出しスタイルで暴れまくる。死んだときもケツ出しなのがカッコイイというか哀愁を誘うというか、とにかく最高です。マジで。

 というわけで、わたしは『七人の侍』のBlu-rayも持ってるので、実際のところいつでも見られるのだが、やっぱり映画館の大スクリーン&大音響で観るのは格別ですね。4Kリマスターもホントにクリアで見やすかったと思う。
 そしてこの映画でのポイントの一つは音楽ですよ。不安をあおるような重低音だったり、有名なメインテーマだったり、この『七人の侍』という作品は、その映像だけでなく音楽も非常に素晴らしいと思う。なんとなく、不協和音めいた重低音を響かせる音の使い方は、現代のChristoper Nolan作品の、Hans Zimmer氏による音楽を連想させるような気がした。もちろん、オリジナルはこちらですが。
 しかし……やっぱり、黒沢映画は最高ですね。もし、今まで『七人の侍』を劇場で観たことのない人がいたら、マジで今すぐ、「午前十時の映画祭」のチケットを予約すべきだと思う。大丈夫、あなたがいなくても会社は回りますよ。上映時間が3時間を超える作品なので(途中で10分インターミッションアリ)、10時から始まって14時近くまでかかるけど、この映画を見るためなら、ちょっと会社を休んでも劇場へ行く価値はあると思う。今回を逃したら、まあ、当分映画館で観る機会はないと思うし。あと週末は1回しかないので、次の週末にでも、劇場へ是非観に行って欲しいと思う。

 というわけで、もう全然まとまらないけど結論。
 黒澤明監督による『七人の侍』は、誰が何と言おうと超・傑作です。わたしは、黒沢映画を見ていない人間を映画好きとは一切認めません。当たり前でしょ。ありえないっすよ。黒沢全部見てから出直して来な。とわたしは常日頃申しております。最高です。4Kマスター、Blu-ray出たら買うべきかもな……。つかあれか、ちゃんと最新のAVアンプを買って、音響もきっちりそろえるかな。黒沢映画を観るために、なんかまた無駄遣いしたくなってきましたよ。わたしのアンプはもう20年物の、DOLBY SURROUND PRO-LOGIC2が出た頃のやつなんだよな……最新マシンが欲しい…・・・。以上。

↓ 配信で観てもいいですが、今、せっかく劇場で観られるこの機会を逃しては、映画オタは名乗ってはいけないと思います。
七人の侍
三船敏郎
2015-04-22


 

 わたしが大学および大学院で専攻したのは、ドイツの近現代演劇である。しかし、だからと言ってドイツの作品だけ読んでいればいい訳では全然なく、当然ギリシャ悲劇やフランス喜劇も読んだし、あくまで日本語翻訳で読める範囲だが、名作と言われる世界の戯曲類は、おそらくほぼ全て一度は読んだつもりでいる。そして散々作品を読んでみて思ったのは、やっぱりSHAKESPEAREはすげえ、つか、どう考えても一番面白い、という結論であった。
 シェイクスピア作品の中で、わたしの趣味としては、一番好きな作品は『Henry IV part 1&2』か『The Marchant of Venice』なのだが、いわゆる4大悲劇の中では、『MACBETH』が一番面白いと思う。 実は、わたしにとって『MACBETH』は、とりわけ思い入れのある作品なのだ。
 あれはたしか約25年前、戯曲を読んだすぐ後の頃だと思うけれど(さっき調べたら、わたしが持っている岩波文庫の「マクベス」は1990年発行の第54刷だった)、当時、銀座のプランタンの裏手の並木通りにあった名画座で、「黒澤明の世界」と題して、全作品を1週間ずつ、二本立てで延々上映する企画をやっていて、わたしも毎週足しげく通って全作制覇したのだが、その時に観た『蜘蛛巣城』という黒澤明監督作品は、まさしく『MACBETH』を原作とした戦国時代劇だったのである。まあ、その事実は有名なので、世の中的にはお馴染みだと思うが、約25年前にわたしは初めてそれを知り、観て、猛烈に興奮したのである。コイツはすげえ、つか、もうSHAKESPEAREの原作越えてるじゃん!! 黒澤すげえ!! と、当時の仲間に興奮して話をしたことを良く覚えている。
蜘蛛巣城 [Blu-ray]
三船敏郎
東宝
2010-02-19

 この、黒澤明監督によるスーパー大傑作『蜘蛛巣城』は、『MACBETH』原作だし、他にも、『』は『KING LEAR(リア王)』を原作としたウルトラ傑作、そしてわたしがロシア文学にハマったきっかけとなった『どん底』『白痴』など、25年前のわたしをとにかく興奮させた一連の黒澤映画は、今の若造どもにも観てもらいたい、傑作中の傑作だとわたしは考えている。実際わたしは、今の世の中には、映画好きを名乗る人間はやたらと多いが、黒澤映画を観ていない奴は一切認めないことにしている。まあ、わたしはこう見えて、心が狭いのである。
 というわけで、先日、世界イケメン選手権開催時にはTOP10に入るような気がするMichael Fassbender氏が、先日のSteve Jobs氏の次に演じるのはMACBETHだと聞いて、はあそうですか、とわたしが黙っていられるわけがない。な、何だと!? ほほう、そいつは要チェックだぜ!! というわけで、最新の『MACBETH』をさっそく観に行って来た。そして結論から言うと、この映画は相当上級者向けのMACBETHで、事前知識がないと、さっぱり意味が分からない出来栄えとなっていたので、ちょっと驚いたのである。

 物語はもう有名なので説明しないが、おそらく、『MACBETH』を上演あるいは映像化するに当たって、問題というか、どう表現するかポイントとなる点が2つあると思う。
 一つは、世界の文学史上最も有名な悪女の一人である、「マクベス夫人」をどういうキャラクターとして表現するかという点だ。 主人公マクベスより場合によってはクローズアップされる、「マクベス夫人」。彼女についてはいろいろな解釈があると思うが、マクベスを操ると言ったらちょっと言い過ぎかもしれないけれど、間違いなく本作では一番カギとなる人物である。
 そしてもう一つは、有名な「三人の魔女」とその「予言」をどう表現するか、という点である。本作に限らず、SHAKESPEAREの作品には幽霊とか亡霊とか、そういうSuper Natural要素が頻繁に出てくるが、『MACBETH』という作品には「三人の魔女(Three Witches)」が出てきて、極めて重要な「予言」をする。その予言にマクベスは翻弄され破滅に至るわけで、これもまた物語のカギとなる部分であろう。
 ちなみに、上記2点のポイントを知らない人は、恐らくこの映画を観ても、さっぱり分からなかったと思う。というのも、実に……なんというか、特に説明がないし、シャレオツ臭漂う雰囲気重視の映像で、どうも物語自体が薄いのだ。簡単な方から言うと、「三人の魔女」は、この映画では、まったく何者かよくわからない存在で、ビジュアル的にも魔女には見えないし、ただの良くわからない普通のおばさんたちなのである。しかも、これはわたしの記憶が失われているだけかもしれないが、なんと今回は「三人の魔女+謎の幼女」の4人組である。黒澤監督の『蜘蛛巣城』では確か一人の謎の老女だったように、改変するのは全然構わないのだが、なんというか、今回の魔女は全然雰囲気がなくて、ふらーっと現れては消える存在で、十分超常の存在ではあるけれど、もうチョイ、マクベスやバンクォウは驚いたり怖がったりしてもいいように思った。なんか、フツーに受け入れてしまっては、観客的には、あのおばさんたち何なの? と思うばかりで、どうにも物足りないようにわたしは感じた。知らない人が観て、通じたのかどうか、わたしにはさっぱり分からない。
 で、問題の「マクベス夫人」である。ほとんど彼女のキャラクターを説明するような部分がないので、おそらく、『MACBETH』を知らない人が観たら、一体この奥さん何なの? と訳が分からなかったのではないかと思う。そして『MACBETH』を知っている人なら、ズバリ、イマイチに感じたのではなかろうか。狂気が足りないし、迫力もない。マクベスを鼓舞するようなところも乏しい。元々、マクベスが結構クヨクヨ悩むところを、しっかりしろ!! とたきつけるようなキャラなのだが、ま、はっきり言って存在感が薄すぎるとわたしは思った。おまけに泣くとは!! こりゃあ、ちょっと問題ありであろう。
 わたしは、観終わって、一体こんな演出をした監督は何者なんだ!? と思ってパンフを読んでみたところ、まあ、ズバリ、ド新人と言っていいようなJustin Kurzelという男であった。自然光を基本とした撮影やそれっぽい雰囲気重視の画作りは、まあ、確かにセンスは非常にイイものがあるとは感じられるものだったが、キャラ付けという面での演出は、ちょっと相当イマイチだったと思う。とはいえ、パンフの解説を書かれている東大の教授はかなり高い評価をしていたので、まあ、所詮はわたしの好みに合わなかっただけなのかもしれない。何と言っても、わたしにとっての『MACBETH』は、完全に黒澤監督の『蜘蛛巣城』なのである。あの映画の、三船敏郎氏や山田五十鈴さんのギラギラした凄まじい演技と比較するわたしが特殊なのかもしれないので、そういう意味で、この映画は上級者向けだと冒頭に記した次第である。例えば、原作通りの台詞がきちんと使われていたり、その台詞を発する人物が巧妙に原作と入れ替わっていたりと、そういう点ではかなり真面目に作られている作品であることは間違いないと思う。
 では、最後に役者をちょっとおさらいしておこう。
 今回、主役のマクベスを演じたのは、前述の通り、Michael Fassbender氏である。まあ、イケメンですわな。わたし的には、この人は『X-MEN』におけるヤング・マグニートーなわけだが、カッコイイだけじゃなく、なかなか演技もいいですね、この人は。なので、今回大変期待して劇場へ向かったのだが……うーーーん……やっぱり、ちょっと雰囲気重視でマクベスっぽくはなかったかなあ。なんか落ち着いていて、もっと感情を爆発させて欲しいのだが、特に王座に付いてからの狂い方が全然足りないと思う。『蜘蛛巣城』での三船は、本当に凄まじいですよ。何度観ても最高です。
 あと、マクベスの友人で、マクベスに殺されることになるバンクォウを演じたPaddy Considine氏も、わたしは初めて見る方だったが、ちょっとイマイチかなあ……『蜘蛛巣城』でのバンクォウの役を演じたのは千秋実氏だが、亡霊となって現れるあのシーンは、三船の狂いぶりも強烈だけど、千秋氏の亡霊ぶりも最高です。完全落ち武者スタイルで登場する亡霊は、超雰囲気ありますよ。
 そして最後はやはりマクベス夫人を演じたMarion Cotillard嬢である。非常に美しく、雰囲気のある彼女だが、やっぱりなあ……迫力不足は否めないだろうな……一番のキーパーソンなのに……。『蜘蛛巣城』での山田五十鈴さんはホントにハンパなくヤバイ、完璧なマクベス夫人だったと思います。

 というわけで、結論。
 もし、この映画に興味がある人は、事前に原作を読んだことがある、芝居を観たことがある、なら、どうぞ行ってらっしゃいませ。いろいろ今までのマクベスと違うので、その点は面白く感じるかもしれません。が、そうでない人は、おとなしく原作を読んでからにした方がいいと思います。つーかですね、まずは『蜘蛛巣城』を観ることを強くおススメします。『蜘蛛巣城』の方が、100,000,000倍面白いですよ。以上。

↓ 本作の監督とMichael Fassbender氏とMarion Cotillard嬢が再度集まって撮影している次回作は、全世界で超売れてる有名なこのゲームを映画化するものです。

↓そしてこれがその予告編。ゲーム大好きなY君も、この予告を観て「これは期待できる!!」と相当興奮してました。

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