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 わたしが新刊を待ちわびる小説は数多いが、その中でも、日本の小説で、ここ数年毎年8月と2月に新刊が発売さてわたしを楽しませてくれているのが、高田郁先生による時代小説である。しかし今年の8月は、一向に新刊発売のニュースが聞こえてこず、おかしいな……と思って、かなりの頻度で版元たる角川春樹事務所のWebサイトを観に行ったりしていたのだが、いよいよ、今年は9月に新刊発売! というお知らせを観た時のわたしの喜びは、結構大きかった。そして、おっと、来たぜ! とよく見ると、なんとその新刊は、現在シリーズが続く『あきない世傳』の新刊ではなく、何と驚きの『みをつくし料理帖』の新刊であったのである。この嬉しい予期しなかったお知らせに、わたしはさらに喜び、9月2日の発売日をずっと待っていたのである。
 しかし―――愚かなわたしは8月末から別の、大好きな海外翻訳小説を読んでいて、すっかりその発売を忘れており、おととい、うおお! 忘れてた!!! と焦って本屋さんに向かったのであった。角川春樹事務所は電子書籍を出してくれないので、ホント困るわ……こういう時、電子書籍なら確実に、新刊出ましたよ~のお知らせが届くのにね。
 というわけで、昨日と今日でわたしがあっさり読み終わってしまった本はこちらであります!
花だより みをつくし料理帖 特別巻
髙田郁
角川春樹事務所
2018-09-02

 そのタイトルは、『花だより』。紛れもなく、高田郁先生による「みをつくし料理帖」の正統なる続編であり、本編の「その後」が描かれた物語である。あの澪ちゃんや種市爺ちゃんたち、みんなにまた会えるとは! という喜びに、わたしはもう大感激ですよ。そして読み終わった今、ズバリ申し上げますが、超面白かったすね。間違いなく、既に完結済の『みをつくし料理帖』が好きな人なら、今回の「特別巻」も楽しく読めるはずだ。それはもう、100%間違いないす。いやあ……なんつうか……最高っすわ!
 というわけで――今回の『花だより』は、シリーズが完結した4年後の1822年から、その翌年1823年が舞台となっている。軽くシリーズのラストを復習しておくと、主人公の澪ちゃんは宿願であった、幼馴染の野江ちゃんことあさひ大夫の身請けに成功し、超お世話になった大金持ちの摂津屋さんの助力を得て、夫となった源斉先生と、自由の身となった野江ちゃんとともに大坂に旅立ったわけである。もちろんそこに至るまでの道のりが、まさしく艱難辛苦の連続で、数々の超ピンチを乗り越えての幸せGETだったわけで、読者としてはもう、本当に良かったね、幸せになるんだぞ……と種市爺ちゃんのように涙したわけです。
 あれから4年が過ぎ、はたして澪ちゃん去りし後のつる家は、繁盛しているだろうか? 澪ちゃん&源斉先生夫婦は大坂で元気にやってるだろうか? そんな、読者が知りたいことが知れる、まさしく高田先生から読者への「お便り」が本作であります。
 本作は、これまでのシリーズ同様、短編4本立てで構成されていて、それぞれがそれぞれの人々を描く形で、それぞれの「その後」を教えてくれるものだ。というわけで、まあ、ネタバレになってしまうかもしれないけれど、簡単にエピソードガイドをまとめておこう。ネタバレが困る方はここらで退場してください。つうか、こんな文章を読んでいる暇があったら、今すぐ本屋さんへ行って、買って読むことをお勧めします。絶対に期待を裏切らない内容ですので。
 ◆花だより――愛し浅蜊佃煮>1月~2月のお話
 主人公は種市爺ちゃん。もう74歳となって、体もきかねえや、てな爺ちゃんだが、とある事が起きて、もうおらぁダメだと超ヘコむ事態に。すっかり気落ちした爺ちゃんは、年に1回は必ず届いていた澪ちゃんからのお手紙も届かず、いよいよ心はふさぐばかり。しかし、そんな爺ちゃんに、恩師を喪って同じく気落ちしていた清右衛門先生が大激怒!! 「この戯け者どもが! 真実会いたいのなら、さっさと会いに行けば良いのだ! それを遠いだの店がどうだ、と見苦しい言い訳をするな!」 というわけで、清右衛門先生、坂村堂さん、種市爺ちゃん&ちゃっかり(小田原まで)同行するりう婆ちゃんの、東海道五十三次珍道中の始まり始まり~!!!  つうか、やっぱり清右衛門先生の言う通りですなあ……会いたい人には会っとくべきですし、行きたいところには行っとくべきですよ。人間、いつどうなるかわからないものね……。
 ◆涼風あり――その名は岡太夫>5月~6月ごろ(梅雨時)のお話
 主人公は、かつての想い人、小松原さま、こと小野寺数馬、の奥さんである乙緒(いつを)さん。17歳で数馬のお嫁さんとなって早6年だそうです。この乙緒さんは、侍女たちからは「能面」と呼ばれるような、超クールで感情を表に表さないお方だそうで、別に冷たい人では決してなく、まあそういう教育を受けてきたからなんだけど、きっちりと真面目にコツコツやるタイプのようで、亡くなった小松原さまのお母さん(里津さん)が、亡くなる前に「小野寺家の掟」のようなものをきっちり伝授し、里津さんからも、この娘なら大丈夫と思われていたようなお方。そんな乙緒奥さんが、夫の「かつての想い人」である「女料理人」のことを聞いてしまい、おまけに2人目の子供の妊娠が発覚し、身も心もつらい状況になってしまう。しかし、そんな時にふと思い出したのは、里津お母さんから聞いた、とあるお話だった――てなお話です。まったく、不器用な夫婦ですよ……!
 ◆秋燕――明日の唐汁>8月のお話
 主人公はかつてあさひ大夫だった野江ちゃん。野江ちゃんは、摂津屋さんの助力で大坂で商売を始めていたのだが、これは高田先生の『あきない世傳』でも何度も出てきた通り、大坂商人には、「女主人はNG」というルールが当時あったわけで、摂津屋さんが業界組合を説得して3年の猶予をもらっていたけれど、その3年が過ぎようとしているという状態。要するにその3年間で、結婚して旦那を主として据えろ、というわけだ。しかし、野江ちゃんの心には当然、野江ちゃんをその命と引き換えに火事から救った又次兄貴がいまだいるわけでですよ。というわけで、又次兄貴との出会いの回想を含んだ、野江ちゃんの心の旅路の物語であります。泣ける……!
 ◆月の船を漕ぐ――病知らず>9月ごろから翌年の初午(2月)までのお話
 お待たせいたしました。主人公は澪ちゃんです。大坂へ移って料理屋「みをつくし」(命名:清右衛門先生)をオープンさせて早4年。大坂には死亡率の極端に高い流行病(コレラ?)が蔓延していた。源斉先生をもってしても、治療法が見つからず、数多くの人々が亡くなっていたのだが、「みをつくし」がテナント入居していた長屋のオーナーお爺ちゃんも亡くなり、後を継いだ息子から、つらい思い出は捨て去りたいと、長屋を売りに出すことになり、「みをつくし」も立ち退きを要求されてしまう。さらに追い打ちをかけるように、日夜患者の元を駆け回っていた源斉先生も体力的にも限界、おまけに医者である自分の無力さにハートもズタボロ、その結果、愛しい源斉先生もブッ倒れて寝込んでしまう。こんな艱難辛苦に再び見舞われた我らがヒロイン澪ちゃん。何とか料理で源斉先生を元気にさせようと頑張るも、まったくもって空回り。下がり眉も下がりっぱなしな状況だ。そんな時、とあることがきっかけで、澪ちゃんは忘れていた大切なことを思い出すのだが―――てなお話であります。
 というわけで、まあ、なんつうか……まったく澪ちゃんの人生はこれでもかというぐらいの艱難辛苦が訪れるわけですが、それを乗り越えるガッツあふれるハートと、とにかくキャラクターたちみんなが超いい人という気持ちよさが、やっぱり本作の最大の魅力だろうと思います。やっぱり、頑張ったら報われてほしいし、そういう報われている姿を読むことは、とても気持ちのいい、読書体験ですな。わたしとしては、久しぶりに会うみんなの、「その後」を知ることが出来て大変うれしかったです。まあ、控えめに言って最高すね。高田先生、素敵な「お便り」を有難うございました!

 というわけで、さっさと結論。
 高田郁先生による人気シリーズ『みをつくし料理帖』。既に物語は美しく完結していたわけだが、この度、各キャラクターの「その後」を描いた最新作『花だより~みをつくし料理帖 特別巻』が発売になったので、さっそく読んで味わわせていただいたわたしである。読後感としては、大変好ましく、実に面白かったというのが結論であります。我々読者の心の中に、キャラクター達は生きているわけで、既に完結した物語の「その後」が読めるというのは、やっぱり本当にうれしいものですね。高田先生、ありがとうございました! そして、次の『あきない世傳』の新刊もお待ち申し上げております! 以上。

↓ ドラマは結局あまり見なかったす。澪ちゃんを演じた黒木華ちゃんは最高だったんすけど、又次兄貴と種市爺ちゃんのイメージが、あっしが妄想していたのと違い過ぎて……。。。

 というわけで、全10巻読み終わった『みをつくし料理帖』。
 大変面白く楽しませてもらったわけで、昨日、あの話は何巻だっけな、と後で振り返れるように、各巻エピソードガイドを自分用記録として書いてみた、のだが、これがかなり労力の要るもので、(3)巻~(6)巻を書いたら力尽きた。ので、今日は続きです。基本ネタバレ全開ですので、ネタバレが困る人は読まないでいただければと存じます。
 それでは、行ってみよう。

<7巻『夏天の虹』>

 ◆冬の雲雀――滋味重湯
 霜月から師走(11月~12月)の話。(6)巻ラストでの澪ちゃんの決断がまだつる屋のみんなには伝わっておらず、話はそこから始まる。皆になんと言えばいいのか。既につる屋には、美緒ちゃんに代わる料理人を雇う話も進んでいて、ますます澪ちゃんの下がり眉は下がりっぱなし。そして、なにより小松原様に対して申し訳ない気持ちでいっぱいの澪ちゃんはもう食欲もなく、追い討ちをかけるように、年末恒例の料理番付からもつる屋の名前は消えてしまい、萎れていくばかり……。そんな澪ちゃんのために、御寮さんが作ってくれた重湯が澪ちゃんの心と体に染みるのだった……。
 ◆忘れ貝――牡蠣の宝船
 文化13年睦月から如月(1816年1月~2月)の話。三方よしの日に又次兄貴が助っ人にまた来てくれることになり、喜ぶふきちゃん。おまけに薮入りで健坊もやってきた。ふきちゃんが健坊に作ってあげた、紙の宝船。ふきちゃんの弟への想い乗せた紙の船をヒントに、澪ちゃんはようやく新たな料理を思いつく。心配してくれたみんな、そして澪ちゃんを思って決断してくれた小松原様、そして、つる屋へ来てくれるお客さん、皆への幸せの祈りがこもった料理を……。
 ◆一陽来復――鯛の福探し
 弥生(3月)の話。突然、澪ちゃんの嗅覚がなくなってしまってさあ大変。何を食べても味がしない。味が分からないのは料理人として致命的。澪ちゃんは料理が作れなくなってしまう。完全にストレス性のもので、源済先生に診てもらっても治す方法はなく、絶望的な気持ちの澪ちゃん。そこで、種市爺ちゃんが吉原に出向き、扇屋さんに直談判し、又次兄貴を2ヶ月間レンタル移籍してもらうことになる。そんな中、何も出来ずしょんぼりな澪ちゃんは、かつてキツイ一言をいただいてしまった一柳へ。器の見方など、鼻と舌が休んでいるときでも出来ることはあるはずだと叱咤激励される。また、おりょうさんが長らく看護していた親方のために、食べる愉しみを思い出してもらおうと、献立に工夫を始める澪ちゃんであった……。
 ◆夏天の虹――哀し柚べし
 卯月の話。シリーズ最大の哀しい出来事が起きてしまう。すっかりつる屋の主要メンバーとなった又次兄貴。ふきちゃんも又次兄貴に懐き、料理の手ほどきを受けるほどに。またお客からも覚えられ、又次兄貴は人生で最も楽しい日々を過ごすが、扇屋との約束は二月、今月末には吉原に帰らなくてはならない。あっという間にその日はやってきて、吉原に帰る又次兄貴。そして吉原では、火災が発生し――。まさかここでこんな悲劇が起こるとは、まったく予想外で驚きの展開でした。大変悲しいお話です。

<8巻『残月』>
残月 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)
高田 郁
角川春樹事務所
2013-06-15

 ◆残月――かのひとの面影膳
 皐月から水無月・文月(5月~7月)の話。(7)巻ラストでの悲劇を引きずるつる屋メンバー。澪ちゃんの鼻と舌が元に戻ったのは吉報だが、喪失感がみんなの心に居座っている。しかし、お客さんには料理を楽しんでもらいたい気持ちは皆一致していて、頑張ってお店を回すみんな。そんな時、つる屋にどこぞのお大尽らしきお客が現れる。それは、吉原・扇屋で出会った、摂津屋の主人だった。摂津屋さんから、幼馴染の野江ちゃんことあさひ太夫の消息を聞く澪ちゃん。火事があっても、又次兄貴が命を賭けて守り抜いた太夫。しかし摂津屋さんは、太夫と澪ちゃんの関係を知りたがり――みたいなお話。折りしも江戸では疫痢が流行していて、源済先生も忙しい。源済先生は、澪ちゃんに「食は、人の天なり」という言葉を教える。この言葉が、ずっと澪ちゃんを支えていくことになる。
 ◆彼岸まで――慰め海苔巻
 処暑の頃から彼岸の話だから、まあ8月~9月かな。ようやく長らくつる屋を留守にしていたおりょうさんもウェイトレスとして復帰。りう婆ちゃんもそのまま継続。干瓢を店先に干していたつる屋に、戯作者の清右衛門先生が、絵師の辰政先生を連れてくる。店先で絵を描いていた太一くんの才能に感心する辰政先生。そして久しぶりにつる屋を訪れた元・花魁菊乃ことしのぶさんから、失踪中の元・若旦那、佐兵衛の消息らしき情報が寄せられる。どうやら、現在は捨吉を名乗っているらしい。そしてある日、とうとう佐兵衛と母である御寮さんは対面するのだが……。
 ◆みくじは吉――麗し鼈甲珠
 彼岸過ぎから長月(8月~9月)の話。伊佐三さんとおりょうさん夫婦が、神田金沢町の裏店から引越しをするという話から始まる。澪ちゃんと御寮さんの、知り合いのいない江戸暮らしを支えてくれた夫婦が、引っ越してしまうことに寂しく思う澪ちゃん。そして、大嫌いな登龍楼から呼び出しがかかる。火事で焼けてしまった、登龍楼吉原店を新装開店するに当たってチーフシェフとして雇いたいという引き抜きのオファーだった。澪ちゃんはついカッとして、4000両出せば考えると吹っかける。すると店主の采女は、上等だ、ならばこれなら確かにその価値があると思える料理をもってこい、と返答、思わぬ料理バトルが始まってしまう。予想外の展開に困った澪ちゃんは、帰りにいつもの化け物稲荷をお参りし、ふとおみくじを引いてみる。そんな中、仮営業中の扇屋に招かれた澪ちゃんは、野江ちゃんことあさひ太夫と面会、又次兄貴の言葉を伝える。そして決意を新たに、新作メニューに取り掛かり……という話。ここで出来た新作「鼈甲珠」が、後々澪ちゃんの運命を変えていくことになる。
 ◆寒中の麦――心ゆるす葛湯
 神無月(10月)の話。つる屋店主の種市爺ちゃんが、戯作者の清右衛門先生から、澪ちゃんとあさひ太夫の関係や又次兄貴の思いをすべて聞かされ、澪ちゃん応援のために、つる屋を退職させ、あさひ太夫身請けのための大金を稼げる環境を無理やりにも整える決心をする。つる屋に縛り付けてはそれが出来ない、と。そんな中、以前、御寮さんが気に入ってべたべたしてきたうざい房八さんが結婚するので、その宴の料理を作って欲しいというオファーが来て、それを快諾する澪ちゃん。無事に料理は好評を得るが、その場で一柳の柳吾さんと息子の坂村堂さんが口論、柳吾さんは高血圧か? ぶっ倒れてしまい、すぐさま源済先生が呼ばれる。命に別状はないが、御寮さんに看護を依頼する坂村堂さん。そして御寮さんの看護で、柳吾さんと坂村堂さんの関係も修復でき、柳吾さんは澪ちゃんに「寒中の麦」の話を聞かせる。そして、柳吾さんは御寮さんにまさかのプロポーズを行うのだった――。

<9巻『美雪晴れ』>

 ◆神帰月――味わい焼き蒲鉾
 霜月(11月)の話。澪ちゃんを一人にして、自分だけ幸せをつかむわけには……と悩める御寮さん。つる屋では寒くなってきた季節に入麺を出しで好評を得る。昆布のご隠居にも好評だが、ご隠居曰く、蒲鉾が死ぬほど食いたいという。当時値段の高い蒲鉾。大坂人の澪ちゃんも江戸の焼き蒲鉾は馴染みがなかったが、歯ごたえといいこれは素晴らしいと思っていたので、いっちょ蒲鉾を自作してみようと思い立つ。そんな中、元・若旦那の佐兵衛が妻子を連れてつる屋を訪れる。自分の初孫と始めて対面する御寮さん。息子・佐兵衛に、柳吾さんからプロポーズされたことも打ち明け、ひと時の幸せな時間が流れる。そしてつる屋を訪れた柳吾さんに、プロポーズ受諾の返事をする御寮さん。翌年の初午(2月の最初の午の日)に結婚が決まる。御寮さんの寿退社によって、ウェイトレス班の人手が足りなくなり、柳吾さんから一柳勤務のお臼さんがつる屋に異動となってやってきた。でっかい女性でまさに臼のよう。これまた明るくいいキャラでみんな一安心。そして完成した蒲鉾は好評を得て、人を笑顔にする料理を作る、という心星は間違いないのだと確信する澪ちゃんだった……。 
 ◆美雪晴れ――立春大吉もち
 師走(12月)から文化14年睦月(1817年1月)の話。師走と言えば料理番付発表だが、種市爺ちゃんは、前話の焼き蒲鉾を番付に合わせて発売しようとしていたところ、「お前は番付のために料理屋やってんのか!!」と清右衛門先生に激怒されたこともあって、今年もまた番付入りを逃しちゃったなー、と思っていたら、まさかの関脇入り。何だと!? と見ると、番付に載ったのは(7)巻の冒頭で作った「面影膳」だった。番付発表後から、つる屋には「面影膳を食わせろー!!」とお客が殺到。困るつる屋メンバー。あれはあくまで、又次兄貴の追悼のために作ったもので、「あれは三日精進の文月13日~15日のみ」と張り紙をすることで対応。新メンバーのお臼さんは、今出せばバカ売れなのに、儲けじゃない、というその対応に深く感心する。また、柳吾さんも同様に、つる屋は素晴らしい店だと改めて感心する。そして、柳吾さんは、澪ちゃんこそ、跡取りのいない一柳の後継にふさわしいとスカウト。そして澪ちゃんは、前巻で対登龍楼用に開発した鼈甲珠を柳吾さんに味見してもらう。折りしも、登龍楼はこの鼈甲珠をパクッた商品を売り出し、料理番付で大関位を射止めていた。しかし決定的に味は澪ちゃんの鼈甲珠のほうが上で、柳吾さんも間違いないと太鼓判。しかし、澪ちゃんはこの鼈甲珠を武器に、あさひ太夫の身請けという成し遂げたい野望があり、スカウトを辞退。そして年が空け、御寮さんは一柳へ引越し、澪ちゃんも、神田金沢町の思い出の詰まった裏店から引越し、しばらくはつる屋で暮らすことに。ラスト、摂津屋さんが大坂での調査から帰ってきて、つる屋にやってきた。過去の事情を、澪ちゃんがしゃべらないために、自分で調査していた摂津屋さん。ほぼ事情がバレ、澪ちゃんもすべてを打ち明けることに。
 ◆華燭――宝尽くし
 睦月から如月(1月~2月)の話。いよいよ御寮さん&柳吾さんの結婚式。そしてつる屋を出る澪ちゃんの後釜となる料理人、政吉が登場。彼は(6)巻で一瞬出てきたあの時の料理人で、実はお臼さんの旦那だった。元々、お臼さんと共に一柳に勤務していたが、一柳のような一流店よりも、つる屋のような庶民派の店の方が好きだし、自分で店を持つ野望もなく、雇われ料理人希望の男で、さすがに一柳で鍛えられただけあって腕は確か。(6)巻に登場したときは、ちょっとやな奴だったが、お臼さんにぞっこんで、お臼さんの言うことは聞くし、実際話をしてみると意外といい奴だったため、澪ちゃんは淋しいながらも安心する。御寮さんの結婚前夜、つる屋の皆はささやかなパーティーを開催。息子の佐兵衛もやってきて、得意だった包丁細工で、大根を剥いて鶴を仕上げる。佐兵衛はもう料理はしないと言っているが、その技はまださび付いていないのだった……。
 ◆ひと筋の道――昔ながら
 桃の節句の頃の話。桜が近づき、仮営業中の扇屋が新装オープンするタイミングで、鼈甲珠を売り出すためにつる屋を離れる、と皆に宣言していた澪ちゃんだが、久しぶりにやってきた辰政先生の話では、まだオープンは先かも知れないが、毎年恒例の桜の移植と一般客開放の桜まつりは今年も開催するし、どうも思ったよりも早く新装開店するかもしれないという。いよいよその時がやってきたかと決意すると共に、淋しさが募る澪ちゃん。鼈甲珠の原料の仕入先は確保したものの、卵料理なので夏場は厳しい。だが今なら大丈夫だし、おまけにこの、桜まつりという絶好のタイミングで売り出さずしてどうする、と悩める澪ちゃん。ついにつる屋退職日を如月晦日(2月末日)と決め、吉原桜まつり期間中に一人で棒手振りで売り出す決心を固める。しかし、吉原のルールを何も知らない澪ちゃんは初日惨敗。扇屋さんに相談し、普請中の現場軒先で売ることを許してもらうが、やはり苦戦。そして、売り出すためのいろいろなアイディアを形にしてとうとう大成功となり、扇屋新装オープンの際には、扇屋さんへの卸売りの約束も得ることに成功するのだった。

<10巻『天の梯』>
天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫)
高田 郁
角川春樹事務所
2014-08-09

 ◆結び草――葛尽し
 葉月(8月)の話。雨が少ない梅雨が過ぎ、日照り続きの江戸は青物の質が落ち、水不足もあって、つる屋では6月以来、三方よしの日が開催できないでいた。そんな中、扇屋の主人、伝右衛門さんがつる屋を訪れ、新生扇屋を長月九日(9月9日)、重陽に合わせて新装オープンすると知らせるとともに、その際に是非とも鼈甲珠を商いたいと申し入れに来る。まだ原料仕入れ先の都合もあるので、そちらを確認しないと返事ができない澪ちゃん。親友美緒さんが子供を抱えているところにバッタリ遭遇。日本橋で火事を出してしまった美緒さん一家は、飯田町近くに家を構え、どうやら商いを小規模ながら再開させてもらえそうだという。そんな中、無事に久しぶりに再会した三方よしの日も無事に終え、とうとう澪ちゃんがつる屋を離れて近所に一人暮らしを始める日が来る。鼈甲珠に必須の「流山の味醂の搾りかす(=こぼれ梅)」も無事ゲット。鼈甲珠の初出荷も無事に果たす。菊の花が敷かれた吉原で、新装なった扇屋へあさひ太夫が入る時、こっそり入ろうとしたのに思いっきり姿が周りに見られてしまう。その時、あさひ太夫は澪ちゃん謹製の鼈甲珠を手にし、天に翳した姿が超絶に美しく、後々錦絵となって有名になってしまうが、それは最終話の話。それを知らない澪ちゃんは、親友・美緒さんを元気づけるために、葛を使った料理で友の心を癒すのであった……。
 ◆張出大関――親父泣かせ
 長月から神無月、霜月、師走の(9月~12月)の話。すっかり有名になった鼈甲珠。伝右衛門さんはバンバン大量に売りさばきたいのだが、作っている澪ちゃんはかたくなに一日30個を守って増産してくれない。見れば、澪ちゃんは一人暮らしの自宅の軒先で、御総菜屋さんを開いている。そんなのじゃなくて、鼈甲珠を作れば儲かるだろ、と言っても聞いてくれない。澪ちゃんはクオリティ重視で質を落としたくないのだ。そんな時、つる屋さんに、とあるお侍がやって来て、江戸城勤務の同僚たちにお弁当を毎日10個作ってくれないかというオファーが来る。以前、つる屋がお弁当を販売していた時の評判を聞いてのオファーだった。澪ちゃんはそのオファーを快諾。また、つる屋では、新シェフの政吉さんから、自然薯の料理を教わり、澪ちゃんは自分がいなくなってもつる屋はもう大丈夫だと心から安心する。その自然薯料理はお客にも大好評で、「親父泣かせ」とみんなが呼ぶようになる。また、澪ちゃん謹製のお弁当も好評で、発注したお侍は江戸城内で、それどこの弁当だよ、と聞かれまくるほどに。どうやら、かつての想い人、小松原様こと小野寺様にもその評判は伝わっているらしいことを知る。そんな中、澪ちゃんの一人暮らしの自宅に、源斉先生のお母さんが来店。御典医である源斉先生のお父さん経由で、小野寺様が澪ちゃん謹製弁当を食べたいと言ってるらしい。翌日、澪ちゃんがちょっとした用で留守をふきちゃんに頼んでいる間に、お弁当を取りに来たお母さん。しかし、うっかりふきちゃんがお母さんにお弁当のおかずの酢の物を出してしまったからさあ大変。よそった器の釉薬が酢で溶け出し、食あたりが発生するという大事件が勃発してしまう。源斉先生のとりなしで何とかなったものの、大いに反省する澪ちゃんであった。そして早くも師走。師走と言えば料理番付。何と今年は、新シェフ政吉さん考案の「親父泣かせ」が張出大関に!! 喜ぶつる屋メンバーの眼には涙が……。
 ◆明日香風――心許り
 文化15年正月(1818年1月)の話。一柳へ年始の挨拶に行った澪ちゃん。なにやらお客の忘れ物があったらしく、みんなで、こりゃなんだと頭をひねる。澪ちゃんはつい、粉を舐めてみると、ほのかに甘い。ここから物語は怒涛の展開へ。どうやらそれは、幕府御禁制の「酪」らしいことが判明。なんと一柳の主人、柳吾さんが逮捕・連行されてしまう。そして、この「酪」の密造には、どうやら憎き登龍楼が関係しているらしく、おまけに佐兵衛さんが失踪した時の原因でもあったらしく――、というわけで、ここから物語はラストまでかなり激動があります。ここから先は、もう読んでもらった方がいいです。
 ◆天の梯――恋し栗おこし 
 弥生(3月)の話。「酪」の騒動も終結し、再び日常が返ってきた。が、摂津屋さんが訪れ、あさひ太夫がヤバいことになっていると知らされる。というのも、鼈甲珠を手にした大夫の錦絵が出回り、これまで伝説の存在としてその存在が隠されてきた大夫が、皆に知られてしまったのだ。こうなってはもういわゆる「年季明け(27歳になって引退すること)」まで、大夫を留めておくことはできない。身請けするにはもう結論を出さないとマズイ、と言う展開に。ここで澪ちゃんは摂津屋さんの助けを借り、一世一代の勝負に出る――!! 果たして澪ちゃんは宿願の野絵ちゃん身請け作戦を成功させられるのか、そして、澪ちゃんを常に優しく見守ってきた源斉先生と澪ちゃんはどうなるのか!! という最後のお話です。

 はーーーーー。超疲れた。
 改めて、全巻をパラパラ読みながら書いたけれど、とにかくまあ、美しいエンディングを迎えられたことは、とても嬉しかったですなあ。本当にいろいろなことが起きて、艱難辛苦が続いたけれど、最後には蒼天を拝めることができて、心から良かったと思います。
 なんというか、冷静に考えると、結構、澪ちゃんの決断は、ええっ!? と思うようなものだったり、なかなか決断できない様には、イラッとすることもあるにはあるとは思う。とりわけ、小松原さまとの件は、やっぱり全部小松原さまに任せてしまったのは、当然仕方ないけれど、ちょっとどうかと思わなくはないし、かと言って他にどうともできなかっただろうというのが分かるだけに、小松原さまの男らしさがわたしとしてはかなり印象に残った。源斉先生も、ちょっと優しすぎで、最終的な結末へ至る部分は、若干駆け足かなあとは思う。けど、源斉先生が澪ちゃん大好きだってのは、最初から分かってたし、まあ、これでいいんでしょうな。

 というわけで、もういい加減長いのでぶった切りで結論。
 澪ちゃんは結局、納得できる自分の生き方を曲げなかったところが凄いわけで、それは現代でも難しいことだし、ましてや19世紀初頭の江戸では、想像を絶する困難だったろうと思う。やはり、澪ちゃんを支える周りの人に恵まれたってことだろうな。そして、その周りの人と言うのは、全部、澪ちゃんの作る料理に込められた想いに引き寄せられたんだろうと思う。なので、結論としては、何事も真面目に心を込めて、生きていきましょうってことでしょうな。わたしも見習いたいと思います。ホント、素晴らしかった。以上。

↓高田先生の、新シリーズ。こいつぁ……読まねぇと、いけねぇでしょうなあ……。

 

 いやー……読み終わってしまった。
 何がって、そりゃあなた、『みをつくし料理帖』ですよ。約一ヶ月かけて、全10巻読了いたしました。非常に面白く、とても楽しませていただきました。はあ……もう、最後はわたしも種市じいちゃん同様、これでお澪坊ともお別れだよぅ……的に悲しくもあり、幸せに旅立つ澪ちゃんを祝福したくもあり、もうほんと、娘を嫁に出す気分ですわ。はあ……読み終わってしまって、すげえ淋しいっす……。
 ま、実は読み終わったのはもう2週間ぐらい前なんですが、1巻と2巻のときと同様に、各巻のエピソードガイドをまとめて、記録として残しておきたいと存じます。いやー、ほんと思いは尽きないところではあるが、いいお話でした。高田先生、あざっした!!
 ところで、2週間前に行ってきた、渋谷Bunkamuraでの浮世絵展の記事なんですが、先ほど、1巻目をぱらぱらチェックしてたら、物語の舞台となる年を間違えてたことに気が付きました。1802年は、澪ちゃんの両親が水害で亡くなった年で、江戸に出てきたのはその10年後、みたいです。なので、1812年ぐらい、が正しいようですので、浮世絵の記事も修正入れました。
 なお、渋谷Bunkamuraで開催中の『俺たちの国芳わたしの国貞』は、この『みをつくし料理帖』を読んだ方なら超おススメです。ちょうど同年代の作品ばかりで、非常に興味深いですよ。
 というわけで、各巻エピソードガイド、行ってみよう。長くなるので、2回か3回に分けます。
<3巻『想い雲』>

 ◆豊年星――「う」尽くし
 3年目の水無月(6月)の話。にっくき富三の話で、せっかく種市じいちゃんが取り戻した珊瑚のかんざしを再び富三に奪われてしまう、ご寮さんが可哀相な物語。又次兄貴大激怒でカッコイイ。料理のほうは、土用ということで、うなぎではなく、卯の花、瓜、豆腐を使った「う」尽くしで。一応、富三から、若旦那・佐兵衛が釣り忍売りをしてるという情報を得る。
 ◆想い雲――ふっくら鱧の葛叩き
 立秋が過ぎた頃の話。源済先生のお母さんがうなぎを差し入れに来たり、薮入りで健坊が来たりのつる屋さん。そこに、指を怪我した又次兄貴登場。どうやら、又次兄貴勤務の吉原・翁屋で鱧をさばこうとて噛み付かれたらしい。鱧といえば上方育ちの澪ちゃんの出番となるが、何かと厳しい吉原では、女料理人なんて認めないぜ的空気で……もちろん、ラストは、主の伝右衛門さんも、う、うめえ!? で一件落着。そして、後に何度か出てくる菊乃ちゃんと知り合い、ついに野江ちゃんことあさひ太夫と再会か――!?
 ◆花一輪――ふわり菊花雪
 十五夜の頃の話。家事で焼けてしまった、神田御台所町の旧つる屋跡に、偽つる屋出現!! しかも経営者はにっくき登龍楼の板長、末松だ!! 久々の小松原様も、味で勝る本家つる屋は大丈夫、と言ってくれるのだが、めっきりお客さんが減ってしまう。おまけに、なんと偽つる屋は食中毒を起こしてしまい、本家つる屋もその風評被害で大ピンチに。ここで、今まで酒を出さないつる屋で、月に3回、3の付く日(3日、13日、23日)を「三方よしの日(三方よし=近江商人の心得、売り手よし・買い手よし・世間よし)」として営業時間を延長し、夕方からは酒を出すことを思いつく。さらに、前話で、吉原の伝右衛門さんに貸しの出来た澪ちゃんは、「三方よしの日」は又次兄貴をつる屋の助っ人に来てもらう交渉に成功する。元々、夜は物騒で帰り道が怖いから早仕舞いしていたという理由もあったのだが、又次兄貴が帰りも送ってくれるので一安心。つる屋の行き届いた料理に、お客さんたちの誤解も解けてゆくのだった……的なお話です。
 ◆初雁――こんがり焼き柿
 神無月(10月)の話。すっかり秋めいた江戸。「三方よしの日」企画は大成功で、その日だけ吉原から来てくれる又次兄貴も生き生きと仕事をしてくれている。ふきちゃんは飯田川の土手の柿が気になるようだ。そんな時、ふきちゃんの弟の健坊が、つる屋の店先に現れる。なんでも、奉公先の登龍楼から無断で出てきてしまったと。そしてもう帰りたくないと。お姉ちゃんと一緒にいたいと。何とか説得して返すことが出来たものの、翌日、健坊が行方不明になったという知らせが――という話。久しぶりのりう婆さんもつる屋の助っ人にやってきてくれて、まあ最終的にはめでたしめでたしで終わる。いい話っす。

<4巻『今朝の春』>

 ◆花嫁御寮――ははぎき飯
 神無月(10月)中旬の話。日本橋両替商のお嬢様、美緒ちゃんが嫁入り修行を始める。大好きな源済先生と結婚したい美緒ちゃんだが、源済先生は御典医の息子で士分。武家作法を学ぶために大奥奉公をするのだとか。その入試に料理があると言うので、澪ちゃんに基礎を習いにやってくる。一方、つる屋には謎のお侍や武家の奥方様がお客としてやってくる。澪ちゃんがちょっとお話した奥方様は、どうやら腎臓が悪いらしく、源済先生に相談して「ははがき(ほうき草)」の実を料理に取り入れようとする。そして、なんとその奥方様が、常連の小松原様のお母さんで、小松原様は実は御膳奉行の小野寺様であることを知る澪ちゃんであった――てなお話。このお話でお母さんはすっかり澪ちゃんを気に入ってしまい、今後の物語の大きなポイントになる。
 ◆友待つ雪――里の白雪
 霜月(11月)の話。版元の坂村堂さんと戯作者の清右衛門さんがつる屋で飯を食いながら、なにやら新刊の打ち合わせをしている。聞いてびっくり、どうも、清右衛門先生は版元の金で吉原を取材して、謎の「あさひ太夫」を主人公とした物語を書こうとしているのである。いろいろ探られては困る存在のあさひ太夫こと澪ゃんの幼馴染・野江ちゃん。しかし、清右衛門先生の取材能力は高く、野江ちゃんを吉原に売り飛ばした女衒の卯吉を発見するにいたり――という話。吉原を身請けされた元・菊乃ちゃんがしのぶさんとして再登場したり、怒り狂う又次兄貴の立ち回りがあったり、澪ちゃんもとうとう清右衛門先生に野江ちゃんとの関係をすべて告白して、ならば自分が身請けするというアイディアをもらったりと何かと動きのあるお話でした。
 ◆寒椿――ひょっとこ温寿司
 冬至の頃の話。仲の良い夫婦のおりょうさんと伊佐三だが、なんと伊佐三さんに浮気疑惑が発生。おりょうさんは日に日に元気がなくなる。年末と言うことで、去年の料理番付で関脇になったつる屋だが、小松原様の話によると、今年は番付が出ないらしい。なぜなら、評判料理を多く作りすぎて、票が割れてしまったためだと言う。一方のおりょうさんと伊佐三さん夫婦は、太一君の教育方針を巡っても若干もめている様子。しかし、伊佐三さんは、太一君のために密かにあることをやっていたのだということが判明し、めでたしめでたしとなる。
 ◆今朝の春――寒鰆の昆布締め
 年末が近づく頃の話。料理番付を発行している版元の男がつる屋を訪れる。なんでも、番付は出せなかったが、それでは年が越せない、いっそ、つる屋と登龍楼で、料理バトルを行ってくれないか、とのオファーであった。つる屋チームは、バカ言うな、そんな番付のために料理を作ってのではないと断るが、既に登龍楼はノリノリだと。しかし、清右衛門先生や坂村堂の話を聞いているうちに、有名になれば失踪した佐兵衛の耳にも届くかも、ということで、オファーを受諾、料理バトルが始まる。献立のアイディアに悩む澪ちゃん。またも助っ人のりう婆ちゃんが来てくれたり、昆布のご隠居が差し入れくれたり、何とかこれで行こうと思ったところで、「御膳奉行」切腹の噂を耳にし、動揺する澪ちゃん。結果、左手中指と人差し指をザックリやってしまい……という話。このお話のラストの澪ちゃんと小松原様のやり取りが大変良いと思います。シリーズ屈指のいいシーンかも。

<5巻『小夜しぐれ』>
小夜しぐれ (みをつくし料理帖)
高田 郁
角川春樹事務所
2011-03-15

 ◆迷い蟹――浅蜊の御神酒蒸し
 文化12年睦月(1815年1月)の話。薮入りで健坊が来たり、種市爺ちゃんの元妻が現れたりと正月早々ばたばたなつる屋メンバー。元妻のせいで愛する娘が死んでしまった種市爺ちゃんの怒りと恨みが爆発するが、それをぶつける相手(元妻の浮気相手)にもつらい現実があって……シリーズ随一の悲しいお話。タイトルの迷い蟹とは、浅蜊の中にいた小さい蟹のことで、それを見て種市爺ちゃんが、ちゃんと家に帰ってれば……と亡き娘に想いを馳せるしんみりした話です。
 ◆夢宵桜――菜の花尽くし
 如月(2月)の頃の話。普段から患者のために奔走して大忙しの源済先生がぶっ倒れた!! というところから始まる。症状は重くなく、澪ちゃんは滋養になる料理で源済先生を見舞う。一方、つる屋には吉原・扇屋の楼主、伝右衛門さんがやってきて、弥生(3月)の花見の宴の料理を澪ちゃんに依頼。幼馴染の野江ちゃんことあさひ太夫に会えなくても近くにいけるのなら、と澪ちゃんは快諾。献立に悩む中、久しぶりにやってきた小松原様に相談すると「料理でひとを喜ばせる、とはどういうことか。それを考えることだ」と言われ、さらに悩むことに。そんな澪ちゃんに、優しい源済先生は「あさひ太夫に食べてもらいたいものを作ってみては?」とアドバイスをもらい、見事菜の花を使った料理と桜酒で客からの満足を受ける。帰りしな、伝右衛門さんから「世費わらに店を出さないか」というオファーを受け、悩む澪ちゃんであった……
 ◆小夜しぐれ――寿ぎ膳
 弥生(3月)の末から卯月、皐月の初めまでの話。友達のお嬢様、美緒ちゃんが嫁入り確定!! しかし源済先生が大好きな美緒ちゃんはまったく乗り気じゃない模様。最終的には、源済先生が実は澪ちゃんがすきということに気づいた美緒ちゃんは、「あなたのことが嫌いになれればよかったのに」と涙を流す。ちなみに澪ちゃんは、この段階ではまったく、源済先生の気持ちに気づいておらず、小松原様が大好き状態です。そしてこの話で、みんなで浅草に遊びに行った際、失踪中の佐兵衛さんを見かけ、取り乱す御寮さんのエピソードも。最後は澪ちゃんによる心をこめたお祝いの膳で締めくくり。
 ◆嘉祥――ひとくち宝珠
 唯一の、澪ちゃんが出演しない話で、小松原様こと、御膳奉行・小野寺数馬のお話。水無月(6月)に行われる「嘉祥」という将軍家主催のイベントに出す菓子を何にするか悩む数馬が、澪ちゃんのことを思いながらいろいろ試行錯誤する話で、妹の早帆さんやその夫で竹馬の友の駒沢弥三郎が出演。前の話で、澪ちゃんが、好きなお菓子は「(大好きなあなたと食べた)炒り豆です」と答えたことがちょっとしたヒントになる。

<6巻『心星ひとつ』>

 シリーズの中で極めて大きな出来事が起きる、重要な(6)巻。
 ◆青葉闇――しくじり生麩
 梅雨が明けた頃の話。坂村堂さんがつる屋に房八という恰幅のいい脂ぎったご隠居を連れてくる。なんでも坂村堂さんのお父さんの親友だとか。なんと坂村堂さんは、もともと「一柳」という江戸最強料亭の息子なんだとか。房八爺さんは御寮さんに惚れてしまい、実にうざい客でみんな大迷惑。空梅雨で青物の出来が悪く、献立に困った澪ちゃんは、七夕の夜、久しぶりの大雨でびしょぬれでやってきた小松原様と話した翌日、ふと、大坂では普通にある「生麩」が江戸にないことに気づき、自分で生麩を作ってみようと奮戦するのだが……初めて澪ちゃんが料理に失敗し、おまけに「一柳」の店主・柳吾さんからもキッツイことを言われてしょんぼりする話。
 ◆天つ瑞風――賄い三方よし
 葉月(8月)の話。小松原様の妹、早帆さまと澪ちゃんが知り合う話。再び吉原・扇屋の伝右衛門さんがつる屋訪問。吉原に店を出さないかというオファーの返事を求める。悩む澪ちゃん。そして同時に、ライバルで大嫌いな登龍楼の店主からも、2号店をたたむので、格安で買わないか、とのオファーが舞い込む。柳吾さんには、ずっとつる屋にいたら、成長できないと断言されてしまったし、さらに悩む澪ちゃん。そんな折、チーフウェイトレスのおりょうさんが、世話になった方の手伝いで長期離脱することになり、代わって再びりう婆ちゃんが登板。人生経験豊富なりう婆ちゃんに相談すると、澪ちゃん、あんた人のこと考えすぎ、自分のやりたいことを見極めて自分で決断すべし、とアドバイスする。そして出した決断とは――。ラスト、澪ちゃんはとうとう野江ちゃんと話をすることが出来、更なる決意に身を引き締めるのであった……。
 ◆時ならぬ花――お手軽割籠
 重陽の節句の頃(=9月)の話。なんとご近所での火事発生の影響で、飯田町では炊事の火を使う時間が制限されてしまう。料理屋に火を使うなと言うのは死活問題。困った澪ちゃんが編み出した秘策は、「そうだ、お弁当作ろう!!」であった。この作戦が大成功し、飛ぶように売れるお弁当。そんな中、先日知り合った早帆さまが澪ちゃんに料理を習いに通ってくることに。そして火の取り扱いの制限も撤廃され、元に戻るつる屋。そして早帆さまの最終日、早帆さまが自宅に来て欲しいと依頼。そこで出会った大奥様は、なんと(4)巻で知り合った小松原様のお母様!! つまり早帆さまは、小松原様の妹君であった。そして、澪ちゃんの将来を決する重大なオファーがもたらされる――!! という話。
 ◆心星ひとつ――あたり苧環
 神無月(10月)の話。前話のオファーがつる屋の皆にも知らされて一堂驚愕。どうする澪ちゃん!? と揺れまくる澪ちゃんが見つけた、揺るがない「心星」とは。源済先生も小松原様もカッコイイ男ぶりを見せてくれる、シリーズ最大の衝撃!! というわけで、詳しくは自ら読むことをおススメします。

 はーーーーーー。これまた疲れた。残る(7)巻~(10)巻は明日以降にしよっと。

 というわけで、結論。
 『みをつくし料理帖』シリーズは大変面白いです。まずはこの(6)巻までで、澪ちゃんの大きな転機が訪れますが、この先もまた大事件が発生して、本当に澪ちゃんは艱難辛苦に苛まれます。でも、本当に真面目に生きるのが一番ですなあ。わたしとしては、非常に励まされると言うか、ホント、読んでよかったと感じております。続きはまた明日!! 以上。 

↓今はせっせと、こちらのシリーズを読んでおります。3巻目まではもう読み終わりました。うん、やっぱり非常に面白いです。

 先日読んだ、『みをつくし料理帖』が大変面白かったので、とりあえず2巻目を買ってきた。で、これまた非常に気に入ったので、もう、オラァッ!! と全10巻買って読み始めています。
 毎回読み終わるたびに、ここに書いていくと10回にもなるので、今後は数巻ずつまとめて感想を書こうと思います。今日は2巻だけですが。
花散らしの雨 みをつくし料理帖
高田 郁
角川春樹事務所
2009-10-15

 ええと、……どうすべか。ま、エピソードガイドにしておこうか。
 まずは復習。『みをつくし料理帖』はこんなお話です。
 主人公、「澪」ちゃんは18歳。舞台は1802年の江戸。半年前に大坂から出てきたばかり。澪ちゃんは当時珍しいはずの女性料理人として大坂のとある有名料亭「天満一兆庵」に勤務していたのだが、火災に遭って焼け出されてしまう。やむなく、その江戸店に移ってきたところ、江戸店を任せていた経営者夫婦の息子が、なんと吉原通いに熱を上げてしまっていて、店もすでになく行方知れずになっていたのです。散々行方を探すも見つからず、経営者の旦那さんは亡くなってしまい、奥様(=「ご寮さん」と呼ばれている。本名は「芳」さん)も心労でぶっ倒れてしまったため、困っていたところ、とある縁で、神田明神下で「つる屋」という蕎麦屋を経営する「種市」おじいちゃんと知り合い、その「つる屋」で料理人として雇用されるに至ると。物語は、既に大坂からやって来てから半年後(?)の、つる屋で毎日元気に働く澪ちゃんの姿から始まる。
 で、問題は澪ちゃんの味覚なわけだが、料理は上手でも、完全に大坂テイストが身に付いていて、時には江戸っ子のお客さんたちから、なんじゃこりゃ、と言われてしまうこともあり、江戸の味を覚えるのに必死なのが最初のころ。で、何かと親切にしてくれる医者の「源斉」先生や、謎の浪人風のお侍「小松原さま」と知り合って、いろいろ味を進化させていくという展開。
 1巻は、江戸の高級料亭「登龍楼」というライバルの嫌がらせにより、つる屋に大変なことが起きて、それでも何とか頑張っていくところまでが描かれた。なお、これは有名な話だが、当時、江戸のレストランランキング的な「料理番付」というものが実在していて、この1巻では登龍楼は大関にランクされていて、つる屋は澪ちゃん考案のメニューによって小結にランクされるなど注目を浴びる(その結果、嫌がらせを受けちゃったけど)。
 そして、これは前回も書いた通り、この物語にはもう一つの軸がある。澪ちゃんは幼少期に淀川の氾濫によって両親を亡くしているのだが、同時に一番の親友だった幼馴染の消息も失ってしまっている。そして、かつて、少女の頃に占ってもらったところによると、澪ちゃんは、「雲外蒼天」の運命にあり、またその消息が分からなくなってしまった親友の「野江」ちゃんは、「旭日天女」の運命にあると言われたことがある。
 澪ちゃんの「雲外蒼天」というのは、辛いことや艱難辛苦がいっぱいあるけれど、その雲を抜ければ、誰も観たことがないような蒼天を観ることができる、つまり超・大器晩成ですよ、ということで、一方の野江ちゃんの「旭日天女」というのは、天に昇る朝日のような勢いで天下を取れる器ですよ、というものだが、1巻では、子どものころに被災した水害で行方が分からなかった野江ちゃんが、どうも現在は吉原のTOP大夫の「あさひ大夫」その人なんじゃないか、ということが明らかになる。それは1巻の最後に、大変な目に遭った澪ちゃんに届けられた現金に添えられていた手紙で「ま、まさか!!」となるわけだが、まあ、読者的にはもうまさかじゃなくて、あさひ大夫=野絵ちゃんと言うことは確定してます。
 はーーー。まーた長く書いちゃった……。とまあ、こんな感じの1巻であったのだが、2巻は以下のようなお話でした。大変面白かったです。前回も書いたように、基本的に短編連作の形で、どうやら毎巻4話収録っぽいですな。
 ■俎橋から~ほろにが蕗ご飯
 前巻ラストで大変な目にあった「つる屋」は、神田明神下から俎橋へ引っ越し、リニューアルオープンを果たすところから始まる。「俎橋」は今でも交差点で名前が残ってますね。九段下のチョイ秋葉原寄りの、ちょうど首都高が靖国通りの上を通るところですな。
 このお話で、「ふき」ちゃんという新キャラ登場です。彼女の行動は微妙に怪しくて……またも大変な事態が発生するのだが、それでもふきちゃんを信じる澪ちゃん。そして登龍楼に乗り込んでタンカを切る澪ちゃん、頑張ったね。キミは本当にいい娘さんですよ……。そしてもう一人、戯作者(=今で言う作家)の「清右衛門」先生もここから登場。この人は、とにかく毎回、澪ちゃんの料理に難癖をつける嫌なおっさんなのだが、言う事はまともで実際のところ、つる屋が気に入って何気に応援もしてくれている人で、この後レギュラー出演します。
 ■花散らしの雨~こぼれ梅
 季節はひな祭りの時分。新キャラとして、流山から「白味醂」を売りに来た留吉くんが登場。そしてなにやら吉原で事件があったようで、あさひ大夫に何かが起こったらしく、あさひ大夫専属料理人兼ボディガードの又次さんがやって来る。この又次さんは1巻にも出てきた人で、相当おっかない筋のヤバい人なのだが、澪ちゃんにはつっけんどんながらも何かと良くしてくれるいい人で、今回も澪ちゃんに、とある料理をお願いするのだが……みたいなお話。章タイトルの「こぼれ梅」は、大坂時代によく澪ちゃんと野絵ちゃんが好きで食べていた味醂の搾り粕のこと。
 ■一粒符~なめらか葛まんじゅう
 このお話では、澪ちゃんとご寮さんが暮らす長屋のお向さんである、「おりょうさん」一家が麻疹にかかってしまうお話。医者の源斉先生も大活躍。小松原さまもちらっと俎橋に引っ越してから初めて登場するも、澪ちゃんはすれ違いで会えず。また、つる屋で接客を手伝ってくれていたおりょうさんが倒れてしまったので、ピンチヒッターとして70過ぎの「りう」おばあちゃんという新キャラも登場。超有能で、なくてはならない存在に。
 ■銀菊~忍び瓜
 季節は皐月のころ。かなり暑くなってきた江戸市中。涼やかな蛸と胡瓜の酢の物をメニューに入れた澪ちゃんだったが、蛸は冬の食い物だぜ、という江戸っ子のお客さんたち。まあ、一口食って、みなさん、うんまーーい!! となるので一件落着かと思いきや、日に日にお侍のお客さんが減ってしまい、ついにお客さんは町人だけになってしまった。困った澪ちゃんだが理由がさっぱりわからない。そんな折、澪ちゃんが実はもう好きで好きでたまらない小松原さまが久しぶりのご来店だ!! 素直に喜べず、ちょっと怒ったりなんかもして、まったく澪ちゃんは可愛ええですのう。で、小松原さまの話によって、武士が胡瓜を食わない理由も判明し、澪ちゃんの工夫が始まる――みたいなお話。今回も、新キャラの「美緒」さんというお金持ちの両替商の別嬪さんが登場。この人も、この後ちょくちょく出てきますね。源斉先生に惚れている娘さんです。

 とまあ、こんな感じで2巻は構成されていて、今回も大変楽しめた。
 しかし、どうも最初のあたりでは、小松原さまは中年のくたびれた浪人風な男をイメージしていたのだが、どんどんとカッコ良くなってきたような気がする。そして澪ちゃんも、いろいろな艱難辛苦に苛まれる気の毒な女子だ。しかし、それでも健気に、そして真面目に生きていくことで、周りの人も明るくして、様々な縁を引き寄せるんだから、ホント、頑張って生きるのが一番だな、と改めて教えてくれますね。オレも真面目に生きよっと。そんなことを思いましたとさ。

 というわけで、結論。
 『花散らしの雨 みをつくし料理帖~2巻』もまた大変楽しめました。
 真面目に生きているわたしにも、こういう縁がいろいろ訪れてくれるといいのだが……まだまだ精進が足りないっすな。頑張ります。以上。

↓これはレシピ集みたいっすね。はあ……料理の上手な健気な女子と出会いたい……。

 先日、わたしが大変お世話になっている美人のお姉さまに、「あなた、そういえばこれをお読みなさいな」と勧められた小説がある。へえ、面白いんすか? と聞いてみると、既にシリーズは全10巻で完結しており、また以前TVドラマにもなっていて、ヒロインをDAIGO氏と結婚したことでおなじみの北川景子嬢が演じたそうで、その美人お姉さま曰く、「面白いわよ。でも、わたしは、TV版の北川景子さんではちょっと小説でのイメージよりも美人過ぎるというか、彼女よりも、あなたが最近イイってうるさく言ってる、黒木華さんなんががイメージに合うような気がするわ」とのことであった。
 ええと、それはオレの華ちゃんが美人じゃあないとでもおっしゃるんですか? と思いつつも、「まじすか、じゃ、読んでみるっす」と興味津々の体で、すぐさま、その場で調べてみるも、どうも電子書籍版はないようなので、その後すぐに本屋さんへ行き、まずはシリーズ第1巻を買ってみた。それが、高田郁先生による『八朔の雪 みをつくし料理帖』という作品である。

 なお、インターネッツという銀河を検索すれば、TV版の映像も出てくるが、どれも違法動画っぽいので、ここに貼るのはやめておきます。小説を読み終わったばかりのわたしとしては、ははあ、なるほど、お姉さまの言う通り、北川景子嬢ではちょいと感じが違うかもね、というのはうなづけた。もちろんそれは北川景子嬢が悪いと言う話ではなくて、美人過ぎる、からなのであって、北川景子嬢のファンの皆さまにはお許し願いたい。そもそもわたし、ドラマ版を観てないので、とやかく言う資格もないし。俄然見たくなってきたけれど。
 で。この作品は、主人公「澪」ちゃん18歳が、「牡蠣の土手鍋」を店で出して、客から、なんじゃいこりゃあ? と言われてしまうところから始まる。どうやら澪ちゃんは大坂出身であり、江戸っ子たちには牡蠣の土手鍋は未知の料理であると。そして、どうやら「種市」さんというおじいちゃん経営の蕎麦屋「つる屋」の料理人として雇われていて、「お寮さん」と呼ぶ奥様と一緒に、神田明神の近くに住んでいるらしいことがすぐわかる。その後、料理の話を中心に、澪ちゃんとお寮さんの関係や、江戸に来たいきさつなどが判明してくると。で、現在の蕎麦屋に雇われるきっかけとなった出来事も語られたり、何かと澪ちゃんや種市爺さんを気に掛けてくれるお医者さんの「源斉先生」や、謎の常連客の浪人風なお侍「小松原さま」と知り合って、話が進んでいく。
 基本的には、いわゆる短編連作という形式で、1話につき一つの料理を巡って話が進む。その時、必ずカギとなるのが、江戸と大坂の味覚・料理法の違いだ。大坂人の澪ちゃんにとっての常識は江戸では非常識であり、当然逆に、江戸での常識は澪ちゃんにとって、「ええっ!?」と驚くべきものなのだ。このカルチャーギャップが本作の基本で、毎回読んでいて非常に興味深い。例えば、冒頭の「牡蠣の土手鍋」は、関西以西では普通でも、江戸っ子にとって牡蠣は、焼いて食うものであって、「せっかくの深川牡蠣を」「こんな酷いことしやがって、食えたもんじゃねえ」とお客に怒られてしまう始末なのである。こういったカルチャーギャップは、現代の世の中でも話のネタとしては鉄板だ。わたしの周りにも大阪人や名古屋人などが存在していて、よくそういう食べ物系カルチャーギャップの話をする。江戸人に限らず、我々現代人の場合においても、自らのソウルテイストに固執して、違うものを拒絶する傾向が多いと思うが(かく言うわたしも関東人の味付けじゃないと嫌だし)、澪ちゃんはプロ料理人として、江戸風味を理解し、生かしながら、自らの大坂テイストとの融合を模索する。その工夫は特に後半で問題となる、「出汁」の話が非常に面白い。昆布出汁で育った澪ちゃんが、江戸の鰹出汁とどう折り合いをつけ、澪ちゃんオリジナルとして昇華させるか。おそらく読者たる我々も、なんだか作中に出てくる料理を味わいたくなるのが、この作品の最大の魅力の一つであろうと思う。なお、文庫巻末には、作中料理のレシピが付いてますので、誰かわたしに作っていただけないでしょうか。
 ところで、澪ちゃんの最大のビジュアル的特徴は、「眉」である。澪ちゃんは数多くのピンチに苛まれるわけだが、その度に、「地面にくっついちまうぜ」と小松原さまにからかわれる通り、「下がり眉」なのだ。わたしは、しょんぼりと困った顔をして眉が下がっている様の女子が大好きなので、もうのっけから澪ちゃん応援団になってしまった。「下がり眉」愛好家のわたしとしては、現在の芸能界で最強に可愛い下がり眉と言えば、元AKB48の大島優子様だが、澪ちゃんのイメージとしては、優子様ではちょっと美人過ぎるか。もうチョイあか抜けない素朴系……と考えたら、確かに、この作品をわたしに教えてくれたお姉さまの言う通り、愛する黒木華ちゃんが候補に挙がるような気がする。ただ、澪ちゃんはまだ18歳なので、もうチョイ若い方がいいのかな。ま、そんなことはどうでもいいか。
 いずれにせよ、澪ちゃんは非常な困難に何度も直面し、しょんぼりとよく泣く、気の毒な娘さんだが、彼女は一度泣いたあと、きっちりと気持ちを立て直し、常に努力を続ける。じゃあ、これはどうだろうと考えるし、周りの人々のちょっとした話からも、解決の糸口を見つけ出す。その「常に前向き」な姿勢が非常に健気で、わたしとしては彼女を嫌いになれるわけがない。とても良いし、応援したくなる。まさしく彼女は、物語の主人公たる資質をきっちりと備えているわけだ。もちろん、周りのキャラクター達も、そんな澪ちゃんを放っておけない。いわゆる江戸小説らしい人情が溢れており、とても読後感はさわやかである。これは売れますよ。人気が出るのもうなずける作品であるとわたしは受け取った。
 この作品を貫いている一つの大きな柱として、「雲外蒼天」という言葉がある。これは、澪ちゃんが子供のころに占い師に言われた言葉で、曰く、「頭上に雲が垂れ込めて真っ暗に見える。けんど、それを抜けたところには青い空が広がっている。――可哀そうやがお前はんの人生には苦労が絶えんやろ。これから先、艱難辛苦が降り注ぐ。その運命は避けられん。けんど、その苦労に耐えて精進を重ねれば、必ずや真っ青な空を望むことが出来る。他の誰も拝めんほど澄んだ綺麗な空を。ええか、よう覚えときや」という意味である。
 まさしく澪ちゃんは、「雲外蒼天」の言葉通り、艱難辛苦に遭う。そして、それでも頑張り通して、最後には笑顔になることができる。それは澪ちゃんだけでなく、周りの人々をも笑顔にするもので、当然、読者たる我々にも、笑顔を届けてくれるものだ。こういう作品を、傑作と呼ばずして何と呼ぶ? わたしはこの作品が大変に気に入りました。
 
 というわけで、結論。
 『八朔の雪 みをつくし料理帖』は大変面白かった。澪ちゃんにまた会いたいわたしとしては、もはやシリーズ全10巻を買うことは確定である。これはいい。最後どうなるのか、楽しみにしながら、せっせと読み続けようと思います。幸せになっておくれよ……澪ちゃん……。そしてこの作品をわたしに教えてくれた美しいお姉さま、有難うございました!! 以上。
 
↓漫画にもなってるんですな。ドラマ版は、探したのだけれどどうもDVD化されていないっぽいです。

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