Harper Collinsという出版社があるのだが、出版業界人以外にも有名だろうか?
 アメリカのいわゆる「メディア・コングロマリット」と称されるNEWS Corporation傘下で出版部門を担当する事業会社だ。ま、今はもう、NEWSも傘下にいた20th Century FOXが分社してしまったので、コングロマリットとは微妙に言えなくなってしまったかもしれないが、Harper Collins社は今でもNEWSの子会社である。
 しかし、その日本法人であるハーパーコリンズ・ジャパンが、秋葉原の片隅にあることは、おそらく業界人でもあまり知らないと思う。 もっとも、日本においては、その傘下にある「ハーレクイン」レーベルを出していた株式会社ハーレクイン(?良くわからん)が、去年名前を新たにしただけなのか、別の法人として設立したのか、正直良くわからないけれど、とにかく、かの「ハーレクイン」を出版していることでお馴染みの会社である。わたしは、以前、何かの記事で、ハーレクインを市場の勉強のために読んでみたことがあるとここで書いたような気がするが、ハーレクインは実にユニークな生態系を形成していて、興味のない方には全く知られていないような、出版活動を日夜行っている。そのファン層や営業スタイルも非常に面白く、不可思議で興味深いレーベルである。
 わたしが先日、電子書籍のコインバックフェアの際に買ってみた作品、『POISON STUDY』(日本語タイトル:『毒見師イレーナ』)は、まさしくハーパーコリンズ・ジャパン謹製の作品であり、ハーパーコリンズ・ジャパンとして立ち上げた「ハーパーBOOKS」というレーベルの創刊ラインナップの一つだそうである。もっとも、わたしが買った時は、そんなことは全く目に入らず、なんとなくあらすじをチェックしてみて、読んでみてもいいかな、と深く考えずに買ったわけだが、読み終わった今、本作について
 1)あきらかにこれは、ラノベである。アメリカ的に言うと、Young Adultノベルですな。
 2)ハーレクインらしい、女子が読んで面白いロマンス成分アリ
 3) アメリカのYAノベルのお約束、1人称小説でヒロインモテモテである。
 4)そしてこれまたYAノベルのお約束の「三部作」となっていて、本作はその1作目。
 といったことが判明した。 要するに、想像と全く違うものだった、というわけである。
毒見師イレーナ (ハーパーBOOKS)
マリア・V スナイダー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2015-07-23

 ちなみに、読み終わった後、この本は一体、本屋さんのどこの棚に置かれているんだろう? という疑問があったので、ちょっと大きめの本屋で探してみたところ、普通に海外翻訳小説文庫の棚にいた。一応、平積みもされていたのは、2巻目が3月新刊で出たばかりだからのようだ。手に取ってみて驚いたのは、なんとこの『毒見師イレーナ』の帯には、わたしが芸能人で友達になりたい方ナンバーワンの壇蜜さまが、推薦キャッチを書いていらっしゃった。さすがお蜜ちゃん。好きです。いやいやいや、あぶねえ。そんなわたしの告白はどうでもいいとして、もう一つ、驚いたのが、その紙質である。なんというか、雑誌付録の小冊子めいた、何とも斤量の軽い紙で、ああ、こりゃあちょっと、読書好きは萎えちゃうかもなあと思いつつ、そうか、ハーレクインはこの紙がデフォルト設定なのかも、というような気もしたので、この点は別に、普通の人には全くどうでもいいことかもしれない。いずれにしても、出版業界人は本を手に取って、その重さの感覚で使っている紙の質の想像がつくという特殊技能を身に付けているので、意外な軽さはわたしにはちょっと驚きであった。そして奥付を確認したところ、2015年7月の初版であったので、売れていないのだろう、という想像もついた。この紙でこの定価(税込980円)である。恐らくは部数も少ないのであろうということも容易に想像がつく。本書のターゲットは確実に10代~20代の女子のはずだが、おそらくこの値段では手が出まい。その点では、日本では全く売れていない、『Twilight』シリーズや『The HUNGER GAMES』シリーズと同じ運命というか、ちょっともったいないような気もした。常々、もうちょっと日本でも売れる方法があるんじゃねえかなあ……と思っているが、まあ、これもまた言うだけ詐欺になるので黙っておこう。なんというか実にもったいない。

 で。物語は、まさかこれがハーレクインとは、と思うほど、あらすじを書くとかなりハードな異世界ファンタジーである。主人公イレーナは18歳。物語は、彼女が地下牢に繋がれているところから始まる。どうやら、領主の息子をぶっ殺した罪で投獄されており、死刑囚らしい。そしてその彼女が、死刑を執行されるか、「最高司令官」と呼ばれるこの国のTOPの、「毒見役」として生きるかの選択を強いられる。ま、ここで死刑を選んだら物語は終了なので、当然毒見役としての生を選択するわけですが。そしてその指導に当たる凄腕の暗殺者兼最高司令官の右腕(防衛長官)の男が、またいい男ですよと。で、訓練を重ねて、いろいろなキャラとの交流を経て、イレーナは成長していくと。そしてイレーナがなぜ投獄されていたのかといった背景や、舞台となる世界の説明があって、どうやらこの世界には「魔術」なるものまであることが分かり、どうもイレーナも、魔術の才能が有りますよと。まあこんな風にして話が展開されて行って、イレーナも暗殺者の男も、もうお互いぞっこんLOVEですよと。で、最終的にはイレーナがぶっ殺した男の父たる領主と、その領主を実は操っていた魔術使いとの対決があって、当然勝利して、おしまい、とまあこんなお話であった。超テキトーなまとめでサーセン。

 まあ、ジャンルとしては異世界ファンタジーと見做して良いと思うのだが、その世界観は妙に独特なものがあり、いくつか非常に興味深い特徴がある。ちょっとそれをまとめておこう。
 ■時と場所
 特に明示はない。地球上なのかどうかも良くわからないので、異世界、と言って良いのか良くわかん。『The HUNGER GAMES』や『DIVERGENT』などに見られるような、「何らかの最終戦争後の未来のディストピア」的なイメージでもない。妙なふわふわ感がある。
 ■文明レベルと政治体制
 まず文明レベルだが、電子機器や銃火器の類は一切ない模様だが、食文化はかなり発達している模様。医療技術に関してもかなり未発達。まあ、イメージ的には18~19世紀ヨーロッパ近代あたり、だとは思う。
 が、どうも思考レベルが非常に現代的なのが、どうもミスマッチと言うか、独特である。それは、キャラクターの言動がやけに現代っぽいことから、わたしにそう思わせるのかもしれないが、最大のポイントは政治体制である。
 設定としては、かつては王国であった国が、軍事クーデターによって王族は処刑され、代わって「最高司令官」を頂点とする軍閥支配になっていると。ちなみにそのクーデターから10年チョイの時しか流れていないらしい。で、どうやら国土は8つの「軍管区」に分割されていると。そしてそれぞれを統治する「将軍」なる存在がいて、先ほどわたしは主人公が殺したのは「領主の息子」と書いたけれど、実際には「将軍の息子」であり、その地を実効支配しているので、まあ領主に近い存在だ。で、これら「軍管区」は、本書の冒頭に掲載されている地図によると、極めて幾何学的な区割りをされているのだが、これもまた『The HUNGER GAMES』や『DIVERGENT』のように、それぞれの区画には明確な役割があるわけではなく、これまたふわふわな区分けである。『The HUNGER GAMES』や『DIVERGENT』も国土が明確に区分けされていて、それぞれ、ここは工業、ここは農業、ここはなんとか、のように、明確に区分けに意味があったのだが、それはどうも本作では、(何か説明はあったような気がするけど)あまり明確な役割や意味付けはなかった。
 ■「行動規範」なる法律(?)
 そしてそんな軍人支配の国なので、暴力が支配する国なのかというと、決してそうではなく、「行動規範」なるものが存在しており、すべての国民はその「行動規範」に従う義務を負っており、いわば最高司令官は、その規範を守り、国民を裁く裁判官的な役割を負っている。そして国民には「職業」が全員に与えられており、その職業ごとに決められた「制服」を着用することが義務付けられている。
 なので、独裁政治、ではあるものの、行動規範によって統治されており、また最高司令官も悪人ではなく、今のところ、民衆の間には体制への不満はない、らしい。ただし、各軍管区間のパワーバランス的なものがあって、最高司令官は暗殺の危険があるらしく、そのため、毒見役が職業として規定されていると言う事になっているようだ。どうすか、非常に独特というか、なんか妙でしょ? まあいずれにせよ、かなりふわふわです。
 ■魔術について
 この世界には、「魔術」なるものが存在していて、「魔術師」という人々が物語の鍵を握っているのだが、正直まったく良くわからない。どうも、サイキック的存在のようだが、その魔術の源となる謎エネルギーについても、わたしは全然良く分からなかった。この設定が、妙にこの作品を不思議なふふわふわ空気に包み込んでいるような気もする。ま、謎の能力を秘めた選ばれし者、的な感じすかね。いずれにせよ、良くわからんす。

 で、キャラクターはどうなのかというと、こんな感じになってます。
 ■主人公のイリーナ・・・第5軍管区で、将軍とその息子に「実験」という名のもとに凌辱されていた可哀想な美少女(18歳?)、なのだが、その実験の実態も良く分からず、また、後半明かされてくる「魔術」との関係も今回は明確ではなく、次巻以降に持ち越し。このイレーナの1人称小説なので、非常にライトノベルっぽく、行動や思考が幼いのはやむなしか。カバーイラストは、イラストレーターのクレジットがなくて誰が描いたものかわからないのだが、どうも見たような気がする絵なんだよな……。だけど、基本的にはこのイラストは、描写に添ったイメージに割と合っているような気がするので、悪くない、と思う。
 ■イリーナを管理・訓練するヴァレク
 まあ、イケメンなんでしょうな。どうやら年齢は30歳ぐらいらしい。強いし、優雅だし、ほぼ無敵ですね。しかし、イレーナも美少女、ヴァレクもイケメン、というわけで、まあ、ラノベですな。女子的にはきっと、彼のカッコ良さに痺れるのでしょう。二人の距離が、近づいたり離れたりとじれったさもあって、女子的にはドキドキやきもきしながら楽しめるのでありましょう。いいんじゃないですかね。
 ■最高司令官アンブローズ
 クールな人物で皆から信頼されている存在だが、若干うかつな面もある。後半、すごい秘密の暴露があって、ああ、そういうことですかという展開に。
 そのほか、中盤以降、イリーナと仲良くなる二人の男性兵士が出てくるが、この二人もイリーナ大好きになりつつあって、まあきっと、アメリカYA小説お約束の、モテモテヒロイン展開も今後繰り広げられるのではないかという気配はある。US女子たちは大好きですからね、わたしのために争うのはやめて的な展開は。

 というわけで、もういい加減長いので結論。
 本作『POISON STUDY』(邦題:「毒見師イレーナ」)は、典型的なアメリカンYAノベルであった。ただその世界観は非常に独特で、あまり見かけないタイプの作品としてユニークであるように思える。3部作らしいが……まあ、次を読むかは決めてないです。続きが超・気になると言うほどではなく、少なくともまだ日本語訳が発売されていない3巻が発売になったら、先を読むか考えます。それにしてもこのカバーイラストを描いたイラストレーターは誰なんだろう? 以上。

↓ これが2巻っすね。読むかどうかは3巻出てから考えよう。
イレーナの帰還 (ハーパーBOOKS)
マリア・V スナイダー
ハーパーコリンズ・ジャパン
2016-03-17