このBlogで何度か書いた気がしてならないのだが、現在の現役最強映画監督決定戦が開催されたとしたら、おそらくは、Christopher Nolan監督を優勝候補に挙げる人は結構多いのではないだろうか。Nolan監督の創り上げる作品は、誰が見ても一段クオリティのレベルが高く、CGを使いながらも、本物の高い質感にこだわった映像も、そして、SFであれコミックヒーローものであれ、常に人間心理の追求に重きを置いた物語も、どちらも確実に「格上」感があると誰もが感じるのではなかろうか。
 Nolan監督が世間的に有名となったのは、たぶん監督第2作の『MEMENTO』であることは間違いなかろう。わたしも実際、『MEMENTO』を2001年に渋谷の今はなきパルコPart3の上にあったシネクイントで初めて観て、Nolan監督のことを知ったのだが、実のところ、結構トリッキーな、叙述ミステリー的な作風はあまり好みでなく、一応その後の作品も全部劇場で見ているが、ああ、やっぱりこの監督はスゲエ、とわたしが改めて思ったのは、2008年の『The Dark Knight』であって、結構あとの話である。なので、それ以前の作品、『BATMAN Begins』や、『The Prestige』などは劇場で観ていても、あ、これ『Memento』の監督だったんだ、と後で知るぐらい、あまり関心を持っていなかったのだ。大変情けないというか、審美眼のなさには我ながら残念である。
 しかし、『The Dark Knight』以降の純Nolan作品(監督していない作品はダメ)は、直球でわたし好みの作品が多く、『INCEPTION』や『INTERSTELLER』には大興奮し、今やすっかり大ファンなわけで、 こうしてファンになってから、再び旧作を観てみると、ああ、やっぱスゲエ、つか、なんでこれを劇場で見た時に興奮しなかったんだ? と当時の自分がまったく理解できない謎現象に悩まされることとなる。
 というわけで、先日、Nolan監督が『Memento』の成功の2年後に撮った初期作品、『INSOMNIA』がWOWOWで放送されたので、久しぶりに観てみることにした。調べたらちゃんとパンフレットも持っていたので、わたしがこの映画を劇場で観たのは間違いないのだが、それ以来、一度も観る機会がなく、ほぼ物語は忘れてしまっている。ただ、この映画の公開時に、わたしは「げえーーっ!! Stephen Kingの「INSOMNIA」が映画になるのかよ!!」と盛大な勘違いをしていたことは、やけにはっきり覚えていて、なーんだ、全然違うじゃん、と思ったことが当時の日記に書いてあるのをさっき発見して、我ながら頭が悪すぎて、笑ってしまった。
 (※補足:わたしが世界で最も好きな小説家であるStephen King氏の作品に同名タイトルの作品があるのです。わたしはその映画化だと、当時、結構本気で勘違いしていたらしい)
 というわけで、14年ぶりに、Nolan監督作品『INSOMNIA』を観てみて、こりゃあやっぱりすげえというか、Nolan節が炸裂しまくっている傑作だなあ、と思ったのである。我ながら実にアホだ。以下、いつも通りネタバレ全開ですので、読む際は自己責任でお願いします。

 うーん、だめだ、古くて日本語字幕付きの予告はないや……とりあえず、US版予告を貼っとくか。物語は、基本的には上記予告の通りで、アラスカで起きた殺人事件をLAからやってきた刑事が捜査するお話である。
 ただ、主人公の刑事の心理状態が問題で、どうやら彼は、LAでInternal Affairs(=内部監査部)の審問を受けていて、なにやら捜査に問題があったらしいことが語られる。そんな状況もあって、アラスカの旧友からの捜査協力に乗る体で、実際は内部調査から一時避難的にアラスカへやってきたらしい。万一LAでの審問の結果がクロ、となれば、自らのキャリアもパーだし、何より、審問の対象となっている捜査で逮捕したクソ悪党が、証拠不十分として釈放されてしまう。それは耐え難い、というストレスを抱えていることが結構冒頭で語られる。おまけに、アラスカに同行した相棒も、どうやら審問では真実を話す決心をしているようだし、かなり八方ふさがり的な心理状態である。そして、アラスカにやってきた主人公を悩ませるのが、「白夜」だ。夜でも明るく、心理的ストレスもあって、どうにも眠れない。タイトルのINSOMNIA=不眠症は、そういう状態を表している。
 そしてアラスカでの殺人事件はどんどんややこしくなっていく。ある証拠を餌に、犯人をおびき寄せようとしたところ、あっさりその餌に犯人が釣れ、主人公と相棒は追いかける。しかし、濃い霧で犯人を見失った主人公は、あろうことか相棒を撃ってしまうのだ。しかもその場面を犯人に目撃されており、主人公はさらにストレスにさらされることになり、眠れない夜が主人公の精神と肉体をどんどんと蝕んでゆき―――てな展開である。
 というわけで、見どころは、主人公がどんどん憔悴していく姿と、なぜ相棒を撃ってしまったのか、という点にある。この主人公を演じたのが、マイケル・コルレオーネでお馴染みのオスカー・ウィナーAl Pacino氏だ。わたしは久しぶりに本作を観ながら、段々とストーリーを思い出していったのだが、たぶん、初めて劇場で観た時は、ずっと、コイツ何やってんだよ、とイライラしながら観ていたのだと思う。
 しかし、改めて観ると、本当に今のNolan監督をほうふつとさせるような映像がてんこ盛りで、演出もまた実にNolan監督っぽい。っぽいというか本人だから当たり前なのだが、例えば、映像でいうと、もう冒頭からしてまごうことなきNolan監督らしい画だ。冒頭は、アラスカの荒涼とした地を飛ぶ小型飛行機である(これは上に張った予告でも使われてる)。この映像だけで、実にNolan監督作品だ。まるで『INTERSTELLER』の氷の惑星のような、この異世界感は凄い。そしてどう見ても実写に見える。おそらくは実写なのだろうとは思うが、ひょっとしたらある程度のCG合成も含まれているのかもしれない。とにかくさっぱりわからないが、この画は色調といい、質感といい、まさしくNolan監督だ。
 そして、キャラクター心理を表現するために、Nolan監督がとにかくいつも使う、フラッシュバックもバリバリに出てくる。冒頭から何度も現れる、白い布に血液と思われる液体がじわーーりとしみ込んで行く映像は、どうやら主人公の脳裏からどうしても離れないイメージらしく、本作では何度も出てくる。そしてラスト近くでそのイメージの意味が分かる仕掛けは、もう完璧Nolan印だと言ってよいだろう。
 こういった、Nolan的映像と、どんどんと深みにはまっていく主人公の心理は非常にマッチしていて、おまけに演じるAl Pacino氏の絶品の演技も合い重なり、実に上質で見事な作品だ、と、初めて見てから14年経ってやっと認識した。おせえっつーの。いやあ、この映画は面白い。つか、すげえ。
 もちろん、Al Pacino氏以外のキャストの演技も素晴らしい。まず、かなり前半で退場してしまう相棒を演じたのが、Martin Donovan氏。この役者は、わたしは名前が分からない、けど、絶対にこの顔は観たことがある、と調べてみたところ、残念ながら日本語wikiには載っていない(というかここ数年編集されてないんだろうな)のだが、この人は、わたしの大好きなMCU作品『ANT-MAN』に出てきた、あのS.H.I.L.Dのクソ野郎で、Michael Douglas氏演じる若きピム博士にぶん殴られて鼻血を出した、あの人だ。えーと、キャラ名なんていったかな……あ、カールソンだ。思い出した。今回はたいへん気の毒な役であったし、出演時間も短いけれど、なんというか実に印象深い芝居ぶりだったように思う。
 そして、アラスカで捜査に協力する現地警察の頭の回る賢い女子警官を演じたのが、これまたオスカー・ウィナー(しかも2回も受賞!)のHilary Swank女史。わたしはこの方が2回目のオスカーを受賞した『Million Doller Baby』が大好きなので、結果的にこの方も大好きである。この人は……美人……なんすよね? 非常に特徴ある顔立ちだけれど、やっぱりお美しいですな。そして今回は地元警察の紅一点な警官を見事に演じていたと思う。一人、事件の真相に近づいていく様子も良かったすね。そういや、最近この方をあまり見かけないけど、元気にしてるのかな?
 最後にもう一人。事件の真犯人を演じたのが、2014年に亡くなってしまったRobin Williams氏だ。そうか、この方もオスカー・ウィナーだったな(『Good Will Hunting』で助演男優賞受賞)。今回は、外面としてはまるで普通の男なのに、その精神はどす黒い殺人者という役を見事に演じ切っていると思う。非常にサイコなイカれたキャラで、じわじわとくる怖さがありますな。
 というように、役者陣も大変豪華でありました。
 あと、最後に音楽についてもメモしておこう。今回の音楽を担当したのはDavid Julyan氏で、初期のNolan監督作品はほぼすべてこの人によるものだ。長編デビュー作の『Following』や『MEMENTO』そして『The Prestige』がこの人が音楽を担当している。その曲調は、後のNolan作品すべてを担当しているHans Zimmer氏に大変似ているような気がする。わたしは実際、これはHans Zimmer氏かしら?と思ったほどだ。重低音の不協和音めいた曲、というより音、が非常に物語の緊張感を表しているようで、なんとなくわたしは『The Dark Knight』を思い起こした。
 というわけで、映像・演出・音楽・編集といったほとんどの要素が今のNolan監督の特徴を思い起こさせるもので、大変わたしは興味深い映画だと思った次第である。
 ――と、まあ、ここまで絶賛してしまって、今更なのだが、物語のスケール感という意味では、実に小さい。今のNolan監督作品で観られるような、壮大さは、全然ない。そういう意味では、こりゃあすげえ、という点も、普通に観たらまるで感じられないかもしれない。なので、おそらくわたしのような映画オタ以外の普通の人が観たら、わたしが何に興奮しているか、さっぱり通じないだろうし、この作品をそれほど面白いとは思わない可能性は大いにある。
 しかしだ。わたしは、主人公が最後につぶやくシーンは非常に素晴らしいと感じた。主人公は、地元女子警官に「相棒を撃ったのは(審問を恐れての)故意なのか!?」と聞かれ、つぶやく「……わからない……自分でも、本当にわからないんだ……ただ眠い……寝かせてくれ……」このシーンは、わたしはゾッとするほど心に刺さった。たぶん、主人公は、文字通り分からなかったのだと思う。なぜ霧の中で相棒に向けて銃を撃ってしまったのか。そして今願うことは、眠ることだけ。この主人公の心理は、Nolan監督の見事な映像によって完璧に表現できていたと思う。故にわたしはそのつぶやきに、そうだよね、そりゃあそうだ、と納得できてしまったのである。
 やべっ。ちょっとほめすぎたかもな。

 というわけで、結論。
 14年ぶりにChristopher Nolan監督による『INSOMNIA』を観てみたところ、こんな映画だったっけという驚きとともに、やっぱりNolan監督はすげえ、という思いが深まる逸品であることを確認した。 ただし、Nolan監督を知らない場合は、フツーなサスペンス映画で終わってしまうかもしれない。そういう意味では、万人にお勧めかというとちょっと微妙であることは申し上げておこうと思う。以上。

↓ そういえば、物語の構造として、この名作に非常に近いような気もしますね。 優作が最強にカッコイイ。1989年公開だからもう27年前か……。
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2013-08-23