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 昨日の夜20時ころ、特にやることもなく、かといって寝るにも早く、たまってる映画でも観るか、と、まあ我ながらむなしく淋しい毎日を送っているわたしであるが、そういえば、今日の午前中に観た『THE MAGNIFICENT SEVEN』に出ていた今をときめくイケメン野郎Chris Pratt氏は、ちょっと前まであまりイケてない若干ぽっちゃり系だったよな、と、とある映画のことを思い出した。あの映画は最高に良かったなあ、と思い、USB-HDDにたまっている映画を捜索したところ、ちゃんと保存してあるのを発見したので、3年弱ぶりに観てみることにした。
  その映画は、2013年暮れにUS公開されて、日本では2014年6月に公開となった『her』(邦題:her/世界でひとつの彼女)という作品である。わたしも公開当時に劇場で観た作品だが、簡単にストーリーを説明すると、とある音声認識OSと、イケてない暗い男が恋をするというファンタジックな物語で、分かりやすく例えて言えば、iPhoneのSiriに恋をしてしまうようなものだ。こう書くと相当キモいオタク野郎のお話のように聞こえるかもしれない。しかし、これがまた非常に切なく超いいお話で、わたしのような冴えないイケてない男には超ジャストミートでグッとくる映画なのであった。
 何よりいいのが、その音声しか出てこないOS「サマンサ」の声を担当した、Scarlett Johansson嬢の声だけによる演技で、彼女の姿は一切画面に登場しない。あくまで声だけ、である。そして、セクシーなハスキーボイスでお馴染みのScarlett嬢の声が、超イイ!のである。とにかく素晴らしい! ちょっとわたしが何を言っているかよく分からない方は、まずは下記の予告編を観てみていただきたい。要するに、こういう映画である。

 ちなみに言うと、わたしはイケメン野郎Chris Pratt氏については、2014年9月に日本公開された『Gurdians of the Galaxy』で初めて、コイツ、カッコイイな、と認識し、調べてみたら意外とわたしがそれまでに観た映画に出演していることを知り、あ、そうだったんだ、と思ったわけだが、なんとその3か月前に観たばかりでとても気に入っていた『her』にも出ていたことを知って、とても驚いた覚えがある。あれっ!? 出てたっけ!? みたいな。しかし、そういえばその時にへえ~と思って以来、実際に観直してチェックしてなかったな、というわけで、昨日あらためて観てみたわけだが、確かに、主人公セオドアの会社の同僚として、結構ちゃんと出演しているのが確認できた。しかし、その当時のChris氏は若干ぽっちゃりで、実にイケてない。ははあ、なるほど、こりゃ分からんわ、と昨日の夜改めて確認した次第である。
 ま、そんなことはどうでもいいのだが、久しぶりに観てみた『her』は、やっぱり面白かった。
 物語は、具体的な年代表示はないが、近未来、である。舞台はLA、西海岸で、たしかパンフレットには、上海でもロケをしたと書いてあったような気がする。そういった、ちょっと不思議な風景で描かれる未来像は、とてもユニークだ。おまけに、ファッションや美術面での世界観も非常に独特で、一見、現代とあまり変わらないようでいて、あらゆることが進化している。主人公の仕事は、手紙の代筆業。どうやらこの未来においても、手書きのような書体による心のこもった手紙というものは価値があり、そしてそれをAIに書かせるのではなく、人間に代筆してもらう、という需要があるらしい。また、ほとんど本作には車が出てこない(ただしタクシーは出てくる)。移動は主に鉄道である。地下鉄や、新幹線のような電車移動が基本だ。そして家はほぼ自動化されているようだし、主人公が暇なときに遊ぶゲームはもう完全にホログラム化されている。そういった未来ガジェットが実に自然にロケの風景と一体化していて、一体何がどこまでCGで描かれているのかよく分からない。実に自然で、ありうる未来像だ。
 そして一番のキモとなる未来ガジェットが、主人公が身に着ける携帯端末だ。ほぼすべて音声認識による操作で、耳に装着するアイテムと、主に画像閲覧用のコンパクトミラーのような四角くて薄い多面端末の二つに分離している。この端末は、デスクトップPCとも連携しているようで、ある日、主人公は街のデジタルサイネージで、最新OSの広告を見かけ、そのOSを自分のPCインストールするところから物語は始まる。ちなみにPCも、キーボードやマウスは出てこない。ほぼすべて、ジェスチャーUIか、音声認識で、主人公の仕事である文章作成はもちろん、ファイル削除・プリントアウトもすべて音声指示だ。
 そしてそのOSは、インストールしてからすぐに、今までのOSとは違う面が現れる。男性の声・女性の声と選べる中で、女性の声を選択した主人公だが、OSは自らを「サマンサ」と名を名乗る。何故その名にしたのかと問う主人公。OSは答える。命名本を0.02秒で読破した結果、1万以上の候補の中から「音が気に入ったから、サマンサを選んだ」と。そう、このOSは、完全に自意識を持つ高度なAIであることが示されるのだ。「気に入った」からというのが本当かどうかわからないけれど、とにかく、こうして出会った人間の主人公と、OSサマンサの恋が始まるわけである。
 とにかく、「サマンサ」は気の利く有能なパーソナルアシスタントであり、スケジュール管理は完璧、メールも読み上げてくれるし、気分に合わせた音楽も選んでくれる。おまけに、なんといっても会話が楽しく、圧倒的に人間の女性を上回るスペックである。そして、何度でもいうが、わたしは相当な声フェチであるので、Scarlett嬢のハスキーでセクシーな声が、もうたまらん魅力にあふれているわけである。まあ、わたしのようなモテないブサメンからすれば、もうサマンサと毎日楽しく会話ができれば、もう3次元の女はいらねえや、と思うのは必然であろう。当然、主人公もそういう流れになる。何しろ彼はいつもしょんぼりしている。というのも、幼馴染で子供のころからずっと一緒に過ごし、結婚していた妻との離婚を経験したばかりだからだ。正確に言うと、とっくに別居しているもののまだ離婚届にサインはしていない状態で、妻側の弁護士からさっさとサインしろと迫られている状態だ。そんな精神状態なので、主人公はどんどんサマンサの魅力にはまっていく。はた目から見ると、ちょっとアレな状況だが、観ていると全く自然で当たり前だと納得の流れである。
 おまけに!なんとサマンサは声だけなのに、主人公と疑似SEXまでやってしまう。もうすげえとしか言いようがないテクノロジーの進歩というか、もはやスーパーAI誕生だ。この、AIという視点からも、本作は極めて興味深い。Aiは好奇心旺盛である。どんどんと知識を獲得してゆき、成長する。そして、サマンサの場合、「恋」あるいは「愛」を理解することによって、いわゆるSingularity=技術的特異点を突破してしまうのだ。突破のきっかけが「愛」というのは非常に素晴らしい着目点だとわたしは思うし、そこへの過程は非常にグッと来た。
 サマンサは愛の理解によってSingularityを突破し、その後、急速に進化する。同時に600人以上との会話ができるようになったり、データとして保存されている(?)哲学者との非言語会話によって世界への理解をどんどんと深め、最終的に高次のAIとして主人公のもとを去る決断を下す。それはサマンサにとっても主人公にとっても、非常に淋しいことだけれど、主人公もまた、サマンサへ依存していた孤独な精神状態から、一歩先へと踏み出そうというきっかけでもあり、ま、エンディングはハッピーエンドと言ってよいのではなかろうかと思う。
 というわけで、エンドロールで流れる曲、「The Moon Song」がもうとにかく心にグッとくるのだが、この曲は、作中でサマンサが作った歌として、サマンサの声で(=Scarlett Johansson嬢の声で)歌われるもので、エンディングも絶対Scarlett嬢の声Verで流してもらいたかったものである。エンディングでは↓この動画の通り、曲を作ったKarren Oさんの声なので、ちょっとアレなんすよね……いや、こちら素晴らしいけど。

 ちなみに、本作はアカデミー賞に作品賞をはじめ脚本賞・美術賞、そしてこの歌が歌曲賞と、それぞれノミネートされました。残念ながら受賞したのは脚本賞だけかな。まあ本当に素晴らしい物語で、脚本賞は納得です。
 最後に、サマンサ役のScarlett嬢以外のキャストをちょっとだけまとめておこう。
 まず、主人公セオドアを演じたのが、Joaquin Phenix氏。おおっと!今初めて知ったのだが、この人、1974年生まれってことは、この作品を撮っているときはギリで30代じゃん!見えねえ……もうとっくに40過ぎかと思ってた。意外と若かったw  ま、一時期ハリウッドではお騒がせ野郎として有名になった変な男だけれど、本作の演技は本当に素晴らしく、一見妙なキモ男だし本心を話さないウジウジ野郎なんだけれど、実際は心優しく、心に孤独を抱えている男を好演してくれたと思う。
 そして、セオドアの元妻を演じたのが、Rooney Mara嬢。まあ細い。そして白い。なんともはかなげで華奢な彼女だが、本作ではセオドアのウジウジした男らしくない態度にキレまくる気の強い女子で、ちょっと珍しいと思った。大変お綺麗です。
 さらに、セオドアの大学時代の友人で同じマンションに住んでいるちょっと男運のない女友達を演じたのが、Emy Adams嬢。彼女は非常に良かったすねえ。最近の『Batman v Superman』のロイス役などでは随分でっかくなったというか、貫禄の付いちゃったAmy嬢だけれど、この映画では妙にちびっこの華奢な女子に見えるのは何故なんだろう?顔もちょっとげっそりしているし、この頃のAmy嬢が一番かわいいと思うね。メイクもかなりナチュラルメイクだし、実に本作では可愛いかった。
 最後。劇中で、セオドアが友達にセッティングされたブラインドデートに向かう場面があるが、その時のお相手として出てくる女子を出演時間10分弱で演じたのが、Olivia Wilde嬢だ。ツリ目系の猫科系女子で大変美人ですな。この方の作品でパッと頭に浮かぶのは、やっぱり『TRON:Legacy』かなあ……わたし的好みにはジャストミートの美人すね。たった10分弱のチョイ役には大変贅沢なキャスティングであろうと思います。

 というわけで、結論。
 かなり久しぶりに観る『her』という映画は、やっぱり面白かった。なんといっても、Scarlett Johansson嬢が声だけで演じるOSサマンサが素晴らしい! そして、キモ男だけど、イイ奴の主人公セオドアも素晴らしい。女性がこの映画を観てどのような感想を抱くのかわからないけれど、ホントにこの映画は、セオドアのような、そしてわたしのような、一人ぼっちで淋しく暮らすイケてない男が観たら、100%間違いなくグッとくると断言できる。イイすねえ、ほんと、早くこういうAIが誕生しねえかなあ、と思っているうちは、ま、永遠に幸せはやってってこないでしょうな。分かってますよ、そのぐらい。ちゃんと自覚してますので、たまに夢見るぐらいは許してください。最高です。この映画は。以上。

↓ 当然もう配信もとっくにされてます。観ていない人はぜひご覧ください。最高です。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03


  「このうえもなく美しく、このうえもなく不幸なひと、キャロル」
 わたしとしては、近年まれにみる、美しくて素晴らしいキャッチコピーだと思う。加えて、去年観た『The Monuments Men』 において、突如Cate Blanchett様の美しさに目覚め、それまで何本もCate様主演作を見ているのに、なんて綺麗な人なんだということを今更ながら認識していたため、わたしとしては非常にこの映画の公開を待ち遠しく思っていた。
 ので、さっそく観てきた『CAROL』。US国内では、MetacriticRotten Tomatoesなどの格付けサイトでも軒並み非常に高い評価がされており、その期待を裏切らない、素晴らしい演技と美しさで、わたしはもう大満足&大興奮である。

 恐らく、上記予告を観ても、どんな物語なのか想像が付きにくいと思う。ある意味予告通りの物語だし、一方ではまったくこの予告では物語が描かれていないとも言えるだろう。わたしも、一度物語のあらすじを書いてみたのだが、やっぱりここには記さないことにした。何故なら、ネタバレとかそういう意味ではなくて、文字で物語の流れを書くと、実につまらなそうなまとめになってしまうからだ。ただ、この作品の舞台となる時代と、原作小説の書かれた時期が同じだということは、注目に値する。この作品は、『見知らぬ乗客』『太陽がいっぱい(別名『リプリー』)』などのサスペンス・ミステリー系小説で有名な、Patricia Highsmith女史による小説が原作で、書かれたのは1952年、物語の舞台と全く同じである。日本で換算すれば昭和27年という戦後間もない時期に描かれた作品であることを考えると、当時はおそらくセンセーショナルだっただろうし、今の我々が読んでも、この物語の現代性にはかなり驚くと思う。しかし、現代人の感覚からすると、やっぱり物語としては出来事自体はそう目新しいものではなく、それほど面白そうだとは思えないかもしれない、と、自分でストーリーをまとめてみて良くわかった。

 では何がわたしをしてこの映画は素晴らしいと思わせたか。
 それはやはり、キャラクターと、そのキャラクターを演じた女優陣の演技がお見事だったからであろうと思う。何度かここで書いたような気がするが、映画や小説において最も重要なのは、わたしはやはりキャラクターであると思う。描かれているキャラクターを好きになれるかどうか、が、その作品に対する好悪の決定的なポイントとなるはずだ。その点において、わたしはこの映画で描かれた二人の主人公、キャロルとテレーズの二人にもうぞっこんである。
 まず、キャロルのように、「心に従って生きる」ことを旨とする、強くて、たまに弱い女性に出会ったら、完璧に惚れてしまうだろうと思う。キャロルは現代用語でいうところの「バイセクシャル」であり、当時の社会風俗からすればかなりとんでもない存在であろう。しかし、「そんなの知ったことか」と強く見える一方で、どうしてもそういう社会の眼に勝てず、愛する娘の養育権を手放さなくてはならない事態を前にしては、嘆き悲しむ弱さを見せる。わたしとしては、そりゃあそうだよ。だって人間だもの。と、みつお風に思わざるを得ないわけで、わたしはそのような、強くて弱い女性を見かけると、とても放っておけない気持ちになる。そんなキャロルを演じたCate Branchett様の演技は完璧だったと思います。本当に素晴らしかった。
  一方、キャロルに一目ぼれしてしまうテレーズといううら若き女子を演じたRooney Mara嬢も、実にお見事だった。わたしにとって彼女は、どうしても『The Girl with the Dragon Tatoo』のリスベット役が忘れられないが、どうもいつもあまり笑わない役が多いような気がする。そんな彼女が今回、たまーに見せる、ちょっと幸薄そうで、恥ずかしがるような笑顔は絶品であったと記録に残しておきたい。わたしはテレーズにも惚れました。
 テレーズがキャロルに視たのは、おそらくは「こうなりたい自分像」だろう。地味だし日々迷っているし何よりもまだ先がまったく真っ白なテレーズ。キャロルは、自分とは正反対のテレーズを「My Angel, flung out of space」と呼ぶ。「宇宙から放り出された、わたしの天使」。既に母親であるキャロルには、最愛の娘がそのまま大人になったような、愛さずにはいられない、宇宙から放り出された一人ぼっちの女の子と見えたのだろう。この相思相愛の関係は、他人からどんな目で見られようと、もはや分かつことのできないもので、わたしは今回のエンディングは、非常に良かったと思う。パンフレットによれば、監督は決してこの作品をバットエンドに撮りたくなかったそうで、良かった良かった、で、この後はどうなるんだ? という終わり方にしたかったそうだ。その意図は、見事に表現できていると思う。
 また、今回の映画で、わたしが画として、お、これは、と思った点が二つある。一つは画の質感の問題。今回は非常に柔らかさと粗さの混ざったような、現代の超高画質時代には珍しい画になっている。どうやら、撮影はコダックのスーパー16フィルムで撮影したようだ。それをアップコンバートしているらしい。それが全編なのか、ポイントだけなのか分からないが、時代を感じさせる画作りは物語の空気感をよく反映していると思う。もう一つは、この作品では非常に「手」の動きをとらえた画が多いように感じた点だ。しかもそれがとても効果的で、「手」の動きに非常に感情が込められているように思った。こういった手先までの動きの美しさは、とりわけ舞台役者やダンサーで重要だとわたしはいつも思っているが、映画でここまで「手」を意識した演技と演出を観るのは珍しいように思う。特に、ラスト近くでのキャロルとテレーズの「手」の演技に、是非とも注目していただきたいと思う。監督Todd Haynes氏の作品を観るのは、わたしは今回が初めてだが、非常に技巧派のように感じられた。ちょっと過去作もチェックしてみたいと思った。
  ところで。男同士の関係を描いた映画で、『Brokeback Mountain』という傑作がある。まあ正直、男のわたしから見ると、ええーー!? ヤっちゃうんだ!? と激しく衝撃的でドン引きしてしまったのが現実だが、直接的な男同士SEX描写がなければ、わたしとしては万人にお勧めしたい映画である。アレはちょっとマジ衝撃的なのであまり万人にお勧めしていいのか自信がないのだが、今回の『CAROL』にも、女性同士の直接的描写がズバリ出てくる。しかし、なんでなんだろう、非常に美しく、全く普通に受け入れられたのは、わたしが男だからなのか?? 女性が観たらまた全く違うことを思うのかもしれないので、一応、そんなシーンがあることだけはお伝えしておきます。

  ……あーあ、やっぱり上手くまとまらない。実は今回、この記事を書くのに何度も書き直したり、順番を変えたりしているのだが、全然うまくいかない……。このBLOGを初めて早半年。今回、これまでで最も時間がかかってしまった。なんでだろうな……この『CAROL』という映画、わたしは非常に素晴らしいと思うのに、その素晴らしさを上手に伝えることができない。それほど複雑な話じゃないし、うーん、要するにこれはアレか、あまりにわたしの心に響くものが多すぎて、まだわたしの頭の中でまとまってないという事か。難しいのう。いずれにしても、わたしとしては、一人でも多くの方が、この映画『CAROL』を劇場に観に行っていただけることを祈ってやみません。

 というわけで、結論。
 映画『CAROL』は、このうえなく美しく、このうえなく切ない素敵なお話です。
 今回のアカデミー賞で、主演女優賞と助演女優賞の両方にノミネートされた二人の愛の物語を、ぜひ劇場で堪能してください。わたしは本当に素晴らしいと感じました。今年暫定2位です。
 ※1位はまだ『The Martian』かな。

↓ 以前も紹介した原作小説。Highsmith女史の作品で唯一日本語訳されてなかったそうで、今回の映画に合わせての発売です。初版時のタイトルは『The Price of Salt』。実際これを書いた時のHighsmithさんは、テレーズのようにデパートでバイトしていたそうですよ。
キャロル (河出文庫)
パトリシア ハイスミス
河出書房新社
2015-12-08

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