先日、Simon Urbanという作家の『PLAN D』という小説を読んで、まあすげえ読みにくいし内容もイマイチだなあ……と思ったことをここで書いたが、同時に、電子書籍で買ったのが、本書『The First Fifteen Lives of Harry August』(邦題:ハリー・オーガスト、15回目の人生)という小説である。結論から言うと、こちらは超・面白くて、読んでいる間中ずっとドキドキし、ハラハラし、大変興奮したわけであります。いやー、この小説は面白い!!!
ハリー・オーガスト、15回目の人生 (角川文庫)
クレア・ノース
KADOKAWA / 角川書店
2016-08-25

 この小説は、いわゆるリプレイものである。『僕だけがいない街』にも通じるような、輪廻転生的な、SF界ではある意味使い古されたモチーフのアレである。死んでも、それまでの記憶を保持したまま、もう一回生まれ変わってやり直し、的な。けど、一つ特徴的なのは、一度死んで、生まれ変わると、まさしく自分の誕生からやり直し、リプレイになる点で、生まれたばかりの段階では当然前世の記憶はなくて、3歳ぐらいからだんだん思い出し始めるという設定になっている。
 主人公「ハリー・オーガスト」は1919年、北イングランドの辺鄙なところの駅のトイレで産み落とされ、母はその時の出産状況がひどくて失血死(?)してしまう。背景としては、母はとある上流階級のメイドだったが、そこの主人にレイプされて主人公を身ごもり、当時の社会的通念からしてスキャンダルなわけで、お屋敷を追い出され、一人孤独に出産、という感じである。
 で、その後、そのお屋敷に仕える夫婦が養子として養ってくれ、大人になる。で、最初の人生は普通に、困難はあっても、まあある程度の幸せを得て1980年代後半に死ぬと。で、気が付くともう一度生まれていて、2回目の、同じ人生を送りつつあることに気が付き、10代になる前から精神がおかしいと周りからみなされてしまって、精神病院に送られ、10代前半で自殺に至る。
 そして3回目の人生は、ようやく自分の謎に気付き始めて、おとなしく平穏に暮らすと。宗教に回答を求めて世界を放浪したりもする。そして未来を知っているのでそれなりに財もなし、エンジニアとして知識も増やしていく。そしてまた死を迎える。
 で、4回目の人生が最初の転機になる。1回目3回目の人生では、ともに自分は70歳に近くなるとがんにかかって死ぬことになっていたので、医者になって4回目の人生を送るのだが(3回目の人生でいかなる宗教=いかなる神も答えをくれなかったので、今回は医学生理学に答えを見つけようともした)、とあるひどい目に遭うことで、どうやら自分と同じく、何度も死んでは生き返る、を繰り返している人々がこの世にはいて、どうやらそういった人々が「クロノス・クラブ」なる組織を設立・運営しているらしいことを知る。
 この「クロノス・クラブ」が出てきてから、俄然物語は面白くなってくる。言葉では説明するのが非常に難しいのだが、メンバーは、「伝言ゲーム」で過去や未来と情報のやり取りができるんだな。つまり、主人公ハリーは1919年生まれで、場合によっては21世紀初めまで生きるわけだが、例えば2001年以降に死ぬとすると、911を体験しているわけだ。で、その記憶を再度生まれ変わった時に、たとえば1930年ぐらいに、その時80歳(=つまり1850年生まれ)になっている同類のクラブメンバーAさんに、「2001年のNYでは大変なことが起きるんだよ」と伝えると、そのAさんが死んでまた生まれ変わった1850年に、その時代にもう死にかかってる先輩メンバーBさんに同じことを伝えられるわけだ。で、Bさんはまた80年ぐらい前の自分の生まれた頃に戻って、1770年頃の同類に、「いやー、2001年のNYは大変な目に遭うらしいぞ」と伝えられるのです。同じように、過去からも伝言が来るというわけです。
 で、クラブの掟は、「歴史に干渉しないこと」。これは、遠い昔に(だっけ?)、歴史を変えようとした奴がいて、一度世界が破滅しかかったことがあるかららしい。要するに、未来の科学知識なんかが入ってきてしまうと、人はそれをどんどん吸収して、歴史が加速してしまうわけだ。便利なものを使わないわけないからなあ、その辺は何となく、理解できるような気がする。作中でも、1970年代にもう今の我々が使っているようなPCや携帯が発達してしまう世界が出現してしまうけれど、まあ、一度便利なものを使ってしまったらもう、取り返しがつかないというか、決してよりよい世界になるとは考えられないようには感じますな。直感的に。
 なので、クラブは歴史に干渉せず、が基本で、主人公ハリーの2回目の人生のように、事情が分かっていないで混乱している子供を探して保護すること、が一番のメインミッションになっているらしい。もちろん未来が分かっているメンバーは金を稼ぐのは簡単なので、それなりに金を持っている場合が多く、そういった財を成したメンバーからの寄付でクラブは運営されているそうだ。
 こういった、主人公のような人々は、自らを「カーラチャクラ」あるいは「ウロボラン」と呼んでいる。巻末の大森望氏の解説によると、「カーラチャクラ」とはサンスクリット語で「時の輪」を表す仏教用語だそうだ。主人公ハリーが、 自らの謎の答えを求めて様々な宗教の修行・勉強をするのも、チラッとしか語れないけれど読んでいてとても面白いポイントだ。
 2回目の人生は、自らの謎を受け止められず自殺、3回目の人生は宗教・神に答えを求めるも、キリスト教→イスラム教→ユダヤ教→ヒンドゥー教→仏教と渡り歩いてもダメ。4回目の人生では医学を学んで医者になっても、途中で大変な事態に遭い、結末としては自殺。ただし、クロノス・クラブとの接触に成功。6回目の人生では物理学の勉強も始める。みたいな感じで、なんというか、かなり真面目な生き様がわたしは読んでいて大変好印象を持った。
 そしてその6回目の人生では、23歳までに最初の博士号を取り、若くして「マンハッタン計画」にスカウトされるもその誘いを断り(なにをどうしようと原爆は完成してしまうし投下れてしまう。おまけに施設に監禁されるし、当時の放射線知識は十分でなく管理も杜撰なので断った)、ケンブリッジの専任講師を務めていたのだが、そこでのヴィンセントという一人の男との出会いが、その後15回目までの人生に大きく影響することになる。
 ヴィンセントも、「カーラチャクラ」であり、そしてクラブの「何もしない」方針を嫌悪していて、自ら未来を変えようとする男で、このヴィンセントと主人公ハリーの、何度も人生を繰り返しての闘争(?)が、この物語の主軸だ。まあ、ヴィンセントの野望は、正確に言うと未来を変えることでは全然なく、「量子ミラー」なるものを作って万物の謎を「自分が生きているうちに」解きたい、その結果未来が変わってもどうでもいい、というもので、実際、主人公ハリーも、一時ガッツリ協力したりもする。ヴィンセントとハリーとの、推定数百年、8人生分(9かも?)をかけた関係は、非常に読みごたえバッチリだ。唯一の親友であり、不倶戴天の敵。一方が善で他方が悪、というわけでもない。純粋に、「互に相容れない」二人。共に天を擁くことはない。こういうある種の冷徹な関係性はやっぱり鉄板の面白さですね。
 また、サイドで語られる、主人公ハリーと、養父・実父との関係も、非常に冷徹ではあるけれど、少なくともわたしには感覚的に非常に共感できるもので、非常に大きなポイントであるように思えた。何度人生を繰り返しても、結局許せないものは許せない。そして、やがてもうどうでもいいことになってしまう。何度も同じ結果になる虚しさを抱えて、人は数百年生きるとしたら、もうそれは、いわゆる無間地獄なのではなかろうか? そんな長大な時を過ごす主人公ハリーの心中は、とてもわれわれ「1度きりの人生」しか送れない普通人には、到底想像も及ばないものだろうと思う。陳腐な言葉だけれど、人生ままならねえもんですな。ホントに。
 
 というわけで、書き始めると止まらないので、もうこの辺にしておくが、とにかく、本作は設定が非常にしっかりしており、破たんもなく、また、時系列が若干飛び飛びの記述になっているけれども、かと言って混乱することなく読める構成になっていて、非常にレベルが高い作品だと思う。主人公ハリーのキャラ描写も非常にいい。生き過ぎた主人公が、数百年以上生きてきたことで、何を得て、何を失ったのか。哲学的でもあって、わたしとしては読後感も非常に良かったと思う。カタルシスという意味でのすっきり感も、ラストは非常に満足である。
 最後に、作家について記しておこう。これは巻末の大森望氏の解説を読んでもらえば十分だろう。わたしもインターネッツという銀河に捜索の手を放ってみて、だいたい同じことを知ったが、なんと著者であるクレア・ノース氏は、27歳の女性である。なんでも、14歳でライトノベルデビューをしていて、既に結構作品を発表している作家さんで、今回は名前を変えて本作の執筆にあたったそうで、それはライトノベル作家の名前では、その名前だけで作品を正当に評価されないかも、という思いがあったそうだ。本人のWebサイトのFAQの3番目にも書いてありますな。なるほど、編集者からの助言もあったわけか。大したもんだなあ、というのはおっさんとしてのわたしの感想だけれど、この作家は本物だと思います。これは本物の才能だとわたしとしては断言したい。すげえや。

 というわけで、結論。
 クレア・ノースなる女性作家による『The First Fifteen Lives of Harry August』は、大傑作である。これは超おススメだ。映像化される可能性大だろうけど、まずは原作をきっちり読んでおいた方がいいと思います。間違いなく楽しめる、と思う。そしてこの著者の他の作品も読んでみたいですな。特に、2002年の14歳当時のデビュー作(?)『Mirror Dreams』は日本語訳もちゃんと出てたみたいですな。あーこれは読んでみたい!! 以上。

↓ これっすね。当然絶版なわけです。すげえ気になるわ……。
ミラードリームス
キャサリン ウエブ
ソニーマガジンズ
2003-02

ミラードリームス〈2〉目覚めのとき
キャサリン ウエブ
ソニーマガジンズ
2004-04

↓そしてこちらが最新作みたいですな。あらすじは面白そうです。誰の記憶にも残らない――両親でさえ存在を忘れた――少女、のお話らしいですな。