タグ:リドリー・スコット

 今を去ること35年前。わたしは中学生ですでに順調に映画オタクの道を歩んでいたわけだが、35年前の夏、わたしは臨海学校で、早く帰りてえなあ……と思いながら、それでいて海を楽しんでいた。そして海から帰ってきた翌日、わたしは一路20㎞程離れた東銀座までチャリをぶっ飛ばし、とても観たかった映画を観に行ったのである。それがまさか、後にカルト的人気作となって、「いや、オレ、中学んときに劇場で観たぜ、ほれ、これが当時のパンフレットと前売券」なんて言って見せびらかすと、若い映画オタクを名乗る小僧どもにはことごとく、うお、まじっすか!と驚かれる作品になるとは全く想像もしていなかった。その映画こそ、Sir Ridley Scott監督作品『BLADE RUNNER』である。
 ↓これが当時のパンフの表紙と、わたしは当時、表紙の内側に前売券の半券を貼りつけてた。
BLADERUNNER01
 当時、わたしは単に、Harrison Ford氏が大好きで、おまけに『Chariots of Fire』でアカデミー作曲賞を受賞して注目されつつあったVangelis氏が音楽を担当しているというので観たかったのだが(※映画『炎のランナー』は、日本では『BLADE RUNNER』と同じ年の夏公開)、35年前に初めて観た時は、『BLADE RUNNER』の描く未来のLAに大興奮し、そのやや難解な物語も何となくわかったふりをしつつ、コイツはすげえ映画だぜ、と夏休み明けに周りの友人たちに宣伝しまくった覚えがある。
 そして時は流れ―――なんとあの『BLADE RUNNER』が描いた未来、2019年はもうすぐそこに来ており、そりゃあIT技術の進歩はもの凄いけれど、実際の街並みなんかは、なんとなく何にも変わってねえなというつまらん未来を迎えようとしているわけである。日本もすっかり国際的プレゼンスを失っちまったし。
 しかし! 何を血迷ったか、元々『BLADE RUNNER』という作品はワーナー作品だが、わたしの嫌いなSONYピクチャーズが権利を買い(?)、その正当なる続編『BLADE RUNNER 2049』という作品を世に送り出した。前作から30年後を描く、本当にまったくの続編である。当然、もはやアラフィフのおっさんたるわたしは狂喜乱舞、であり、まさしく俺得ではあるものの、マーケティング的に考えれば、とうていこの作品が大歓喜をもって世に受け入れられるとは思えない。結果、US本国などでは興行数値的には若干厳しく、失敗作だとかそういう判定をしている批評を見かけるが、そんなの当たり前じゃん、というのがわたしの意見だ。だって、そりゃ無理だろ。今さらスラムダンクの続編を出したって……いや、スラムダンクなら大ヒットするか、えーと、そうだなあ、うーん、マニアックに言うと……今さら楳図かずお先生の大傑作『漂流教室』の続編を出したって、そりゃあ売れんでしょうよ。わたしは超嬉しいけど。
 しかし、そんな世の中の評価なんぞはわたしにとってはどうでもいい。
『BLADE RUNNER 2049』という映画は、わたしとしては絶対に観なくてはならない作品であるわけで、さっそく昨日の土曜日にIMAX-3D版で観てきたわけだが、間違いなく超ハイクオリティであり、実はお話としてはややツッコミたいところはあるものの、演出・撮影・音楽、すべてが満点であり、わたしとしては大満足であった。コイツはすごい。懐古厨のおっさんどもの中には、観てもいないうちから否定している人もいるようだが、紛れもなく本物の続編であるとわたしは断言したい。そしてこの映画を撮り上げたDenis Villeneuve監督は、現時点では、もはや天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかと言うぐらいの実力があるとわたしは強く感じた。

 相変わらずSONYの予告編は字幕がいい加減だが、よーく元の英語を聞いてほしい。チラホラ、ミスリードの翻訳になっていることは一応突っ込んでおこう。だが、映像のすごい出来はこの予告編だけでも感じられると思う。スピナーの超自然な浮遊感なんかは時の流れと技術の進化が物凄く感じられますなあ!
 では、物語を軽くまとめてみよう。以下、完全にネタバレ全開になるはずなので、気になる人は絶対に読まないでください。確実に、何も知らないで観に行く方がいいと思います。
 まずは前作から説明しないとダメなので、前作から。時は2019年。地球は深刻な環境汚染によって、人類は外宇宙への移民を開始、その宇宙での過酷な環境でテラフォーミングするための労働力を確保するために、「レプリカント」という人造人間を製造し、任務にあたらせていたのだが、レプリカントの反乱がおき、数人の武闘派レプリカントが地球に潜入、その専門捜査官「ブレードランナー」がレプリカントを追う、というお話である。ええと、汚染の原因が何だったか忘れました。核戦争とかじゃなくて産業の発達によるものだったような……。
 そしてこの35年、ずっとオタクどもの議論の的になったのが、主人公デッカードもまたレプリカントなんじゃねえか説である。実は、この議論の結論はどうもオフィシャルに出ているようだが、わたしはあくまで35年前に観た「劇場版」を正典だと思っているので、納得はしていないし、その結論もここに書かない。実際どちらでもいいと思っている。
 いずれにせよ、前作『BLADE RUNNER』は、主人公デッカードが、レプリカントであるレイチェルを伴って酸性雨の降りしきるロスから脱出し、緑あふれる地へ逃走するところで終わる。このエンディングでは大変印象的なヴァンゲリス氏のシンセサイザーミュージックが流れて、実に味わい深く仕上がっているわけである。
 そして今回の『2049』は、そのタイトル通り前作から30年後の2049年が舞台だ。この30年間で何が起きたか。このことに関しては、スピンオフ的な短編が公式サイトやYouTubeで公開されているので、できれば観ておいた方がいい。一応作中でも語られるけれど、かなりざっくりとしか説明されないので。その短編は3本あるのだが、まずはこれ。2022年5月に起きた「大停電」のお話。15分もあるアニメです。タイトルは「BLADE RUNNER BLACK OUT 2022」。この「大停電」事件は本作『2049』でも重要なカギになっている。

 次がこれ。2036年に、天才科学者ウォレスが新たなレプリカントを製造した「夜明け」の話。タイトルは「BLADE RUNNER NEXUS DAWN 2036」。撮ったのはSir Ridley Scott監督の息子。

 最後がこれ。特にこれは観ておいた方がいいかも。今回の『2049』の直前のお話で、冒頭のシーンに出てくるレプリカントが何故見つかってしまったのか、が良く分かる重要なお話。地道にまじめに生きようとしても「どこにも逃げ場はない」哀しさが伝わるもので、本編に入っていてもおかしくない。タイトルは「BLADE RUNNER NOWHERE TO RUN 2048」。

 というわけで、2049年までにこういう事件が起きているのだが、もう一つ、「レプリカント」に関しても簡単にまとめておこう。
 2019年(前作):NEXUS-6型アンドロイド。寿命が短い。タイレル社製
 2022年(大停電=BLACK OUT):同じくタイレル社製のNEXUS-8型に進化していて、寿命は長く(不老不死?)なったが、相次ぐレプリカントの反乱に、「大停電」もレプリカントの犯行とされ、この事件ののちレプリカント製造は禁止になった。そのためタイレル社は破綻。
 2036年(夜明け=DAWN):食糧難を解決する発明で財を成し、破綻したタイレル社のすべての資産を2028年に買収していた天才科学者ウォレスは、反逆しない人間に完全服従の次世代レプリカント製造にとうとう成功する。
 ということになっている。はーーー長かった。以上は前振りです。以上を踏まえて、本作『2049』は始まる。依然として世は不穏な空気をはらみ、上流階級はすでに宇宙へ移住し、地球はある意味底辺であって、環境汚染されたまま、食料もウォレスの会社が作る合成たんぱくしかない状況。
 そんな世にあって、NEXUS-6はもうすでに皆、寿命が尽きて絶滅したけれど、長い寿命を持つNEXUS-8は人間に紛れて生活しており、それらの「8」に仕事は終わったよ、と「解任」を言い渡す役割を果たしている者たちがいた。人は彼らを「ブレードランナー」と呼び、主人公のKD9-3.7というコードを持つ男もまた、ウォレス・カンパニー(?)の製造したレプリカントである。彼は、人間に忠実なわけで、冒頭は命令に従って、とある違法な「8」に解任=殺処分を言い渡しに行くところから物語は始まる。そして無事に任務は完了するが、その「8」は謎の「骨」を埋葬していて、いったいこの骨は何なんだ? という物語の流れになる。検査の結果、どうやらこの骨は、古い世代のレプリカントの物らしい。そして、どうやら「妊娠・出産」しているらしい痕跡が発見される。折しも、天才ウォレスをもってしても、現在の従順な次世代レプリカントの製造には時間も金もかかり、需要に供給が追い付かない状態であり、いっそレプリカントも「生殖による繁殖」が可能だったら、と研究しているところだった。というわけで、一体この骨の正体は、そして生まれた子供は今どうしているのか、そして、主人公はいったい何者なのか―――こんなお話である。
 正直に言うと、わたしは最後まで、主人公KD6-3.7(ケーディーシックス ダッシュ スリー ドット セブン。K-9と言えば警察犬。そんな意味も込められてるのかなあ……※わたし勘違いしてKD9だと思い込んでたので、KD6に修正しました)が何者であり、なぜ命令に背いて行動できたのか、良く分からなかった。中盤までのミスリードはお見事で、ははあ、てことは……と思わせておいて、実は違ってた、という展開は美しかったけれど、じゃあ何者? という点に関しては、1度見ただけでは分からなかったです。その点だけ、わたしとしては若干モヤッとしている。また、天才ウォレスの本当の狙い? なるものがあるのかどうかも良く分からなかった。彼って、意外と普通な実業家だっただけなのでは……という気もしているのだが、これもわたしが理解できなかっただけかもしれない。
 しかし、それ以外の点はほぼ完ぺきだったとわたしは絶賛したい。役者陣の演技、演出・撮影・音楽、すべてがきわめてハイレベルで極上であった。
 役者陣は最後に回して、まず監督であるDenis Villeneuve氏の手腕を称賛することから始めよう。わたしは映画オタクとして、映像を観ただけで、これって●●監督の作品じゃね? と見分けられる監督が何人かいる。例えばDavid Fincher監督とか、Christopher Nolan監督とか、Sir Ridley Scott監督とか、画そのものに特徴がある監督たちの場合だ。わたしは本作をもって、Denis Villeneuve監督もその一人に入れられるようになったと思う。
 この監督の目印は、上手く表現できないけれど……ロングショットで画面に入るオブジェクトの巨大感が圧倒的なのと、超自然なCG、それから、「ほの暗いライティング+スポットライト」にあるような気がしている。本作では、かなり多くのシーンが薄暗く、そのほの暗さが超絶妙だ。そう言う意味では、IMAXのきれいな画面で観たのは正解だったように思う。もちろんそういった「画」そのものは、撮影およびライティングの技術の高いスタッフに支えられたものだが、今回も街の壮大さ、建造物の巨大感、そしてもはや本物にしか見えない数々のオブジェクトは完璧だったと思う。35年前のスピナー(※主人公の乗るパトカー)の動きと比較すると、もう完全に本当に飛んでいるようにしか見えないもの。さらに演出面では、そのほの暗い中からキャラクターがだんだん出てくる、と言えばいいのかな……キャラの顔の陰影が凄く印象的で、段々見えてくるような演出が多い? ように感じるが、そのため、役者の表情が非常に物語を表しているというか……苦悩、疲労感、あるいは怒り? が画から伝わるのだ。非常にわたしは素晴らしいと思う。実に上質だ。
 そして、Denis監督で、わたしが一番特徴があると思っているのは、実は音楽だ。いや、音楽というより効果音? というべきかもしれない。とにかく、常に、ビリビリビリ……ズズズズ……といった重低音が響いていて、わたしは以前、Denis監督の『SICARIO』を観た時、この音は要するにJOJOで言うところの「ドドドドド」に近い、というか、そのものだ、と思ったが、今回ももう、漫画にしたら確実に「ドドドドド」と文字化されるであろう背景音のように感じられた。そしてその背景音は、不穏な空気をもたらし、緊張感を高めることに大いに貢献していると思う。とにかくドキドキする! こういう演出は、今のところDenis監督とChristopher Nolan監督作品以外には感じたことがないような気さえする。わたしは本作が、来年2月のアカデミー賞で音響効果賞を獲るような気がしてならないね。【2018/3/6追記:くそー! 録音賞と音響編集賞はダンケルクに持っていかれた! でも、撮影賞と視覚効果賞はGET! おめでとうございます!】
  そして、役者たちの演技ぶりも、わたしは素晴らしかったと称賛したい。わたしが誉めたい順に、紹介していこう。
 わたしが本作『2049』で一番素晴らしかったと称賛したい筆頭は、Dave Batista氏である! 素晴らしかった! MCU『Guardians of the Galaxy』のドラックス役でお馴染みだし、元プロレスラーとしてもおなじみだが、今回はもう、実に疲れ、そしてそれでも心折れないレプリカント、サッパーを超熱演していたと思う。サッパーは、冒頭で主人公が「解任」を言い渡しに行くレプリカントだが(上に貼った短編の3つ目に出てくる大男)、実に、前作でのレプリカント「ロイ」と対照的でわたしは大興奮した。前作でロイは、前作の主人公デッカードに対して、過酷な宇宙での体験を「オレは地獄を見た!」と言い放ち、故にある意味サタンとなって復讐に来たわけだが、今回のサッパーは、「オレは奇蹟を見た」と宣言する。故にエンジェルとして秘密を守り、真面目に暮らしていたわけで、レイとは正反対と言っていいだろう。地獄を見たロイと奇蹟を見たサッパー。この対比はホント素晴らしかったすねえ。あ、どうでもいいけれど、サッパーが養殖している虫の幼虫を、字幕でなぜ「プロティン」としたのか……あそこは「タンパク質」とすべきだと思うんだけどなあ……。イメージが違っちゃうよ。ねえ?
 次。2番目にわたしが褒め称えたいのが、孤独に暮らす主人公の心のよりどころである(?)、3Dホログラムのジョイを演じたAnna de Armasちゃんだ。とんでもなくかわいいし、実に健気だし、最高でしたね。こういうの、早く現実に普及しないかなあ……ジョイちゃんがいれば、もう完全に一人で生きて行けますよ。最高です。Annaちゃんと言えば、わたしは『Knock Knock』しか見ていないのだが、あの映画でのAnnaちゃんは超最悪なクソビッチだったので、印象が悪かったのだけれど、本作で完全にそのイメージは払拭されました。何度も言いますが最高です。
 そして3番目が、主人公たるKD9-3.7を演じたRyan Gosling氏であろう。彼はやっぱり、無口で常に悩んでいるような役が一番しっくりきますねえ。実にシブくてカッコ良かった。KD9-3.7は、「奇蹟を見た」という言葉に、一体奇蹟って何なんだ? そして俺の記憶は……? とずっと悩んでいたわけで、その悩みが、人間の命令をも上書きしたってことなんすかねえ……その辺が良くわからないけれど、彼もまた、ラストシーンは、前作のロイと同じようでいて対照的な、実に素晴らしいエンディングショットでありました。前作でのロイは、デッカードを助け、まあいいさ、的な表情で機能停止するラストだったけれど、今回は、すべてに納得をして、実に晴れやかな、やれやれ、終わった、ぜ……的な表情でしたね。Ryan氏の若干ニヒルな、けど実は大変優し気な、実に素晴らしい表情でありました。前作は雨の中だったけれど、今回の雪の中、というのも幻想的で良かったすねえ!
 4番目はソロ船長ことHarrison Ford氏であろうか。まあ、やっぱりカッコイイですよ。もう75歳とは思えない、けれど、やっぱりおじいちゃんなわけで、実にシブいすね。デッカードは、この30年をどう過ごしてきたのか、若干謎ではあるけれど、実際に35年経っているわけで、その顔にはやっぱりいろいろなものが刻まれてますなあ……。ラストシーンの、お前なのか……? という驚きと感激の混ざった複雑な表情が忘れられないす。素晴らしかったですよ。
 最後に挙げるのは、まあ、物語上良くわからない点が多いのでアレな天才科学者ウィレスを演じたJared Leto氏である。勿論この人の演技は毎回最高レベルで素晴らしいと思うけれど、どうも、わたしには若干雰囲気イケメンのように思えて、その独特のたたずまいで相当得をしているようにも思える。どうしても、物語的に良くわからないんすよね……もう少し、物語に直接自分で介入してほしかったかな……。でもまあ、確かに非常に存在感溢れる名演であったのは間違いないと思います。

 はーーーー書きすぎた。長くなり過ぎたのでもう結論。
 35年ぶりの続編である『BLADE RUNNER 2019』をIMAX 3D版でさっそく観てきたわたしであるが、一つ断言できるのは、まったく正統な完全なる続編であることであろう。これは本物ですよ。懐古厨のおっさんも、まずは観てから文句を言ってほしい。そして前作をDVD等でしか見ていない若者も、少なくとも前作を面白いと感じるなら、本作も十分楽しめると思う。そしてその内容は、物語的には若干良くわからなかった部分があるのは素直に認めるが、それを補って余りある、極めて上質な、とにかくハイクオリティな一品であった。監督のDenis Villeneuve氏は、わたしとしては現代最強監督の一人であると思います。そしてわたしの中では、かの天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかとすら思えてきて、今後が大変楽しみであります。ただ、興行成績的にはどうも芳しくないようで、そのことがDenis監督の今後に影響しないといいのだが……その点だけ心配です。そして最後に、ホログラムAIプログラムのジョイが一日も早く販売されることを心から願います。頼むからオレが生きているうちに実用化されてくれ……車は空を飛ばなくていいから……以上。

↓ うおっと、高いもんだなあ。80年代の映画のパンフ、ごっそりあるんだけど……売るつもりはないす。

 昨日観に行った『ALIEN COVENANT』だが、まあ正直内容的にイマイチだったのは昨日書いた通りだ。実は昨日の記事は、もっと膨大に長くて、それは今までのシリーズまとめも一緒に書いていたからなのだが、こりゃあ我ながらもう長すぎる、と思って、そのまとめ部分は全部削除しちゃったのです。
 けど、自分的になんかそのまま捨てるのはもったいないような気がしたので、そのまとめ部分だけ、別記事として残しておくことにした。なので、順番はどうでもいいけど、昨日の『ALIEN COVENANT』の記事と一緒に読むことを推奨します。
 それでは、行ってみるか。

 ◆『ALIEN』:1979年7月公開。わたしは小学生。監督はSir Ridley Scott氏。あれっ? Sir と氏はかぶってるか? まあいいや。で、物語は2122年、宇宙貨物船ノストロモ号が地球へ帰還する途中で、コンピューター(通称:マザー)が謎の怪電波をキャッチし、コールドスリープ中の7人のクルーをたたき起こすところから始まる。その怪電波の発せられている惑星へ調査に行き、一人のクルーの顔に謎生物が付着し、衛星軌道上に待機させた母船(ノストロモ号)に戻ったところで、そのクルーの胸をぶち破ってエイリアン誕生、宇宙船という閉鎖空間で、壮絶なバトルとなるお話である。次々にクルーは襲われ死亡、中には実は人間ではなくアンドロイドだったというクルーもいて、そいつは会社の命令で未知の生命体を見つけたらそれを持ち帰れ、例えほかのクルーを犠牲にしてでも、という指令を受けていた、というおまけもあって、最終的には航海士のリプリーだけが生き残る。とまあそんなお話である。
 わたしの評価としては、もちろん最高に面白い、名作と認定している。何度観ても最高です。わたしはたぶん、回数は数えてないけど通算20回以上は観ていると思う。かつて、TV放送時の日本語吹き替え版のこともよく覚えていて、ノストロモ号のコンピューター「マザー」をTV放送では「おふくろさん」と呼んでいたのが超印象深い。ラスト、ノストロモ号の自爆装置をセットし、脱出艇に向かったリプリーは、脱出艇にエイリアンが侵入したことを知って、ヤバい、自爆装置を解除しなきゃ、と慌てるのだが、ほんのちょっとのタイミングで自爆装置は解除不能になってしまう。その時の「おふくろさん!! 解除したのよ!」というリプリーの絶叫がちょっとだけ笑える。たしか初回放送時のリプリーの声を担当したのは野際陽子さんじゃないかな。まあ、とにかく最高です。

 ◆『ALIENS』:1986年公開。わたしは高校生に成長。当時は「エイリアンかよ懐かしい!」とか思っていたけど、そうか、たった7年後だったんだな。で、監督は、『TERMINATOR』の1作目の大ヒットで有名になりつつあったJames Cameron氏。お話は、前作から57年後。てことは2179年か。なんと、前作でノストロモ号を脱出したリプリーを乗せた救助艇が、地球を通り過ぎて彼方まで行っちゃっていたところを運よく発見され、リプリーは57年のコールドスリープから目が覚めるところから始まる。そのため、リプリーには実は娘がいて、その娘は既に亡くなっていたとか、ちょっと悲しい出来事も。さらに、リプリーは高価な貨物船を爆破した責任を追及されるが、誰もエイリアンの存在を信じない。なぜなら、かつて、ノストロモ号のクルーが襲われたあの星が、今やLV-426と呼ばれて開拓されており、入植者がいっぱいいて、全然平気に暮らしてるぜ、という状況だったのだ。それを知ったリプリーは「な、なんだってーーー!? あの星は危険よ!」と訴えるも誰も聞き入れず。しかし、その入植者からの連絡が途絶える事態となり、リプリーはエイリアンと遭遇した経験者として、宇宙海兵隊の屈強な男たち&女たちとともに、再びあの星へ向かうのだった、てなお話。
 実は、その背後には、リプリーの話を聞いたウェイランドカンパニーの男が、入植者たちに、ホントにそんな宇宙船とか遺跡のようなものがあるのか調査してみろ、という指令を出していて、まんまと「エイリアンの巣」で活動休止していたエイリアンたちを目覚めさせてしまったという事実があった。なので、前作は1体のエイリアンにやられたわけだが、本作では「巣」から目覚めた大量の群れで襲ってくるし、おまけに、卵を産むクイーンまで登場する。ラストはクイーンとリプリーのタイマン勝負で決着。最終的には、リプリーと、入植者の女の子(ニュート)と宇宙海兵隊のヒックス伍長の3人+同乗のアンドロイド・ビショップの上半身だけが助かり、地球目指して帰還するところで終わる。わたしの評価は、これまたもちろん最高。何度観ても面白い! これもわたしはたぶん20回以上見ていると思う。公開時のキャッチコピー「今度は戦争だ!」がぴったりな超傑作。

 ◆『ALIEN3』:1992年公開。わたしは大学院生に成長。最初にわたしの評価を言うと、実はこの『3』はやけに世間的評価は低いのだが、わたしはかなり好き。非常に映像的に印象的なシーンが多く、物語的にも非常に良いとわたしは思っている。この作品を当時29歳で撮ったDavid Fincher監督(公開時は30歳になってた)の才能に激しく嫉妬しつつも、素晴らしい出来に大いに気に入り、以来、Fincher監督作品はすべて観ている。その後、次々と大ヒットを飛ばし、名監督の仲間入りしていることはもうご存知の通り。で、お話は、正確な年代表記があったか良く分からず、前作からどのくらい時間が経っているか分からん。あっ!? 今回の『COVENANT』のパンフレットに年表が載ってるな。それによると、この『3』の物語は2270年のお話だそうで、『2』から約100年後の話だったんだ。これって……わたしが忘れているだけかもしれないけど、初めて知ったような気もする。
 で、お話は、前作ラストで地球帰還の途上にあったはずの宇宙海兵隊の船スラコ号船内で、リプリーたちがコールドスリープ中に謎の火災が起きて、リプリーたちが眠っているカプセルは自動的に脱出艇に移動させられ、船外に射出、その脱出艇がフィオリーナ161という監獄惑星に不時着するところから物語は始まる。しかし、非常に賛否両論なことに、その地表への不時着時に、なんと、前作で助かったニュートやヒックス伍長は死亡したという設定で始まるんだな。そしてリプリーだけが生き残って、その星にある刑務所に保護される。で、結論から言うと、どうもスラコ号にエイリアンが乗っていたらしく、そのために火災が起き、さらには、リプリーの体内に、すでにエイリアンの幼生が産み付けられていたことが判明する。おまけに、脱出艇にもフェイスハガーが1匹紛れ込んでいて、フィオリーナで犬に寄生し、4足歩行のエイリアンが誕生、人々を殺しまくる展開となる。ラストは、リプリーが溶鉱炉へ身投げDIVEし、体内にいたエイリアン(しかもクイーン)とともに死亡、で幕を閉じる。わたしはすごい好きなんだけどなあ……なんでそんなに評価が低いんだ……。とにかく映像が美しく、わたしは最高に面白いと今でも思っている名作。なのだが、どうも世間的評価は低い。とても残念。

 ◆『ALIEN:Resurrection 』:1998年公開。わたしはサラリーマンに成長。結論から言うと、ズバリ面白くない、とわたしは思っている。これは観なくていいよ、といつもわたしは周りに言っている作品。なんと前作で死んだリプリーがクローンで復活。おまけに何と、エイリアンが体内にいた時点でのリプリーのクローンなので、性格も全然変わっちゃったし、人間とエイリアンのハイブリッド的クローンとなって大復活する。その時点で、うわあ、面白くなさそう、とわたしは感じていたが、実際イマイチすぎたので、もう説明はしません。この作品で特徴的なのは、初めてエイリアンが水中で泳ぐシーンがあったのと、地球が初めて出てきたことぐらいかな。ラストもなかなかひどかったすね。今のところ、わたしはこの作品を面白かったという人に出会ったことはありません。ちなみに監督はフランス人のJean=Pierre Jeunet氏というお方で、この人は長編デビュー作『Dericatessen』という変な作品で注目された監督なのだが、その『Dericatessen』もわたしの趣味には全く合わず、面白いとは思っていない。この『4』はたぶん3回ぐらいしか観てないと思う。とにかくイマイチ。

 ◆『PROMETHEUS』:2012年公開。監督はSir Ridley Scott氏が再登板。超・超・問題作。予告編は、シリーズのファンなら絶対にドキドキわくわくする最高の出来であったが、いかんせん物語が微妙すぎた。なんと時は2089年、つまりリプリーとノストロモ号の物語の33年前にさかのぼる。ウェイランドというおじいちゃんの長年の夢である「人類の起源の謎解明」のために宇宙を旅するプロメテウス号の遭遇した悲劇。昨日も書いた通り、とにかく謎が多くて、正直良く分からないのが困る。
 物語は、太古の地球?と思われる惑星の描写から始まるのだが、そこで、全身まっしろ&無毛の筋肉ムキムキマンが、謎の「黒い液体」を摂取、するとムキムキマンの体はぐずぐずと崩壊し川に転落、かくして太古の地球に「命の素」となるDNAが拡散する……ような謎の描写から物語は始まる。そして2080年代? に時は移り、科学者チームは地球の各地に存在する謎の星図を見つけ、これはムキムキマン、通称「エンジニア」からのメッセージではないか? というわけで、プロメテウス号で宇宙に旅立つのだが……というお話。そしてその星図に従ってたどり着いた惑星LV-223には、あの第1作目で登場した宇宙船や通称スペースジョッキーの遺体もあって、ファンは大興奮なわけだが、そこでアンドロイドのデイビットによる、クルーを被験者とした「黒い液体」実験で次々にクルーは死亡、あまつさえ、ラストはエイリアンのオリジン的な謎生物も誕生し、主人公のエリザベス・ショウ博士とデイビットの頭だけが助かり、ショウ博士(とディビットの頭)はエンジニアの宇宙船で、エンジニアの母星へ旅立つところで幕切れとなる。昨日も書いた通り、本作に関してはWikiに詳しいストーリーが書いてあるけれど、わたしは全然その解釈に納得がいってません。Wikiの内容はホントなのかなあ?

 はー長かった。以上でシリーズのこれまでの歴史の振り返りは終了です。
 とまあ、こんな歴史があるわけで、わたしとしては今回の『COVENATN』で、前作から積み残しの謎がそれなりに説かれるのだろう、と思っていた。その結果は昨日書いた通りだが、何とも微妙というか……なんか残念である。
 ところで、昨日の記事には書かなかった、おまけ情報を記録として残しておこう。
 ■そもそも、タイトルの「COVENANT」ってどういう意味だ?
 この言葉は、たぶん全国の財務部の人、あるいは経営企画の人なら絶対に聞いたことのあるビジネス用語、いわゆる「コベナンツ」と同じ英語だ。ビジネス用語でいうところの「コベナンツ」とは、日本語にすると「財務制限条項」のことで、企業が社債を発行したり借り入れをしたりするときに、こういう事態になったら(例えば債務超過になるとか)一括で金を返してもらいますぜ、と契約書に記載される条件であり、英語本来の意味は「契約」とか「誓約」という意味である。
 わたしは『ALIEN』シリーズの新作が『COVENANT』というタイトルであることを知ったとき、それは一体どういう意味を持つのだろう? といろいろ想像していたのだが、まあ結果的には宇宙船の名前であり、それほど深い意味はなかったように思われる。もちろん、ウェイランド氏とデイヴィットの間に取り交わされた誓約であるとか、いろいろな解釈は可能だと思うけれど、ま、そんなに深読みしてもほぼ意味はなかったかな。なんか、なーんだ、であったように思う。
 ■時間軸で観ると?
 時間軸をシリーズで整理してみると、今回の『COVENANT』は、前作の15年後、そして第1作の20年前、ということになる。てことは、本作のエンディングで、大量の人体及びヒトの胚芽を手に入れたディビットが、エイリアン大量製造を始めるということになるのかな。何しろエイリアンは人体がないとダメなので、まんまと原料を入手したわけだ。なんか、そのためにあの後味の悪いエンディングとなったかと思うと、実に腹立たしいというか……。ところで、第1作及び『2』の星であるLV-426は、結局今回のエンジニアの母星ではなく、アレなのかな、本来CONENANT号が向かうはずだった惑星、ということなんだろうか? そこへ向かってデイヴィットは旅立ったのでしょうか? ここが良く分からないす。少なくとも、1作目に出てきた宇宙船とスペースジョッキーは、『PROMETHEUS』でいうLV-223にあるわけで、それが後の『2』でいうLV-426と同一なのか、それも良く分からん。
 ■で、エイリアンって、どんな生き物なの?
 実はわたしはいまだに良く分かっていない。エイリアンは人間を襲うけど、別に襲ってむしゃむしゃ食べる、つまり捕食するために人間を襲うわけでは全くなさそう。一応、『2』での描写を観ると、エイリアンは人体(『3』で描かれた通りヒトである必要はなく、犬でもOKなので、どうも哺乳類なら何でもいいのかも)をある意味保育器として利用する必要があるため、人を襲って「生かしたまま」巣に持ち帰って、寄生する繭に利用する習性をもっているらしい。
 でも、どう見ても他の作品では余裕で人を殺しているので、『2』での描写も若干シリーズで一貫していない。何なんだろう? エイリアンって、何を食ってどういう代謝組織をもって生命活動を行っているんだろう? 宇宙でも平気なので、酸素も必要なのかどうかも分からんし……とにかく謎である。わたしとしては、今回の『COVENANT』は、そういう生態についてきちんと説明される作品になってほしかった。

 というわけで、結論。
 わたしとしては、『ALIEN』シリーズは「3」までは最高、その後はイマイチ、と言わざるを得ない。そして声を大にして言いたいのは、何で「3」の評価が世間的に低いのか良く分からん。面白いんだけどなあ……そして、結局エイリアンって何を食って生きてるんすか? その点もわからんす。まあ、それでも、エイリアンのデザインは最高にCoolだし、おそらくは未来永劫、映画史に残る傑作のひとつに数えられるだろう、と思います。なので、シリーズを観ていない人は今すぐ観ましょう! 以上。

↓ 今回の『COVENANT』に出てくる奴は、白いっす。わたし的には、産まれたてのチビ状態の凶暴さが一番恐ろしかった。しかも今回は背中からバリバリバリッと出てくるし。実際コワイ!

 もはや誰もが知っている「エイリアン」という言葉は、おそらく映画『ALIEN』によって我々日本人にも通じる言葉となったと思うが、わたしはおっさんとして、シリーズ全てを映画館で観ている。今わたしの部屋には1000冊以上の映画のパンフレットがあるのだが、兄貴からもらったものを除いて、たぶん、わたしが自分で買ったパンフレットの中で、恐らくは最も古いものが『ALIEN』のパンフだと思う。もちろん、『STAR WARS』とかも一番最初の劇場公開時のものを持っているけれど、それらは正確には兄貴が買って、わたしが貰っちゃったもののはずで、明確に自分のお小遣いで買った最古のものは『ALIEN』であろうと思う。公開された1979年当時、わたしは小学生。確か、日本ではほぼ同時期に『SUPERMAN』も公開になっていて、親父に『SUPERMAN』と『ALIEN』どっちがいい? と言われ、ホントは『SUPERMAN』を観たかったけれど、既に兄貴が『SUPERMAN』を観ていて、なにかと自慢していたので、ちくしょうと思っていたわたしは「ALIENがいい!」と主張したのである。場所は日比谷の有楽座。今現在、日比谷シャンテの鎮座するあそこに存在した、日本有数のデカい映画館である。当時は、公開土日にデカい劇場でパンフを買うと、ちゃんと表1に映画館の名前が印刷してあったのだが、今わたしの手元にある、結構ボロボロになった『ALIEN』のパンフにもちゃんと「有楽座」と印刷してあるので間違いない。ホント、今でも『ALIEN』を親父に連れられて観に行った日のことを超覚えてるなあ……。なお、もちろん『SUPERMAN』も、その後近所の映画館に来たときに観に行きましたけどね。
 そしてその後順調に映画オタクの道を邁進してきたわたしは、『ALIENS』(エイリアン2)は高校生の時にマリオンの日本劇場(来年だっけ、閉館が決定済み)に観に行ったし、『3』も同じく日本劇場へ、そして『4』はもう社会人になってた頃であったはずだ。さらに、『PROMETHEUS』はつい最近というか5年前か、これは近所のシネコンで観たっすね。
 何が言いたいかというと、こんなわたしなので、『ALIEN』シリーズには深い思い入れがあり、その新作が公開となれば、100%間違いなくわたしは観に行くということである。そして当然のことながら、昨日の金曜日から公開になったシリーズ最新作『ALIEN COVENANT』も、今日の朝イチで近所のシネコンへ観に行ってきた。そして結論から言うと……うーーーん……やっぱり微妙と言わざるを得ないだろうな……正直、イマイチUSでの評判は良くないと聞いていたので、あまり期待していなかったのだが、その期待よりはずっと良かった、けれど、やっぱり……いろいろと突っ込みたくなっちゃう物語で、大変残念である……。というわけで、以下、『ALIEN』シリーズ全般にわたってネタバレ全開になる予定なので、気になる人は読まないでいただきたいと思います。

 ズバリ言えば、本作『COVENANT』の物語はほぼ想像の範囲内であったのだが、本作は、明確に前作『PROMETHEUS』の続編であった。なので、前作を観ていない人には、まったく意味不明な部分が多く、あくまで前作を観ていること、もっと言えばシリーズ全作を観ていることが、本作を鑑賞する必要条件となっていると思う。
 しかし、である。前作『PROMETHEUS』は、あまりに微妙かつ謎すぎて、正直良く分からん物語であった。ここで、わたしが思う、前作での謎ポイントを2つ挙げておこう。
 1)一体全体、デイヴィットというアンドロイドの目的は何なのか?
 2)エンジニアと呼ばれる謎種族の目的は何なのか? 結局「黒い液体」は何だったのか?
 まず、1)については、本作『COVENANT』冒頭でかなり明確に描かれていた。本作は、まず『PROMETHEUS』の恐らく10年とか20年ぐらい前のシーンから始まる。前作ではヨボヨボのおじいちゃんだったウェイランド氏がまだちょっとだけマシな老人(なお、演じたのは前作同様Guy Pearce氏)として登場し、ディビットとの哲学問答めいた会話が描かれる。そこで、ウェイランド氏は、生命の誕生が分子科学的な偶然によるものだなんて信じたくない、なにか「偶然ではないこと」、すなわち「創造主」がいたはずだという信念が語られる。これは、デイヴィットの、「わたしを創造したのはあなたですが、あなたを創造したのは誰なんですか?」という問いに答えたもので、「人間の種の起源の謎を解明すること」が、ウェイランドとデイヴィットの解くべき至上命題であったことが描かれる。つまり、前作の謎1)デイヴィットの目的=人類の起源の解明=命をもたらしたのは誰なんだ? というものらしい。そういう意味で、人間に火を与えたプローメテウスを宇宙船の名にしたウェイランド氏の意図ともつながるわけだが、しかし、前作や本作を観ている限り、デイヴィットの目的は、人類の起源の解明から、「新種の生命の創造=自らが創造主となること」に方向が変わってしまっていて、本作ではもう完全にMADサイエンティストのような悪役扱いであった。なお、この冒頭のシーンで、デイヴィットはウェイランド氏に名を尋ねられ、「わたしは……ディヴィットです」と「ダヴィデ像」を見て、自らを命名するシーンがある。ここはディヴィットに搭載されているAIが超高位のAIで、自意識すら獲得している=目的を自ら変えられることを表すものとして重要だと思った。
 そして2)の方は、結論から言うと本作を観てもさっぱり不明、であった。そもそもの「黒い液体」も良く分からない。Wikiの『PROMETHEUS』のページにはかなり詳しいストーリーが記述してあるが、それによると「黒い液体=兵器」なんだそうだ。そして、本作『COVENANT』では、デイヴィットが謎の「黒い液体」をエンジニアの母星(=今回の舞台となる惑星)でばらまき、エンジニア種族を全滅させるシーンがチラッとあるが、どうやらそれは、自らの創造主であるウェイランド氏を前作でエンジニアに殺されたデイヴィットの復讐、であるようだ。でも、わたしにはその説は受け入れられないなあ……じゃあ『PROMETHEUS』冒頭の太古の地球と思われるシーンは何だったのよ? とまるでわたしには良く分からんままである。

 まあ、ともかく、本作『COVENANT』に話を戻そう。宇宙船COVENANT号は、人類の外宇宙への移民船で、15名のクルーのほかに2000名の移民者(真空パックみたいなのに入れられて熟睡中。本編では彼らは目覚めない)や、1140体の受精胚を載せていて、テラフォーミング機材も満載しており、とある星に向けて航行中である(つまりウェイランド氏の目的=人類の起源の探索には全く関係ない。ただしウェイランド社の船ではある)。起きているのはアンドロイドのウォルターと制御プログラムのマザーだけで、クルーたちはコールドスリープ中であったが、あと目的の星まで7年チョイの距離で、宇宙嵐的な障害で船体を損傷し、コールドスリープ中のクルーは全員強制起床させられ、対処にあたる。その際、船長はカプセルの不調で死亡。なお、船長を演じたのは面白イケメン野郎でおなじみのJames Franco氏で、本作ではほぼ出番なしであるが、事前に公開されていた「LAST SUPPER」は観ておいた方がいいだろう。こちらにはきちんと船長が出てくるし、クルーたちの関係性を知るうえで結構重要だ。どうもクルーたちはことごとくカップルというか夫婦で、そういう意味でも移民船という目的にかなっているのだろうと思う。

 で、クルーたちは船長を失って重い空気になるが、まあ航海を続けないといけないので、船外活動もして船を直していると、シリーズでおなじみの展開、謎の通信電波を受信、なんとその通信電波は、明らかに人類と思われる存在が、John Denverの「Country Roads」を歌っていることを発見するにいたる。カントリロ~ド、テイクミーホ~ム、のあの歌である。マザーが発信源を追跡した結果、その謎電波の発信地は現在位置から3週間ほどの近い位置にあるらしい。おまけに、どうもその星は人間が呼吸可能な大気組成で、水もあり、テラフォーミングには極めて適しているようだということが判明する。
 クルーたちは、またしても宇宙嵐に遭遇するかもしれず、また7年間もコールドスリープに入るのは嫌だという声が多数を占め、新たに船長になった男も、じゃあ、行ってみるか、と決定する。ひとり、ダニエルズという、亡くなった船長の嫁である航海士だけが、そんなバカな、今までの調査で一切引っかかってこなかった星があるなんて信じられないし、危険だし、私は反対!と声を上げるが、結局COVENANT号はその謎の星へ向かうことにする。しかしその星こそエンジニア種族の母星であり、前作で生き残ったアンドロイド・デイヴィットが待ち受ける、罠だったのだーーーてなお話である。
 なお、なぜCOVENANT号が旅立つ前にその星は調査に引っかからなかったか、という謎は、おそらく前作の物語のラストでエンジニアの母星に旅立ったデイヴィットが到着する以前に、COVENATN号は地球を出発していたから、なのだと思う。つまり入れ違いというか、COVENANT号が地球を出発して、ぐっすりクルーたちがコールドスリープに入っている間に、デイヴィットはエンジニアの母星にたどり着き、テラフォーミングして罠を張った、てなことだと思う。たぶん。
 わたしは、ここまでの展開は、非常に面白い作品になるのではないかという予感にゾクゾクしていたし、もちろん映像は、Sir Ridley Scott氏による超美しい映像で、ぐいぐい物語に引き込まれていたのは間違いない。とにかく映像が綺麗でおっそろしくハイクオリティである。しかし、この後の展開が……もう正直、あーあ……であった。

 おそらく、本作を観た人なら誰しもが、以下の2点に全力で突っ込みを入れたい気持ちだろうと思う。少なくともわたしは、以下の2点さえきちんと改良されていたら、本作は相当素晴らしいものになったはずだと考えている。
 1)あの……みなさん、無防備すぎじゃあないですか?
 なんと、その謎の星に向かったクルーたちは、宇宙服もヘルメットもなく、フツーに上陸しちゃうんだな。いやいやいや、それはあり得んだろ……常識的に考えて。大気が呼吸可能だとしても、どんな未知の脅威、具体的に言えば細菌類やウィルスの類が存在しているかわからないんだから、完全防備で上陸するのが当然だと思うのだが……おまけに、思いっきり植物の繁栄している状態なんだから、どんな毒物があるかも分からないし、完全防備が当たり前だと思うけれど、作中キャラたちは普通に上陸し、結果的には、まんまとあの「黒い液体」から派生したと思われる「黒い微粒物」を吸い込んだり耳から侵入されたりして、体内で謎生物を宿すに至り、死亡する。そりゃあそうなりますわな。あれがきちんと完全防備だったら、本作の悲劇は相当軽減されていたと思うんだけど……この点は、もう、観た人なら必ず突っ込みを入れるはずだろうと思う。
 2)ダニエルズさん! 気づけよ!!
 ズバリ言うと、本作のエンディングは、実に後味が悪い。作中に登場するアンドロイド、デイヴィットとウォルターはともにウェイランド社謹製の同シリーズであるため、要するにまったく同じ顔をしており、Michael Fassbender氏の渾身の一人二役で演じ分けられている。そして、前作から引き続き登場するデイヴィットが、前述の通り悪党、そして今回初登場のウォルターがクルーの味方となってバトルとなるのだが……はっきり言って、観客全員、勝ち残ったのはウォルターではなくてデイヴィットだと見抜いていたのではなかろうか? 少なくともわたしは、こいつ、ウォルターです、みたいな澄ました顔してるけど、どうせデイヴィットなんでしょ? そしてダニエルズはそれを見破ってぶっ殺すんでしょ? と思っていた。が、なんとダニエルズは全く気づいておらず、物語は最悪の後味の悪さを残して終わるのである。ありゃあナイなあ……この脚本はナシだ、とわたしは極めて不満である。きちんとダニエルズはデイヴィットを始末して、気持ちよく眠りにつくべきだったと思う。せっかく、ダニエルズと新種エイリアンの最終バトルはかなりの迫力で映像的にも素晴らしかったし、なにより、かつてのリプリーVSクイーンを思い起こさせるような見事な展開だったのに! 正直台無しだよ、とわたしは極めて残念に思った。
 
 というわけで、わたしとしては本作『COVENANT』に関しては、結構微妙というか、はっきり言ってしまえばガッカリである。やっぱり、シリーズは『3』で終わらせるべきだったんじゃあないかなあ、とさえ思う。やるなら、きちんと最初から3部作ぐらいの構想を決めてからにしてほしかった。なんというか、場当たり的ですよ、実に。これじゃあダメだと思う。せっかくの超ハイクオリティな映像も、この物語じゃあどうしようもないとすら言いたい。
 キャストに関しては、もう今回の主人公、”うっかり”ダニエルズさん一人だけ取り上げて終わりにしよう。演じたのはKatherine Waterston嬢37歳。『Fantastic Beast』のヒロインを演じた彼女だが、ズバリわたしの趣味じゃあない。でもさっきいろいろ検索してみたところ、このお方は髪が長いときは結構美人すね。つまりショートカットが似合わないのではなかろうか。わたしとしては残念だが、なんだ、ロングだとかわいいじゃん、ということをさっき発見して驚いたっす。で、本作においては実に熱演で、演技自体はかなり素晴らしかったと称賛したい。
 また、わたしのようなおっさんファンにとっては、冒頭のタイトルの出方? が、第1作と同じで、その辺はもう、わたしは非常に興奮していました。これは期待できる、と最初は思ってたんすけどね……なんか、もったいないというか残念す。上記でわたしが挙げた2点が改善されていれば、相当面白かったなあ、という気持ちで劇場を後にすることが出来たのだが……ホント残念でした。

 というわけで、もうクソ長いので結論。
 わたしの大好きな『ALIEN』シリーズ最新作、『ALIEN COVENANT』が公開され、超ワクワクしながら劇場へ向かったわたしであるが、残念ながらあーあ……という気持ちで劇場を後にせざるを得ない内容であった。微妙というか、イマイチだったすねえ……。たった二つのポイントだけなんだけどなあ……映像は本当に素晴らしく、見ごたえバッチリだっただけに、本当に残念だ。どうしてあんなエンディングにしようと思ったんだろう? 続編を作るため? もうそういうの、ホント勘弁してもらえませんか? 続編を作る気があるなら、最初っから、全体の構想をきっちり設計してからにしてほしい。場当たり的な続編製作は、シリーズIPとしての価値を下げるだけですよ。ホントもったいないし、残念す。以上。

↓ 久しぶりに、エイリアン祭りを家で開催しようと思います。でも対象はこの3本だけっす。





↑このページのトップヘ