去年、2015年にわたしが劇場で観た映画の中で、非常に心に響いた『Wild』(邦題:わたしに会うまでの1600キロ)という作品がある。その邦題のセンスや、アラフォー女子が自分探しの旅に出る的なあらすじを観ると、ちょっとイタイ予感を感じさせるが、実際の作品は非常にグッとくるものがあり、わたしとしては2015年に見た映画の中でもTOP3に入るほど気に入った映画である。
 一方、その公開より1カ月ほど前に、実はちょっとだけ似ている作品が公開されていて、わたしも観たかったのだがまんまと見逃してしまい、先日WOWOWでの放送があったので、待ってたぜ!! とばかりに録画しながら放送を生で観てしまった作品がある。その作品は、『Tracks』。日本での公開タイトルは『奇跡の2000マイル』と言う作品だ。主人公の女性がオーストラリア大陸の西側の砂漠2000マイルを、3頭のラクダと、1匹のわんことともに走破するお話である。

 まあ、相変わらず微妙な日本語タイトルで、残念ながら内容にはあまり相応しくないような気がする。が、うーん、代案が浮かばないので、偉そうなことは言えないか。まあいいや。
 まず、この物語も、『Wild』同様に実話の映画化である。舞台は1977年オーストラリア。今のように、スマホもGPSもなく、簡単な地図とコンパスだけしかない時代である。そんな時代に、Robyn Davidsonという、27歳の女子が行った冒険(?)は、当時ナショナル・ジオグラフィックで取り上げられ、冒険の顛末を自ら執筆した『Tracks』という本は大ベストセラーになったのだそうだ。まあ、我々日本人には全くお馴染みではないが、そういうことらしい。物語はもう、上記予告の通りだし、とにかく、2000マイルを砂漠の中歩き通した、というだけなので(※正確には1700マイルらしい)、恐らく、一番問題となるのは、「なんでまた、そんなことをしようと思ったわけ?」という点に尽きるのではないかと思う。
 少なくともわたしは、一体全体、なんでそんなことをしようと思ったのかという点に一番興味を持ってこの映画を観たわけである……が、正直、最後まで観ても良く分からなかった。それっぽい思わせぶりな、少女時代の暮らしぶりがたまにフラッシュバックで描かれるが、明確ではない。何があったのか、何を思ったのかは、どうもはっきりしない。この点は、いいのか悪いのか、非常に微妙である。わたしは良く分からなかったので、もうチョイ説明してほしいなとは思うものの、一方でその点にフォーカスしてしまうと、どうも嘘っぽいというか軽くなってしまうような気もする。そのバランスは非常に難しいとは思うのだが、うーん、良くわからんのはちょっとわたしとしては消化不良である。なにしろ、お父さんもお姉ちゃんも、そして友人たちもが、出発前に主人公の元へ、頑張れよ! と見送りに来るのだ。普通止めるよね? それだけ主人公の決意は固いという事なのだが、どうしてもやはり、そこに至る決意のほどがもう少し理解したかったとは思う。
 しかし、そういう点よりも、この作品で描かれるのは、オーストラリア大陸の砂漠という過酷な自然の様相と、彼女の心の孤独である。どうでもいいことかもしれないが、わたしは一つ、この映画で初めて知って、非常に驚いたことがあった。これって常識なのかな? 知らなかったオレがアホなだけ!? とやや心配だが、なんと、オーストラリアには、野生のラクダが生息しているのだ。おまけに、ラクダって……超・獰猛なんですね。全然知らなかった。なので、さっそく調べてみたところ、オーストラリアに生息する野生のラクダは、開拓時代に白人が持ち込んだもので、後にそれがどんどん繁殖して住みついたものらしい。Wikiによれば、なんと現在もその数70万頭だそうで、わたしはその事実をぜーんぜん知らなかった。しかも超おっかないとは。あんな平和な顔してるくせに、ラクダって怖えんだ……というのは、物語にはあまり関係ないけれど(実は微妙に関係アリ)、ちょっとショックです。この映画では、旅に出る前に主人公はラクダを手に入れようと、ラクダ牧場で8カ月働くシーンが冒頭に出てくるけれど、まあ、とにかく、なんか怖い存在としてラクダは描かれていて驚いたっす。
 で、ラクダはともかく、旅に出た後、主人公はかなりいろいろな困難に出会う。朝起きたら、ラクダがどっか行っちゃって、探し回ったり、コンパスを落としてしまったり。しかし、一番重要な水や食料面での困難はほぼ描かれず、実際どうだったのかは良くわからないが、飢えと渇きとの戦いがなかったのは、本当に幸運だったのだろう。意外と映画はどんどん進んで、日数もあっという間に消化していくので、その困難ぶりはあまり強調されない。ただただ、荒涼たる自然を追いかけていく画作りは、ちょっと意外だった。
 彼女が出会う困難の中で、恐らく1番厄介だったのは、ときたま車を連ねてやってくる見物人どもだろう。当時「Camel Lady」として有名になってしまったらしく、無邪気に見物に来る連中の無神経さは、観ていてわたしもイラッとしたが、おそらく2番目に困ったことは、「アボリジニ」とのかかわりだろう。彼女の征くコースには、アポリジニの聖地があって、どうしても遠回りしないといけない事態に遭遇する。その時、彼女のひたむきさは最終的にはアボリジニをも味方につけ、聖地を通ってもいいと許してもらえるし、中盤まではずっと案内までしてくれる。なので、実際中盤までは彼女には案内人もいるし、唯一のパートナーたる黒いラブラドールのわんこもいて、何かと心強いのだが、後半、案内人と別れ、そして何とも残念なことに、愛するわんことも悲しい別れが訪れる。ここからの、孤独と戦う主人公の姿が、この映画の一番の見どころ、クライマックスと言ってよかろう。どんどん、顔つきが変わって来る主人公。そんな心さすらう冒険女子を演じたのは、Mia Wasikowskaちゃんである。1989年、平成元年にオーストラリアで生まれた彼女は、当時のことは知らないだろうが、オーストラリア人としては有名な話なんでしょうな。気合の入った素晴らしい演技ぶりだったと思う。いつもは非常に可愛らしい彼女が、どんどんと悟りを開いた仙人のようになっていく姿は確かに見ごたえ十分だった。大変良かったと思う。
 あと、実は、この彼女の旅を最初から取材しているナショナル・ジオグラフィックから派遣されたカメラマンの青年がいて(※これは主人公が費用捻出のためにナショ・ジオに手紙を書いて、スポンサーをお願いしたため)、数週間ごとに決めたポイントで補給物資なども持ってきてくれるのだが、最初のころは、写真のためのポーズをとれとか、その馴れ馴れしさにイラついていた主人公だが、ある日突然ムラムラしたのか良くわからないけど主人公の方からその青年を誘ってヤッてしまったりして、そしてその後そのカメラマンの恋愛感情がウザいとか、結構主人公に勝手なことを言われてしまう、可哀想なんだかうっとおしいんだか微妙な野郎が出てくる。このカメラマンを演じたのが、今や銀河一の親不孝者として世界的に有名になったカイロ・レンことAdam Driver君32歳である。わたしは彼が出演していることは全然知らなかったので、出てきた瞬間、あーー!! このイケてないツラは、カイロ・レンじゃねえかこの野郎!! と瞬時にイラッとしてしまったのだが、まあ、Adam君にはまったくもって罪はないのでアレですけど、わたしも主人公同様に、ちょろちょろとうっとおしい奴だなあ、と思いながら観ていました。もちろん彼が演じたカメラマンも、実在の人物がいます。

 というわけで、無事に旅を終えた主人公は、一体何を得たのだろうかと考えると、やっぱり良くわからない。その点、わたしが推す『Wild』は明確に、母を亡くして荒れ放題だったそれまでの自分の人生を見つめ直すことに成功し、心の成長を遂げるわけで、観ていて非常にわたしの心に響いたわけだが、本作を観終わって、やはりどうも、結局彼女がこの旅で得たものは何だったのだろうか、という点に関しては、わたしは多くの意見を持たないままである。おそらく、であるが、彼女がオーストラリアの荒涼たる大自然の中で得たものは、人間はやはり孤独な生物であり、孤独だからこそ、人々と寄り添わなければ生きていけないんだな、という事なのではないかと思う。どこに身を置いても、自分の居場所と思えない、心さすらう女子。そんな人々は現代の世の中では、ある意味ほぼ全員がそうなのかもしれない。しかし周囲100km以内に誰一人いない、本当に孤独な状況に身を置いてみても、そこだって結局は「ここじゃない」のだ。まあ、なんにせよ、困難を克服した後の彼女は、強く生きることができるだろう。その後の人生で困難に出会っても、「あん時よりマシだな」と思えるだろうから。試練や苦難は、乗り越えればそれだけ強くなれますよ。それだけでも、十分に価値ある旅だったのだと思うことにしたい。

 というわけで、結論。
 『Tracks』、邦題「奇跡の2000マイル」は、いつもは天真爛漫なかわいいMia Wasikowskaちゃんの、悟ったようなまなざしが非常に印象に残る作品であった。まあ、自分探しの旅に出たい人は、本作の主人公のような無茶はせず、とりあえず、鏡を覗いてみてください。そこにいるのが自分ですので。あと、ラクダがやけにおっかないっす。以上。

↓ 探したのですが、原作の日本語版はもう絶版みたいですな。ちょっと気になるのだが……。
↓ おっと、こちらはもうとっくにBlu-rayが出てますな。でも、もうチョイ待てばWOWOWでの放送があるに違いない!! ので、買うつもりはないのですが、わたしは非常に気に入った映画です。
わたしに会うまでの1600キロ [Blu-ray]
リーズ・ウィザースプーン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2016-02-03