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 特に根拠はないけれど、人類は有史以前から、空に浮かぶ「月」に、様々な想いを抱いてきた生き物だと思う。その月に、人類が初めて降り立ったのが1969年7月20日。今から約50年前のことだ。わたしは生まれて数カ月の赤ん坊だったので、当然ながら全く記憶にないが、既に80代のばあさまになった母の話によると、そりゃあまあ、大興奮でその様子を見守ったらしい。今調べてみたところ、日本時間の朝の5時17分のことで、NHKで生中継され、視聴率63%だったそうだ。
 わたしは今日、雪の降る中、チャリをブッ飛ばして10分ほどの地元シネコンへ映画を観に行ってきた。幸い雪は大したことがなく、全然余裕で行って帰ってこられたのだが、今日観た映画は、『FIRST MAN』。人類初の月面到達を果たし「最初の男」となったニール・アームストロング氏の、月面への道のりを描いたものだ。
 この映画は、US本国では去年の10月にとっくに公開になっていて、わたしも10月に台湾に行った時に観ようと思っていたけれど、ほぼすべてのハリウッド作品が同時公開される台湾でも、なぜかちょうどわたしが行った次の週からの公開で観ることができず、早く観たいなーと思っていたので、雪に負けず外出したわけだが……まあ、ズバリ言うとかなりわたしの期待からは下回っていたかな、というのが素直な感想である。
 まずは予告を貼っておこう。そして以下、ネタバレに触れる可能性が高いので、気になる方はこの辺で退場してください。

 さてと。ところで、わたしはもちろん、アームストロング船長のことは常識として知ってはいたものの……さっき調べて初めて知ったのだが、実は、人類はこれまで、9回も月に降り立っているのである。これって常識? 誰でも知ってることなのかな? しかも6回がUS、そして3回が当時のソヴィエトである。わたしはさっき、あ、なんだ、ソ連も有人月面着陸に成功してたんだ? とちょっとびっくりしてしまったのである。
 まったくもってわたしの無知が露呈される恥ずかしい事実だが、まあともかくとして、USは1973年以降、ソヴィエトは1976年以降は一度も月へ降り立っていない。普通に考えて、50年前の技術水準で達成できたのだから、現代の21世紀の技術なら楽勝なんじゃね? とか思えてしまうものの、実行には移されていない。それは一体なぜなんだろう? これも常識的に考えれば、莫大なコストに見合う、リターンがないから、であろうと想像できる。ある意味夢のない話だが、それが現実なんでしょうな。
 しかし、本作で描かれる1960年代は、行く理由が存在していたわけだ。それは、いわゆる「冷戦」においての、USとソヴィエトのマウントの取り合いである。要するに、どうだ、おれの方がすごいんだよバカヤロウ!的な、意地の張り合い、と断じていいのではなかろうか。そして現代においては中国がまた今さら宇宙開発にご執心で、これもまた、我々凄いだろ!という世界へのアピールのようなもので、なんつうか、そのうち漫画『ムーライト・マイル』で描かれた人類初の宇宙戦争が始まってもおかしくないような事態になっている。これもまた、夢のない話だけど。
 さて。わたしは本作の予告を最初に観た時、これはきっと、過酷な訓練の様子とか、アームストロング氏の月への執着みたいなものが描かれるのだろう、つまり名作『THE RIGHT STUFF』的な映画なのだろうと勝手に想像していたのだが、結論から言うと、全く違っていて、実に「地味」であったように思う。
 わたしがこの映画で、問題だと思ったのは、なんかイマイチ盛り上がらない物語と、撮影・演出の両面である。
 ◆アームストロング氏が地味な人すぎる……ような気がしてならない。
 これは、演じたRyan Gosing氏のキャラのせいかもしれないけれど……いつもの無口なGosling氏で、感情の起伏が、実はすごくあるんだけど、グッッッッ!と抑えるタイプのお人のようで、熱くないんだな。クールというかニヒルというか、とにかく、いつものお馴染みのRyan Gosling氏なのである。それはそれで、カッコいいことはカッコいいんだけど、どうも物語的にもヤマ場がないというか、ある意味淡々としていて平板だったように感じた。
 この点では、『THE RIGHT STUFF』の主人公チャック・イェーガーはもっと熱い男だし、なにしろ「ヒーローになれなかった、栄光の陰に隠れた男」的な、ある意味でのダークヒーロー的なカッコ良さがあって、わたしは映画としても、本作『FIRST MAN』よりも圧倒的に『THE RIGHT STUFF』の方が面白いと思う。
 ただし、やっぱりラスト近くで、アームストロング氏が月で、夭逝してしまった愛する娘の形見をそっとクレーターに落とすシーンのRyan氏の表情は、抜群に良かったと思う。あそこは超グッと来たすね。でも、それまでずっと宇宙服のヘルメットのミラーバイザーを下ろしてるから、表情が分からないんだよな……。せめて有名なあのセリフ、
 That's one small step for man, one giant leap for mankind.
 (これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である)
 を言うところは、ちゃんと表情を見せてほしかったよ……。そういう点も、わたしが文句をつけたい演出上のポイントだ。
 ◆粗い映像、ブレブレ&ピンボケ、な映像はどうだろうな……。
 わたしは本作の監督、Damien Chazelle氏の前作『LA LA LAND』は大好きだし、あのダイナミックなダンスシーンの一発撮りや、ポップで可愛らしい色使いの衣装など、とても才能あふれた監督だと思っているけれど、本作は、『LA LA LAND』で見せてくれたようなポイントは鳴りを潜めていたように感じた。
 まず、粗い映像に関しては、60年代当時の雰囲気づくりのためのものであろうことは理解できる。この超高解像度時代に、古いフィルムのような質感の映像は、まあそれなりに意味はあるんだろう。けど、観客として言わせてもらうと、現代の鑑賞環境にはそぐわないと思うし、むしろ超ぱっきりした画で見せてもらいたかったようにも思う。その方がいわゆる没入感は上がると思うのだが……一方では、先日観た『MARRY POPPINS RETUNES』では逆に1930年代なのにくっきりはっきりした画が妙に現代的に見えてしまったので、さんざん文句を言っといてアレですが、本作のような粗い映像はアリなのかもしれないな……わからん……
 ただし、である。ラスト近くの「月面」だけは超くっきりはっきりな映像で、IMAX撮影らしいのだが、ここはやっぱり超見どころの一つであったと思う。粗い映像は、ここの月面シーンを強調するためでもあったのだろうか?
 また、一つ特徴として、顔のアップや一人称視点の画が多用されているのだが、カメラがぶれまくってピントまで外していて、非常に観にくかったのは間違いないと思う。もちろん、訓練や宇宙船内で発生するガタガタガタという振動はしょうがないというか全然アリなんだけど、そうでない普通のシーンでぶれまくるのは、とても観にくい画だと思う。
 またクローズアップや1人称視点だと、周りで何が起こっているのか非常に分かりにくい。月面への着陸シーンも、ほぼキャラクターのクローズアップで、外の様子が、ごく小さい窓からちらちら見える月面の様子だけだったため、どんな姿勢なのかさっぱり分からないのだ。こういう点は、観客にとってストレス以外の何物でもないわけで、映画としてはやっぱりよろしくないことだとわたしは思っている。なんか、カメラアングルやオブジェクトの質感など、画としてNolan監督的なカットが多かったように思うが、Chazelle監督の腕がいいのは間違いないので、もう少し観客にとって分かりやすい映像であって欲しかったように感じた。
 おそらく、本作がUS公開から5か月後の今、日本で公開されているのは、今月発表されるアカデミー賞をにらんでのものだと思うが、恐らく本作はアカデミー賞にはぜんぜん届かないだろうな、とわたしは漠然と思った。実際ノミネートされたのは美術賞と音響編集賞と視覚効果賞だけか。それならさっさと去年中に公開してほしかったな……。【2019/02/25追記:本作は、アカデミー賞の中で唯一「視覚効果賞」だけ受賞しました。つまり、わたしが文句を言っている部分が逆に評価されているわけで、わたしの審美眼のなさが大変恥ずかしく情けないす。いや、ホントNolan監督的な画ですげえんだけど……観にくいんだよなあ……】
 というわけで、わたしとしては今イチ判定せざるを得ない結果となった『FIRST MAN』だが、キャスト的にも、わたしが、おっ!? と思った人は少なかった印象である。以下、2人だけ、物語の重要度に関係なく紹介しておこう。もう、主人公アームストロング氏を演じたRyan Gosling氏のことは説明しなくていいすよね?
 ◆ジャネット:アームストロング氏の奥さん。しかし、キャラ的にどうも微妙というか……重要度が低いというか……夫婦関係も、やけにアームストロング氏がクールすぎて薄く感じられてしまったすね。出てくる意味すら薄かったような……。で、演じたのが『The Girl in the Spider's Web』で3代目リスベットを演じたClair Foyさん34歳でした。先月観たばかりでリスベットの印象が強かったので、なんか妙に違和感というか、変な感じを受けたっす。どうでもいいけど、腕のそばかす?がすごくてずっと気になったすね。
 ◆バズ:宇宙飛行士の訓練仲間の一人で、いつも空気を読まないひどいことを言う、若干煙たがられている男なんだけど、最終的にはアームストロング氏とともにアポロ11号で月面着陸する「2番目の男」。彼を演じたのがCorey Stoll氏で、わたしは観ながら、コイツ絶対知ってる顔だ、けど、誰だっけ……? と気になって調べたら、この人は『ANT-MAN』のダレン・クロスを演じた人でした。ええと、イエロー・ジャケットとなる悪いヤツす。くそう、気付けなかったのは映画オタクとして恥ずかしいすわ。
 とまあ、以上、本作に関しては、正直期待よりかなり下だったかな、という思いが強く感じられ、もう書くことがなくなったのだが、やっぱり、「月」へのあこがれのようなものは、わたしにも強くあって、政治的な判断によるアポロ計画の推進と中止に翻弄された人々には申し訳ない気がするけれど、単純に、無邪気に言うと、やっぱりわたしも月に行ってみたいですよ。だからアームストロング氏がうらやましいと思うし、すげえなあ、いいなあ、ととても思う。まあ、わたしが月へ行くことは生涯ないと思うけれど、あと50年ぐらいしたら、観光地となってるかもしれないですな。ま、わたしは空を見上げて、行ってみてえなあ……と思うことで我慢しときます。

 というわけで、さっさと結論。
 結構期待していた映画『FIRST MAN』が公開になったので、雪に負けず観に行ってきたのだが、ズバリ言うとイマイチ、だったと思う。それは、キャラ的な問題なのか、物語そのものなのか、どっちだか微妙だが、妙にクールで熱くなれなかったのが一つ。そしてもう一つは、若干演出的に問題アリ、だと思ったからだ。残念ながら監督のこだわりって、多くの場合観客にとっては意味がなく、逆にストレスになる場合があるもので、なんつうか、もっと何が起きているのかを観客が理解できる画にしてほしいと思った。なんか、いろいろ残念す。書くことがなくてどーでもいいことばかり書いてサーセンした。以上。

↓ こちらはもう、まごうことなき名作として超おススメです。とにかくイェーガーがカッコいい! ただし、上映時間が超長いす。そしてこの作品のメインテーマ曲は、絶対誰でも聞いたことがあると思うな。是非ご覧いただき、この映画の曲だったのか! と驚いてください。

ライトスタッフ (字幕版)
サム・シェパード
2013-11-26

 今を去ること35年前。わたしは中学生ですでに順調に映画オタクの道を歩んでいたわけだが、35年前の夏、わたしは臨海学校で、早く帰りてえなあ……と思いながら、それでいて海を楽しんでいた。そして海から帰ってきた翌日、わたしは一路20㎞程離れた東銀座までチャリをぶっ飛ばし、とても観たかった映画を観に行ったのである。それがまさか、後にカルト的人気作となって、「いや、オレ、中学んときに劇場で観たぜ、ほれ、これが当時のパンフレットと前売券」なんて言って見せびらかすと、若い映画オタクを名乗る小僧どもにはことごとく、うお、まじっすか!と驚かれる作品になるとは全く想像もしていなかった。その映画こそ、Sir Ridley Scott監督作品『BLADE RUNNER』である。
 ↓これが当時のパンフの表紙と、わたしは当時、表紙の内側に前売券の半券を貼りつけてた。
BLADERUNNER01
 当時、わたしは単に、Harrison Ford氏が大好きで、おまけに『Chariots of Fire』でアカデミー作曲賞を受賞して注目されつつあったVangelis氏が音楽を担当しているというので観たかったのだが(※映画『炎のランナー』は、日本では『BLADE RUNNER』と同じ年の夏公開)、35年前に初めて観た時は、『BLADE RUNNER』の描く未来のLAに大興奮し、そのやや難解な物語も何となくわかったふりをしつつ、コイツはすげえ映画だぜ、と夏休み明けに周りの友人たちに宣伝しまくった覚えがある。
 そして時は流れ―――なんとあの『BLADE RUNNER』が描いた未来、2019年はもうすぐそこに来ており、そりゃあIT技術の進歩はもの凄いけれど、実際の街並みなんかは、なんとなく何にも変わってねえなというつまらん未来を迎えようとしているわけである。日本もすっかり国際的プレゼンスを失っちまったし。
 しかし! 何を血迷ったか、元々『BLADE RUNNER』という作品はワーナー作品だが、わたしの嫌いなSONYピクチャーズが権利を買い(?)、その正当なる続編『BLADE RUNNER 2049』という作品を世に送り出した。前作から30年後を描く、本当にまったくの続編である。当然、もはやアラフィフのおっさんたるわたしは狂喜乱舞、であり、まさしく俺得ではあるものの、マーケティング的に考えれば、とうていこの作品が大歓喜をもって世に受け入れられるとは思えない。結果、US本国などでは興行数値的には若干厳しく、失敗作だとかそういう判定をしている批評を見かけるが、そんなの当たり前じゃん、というのがわたしの意見だ。だって、そりゃ無理だろ。今さらスラムダンクの続編を出したって……いや、スラムダンクなら大ヒットするか、えーと、そうだなあ、うーん、マニアックに言うと……今さら楳図かずお先生の大傑作『漂流教室』の続編を出したって、そりゃあ売れんでしょうよ。わたしは超嬉しいけど。
 しかし、そんな世の中の評価なんぞはわたしにとってはどうでもいい。
『BLADE RUNNER 2049』という映画は、わたしとしては絶対に観なくてはならない作品であるわけで、さっそく昨日の土曜日にIMAX-3D版で観てきたわけだが、間違いなく超ハイクオリティであり、実はお話としてはややツッコミたいところはあるものの、演出・撮影・音楽、すべてが満点であり、わたしとしては大満足であった。コイツはすごい。懐古厨のおっさんどもの中には、観てもいないうちから否定している人もいるようだが、紛れもなく本物の続編であるとわたしは断言したい。そしてこの映画を撮り上げたDenis Villeneuve監督は、現時点では、もはや天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかと言うぐらいの実力があるとわたしは強く感じた。

 相変わらずSONYの予告編は字幕がいい加減だが、よーく元の英語を聞いてほしい。チラホラ、ミスリードの翻訳になっていることは一応突っ込んでおこう。だが、映像のすごい出来はこの予告編だけでも感じられると思う。スピナーの超自然な浮遊感なんかは時の流れと技術の進化が物凄く感じられますなあ!
 では、物語を軽くまとめてみよう。以下、完全にネタバレ全開になるはずなので、気になる人は絶対に読まないでください。確実に、何も知らないで観に行く方がいいと思います。
 まずは前作から説明しないとダメなので、前作から。時は2019年。地球は深刻な環境汚染によって、人類は外宇宙への移民を開始、その宇宙での過酷な環境でテラフォーミングするための労働力を確保するために、「レプリカント」という人造人間を製造し、任務にあたらせていたのだが、レプリカントの反乱がおき、数人の武闘派レプリカントが地球に潜入、その専門捜査官「ブレードランナー」がレプリカントを追う、というお話である。ええと、汚染の原因が何だったか忘れました。核戦争とかじゃなくて産業の発達によるものだったような……。
 そしてこの35年、ずっとオタクどもの議論の的になったのが、主人公デッカードもまたレプリカントなんじゃねえか説である。実は、この議論の結論はどうもオフィシャルに出ているようだが、わたしはあくまで35年前に観た「劇場版」を正典だと思っているので、納得はしていないし、その結論もここに書かない。実際どちらでもいいと思っている。
 いずれにせよ、前作『BLADE RUNNER』は、主人公デッカードが、レプリカントであるレイチェルを伴って酸性雨の降りしきるロスから脱出し、緑あふれる地へ逃走するところで終わる。このエンディングでは大変印象的なヴァンゲリス氏のシンセサイザーミュージックが流れて、実に味わい深く仕上がっているわけである。
 そして今回の『2049』は、そのタイトル通り前作から30年後の2049年が舞台だ。この30年間で何が起きたか。このことに関しては、スピンオフ的な短編が公式サイトやYouTubeで公開されているので、できれば観ておいた方がいい。一応作中でも語られるけれど、かなりざっくりとしか説明されないので。その短編は3本あるのだが、まずはこれ。2022年5月に起きた「大停電」のお話。15分もあるアニメです。タイトルは「BLADE RUNNER BLACK OUT 2022」。この「大停電」事件は本作『2049』でも重要なカギになっている。

 次がこれ。2036年に、天才科学者ウォレスが新たなレプリカントを製造した「夜明け」の話。タイトルは「BLADE RUNNER NEXUS DAWN 2036」。撮ったのはSir Ridley Scott監督の息子。

 最後がこれ。特にこれは観ておいた方がいいかも。今回の『2049』の直前のお話で、冒頭のシーンに出てくるレプリカントが何故見つかってしまったのか、が良く分かる重要なお話。地道にまじめに生きようとしても「どこにも逃げ場はない」哀しさが伝わるもので、本編に入っていてもおかしくない。タイトルは「BLADE RUNNER NOWHERE TO RUN 2048」。

 というわけで、2049年までにこういう事件が起きているのだが、もう一つ、「レプリカント」に関しても簡単にまとめておこう。
 2019年(前作):NEXUS-6型アンドロイド。寿命が短い。タイレル社製
 2022年(大停電=BLACK OUT):同じくタイレル社製のNEXUS-8型に進化していて、寿命は長く(不老不死?)なったが、相次ぐレプリカントの反乱に、「大停電」もレプリカントの犯行とされ、この事件ののちレプリカント製造は禁止になった。そのためタイレル社は破綻。
 2036年(夜明け=DAWN):食糧難を解決する発明で財を成し、破綻したタイレル社のすべての資産を2028年に買収していた天才科学者ウォレスは、反逆しない人間に完全服従の次世代レプリカント製造にとうとう成功する。
 ということになっている。はーーー長かった。以上は前振りです。以上を踏まえて、本作『2049』は始まる。依然として世は不穏な空気をはらみ、上流階級はすでに宇宙へ移住し、地球はある意味底辺であって、環境汚染されたまま、食料もウォレスの会社が作る合成たんぱくしかない状況。
 そんな世にあって、NEXUS-6はもうすでに皆、寿命が尽きて絶滅したけれど、長い寿命を持つNEXUS-8は人間に紛れて生活しており、それらの「8」に仕事は終わったよ、と「解任」を言い渡す役割を果たしている者たちがいた。人は彼らを「ブレードランナー」と呼び、主人公のKD9-3.7というコードを持つ男もまた、ウォレス・カンパニー(?)の製造したレプリカントである。彼は、人間に忠実なわけで、冒頭は命令に従って、とある違法な「8」に解任=殺処分を言い渡しに行くところから物語は始まる。そして無事に任務は完了するが、その「8」は謎の「骨」を埋葬していて、いったいこの骨は何なんだ? という物語の流れになる。検査の結果、どうやらこの骨は、古い世代のレプリカントの物らしい。そして、どうやら「妊娠・出産」しているらしい痕跡が発見される。折しも、天才ウォレスをもってしても、現在の従順な次世代レプリカントの製造には時間も金もかかり、需要に供給が追い付かない状態であり、いっそレプリカントも「生殖による繁殖」が可能だったら、と研究しているところだった。というわけで、一体この骨の正体は、そして生まれた子供は今どうしているのか、そして、主人公はいったい何者なのか―――こんなお話である。
 正直に言うと、わたしは最後まで、主人公KD6-3.7(ケーディーシックス ダッシュ スリー ドット セブン。K-9と言えば警察犬。そんな意味も込められてるのかなあ……※わたし勘違いしてKD9だと思い込んでたので、KD6に修正しました)が何者であり、なぜ命令に背いて行動できたのか、良く分からなかった。中盤までのミスリードはお見事で、ははあ、てことは……と思わせておいて、実は違ってた、という展開は美しかったけれど、じゃあ何者? という点に関しては、1度見ただけでは分からなかったです。その点だけ、わたしとしては若干モヤッとしている。また、天才ウォレスの本当の狙い? なるものがあるのかどうかも良く分からなかった。彼って、意外と普通な実業家だっただけなのでは……という気もしているのだが、これもわたしが理解できなかっただけかもしれない。
 しかし、それ以外の点はほぼ完ぺきだったとわたしは絶賛したい。役者陣の演技、演出・撮影・音楽、すべてがきわめてハイレベルで極上であった。
 役者陣は最後に回して、まず監督であるDenis Villeneuve氏の手腕を称賛することから始めよう。わたしは映画オタクとして、映像を観ただけで、これって●●監督の作品じゃね? と見分けられる監督が何人かいる。例えばDavid Fincher監督とか、Christopher Nolan監督とか、Sir Ridley Scott監督とか、画そのものに特徴がある監督たちの場合だ。わたしは本作をもって、Denis Villeneuve監督もその一人に入れられるようになったと思う。
 この監督の目印は、上手く表現できないけれど……ロングショットで画面に入るオブジェクトの巨大感が圧倒的なのと、超自然なCG、それから、「ほの暗いライティング+スポットライト」にあるような気がしている。本作では、かなり多くのシーンが薄暗く、そのほの暗さが超絶妙だ。そう言う意味では、IMAXのきれいな画面で観たのは正解だったように思う。もちろんそういった「画」そのものは、撮影およびライティングの技術の高いスタッフに支えられたものだが、今回も街の壮大さ、建造物の巨大感、そしてもはや本物にしか見えない数々のオブジェクトは完璧だったと思う。35年前のスピナー(※主人公の乗るパトカー)の動きと比較すると、もう完全に本当に飛んでいるようにしか見えないもの。さらに演出面では、そのほの暗い中からキャラクターがだんだん出てくる、と言えばいいのかな……キャラの顔の陰影が凄く印象的で、段々見えてくるような演出が多い? ように感じるが、そのため、役者の表情が非常に物語を表しているというか……苦悩、疲労感、あるいは怒り? が画から伝わるのだ。非常にわたしは素晴らしいと思う。実に上質だ。
 そして、Denis監督で、わたしが一番特徴があると思っているのは、実は音楽だ。いや、音楽というより効果音? というべきかもしれない。とにかく、常に、ビリビリビリ……ズズズズ……といった重低音が響いていて、わたしは以前、Denis監督の『SICARIO』を観た時、この音は要するにJOJOで言うところの「ドドドドド」に近い、というか、そのものだ、と思ったが、今回ももう、漫画にしたら確実に「ドドドドド」と文字化されるであろう背景音のように感じられた。そしてその背景音は、不穏な空気をもたらし、緊張感を高めることに大いに貢献していると思う。とにかくドキドキする! こういう演出は、今のところDenis監督とChristopher Nolan監督作品以外には感じたことがないような気さえする。わたしは本作が、来年2月のアカデミー賞で音響効果賞を獲るような気がしてならないね。【2018/3/6追記:くそー! 録音賞と音響編集賞はダンケルクに持っていかれた! でも、撮影賞と視覚効果賞はGET! おめでとうございます!】
  そして、役者たちの演技ぶりも、わたしは素晴らしかったと称賛したい。わたしが誉めたい順に、紹介していこう。
 わたしが本作『2049』で一番素晴らしかったと称賛したい筆頭は、Dave Batista氏である! 素晴らしかった! MCU『Guardians of the Galaxy』のドラックス役でお馴染みだし、元プロレスラーとしてもおなじみだが、今回はもう、実に疲れ、そしてそれでも心折れないレプリカント、サッパーを超熱演していたと思う。サッパーは、冒頭で主人公が「解任」を言い渡しに行くレプリカントだが(上に貼った短編の3つ目に出てくる大男)、実に、前作でのレプリカント「ロイ」と対照的でわたしは大興奮した。前作でロイは、前作の主人公デッカードに対して、過酷な宇宙での体験を「オレは地獄を見た!」と言い放ち、故にある意味サタンとなって復讐に来たわけだが、今回のサッパーは、「オレは奇蹟を見た」と宣言する。故にエンジェルとして秘密を守り、真面目に暮らしていたわけで、レイとは正反対と言っていいだろう。地獄を見たロイと奇蹟を見たサッパー。この対比はホント素晴らしかったすねえ。あ、どうでもいいけれど、サッパーが養殖している虫の幼虫を、字幕でなぜ「プロティン」としたのか……あそこは「タンパク質」とすべきだと思うんだけどなあ……。イメージが違っちゃうよ。ねえ?
 次。2番目にわたしが褒め称えたいのが、孤独に暮らす主人公の心のよりどころである(?)、3Dホログラムのジョイを演じたAnna de Armasちゃんだ。とんでもなくかわいいし、実に健気だし、最高でしたね。こういうの、早く現実に普及しないかなあ……ジョイちゃんがいれば、もう完全に一人で生きて行けますよ。最高です。Annaちゃんと言えば、わたしは『Knock Knock』しか見ていないのだが、あの映画でのAnnaちゃんは超最悪なクソビッチだったので、印象が悪かったのだけれど、本作で完全にそのイメージは払拭されました。何度も言いますが最高です。
 そして3番目が、主人公たるKD9-3.7を演じたRyan Gosling氏であろう。彼はやっぱり、無口で常に悩んでいるような役が一番しっくりきますねえ。実にシブくてカッコ良かった。KD9-3.7は、「奇蹟を見た」という言葉に、一体奇蹟って何なんだ? そして俺の記憶は……? とずっと悩んでいたわけで、その悩みが、人間の命令をも上書きしたってことなんすかねえ……その辺が良くわからないけれど、彼もまた、ラストシーンは、前作のロイと同じようでいて対照的な、実に素晴らしいエンディングショットでありました。前作でのロイは、デッカードを助け、まあいいさ、的な表情で機能停止するラストだったけれど、今回は、すべてに納得をして、実に晴れやかな、やれやれ、終わった、ぜ……的な表情でしたね。Ryan氏の若干ニヒルな、けど実は大変優し気な、実に素晴らしい表情でありました。前作は雨の中だったけれど、今回の雪の中、というのも幻想的で良かったすねえ!
 4番目はソロ船長ことHarrison Ford氏であろうか。まあ、やっぱりカッコイイですよ。もう75歳とは思えない、けれど、やっぱりおじいちゃんなわけで、実にシブいすね。デッカードは、この30年をどう過ごしてきたのか、若干謎ではあるけれど、実際に35年経っているわけで、その顔にはやっぱりいろいろなものが刻まれてますなあ……。ラストシーンの、お前なのか……? という驚きと感激の混ざった複雑な表情が忘れられないす。素晴らしかったですよ。
 最後に挙げるのは、まあ、物語上良くわからない点が多いのでアレな天才科学者ウィレスを演じたJared Leto氏である。勿論この人の演技は毎回最高レベルで素晴らしいと思うけれど、どうも、わたしには若干雰囲気イケメンのように思えて、その独特のたたずまいで相当得をしているようにも思える。どうしても、物語的に良くわからないんすよね……もう少し、物語に直接自分で介入してほしかったかな……。でもまあ、確かに非常に存在感溢れる名演であったのは間違いないと思います。

 はーーーー書きすぎた。長くなり過ぎたのでもう結論。
 35年ぶりの続編である『BLADE RUNNER 2019』をIMAX 3D版でさっそく観てきたわたしであるが、一つ断言できるのは、まったく正統な完全なる続編であることであろう。これは本物ですよ。懐古厨のおっさんも、まずは観てから文句を言ってほしい。そして前作をDVD等でしか見ていない若者も、少なくとも前作を面白いと感じるなら、本作も十分楽しめると思う。そしてその内容は、物語的には若干良くわからなかった部分があるのは素直に認めるが、それを補って余りある、極めて上質な、とにかくハイクオリティな一品であった。監督のDenis Villeneuve氏は、わたしとしては現代最強監督の一人であると思います。そしてわたしの中では、かの天才Christopher Nolan監督を上回ったんじゃねえかとすら思えてきて、今後が大変楽しみであります。ただ、興行成績的にはどうも芳しくないようで、そのことがDenis監督の今後に影響しないといいのだが……その点だけ心配です。そして最後に、ホログラムAIプログラムのジョイが一日も早く販売されることを心から願います。頼むからオレが生きているうちに実用化されてくれ……車は空を飛ばなくていいから……以上。

↓ うおっと、高いもんだなあ。80年代の映画のパンフ、ごっそりあるんだけど……売るつもりはないす。

 わたしの元部下のA嬢は、NYCに住んでいたこともあるバリバリの英語使いで、当時はよく仕事帰りにBroad Wayに寄って、さまざまなミュージカルを楽しんでいた筋金入りである。わたしもミュージカルが大好きなので、大変うらやましく思うわけだが、彼女は4~5年前、Ryan Gosling氏が大好きだった頃があって、へえ、じゃあこいつを観るがいい、といろいろRyan氏が出演している映画のBlu-rayを貸してあげたりしていたのだが、確か2015年の春ごろに、わたしの大好きなEmma StoneちゃんとA嬢の大好きなRyan Gosling氏が、ミュージカル作品に揃って主役として出演すると聞いて、わたしもA嬢も、そりゃあ楽しみだ、と大変期待していたのである。ああ、そういやEmmaちゃんとRyan氏が共演した『Crazy, Stupid , Love』も貸したことあったっけな。あの映画も面白かったね。
 そしていよいよその作品は去年末にUS公開され、1億ドルを超える大ヒットとなり、あまつさえ、日本時間であさっての月曜日に発表される第89回アカデミー賞において、なんと歴代最多タイの14部門でのノミネートを獲得し、一躍話題になって、いよいよ昨日の金曜日から、満を持して日本公開と相成ったわけである。
 その作品の名は『LA LA LAND』。A嬢に観に行こうぜ!と誘ったらごくあっさり振られたので、やむなく今日、朝イチで一人しょんぼり観に行ってきたのだが、結論から言うと、相当イイ! けど、若干、ちょっとどうなんだ……? という部分もあったのは事実である。これは、おそらく男と女では、かなり感想が違う問題作なのではなかろうか、という気がした。わたしはおっさんなので、二人の主人公の想いはかなりよく分かるというか納得できるので、実のところわたしはとても楽しめた映画であることは間違いないのだが、これは……若いカップルが観たらどう思うのだろうか……と若干心配である。わたしがそう思う理由を書きたいのだが、決定的なネタバレとなってしまうので、核心的なことにはなるべく触れずに、感想をまとめようと思う。あ、あともう一つ。この映画は、「ミュージカルのお約束」に慣れていないと、結構ポカーンとしてしまうかもしれないな。急に歌って踊りだすのは、慣れていない人では、え? と思うかもしれない。でも、あなた、それがミュージカルってやつですよ。わたしは全くその点は気にならないというか、歌が素晴らしいので、むしろキター!とうれしくなったね。
 それでは、まずはお約束の予告動画を貼っておこう。

 まあ、大体の物語は、上記予告で示されている、とは思うが、決定的なことは描かれていない、とだけ言っておこう。ヒロイン・ミアは、女優を目指して頑張る女子。しかしオーディションに行ってもまるで相手にされず、ルームメイトの3人の女子たちはいろいろ誘ってくれて、憂さ晴らしは出来るものの、そんなパーティーへ行ってみても、なんとなくしょんぼりな毎日だ。そして一方の男の主人公・セブ(セバスティアンの略だってさ)は、ガチガチのオールド・ジャズ好きで、いつか自分の店を開いて、もはや絶滅危惧種な本物のジャズを聴かせるんだ、という夢をもってピアノを弾いているが、所詮は定職のない、たまにクラブで弾くのが精いっぱいのピアニスト。こんな二人の双方のしょんぼりぶりが描かれ、たまたま出会った二人が、その後も何度も出会うことで魅かれていき、恋に落ちる――とまあ、そんな、なかなか甘酸っぱいラブストーリーだ。
 こういう場合、よくあるパターンとしては、どちらかがサクセスしてしまい、なんとなく距離ができてしまって――的な展開をよく見かけるような気がする。例えば、ちょっと違うけれど、だいぶ前に観たミュージカル映画『The Last Five Years』もそんなお話だった。なのでわたしもそういう展開を想像したのだが、問題はどっちが成功してしまうんだろう? という点であろうと思う。しかし――ここは書かないでおく。書いたらマズいよね、やっぱり。ただ一つ言えることは、わたしの想像を超えたエンディングであり、かなりわたしとしては、ええっ!? と驚いた、ということである。この点で、わたしは若い観客の理解を得られるのだろうかと心配になったわけで、さらに言うと男と女ではかなり受け取り方が違うんじゃないかな、と思ったのである。
 しかしですね、やっぱりとてもイイすねえ!何がいいって、そりゃあもちろん歌とダンスと二人の芝居ぶりですよ。わたしは観ながら結構足でリズムを取ったり、キメのところでは拍手をしたくなりましたな。まあ、正直、歌は超頑張っているのはよく感じられるけれど、もうチョイ、声に伸びやかさが欲しかったかな。
 まず歌だが、Emmaちゃんの歌声は、結構かすれ声系のしっとり系なんすね。もうチョイ声量が欲しいかなあ。でも可愛いから許す! そしてRyan氏も、やっぱりもうチョイ迫力欲しかったかもなあ。でも、キャラクターには合っていたのかな。決して下手じゃないし、実際かなりいいけれど、もう一声、を望みたいような気はしたのは記録に残しておこう。ハリウッドのミュージカルというと、最近ではやっぱり『Le Miserables』でジャベールを演じたRussel Crowe氏の意外な美声にわたしは非常に驚いたが(歌手活動を行っていたことを全然知らなかったので、歌えること自体驚いた)、EmmaちゃんもRyan氏も、まあ、想定内の歌声だったと思う。ただし、Ryan氏は、この映画のためにピアノを猛特訓したそうで、劇中のピアノを弾くシーンは本当に彼が演奏しているそうだ。カッコいい野郎がピアノ弾けたら、そのカッコよさは5倍増しですな。くそ、オレももしもピアノが弾けたらなあ……。
 そしてダンス! ダンスはもう完璧だったと言えよう。とりわけ、わたしが一番気に入ったのは、やっぱり二人が最初にお互いを意識する、LAのマウント・ハリウッド・ドライブで踊るタップダンスのシーンだ。ここはもう、ホントに夢のような美しさと可愛らしさがあふれてて、最高でしたね。そして撮影もかなり見どころであると言ってもいいだろう。ほとんどのシーンは、やけに長いカットで、ダンスシーンもほぼ長まわしの一発撮りだ。ただこの辺は、技術の発達した現代においては、長まわしに見えるようで実は違う、という場合もこれまたよくあるので、実際のところはよくわからない。しかし、↓こんな動画を観ると、マジで一発で撮ったんじゃねえかという気もする。

 ↑このシーンも、とてもかわいいすねえ! ちなみに、ルームメイトの一人、黄色の服の人は『EX Machina』でミステリアスな「キョウコ」という役を演じたソノヤ・ミズノさんという東京生まれのイギリス育ちのお方だ。国籍としてはイギリス人なのかな。大変お綺麗な方です。オープニングの高速道路でのダンスも、本当に高速道路で撮影したそうで、あれが一発撮りだったら相当凄いと思うけど、ちょっとよく分からない。まあ、この映画はのっけからその魅力にあふれているのは間違いないと思う。
 (※2017/02/28追記:昨日、WOWOWでアカデミー賞授賞式の中継を見たところ、カメラマン氏曰く、オープニングの高速道路のダンスは4カットで構成されていて、そしてわたしが気に入ったタップダンスのシーンは、完全1発撮りのワンカットで、6テイク撮影して、採用されたのは最後のテイク6だそうです)
 で。二人の演技ぶりだが、間違いなくこの映画を観た人は、男ならばEmmaちゃんを可愛いと思うだろうし、女性ならばRyan氏にときめいてしまうだろうと思う。
 まず、Emmaちゃんは今回、わたしの大好物であるしょんぼり顔を多く見せてくれ、もうホントに放っておけない雰囲気がある。そしてそんな彼女がセブに出会ってみせる笑顔の素晴らしさは、もうマジ天使クラスだ。以前このBlogで、Emmaちゃん主演の『Magic in the Moonlight』について書いたときも記したが、Emmaちゃんは「オレ的ハリウッド美女TOP10」の「天使クラス」に入る美女であって、今回の演技ぶりもとても良かった。本作は、「冬」に出会った二人が「春」に愛を確かめ「夏」に愛を謳歌し、「秋」に岐路を迎え、そして「冬」を迎えるという構成になっていて、特に最後の「冬」でのEmmaちゃんの演技が超絶品である。そして超絶品であるがゆえに超せつない物語に仕上がっているので、あさって月曜日、Emmaちゃんが栄光のオスカーウィナーとなってもわたしはまったく驚きません。獲れるといいね、本当に。
 そしてRyan氏であるが、元々この人は無口系キャラが似合うわけだが、今回演じるのはある意味、夢追い人の「だめんず」であり、女性のハートをくすぐるには余りある役を、繊細に演じ切っている。前述のように、ピアノ演奏シーンも非常に良い。そして、愛するミアのために、一念発起してそれまでのこだわりを捨ててだめんずから卒業しようと頑張る姿も、おそらく女性ならキュンとしてしまうのではなかろうか。しかし、その結果として迎える最後の「冬」を、女性客の皆さんはどうとらえるのか、わたしとしては大変興味が尽きない。ぜひこのエンディングは、今すぐ劇場へ確認しに行って欲しいと思う。特に女性の皆さんは。わたし的には、かなり序盤で、素人バンドが若干ダサめに80年代の名曲、a-haの『Take On Me』を演奏しているシーンで、超イヤイヤながら、オレが弾きたいのはこんな曲じゃねえ、という顔をしてキーボードを弾いているRyan氏の表情が最高に良かったと思います。そして、人々の中にミアを見つけ、超気まずそうなRyan氏が絶妙だったすね。
 最後に監督について記して終わりにしよう。監督は2014年の『Whiplash』(邦題:セッション)で一躍注目を集めたDamian Chazelle氏である。やっぱりこの監督は、音楽というかジャズが大好きなんでしょうな。音楽の使い方は素晴らしいですよ。そして前述の通り、長まわしも多用していて、ある意味古き良きハリウッド映画の様式をしっかり再現しているようにも思える。なお、脚本もDamian氏が執筆されたそうで、物語も非常にファンタジックというか、夢のようなお話で、そういう点も古き良きハリウッドの正統なミュージカルであったと思う。しかしまあ、古き良きハリウッドミュージカルであれば、もっと明確なハッピーエンドになっただろうな。かなりわたしとしては唐突感を感じてしまったのが、大絶賛一歩手前、に留まる要因であったのだろう。でもまあ、あれでいいんだろうな、きっと。この点についても、やっぱり女性の意見を聞きたいすね。

 人はきっと、誰しもが「ありえた未来」を想い、あの時なあ、ああしてれば今頃なあ、と考えることがあると思う。場合によっては、あの時のたった一言が、今を決定づけてしまったのかもしれない。そんな風に考えるのは、いわゆる「後悔」というものであり、そしてその後悔は、ほろ苦く、思うたびにどこか痛みを感じるものだ。そしてその痛みを、若干気持ちよく感じてしまうのが質が悪いというか、人間だ。ひょっとしたらそんな傾向は、女性よりも男の方が強いかもしれないすね。わたしはセブが「Seb's」のあのロゴを使った気持ちがすげえ分かる。そしてあのロゴを見た時のミアの表情が、わたしは一番グッと来た。
 しかし、これもきっと明らかなことだと思うけれど、確実に、人には「そうならなかった現在」を肯定できる日がやってくると思う。わたしのような40代後半のおっさんだと、もうほぼ、そんな境地に至っているわけで、それはあきらめではなく、現状肯定だ、とわたしとしてはカッコつけて申し上げておきたい。わたしの場合は、やっぱり40歳になるかならないかって頃だったんじゃないかなあ。
 はたして本作の主人公、セブとミアは、そんな境地に至るまでに、あとどれだけ痛みを感じることだろうか。でも、しょうがないよ。つーか大丈夫よ。だって、にんげんだもの!と、おっさんとしてはアドバイス?して終わりにしたい。
 ※2017/03/13追記:A嬢がやっと観に行ったというので感想を聞き、ちょっとだけ言葉を追加しました。

 というわけで、取り留めもなくだらだら長いのでもう結論。
 製作開始から楽しみにしていた『LA LA LAND』がやっと日本で公開になり、期待に胸弾ませて劇場へ向かったわたしであるが、言いたいことは、以下のことである。
 ◆Emmaちゃんがスーパー可愛い。ダンスもGOOD! 歌声も、意外なかすれ声で可愛い。しょんぼり顔とはじける笑顔にわたしは大満足。マジ天使っす。
 ◆Ryan氏の演技は、男視点から見るとすごく共感できる繊細な芝居ぶりでお見事。
 ◆物語的には、予想外のエンディング。これはぜひ劇場で!
 ◆演出面では長まわしの一発どり など、ダンスシーンをダイナミックに描いている。
 ◆急に歌って踊りだすのが変だって? あんた、なに言ってんの? This is !ミュージカルだぜ!
 以上。

↓ つーかですね、コイツを買って車で聞きまくるのもいいかもしれないな……。
ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック
サントラ
ユニバーサル ミュージック
2017-02-17

↓ そして今、わたしはEmmaちゃんマジ天使熱が激しく上昇中なので、久しぶりにコイツを観ようと思います。これまた超かわゆい。
ゾンビランド (字幕版)
ウディ・ハレルソン
2013-11-26
 

 2008年9月に起こった世界的金融危機のことは、今でもはっきり覚えている。わたしは当時、とある企業で会社全体の財務諸表を分析しIR資料を作成する立場にあったが、その年度末の決算は、売上や営業利益的にはまずまずだったものの、巨大な特別損失を計上しなくてはならないことになった。翌年の株主総会は大変だぞ、と暗い気持ちになったものだ。
 原因は、いわずと知れた、「リーマンショック」による、保有株式の暴落による評価損と、とある金融商品のデフォルト、すなわち債務不履行によって、それなりな金額の金融資産が紙くずとなったためである。この事実は既に7年前に開示されていることなので今ここに書いても問題ないだろう。これはわたしのいた企業だけの話ではなく、多くの日本企業も影響を受け、事業自体は全然順調なのに、税引後の当期純利益は下方修正を余儀なくされた会社がとても多かった。ちなみに、保有株式はその後あっさり値を戻し、逆に翌年以降には株式評価益を計上して、決算数値がよくなる要因にもなった。アホくせえ。
 ただし、デフォルトとなった資産は永遠に紙くずのままである。「金融工学」と呼ばれる現代の錬金術によって生み出された「商品」、それが今回の映画のキモとなる「CDO」である。ズバリ言うが、この映画を観て話についていくには、「CDO」と「CDS」についての知識は必須である。たまたまわたしは、当時まさにコイツにやられた経験があったため、嫌というほどよく知っていたが、その知識がないと、この映画を観てもなにがなにやら、全く理解できないと思う。劇中ではちょっとふざけた解説がたまに入るが、あれだけでは理解できないのではなかろうか。
 まあ、いわゆる投資家、という連中は、わたしが知る限り、自分では何もしない、何も生み出さない、ゴミクズ同然の連中が多く(もちろん、た~まにまともな人もいる)、本業に影響しない部分での損失なんて一時的なものなのに、当時は実に愚かに慌てふためいた人々が大勢いた。いつも偉そうな金融業界のクズどもも、文字通り顔面蒼白となっておろおろとする有様だったので、わたしは内心、ざまあ、と思っていた。
 しかしあれから7年半が過ぎ、はっきり言ってもう完全に過去のものとなり、あの事件から金融業界は何か学んだのかというと、全くなにも変わっておらず、大半の人は、あの時はマジで参ったよ、運が悪かったね、程度しか思っていない。すっかり元に戻り、金融業界の、高っけえ給料をもらっている偉そうな若造を見ると心底怒りが湧き出してくる。
 というわけで、わたしが今日観た映画『THE BIG SHORT』(邦題:マネー・ショート 華麗なる大逆転)は、あの時何が起こったのかを見せてくれる、金融業界人にとってはちょっとした恐怖映画と言っていいだろう。しかも全部事実起こったことだし。まあ、わたしはちっとも恐怖を感じず、あきれるほかなかったけれど。

 わたしは、この映画のことを知って、おそらくサブプライムローンの破綻から世界的金融危機に至る道筋と、それを事前に察知して、警告を発していた人々の絶望的な努力を描きながら、なにか教訓めいたものを人々に与えてくれる映画であろう、と勝手に決めつけて劇場に入ったわけである。
 が、観終わった今、その予測とはだいぶ違っていたように思っている。
 確かに、金融危機の経過はよくわかった。そしてそれが、とんでもない無責任の連鎖が生み出したものということも良く理解できた。しかし、この映画の主人公たちの行動は、結局何だったのか、ということを考えると、わたしはどうにもモヤモヤした思いを捨てきれず、全くもってすっきりしない。事実、主人公たちも、オレたちの戦いは何だったんだ、とむなしさをたたえて映画は終わる。
 どういうことかというと、この金融騒動は、言ってみれば「ゼロサムゲーム」なのだ。
 つまり、自分の利益は誰かの損、なのである。主人公たちは、いち早く金融危機を察知し、最終的な経済的利益を得ることができるのだが、それは誰かが大損したためである。そしてその誰かとは、突き詰めると普通の一般市民たちで、けっして、金融業界で高い給料をもらって豪勢な暮らしをしてきた奴らじゃあないのだ。もちろん、破綻したリーマン・ブラザーズの社員や数多くの金融業界人たちは大変な目に遭った。けど、今現在奴らは平気な顔して、会社は変わったかもしれないけれど、依然、金持ち暮らしを続けているのが現実である。
 なので、心ある主人公たちは、予測が当たっても全く喜べない。利益を得ても、嬉しくないのだ。よって、すっきり感といういわゆる「カタルシス」は、この映画にはないと言っていいと思う。おそらく映画として組み立てるなら、善悪を強調することで、最終的に経済的勝利を得る主人公たちが、「Yeah!! オレたちの勝ちだぜ!!」という方が分かりやすいし共感も得やすいだろう。が、そんなことできっこない。当たり前だ。この映画を観るのは、この金融ゲームの犠牲者である一般の人々なんだから。
 こんな構造なので、わたしはなんとなく、『七人の侍』を思い出した。
 『七人の侍』は、略奪に苦しむ農民が、七人の侍の「善意を利用」して、野武士退治を依頼する話である。物語のラスト、生き残った善意の侍は、野武士撃退に成功して浮かれる農民たちを見てつぶやく。
 「勝ったのは、わしらじゃあない。百姓どもだ」。
 おそらく、この映画『THE BIG SHORT』の主人公たちも、『七人の侍』の侍たちに似たむなしさしか感じられなかったと思う。とにかく、この事件のキーワードは「無責任」だ。その無責任が無責任を呼び、大きな悲劇を生み出してしまったのだが、残念ながら、その責任を取る者は存在していない。
 以前、ここでもレビューを書いた『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』という本によれば、人類がその発生以来、最も憎んできたのは、「フリーライダー」という存在だそうだ。つまり「タダ乗りする奴ら」のことで、自分は何もしていないのに、ちゃっかりコミュニティの共同利益に乗っかる者、という意味で、要するにズルをする奴のことだ。人類はその歴史において、そういう奴を常に嫌い、罰してきたそうだ。
 まあ、そりゃ、死ね!! とは言わないよ。でも、やっぱり責任を取るべき奴がのうのうと生きる、そういう、悪い奴ほど良く眠る現代社会は、まあ、心ある人間には生きにくいですな。それでも、生きていくしかないのだけれど、全くもってやれやれ、であります。

 最後に、役者陣にちょっとだけ触れておこう。実は主人公たちは、大きく分けて3つのグループで、それらは一切、交わらない。わたしはまた、予告に出てくる人たちがひとつのチームになるのかと思っていたけど、一切顔も合わせず、別々の行動をとって話は進むので、この点でもわたしの事前の予想と全然違っていた。
 まず、元医者の天才ファンドマネージャーを演じたのが、我々にとってはThe Darkknightでお馴染みのChristian Bale氏。演技自体は素晴らしく、大変よかったのだが、たぶん、観ている観客としては、この人の背景や性格が良く分からず、結局なんだったんだろう? と思ってしまうと思う。正直、わたしも良く分からない。また彼の取った行動も、CDS、CDOの仕組みを理解していないと、さっぱり意味不明だと思う。この人は、全くの一匹狼で、他のキャラクターと一切かかわりません(ただし発端は彼の分析が広まって他の主人公グループが動き出すので、そういう点ではかかわりはある)。
 そして、予告で「怒れるトレーダー」と紹介されるファンドマネージャーを演じたのがSteve Carell氏。この人はかなりいろいろな作品に出ていて、元々コメディアンだと思うが、2014年の『FOX CATCHER』での狂った(?)大富豪役を実に見事に演じて、去年のアカデミー主演男優賞にもノミネートされた役者だ。『FOX CATHCER』は非常に暗くて救いのない、つらい物語だけれど、非常にいい作品ですので、観ていない人は今すぐチェックしてください。
 その彼とチームを組む、ドイツ銀行の切れ者を演じたのが、Ryan Gosling氏。いつものイケメン振りとはちょっと違う、若干ダサ目な、変はパーマヘアが目に付くというか、似合ってないのでわたしはちょっと笑った。いつものカッコイイRyanしか知らないと、ちょっと別人に見えるので、これ本当にRyanですか? といいたくなるほど、髪型が似合ってなかったですw
 あと、Brad Pitt氏が若者二人のグループが頼る、後見人的な存在として出てくる。今回は長髪髭もじゃで隠棲暮らしをしている伝説的トレーダー役で、それほど出番は多くないけれど存在感たっぷりであった。相変わらず、やっぱりこの人はカッコ良かったです。 
  今度こそ最後。原作者にちょっとだけ触れておかねばなるまい。原作を書いたのは、Michael Lewis氏。この人は、Brad Pitt氏の主演した映画『Moneyball』の原作者で金融ジャーナリストですな。『Moneyball』も非常に面白い作品でした。あの作品にあやかって、今回の『THE BIG SHORT』の日本語タイトルも「マネー・ショート」になったのだろうと思し、それはそれでアリですが、サブタイトルの「華麗なる大逆転」は完全にミスリードというか、まったく映画の内容にそぐわないと思います。華麗じゃねーし。なお、金融用語でShortは「売り」の意味ですので(逆に「買い」はLong)、原作本の日本語タイトル「世紀の空売り」の方がニュアンスは正しいと思います。

 というわけで、結論。 
 『THE BIG SHORT』(邦題:マネー・ショート)を理解するには、「CDO」と「CDS」の知識は絶対必要なので、少なくともリンクを貼っておいたWikiは読んでおいてください。とにかく、無責任が無責任を呼び、恐ろしい事態が起きるのは、なにも金融だけのことではなくて、実際、どんな会社の中にもあることだと思う。なので、こういう映画を観て、やっぱりオレ、真面目に生きるのが一番だな、と、心に誓う人が一人でも増えればいいのにな、と思いました。以上。

↓ まあ、原作を読んでいくのが一番いいのではないかしら。わたしは読んでないけど、興味あるっす。
 

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