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 いわゆる「COOL JAPAN」コンテンツというと、基本的には漫画・アニメ・ゲームの世界の作品が取り上げられ、その魅力をもっと海外に発信しよう的な活動が、ここ15年ぐらい、官民挙げて盛んなわけだが、一つ、大いなる勘違いじゃねえかとわたしが感じているのは、それらは主に「オタク」コンテンツであり、日本国内でさえ、一部のコアなオタク以外には訴求力が鈍く、いわんや海外ではもっとごく一部のオタクどもを熱狂させているだけで、実のところ、フツーの人々にはなんのこっちゃ? という性格のものであろうという点だ。
 実際のところ、例えば日本人なら大勢の人が「ガンダム」を知っているとは思う。けど、「おれ、やっぱり一番カッコイイと思うのはゼータなんすよね!」と熱く語っても、フツーの人は「ゼータ」ってなんぞ? と思うだろうし、海外では、フツーの人が「ガンダム」を(知ってはいるかもしれないが)愛しているとは思えない。
 しかし、「オタクコンテンツ」の最大の特徴は、その「忠誠心」にあり、好きな人は猛烈に好きで、消費行動も旺盛であり、経済的観点から見ると、母数は少ないが経済的価値はそれなりに高い、という点が、まさしく「オタク」的であると一般的に定義されるわけだ。
 ゆえに、「オタク」コンテンツの経済的価値がそれなりに高いのは間違いなくとも、イマイチその支持層は狭く、限定的であるため、経済規模としては、ある一定の視えざる上限のようなものがあって、それ以上成長しにくいという性質を持っているように思う。現実を見ても、もう10年以上、「COOL JAPAN」とか言いつつ、世界戦略としてはあまり大きな成果をあげていないのがその証左であろう。まあ、そりゃそうですよ。それをやろうとしているお役人どもが、そもそも「オタク」ではなく、何もわかっちゃいないのだから。
 というわけで、以上は全くどうでもいい前振りである。
 今日、わたしは、Steven Spielberg監督最新作の『READY PLAYER ONE』を観てきたのだが、確かに面白かった。しかし、この面白さは、あくまでわたしがクソオタク野郎だから通じる面白さであって、この映画は普通の人が見てもそんなに面白くないんじゃなかろうか、と強く感じたので、その原因のようなものを冒頭に記してみたのである。だって、画面にチラッチラッと現れるキャラクターたちに関して、非オタクのフツーの人に通じるとは到底思えないもの。この映画の面白さは、VRとかそういう未来描写じゃないと思う。まず、物語自体が「3つの鍵を探してその先にあるお宝をGetする」というゲームそのものであり、その点でRPG的な素養がなければ楽しめないだろうし、あっ! 今、春麗がいた! とか興奮出来ない人はダメなのではなかろうか。そういう意味では、本作は結構筋金入りのオタク向け作品であったと断言してもいいぐらいだ。
 また、わたしは原作小説を読まずに観に行ったので全く予想外で驚いたことがあった。わたしはこのBlogで、もう何度もStephen King大先生の大ファンであることを表明してきたが、Kingファンならば間違いなく大歓喜のエピソードもあって、まさしく俺得、要するに、わたしは超大興奮で楽しめたのである。
 けどこれは……フツーの人にはどうだろうか……。なので、上記のわたしの文章の意味が分からない人は、観に行ってもあまり楽しめないような気がしてならない。春麗の読み方が分からないって? ああ、そりゃもう、やめた方がいいっすわ。というわけで、以下、ネタバレに触れる可能性が高いので、まだ観ていない方は、今すぐ退場してください。

 というわけで、物語はほぼ上記予告で語りつくされている。舞台は2045年アメリカ合衆国のオハイオ州コロンバス。今現在から27年後という、恐らくこの映画を観る人が大抵生き残っているであろう、絶妙?な未来だが、まあ、現代ではまずまずな田舎の地方都市だ。

 この地に住む17歳の少年ウェイド・ワッツ君は、いわゆる負け組であり、リアルの世界ではつまらない毎日を送っているが、その唯一の心のよりどころは「オアシス」というVR空間であった。この「オアシス」は2025年(だったっけ?)にサービス開始されて以来、圧倒的なユーザー数を抱える娯楽空間で、人々はもう誰しもがVRゴーグルを着用して暮らしているような、そんな時代である。
 ちょっと笑えるというかリアルなのは、そういった負け組連中ほど、このオアシスにどっぷりハマって課金しまくっていて(中でのアイテム購入のため)、それが払えなくなって破産状態になると、IOI(アイ・オ-・アイ)なる企業に連行されでVR空間内での強制労働を強いられるという設定になっていた。生身の体は狭いボックスに監禁され、ゴーグルやVRグローブなどの装備が外されないように固定されて、VR奴隷となるのである。おっかねえ……つうか、日本のスマホゲー課金廃人たちを思い出しますな(なお、どういう法的根拠からそれが認められているのか、説明は一切なかった)。
 で、5年前、このオアシスの創始者が亡くなり、予告にある通り、創始者がオアシスの中に隠したイースターエッグ(=いわゆる隠しアイテム)を見つけたものに全財産を譲渡しよう、という動画が流れ、以来、オアシスの中にはエッグハンターたちが大挙して押し寄せているものの、いまだにエッグに繋がる鍵の1つも見つかっていないという状況で、現在、どうやら「レースゲーム」でゴールに辿り着いた者が第1のカギを得られるという情報は発見されていて、毎日、大勢の人々がそのレースに参加している、というところから本作は始まる。まあ、主人公のウェイド君がその鍵を次々に発見しーーーという展開は誰しも想像する通りである。
 ちなみに、上記予告に流れているVan Halenの「JUMP」に血圧が上がらない人も、この映画は楽しめないでしょうな。つまり、この映画はもう、38歳未満(1980年生まれ未満)お断りのおっさん・おばちゃんムービーであると断言してもいいぐらいだ。むしろR-38指定した方がいいとわたしは思います。
 これは、そもそも、オアシスの創設者が1972年生まれ(※原作小説の作者Arnest Cline氏も1972年生まれ)という設定に源があって、つまり80年代に10代で青春を燃やした人間なわけで、そりゃあ、そうなるわな、とわたしにはとても腑に落ちるものだ。そう、何を隠そう実はわたしもほぼ同世代なのです。なので実にストライクなわけです。また、全く物語には関係なく、オアシス空間を歩いているキャラがいちいち、あっ! 今のは!? とか反応してしまう有名キャラてんこ盛りとなっており、ちょっと待って!? 今ロボコップが歩いてたぞ!? あ! スポーンだ! みたいな興奮が続くのである。こういった点に関しては、わたしはもう、本当に楽しめる映画であった。

 しかし、肝心の「鍵」探しの展開は、まあ正直に言うと底が薄いような気もする。今まで5年間謎で誰も解けなかったのに、何故そんなに次々とウェイド君は解明できちゃったんだという点は、おそらく誰しも感じてしまうのではなかろうか。その辺りは、残念ながらご都合主義的であったようにも思う。『HUNTER×HUNTER』のように、ソロプレイではダメで、「仲間」とパーティーを組んでそこに行かないとクリアできない、みたいな条件があればよかったのにね……。ラスト、すべての資産を受け継ぐことになった主人公の決断も、ありきたりと言えばありきたりかもしれない。
 基本的に謎は、ヒントとなるメッセージがあって、それを、創始者の過去の言動から割り出して(※すごいことに、創始者の過去の行動が監視カメラなどの映像によって、全て映像アーカイブ化されていて、いつどこで何をしていたかを誰でも自由に閲覧可能)、あ、ひょっとして、こうすればいいんじゃね? とひらめいたウェイド君が行動に移し、まず第1のカギをGet、そして次の鍵へのヒントを入手して、次の謎に挑む(=次のクエストが発生してそれに挑む)という形になっている。Stephen Kingのファンならば、第2の鍵のクエストは最高でしたな! わたしは一発で、そりゃ『The SHINING』のことだ! と分かって大興奮、そしてあの「オーバー・ルック・ホテル」と「双子の姉妹」が出てきた時にはもう、相当血圧が上がったすねえ! でも、絨毯の模様が違うんだよ! 日本橋TOHOの絨毯の柄なんだよ! とか、もうホントにわたしとしては盛り上がりました。え? 意味わからない? ああ、それは……残念す。
 で、当然主人公の前には悪人が立ちふさがるわけで、本作の悪党は前述のIOI(アイ・オー・アイ)の社長(?)である。面白いのは、彼は純粋に金が欲しくて(オアシスの運営権を握るために)エッグを探しているのだが、彼自身は、全くオタクじゃないしセンスもない人種なんすよね。彼は、オアシス誕生以前に創始者のもとでインターンをしていた経験があるけれど、まったく素養がなくてそっぽを向かれていた「使えない」人物で、そのため、彼には自分では謎に挑む知識が全くないのだ。それ故、大量の社員を動員し、また賞金稼ぎ的なキャラも雇ってエッグ探しに奔走しているのだが、その様は、なんだかわたしには、何も知らないくせにCOOL JAPANとかほざいているお偉方のようにも見えて、その結末には、もう心の底から、ざまあ、とスッキリしました。もうチョイ、勉強してから出直しな! みたいな。それぞれのクエストは、というよりオアシス全体が、まさしく「ゲーム」なわけで、創始者はゲームデザイナーとして、「遊んで楽しんでほしい」というのが一番の願望であり、後継者に望んだ「資格」だったのだろうと思う。なので、彼にはその資格は最初からなかったということですな。ラストで、「私のゲームを楽しんでくれてありがとう」と言う創始者のアバターには、たぶんゲーム業界の人間はみなグッと来たと思う。

 というわけで、もうクソ長くなってしまったので、各キャラと演じた俳優をメモして終わりにしよう。無駄に長い文章、略して駄文でサーセン。
 ◆ウェイド/アバター名「パーシヴァル」:主人公の17歳の少年。アバターのパーシヴァルはかなりのイケメンだが、現実世界のウェイド君は眼鏡の冴えない野郎。もちろんパーシヴァルと言えば円卓の騎士の一人の有名人。ドイツ文学を修めたわたしとしては「パルツィファル」でお馴染みですな。相当なオタク野郎で、そのオタク知識で謎を解明するが、キーとなるのは、彼が創始者に関してナンバーワン・オタクであったことなんだろうと思う。しかし、リアル割れはマズいすよ。その後の展開も当然予想通りの展開で、これでもし惚れちゃった女子が現実世界で可愛くなかったらどうしてたんだろうか。可愛い女子で良かったね。そして演じたのはTy Sheridan君21歳。彼は『X-MEN:Apocalypse』で若きスコット=サイクロップスを演じた彼ですな。そのぱっとしない少年ぶりはなかなかでありました。
 ◆サマンサ/アバター名「アルテミス」:主人公が惚れちゃう女子。アバターも可愛らしく、本人もギリギリ可愛い。アルテミスはもちろん狩りの女神。オアシス内では『AKIRA』の金田バイクをかっ飛ばすイカした女子。しかし、パーシヴァルもアルテミスも、そんなアバターネームが残ってて良かったね。メジャーすぎてすぐ誰かが使いそうなのに。それだけ、初期からオアシスにログインしてたってことなのかな。いやいや、この二人が生まれた時にはもうオアシスは存在してたはずだから、それはないな。偶然? ま、そんなことはともあれ、彼女の一言が謎解明に繋がったわけで、ご都合主義とは言え、物語としてはまあアリとしておきたい。演じたのはOlivia Cooke嬢。知らない女優だなあ、と思って調べたら、なんてこった! もう2年前にこのBlogで記事を書いた『THE SIGNAL』に出てたあの娘じゃないか! 全然忘れてた。そうだったのか……。まあ、ホント、ギリ可愛い女優さんです。わたしとしてはむしろ、パーシヴァルの親友「エイチ」こそ、アバターはいかついメカボディの大男、だけど、現実では超かわいい女子、であってほしかったす。ラノベのお約束的な。
 ◆ハリデー/アバター名「アノラック」:オアシスの創始者。5年前に死亡しているが、オアシス内では鍵を渡すアバター・アノラック(姿は『The Lord of the Ring』でお馴染みガンダルフ!)として存在。果たして完全なNPCなのか、それとも……という点がラストでポイントとなる。なお、アノラックというと、いわゆるパーカー的なフード付き防寒着、だけど、どうやらイギリスのスラングで「オタク野郎(米語でいうギーク)」という意味があるそうですね。それは、イギリス人の鉄オタにはアノラックを着用している奴が多いことに由来するのだそうです。へえ~。演じたのは、ここ数年Spielberg監督の大のお気に入りであるMark Rylance氏58歳。しゃべり方が非常に特徴あるイギリス人のおじさんですな。いかにもコミュ障的な気弱な天才オタク野郎でありました。
 ◆ソレント:IOIの社長(?)。アバター名は不明?だけど、一応オアシス内で行動するアバターはあって、いかついスーツ姿のおっさん。さらにはメカゴジラのアバターを使って主人公たちを追い詰める悪い人だけど、オアシスへのログインパスワードを紙に書いて張っておくような、ド素人というか、IT企業のTOPとは思えないうっかりオヤジで、まあ、ありゃイカンすな。演じたのはBen Mendelsohn氏49歳。49歳!? うっそお! もっと上かと思ってた。わたしとほぼ変わらないじゃん! Ben氏と言えば、やっぱり『ROGUE ONE』の悪役のデススター・開発司令官クレニックを思い出しますな。そうか……ほぼ同じ年だったんだ……ショック……。
 これ以外のキャラは、まあ正直あまり重要ではないので割愛します。日本人トシロウ(アバター名ダイトウ)を演じた森崎ウィン君に関しては全く知らないので、書くことないす。ダイトウというアバターは、鎧武者で顔が三船敏郎氏なのだが、クライマックスではなんとRX-78-2ガンダムに大変身するという荒業で活躍してくれました。でも、ガンダムがビームサーベルを逆手で持ったことはないと思うな……たぶん。アレはアメリカンニンジャ的な刀の持ち方イメージなんすかね?
  あと、そうだ、最後に一つだけ、わたしがこの映画でガッカリしたポイントがあった。それは物語のラストに登場する現実世界のパトカーなのだが……物語世界は2045年なのに……思いっきり、日産リーフなんすよね……しかも現行の最新モデルではなく、初代の旧型。アレはちょっとどうかなあ……Spielberg作品らしくない、手抜きを感じてしまったのが残念す。2045年モデルの車であってほしかったなあ……。オタク向け作品だけに。

 というわけで、無駄に長いしまとまらないので、もうぶった切りで結論。
 日本キャラがいっぱい登場することで話題となっている映画『READY PLAYER ONE』をさっそく観てきたのだが、話自体はもうゲームそのもので、クソオタク野郎のわたしは非常に楽しめた。ついでに言うと、Stephen King先生の大ファンであるわたしとしては、Kingファンは絶対観るべき! とオススメしたい。が、ゲームやアニメに関するオタク的知識がなく、King作品も読んだことのない人は、この映画を観ても、何故わたしがこんなにも興奮したのか、全く理解できないように思う。もちろん、わたしもこの映画を大絶賛するつもりはない。実際、物語自体はそれほど深くはないし別に感動的でもないし。でも、わたしとしては別にそれでもいいのです。様々なキャラクターが登場し、ハリウッド映画で我らがCOOL JAPANコンテンツが活躍してくれたのは大変うれしくなっちゃうことなので。その意味が、オタク以外には通じないだろうな。しかしSpielberg監督はもう71歳だってのに凄いですな。その創作意欲は全く衰えておらず、さすがっす。でも、日産リーフだけはアカンと思います。以上。

↓ 原作小説ではウルトラマンに主人公が変身するとか、すごい展開らしいですな。版権の都合で映画には登場しませんでしたが。
ゲームウォーズ(上) (SB文庫)
アーネスト・クライン
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2014-05-17

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)
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2014-05-17

 多くの映画オタクの人々の中には、「現代最強の映画監督といえば誰?」と聞かれれば、「まあ、そりゃあやっぱりChristopher Nolan監督っすね」と答える人も多いだろう。かく言うわたしも、ナンバーワンかどうかはともかくとして、最強の一人として挙げることにやぶさかではない、というか、ズバリ、わたしもNolan監督作品の大ファンである。
 Nolan監督といえば、どうも世の中的に「実物」を使って作品を撮る男で、CGを使わない男、みたいに若干誤解されているような気もするけれど、実際のところCGもかなりバリバリに使う男である。Nolan監督がすごいのは、その実物とCGの区別が全くつかない画の質感にあるとわたしは思っているのだが、わたしとしてはやはりNolan監督の一番すごい点は、その超ハイクオリティなリアルな映像自体よりも、「物語力」にあり、端的に言えば脚本がすごい、と思っている。映像が「リアル」なのは誰がどう見てもそうだけれど、とにかく描かれるキャラクターが「リアル」であり、そして「ほんの一つまみの嘘」がスパイスとして超絶妙な味を醸し出しているのである。これは以前もこのBlogで書いたことだけれど、例えば『Memento』における「記憶を保てない状態」、『Prestige』における「奇術」、『DARK KNIGHT』3部作における「BATMANという存在」『Inception』における「夢に入り込む謎装置」、『Interstellar』における「滅びゆく地球と恒星間飛行」、そういった、たったひとつの「フィクション」の種が、「リアル」な人物像と完璧に調和して深い味わいをもたらしているのである。さらに、映像、脚本とともに音楽もまた素晴らしく、とにかくその3つが、役者陣の渾身の演技と完璧に一体化して、まさしく総合芸術たる「映画」としてすごいのだ、というのがわたしの持論である。これも以前書いたことだが、よく、世の中に「映像化不可能!」と言われる小説があるけれど、Nolan監督の作品は、まさしく「小説化不可能!」なのだとわたしは思っている。わたしは小説好きであり映画好きだけれど、ずっと、小説の方が想像力を掻き立てるのに最も適した芸術なんじゃないかと思っていたが、Nolan監督の『Inception』を観た時、ああ、小説化できない映画もあるんだ、と初めて認識し、深く感動したものだ。
 というわけで、現在全世界的に大ヒット中であり、評価的にも非常に高い作品、Nolan監督最新作『DUNKIRK』がやっと日本でも公開になったので、さっそくわたしも朝イチの回へ観に行ってきた。今回はNolan監督作品には珍しく120分を切る短い作品で、なんと上映時間106分である。そしてとにかく大絶賛の声ばかりが聞こえてくるので、当然わたしも超ワクワクしながら劇場へ向かったわけであるが、観終わって思ったことは、これはすごい映画だったし、面白かった、けど、期待したほどじゃあなかったかな……という若干の肩透かし感だ。これは、わたしが単にひねくれものだからなのか、それとも、IMAXではなく通常フォーマットで観るというオタクにあるまじき行為を働いてしまったせいなのか、原因は実は良く分からない。今思うことは、どうもわたしはキャラクターに感情移入できなかったのではないかという疑惑である。そこのところを、これを書きながら自分でも整理してみたいと思う。以下、ネタバレ全開になる可能性大なので、気にする人は読まないでいただければと思う。

 というわけで、相変わらずの「本物」感あふれる迫力は、予告編からも感じ取られるだろうと思う。わたしも予告を観て、このスピットファイアが本物だということは誰が観ても明らかだし、これはまたすげえのが来たぞ、さすがNolan監督だ、と超期待していた。
 物語についてはもはや説明の必要はないだろう。第2次大戦の序盤戦、ナチスドイツによるフランス侵攻が始まり、パリ陥落(1940年6月10日)直前の1940年5月24日から6月4日の間に起った戦闘「ダンケルクの戦い」での、イギリスへ撤退するイギリス軍視点のお話である。
 この作品でNolan監督は、今までの作品にない、いくつかの、具体的に挙げると以下の3つの挑戦をしているようにわたしには思われた。
 ◆初めてのノンフィクション
 ◆極端にセリフが少ない脚本
 ◆3つの視点に分割された構成
 これらはすべて脚本に関する問題であり、わたしがNolan監督で最も優れていると思っている「物語力」に直接関係するポイントだ。
 Nolan監督は、これも何度も書いているけど、ロンドン大学英文学科卒である。それすなわち、日本で言えば国文科なわけで、相当地味でまじめな青年だったのだろうとわたしはにらんでいる。まあそれはわたしが文学部を卒業した男だから実感として思うのだが(ちなみにわたしは国文科ではないですが、国文科の友達はみんな地味でまじめでちょっと変わった、面白い奴らだった)、ともかく、Nolan監督が小説、すなわちフィクションが大好きなのは間違いないだろう。冒頭に記した通り、Nolan監督の作品は、人間に対する深い洞察が極めてリアルで、そこに、一つだけ嘘を交え、面白い作品を創造してき男である。そのNolan監督が初めて描く「ノンフィクション」。となれば、残るのは「リアル」だけになってしまうわけで、わたしは一体全体、どんな物語になるのだろうとドキドキして観ていたのだが、どうもNolan監督は、キャラクターに「しゃべらせない」ことで、「リアル」を担保したように思えた。
 100%確実に、77年前のダンケルクの海岸でキャラクターがしゃべるセリフは「創作」にならざるを得ない。当たり前だよね。「創られたセリフ」をしゃべった時点で、嘘になってしまうし。だからもう、とにかくセリフが少なく、出来事を、冷静な視点のカメラが追う形式にならざるを得なかったのではなかろうか。それは映像としては実に効果的で、迫力の大音響とともに、観客をまさしく戦場へ放り込む効果はあっただろう。実際、わたしも観ながら上空を飛ぶ戦闘機の爆音、ドデカい爆発音などにいちいち驚き、緊張感は半端ないものがあったのは、おそらく本作を観た人ならだれでも感じたはずだ。「怖い」。まさしく戦場の恐怖である。
 しかし、である、やっぱりわたしには、セリフの少ないキャラクター描写は、リアルとトレードオフで、キャラへの共感を失ってしまったように思えたのである。確かに、勇気をもって船でダンケルクへ向かう船長や、なんとかしてドイツ機を撃墜して、船や海、海岸にいる味方を守ろうとする戦闘機パイロットの勇気ある行動には深く共感はできたけれど、最も長い時間描写される若い陸軍兵にはそれほど深い共感は得られなかった。基本的にこのダンケルクの戦いは、撤退戦であり、極端に言えば(一時的な)敗北であって、キャラクターは逃げるだけで、戦うこともほぼせず、最終的な勝利もないので、いわゆるカタルシス、スッキリ感も薄いのも、共感の度合いが浅かった原因なのかもしれない。まあ、徴兵されたと思われる若者だから、極めてリアルではあったのだと思うけれど……。
 そして、視点が3つに分かれている点に関しては、最終的に3つが一つに融合する脚本は実にお見事だった! が、これも、キャラクターへの共感という意味では、若干阻害要因だったのかもしれない。繰り返しになるが、船長と戦闘機パイロットは抜群にカッコ良かったのだが……若い陸軍兵士がなあ……演じたFion Whitehead君の演技に問題があったわけでは決してないんだけど……。なお、本作は、「The Mole(=防波堤):1Week」「The Sea:1Day」「The Air:1Hour」と3つの視点に分かれていることは、事前に散々プロモーションされていたので分かっていることだったが、実は「時間の流れが違う」ことは全然事前に触れられていなかったような気がする。わたしも知らなかった。この時間のズレも、若干わかりにくかったかもしれないな……この辺のトリッキーさは、ぼんやり見ていると全然気が付かないかもしれないが、構成としては抜群にお見事な点であったと、わたしとしてはさすがNolan監督、と絶賛したい点ではあるのだが、このことがキャラクターへの共感を、とりわけ陸軍兵士に対して減退してしまった要因の一つのような気もしている。まあ、わたしの考えすぎという説も濃厚だけどね。
 なお、勇敢な民間人船長を演じたMark Rylance氏、絶対に諦めないパイロットを演じたTom Hardy氏、そして防波堤で全員(?)を送り出した後、わたしはここに残るとシブく決めてくれた海軍中佐を演じたSir Kenneth Branagh氏、この3人は実にカッコよく素晴らしい演技で、わたしとしては大絶賛したいと思う。こういう、言葉は悪いけど映画的な勇敢さは、やっぱりわたしのような単純な男はコロッと共感してしまいますな。
 あ、こんな記事がありますね。Wikiから引用元を観てみると、
 The empathy for the characters has nothing to do with their story,” added Nolan. “I did not want to go through the dialogue, tell the story of my characters… The problem is not who they are, who they pretend to be or where they come from. The only question I was interested in was: Will they get out of it? Will they be killed by the next bomb while trying to join the mole? Or will they be crushed by a boat while crossing?”
 訳はWikからパクっとくか。
「キャラクターへの共感は彼らのストーリーとは無関係だ。私は台詞を通して自分のキャラクターのストーリーを伝えたくなかった。(中略)問題は彼らが誰であるかでも、彼らが誰になるかでも、どこから来たのかでもない。私が興味を持った疑問は、彼らが脱出するのか、彼らが突堤に行く間に次の爆弾で殺されるのか、それとも横断中にボートで潰されるのか、それだけだ」
 なるほど、つまり、キャラはどうでもいい、共感してもらわなくてもいい、ただただ、こいつは次の瞬間にどうなるんだろう、とドキドキして観てろ、ってことかな? だとするとそれは大成功しているといっていいだろう。とてつもない緊張感は106分持続しているのは間違いないと思う。うーん、でも観客としてはそれが面白いのかどうかとなると……どうなんでしょうなあ……。

 とまあ、いずれにせよ、本作はNolan監督作品としてはかなり異例だとわたしは感じた。もちろん面白かったし、ドキドキしたのは間違いない。でも、どうも……やっぱり期待よりは下だったかなという思いがぬぐい切れないのである。それは上記のような理由からなのだが、うーん……これを傑作と思えないわたしはやっぱりひねくれものなのか? それともIMAXで観たら全く別物なのかもしれない。ダメだ、やっぱりもう一回、IMAXに観に行こう。どうもそれは、映画オタクとしては義務のような気がします。
 で、その映像なのだが、わたしはNolan監督がIMAXにこだわるのは、別に非難するつもりはないけれど、そのことがNolan監督に余計な枷になっているのではないかという気もしていて、実は若干心配である。わたしは最新技術肯定派なので、まったくデジタルに抵抗はない男だが、例えばNolan監督が一度でもGoProを使って何かを撮影してみたら、そのあまりの高品位な映像にびっくりするんじゃないかという気もする。Nolan監督はまじめだからなあ……今の最新テクノロジーを享受しない理由はないと思うのだが……IMAXにこだわることで、いろいろな制約があるはずで、それはかなりもったいないことなんじゃないかと思う。もう、James Cameron監督みたいに、オレが撮りたい絵を撮るためなら、機材もソフトも自分で開発したるわい! ぐらいの勢いでいいと思うんだけどな。だって、確実にもう、フィルムは絶滅するもの。それが現実なわけで、こだわりを持つのは大いにアリ、だけど、あるものでそのこだわりが体現できないと思うなら、それが実現できる機材を作っちゃえばいいのにね。それが許される、世界に数少ない男の一人だとわたしは信じてます。
 最後。音楽について触れて終わりにしよう。本作は、Nolan監督自ら「タイムサスペンス」と言っているように、「時間」がカギとなっている。とにかく、観ていて「早く早く! やばいやばいやばい!」とドキドキするわけだが、今回の音楽は、「チッ・チッ・チッ・チッ……」という秒針の音を思わせる音楽が超絶妙で、緊張感を高めるのに極めて大きな役割を果たしているといえるだろう。その音は、超極小な音量からだんだんと大きくなり、かつテンポも上がってきて、とにかく「早く早く!」とドキドキである。もちろん音楽を担当したのはHans Zimmer氏。相変わらずのNolan監督とのタッグは大変素晴らしかったと思う。

 というわけで、若干整理しきれていないけれど、現状での結論。
 現代最強映画監督の一人とわたしが認定しているChristopher Nolan監督最新作、『DUNKIRK』がやっと日本公開となったので、初日の今日、さっそく観に行ってきたわたしであるが、確かに、確かにすごかったし面白かった。それは間違いなく断言できる。だが、どうもわたしが期待していたほどではなく、現状のわたしには、超傑作の判定は下せないでいる。その理由は、「リアル」一辺倒で、Nolan監督最大のポイントである「一つまみの嘘」というスパイスが効いていないためではないか、と思うのが一つ。そしてその結果、キャラに共感できなかったということが主な要因ではないかと思われる。ただ、IMAXで観ると、そのド迫力に、さすがはNolan監督、オレが間違ってました、と完全降伏する可能性もあるので、これはやっぱり、もう一度、IMAXで観ようと思います。以上。

↓ やっぱりわたしは、『Inception』『Intersteller』のような「Nolanオリジナル作品」の方が好きみたいです。この2作は、まさしく「小説化不能!」の超傑作だと思うな。
インセプション (字幕版)
レオナルド・ディカプリオ
2013-11-26

インターステラー(字幕版)
マシュー・マコノヒー
2015-03-25

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