先日、わたしの尊敬する、とある上場企業の代表取締役のS氏と食事をしていたとき、まあたいていの場合はお互いが「最近読んだ面白い小説」の話をするのだが、そのときも、そんな話になり、「最近こんなの読んだぜ。結構面白かったぞ」と紹介されたのがこの作品であります。

 S氏もわたしも、すっかり電子書籍人間になってしまっているので、S氏も電子書籍で買って読んだのだそうだが、S氏は早川書房の本が大好きで、かなりのミステリーやSFなど、海外翻訳モノに造詣が深く、わたしの数倍は忙しいのに、わたしの数倍の本を読んでいる面白いおじさんである。
 で、紹介された本書『ママは何でも知っている』という作品は、どうやら1977年にハヤカワ・ポケット・ミステリーというレーベルでも出ていたようなのだが、去年文庫として新たにPOPなカバーイラストがついて再販されたもののようだ。わたしは全然知らなかったので、読み終わってからいろいろ調べたところ、どうも「ブロンクスのママ」シリーズという有名な短編連作らしい。初出は、これまた世界的に有名なEllery Queen's Mistery Magazineで、1950~1960年代に執筆されたものだそうだ。お話の舞台も当然その時代で、主人公のママは戦争を体験している世代である。しかもユダヤ人であり、ヨーロッパからの移民である。さらにいうと、作者のJames Yaffe氏も1927年生まれだそうで、調べ切れなかったのだが、まだ存命なのかな? 存命であればもう89歳ってことか。ついでにもう一言言っておくと、どうもYaffe氏は、Ellery QueenことFrederic Danny氏&Manfred Bennington Lee氏の両氏(※Elleyr Queenは、二人のペンネーム。藤子不二雄的なものと思っていいです)と交流があったみたいですな。Yaffe氏のほうが20歳ぐらい若いけど。ま、いずれにせよ、『ママは何でも知っている』という作品は著者のYaffe氏が30代の頃に書いた作品らしい、つまり、ということは、作中の「ママ」の息子と恐らくは同年代ぐらいだと言うことで、主人公の「ママ」も、Yaffe氏の母親と同じような年代なんだろうな、と想像できる。
 なんでまた、こんなトリビアめいたことをわざわざ書いたかというとですね、本作で描かれる「ママ」が、とってもいい感じのお母さんなんだな。そして息子も、まあ、なかなかイイ奴なんすよね。とても、お話全体が、ある意味ゆるくて、やわらかいというか、なんだかとても愛情を感じるわけです。その背景にはきっと、Yaffe氏の母親への愛情のようなものがあるのだろう、ということがひしひしと感じられるので、いろいろ書いてみたわけです、はい。

 さて。では内容を簡単に紹介しておこう。
 舞台は1950年代~60年代のNYCのBronks地区に住む「ママ」の元へ、NYPD殺人課に勤務する刑事の息子「デイビット(※ママは彼のことを「デイビィ」と呼ぶ)」が、毎週金曜日の夜に、妻の「シャーリィ」を連れて食事に来るという設定になっていて、ご飯を食べながら、「いやーこんな事件があってね、犯人はもう分かっているんだけどさ、これがまた信じられないような話でね……」と話し出すのがお決まりのパターンになっている。で、その話を聞いた「ママ」が、事件の謎を解き、真犯人を割り出す、というわけで、いわゆる一つの「安楽椅子探偵」モノである。
 ところで、Bronksというと、Manhattanの北の方の、Yankeeスタジアムのある方すね。ま、Times SquareからYankeeスタジアムは10kmないぐらいだから、電車で20分チョイ、日本で言うと東京駅から新宿くらいな感じかな。なので、Bronks地区は、東京駅から見たら中野あたりなイメージでいいような気がする。行ったことがないから雰囲気は分からないけど、かつてはあまり治安は良くないところだっただろうなとは思う。
 そんなところに、お父さんはもう亡くなっているので一人で住んでいる「ママ」。そして若干のんきと言うか、ぽやっとした印象の刑事の息子。この二人の会話に、その妻で、大学出のシャーリィが、何かとママの意見に、ある意味常識的なツッコミを入れつつ、そのツッコミが気に入らないママの皮肉たっぷりの反撃があったりして、どうみても嫁姑の仲は良くなさそうな言葉の応酬がスパイスのようにピリッと効いており、まあ何というか、扱う事件は殺人事件なのに、妙にほんわかとしているのが本作の特徴だろう。
 ママの推理の基本は、人間に対する洞察力にある。息子から事件のあらましを聞くと、「こんなことがあったのよ」と、これまでの人生経験で遭遇した出来事を引き合いに出し、その際、必ずママは、いつかの質問をデイビイに投げかける。その質問は、デイビイやシャーリィには、まったく事件に関係ない質問に思えるのだが、その回答を聞いて、ママは事件の真相に確信を抱く。そして、「だからこういうことよ」と、謎解きを披露する。
 なので基本的には、ある意味黄金のワンパターンであるし、おまけに妙にディビィがマザコン気味というか、いや、逆か、ママがいつまでもデイビイを子ども扱いしてるという方が正しいかな、ま、とにかく母子の関係はやけに甘ったるいところもある(?)ので、この作品を読んで誰しもが面白いと思うかどうかは、若干怪しいような気がする。おまけに、ママは別に聖人君子では決してなく、当時の普通のユダヤ系アメリカ人としての、いろいろな偏見や差別的な思想もあるので、我々からすればおばあちゃんめいた発言もそれなりに多い(※そういう意味では、やりこめられてしまうシャーリィが一番我々現代人に近い)ため、読んでいて若干、それはどうなんだろうと思ってしまうような部分もある。そもそも、事件の真相解明で終わるので、起きた悲劇に関しての救済や同情のようなものもあまりない。
 しかし、 それでもやっぱり、この作品を読んで心地よさを感じてしまうのは、一人でブロンクスに住み、毅然とした態度で、清廉に生きる母と、それを気遣い、毎週律儀に母の元へ通う息子の、この二人の関係性があったかいからなんでしょうな。だから、この作品はとりわけ男向きかもしれないですな。女性が読んでどう思うか、ちょっとわたしには分からないです。

 ところで、さっき調べていて、へえ~!? と初めて知ったのだが、なんとこの「ブロンクスのママ」シリーズは短編連作という形だが、 その後、80年代後半に長編作品としてシリーズにもなってるんですな。そして日本では1997年に東京創元社から文庫で発売されてるみたいすね。もちろん(?)、既に品切れ重版未定であるので、古本屋を回らないと入手不可能だけれど、ちょっと興味があるので探してみようかな。長編だとまた全然違うテイストになってると想像するが、面白そうなので読んでみたいすね。ちょっくら探してみますわ。え? ネットで買えばすぐだって!? いやいや、そんな趣のない、近ごろの若者のようなマネはわたしはしません。探し回って、「あったーーーー!!」という感動がわたしは好きなもんでね。電子書籍愛好家のわたしが言うのもアレですが。

 というわけで、結論。
 James Yaffe氏によるミステリーの名作『ママは何でも知っている』という作品は、ミステリー好きにはたいそう有名な作品らしいが、わたしはこのたび初めて知って、読んでみたわけで、実に面白かった。いつもわたしの知らない小説を教えてくださって、有難うございます。そして、長編を探し当てたら、お貸ししますね、S様。もちろん、わたしが読んだ後で、ですが。 以上。

↓ これっす。amazonでサクッと買ってはいけません。
ママ、手紙を書く (創元推理文庫)
ジェームズ ヤッフェ
東京創元社
1997-01