ライトノベル、という言葉が発明されておそらく10年ぐらい経つと思うが、わたしがかつて営業や編集として携わっていた頃は、そういう言葉はなく、わたしが書店向けの注文書なんかを作るときは、「ティーンズ文庫」と称していた記憶がある。
  わたしが携わっていたレーベルは、わたしが営業部に異動になった当時は、首位の富士見ファンタジア文庫とは大きく離されていて、シェア3位、というかレーベル自体も5つ(?)ぐらいしかなかったが、その後1位に上り詰めることができ、レーベルが乱立した現在でも1位を堅持している。これは自慢じゃあない。これは、わたしの誇りだ。

 で、何が言いたいかというと、わたしは映画や小説が大好きだが、ライトノベルもイケる口ですぜ、と主張したかったわけです。 むしろ、おそらくはライトノベルのことならば、日本国内で最も詳しい人間の一人であろうとも思う。いや、だってそれが仕事だったし。回りくどくてサーセン。

 というわけで、ライトノベルと呼ばれる小説群にも、わたしは全く抵抗がないわけだが、正直に言えば、今現在、わたしをして感動せしめる作品は、ごくわずかしかない。 もちろん面白いシリーズはあるし、新刊が出れば必ずチェックする作家はいる。が、非常に少なくなってしまったのが現在のライトノベルと呼ばれる市場だ。
 その背景には、わたしが歳を取ってしまったという、残念な事情も深く影響していると思う。まぎれもない事実として。でも……アニメでもそうだけど……残念ながら、質の低い、クソつまらん作品が大半だというわたしの嘆きに対して、賛同する方は多いのではなかろうか。

  そんな中、先日タイトルに魅かれて読んでみた作品が『戦うパン屋と機械じかけの看板娘』という作品だ。ホビージャパン文庫というレーベルから出ている作品で、著者はSOWと名乗る良くわからん作家。そして「看板娘」は、「オートマタンウェイトレス」と読む。うーーん……なんというか、ムズイ世の中だ。



 わたしが編集部に在籍してた時は、新人のデビューの際、「あのな、ペンネームってのはさ、たいてい一生使うんだぞ? ふざけたペンネーム使うと、ホントに後悔するぞ。本当にそれでいいのか?」と何度も指導したことがあるが、今はそんなことはないのだろうか。ともかくSOWというペンネームは、わたしが担当編集だったら1ミリ秒で「ふざけんなバカ」の一言で却下だ。

 この本を買ってみた理由はただ一つ。わたしもパン屋になりたいからだ。
 あらすじはごく簡単。元軍人のこわもて男が、除隊後パン屋になり、奮闘するが、そのこわもてぶりから客がまったく来ない。そんなある日、超絶美少女がウェイトレスに雇ってほしいとやって来て――まあいろんな事件が起きるわけだ。

 いいじゃない。プロット的には、わたしとしては大いに気に入った。
 わたしもパン屋を始めたら、超絶美少女を雇って、日がなパンを焼きながら、たまに軽くセクハラして、キャッキャウフフという毎日を送ってみたいものだ。
 
  というわけで、早速読み始め、およそ2時間で読み終わっってしまった。話が薄っ! まあ、ライトノベルという事で、その辺は別に全く問題ない。しかし、うーーーーん……わたしが担当していたら、いくつか書き直しを命じるポイントがどうしても目についてしまった。

 まず、一番大きいポイントは、主人公ルート・ランガードについて。
 なんだよ、イケメンじゃねーか! イラストでは、彼は全く普通のイケメンであり、「こわもてゆえに客が来ない」という基本設定がまったくもって嘘くさいというか、全然活きない。おそらく、わたしが担当編集だったら、この点は何とか別の方法を考えただろう。
 例えば、そうだなあ、いっそ戦争によって顔や腕とか、体の一部をサイボーグ化してるとか? あるいはもっとビジュアルイメージをひどくして、例えば看板娘がやってきた後に、髪やファッションを磨かれて、実はあらやだイケメンじゃない! と変身させてもいいかもしれない。元軍人でこわもての店主、というと、わたしが真っ先に思い出すのは、『キャッツアイ』の海坊主なわけだが(おっさん趣味でサーセン)、あそこまでいくとちょっとライトノベルとしてはキツかろうし、ルートが若い青年であることは、ストーリー上意味があるので、怖いおっさん化させるわけにはいかないことは理解できる。いずれにせよ、「こわもてゆえに客が来ない」設定はアリなだけに、もうちょっと工夫していただきたいと思った。やり方なんていくらでもあるだろうに、もったいないことだ。

 もう一つは、やって来る看板娘の言動だ。
 とある事情があって、看板娘は主人公が好きで好きでしょうがない状態で、それは全く問題ない設定だが、性格付けが、もう少し工夫が欲しかった。看板娘の正体は、読者からすれば最初に主人公のパン屋にやってきた時からバレバレなので(そもそもタイトルの、看板娘の読み方からしてネタばれしとるがな)、もっと、それっぽい性格付けが出来たはずだし、話の納得性を増すことも出来たはずだ。何しろよくしゃべるし、真の正体の割りに、いやに世の中に詳しいし、なんというか、まあ、くだけすぎ? なのだ。これってどうなんだろうと、わたしとしては普通の読者の意見を聞いてみたい。わたしだったら、たぶんもっと無口にしたほうがいいんじゃね? という指摘をしていただろうと思う。いわゆるツンデレはもはや古すぎるかもしれないが、ここまでおしゃべりだと、どうも違和感を覚えてしまう。もうちょっと、ミステリアスな雰囲気、あるいは、世間知らずのイメージが欲しかった。
 ただ、そうなると、看板娘として店の再生を図るに当たって問題が出てしまうかもしれない。彼女は、愛する主人公のために非常な働きをして、店のアピールを行い、主人公の作るパンのうまさを大々的に宣伝することで、店を救ってくれる展開なので、その時無口キャラだとちょっと厳しいかもしれない。ただ、その役は、主人公の店の唯一の常連である少年に振ってもいけると思うのだが。超絶美少女は、無口でも大丈夫……なんじゃねえかな、と無責任に思った。

 というわけで、Webでいろいろな人のレビューをチェックしてみたが、わたしと同じような指摘をするレビューはとりあえず見当たらない。もっと、前半の、店再生で主人公と看板娘がキャッキャウフフな展開を望む声が多く、物語は後半、ちょっとしたバトル展開になるのだが、その点にみな不満を抱いているようだ。わたしは逆に、それは全然気にならなかったが。

 結局、いろいろなレビューを見て思ったのだが、やはり、わたしは既に、想定読者から外れているんだろう、という、ごく当たり前の結論に至った。まあ、おっさんだからなあ。そりゃ仕方ねえな。
 ただ、やっぱり最後に一言モノ申しておきたい。
 編集者は、もっともっと努力すべきだ。今は、いわゆる「なろう系」と呼ばれる、アマチュアの作品が星の数ほど存在し、読者を獲得している。そしてその星屑の中から作品を釣り上げて、本にする形が爆発的に増えている。そんな状況で、ホントにいいのか。「アマチュア」に負けてどうする? 「プロ」なら「プロ」らしく、腕を見せてほしい。やっぱこっちのほうが面白れえ! と、読者に言わせる努力を、24時間考え続けていただきたいものだ。ああ、完全にわたしも老害かもな……。

 というわけで、結論。
 『戦うパン屋と機械じかけの看板娘』は、まあまあ面白かった。
 が、新人の応募作なら許されるレベル、だと思う。新人が書いたものなら、十分金賞ぐらいは取れると思う。が、プロの作品としては……まだまだ、だね。

 ↓既に2巻も出ています。やっぱりまあまあ面白いです。でも、ちょっと、大きな展開への引きが強すぎね?