わたしが大好きなMCU、Marvel Cinematic Universのヒーロー(チーム)の中で、『Guardians of the Galaxy』という作品がある。1988年に地球から連れ去られた少年が、銀河海賊(?)に育てられて成長し、銀河をまたにかけるトレジャーハンターとなって活躍するお話だ。その主人公、通称「スター・ロード」ことピーター・クィルは、地球から拉致された1988年時点で10歳だか13歳ぐらいなわけで、いつもSONY製ウォークマンを持ち歩く音楽が大好きな少年であり、彼にとってのヒーローは、1984年に公開された映画『Footloose』の主人公レンを演じた俳優Kevin Bacon氏である、という設定になっている(なので、クライマックスでスター・ロードが悪のラスボスと、「ダンスバトルで勝負だぜ!!」と踊り出すのが最高に笑える)。
 そしてかく言うわたしも、『Footloose』は中学生の時に観て超ハマった世代であり、当然サントラは買ったし、今現在でもわたしの車に突っ込んであるSDカードにはそのサントラも入っていて、たまに聴くほど好きな映画だ。そして当然、Kevin Bacon氏は、わたしが好きなハリウッドスターTOP5に入る大好き役者の一人である。現在58歳。随分年を取ったけど、相変わらずイカすおっさんであり、コメディもシリアスもイケるし、なにより、悪役を演じるときに超ヤバイ演技をいつも見せてくれる最高の役者の一人であろう。
 世には「Kevin Bacon GAME」というものがあるのをご存じだろうか? ある役者から、何人のつながりでKevin Bacon氏につながるかの映画知識を競う(?)もので、わたしも確か20年ぐらい前、映画オタ仲間とムダな映画知識を競ったものだ。Kevin氏と直接共演している役者は「1」、直接共演していなくても、「1」の役者と共演している役者は「2」、というように、この数値を「Bacon指数」と呼び、世界の大抵の役者は「3」以内でつながるんだそうで、それほど多くの作品に出演しているとも言えよう。わたしはこの遊びを、監督も含む、で遊んでいたっすね。
 というわけで、わたしはKevin Bacon氏が出演している、と聞けば、無条件でその映画は観たくなり、しかもどうやら悪役らしいと聞くと、超ドキドキワクワクでその映画の公開を待ち望んでしまうのである。
 そして、 去年2015年に、とある映画がUS公開になった。タイトルは『COP CAR』。要するに日本語でいう「パトカー」のことである。どうやら、Kevin氏は悪徳保安官であり、どうやらほんの10歳ぐらいのクソガキコンビにパトカーを盗まれ、そしてそのパトカーのトランクにはヤバいものが載せてあり……という映画らしいことを、US版予告で知ったわたしは、やっばい!超すげえのキタ!! と、やおら興奮して日本での公開を待ったのだが、全然公開される気配はなく、ガッカリしていたところ、今年の春に、ぽろっとごく小規模で日本公開されてしまって、まんまと劇場に観に行く機会を逸してしまったのである。
 が、さすがわたしの愛するWOWOW。さっそくもう、先日放送してくれたので、わたしも超楽しみに視聴を開始した次第である。結論から言うと、恐ろしく不愉快な、イラつく映画であったものの、やはりBacon氏の演技は素晴らしく、そして演出も極めて巧みな映画であることが判明したのである。

 もう、物語は上記予告の通りである。相変わらずのBaconクオリティ全開の悪役ぶりに大興奮したあなたはわたしと友達になれるであろう。
 しかし、である。この映画は、そのカギとなるパトカーをパクったクソガキコンビが、あまりにクソガキ過ぎて、わたしはもう、観ながら、調子に乗ってんじゃねえぞクソガキども……!! とイライラしっぱなしであった。ズバリ言って、度が過ぎている。予告のBacon氏のセリフにある通り、イタズラじゃあ済まない。わたしとしては、観ながら、まさかラストはこのクソガキたちは無事に家に帰ってめでたしめでたしじゃあねえだろうな? と不安になるほど、早くひどい目にあうがいい!! などと思いながらの視聴となった。なので、ラストは、正直若干ぬるいな、とは思うものの、一応ガキどもは痛い目に合うので、まあ、少しだけ胸を撫で下ろしたけれど、ホントは明確に死んでいただきたかったほどだ。
 なにしろ、二人のガキはとんでもないゆとりKIDSで、パトカーは盗む、逆走して暴走する、のやりたい放題である。おまけに、積んであったライフルや拳銃もおもちゃにして遊んだりもする。わたしは、ガキどもが銃のセーフティを外せないで、なんだこの銃、撃てないじゃん、と銃口をのぞき込んだり、ポイッと放り出したりしているさまを、その危なさにハラハラしながらも、暴発してガキの頭ふっ飛ばされねえかな、とか思いながら観ていたのだが、とにかくこの二人のガキには、キッツイお仕置きが必要だぜ、と完全にBacon視点で観ていた。
 ただし、Bacon氏演じる悪徳保安官も、これまたとんでもない悪党であり、人殺しやドラッグなど、全く同情の余地はない。なので、ラストはガキをぶっ殺しつつ、自分もガキにぶっ殺される、全員死亡エンドしかないのではなかろうか、でもそれじゃああまりにアレだし、どういうオチにするんだろうか、というのが本作の一番のポイントであったと思う。その点で言えば、前述のとおり、ややぬるいエンディングであり、わたしとしては本作の総合評価は、物語的には微妙かつ不愉快、と言わざるを得ない。
 とはいえ。やっぱり、演技としてのKevin Bacon氏の芝居はもう100点満点で、わたしのBacon氏に対する評価はさらに高まったのである。やっぱりイイっすねえ、さすがのBaconクオリティは半端ではなく、素晴らしかった。悪党ぶりもいいし、盗まれてから、やばい、どうしよう、どうする?という部分の芝居は超最高で、何Km あるのかわからないほどの草原を全力ダッシュで走って、超汗だく&超ゼーハーしたり、街に戻ってから車を盗もうとして、ブーツの靴紐をほどいて一生懸命ドアロックを外そうとしたり(ここのなかなか外れなくて苦戦するシーンは最高!! 観ているわたしも超イライラした)、パトカーを盗まれたことを警察署に悟らせないよう、いろいろ細工をしたり、なかなか涙ぐましい努力をするくだりは本当に素晴らしい演技であった。悪党だけど。やっぱりKevin Bacon氏は最高ですね。
 
 とまあ、わたしとしては微妙かつ不愉快な映画ではあったものの、Bacon氏は最高なので観てよかったと思っている。
 しかしこういう、アメリカ合衆国の片田舎を舞台にした映画を見ると、いつも思うのは、アメリカ合衆国の最大の問題は、要するに国土が広すぎる点にあるのではないか、という点である。
 端的に言って、広すぎて、国家としての統治が行き届いていないのではなかろうか。あの国土は、一つの国家としては、その人口に比して広すぎるのではないか、とわたしは常々考えている。だからこそ、州政府が存在する「合衆国」なわけだが、結果としては全く統治が機能していない。我々日本人から見ると、何もかもが足りないし、遅れていると思う。教育も行き届いていないし、雇用も行き届いていないし、公共交通網も全く行き届いていない。その原因は、つまるところ「広すぎるから」に他ならないように思える。アメリカ人が銃を持つのは、要するに誰も信用していないからであり、国家を信用していないからであろうと思う。じゃなきゃ、自分の身は自分で守るなんて言わないよね。その癖に、責任を国家に求めるわけで、おそらくアメリカ合衆国は、少なくともわたしが生きているうちは、今のまま、何も変わらないだろう。意見もまとまるわけがない。移民で成り立つ多民族国家であり、その多彩な文化や思想を、いい意味では許容し受け入れ、悪い意味では「自由」という耳障りのいい言葉でほったらかしにしているわけで、少数意見の切り捨てに過ぎない現代民主主義においては、不満はたまる一方だろう。また、富も一部に集中し、貧富の差も激しい。これだって、おそらく根本的な原因は、国土が広すぎる点にあるとわたしは見ている。富や教育を享受し、法の保護に置かれるのは、ごくごく一部の国民だけなのは、要するに、地理的に分散しすぎているからだと思う。そういう土壌がTrump氏当選に導いたと見るのも、おそらく的外れでないはずだ。
 たぶん、もしアメリカ合衆国が、日本並みの教育・鉄道・法の統治が行き届いていたら、きっと本作のような事件は起きなかったであろうと思う。悪徳警官は日本にもいるだろうけど、まずパトカーで死体を運ぶ警官は、まああり得ないだろうし、パトカーをまんまとガキに盗まれるような間抜けな警官もいないだろう。万一いたとしても、そのパトカーに乗り込んで、盗んで道路を爆走するバカガキは、現代日本でもいるかもしれないけれど、日本であればほぼ確実に、すぐに見つかってしまうだろう。そしてもし、奇跡的にそういう悪徳警官とクソガキがいたとして、まんまと本作のような事件が仮に起きたとしても、車内に銃やライフルが無造作に転がっていることは、これだけは絶対にないことだと思う。結果的にはたぶん数時間以内にあっさりお縄になるのがオチではなかろうか。
 というわけで、わたしは本作を観て、ああ、やっぱりアメリカ人はTrump氏を選んだんだな、ということに妙な納得を得たのだが、そう思ったわたしの思考の流れは以上のような連想である。たぶん、アメリカ合衆国という国は、メートル法を取らない限り、三流国のままだろうなというわたしの持論は、妙な確信をもって断言できそうな気がする。たぶん、あの国がメートル法を採用することは当面ないだろうね。無理なんだよ。意見の統一は。国土が広すぎて。だから、アメリカ人でも軍人だけがさすがに国際基準であるメートル法を取っているのが、わたしから見れば、まあそりゃそうだ、と不思議と腑に落ちますな。軍は一つの強固な意志統一体だもんね。
 もちろん、「自由」は尊重されるべきだが、その自由は、守るべきルール、すなわち法の下での自由だ。そして「法」自体が恣意的でインチキなものである場合が存在するのが残念だが、それを否定してしまったら、みんなが大好きな民主主義の否定になってしまう。文句があるなら、自分が唯一の立法機関である国会に出席する国会議員になるしかなかろう。そして国会議員になる努力がめんどくせえ、と思っているわたしは、文句があっても、そしてある程度の自由を失っても、法に従うしかない。
 だが、法を(なるべく)順守する一方で、わたしが最も遵守したいと思っているのは、自らの「良心」である。わたしの良心に照らし合わせれば、殺人はもちろんのこと、パトカー泥棒をすることも、100%ないと断言できる。そんな良心を持ちえたのは、現代日本の教育システムと、日本という国そのもののおかげであろうと思うわけで、本作であのクソガキどもや悪徳保安官を見て、わたしは、あーアメリカに生まれなくてよかった、と平和に、そして無責任に思った次第である。
 最後に、本作を撮った監督Jon Watts氏について備忘録を記しておこう。何と本作は長編劇場作品2作目であり、すでに次の3作目が、MCUの超・期待作『SPIDER-MAN Home Comming』であることが発表されている。これはもう、破格の大抜擢であると言えるだろう。確かに、本作はその演出は素晴らしいもので、とりわけ画のセンスは抜群だと思う。非常にうまい。具体的にどこがどうと説明できないのが歯がゆいが、とにかく本作『COP CAR』は、非常に台詞は少ない映画だけれど、ロングカットも多いし、その映像がキャラクターの心理を物語っているかのようで、極めて巧みであった。今回は脚本もWatts氏が書いたもののようで、わたしをイラつかせた物語が問題提起のための確信犯であるとするなら、その手腕はおっそろしくレベルが高いと認めるよりほかにない。この男、今後が非常に楽しみだ。

 というわけで、結論。
 Kevin Bacon氏は最高である!! そして『COP CAR』という映画は実にイライラする不愉快な映画である一方、現代アメリカの問題点をわたしに提示してくれる興味深い映画であった。演出も抜群で、この監督、Jon Watts氏は今後要チェックだ。しかしまあ、現代のお優しい世の中の、お優しい人々がこの映画を観て、クソガキどもをどう思うのか知らないけれど、このガキどもを許せるお優しい人たちとは、たぶんわたしは全く話が合わないと思う。そしてこの映画をノーテンキに面白がる人とも、近寄りたくないすね。つーか、それより先にわたしの方が嫌われるだろうな。それはそれで、受け入れましょう。お互い不干渉でお願いします。以上。

↓ うーーーん……わたし的にBaconナンバーワンムービーはどれだろうな……いっぱいあるのだが、今、わたしの頭に一番最初に浮かんだのはこれっすね。実にイイ!!!