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 昨日の夜、録画していた映画を観ていたところ、HDDレコーダーが何かを録画し始めようと起動したので、何を録画するんだっけ、とそっちを確認したところ、とある映画を録画しようとしているらしいことが判明した。全く記憶にない映画だが、これはいったいどんな映画だっけなと、再生していた方を止めて、放送をそのまま見てみようという気になった。
 冒頭に登場する男は、『Money Ball』でアカデミー助演男優賞にノミネートされた太っちょでおなじみのJonah Hill氏だ。 わたしはコメディもシリアスもイケるコイツの芝居ぶりはとても好きなので、どんな映画だろうと観始めたのだが、すぐに場面はメキシコに移り、続いて頭もよくてイケメンでおなじみのJames Franco氏が出てきた。ほほう、これは面白そうだ、というわけで、そのまま最後まで見てみた次第である。録画してるのに。
 その映画のタイトルは、『True Story』。本当の話、という意味の本作は、日本語Webサイトがないので日本で劇場公開されたのかよく分からないけれど、 結論から言うとなかなか見ごたえがあって重苦しい映画であった。へえ、こんな映画があったんだなあ、という思いである。しかし、さっき調べてみたところ、格付けサイトRottenTomatoesあたりでは評価は低いので、ちょっとUS本国では微妙判定のようだ。まあ、どうやら完全に実話ベースのお話のようだし、実際、最終的に嘘か真実かわかりにくい面もあり、一般受けは難しかったのかもしれない。一部はちょっと美化しているような面もきっとあるのだろう。まあ、それは観終ったあとで知ったことなので、とりあえず置いておくとして、観ながらわたしは、これは……ジャーナリストが観たら痛いだろうな……と思った。この物語は実はベースで、登場キャラクターは実在の人物だそうだ。

 物語は大体上記予告の通りである。ただ、本編でカットされたのか、見かけなかったシーンもあるような……気もする。まあいいか。Jonah Hill氏演じる物語の主人公、マイケル・フィンケルはNY TIMESの記者。冒頭はとある取材シーンだ。そして続くシーンでは舞台はメキシコ。そこで現れる男が、同じくTIMESの記者を名乗ってドイツ人女性をナンパするシーンが描かれる。そして再びカメラは主人公へ。NYに戻り、取材の結果書いた記事が表紙を飾ってうれしい主人公だが、すぐに上層部に呼ばれ、記事は真実なのか、問われる。しかし、記事は、複数の少年に起こったことを、一人の少年に起きたかのように「ねつ造」されたものだった。そしてTIMESをクビになり、失意のもとに、妻の住む(?別居していたのか、よく分からない)モンタナ州へ移る。そしてこの失意の帰郷と同時進行で、メキシコで女性をナンパしていた男が殺人犯として逮捕拘留されるシーンも描かれる。そして、地元でいろいろなメディアに再就職をしようとしてもうまくいかない主人公のもとに、一本の電話がかかってくる。ローカル新聞社の記事からの電話で、会って話を聞いてみると、クリスチャン・ロンゴという男が妻子を殺して逮捕された、そしてその男は、NY TIMESの記者、マイケル・フィンケルを名乗って逃亡していたというのだ。全く初耳の出来事に、主人公マイケルは、ロンゴに会いに行くのだが……てな展開である。
 そしてこの先は、監獄での二人の面会シーンや法廷シーンがメインになっていく。どうして自分の名前を名乗ったのか? 君の記事のファンだったんだ、君は本当にやったのか? 今は言えない――というように、会話しながら、主人公マイケルはどんどんロンゴの取材にのめりこんでいく。そしてこの取材を本にして、ジャーナリストとして再起する野望も膨らんでいく。そして最後に迎えるのは、かなり残酷な「真実」であった、とまあそんなお話でした。
 ポイントとなるのは、二人の男の目的が、一致しているようで全く一致していない点、であろうか。
 まず、主人公マイケルが一番望んでいることは、この独占取材の結果、本を出版してジャーナリストとしての名声を取り戻したいという思いだろうと想像する。要するに取材は手段だ。そして、この取材の根底には、ロンゴへの共感と信頼がある。しかし残念ながらその基盤はひどくもろい。裏切られたらパーである。
 そして、殺人容疑者ロンゴの目的は――ここが実に難しい話だ。おそらく様々な解釈があるだろう。あるキャラクターは、単なる自己顕示欲で、マイケルは利用されているだけだという。それはそうかも、である。また一方では、裁判に有利なように操作しようとしているだけ、というキャラクターもいる。それもまた、そうかも、である。しかしそれでも、マイケルはどんどんとロンゴにのめりこんでいく。そうさせていくロンゴの言動は、作為なのか天然なのか、観ている観客にはよく分からない状態だが、ロンゴが一番望んでいることは、おそらく自分の人生の物語を語ることであり、マイケルとの接触はそのための手段であったと言えそうである。
 一方で、どんどんロンゴにのめりこんでいくマイケルを、一番近くで観ている妻は心配している。本当に、夫は正しく状況を見ているのか、そして、そもそもロンゴは人殺しなのかどうか。夫であるマイケルは、ロンゴが本当にやったのかどうか、それは問題ではないという。ここが非常に難しいところだ。おそらくマイケルの意図は、有罪であれ無罪であれ、彼の話は聞くに値すると思っている。なぜなら、「人を引き付ける物語」だと思うからだ。しかし妻は、ロンゴが有罪を認めた後で、Carlo Gesualdoの音楽を例えにして、語る。「彼の音楽は素晴らしい。けれど、Gesualdoは人殺しであり、そのことを決して忘れてはダメ」であり、ロンゴの話が興味を引くからと言って、彼が殺人者である事実は変わらない、と。
 だから妻は、夫であるマイケルにはそんな人殺しの取材はしてほしくないし、その結果、ロンゴの審理に影響が出るような書き方、すなわち、マイケルが記者として常に心がけてきた「人を引き付けるような」書き方をしてはダメだ、と思うのだ。
 ジャーナリストして、マイケルは「人を引き付ける」ために、意識的に、故意に、複数の少年の話をあたかも一人の少年の話にまとめ上げて、ねつ造記事としてクビになったわけだが、その嘘を、マイケルは反省している。そしてさらに、マイケルはロンゴに対する取材の結果執筆した本を、嘘は書いていないと信じている。そしてロンゴも、嘘をついているつもりは全くないし、事実、たぶん嘘は言っていないはずだ。
 この点で、マイケルのジャーナリズムは客観ではなく主観であることが明白だ。人の関心度の高さで記事の価値を測るわけだから、結局のところ金のため、であろう。まあ、それが悪いという話ではなくて、嘘はダメだけど金になる話じゃないとダメ、というのは、もはやどのジャーナリストも無意識に思っていることなんじゃなかろうかと思う。その点が、わたしが観ていてマイケルに共感できないポイントだと思う。わたしにはむしろ、全く天然で、単に自らの人生を人に知ってもらいたいと思っている(ように見える)ロンゴの方に興味がわく。
 物語の結末を観るに、ロンゴが殺人を犯したのは確実なんだろうし、実際の事件も、ロンゴは現在も投獄されているそうだ。何なんだろう、結局心神喪失ってやつなのかな。同情の余地はないし、まぎれもない人殺しだけど、ロンゴの語りには、まさしく人を引きつけるものがあるように感じる。
 そう思うのは、おそらくJames Franco氏の演技の素晴らしさ故、であろう。実に演技は上等で、素晴らしかった。そしてもちろんマイケルを演じたJonah Hill氏もいい。ついでに言うと、マイケルの妻を演じたFelicityJones嬢もとてもいい。このところ大作続きだが、こういう地味な作品にも出ていたんですな。とてもしっかりした演技で彼女も素晴らしかったすね。相変わらずのデカい前歯が大変愛らしいですな。

 というわけで、もう何が何だか分からなくなってきたので強引に結論。
 実在の事件をもとにした『Ture Story』という作品は、そのタイトル通り「真実」をテーマにしている物語だが、その「真実」というものは、人によって違うものであり、とりわけ、ジャーナリストにとっての「真実」は、まあ、極端に言えば「金こそすべて」なのかもしれないすな。その辺は、じつにモヤッとするものの残る映画であった。しかし役者陣の熱演は確かなもので、素晴らしかったのは間違いない。まあ結局……わたしはこの映画が面白かったのかどうか、うーーん……微妙……いや、面白かったのかな。はい、面白かったと思います。今年最後のレビューなのに、パッとしねえ記事になっちまったなあ……。以上。

↓ Jonah Hiil氏といえば、やっぱりこれでしょうな。こちらは最高に面白い。

 わたしは現在40代後半であるが、おそらく、一番最初の『STAR WARS』、いわゆる『Episode IV : A NEW HOPE』を公開時に劇場で観た最後の世代だろうと思う。わたしですら当時は小学校低学年であったわけで、わたしより若いともうダメだろうし、わたしより年上でも、50代前半ぐらいまでだと、「映画が好き」な人でないと劇場では観てないはずだ。その後、わたしの場合で言うと、小学校高学年で『Episode V : THE EMPIRE STRIKES BACK』が公開され、中学生の時に、『Episode VI : RETURN OF THE JEDI』が公開されたわけで、わたしはすべて劇場で観ている。今はなき「テアトル東京」という映画館の超巨大なスクリーンで最初の2作を観て、3作目は、こちらも今は日比谷シャンテになってしまった「有楽座」というデカい劇場で観た。親父と兄貴と観に行ったテアトル東京は、「シネラマ」というちょっと特殊な上映方式で、とにかくデカかった印象しかないのだが、今のおっさんとなったわたしがテアトル東京で観たらどうなのか、ちょっと気にはなる。もう、二度と、永遠に体験できないことだけれど……とにかく、今のわたしが映画オタであるのは、100%間違いなく『STAR WARS』がきっかけだと断言できる。「フォース」を訳した字幕の「理力」が理解できずに、親父に「ねえ、理力ってなに!??」と質問したことが今でも忘れられない。親父は英語が堪能であったので、確か「まあ超能力みたいなもんだな」と教えてくれたような記憶がある。
 そして、わたしが高校生になるちょっと前ごろに、やっと家庭用ビデオデッキも普及し始め、すでにクソオタクに成長していたわたしは当然のようにβ-MAXを買ってもらい、TVで放送された『STAR WARS』を録画し、その後VHSでも録画、さらに、初めてソフトを買ったのはレーザーディスク版(たぶん80年代終わりごろ)で、その後VHSの廉価版ビデオパッケージを買い(これが90年代の中ごろか?)、2000年代になって、新三部作が完結したのちにDVDで出たSAGA-BOXを買い、そしてさらに、2010年代にはBlu-rayBOXを買うに至るわけだ。要するに、わたしは『STAR WARS』に関しては、β(TV録画)→VHS(TV録画)→レーザーディスク(販売ソフト)→VHS(販売ソフト)→DVD→Blu-rayと、その時々の映像再生ソフトをその度ごとに購入して、その映像を進化させてきたわけです。
 そんなわたしであるので、『STAR WARS』の『IV:A NEW HOPE』の直前の出来事、すなわち、デス・スター設計図を盗み出すお話が映画になると聞いて、期待しないわけがない。というわけで、今日からついに公開になった『ROGUE ONE ――STAR WARS STORY』をさっそく日本橋TOHOシネマズにて、3D字幕・DOLBY ATOMS版で観てきた。以下、いつも通りネタバレ全開で結末まで書くと思いますので、知りたくない人は即刻立ち去ってください。読む場合は自己責任でお願いします。

 ところで。わたしは観る前から、ちょっと心配なことがあった。
 わたしのぼんやりした記憶では、確か問題のデス・スター設計図がレイア姫の手元にもたらされるまでの過程では、「多くの人々が命を落とした」んじゃなかったけ? てことは、今回の『ROGUE ONE』はキャラクター全員が助からないんじゃね? と思ったのだ。なので、わたしはおととい、Blu-rayで予習というか復習として、『EP IV:A NEW HOPE』を改めて観てみることにした。
 しかし、実際に観てみると、何故かはっきりとレイア姫だったか秘密基地の司令官だかが、この設計図は多くの人々が命を懸けて我々に届けたものだから、この情報を無駄にしてはならない、的なセリフがあったように記憶しているのに、そんなシーンは見当たらなかった。あれっ!? 何かオレ勘違いしてるのか? と全く自分の記憶が信じられないが、ないものはない。そして、冒頭の物語説明の銀河に流れていく文字でも、よく読むと、決して設計図強奪チームが死んだとは書いていないことを認識した。
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Episode IV
A NEW HOPE
It is a period of civil war.
Rebel spaceships, striking
from a hidden base, have won
their first victory against
the evil Galactic Empire.
During the battle, Rebel
spies managed to steal secret
plans to the Empire's
ultimate weapon, the DEATH
STRA, an armored space
station with enough power to
destroy an entire planet,
pursued by the Empire's
sinister agents, Princess
Leia races home abroad her
starship, custodian of the
stolen plans that can save
her people and restore
freedom to the galaxy....
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 それどころか、帝国軍に対して最初の勝利を挙げた、とさえ書いてある。ああ、そうなんだっけ、と今更再確認したわけで、わたしのSTAR WARS愛も大した事ねえなあ、とガッカリだが、とりあえず簡単に言うと、本作はまさしくこの反乱軍の「First Victory」を描いた作品であった。
 しかし。もう結論を言ってしまうと、わたしのインチキな記憶通り、まさしく全員死亡エンドで、わたしは非常にびっくりした。これは一体どういうことなんだ??わたしは観終って、若干混乱中である。
 (※追記:さっきWOWOWで『EP VI:Return of th JEDI』を観ていて思い出した。こちらで、第2デス・スターに皇帝が直々に来ている、という情報を「命がけ」で仲間がもたらしたのです、というシーンがあった。こっちと勘違いしてたことがさっき判明)
 そして正直に言うと、わたしはどうも本作『ROGUE ONE』にイマイチ乗れなかった。たしかに、通路を隔てた横の席のおっさんは開始30分でグースカ寝てイビキまでかきやがるし、わたしの横の老夫婦はギリギリに入ってきて、コートを脱いでポップコーンやチュロスをガサガサゴソゴソ食っててうるせえし、イラついていたという環境のせいもあるだろう。だが、どうも……何か違和感というかしっくりこなかったのだ。それは一体何故なのか、と考えてみたところ、たぶん、キャラクター造形にムラがあるのが問題なのではないかという結論に至った。
 ◆ジン:主人公。デス・スター設計者の娘。父(演じたのは北欧の至宝と呼ばれるイケメンオヤジ、Mads Mikkelsen氏。やっぱりカッコいい!)が帝国軍に連れ去られるときに何とか逃げ切るが、母は目の前で殺された。なので、帝国軍が大嫌いなのは頷けるのだが……しかし、どうせならもっと激しい性格を貫いてほしかった。思うに、父は結局反乱軍に殺されたわけで、ジンは反乱軍にももっと牙をむいてほしかったように思う。たぶん、わたしが一番もったいないと思うのはその点で、彼女の行動の最も重要な動機は、父に再会すること、そして帝国に協力したという父の汚名を雪ぐことであるはずなのだが、妙に反乱軍に協力的なのは、わたしとしてはどうも違和感を感じてしまうポイントであった。ジンは、もっと尖った危ない女子、であって欲しかったというのがわたしに感想である。ちなみに演じたのはFelicity Jones嬢。あいかわらず、デカい前歯が可愛かったすね。声も可愛いと思います。
 ◆アンドー:反乱軍のスパイ。任務のためなら人殺しも厭わない男。演じたのはDiego Luna氏。あまり見かけた覚えはないですが、それなりのイケメンですな。ジンに協力。しかし彼もどうにも半端というか……彼も親兄弟を帝国軍に殺された過去があるため、帝国軍を憎んでいるのは分かる。そしてジンの父も見つけ次第殺せ、という任務を帯びていたのに、やっぱり殺せない、という躊躇は十分理解できるし美しかった。けれど、うーーーん……どうも行動の動機がはっきりしない。キャラ造形が若干浅いと思うのだが……ジンに協力する筋道がもっとエモーショナルに描けたはずで、非常に残念。
 要するに、どうやらわたしは反乱軍のお偉方が非常に気にくわないのだと思う。そしてそのお偉方に対して激しく歯向かったり、抵抗しない二人の主人公がイマイチ気に入らないのだと思う。反乱軍は、旧・銀河共和国の残党たちなわけで、また長々と議論したり戦いに消極的だったりするシーンは、はっきり言って不要だとわたしは感じた。あのつまらない議論のせいで、物語の流れは途切れてしまうようにも思うし、『EP IV』直前の時間軸においては、あんなに意見がまとまっていないのは何か違和感を感じる。そんな議論してる場合じゃねーだろうし、意思が統一されていないのは致命的ですよ。ひょっとしたら、オーガナ元議員をもっと上手に、反乱軍の中で唯一ジンを支持・援助するようなキャラとして物語に組み込んだら良かったのになあ……と思った。そしてアンドーも、反乱軍本部に何らかの形で裏切られ、ジンとオーガナ元議員に救われるような展開が欲しかった気がします。
 ◆K-2SO:元帝国軍のアンドロイドで、プログラム改変済み。まあ、C-3POを連想していただいて構わないが、今回のK-2は、元帝国軍だけあって妙に皮肉屋?で、おまけに戦闘にも参加する。そして冷静に文句を言いながらもしっかりサポートしてくれる頼れる野郎で、ラストは大変カッコ良かった。泣ける……! 今回ひょっとしたら一番のナイスキャラ。彼は最高でした。
 ◆チアルート&ベイズのコンビ:二人とも、惑星ジェダの「ウィルズ」の守護者。特に盲目のチアルートは、フォースを感じることができるようで、常に「フォースは我とともにあり。我はフォースとともにあり」とつぶやいている不思議な男。この二人も戦闘では頼りになるし、ラストバトルでは泣かせてくれる。とても良かった。出来れば、もう少し「ウィルズ」についての説明が欲しかった。あれじゃあ、正直全然わからんよ。なお、チアルートを演じたのがアジアのスターDonnie Yen氏。イップマンですな。アクションのキレは一番輝いてましたね。一方のベイズはWen Jian氏が演じています。彼も中国の方すね。全然知らない人です。
 ◆ボーディ:元帝国軍輸送船パイロット。ジンの父に託されたメッセージをもって脱走してきた。彼は結構わかりやすいのだが、正直キャラ造形は薄い。ただし、後半は結構活躍してくれたし、ラストは泣かせてくれたので許します。演じたのはRiz Ahmed氏。この方もわたしは知らないなあ……ぎょろ目が非常に印象的です。
 ◆ソウ・ゲレラ:ジンの父の友人で、ジンを16歳まで育ててくれた恩人。現在は対帝国の過激派としてゲリラ活動(?)をする団体のリーダー。さすがにオスカー男優Forest Whitaker氏が演じただけあって、見かけや存在感は圧倒的だけれど、やっぱりジンとの絆が非常に薄くしか描かれず残念。反乱軍においても、彼のゲリラ部隊は過激すぎて嫌われている、という設定は全く不要だったと思う。この点も、反乱軍が一枚岩でないことを印象付けてしまって、対立構造を複雑化させているだけでほぼ意味がない。意味を持たせるならば、その組織にジンも加えるべきだったのではなかろうか。そうすれば激しい闘士としてのジン、というキャラが強く印象に残ったのに。つーか、素直に、ジンと二人で隠棲していて、そこに父からのメッセージが届くという『EP IV』と同じ構造にすればよかったような気がしてならない。もしくは、ジェダイの生き残りという設定もありえたのではなかろうか。ダメかな?
 ◆ベイダー卿:あの、ベイダー卿がいた惑星って、『EP III』でアナキンがオビ=ワンにぶっ飛ばされたムスタファ―なのかな? 溶岩とか見かけはムスタファーっぽかったけど、どうなんだろう? ま、いずれにせよ、今回はベイダー卿も結構ちょいちょい出てきます。ラストは非常に良かったですな。赤いライトセーバー振り回して反乱軍兵士を斬りまくる狂ったアナキンは大変良かったです。
 ◆C-3PO&R2-D2&レイア姫:3POとR2は、一瞬だけ出てきます。つーか、反乱軍の基地のある衛星ヤヴィンにいたんですけど……あのヤヴィンって、『EP IV』で出てくる反乱軍の基地の星だよね? だとすると、3POたちは『EP:IV』の後半で「戻ってきた」ことになるわけで、もう知ってる星ということになるけど、若干矛盾してないか? 大丈夫なのかな? そして今回、レイア姫がきっちりラストに出てきて、設計図を受け取るわけですが、エンドクレジットによるとIngvild Deilaさんという方が演じたようです。が、画面ではもう、かつてのレイア姫そのものでした。まさかあれ、CGなのか?? そしてレイアを引き取って育ててくれた、オルデラーンのオーガナ元議員は今回も登場、ちゃんと演じた役者も、『EP:II』『EP:III』と同じJimmy Smits氏でした。でも、アンドーのところで書いた通り、彼にはもっと重要な役割があってよかったと思う。その方が、レイアへのつながりも明確だっただろうに……もったいない……。
 いずれにせよ、レイアが設計図を受け取り、間一髪脱出し、それをベイダー卿が、くそっ!と見送るエンディングは素晴らしかったと思います。あのシーンはもう100点満点と称賛したいですな。

 キャラクター以外でいうと、ラストのX-WINGやY-WINGが入り乱れるバトルシーンは素晴らしい!! と思う。迫力満点で、3Dで観てよかったと思った。ただし、音響設計はイマイチかもしれない。せっかくDOLBY ATOMSで観たのに、すさまじいまでの音響的迫力は足りないと思った。映像100点、音響60点ぐらいかなあ。わたしは常々色々な人に言っているが、映画館の最大の魅力は音響だと思う。大きなスクリーンよりも、音響の方が重要だ。だからわたしはIMAXよりATOMS派なのだが、どうも今回は正直、音の迫力はイマイチだと思う。
 音響つながりでいうと、今回、音楽がJohn Williams氏ではなく、はっきり言って印象に残らず。ひょっとしたら、わたしが一番この作品で問題アリだと感じたのは、音楽なのかもしれない。やっぱりですね……盛り上がらないんですよ。冒頭のメインテーマもないし(ついでに言うと冒頭の銀河に流れゆく文字もない。必要だったと思うなあ……)、やっぱり、John Williams氏の音楽じゃないとダメだってことはよく分かりました。エンディングだけいつもの曲が流れるのは、やっぱりおかしいと思う。
 思うに、やっぱりですね、『STAR WARS』が大好きな人間が『STAR WARS』を撮ってはいけないんだと思う。大好きすぎて、世界何億人もの『STAR WARS』ファンが納得するものにならないんじゃなかろうか。その点でいうと、やっぱりJJ Abrams氏はすごい男ですよ。彼はもちろん好きだろうけど、きちんと観客の観たいものをわかってるわけで、その点は本当に大した奴だと思う。今回のGareth Edwards監督は『STRA WARS』愛が強すぎたのではなかろうか。Gareth監督の持ち味である凄い映像は、確かに超一流で文句の付けどころはないけれど、どうしても、物語が弱いような気がしてなりません……。

 というわけで、結論。
 『STAR WARS』初めてのサイドストーリー、『ROUGE ONE』は、映像100点、物語/キャラクター70点、音楽/音響50点、とわたしは判定いたします。まあ、今回は(周りの客の)環境が悪かったこともあるので、またBlu-rayが発売になったら買って何度も観て、同じ感想を持つか確かめてみようと思う。ひょっとしたら、あれっ?こんなに面白かったっけ、という発見もあるかもしれないし。しかし……主要キャラ全員死亡とは……マジで驚きました。以上。

↓ もう一度読むか……わたしの本棚の奥に眠ってるはず……。





 

 普段わたしはいかにも教養ありげに、そしてクソ偉そうにこのBlogを書いているわけだが、実のところ結構苦手分野というか全然知らないことも多く、その度にせっせと勉強しているインチキ野郎である。そして、わたしが一番自分の性に合わないというか、どうもピンと来ないため、ほとんど知識として蓄積できていない分野が、イタリアのルネサンス期である。もちろんその歴史的背景などは興味深いし、宗教観などもそれなりに勉強したつもり、ではいる。けれど、どういうわけかイタリアのルネサンス期に関しては、あまり興味が持てないでいる。自分でも理由は良くわからない。多分食わず嫌いだと思うのだが、何なんだろう、あまりに巨人すぎるというか、天才文化で民衆から離れているように感じるからなのか(それが正しいのかどうかすら良く分かっていない)……。実際、わたしとしては宗教革命以降の16世紀以降の方が断然興味深い。
 というわけで、日ごろ海外翻訳ミステリーが大好きな男として周囲にはお馴染みのわたしなのに、2004年に日本でDan Brown氏による『The Da Vinci Code』が出版されたときは、全然読んでみたいと思わなかった。未だ自分の心理が良くわからないが、「ダ・ヴィンチ」と聞いて何故か敬遠してしまったらしい。そして続くシリーズも、当然(?)未読である。その結果、周りの人々にはこぞって、面白いから読め、つーか君が読んでいないなんて超意外!! とまで言われる始末であった。
 なので、映画化されたときも、それほど観たいとは思わなかったものの、M君が大絶賛で絶対に観るべきとうるさかったので、結局映画は観た。そして映画2作目の『Angels & Damons』も、一応観た。結論としては、もちろん面白かった、けれど、どうも良くわからない部分がいくつかあって(例えば、わたしは未だに『Da Vinci Code』で冒頭の人体図に模した死体の意味が良くわかっていない。ヒントを残すために瀕死の状態で素っ裸になってポーズをとって息絶えたってこと?)、絶賛とまではいかない感想であった。これはひとえに、わたしの理解力のなさに起因するものであって、作品の責任ではないと思う。全然勉強せずに観たわたしが悪い。
 というわけで、この度、映画版シリーズ第3弾『INFERNO』が公開されたわけだが、こんなテンションのわたしなので、今一つ超観たいぜ的なワクワク感はなく、いわば義務的に劇場へ向かったのであるが、本作は前2作に比べてかなりトリッキーな展開で、かなりワクワクドキドキ感は高かったものの、想像するに、おそらくは原作をかなり短縮・濃縮したものなのではないかという気がする。おまけに、わたしは情けないことに、Dante の『神曲』も、3回挑戦して3回とも最後まで読めずに挫折したダメ人間なので、実際、若干良くわからないところが残るという、これまでの2作と同じような感想を持つに至った。うーん、やっぱり原作未読だとキツイのかも? そして、これはどうでもいいことですが、原作的には『INFERNO』は、ラングトン教授シリーズ第4弾で、3作目の『The Lost Symbol』を飛ばしての映画化である。原作読んでないので、その飛ばした理由は全然知りません。映像化すると途方もなく金がかかりそう、とかそういうことなのかしら?

 というわけで、今回もラングトン教授inイタリア、である。物語の大筋は、上記予告の通りである。わたしはちょっと勘違いしていて、今回は謎のウィルス(上記予告では「菌」という字幕だけど、ウィルスだと思うのだが……)を巡る争奪戦なのかな、と思って劇場に向かったわけだが、実のところ争奪戦というよりも、既に今回の事件の首謀者は死んでおり、首謀者がどこかに仕掛けたウィルスを探し当てる、いわば宝探しゲームであった。全然宝じゃないけど。
 そして今回は、肝心のラングトン教授が、病院で目を覚ますところから物語は始まる。自分はアメリカにいると思っている教授は、目を覚まし、窓の外を見ると、まぎれもないフィレンツェの街並み。あれっ!? オレ、なんでフィレンツェにいるんだっけ? と、どうも記憶にない。おまけに頭に傷を負っている。聞けば銃撃の痕らしい。おまけに冒頭から、病院には謎の刺客が現れて銃をぶっ放してくる。ナンデ? 一体何が!? という状況からのスタートだ。 そして病院の女医さんを相棒に病院を脱出し、謎の「地獄絵図」の幻視に悩まされながら、段々と記憶を取り戻しつつ、謎のウィルスの仕掛けられた場所へと迫っていく――というのがお話の大筋である。
 なので、ポイントは、一体なぜ、ラングトン教授はフィレンツェにいたのか、なぜ命を狙われているのか、そして、ラングトン教授をフィレンツェに派遣したのはどの勢力なのか、ということになる。
 今回は、ラングトン教授と同じように、ウィルスを確保しようとする勢力がいくつかあって、金のために確保しようとしている(ように見える)連中、そしてウィルス拡散を防ぎたいWHOチームがラングトン教授を追いかけてくる。そしてラングトン教授は、いつもの超博識な頭脳でピンチを切りぬけ、核心に迫っていくわけだが、結局この映画は、その博識さが一番の観どころになってしまっているように感じられた。
 なので、肝心の、首謀者の主張である人類半減計画(正確には人口半減計画)が、どうにも薄っぺらに感じられる。首謀者の主張は、このまま人類の人口が増え続ければやがて地球は破滅に至る、だから今、勇気をもって半分にしちゃおう、という中2病めいたもので、ある意味、シャア的な、いろいろな作品でお馴染みのものだ(そしてどうやら、ウィルスの正体については原作と違うみたい(?)。おまけにエンディングも全然違うらしい)。なので、わたし個人としては、その主張に、実はある程度賛同できるのだが、やはり常識的に考えればどうにも軽い。そして、どう考えても回りくどい。まるで阻止されることを願っているようかのな回りくどさが、わたしにはどうもピンと来なかった。さっさと実行しちゃえばよかったのに。そしてこれはどうでもいいけれど、WHOがあんな重武装の戦闘部隊を保有しているのもわたしは全く知らなかった。アレって、本当に実在するんだろうか? どうなんだろう……まあ、存在するんだろうな、きっと。
 というわけで、結局本作も、わたしとしては「きっと原作読んだらもっと面白いんだろーなー……」という感想しか持ちえず、であった。
 ただし、いつも通り、映像は完全に本物ぞろいで、その点の観ごたえは十分以上の迫力である。まあそれが映画の醍醐味なんでしょうな。すっげえところでよく撮影出来たなー、と思うようなショット満載である。しかし、いつもこういう映画を観ると思うのだけど、イタリアの美術館や博物館や世界遺産的なところって、あんなにも警備がザルなものなのだろうか? あまりに楽勝すぎて、ホント心配になる。日本でもあんなに簡単に「関係者以外お断り」の場所に忍び込めるものなんですかね? やってみたことないし、わざわざやってみたいとも思わないけれど、ラングトン教授が博識で、そこら中の抜け穴や出口に詳しいのはいいとしても、潜入が楽勝すぎてびっくりしました。欧米人よ……もうチョイ、仕事熱心&セキュリティ万全な方がいいと思うな……。

 で。役者陣は相変わらず豪華というか、見事な演技者ぞろいである。
 もう主役のラングトン教授を演じたTom Hanks氏はもう何も書かなくてもいいすよね? ホントにまあ、相変わらずの大活躍ですな。先日の『SULLY(邦題:ハドソン川の奇跡)』では来日したそうですが、うちの会社の近所の蕎麦屋に来たそうで、一度生Hanks氏と出会ってみたいものです。この人、身長どのくらいなんでしょう? 結構デカいすよね? あ、Wikiに書いてあった。185cmか。やっぱデケエすね。
 そして今回わたしが、実のところこの映画を観に行った最大の動機でもあるのが、教授とともに逃げる女医さんを演じたFelicity Jones嬢33歳を観ることでした。もう皆さんご存知の通り、公開が1か月後に迫った『ROUGE ONE―Star Wars Story』で主役の「ジン」を演じるのが彼女なわけで、わたしは彼女の顔は『The Theory of Everything』の時しか思い出せないので、今回じっくり観て見たかったのです。オックスフォード出身の才媛ですな。前もどこかで書きましたが、まず声が大変可愛らしいと思う。そして、今回じっくり見て、わたしは彼女の、若干出っ歯気味な、リスっぽいデカイ前歯が大変気に入りました。実に可愛いすね。ええ、わたしはそういう、変態じみた視点で女性を観察する男なので、口を閉じているのにチラッと覗く前歯にわたしはもう大興奮ですよ。変態でサーセン。
 ほかには、事件の首謀者の大富豪を演じたのがBen Forster氏36歳。この方の顔を見て、わたしが真っ先に思い出したのは、『X-MEN:Last Stand』で演じたミュータント、エンジェルすね。あの時と比べると、当たり前だけど若干歳を取りましたな。それから、この人が一番カッコイイのはやっぱり『LONE SURVIVOR』のアクセルソン兵曹の役じゃなかろうか。もの凄く悲しいけど壮絶にカッコ良かったすね……。若干チャラ目の言動ながら、最後まで立派でした。おっと!? マジか! わたしは観ていない映画なんだけど、『疑惑のチャンピオン』でLance Armstrong役を演じたのが彼なんだ。そうかーーー。自転車ロードレース好きとしては超観たかったんだけどなあ……。WOWOW放送を待つか……。
 あと二人。WHOフランス支局員の怪しい男を演じたのがOmar Sy氏38歳。彼で一番有名なのは、もちろん出世作の『Intouchables』。日本語タイトル「最強のふたり」は日本でも大ヒットしましたね。そして非常に面白かった映画です。ちなみに彼も、『X-MEN』でミュータントを演じてますが、アレはちょっと能力的に微妙だったすね。ほかにも、ずっと前にこのBlogでレビューを書いた『Good People』だとか、『JURASSIC WORLD』なんかにも出てましたな。結構活躍中です。
 ラストに紹介するのは、今回謎の組織を率いて教授を追う男を演じたIrrfan Khan氏49歳。49歳!? なんだよ、わたしよりチョイ上なだけじゃん。もっと全然年上かと思ってた。この方はインドの方ですが、特徴的な顔なので、わたしが真っ先に思い出したのはやっぱり『Slumdog Millionaire』の警部すね。そしてこの方も、『JURASSIC WORLD』に出てましたな。役名は忘れたけれど、パークの社長(?)で、社長なのに意味なく自らヘリで討伐隊に出発して、あえなくプテラノドン(だっけ?)の群れに遭遇して撃墜される、良くわからない最期を迎えたあの人、すね。今回彼が演じたキャラクターが、非常に怪しく、いい人なのか悪者なのか、というのも物語のキーになってます。
 そして、監督はシリーズ3作すべてを撮っているRon Howard氏62歳。今年の初めに観た『In The Heart of Sea』もそうだったけれど、実に堅実というか、職人的な監督ですな。とりわけ凄いと思わせずに、実はかなり凄い映像を本物のように撮る監督、とわたしは思っています。例えば今回の、教授がフラッシュバックで時折見ることになる「地獄絵図」の映像は、アレは何気に凄く金もかかってるしエキストラも考えたら相当大規模な撮影だったんじゃなかろうか。そういうのをまったくメインストーリじゃないところでチラッとしか使わないのに、きちんと撮っているのは流石だなあと変なところでグッときました。あと、そうだ、本作の音楽を担当しているのはHans Zimmer氏58歳でした。58歳で若手というのはアレですが、現在の映画音楽作家の中では、若手ナンバーワンでしょうな。特徴的な重低音の不協和音のようなな使い方(うまく表現できない!)は今回ももちろんあります。
 
 はー。いい加減長いので、ぶった切りですが結論。
 ラングトン教授映画シリーズ第3弾『INFERNO』を観たが、やはり、どうも原作の方が面白いんじゃないかしら、という気がしてならない。また、ひょっとしたら原作を読んだ方は、超絶賛する人と、原作の持ち味が薄れていると怒る人と、二分されるような気もする。単純に映画としてどうだったか、と聞かれると、十分面白かったと言うにやぶさかではないけれど、どうなんだろう、人類半減計画(人口半減計画)って……日本のアニメや漫画ではまったくもってありがちというか、おなじみだからなあ……それならもうチョイ、計画は単純にして実行できたんじゃね? と思ってしまいました。まあ要するに、そこまで首謀者は絶望していたわけではなく、人類の愛ゆえに計画し、そして愛によって倒されたかったということかもしれないですな。ラオウ様的に。いろいろ解釈は許容されると思います。以上。

↓ これは4回挑戦して4回目でようやく読了できた、とわたしの25年前の日記に書いてあった。どうも読みにくく、コイツのせいでルネサンス期のイタリアが苦手になったような気がしてならない……。
デカメロン
ボッカッチョ
河出書房新社
2012-10-11

 

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