多くの映画オタクの人々の中には、「現代最強の映画監督といえば誰?」と聞かれれば、「まあ、そりゃあやっぱりChristopher Nolan監督っすね」と答える人も多いだろう。かく言うわたしも、ナンバーワンかどうかはともかくとして、最強の一人として挙げることにやぶさかではない、というか、ズバリ、わたしもNolan監督作品の大ファンである。
 Nolan監督といえば、どうも世の中的に「実物」を使って作品を撮る男で、CGを使わない男、みたいに若干誤解されているような気もするけれど、実際のところCGもかなりバリバリに使う男である。Nolan監督がすごいのは、その実物とCGの区別が全くつかない画の質感にあるとわたしは思っているのだが、わたしとしてはやはりNolan監督の一番すごい点は、その超ハイクオリティなリアルな映像自体よりも、「物語力」にあり、端的に言えば脚本がすごい、と思っている。映像が「リアル」なのは誰がどう見てもそうだけれど、とにかく描かれるキャラクターが「リアル」であり、そして「ほんの一つまみの嘘」がスパイスとして超絶妙な味を醸し出しているのである。これは以前もこのBlogで書いたことだけれど、例えば『Memento』における「記憶を保てない状態」、『Prestige』における「奇術」、『DARK KNIGHT』3部作における「BATMANという存在」『Inception』における「夢に入り込む謎装置」、『Interstellar』における「滅びゆく地球と恒星間飛行」、そういった、たったひとつの「フィクション」の種が、「リアル」な人物像と完璧に調和して深い味わいをもたらしているのである。さらに、映像、脚本とともに音楽もまた素晴らしく、とにかくその3つが、役者陣の渾身の演技と完璧に一体化して、まさしく総合芸術たる「映画」としてすごいのだ、というのがわたしの持論である。これも以前書いたことだが、よく、世の中に「映像化不可能!」と言われる小説があるけれど、Nolan監督の作品は、まさしく「小説化不可能!」なのだとわたしは思っている。わたしは小説好きであり映画好きだけれど、ずっと、小説の方が想像力を掻き立てるのに最も適した芸術なんじゃないかと思っていたが、Nolan監督の『Inception』を観た時、ああ、小説化できない映画もあるんだ、と初めて認識し、深く感動したものだ。
 というわけで、現在全世界的に大ヒット中であり、評価的にも非常に高い作品、Nolan監督最新作『DUNKIRK』がやっと日本でも公開になったので、さっそくわたしも朝イチの回へ観に行ってきた。今回はNolan監督作品には珍しく120分を切る短い作品で、なんと上映時間106分である。そしてとにかく大絶賛の声ばかりが聞こえてくるので、当然わたしも超ワクワクしながら劇場へ向かったわけであるが、観終わって思ったことは、これはすごい映画だったし、面白かった、けど、期待したほどじゃあなかったかな……という若干の肩透かし感だ。これは、わたしが単にひねくれものだからなのか、それとも、IMAXではなく通常フォーマットで観るというオタクにあるまじき行為を働いてしまったせいなのか、原因は実は良く分からない。今思うことは、どうもわたしはキャラクターに感情移入できなかったのではないかという疑惑である。そこのところを、これを書きながら自分でも整理してみたいと思う。以下、ネタバレ全開になる可能性大なので、気にする人は読まないでいただければと思う。

 というわけで、相変わらずの「本物」感あふれる迫力は、予告編からも感じ取られるだろうと思う。わたしも予告を観て、このスピットファイアが本物だということは誰が観ても明らかだし、これはまたすげえのが来たぞ、さすがNolan監督だ、と超期待していた。
 物語についてはもはや説明の必要はないだろう。第2次大戦の序盤戦、ナチスドイツによるフランス侵攻が始まり、パリ陥落(1940年6月10日)直前の1940年5月24日から6月4日の間に起った戦闘「ダンケルクの戦い」での、イギリスへ撤退するイギリス軍視点のお話である。
 この作品でNolan監督は、今までの作品にない、いくつかの、具体的に挙げると以下の3つの挑戦をしているようにわたしには思われた。
 ◆初めてのノンフィクション
 ◆極端にセリフが少ない脚本
 ◆3つの視点に分割された構成
 これらはすべて脚本に関する問題であり、わたしがNolan監督で最も優れていると思っている「物語力」に直接関係するポイントだ。
 Nolan監督は、これも何度も書いているけど、ロンドン大学英文学科卒である。それすなわち、日本で言えば国文科なわけで、相当地味でまじめな青年だったのだろうとわたしはにらんでいる。まあそれはわたしが文学部を卒業した男だから実感として思うのだが(ちなみにわたしは国文科ではないですが、国文科の友達はみんな地味でまじめでちょっと変わった、面白い奴らだった)、ともかく、Nolan監督が小説、すなわちフィクションが大好きなのは間違いないだろう。冒頭に記した通り、Nolan監督の作品は、人間に対する深い洞察が極めてリアルで、そこに、一つだけ嘘を交え、面白い作品を創造してき男である。そのNolan監督が初めて描く「ノンフィクション」。となれば、残るのは「リアル」だけになってしまうわけで、わたしは一体全体、どんな物語になるのだろうとドキドキして観ていたのだが、どうもNolan監督は、キャラクターに「しゃべらせない」ことで、「リアル」を担保したように思えた。
 100%確実に、77年前のダンケルクの海岸でキャラクターがしゃべるセリフは「創作」にならざるを得ない。当たり前だよね。「創られたセリフ」をしゃべった時点で、嘘になってしまうし。だからもう、とにかくセリフが少なく、出来事を、冷静な視点のカメラが追う形式にならざるを得なかったのではなかろうか。それは映像としては実に効果的で、迫力の大音響とともに、観客をまさしく戦場へ放り込む効果はあっただろう。実際、わたしも観ながら上空を飛ぶ戦闘機の爆音、ドデカい爆発音などにいちいち驚き、緊張感は半端ないものがあったのは、おそらく本作を観た人ならだれでも感じたはずだ。「怖い」。まさしく戦場の恐怖である。
 しかし、である、やっぱりわたしには、セリフの少ないキャラクター描写は、リアルとトレードオフで、キャラへの共感を失ってしまったように思えたのである。確かに、勇気をもって船でダンケルクへ向かう船長や、なんとかしてドイツ機を撃墜して、船や海、海岸にいる味方を守ろうとする戦闘機パイロットの勇気ある行動には深く共感はできたけれど、最も長い時間描写される若い陸軍兵にはそれほど深い共感は得られなかった。基本的にこのダンケルクの戦いは、撤退戦であり、極端に言えば(一時的な)敗北であって、キャラクターは逃げるだけで、戦うこともほぼせず、最終的な勝利もないので、いわゆるカタルシス、スッキリ感も薄いのも、共感の度合いが浅かった原因なのかもしれない。まあ、徴兵されたと思われる若者だから、極めてリアルではあったのだと思うけれど……。
 そして、視点が3つに分かれている点に関しては、最終的に3つが一つに融合する脚本は実にお見事だった! が、これも、キャラクターへの共感という意味では、若干阻害要因だったのかもしれない。繰り返しになるが、船長と戦闘機パイロットは抜群にカッコ良かったのだが……若い陸軍兵士がなあ……演じたFion Whitehead君の演技に問題があったわけでは決してないんだけど……。なお、本作は、「The Mole(=防波堤):1Week」「The Sea:1Day」「The Air:1Hour」と3つの視点に分かれていることは、事前に散々プロモーションされていたので分かっていることだったが、実は「時間の流れが違う」ことは全然事前に触れられていなかったような気がする。わたしも知らなかった。この時間のズレも、若干わかりにくかったかもしれないな……この辺のトリッキーさは、ぼんやり見ていると全然気が付かないかもしれないが、構成としては抜群にお見事な点であったと、わたしとしてはさすがNolan監督、と絶賛したい点ではあるのだが、このことがキャラクターへの共感を、とりわけ陸軍兵士に対して減退してしまった要因の一つのような気もしている。まあ、わたしの考えすぎという説も濃厚だけどね。
 なお、勇敢な民間人船長を演じたMark Rylance氏、絶対に諦めないパイロットを演じたTom Hardy氏、そして防波堤で全員(?)を送り出した後、わたしはここに残るとシブく決めてくれた海軍中佐を演じたSir Kenneth Branagh氏、この3人は実にカッコよく素晴らしい演技で、わたしとしては大絶賛したいと思う。こういう、言葉は悪いけど映画的な勇敢さは、やっぱりわたしのような単純な男はコロッと共感してしまいますな。
 あ、こんな記事がありますね。Wikiから引用元を観てみると、
 The empathy for the characters has nothing to do with their story,” added Nolan. “I did not want to go through the dialogue, tell the story of my characters… The problem is not who they are, who they pretend to be or where they come from. The only question I was interested in was: Will they get out of it? Will they be killed by the next bomb while trying to join the mole? Or will they be crushed by a boat while crossing?”
 訳はWikからパクっとくか。
「キャラクターへの共感は彼らのストーリーとは無関係だ。私は台詞を通して自分のキャラクターのストーリーを伝えたくなかった。(中略)問題は彼らが誰であるかでも、彼らが誰になるかでも、どこから来たのかでもない。私が興味を持った疑問は、彼らが脱出するのか、彼らが突堤に行く間に次の爆弾で殺されるのか、それとも横断中にボートで潰されるのか、それだけだ」
 なるほど、つまり、キャラはどうでもいい、共感してもらわなくてもいい、ただただ、こいつは次の瞬間にどうなるんだろう、とドキドキして観てろ、ってことかな? だとするとそれは大成功しているといっていいだろう。とてつもない緊張感は106分持続しているのは間違いないと思う。うーん、でも観客としてはそれが面白いのかどうかとなると……どうなんでしょうなあ……。

 とまあ、いずれにせよ、本作はNolan監督作品としてはかなり異例だとわたしは感じた。もちろん面白かったし、ドキドキしたのは間違いない。でも、どうも……やっぱり期待よりは下だったかなという思いがぬぐい切れないのである。それは上記のような理由からなのだが、うーん……これを傑作と思えないわたしはやっぱりひねくれものなのか? それともIMAXで観たら全く別物なのかもしれない。ダメだ、やっぱりもう一回、IMAXに観に行こう。どうもそれは、映画オタクとしては義務のような気がします。
 で、その映像なのだが、わたしはNolan監督がIMAXにこだわるのは、別に非難するつもりはないけれど、そのことがNolan監督に余計な枷になっているのではないかという気もしていて、実は若干心配である。わたしは最新技術肯定派なので、まったくデジタルに抵抗はない男だが、例えばNolan監督が一度でもGoProを使って何かを撮影してみたら、そのあまりの高品位な映像にびっくりするんじゃないかという気もする。Nolan監督はまじめだからなあ……今の最新テクノロジーを享受しない理由はないと思うのだが……IMAXにこだわることで、いろいろな制約があるはずで、それはかなりもったいないことなんじゃないかと思う。もう、James Cameron監督みたいに、オレが撮りたい絵を撮るためなら、機材もソフトも自分で開発したるわい! ぐらいの勢いでいいと思うんだけどな。だって、確実にもう、フィルムは絶滅するもの。それが現実なわけで、こだわりを持つのは大いにアリ、だけど、あるものでそのこだわりが体現できないと思うなら、それが実現できる機材を作っちゃえばいいのにね。それが許される、世界に数少ない男の一人だとわたしは信じてます。
 最後。音楽について触れて終わりにしよう。本作は、Nolan監督自ら「タイムサスペンス」と言っているように、「時間」がカギとなっている。とにかく、観ていて「早く早く! やばいやばいやばい!」とドキドキするわけだが、今回の音楽は、「チッ・チッ・チッ・チッ……」という秒針の音を思わせる音楽が超絶妙で、緊張感を高めるのに極めて大きな役割を果たしているといえるだろう。その音は、超極小な音量からだんだんと大きくなり、かつテンポも上がってきて、とにかく「早く早く!」とドキドキである。もちろん音楽を担当したのはHans Zimmer氏。相変わらずのNolan監督とのタッグは大変素晴らしかったと思う。

 というわけで、若干整理しきれていないけれど、現状での結論。
 現代最強映画監督の一人とわたしが認定しているChristopher Nolan監督最新作、『DUNKIRK』がやっと日本公開となったので、初日の今日、さっそく観に行ってきたわたしであるが、確かに、確かにすごかったし面白かった。それは間違いなく断言できる。だが、どうもわたしが期待していたほどではなく、現状のわたしには、超傑作の判定は下せないでいる。その理由は、「リアル」一辺倒で、Nolan監督最大のポイントである「一つまみの嘘」というスパイスが効いていないためではないか、と思うのが一つ。そしてその結果、キャラに共感できなかったということが主な要因ではないかと思われる。ただ、IMAXで観ると、そのド迫力に、さすがはNolan監督、オレが間違ってました、と完全降伏する可能性もあるので、これはやっぱり、もう一度、IMAXで観ようと思います。以上。

↓ やっぱりわたしは、『Inception』『Intersteller』のような「Nolanオリジナル作品」の方が好きみたいです。この2作は、まさしく「小説化不能!」の超傑作だと思うな。
インセプション (字幕版)
レオナルド・ディカプリオ
2013-11-26

インターステラー(字幕版)
マシュー・マコノヒー
2015-03-25