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 というわけで、月曜日恒例の週末映画興行データです。
 ところで、先月、映画館での上映が終わった『スター・ウォーズ エピソードVII フォースの覚醒』ですが、もうBlu-rayの発売が告知されて予約も始まってますね。今回、3D版がラインナップになくてイラつきますが、とりあえずわたしも、愛するYODOBASHIドッココムにてポチッておきました。ま、どうせまた3D版や、サーガ終了時にセットだったりさらなる未公開シーンだったり、いろいろな特典付き商品が出るのは確実でしょうが、わたしは今、欲しいから買うのです。後で何が出ようとまた買えばいいだけですよ。
 で、どうやら最終的な日本での興行成績も出たようで、結論としては、115.3憶だったそうです。数字としては非常に立派ですが、オタク的にはもう一声欲しかったですね。ちなみに、世界ではどうなっているかと言うと、US国内で9.3億ドル(=1,037億円)、全世界では20億ドル(=2,290億円)まで行ってるそうです。※1ドル=111円で計算。
 あと、噂のSWサーガ初のスピンオフ、『Rogue One: A Star Wars Story』の公開も今年の12/16(金)に決まったみたいですね。EP:IIIとIVの間のお話らしいですな。監督は『Godzilla』でおなじみのGareth Edwards氏だそうで、大変楽しみです。

 では、さっそくいつもの興行通信社の大本営発表から見てみよう。
 1位:『暗殺教室―卒業編―』が10日間累計でもう動員200万人突破したらしい。つまり、20億を軽く突破したってことだ。これはすごい。2014年の『るろ剣・伝説の最後(→最終43.5億)』とか2012年の『テルマエ(→最終59.8億)』の1作目あたりとほぼ同等レベルぐらいではなかろうか? すごい。
 2位:『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』は30日間合計で300万人目前というのだから、もう30億超えているだろう。去年と同等か、チョイ落ちぐらいだと思うので、40億は若干微妙になってきたかも? どうだろう、大丈夫だろうか?
 3位:『バットマンVSスーパーマン』が10日間累計で10億は超えたらしい。先週は20億は厳しいなんて書きましたが、サーセン。甘かったです。これは20億は行きそうですね。本作に限らず、全般的に、さすがに春休みだけあって平日の動員がぐんと伸びているようですね。業界的には大変喜ばしいことです。
 4位:『ちはやふる―上の句―』が16日間合計でこちらは10億届いていないかな。「下の句」が4/29(祝)から公開ですね。厳しい戦いで先週は7位まで落としていましたが、今週末は春休みでググッとランクアップ。
 5位:『アーロと少年』が23日間累計で13億ぐらいと予想。盛り返したが、やはりPIXER作品としてはちょっと厳しい戦いと見るべきか。
 6位:『仮面ライダー1号』が9日間で3億以上4億未満か。うーん、あまり良くはないです。
 7位:『僕だけがいない街』が16日間合計でおそらく10億に乗ったのでは?
 8位:『映画プリキュアオールスターズ』が16日間合計でおそらく5億届いていないと思う。
 9位:『あやしい彼女』は公開土日で0.6憶スタート。松竹としては、↓の『家族はつらいよ』と若干のバッティングかも?
  10位:『家族はつらいよ』が23日間合計でこちらも10億に届いたと思う。あーもっと売れてほしい。

 以下、ランク外では『エヴェレスト 神々の山嶺』も23日間で10億届いたと思いたい。最終的に15億が厳しいかも? ちょっと情報がなくて自信なしです。また、元AKBの板野友美さん主演の『のぞきめ』は13位と言うことだそうで、おそらく公開土日で0.2憶程度のスタートだったのではなかろうか。

 というわけで、結論。
 この週末は、漫画原作組がググッと盛り上がってますね。春休み、桜も咲いてお出かけしたくなる土日でしたので、盛り上がってよかったですね。わたしは今週は何も観てませんが、次は『SICARIO』を観ようと思ってます。えーと、邦題なんだっけ? ああ、『ボーダーライン』っすね。いや、やっぱり来週の14日(トーフォーの日)かな、観に行くのは。また劇場が少ないんだよなー……。以上。

↓ 予約受付中です!! また、無駄にいっぱいVerがあるのも、意味ないと思うんですけどね。わたしはごく普通のを予約しました。


 

 というわけで、月曜日恒例の週末映画興行データです。
 わたしは昨日おとといの記事を観ていただければわかる通り、『バットマンVSスーパーマン』に大興奮だったわけですが、金曜の夕方、劇場に入る時、ちょうど『暗殺教室』の上映終了時間だったらしく、かなり多くのお子さんたちが観に来ている様子を目撃していたので、ああ、こりゃあ強い、と思っていたのだが、やはり数字的にも大変立派なスタートを切った模様です。すげえなあ。『BvS』は結構ガラガラだったのに。

 では、さっそくいつもの興行通信社の大本営発表から見てみよう。
 1位:『暗殺教室―卒業編―』が公開土日で6.39億。絶好調と言って良さそう。去年の前作が4.1億スタートで最終27.7億だったので、初動が対前作150%以上てことは、40億超はもう確定か、というぐらいの勢いですね。おお、今調べた結果、今年公開された作品で最高の初動じゃないか(2位は僅差でドラちゃんの6.37億、3位も僅差で信長協奏曲の6.15憶)。なお、金曜から公開されているので3日間だと8億超えてるのかな。わたしは毎週ジャンプを買って読んでますので、当然原作は良く知ってますが、わたし的には「ネウロ」の方が好きなので、映画もあまり興味なしです。
 2位:『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』は23日間合計で25億ぐらいでしょうか、ほぼ去年並みになってきました。今年こそは40億を超えたいがどうでしょうか……。
 3位:『バットマンVSスーパーマン』が公開土日で3.7億ほど。金曜公開なので3日間で5億強だそうです。金額順では2位じゃないかな。前作と言っていい2013年公開の『マン・オブ・スティール』は2.6億スタートで最終10億にも届かず。TVスポットもバンバン打ってましたので、前作よりはいい数字になりそうで安心しました。似たような初動の洋画を探すと、ちょうど「ダークナイト・ライジング」(最終19.7億)とほぼ同じぐらいですね。なので、20億は厳しいかな、15~17億と予測しておきます。わたしの感想に興味のある人がいるとは思えませんが、2回にわたって書いた、無駄に超・長文のレビューはこちら→レビュー(1)レビュー(2)。ただわたしが興奮しているだけの駄文なので、読んでも何の足しにもならないと思います。なお、US本国でも本作の公開が始まっており、US本国で1.7憶ドル、全世界で4億ドルを超える巨額の興収を稼いだ模様、なんですが、どうも評価はかなり悪いようです(Rotten TomatoesMetacritic)。くわしくはリンクを張った記事をどうぞ。あれっ!? 朝見たときよりさらに評価下がってる!! マジか……!!
 4位:『仮面ライダー1号』が公開土日で1.5億ぐらい。このところ数字があまり良くないライダーですが、今回もここ数年の春ライダーでは一番厳しいか。ちょっと「ゴースト」がなあ……。1号を出してもちびっ子はなんのこっちゃだろうし……。
 5位:『僕だけがいない街』が9日間合計で6億以上7億以下ぐらい。15億~18億と先週予想しましたが、変えないでおきます。ちょっとイマイチ観客層の想像がつかない……。情報不足……。
 6位:『アーロと少年』が16日間累計で10億届かずか? うーん……PIXER作品としては厳しめか。
 7位:『ちはやふる―上の句―』が9日間合計で6億届いてないかも? 先週に引き続きちょっと厳しい。10億は超えると思うけれど、15億も厳しい可能性アリ。
 8位:『映画プリキュアオールスターズ』が9日間合計で3億チョイか。去年の春キュアよりも若干弱く、去年の秋キュアぐらい、の模様。
 9位:『家族はつらいよ』が16日間合計で9億以上10億以下ぐらいと見る。「東京家族」よりちょっと低めで推移か。となると、15億ぐらいが天井か? もっと売れてほしいのだが……。
  10位:『エヴェレスト 神々の山嶺』が16日間で7.5億ぐらいは行ってると思う。なので最終的に15億は届くと信じたい。どうだろう? チョイ厳しいか?

 以下、ランク外では『黒崎くんの言いなりになんてならない』が30日間で10億を超えたのではないだろうか? 確認データ収集中。159スクリーンでこの成績は立派です。ほか、『リリーのすべて』はまだ1億チョイと苦戦、そして『マネー・ショート』はどうも5億を超えたのではないかと思われる。本当なら、この洋画が厳しい日本市場でこの題材、と考えるとかなり頑張ったた数字と言えると思う。

 以上、昨日おととい書きすぎたので、短いですが結論。
 殺せんせーは、Batman やSupermanよりも日本では大人気であった。なんというか、まあ、いい悪いの話ではなくて、それが今の日本の姿ということで。以上。

↓先週のジャンプで完結した「殺せんせー」、最終巻は21巻で7月発売って書いてありました。この18巻は今月の新刊で、4月には19巻がもう出るるらしいです。

 だいぶ興奮から醒めてきた。もちろん、『BATMAN v SUPERMAN DAWN OF JUSTICE』(邦題:「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」、以下『BAT v SUP』と略す)を観ての興奮のことである。今日は、落ち着いてもう一度、この映画のことを書こうと思う。昨日は、興奮のあまり適当にポイントに絞って書いただけだが、今日は、物語の中であまり触れられていない、Batmanって何者なんだ? という点と、これはいらなかったんじゃね? と思う点をまとめてみようと思う。
 
 映画ファンなら別に説明は必要がないと思うが、そうでない人々、特に世の女性たちは、まあ普通はBatmanという存在について誤解していると思う。今までの映画を観てないから。現実的にわたしの周りの女子たちも、わたしがBatmanやAvengersの話をしても、(映画公開時に話題となるので)興味はあるようだが、大抵の女子たちは映画館まで足を運んでいない。なので、わたしがBlu-rayを貸してあげてやっと観て、その面白さにはまる人、あるいはピンと来ない人と別れてしまう場合が多いのだが、とにかく、映画ファンとしてはびっくりするほど、日本におけるアメコミヒーローの認知度は低いと思う。それは興行収入を見ても明らかで、あの大傑作と映画ファンなら誰しもが認める『The Dark Knight』ですら、日本では16.1億しか稼いでいない。まったくもって残念至極だ。
 いわゆる「男の子視線」で見ると、Batmanはヒーローである。しかし実際のところ、Batmanは明らかにOUT LAW、法の外にいる存在で、簡単に言えば犯罪者である。ゆえにBatmanは「The Dark Knight=暗黒の騎士」なのだ。それは法では裁けない悪を退治するには悪をもって征すしかないという信念から来ていて、恐怖には更なる恐怖をもたらすべきだと考えているために、そのシンボルとして蝙蝠の姿をとっているわけだ。その点ではもう完全にテロリストと言わざるをえない。だたそれは、法が機能し、平和に暮らすことが出来ている(いや、あんまり出来てないか?)我々だからこそ言える事であって、法が(ほとんど)機能していない街=悪の栄える町=Gotham Cityでは、もはやBatman的な存在に頼るしかない、というのが基本的な設定である。まあ、漫画なのでちょっと苦しい理由だけど、そういうことです。なので、映画『The Dark Knight』においては、Gothamの闇を光で照らそうとする、正しい法の番人が登場したことで、ブルース・ウェインはもう、Batmanは必要なかろうと引退を決意するわけだ。これが、Batmanの基礎知識その(1)です。
 で。そんなBatmanを支えているのが、金と頭脳と肉体と、そしてアルフレッドという有能な執事の存在だ。まず金。これは、最初から大金持ちであるし、世界的大企業ウェイン・エンタープライズのCEOとして、ビジネスマンとしても優秀である(※注:原作ではたしか筆頭株主という立場で、CEOではないような気がするが、今回の映画では明確に社長と呼ばれていた。ただし字幕での表現なので、正確な英語表現はまたBlu-rayが出たときに確認します)。もちろん頭もいいし、強靭な意志を持つ男であり、肉体的な鍛錬も重ねていて、めっぽう強い。そして世を欺く姿としてプレイボーイとして遊びまくって慈善事業も手広くやっていて、世間的には遊び人のアホな金持ちと認識されている。つまり世間はブルース・ウェイン=Batmanであることを知らない(Ironamnことトニー・スタークと似た境遇であるが、性格はまったく違うし、人々は皆、Ironman=トニー・スタークであることを知っている)。なので、Batスーツも自分でせっせと秘密裏に開発しているし、Bat-MobileやBat-Wingという機動兵器も自家所有である。IT系ソフトウェアも揃っていて、ハッキングもお手の物だ。そして、その開発やハッキングも全部一人で出来るわけもなく、その手伝いをしているのが、これまたスーパー有能な執事、アルフレッドだ。ブルースが生まれる前からウェイン家に仕える忠実なおじちゃんで、ブルースよりもしっかりとした常識を持ち、時にはきっちり、それは間違っているとブルースに忠告したりする、頼れる執事である。今回の映画『BAT v SUP』では、オスカー俳優Jeremy Irons氏がとてもカッコいいアルフレッドを演じてくれた。この人は、わたし的にはかなり久しぶりに、ひょっとしたら『DIE HARD3』以来かも? ぐらい久々にスクリーンで会いましたが、実に渋くてカッコ良かったですね。
 とまあ、この通り、あくまでも人間であり、金持ちで超人的な努力をしている男であり、またアルフレッドという頼もしい味方がいる、というのがBatmanの基礎知識(2)である。
 なお、今回の『BAT v SUP』では、ブルース・ウェインが言う通り、「悪は雑草と同じだ。抜いても抜いてもあとから生えてくる」のであって、Batmanはなかなか引退できていない。もう20年ほど、活躍していてすっかりおっさんになってるわけですな。今回の映画では、両親が殺されたのが1981年という設定だったが、その時10歳と仮定すると、現在45歳ぐらいという設定になっていました。今回のBatmanを演じたのはBen Affleck氏。監督としてオスカー・ウィナーとなったBen Affleck氏だが、非常にカッコ良かった。この冒頭の、幼い女の子を抱きしめながら、空に浮かぶ宇宙人(=Superman)に対して、「許さない!!!」という決意の表情を浮かべるブルース・ウェインは痺れるカッコ良さだった。わたしは密かに、Nolan-Batmanを演じたChristian Bale氏よりもカッコイイとさえ感じた。歴代Batman史上、最高に良かったのではなかろうか。
 で。
 この基礎知識(1)(2)を踏まえて、ある日、Metropolice上空に宇宙人が舞い降りてきて、壮絶な大喧嘩を始め、その余波で自分の会社の社員たちが大勢死んでしまったらどうなる? そりゃあもう、怒り心頭だよね。あの化け物は、法が通じない相手。ならばオレが、必ずぶっ飛ばす!! そう思うのは、Batmanとしては当然だ。Batmanにとっては、もう完全にSupermanも粛清対象になるわけだ。ちなみにMetropoliceの街並みはNYCそのものだが、あくまで架空の都市で、Batmanの活躍するGotham Cityではない。わたしは正直詳しくないのだが、Gotham CityとMetropoliceは、湾あるいは湖(?)をはさんだ対岸の位置関係らしい。普段はGothamの悪を相手にしているBatmanも、ウェイン・カンパニーMetropolice支社(?)全壊の事態に当たっては黙っているわけがない。
 以上が、今回の『BAT v SUP』ではほとんど語られていない、前提、である。これが分かっていないと、今回の映画は良くわからないと思う。ちゃんと描いてくれないと不親切だ? いやいや、これ、常識っす。

 ところで、今回Batmanは何故怒っているかというと、もちろん前述の通り、愛する社員たちを殺された個人的怒りもあるのだが、それよりも、BatmanはSupermanの「危うさ」に、非常に腹を立てているのだ。昨日も書いた通り、Supermanことクラーク・ケントは、所詮は田舎者で都会を知らず、世間も知らない。もちろん、善良な普通のアメリカ人としての常識や正義感は持っているわけだが、残念ながらその精神は幼稚である。物語は、Metropolice空中大決戦から18ヵ月後に移る。世界各地で、人々を助けるSuperman。その活動はすっかり世間ではヒーローとして、あるいはもはや「神」として認知されるも、当然一方ではMetropoliceをぶっ壊した恐ろしい「Illegal Alien」とも思われていて、世論は微妙に分かれている状況にある。そりゃそうだ。で、とある議員がSupermanの行動を極めて恣意的でテキトーな行為だとして糾弾するに至る。まあ、それはそうかも、ですわな。ここが難しいところだが、とあるTVレポーターは、その議員に問いかける。「じゃあ、Supermanなら助けられる状況でも、彼の助けを求めるべきではないのか?」。しかし、どういうわけかこの映画はその点にはほとんど回答を示さず、流してしまったように思える。
 が、わたしは逆に「アリ」だと感じた。そんな質問は「サンデル教授の白熱教室」に任せておけばいい。問題は、Superman自身がどう思っているのか、という方が重要だろうと思う。で、Supermanはどう考えているかというと、実際のところなーーーんにも考えていない。Metropoliceを破壊した反省もしていない。目に入る範囲の人々と、自分の愛するロイスのピンチを救うだけで、それよりも、Gotham Cityでなにやら蝙蝠の格好をして「違法な正義」を振りかざしているBatmanをけしからんと思って、上司の命令も聞かずに独自取材をしている始末だ。会社員としても、新聞記者としても0点である。なので、レックス・ルーサーの悪事にもまったく気が付かず、結果、ロイスや地球での母を人質に取られてしまえば、あっさりと悪の元に跪く。実にもろいハートの持ち主だ。そして、それは非常に危険なことである。
 今回の『BAT v SUP』では、忠実な執事アルフレッドが、「Supermanは敵じゃない」とブルース・ウェインを説得する。しかし、「たとえ1%でも、危険な点があるなら、それは敵だ!!」と断罪する。もう、このガキは1回ぶっ飛ばしてやらないといけないわけで、対決が不可避なのは、昨日書いたとおりである。
 
 しかし、本作『BAT v SUP』は、またも実に余計なことをいろいろ描いていて、上映時間152分は明らかに長い。ここはいらないね、とわたしが感じたシーンはいくつかあるのだが、ちょっとそれをまとめておこう。残念ながらそういう無駄シーンのおかげで、全体的にゴチャゴチャしているように思う。
 ■一番要らないシーン筆頭。ブルース・ウェインの夢のシーン。
 Batmanは、いろいろな自分ルールを持っているのだが、その中でも有名なのが「銃は使わない・人殺しはしない」というものだと思う。それは少年時代に両親を銃で亡くしているからなのだが、この映画では、なんとBatmanが銃を乱射してかなり多くの人を殺すシーンが出てくる。わたしはBatmanが絶対にやらないことだと知っているので、ま、これはどうせ夢かなんかでしょ、と思ったら本当に夢だった。あの夢のシーン、必要かな? まったくいらないと思うんだけどな。ほぼ無意味だったし。鍵はロイスだ、という謎のお告げも間違ってたし(鍵はロイスじゃなくてお母さんだった)。
 ■SupermanとDoom's Dayを核攻撃するアメリカ合衆国。
 これも、せっかく本作で唯一、Supermanが正しい選択をしたのに(Doom'sDayを宇宙空間に追放しようとした)、邪魔するUSAって何なんだ。もちろん、現実的シミュレーションをすると、実にあり得る選択だとは思うが、あれはいらなかったね。何の意味もないし、たぶん、核の直撃を食らって瀕死(?)のSupermanが何故復活できたのかも、詳しくない人には伝わらなかったと思う。一応、Supermanのエネルギーは太陽の光だという設定があるので、それで復活できたということだと思うが、そんなこと知らない普通の人には全然意味不明だったと思うな。
 ■レックスの行動の謎
 昨日も書いたとおり、レックス・ルーサーの背景がほとんど描かれないので、よくわからないのだが、議会爆破って意味があったのかな? たぶん、アンチSuperman世論を炊きつけるための作戦だったんだと思うけど(?違うかな?)、あの作戦のせいで、優秀な秘書マーシー・グレイブスも死んでしまうし(?死んだよな?生きてるのか?)、おまけに自分の研究所を留守にしてた間に、まんまとブルース・ウェインにクリプトナイトを奪われてしまうというアホな失態をやらかすし、まったく無意味で必要なかったとしか思えない。
 ついでに言うと、冒頭のテロリストを取材に行くロイスと、そのピンチを救うSupermanの行動も、結果的にはまったく無意味で必要なかったのではないかとさえ思う。あれは要するにレックスの陰謀だったわけだが、残念ながら物語にはほとんど影響を与えていない。ロイスの取材でやっとレックス=悪党だと言うことが分かってもまったくもって後の祭りで、全然必要なかったと思う。そしてこれは完全な蛇足だが、Wonder Womanを演じたGal Gadot様があまりに美しく可愛い過ぎて、ロイスがまったく可愛く見えず、おまけにまた存在感も薄く、今回もまた、ほとんどロイスは不要キャラになってしまっているようにも観えた。必要だったのはお母さんだけだったね。ロイスとSupermanの関係性が浅すぎるのは、この映画にとってなんとも残念かつ欠点のひとつだろうと思う。
 ■Superman特攻!!!
 Doom's Dayとのバトルで、なんでまたSuperman自身が、自分の一番苦手なクリプトナイト製の槍を持って飛んでいかなきゃならなかったんだ!? という点も、わたしは良くわからなかった。ロイスを助けて、槍を確保するまでは確かにSupermanしか出来ないことだったと思うけど、槍を回収したところで、Batmanが「たまには役に立つな(ニヤリ)。後は任せろ!!」ぐらいの余裕で、Wonder Womanと協力してDoom's Dayを倒せばよかったのに。そもそも、槍をうりゃあッ!! と投げつけてやりゃ良かったんじゃね!? 彼の特攻はまったく意味不明です。あまつさえ、原作通りとはいえ、死んでしまうとは……。(←ここはさすがに白黒反転させておきます)
 ■いろいろ散りばめられたトリビア的小物&台詞
 わたしのようなオタクには、げええーーっ!? と驚き喜ぶことでも、普通の人には全然通じないことが結構散りばめられていましたね。端的なのは、Bat-Cave(=Batmanの秘密基地)に飾られていた「Robin」のコスチュームでしょう。知っている人には常識だが、RobinはBatmanの子分ですな。どうも、既にJokerによって殉職あるいは引退させられてしまっているような設定になってる風でしたね。ブルース・ウェインの台詞にも、「ピエロ野郎(=Jokerのことだよな?)には手を焼いた」的な言葉があったし。そういうのは、別にいらなかったのでは? これをやるなら、もうちょっとだけでもWonder Womanの描写に力を入れてほしかったとわたしは思った。

 はーーーー。ヤッバイ。今日も書き過ぎた。これ、もう読んでる人なんていないだろうな……。

 というわけで、なんともぶった切りですが結論。
 わたしとしては、昨日も書いた通り『BAT v SUP』は十分以上楽しめましたし、以降のDCヒーロー作品が非常に楽しみです。ただ、まあ、この映画は120分でもっとすっきりまとめられたと思います。それに、Batmanを知らない人には、実際良くわからなかったのでは? と思うと、ちょっとだけ残念です。以上。

↓ SupermanとDoom'sDayの戦いを描いたのはこれかな。このコミックと今回の映画はまったく別物ですが、Doom's DayはSupermanを殺したVillanとして有名です。大丈夫、ちゃんと復活しますよ。映画ではどう描かれるのか、楽しみっすね!

 

 いやー。もう大興奮ですよ。
 とうとう、US本国とほぼ同時に公開された『BATMAN v SUPERMAN DAWN OF JUSTICE』 (邦題:バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生)を、初日金曜日18:20にTOHOシネマズ日本橋にて観てきた。タイトルが長いので、以下『BAT v SUP』と略します。
 なお、わたしが日本橋を選んだのは、まあ会社から歩いて15分ほどと近いこともあるのだが、字幕であり、3Dであり、そしてDOLBY-ATOMSであるためだ。以前、『GRAVITY』をATOMS版(@TOHOシネマズららぽ船橋)とIMAX版(@HUMAX成田IMAXシアター)を見比べて、映像は確かにIMAXの方がいいような気がしたが、音響はわたしの主観ではATOMSの圧勝だったので、以来、わたしはIMAXよりもATOMS派である。ま、IMAXは高いしムビチケが使えないところが多いから、という理由もあるけれど、とにかく、劇場で最も重要なのは音響だとわたしは感じている。
  さて。何から書こうか。言いたいことがいっぱいありすぎて、まだ頭の中でまとまっていない。なので、今回はわたしがうおーーーー!! と興奮した点と、マジか!? と驚いた点などを箇条書きであげつらうことにしよう。もちろん、ネタバレ全開です。もう、ストーリーを追う必要はないよね? 基本、予告どおりの映画ですので。まずは、予告を貼っておこうか。

 昨日の記事で散々書いたとおり、本作『BAT v SUP』は、2013年公開の『MAN OF STEEL』の明確な続編である。なので、昨日は、『BAT v SUP』を観る前に『MAN OF STEEL』を観ないとダメですよと書いたわけだが、ズバリ前言撤回させていただきたい。『BAT v SUP』は、正直『MAN OF STEEL』を観てなくても大丈夫だと思う。もちろん、基本的なSuprmanの知識というか、まったくSupermanやBatmanを知らない人は厳しいと思うけれど、わたしが散々コレジャナイと憤っている『MAN OF STEEL』事件は、観てなくてもたぶん大丈夫、だと思う。なぜなら、冒頭でゾット将軍との超絶バトルがブルース・ウェイン視点で描かれるからだ。なので、『MAN OF STEEL』で描かれたリアルなSupermanの葛藤なんてもう完全にどうでもいいのである。しかも、前作ではロイスとのロマンスなんてほとんどなかったのに、『BAT v SUP』では、猛烈に驚いたことに、完全にラブラブカップルで同棲(?)してる設定になっている。ええっ!? とわたしは驚愕を禁じえなかったが、これは実際アリである(なお、前作でロイスはクラーク・ケント=Supermanであることは既に知っている)。なので、前作は観なくてよろしい作りになっていて、これはこれで、非常に感心した。また、本作『BAT v SUP』は、Zack Snyder監督の本来の持ち味である漫画的な画作りが随所で見られ、スローモーションや過剰なライテイングなどが復活していて、きっちり「漫画」になっている。物語も、リアル成分を残しつつ、ちゃんとファンタジックな「漫画」要素もふんだんに含まれていて、非常に面白かった。なので、わたしの結論は、『BAT v SUP』はアリ、である。
 あと、ひとつだけ書いておきますが、本作『BAT v SUP』は152分と長い映画なのだが、MCUのような、エンディング後のチョイ見せ映像はないです。なので、エンドクレジットが始まったらもう席を立って大丈夫です。良く映画オタクは、エンドクレジットが終わるまで席を立つなという人がいるけど、わたしはエンドクレジットも観たいから最後まで観ているだけなので(わたしは最近、どのくらい日本人の名前があるかを探すのが趣味)、そうでない人は別に、最後まで付き合う必要は全然ないと思う。さっさと帰っていただいて構いません。
 ついでにもうひとつだけ。この映画、まったく意味のない夢のシーンなど、たぶん20分以上短縮して凝縮できると思う。ちょっと、ストーリー展開がごちゃついている感はあったことは記録に残しておこう。
 では、もうストーリー順ではなく、わたしが興奮したポイント、驚いたポイントなどをあげつらってみよう。まず、わたしが最も興奮したポイントから行こう。

 ■Batmanの怒り大爆発!!! Supermanを殴って蹴ってぶっ飛ばせ!!!
 いやーーーー。さすがBatman。今回の『BAT v SUP』ではとにかくBen Affleck氏演じるブルース・ウェイン=Batmanが猛烈にカッコイイ。芝居振りも完璧に近い。レックス・ルーサーの悪事にいち早く気づいたBatmanは、新型BAT-MOBILE(←暗くてよく見えない。けどカッコイイ!!)で追跡するも、頭の悪いSupermanに邪魔され、あまつさえ、「今日は見逃してやる」なんて偉そうな、傲慢な捨て台詞まで叩きつけられて、ギリギリ怒りを全身にたぎらせる。このシーンが昨日貼った予告で出ていた「You Will !!」の宣戦布告だ。そしてクライマックスの二人の対決シーンはもう最高である。身体能力で叶わない相手と闘うにはどうすればいいか。もちろん、必要なのは作戦である。わたしは、ジャンプの漫画『HUNTER ×HUNTER』を思い出した。ベテランハンターであるモラウは圧倒的な身体能力を誇るキメラアントと闘うにあたって、勝つために必要なものは何かを弟子に言う。「知恵と経験かね」。あのシーンとそっくり同じですよ。あるいは、吉岡一門との「一乗寺下り松の決闘」に挑む、宮本武蔵と言ってもよかろう。ブルース・ウェインは、本作では20年、Batmanとして悪と闘ってきたという設定になっていたが、そんなベテランヒーローに、Supermanが勝てるわけがないのだ。きっちりと計画し、体を鍛え直し、化け物と戦う準備を進めるブルース・ウェインは本当にカッコ良かった。獣を狩るには罠が必要ってことですな。そして始まった戦いでは、もうBatmanはSupermanをボッコボコである。もっともっともっと!!! 殴って殴ってその傲慢な小僧をぶっ飛ばせ!!! とわたしも観ていて歯を食いしばってしまった。まったくもって、ざまあ、である。
 そして、わたしはよーく分かった。要するに、Supermanは前作『MAN OF STEEL』で描かれたように、所詮はカンザスの田舎者のガキなのだ(記憶が怪しいが確か前作では32歳と言ってたような?)。しかも宇宙人だし。だから、まったく経験や知識が足りていない。思考そのものが幼稚だし、わたしから見れば、単なるゆとり小僧である。そんなガキが、20年間世界の最先端でビジネスをこなし、人と交流し、悪と戦ってきた男に勝てっこないことをこの映画は見せ付けてくれた。だから、この映画は、自分の能力にうぬぼれたゆとり小僧を、経験をつんだベテランオヤジがぶっ飛ばすという構造もあって、わたしのようなおっさん大歓喜ムービーなのである。マジでわたしは心から気持ちよかったです。はーーホントすっきりした。

 ■WonerWomanが超カッコイイ!!! つーかガル様最高!!!
 本作、『BAT v SUP』は、そのサブタイトル「DAWN OF JUSTICE」が示すとおり、今後のDCコミックヒーロー同盟「ジャスティス・リーグ」への序章という側面もあり、公開前から既に、Gal Gadot様演じるWonder Womanのビジュアルも公開されていた。先に書いてしまうが、本作には噂どおり、Aqua-Manもほんのチラッとだけ出てくる。おまけに、これもわたしは大興奮したが、なんとThe FlashもCyborgも出てくるのだ。ほんのチラッとだけだけど。めんどくさいのでAqua-ManThe Flash、Cyborgが何者かは書かないけど、とうとう映画に出演した彼らの姿には非常に興奮しましたが、何よりもう、Wonder Womanを演じたGal Gadot様の美しさには、全身全霊で大興奮ですよ。とにかく、綺麗、美しい、そしてセクシーであり、笑顔が最高に可愛い。今調べてみたところによると、この地球上には73億1735万人の人間が生きているらしいが、わたしは断言したい。Gal様はその頂点に立つ美しさである、と。いやあ、本当にGal様は綺麗でかわいくてセクシーだった。全人類の男が理想とする女性像と言ってもいいすぎ、かもしれないけど、わたしの究極理想は、この女だ。と思った。
 なお、すでに、Wonder Woman単独の映画は撮影に入っていて、インターネッツなる銀河にはその撮影フォトがリークされているので、気になる方は検索してみてください。そしてDCコミックでは、そういったスーパーパワーを持った存在を「メタ・ヒューマン」と呼んでいて、本作では、ブルース・ウェインがコイツらちょっと集合させないとイカンな、というところで物語は終わる。まあ、DCコミックにおける「メタ・ヒューマン」は、ある意味Marvelで言うところの「ミュータント」に近い感じですかね。本作『BAT v SUP』においては、Wonder Womanは顔見世的な扱いではあるけれど、Gal様の美しさは非常に目立ち、最終バトルに参戦するお姿は極めて凛々しくカッコ良くて大興奮でありました。とにかく、すさまじくいい女、である。最高。たぶん、本人に会ったら失神して自然と神を称えるように跪いてしまうと思う。会うことはないと思いますが。

 ■やっぱりよくわからんレックス・ルーサーの野望。お前、何がしたかったんだ!?
 これは物語上の、脚本上の問題点だが、正直に告白すると、わたしにはレックス・ルーサーが一体何をしたかったのか、良く分からなかった。Supermanが嫌いだってことは良くわかった。そしてSupermanを陥れようとしていることも良くわかった。でも、一体全体、お前の野望は何だったんだ!? という点は、今のわたしには良くわからない。もう一度観てみないとダメかも。分からなかったのはわたしだけ、かな!? わたしの理解力が劣っているせいかもしれないけれど、とにかく、わたしは興奮していて、レックスの目的が良くわからなかったのは残念。おまけにかなり抜けているというか、意外とうっかり野郎で、あっさりブルース・ウェインにデータやクリプトナイトを奪われるのは、若干興ざめではあった。ただし、演じたJesse Eisenbergの演技は素晴らしく、これは非常に見ごたえがある。彼は相当上手ですね。いかにもIT系バブリーな生意気な小僧を実に憎憎しく演じていて、本来のレックスとは若干違うキャラ付けだと思うけれど、本作での芝居振りは大変良かったと思う。そして非常にそれっぽい雰囲気を漂わせている秘書(マーシー・グレイブスという、DCコミックでは有名なレックスの片腕)も意外と無能で、ほとんど物語には関与しないお飾りキャラだったのが残念。せっかく我々日本人代表として参加した岡本多緒(a.k.a. TAO)嬢だが、今回は役割的に軽いのがもったいなかったと思う。こちらにインタビューがあるので、ご興味のある方はどうぞ。結構興味深い。

 ■で、BatmanはSupermanを許せたのか? 何が二人を分かり合えさせたか。
 この点は、わたしは結構驚いた。怒り爆発で散々ボコってやったのは気持ちよかったとして、物語的には二人は協力関係を結ばないといけないわけで、一体どうするんだ? と思っていたら、ここは脚本的に、上手い! やられた! と思う展開となった。実は本作は、冒頭に少年時代のブルース・ウェインが両親を殺されるシーンが入る。有名なシーンだよね。何ゆえ、ブルース・ウェインが悪を憎むかという原点だ。なので、わたしは、まーたこれやるんだ、と思いつつも、父親役をわたしが歴史に残る大傑作として大好きなZack Snyder作品『WATCHMEN』で、「コメディアン」という悪辣ヒーローを演じた役者Jefferey Dean Morgan氏だったことに大興奮していたため、きちんと母親の名前を記憶に残していなかったという失態を演じてしまった。しかもこのシーンは『WATCHMEN』で魅せたZack Snyder本来のスローモーションを多用した独特の画作りが明確に復活していたのでそっちに気が取られてしまっていた。このシーンで一番重要なのはブルース・ウェインの「母親の名前」だったのに、全然記憶に残していなかった!!
 なんと、ブルース・ウェインの母も、Supermanをクラーク・ケントとして育てた地球の母も、二人とも同じ「マーサ」だったのである。マーサ・ウェインとマーサ・ケント。偶然の一致がなんとBatmanとSupermanに和解をもたらす鍵となるとは、わたしはかなり驚いた。してやられた気持ちである。もちろん、冷静に考えれば、え、たったそれだけのこと? と思わなくはないが、わたしはこの展開が非常に気に入った。マーサ・ケントを助けたいSuperman。そして、マーサ・ウェインを救えなかった幼き頃のブルース・ウェイン。「チッ! マーサのためなら仕方ねえか」と拳を引くBatmanは、わたしには非常に説得力があるように思えたので、ここは拍手をもって称えたいと思います。

 あーだめだ、もっと書いておきたいことがあるのだが、もう長さ的に限界だ。

 というわけで、今日の結論。
 散々昨日は、『MAN OF STEEL』について、オレが観たかったのはコレジャナイ!! ということを書いたが、本作『BAT v SUP』は非常に爽快で、ゆとりヒーローSupermanがボッコボコにされるさまは最高に気持ちよかった。そして、なによりGal Gadot様が美しすぎて、超わたしの好みにジャストミートすぎて、本当に惚れました。Most Beautiful Woman in the Worldだと思います。
 で、明日も引き続き、『BAT v SUP』について、書き残した他のポイントを書こうと思います。以上。 

↓ シリーズ4作目、かな。実は観てないんすよ……抜かったなあ……チェックが甘すぎた……Gal様ハリウッドデビュー作。先日、WOWOWでシリーズ一挙放送があったので録画済です。さっさと観てみよう。
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 2013年に公開された、新たなSupermanの物語を描いた映画『MAN OF STEEL』。今日の夜にテレビ放送があるようだが、わたしは2013年8月31日の公開翌日に、これはIMAXで見ないとイカンだろうと思って、まだ当時少なかったIMAXシアターの中から、行ったことがないところとして、わざわざ「109シネマズ菖蒲」まで車をかっ飛ばして観に行った。少年時代にChristopher Reeve版のSupermanに大興奮していたわたしとしては、超・期待していたのだが、しかし、極めて残念ながら、観終わって深い失望を味わう結果となったのである。わたしが観たかったのはコレジャナイ。と。
 このことについては、実はこのBlogを描き始めた去年の8月に、5回の長~~い連載記事で書いたので、正直今更なのだが、あれを読んでもらうのは苦行に等しいと思われるので、『BATMAN v SUPERMAN』を今日の夜観る前に、もう一度、簡潔にまとめておこうと思った次第である(※2016/03/26;というわけで観てきた感想はこちら)。一応、8月に書いた記事のリンクだけ貼っておこう。
 さてと。
 結論から言えば、『MAN OF STEEL』は、その物語の進行には一切矛盾がなく、極めて正しい道筋をたどっている。まったくもって納得のいく物語進行である。その意味では、脚本には一切問題がなく、完璧と言ったら言いすぎかもしれないが、お見事、ではある。しかし、その「完璧さ」ゆえに、まったくもって「面白くない」のである。どういうことか、分かりやすく説明してみよう。出来るかわからんけれど。恐らく、問題点を端的にあらわすキーワードは「リアル」という言葉であろうと思っている。なお、以下ネタバレ全開です。

 さて問題です。
 アメコミヒーロー「Batman」と「Superman」の最大の違いは何でしょうか?
 映画ファンなら間髪いれずに答えられると思いますが、そうでない人にはわからんかも。
 答えは簡単。「Batman」はあくまで人間であり、お金と頭脳を駆使して数々のアイテムを作っているただのおっさんなのです。もちろん、その精神は超人的で、肉体的鍛錬も重ねているので、非常に強いヒーローには違いない。が、あくまでも彼は「人間」なのだ。そして、「Superman」は、端的に言えば「宇宙人」である。ここが大きく違う。まずは、この点をちょっと覚えておいてください。

 で。Batmanと言えば、近年で言えば天才Christopher Nolan監督による3部作、『Batman Begins』『The Dark Knight』『The Dark Knight Rises』が非常なる傑作として世に知られているわけだが、映画オタクたちは、最終作、「Rises」には厳しい批評を向けている人が多いような気がする(たぶん)。かく言うわたしも、もちろん、2作目の『The Dark Knight』は凄まじいまでの傑作であると思っているが、「Rises」だけは、手放しで賞賛できない。あれはちょっと変というか、問題アリだ。
 以前も書いた通り、Nolan監督はバリバリのイギリス人である。アメコミには何の興味もない男だ。なので、彼はBatmanの監督を託された時に、すべての基礎となるひとつの理念をしっかりと定める必要があった。彼が決めたのは、「もし本当にBatmanが存在していたら?」という理念である。この理念に基づいて脚本を描き、映像を撮って、編集した作品がNolan-Batman3部作である。なので、恐ろしくリアルである。とりわけ、Batmanことブルース・ウェインと、敵対するジョーカーというキャラクターの造形は完璧で、もちろん演じた役者の素晴らしい演技あってこそだが、本当に生きた人間として、リアルに描くことにNolan監督は成功していると思う。
 しかし、その完璧な作品であるはずの中で、なぜわたしが3作目の「Rises」だけダメ判定しているかというと、Nolan監督が「リアル」さを手に入れたのとトレードオフで、失ってしまったものがあるからだ。それは、原作では極めて重要な舞台装置である「Gotham City」の描き方に端的に現れている。なんとNolan監督は、Gotham Cityを、単なる実在のシカゴそのものとして描いてしまったのだ。なので、街としては非常にリアルではある、が、漫画的な「悪の栄える街」というビジュアル的表現が不可能になってしまったのである。
 この結果、「Rises」におけるVillan(悪役)、ベインというキャラクターが完全に浮いてしまっている。彼は「Gothamの申し子」として、ある意味、Gothamという街が生み出した怪物、のはずなのだが、残念ながら完全に滑ってしまった。Gothamが普通の街にしか見えないため、彼の言葉も行動もまったく意味不明なのである。ちなみにBatmanも、ある意味父の作り上げた街であるGothamを浄化するために、悪の栄える街となってしまったGothamで悪党退治にいそしんでいるローカルヒーローが本来の姿なのだが、リアルすぎる描写によって、Nolan-Batmanは(Gothamにこだわらない)普遍的ヒーローのようになってしまった。「Rises」はこの点だけが極めて残念で、他の点は完璧だっただけに、大変がっかりである。
 とはいえ、わたしがダメ判定している「Rises」も興行的にはスーパー大ヒットとなった。WarnerがここまでうまくいったDCコミックヒーロー映画をやめるわけがない。折りしもライバルたるMarvel Studioは、憎っくきDISNEYの傘下となり、そのヒーロー映画をことごとく成功させ、あまつさえ、ヒーロー大集合映画『Avengers』は当時の歴代最高記録を更新するほどのウルトラ大ヒットとなったばかりだ。そもそも、ヒーロー大集合と言えば、DCコミックの「JUSTICE LEAGUE」の方が歴史は古い。Warnerが、Nolan-Batmanの大成功によって、じゃあウチも、「JUSTICE LEAGUE」作るか!! と考えるのは当然だろう。そんな情勢の中、『MAN OF STEEL』の企画は始まったはずだ。
 しかし、Warnerは、ちょっと落ち着いて考えてみるべきだった。
 Nolanの核にある「リアル」路線でSupermanを描いたらどうなってしまうか、を。
 Batmanはあくまで人間である。だから、リアルな人間として描くことで、物語の深みを増すことが出来たと言える。人間だから、悩み、苦しむ。だって人間だもの、がNolan-Batmanの根本である。しかしそれでも、「Rises」では限界が露呈してしまった。やはりコミックヒーローを描くには、リアルにも限度があったのだ。
 そのことにWarnerは気づくべきだったのだが、Nolan-Batmanの成功に浮かれすぎて、誰も指摘しなかったのだろう。『MAN OF STEEL』は、まさしくNolan流の「リアル」路線で、ズバリ言えば「Supermanが本当に存在していたら?」という視点で作られてしまっているのである。
 
 なので、冒頭に書いたとおり、『MAN OF STEEL』は、恐ろしくリアルで、ことごとく、しかるべき道筋をたどる極めて真面目なストーリーだ。ある意味、「もしスーパーパワーを持つ宇宙人が地球に飛来したら?」という仮定を正確にシミュレーションしたものとなっている。
 宇宙から赤ん坊がやってきて、おまけにものすごいパワーを秘めていたら(この点はもうリアルとかそういうことは度外視しないと話は始まらない)、そりゃあ育ての親は、「その力を見せてはならん」と言いますよ。そりゃ当たり前だ。わたしでも、絶対に隠しておけ、と言って育てると思う。しかし、その親の教育方針は完全にSupermanにとっては呪いとなって心と肉体を蝕み、あろうことか、目の前で父が今まさに死のうとしているのに、そして自分には余裕で助けることができる力があるのに、「力を見せるな」という呪いが発動して一歩も動けず、あっさり父は死んでしまう。まさしく「呪縛」だ。親を見殺しにするSupermanの姿なんて、誰が観たいのよ!? とわたしは劇場で椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた。そして「父を助けることも出来なかった、オレの力って何なんだ、つーかオレって何者なんだ!?」とアイデンティティクライシスに陥り、世界を放浪するSuperman。まったくもって矛盾はなく極めてリアルな展開だが、マジかよ……何やってんだお前……と、わたしはもう、あっけにとられた。
 その後、地球での母の言葉と、亡き実父・ジョー=エルのデータ化されたビジョン的存在によってSupermanはトラウマを克服し、地球に侵攻してきたゾット将軍一行との戦いに挑むわけだが、ここも、何というか人間味はなく、正直、観ていてあまり感動はない。しかし人間味がないのは当然だ。だって宇宙人だもの。なので、リアルではあるけれど、ここは、全世界なんてどうでもいい、ただ、惚れたロイスを助けるためにオレは戦うんだ!! という地球育ちの宇宙人という設定を生かした展開であって欲しかった(なお、『MAN OF STEEL』ではまったくロイスとのLOVE展開はナシ。その意味では、本作においてロイスは何の役割もないとも言える。ロイスの役割は、例えば母でも十分代用可能だった)。
 おまけに、戦いに赴く前に、じゃあまずは軍に投降して地球人の誤解を解いておくか、という展開になるのだが、それは非常にリアルで、確かにそうなるかも、と理解はできるものの、わたしは断言するけれど、あのくだりは必要性ゼロだと思う。手錠をかけられたSupermanに何の意味があるって言うんだ? まったく物語には必要ないと思う。Supermanは単純に、地球を、ロイスを助けたいから闘えばいいだけなのに。ちなみに、今回のゾット将軍は、かつての『SUPERMAN II』で描かれたような漫画的な悪党ではなく、明確にSupermanことカル=エルを狙う理由が説明されており、その侵攻の手順も極めて軍人の流儀に叶っていて、彼には彼の正義があることがはっきりと描かれる。その点も非常にリアルでかつ矛盾や突飛な飛躍はない。
 そして始まる、宇宙人同士の超絶バトル。この戦いの様相は、まさしく地球人の目にはとても捉えることの出来ないもので、速すぎて何をしているのかよくわからない。せっかくスローモーションで漫画的な画を見せるのが世界一上手なZack Snyder監督なのに、全く生かされていない。ここもリアルすぎるのだ。また、彼らには、いわゆる必殺技、これが決まれば勝てると言うものはなく、単なる殴り合いで、観ていて全然面白くない。だって、別に殴ったって、銃で撃ったって、痛くもなんともないんだぜ? 殴り合いには何の意味もないよね。その格闘戦で体力を削って、フラフラになった時にライダーキック、あるいはスペシウム光線をかます、というような漫画的表現は皆無である。ただただ、殴り合っている(たまにヒートビジョンをかますも効果なし)。結果、街はその余波でぼろぼろである。建物はぶっ壊れる、車は爆発する、戦闘機は撃墜される。そりゃそうだ。そうなるよね、と、とにかくリアルな惨状が延々と見せつけられる。これ、観てて面白いか? そして対決の結末は、わたしはもう、劇場で「えええっ!!?」と声が出てしまったほどだ。なんと、決め技はスリーパーホールドからの絞め技で首の骨をボキン!! である。もう、なんて地味な決着なんだというのがひとつ、そしてSupermanが人殺しをしたという驚愕の事実に、わたしはもう席を立ちたくなった。なんじゃいこりゃあ、である。
 以上が、わたしが観たかったのは、コレジャナイ。と思う理由である。

 Batmanは人間だからこそ、リアルに描くことで、その苦しみや怒りに共感できた。犬にかみつかれれば血を流すし、常に満身創痍で治療を受けるBatmanは、あり得ないけどあり得るかもしれない一人の人間として、描く価値があったのだ。
 しかし、Supermanが本当にいたら? と超真面目にリアルに描いてしまったら、もう『MAN OF STEEL』で描かれたお話にならざるを得ない。この映画を観た我々は、Superman=恐ろしい存在としか感じられないのだ。まったくもって迷惑な存在でしかなく、いわば地球にとっては害悪以上の何物でもない。そんなSupermanの物語が面白いわけがない。お前のせいで何人死んだと思ってんだ!! と思うのが普通の反応だ。
 が、まさしくそこに、今日から公開される『BATMAN v SUPERMAN』のポイントがあるようだ。
 一番最初に公開された予告で示された通り、今回のお話は、まさしく『MAN OF STEEL』事件の余波で殺された人々の怒りをBatmanが代弁するお話、という一面があるようだ。
 
 BatmanはSupermanに問う。「Tell me, do you bleed?(お前、血を流すのか?)」
 答えないSupermanに、Batmanは宣言する。「You will !! (流すことになるぜ。つか、オレがお前に血を流させてやる!!)」。もう、Batmanは完全に激怒してますよ。そりゃそうだ。いや、もちろん最高にカッコ良くて大興奮のシーンなのだが……大丈夫なのかそれで。
 ※2016/03/26追記:上記のシーン、劇場版字幕では「お前の血は赤いのか?」「真っ赤に染めてやる!!」となってました。その日本語訳もカッコイイですな。
 Batmanの怒りは良くわかるし、対宇宙人用アーマースーツを纏ったBatmanはとてもカッコイイ。人間が宇宙人と戦うには、人類の知恵と経験を総動員した準備が必要だろう。非常にリアルである。けど、どうやって二人は折り合いをつけるのだろう? BatmanはSupermanを許せるのか? Supermanは『MAN OF STEEL』事件の落とし前をどうつけるつもりなんだろう? これから正義の味方として人類に奉仕するので許して下さい、と土下座でもする気か? 別の予告では、アメリカ議会に出席しようとするSupermanの画もあったが、もう、『MAN OF STEEL』で描かれたリアル路線を覆すことができないので、どんどん変な方向に話が進んでしまっているような気がしてならない。しかも、今回は、とうとう参戦するWonderwomanや、噂ではAqua-Manまで登場するらしい。リアル路線を追求したら、もう収拾つかないぞ。

 というわけで、ぶった切りですが結論。
 要するに、コミックヒーローを描くには、ある程度のファンタジックな部分はどうしても捨てられないはずなのだが、クソ真面目に、超リアルに描いてしまったために『MAN OF STEEL』はわたしに失望しかもたらさなかったわけです。全然うまく説明できずにごめんなさい。
 そして、わたしとしては『BATMAN v SUPERMAN』が心配でならないわけだが、あと12時間後ぐらいには観終わっているはずなので、わたしの心配が果たして杞憂に終わるのか、やっぱりな……となってしまうのか、答えはもうすぐに出る。その結論は、今日の夜書いて、明日の朝にはUPしようと思います。以上。

↓ 何故か評価の低い『RETURNS』。でも、わたしはかなり傑作だと思っています。『MAN OF STEEL』よりもずっとずっと面白いと思う。ただし、この映画はChritopher Reeve版の「1」と「2」を観てないとダメです。つーか明確に続編です。あの、お馴染みのメインテーマ曲をきっちり使っていることも非常に良いです。
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