というわけで、あっという間に読み終わってしまった。
 かの「ジャック・ライアン」シリーズ最新作の『米朝開戦(3)(4)』である。すでに(1)(2)巻のレビューで、無駄に長い記事を書いて、シリーズのことや亡くなってしまったTom Clancy氏のことは書いたので、今日はこの作品のことだけしか書きません。以下ネタバレ全開です。
米朝開戦(3) (新潮文庫)
マーク グリーニー
新潮社
2016-03-27

米朝開戦(4) (新潮文庫)
マーク グリーニー
新潮社
2016-03-27

 結論としては、うーん、面白かった、けど、なんというか……今回は、正直、極めて残念なことに、主要キャラクターの殉職や、今後使えそうな魅力的なキャラクターもごくあっさり殺害されてしまい、かなり複雑な気持ちである。おまけに、北の将軍様の最終的なオチも、若干腑に落ちない。
 これでいいのか? という気がしてならないわけだが、まあ、とりあえず話をまとめてみよう。
 なお、あとがきによれば、既にもう、2作、シリーズは完成しているそうで、アメリカでは既に刊行済みだそうです。それを先にまとめておくか。
 ■2014年7月にUS刊行済み『Support and Defend』
 この作品は、「ザ・キャンパス」の工作員の一人、ドミニク・カルーソー単独のスピンオフだそうです。翻訳作業中だそうで、どうやら新潮文庫から次に出るのはこの作品みたいですな。ちなみにドミニクは、今回の『米朝開戦』で、専用機でいつもみんなの世話をしてくれる、超デキる後方支援要員のアダーラ嬢と、何やらいい関係っぽいことがほのめかされるので、ひょっとしたらこの次の作品で、その辺りが描かれるかもしれないですな。※2017/04/12追記:新潮社がやっと翻訳版を刊行してくれました。かなり面白かったす。感想記事はこちらへ
 ■2015年12月にUS刊行済み『Commander in Chief』
 この作品は、またも「眠れる熊」こと、ロシアのヴォローギン大統領がやらかす話だそうです。しかもヴォローギン大統領は、ロシア経済の行き詰まりによって「シロヴィキ(=シリーズの設定としては、ロシアを実質的に支配している旧体制での治安・国防派閥の連中のこと)」との対立が表面化してしまい(?)、ついにヴォローギン大統領は危険な賭けに出る!!  的なお話らしい。楽しみですな。
 
 で。今回の『米朝開戦』である。もう、タイトル通り、アメリカ合衆国とDPRK(=北朝鮮)が戦争を始める話、ではあるのだが、まあ、実際のところ戦争はしていない(もはや戦争行為と言わざるを得ないようなことはやらかすけれど)。物語は、Tom Clancy作品でおなじみのように、いくつかのお話とその事件にまつわる複数の人々のお話が、最終的に一つに交わる、群像劇的な構成になっている。エピソード的には、大きく分けると以下の二つ、かな。
 ■DPRKの核開発及びレアアース鉱山開発の話
 順番としては、権力を握って間もない「三代目北の将軍様」のICBM(弾頭=核爆弾自体はもうできている、けど、それをアメリカに向けて発射する手段がない)開発があって、まあこれは現実の通りだが、その技術を得るために金が必要であり、そのために、かつて中国と共同で開発しようとしていたレアアース鉱山を独自で操業させたいと思っている、という話。そのレアアース鉱脈が本当に存在しているのか知らないが、たぶん、本当なら中国が手放すはずはないと思うのだが……。いずれにせよ、レアアース採掘には相当な技術力が必要で、そのためにDPRK偵察総局はとある民間インテリジェンス企業と手を組んで暗躍する。これがメインストーリと言っていいだろう。なお、物語の世界情勢としては、中国は既にロシアとの闘いに敗れ、アメリカとの闘いにも敗れていて、現実世界の中国のような勢いはなくなっていて、DPRKとも、歴史上最も関係が冷めている状態、となっています。これは、現実世界ではどうなんでしょうな。三代目将軍様とうまく行ってないのでしょうか。
 ■ライアン大統領暗殺計画の話
 で、とにかくDPRKとしては、せっかくこっそり輸入しようとしたICBM用の機械や、レアアース鉱山に必要な機械などをあっさりUS-Navy SEALsの臨検で奪われたりしており、アメリカが嫌いでたまらん状態で、もうライアン大統領を直接暗殺するしかない、とまで思い詰めていると。そのために、レアアース鉱山の共同開発者として取り込んだメキシコの企業を利用しながら、ライアン大統領がメキシコ・シティを公式訪問する時を狙って暗殺を実行しようとするお話がもう一つのストーリー。この時、DPRKに雇われるイラン人の爆弾屋が一つの鍵になる。
 
 こんな中で、各勢力が暗躍するわけだが、各勢力をまとめるとこんな感じ。
 【CIA,NSAなどのアメリカ合衆国の情報機関】
 シリーズの中でずっと出てきて活躍しているメアリ・パット・フォーり国家情報長官(DNI)が今回も大活躍。まあ当たり前か。そして今回は、『米中開戦』で一番の手柄と言っていいほど働いた、CIA局員アダム・ヤオ君がまたも大活躍。DPRKへの潜入という生命の保障のない作戦に単独で挑む。彼のキャラクターは非常にいいですね。かなりの超人的な能力ではあるけど、まあ、スパイには当然なんでしょうな。今回も本当に頑張りました。わたしは、とある理由で彼は今後、「ザ・キャンパス」で活躍するのではないかと思ったけど、明示はされませんでした、というか、その線はないか、やっぱり。また、今回はNGA(国家地球空間情報局)所属のアネットという画像分析官が何気にいい仕事をして、事件の鍵となるサポートをしてくれる。このキャラは今回だけかな……今後出てくるかどうかわからない。 
 【SGIP:シャープス・グローバル・インテリジェンス・パートナーズ】
 NYに本社を構える民間インテリジェンス会社。社長のシャープスは元FBI。いやな野郎として今回のBAD GUYの一人。その手下、エドワード・ライリーが今回一番(?)の悪党。イギリス人で元MI-6。ボスのシャープスに内緒で、散々悪いことをしている。女好きのクソ野郎。そして、さらにその下にいるヴェロニカ・マルテルというフランス女子が今回かなり残念な扱いになってしまった。まあ、彼女も悪SIDEではあったけれど、ビジネスとして割り切る元フランス諜報員として、非常にキャラが立っていて、わたしはひょっとしたらこの女子は、「ザ・キャンパス」にリクルートされるのではないかとさえ思ったのだが、残念ながら終盤で退場。ちょっと可哀想。なお、シャープスもライリーも、最後はきっちり破滅しますので、読者的には、ざまあ、な展開です。全然関係ないですが、SGIPのNY本社はアッパー・ウエストサイドのコロンブスAve沿いの、アメリカ自然史博物館にほど近いところにあるという設定で、その辺りは去年わたしもうろついてみたので、なんとなく地理感が分かって楽しめました。
 【DPRKの人】
 DPRK偵察総局(=要するに情報機関)の局長、李というキャラクターも良く書けていると思ったが、まあ想像通り残念な最期を遂げると。彼は、前任者が、「三代目将軍様」によって「生きながら犬に食われる」という悲惨な処刑を受けたのを目の当たりにして、いつ自分もその運命となるか、ずっと恐怖と戦っているという、ある意味気の毒な人。この、DPRKの描写はこの作品ではかなり多く出てくるが、その真偽はともかくとして、とにかくおっかない。キャラクターの行動の底にある恐怖は、読者にも非常に良く伝わっていると思う。もう一人、DPRKの人間で描かれるのが、レアアース鉱山開発会社の社長をやらされることになった、黄というキャラクター。この人は、まああまり活躍(?)はしないけれど、終盤まさかの展開になって、USAとしては、DPRKの謀略の証拠を握る人として非常に重要な人間となる。
 あと、DPRKに雇われるイラン人の爆弾屋は、これまたDPRKがアメリが合衆国大統領暗殺を指示したことを直接証言できる人物として、DPRKは作戦終了後速やかに殺そうとするけれど何とか逃げて、いろんな勢力から狙われることになる。まあ、悪党なので、ざまあ、ですが。
  【ザ・キャンパス】
  今回はなあ……わたしはどうしてもこれはないだろう……と思ったのが、主要メンバーの殉職だ。なんとなく、ずっと描写として冷遇されていたような気がするサムが、今回かなりあっけなく、残念な退場となってしまったのは、わたしとしてはちょっと問題アリのような気がする。クラークを除く4人では、シャベスと同等の実戦経験豊富なベテランのサム。退場するにしても、もうちょっと花を添えてあげたかった。ここが一番残念。このことがあったので、ひょっとしたらヤオ君あるいはヴェロニカが、補充メンバーとして「ザ・キャンパス」ことヘンドリー・アソシエイツ社に入社するのかな、と期待したのだが……。ヴェロニカも本当にもったいない退場の仕方で実に残念。活躍する姿が見たかった。ヴェロニカは(3)巻ラストであっけない最期を遂げるのだが、その描写が明確ではなかったので、わたしはまた、実は偽装で最後の方で再登場するかと思っていたのに……。
 あと、今回のザ・キャンパスの面々の作戦が、意外と失敗続きで、その点もいつもと違って(?)、なんとなくイラッとしました。何やってんすかクラークさん!! みたいな。ジャックJr.もまだまだっすな。スーパー・イケメン・リア充野郎だけに、若干ゆとり成分が混じってるのが今後の活躍に影響しないといいのだが……。

 というわけで、わたしとしては、全体的には大変面白かったものの、このサムとヴェロニカの退場だけがどうも気持ちよくない。二人とも、退場するならもっと、劇的かつ情緒的なシーンにしてほしかったと思う。
 そして最初に書いた通り、無事にDPRKの陰謀はつぶされるものの、そのことによって「DPRK国内で政変が起きる」展開も、そんなことあり得るのかなあ? と釈然としない。余裕でそんなの嘘だ、でっち上げだ、と否定しまくるだけのような気がするのだが、本作の場合は、中国ももうカンカンに激怒してるので、どうなんだろう、あり得る、のだろうか?  まあ、いずれにせよ、本作でも相変わらず我が日本はほぼ何の描写もなく、完全に空気でありました。きっと、日本国内にもCIAや北朝鮮偵察総局の人間がいっぱいいて活動してるんだろうなあ。毎日どんな生活をしているのか全く想像がつかないけれど、本書の一番最後にある通り、「平和を祈る」しかないですな、我々としては。

 というわけで、結論。
 本書『米朝開戦』は、巨匠Tom Clancy亡き後、その遺志を継いだMark Greaney氏初の単独クレジットによる「ジャック・ライアンシリーズ」であるが、十分楽しめたものの、キャラクターの扱いが若干残念な作品であった。このMark Greaney氏は、「暗殺者グレイマン」シリーズというのが早川書房から出版されているんですな。ちょっと気になるので、読んでみたいと思いました。以上。
 おっと、一つ忘れてたので追記です。原題の『Full Force and Effect』の意味なんですが、法律用語では、in full force and effectというと「~は効力を持つ、有効である」とかそんな意味だそうで、本作に当てはめると……うーん、どれを指すんだろうか……DPRKへの制裁措置、のことかな? 原文で読んだらすぐわかるかもしれないけど、誰か分かる人がいたら教えて下さい。以上。


↓ これっすね。ちょっと気になる。お! 電子書籍で出てるじゃん!! 次のフェアで買うか。
暗殺者グレイマン (ハヤカワ文庫 NV)
マーク・グリーニー
早川書房
2012-09-21