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 まったく根拠はないのだが、恐らく、40代以上の男で「果たしてオレの髪はいつまで元気でいてくれるのだろうか……」という思いにふけったことのない方は、ごく少数派であろうと思う。まあたいていの男が、40も後半となると自らの親父やじいさんを思い浮かべ、オレもヤベえかもな……という悲しみと不安と恐怖に打ち震えるモノだと思うが、わたしの場合、どうもここ2年ぐらいで、本当に、もうこれは自らを偽って気が付かないフリはもはやできない、というか、むしろ自らネタにして周りに「もうオレ、マジで髪が薄くなりつつあるんだけど、人生終了っつうか、心の底から絶望だよ……」というトークをかます必要が生じてきたのである。もはや笑うしかないこの事態に、わたしの心はズタズタに傷ついているのであった……。
 そして4日前、ここ10年ぐらいわたしの髪を切ってくれているイケメンのヘアスタイリストさんに、もうオレダメっすわ……つうか、どうしたもんすかねえ……と悩みを打ち明けてみたところ、まあ、営業トークとして、いやいや、まだ全然いけるっすよ!と言ってもらったものの、今後の「オレの髪をどうしたらいいか問題」に関する基本方針を打合せることにした。その結果、
 1)いきなりだとアレなので、だんだん短くしていく
 2)短い髪がお馴染みになった6~9か月後ぐらいに、第1形態としてまず、Tom Hardy氏 またはDaniel Craig氏を目指す
 3)そして薄くなる進行に合わせて、第2形態としてKEN WATANABE氏的なスタイルを着地点とする
 4)いよいよKENさんヘアーもキツくなったら、第3形態はもうJason Statham氏を目指して無精ひげも同時装着するしかなかろう
 5)そしてそれも叶わなくなった時の最終形態は、もはやBruce Willis氏しかねえ!
 とまあ、こういう結論に至った。わたしもイケメンスタイリストさんも映画が大好きなので、以上の方針に決定した結果、今、わたしは今までよりチョイ短めの髪になっております。まあ問題は、わたしの髪の薄くなる進行度と、髪型の変化がシンクロするかだが、わたしの場合、どうも額が広くなるよりもてっぺん、つむじ付近の薄さがヤバイ状態であり、残念ながらザビエル化する可能性の方が高そうで、ホント、日々絶望に打ちひしがれている……。ああ、理科1の先生を「ザビたん」とか言って笑ってた中学生当時のオレよ、お前は自分を笑ってたんだぞ……。
 はあ……ホント長生きしていいことあるのかなあ……何もないような気がするなあ……。
 ―――というのは、まったく関係ない前振りである。
 今日、わたしはTom Hardy氏主演の『VENOM』を観てきたのだが、普通に面白かったのは良かったとして、やっぱりTom Hardy氏はかっこいいなあ、と思ったのが一つ、そして、ある意味予想通り、まったくもって『SPIDER-MAN』とは関係ない物語になっていて、ちょっとその点だけ残念だったかも、という感想を持ち得た。
 えーと、髪の話は、単にTom Hardy氏繋がりなだけっす。サーセン! そして以下はネタバレ全開になる可能性が高いので、また観ていない方はここらで退場してください。

 というわけで、『VENOM』である。このキャラクターは、別にMARVELコミックに詳しくなくとも、Sam Raimi監督&Tobey Maguire氏版の『SPIDER-MAN3』にも登場したので、映画好きならもうお馴染みだろう。あの、宇宙から飛来した謎の液体生命体で、SPIDER-MANに寄生して「BLACK SPIDY」になるアイツ、別名「シンビオート」である。まあ、原作的にはいろいろあるのだが、その辺は割愛します。いろいろありすぎるので。
 そしてこれももはやお馴染みな通り、今、破竹の勢いを誇るMARVELコミックも、1990年代にはホントにガタガタで経営破たんし、2009年にDISNEY傘下となることで企業再生を果たしたわけで、その20世紀末から21世紀初頭の黒歴史時代は、当然「売れるモノは売れ!」ということをせざるを得なかった。その結果として、有力IP(の映画化権などの二次利用権)はバンバン売られており、『SPIDER-MAN』はSONYに、『X-MEN』や『FANTASTIC4』などはFOXに売られてしまったわけである。
 ズバリ言うと、現在大人気でわたしも大好きなMARVEL CINEMATIC UNIVERS(MCU)は、売れ残って人気のなかったIRONMANからスタートするしかなかったのだと思う。まあ、正確に言えば、MCUが始まったのはDISNEYに買収される前で、MCUというプロジェクトの成功でMARVELは企業価値を高めることに成功し、DISNEYに、買ってもいいな、と思わせたわけで、MCUというプロジェクトがMARVELを救ったと言えるのではなかろうか。
 というわけで、MCUには『SPIDER-MAN』や『X-MEN』のキャラクターを登場させることはできないわけだったのだが、去年、世紀の大英断といわれるSONYの決断によって、SPIDER-MANがとうとうMCUに登場することとなった。その活躍ぶりは『INFINITY WAR』でもいかんなく発揮されていて、もはやSPIDY抜きのMCUは考えられないほどなのだが……果たして本作『VENOM』に、MCUへのつながりは描かれるのだろうか、という点がわたし的には実は一番楽しみであった。誰だって、SPIDY抜きのVENOMの物語って、面白くなるのかなあ? と普通に思うよね。
 しかし、冒頭、物語の舞台となるのがSan Fanciscoであることが明示された時点で、わたしはもう、MCU的つながり=SPIDYの登場は諦めた。なにしろSPIDER-MANはNYCに住んでいる高校生なのだから、こりゃもう、登場する見込みはなかろうと冒頭で分かった。ただし、わが友Mくんは、きっとラストのおまけ画像で、エンパイアステートビルのてっぺんにチラっと出て来るんじゃないすか? とか言ってたため、確かにあり得るかも……と最後のおまけ映像も期待したのだが、おまけ映像でもMCUつながりはナシ、であった。ただしその代わりに、おまけ映像においては、VENOMとセットで語られることも多い(?)有名キャラ、CARNAGEのまさかの登場で、これはこれで相当興奮したっすね。しかもCARNAGE(に寄生されるキャサディ)を演じたのは、なんとWoody Harrelson氏ですよ! これはシリーズ化する気満々なんでしょうな、きっと。なお、おまけ映像は一番最後にもありますが、これは劇場でお楽しみください。
 ああ、いかん、全く余談ばっかりになってしまった。
 だって……ええ、実のところ、本編の物語についてはあまり語ることがないんすよね……物語的には、ジャーナリストの主人公エディが、シンビオートに寄生されてVENOMとなり、シンビオートを地球に持ち込もうとした悪い人をぶっ飛ばすだけのお話で、正直、観ていて、なんでエディとVENOMがあんなに仲良く手を組むのかさっぱりわからないし、VENOMが地球を気に入っちゃった理由もよくわからない。一応物語では、エディもVENOMも「人生の負け犬」同士であり、そこが気に入った、みたいな説明はあったけど……ま、なんだそりゃ、ですわな。なので、別に感動するとか、そう来たか!的な気持ちよさは全くなかったと思う。原作ファンとしては「We are VENOM!」のセリフだけで大興奮できたかもしれないすね。
 とはいえ、それでも、普通に面白い映画であるのは間違いないと思う。それは、結局のところVENOMがイイ奴で、ほぼ正義の味方として大活躍し、悪者をぶっ飛ばすという爽快感がきちんとあって、スッキリ感という意味でのカタルシスはきちんと観客に提供されるからだと思う。そういう点では、本作はきちんと起承転結がつくられていて、クオリティは保証されていると思う。映像的な見ごたえもあるし、まあ、何にも知識なく、いきなりこの映画を観ても十分に楽しめると思います。そういえば、この派手な映像と妙な正義感は、映画としての『DEADPOOL』にとても近いようにも感じたっすな。
 というわけで、4人だけ、メインキャラと演じたキャストを紹介してさっさと終わりにしよう。
 ◆エディ・ブロック:ジャーナリストというかTV局お抱えYouTuberのような男。ただし、自分の彼女のPCを勝手にいじって得た情報で突撃取材を敢行するなど、頭は相当悪く、はっきり言って全くコイツには共感できなかった。当然そんな男なので、仕事を失い、彼女にもあっさり振られ「負け犬」に。コイツ、VENOMに寄生されなかったら人生終了だったよ、きっと。そんな、ある意味だめんずなエディを演じたのがTom Hardy氏41歳。意外と若いな。元部下のA嬢が大ファンで、唇がセクシーなのがお気に入りらしいけど、まあ、確かにカッコいいのは間違いないす。この人はいつも、なんだかモゴモゴしゃべるイメージがあるけど、本作ではやけに滑舌良かったすね。わたしも髪型をTom氏に寄せていく予定だけど、まあ、ブサメンのわたしが似合うかどうかはまだ分からんす、こりゃアカン、と思ったら早めにKENさんヘアーに移行しようと存じます。
 ◆アン:エディの元彼女。エディの暴挙によって一緒に職を失うことになり、エディにブチギレて三下り半を突きつける。そしてさっさと外科医の彼氏と同棲を始める切り替えの早いお方。ま、女性はそういうもんですよ。これはエディが全面的に悪いのでどうにもならんすな。むしろエディは未練たらたらで彼女の家の前でうろうろするという、軽いストーカーと化し、彼女にはごくあっさり、復縁はあり得ないとつめたーーく言われちゃう下りは、もう笑うしかなかったす。そしてそんな彼女、アンを演じたのは、なんとMichelle Williamsさんであった。わたしはMichelleさんが本作に出ていることを全然予習してなかったのでびっくりした。現在38歳か……このお方は、なんか妙に童顔に見えますね。本作ではなぜかタータンチェック(?)のミニスカ着用で、なんちゃって女子高生風な衣装は監督の趣味なのか、原作通りなのか、わたしにはわからんす。大変よくお似合いだったので、わたしとしてはアリ、です。
 ◆カールトン・ドレイク:ライフ財団のTOP。天才。がんの治療薬を16歳(だっけ?)で発明し、巨万の富を得る。そしてその金で現在宇宙開発にご執心。というのも、彼の考えでは、もう地球の資源は枯渇しており、人類は宇宙進出しないとダメ、と思い込んでいて、宇宙移民の際に、宇宙生物と融合するのが解決法だ、とか考えているため、自らシンビオートと同化、RIOTとしてVENOMと戦うことに。もうちょっとその天才頭脳を別の方向に向けてればよかったのにね。ちなみにRIOTは、VENOMの上官でシンビオートの中でも強くて偉いらしい。わたしは知らんキャラでした(わたしは最初、CARNAGEキター!とか思ったけど盛大な勘違いでした)。で、演じたのは、『ROGUE ONE』のボーディーでお馴染みRiz Ahmed君35歳ですよ! あの、元帝国軍のパイロットでお父さんのメッセージをソウ・ゲレラに運んできた彼ですな。あの時は汚いカッコで無精ひげだったけど、今回はきれいなスーツ&すっきりさっぱりな顔でした。結構イケメンじゃないすか。
 ◆スカース博士:ライフ財団で働く医師(?)。医学発展のために働いていたと思ってたのに、裏では人体実験をしていたことにショックを受けて、シンビオートの情報をエディに漏らす人。そして気の毒な最期に……。そしてこの博士を演じたのはJenny Slateさんという女性で、この方は去年観てやけに感動した『gifted』の、担任の先生を演じた方ですな。どっかで見た顔だと思ったけど、パンフを読むまで思い出せなかった……。本作ではイケてないダサめがねでしたが、本来はかなりの美人です。

 とまあ、こんなところかな。なんかまるで関係ない話ばかりでサーセンした!

 というわけで、さっさと結論。
 MARVELコミックの人気者、SPIDER-MANのキャラクターでお馴染みの『VENOM』単独の映画がソニーによって製作され、公開されたのでさっそく観てきた。VENOMを描くのにSPIDYが出なくて大丈夫なんだろうか、と思って観に行ったのだが、まあ、普通に面白かったと言っていいだろう。主人公エディには全く共感できなかったけれど、派手なアクション、ちょっと親しみ?を感じさせる面白キャラ、という点では、なんとなく映画的には『DEADPOOL』に似ているような気がしました。そしてTom Hardy氏はやっぱりカッコイイすね。それなりに全世界的にはヒット中なので、続編が作られたらまた観に行くと思います。その時は、SPIDYが出てきてほしいのだが……どうでしょう、難しいかな……まあ、わたしとしては、さっさとX-MANがAvengersに参加してくれた方がうれしいす。全然まとまらないけど、無理やりですが、以上。

↓ MCUじゃないけど、やっぱりSam Raimi監督版の爽快感はイイすねえ!

 多くの映画オタクの人々の中には、「現代最強の映画監督といえば誰?」と聞かれれば、「まあ、そりゃあやっぱりChristopher Nolan監督っすね」と答える人も多いだろう。かく言うわたしも、ナンバーワンかどうかはともかくとして、最強の一人として挙げることにやぶさかではない、というか、ズバリ、わたしもNolan監督作品の大ファンである。
 Nolan監督といえば、どうも世の中的に「実物」を使って作品を撮る男で、CGを使わない男、みたいに若干誤解されているような気もするけれど、実際のところCGもかなりバリバリに使う男である。Nolan監督がすごいのは、その実物とCGの区別が全くつかない画の質感にあるとわたしは思っているのだが、わたしとしてはやはりNolan監督の一番すごい点は、その超ハイクオリティなリアルな映像自体よりも、「物語力」にあり、端的に言えば脚本がすごい、と思っている。映像が「リアル」なのは誰がどう見てもそうだけれど、とにかく描かれるキャラクターが「リアル」であり、そして「ほんの一つまみの嘘」がスパイスとして超絶妙な味を醸し出しているのである。これは以前もこのBlogで書いたことだけれど、例えば『Memento』における「記憶を保てない状態」、『Prestige』における「奇術」、『DARK KNIGHT』3部作における「BATMANという存在」『Inception』における「夢に入り込む謎装置」、『Interstellar』における「滅びゆく地球と恒星間飛行」、そういった、たったひとつの「フィクション」の種が、「リアル」な人物像と完璧に調和して深い味わいをもたらしているのである。さらに、映像、脚本とともに音楽もまた素晴らしく、とにかくその3つが、役者陣の渾身の演技と完璧に一体化して、まさしく総合芸術たる「映画」としてすごいのだ、というのがわたしの持論である。これも以前書いたことだが、よく、世の中に「映像化不可能!」と言われる小説があるけれど、Nolan監督の作品は、まさしく「小説化不可能!」なのだとわたしは思っている。わたしは小説好きであり映画好きだけれど、ずっと、小説の方が想像力を掻き立てるのに最も適した芸術なんじゃないかと思っていたが、Nolan監督の『Inception』を観た時、ああ、小説化できない映画もあるんだ、と初めて認識し、深く感動したものだ。
 というわけで、現在全世界的に大ヒット中であり、評価的にも非常に高い作品、Nolan監督最新作『DUNKIRK』がやっと日本でも公開になったので、さっそくわたしも朝イチの回へ観に行ってきた。今回はNolan監督作品には珍しく120分を切る短い作品で、なんと上映時間106分である。そしてとにかく大絶賛の声ばかりが聞こえてくるので、当然わたしも超ワクワクしながら劇場へ向かったわけであるが、観終わって思ったことは、これはすごい映画だったし、面白かった、けど、期待したほどじゃあなかったかな……という若干の肩透かし感だ。これは、わたしが単にひねくれものだからなのか、それとも、IMAXではなく通常フォーマットで観るというオタクにあるまじき行為を働いてしまったせいなのか、原因は実は良く分からない。今思うことは、どうもわたしはキャラクターに感情移入できなかったのではないかという疑惑である。そこのところを、これを書きながら自分でも整理してみたいと思う。以下、ネタバレ全開になる可能性大なので、気にする人は読まないでいただければと思う。

 というわけで、相変わらずの「本物」感あふれる迫力は、予告編からも感じ取られるだろうと思う。わたしも予告を観て、このスピットファイアが本物だということは誰が観ても明らかだし、これはまたすげえのが来たぞ、さすがNolan監督だ、と超期待していた。
 物語についてはもはや説明の必要はないだろう。第2次大戦の序盤戦、ナチスドイツによるフランス侵攻が始まり、パリ陥落(1940年6月10日)直前の1940年5月24日から6月4日の間に起った戦闘「ダンケルクの戦い」での、イギリスへ撤退するイギリス軍視点のお話である。
 この作品でNolan監督は、今までの作品にない、いくつかの、具体的に挙げると以下の3つの挑戦をしているようにわたしには思われた。
 ◆初めてのノンフィクション
 ◆極端にセリフが少ない脚本
 ◆3つの視点に分割された構成
 これらはすべて脚本に関する問題であり、わたしがNolan監督で最も優れていると思っている「物語力」に直接関係するポイントだ。
 Nolan監督は、これも何度も書いているけど、ロンドン大学英文学科卒である。それすなわち、日本で言えば国文科なわけで、相当地味でまじめな青年だったのだろうとわたしはにらんでいる。まあそれはわたしが文学部を卒業した男だから実感として思うのだが(ちなみにわたしは国文科ではないですが、国文科の友達はみんな地味でまじめでちょっと変わった、面白い奴らだった)、ともかく、Nolan監督が小説、すなわちフィクションが大好きなのは間違いないだろう。冒頭に記した通り、Nolan監督の作品は、人間に対する深い洞察が極めてリアルで、そこに、一つだけ嘘を交え、面白い作品を創造してき男である。そのNolan監督が初めて描く「ノンフィクション」。となれば、残るのは「リアル」だけになってしまうわけで、わたしは一体全体、どんな物語になるのだろうとドキドキして観ていたのだが、どうもNolan監督は、キャラクターに「しゃべらせない」ことで、「リアル」を担保したように思えた。
 100%確実に、77年前のダンケルクの海岸でキャラクターがしゃべるセリフは「創作」にならざるを得ない。当たり前だよね。「創られたセリフ」をしゃべった時点で、嘘になってしまうし。だからもう、とにかくセリフが少なく、出来事を、冷静な視点のカメラが追う形式にならざるを得なかったのではなかろうか。それは映像としては実に効果的で、迫力の大音響とともに、観客をまさしく戦場へ放り込む効果はあっただろう。実際、わたしも観ながら上空を飛ぶ戦闘機の爆音、ドデカい爆発音などにいちいち驚き、緊張感は半端ないものがあったのは、おそらく本作を観た人ならだれでも感じたはずだ。「怖い」。まさしく戦場の恐怖である。
 しかし、である、やっぱりわたしには、セリフの少ないキャラクター描写は、リアルとトレードオフで、キャラへの共感を失ってしまったように思えたのである。確かに、勇気をもって船でダンケルクへ向かう船長や、なんとかしてドイツ機を撃墜して、船や海、海岸にいる味方を守ろうとする戦闘機パイロットの勇気ある行動には深く共感はできたけれど、最も長い時間描写される若い陸軍兵にはそれほど深い共感は得られなかった。基本的にこのダンケルクの戦いは、撤退戦であり、極端に言えば(一時的な)敗北であって、キャラクターは逃げるだけで、戦うこともほぼせず、最終的な勝利もないので、いわゆるカタルシス、スッキリ感も薄いのも、共感の度合いが浅かった原因なのかもしれない。まあ、徴兵されたと思われる若者だから、極めてリアルではあったのだと思うけれど……。
 そして、視点が3つに分かれている点に関しては、最終的に3つが一つに融合する脚本は実にお見事だった! が、これも、キャラクターへの共感という意味では、若干阻害要因だったのかもしれない。繰り返しになるが、船長と戦闘機パイロットは抜群にカッコ良かったのだが……若い陸軍兵士がなあ……演じたFion Whitehead君の演技に問題があったわけでは決してないんだけど……。なお、本作は、「The Mole(=防波堤):1Week」「The Sea:1Day」「The Air:1Hour」と3つの視点に分かれていることは、事前に散々プロモーションされていたので分かっていることだったが、実は「時間の流れが違う」ことは全然事前に触れられていなかったような気がする。わたしも知らなかった。この時間のズレも、若干わかりにくかったかもしれないな……この辺のトリッキーさは、ぼんやり見ていると全然気が付かないかもしれないが、構成としては抜群にお見事な点であったと、わたしとしてはさすがNolan監督、と絶賛したい点ではあるのだが、このことがキャラクターへの共感を、とりわけ陸軍兵士に対して減退してしまった要因の一つのような気もしている。まあ、わたしの考えすぎという説も濃厚だけどね。
 なお、勇敢な民間人船長を演じたMark Rylance氏、絶対に諦めないパイロットを演じたTom Hardy氏、そして防波堤で全員(?)を送り出した後、わたしはここに残るとシブく決めてくれた海軍中佐を演じたSir Kenneth Branagh氏、この3人は実にカッコよく素晴らしい演技で、わたしとしては大絶賛したいと思う。こういう、言葉は悪いけど映画的な勇敢さは、やっぱりわたしのような単純な男はコロッと共感してしまいますな。
 あ、こんな記事がありますね。Wikiから引用元を観てみると、
 The empathy for the characters has nothing to do with their story,” added Nolan. “I did not want to go through the dialogue, tell the story of my characters… The problem is not who they are, who they pretend to be or where they come from. The only question I was interested in was: Will they get out of it? Will they be killed by the next bomb while trying to join the mole? Or will they be crushed by a boat while crossing?”
 訳はWikからパクっとくか。
「キャラクターへの共感は彼らのストーリーとは無関係だ。私は台詞を通して自分のキャラクターのストーリーを伝えたくなかった。(中略)問題は彼らが誰であるかでも、彼らが誰になるかでも、どこから来たのかでもない。私が興味を持った疑問は、彼らが脱出するのか、彼らが突堤に行く間に次の爆弾で殺されるのか、それとも横断中にボートで潰されるのか、それだけだ」
 なるほど、つまり、キャラはどうでもいい、共感してもらわなくてもいい、ただただ、こいつは次の瞬間にどうなるんだろう、とドキドキして観てろ、ってことかな? だとするとそれは大成功しているといっていいだろう。とてつもない緊張感は106分持続しているのは間違いないと思う。うーん、でも観客としてはそれが面白いのかどうかとなると……どうなんでしょうなあ……。

 とまあ、いずれにせよ、本作はNolan監督作品としてはかなり異例だとわたしは感じた。もちろん面白かったし、ドキドキしたのは間違いない。でも、どうも……やっぱり期待よりは下だったかなという思いがぬぐい切れないのである。それは上記のような理由からなのだが、うーん……これを傑作と思えないわたしはやっぱりひねくれものなのか? それともIMAXで観たら全く別物なのかもしれない。ダメだ、やっぱりもう一回、IMAXに観に行こう。どうもそれは、映画オタクとしては義務のような気がします。
 で、その映像なのだが、わたしはNolan監督がIMAXにこだわるのは、別に非難するつもりはないけれど、そのことがNolan監督に余計な枷になっているのではないかという気もしていて、実は若干心配である。わたしは最新技術肯定派なので、まったくデジタルに抵抗はない男だが、例えばNolan監督が一度でもGoProを使って何かを撮影してみたら、そのあまりの高品位な映像にびっくりするんじゃないかという気もする。Nolan監督はまじめだからなあ……今の最新テクノロジーを享受しない理由はないと思うのだが……IMAXにこだわることで、いろいろな制約があるはずで、それはかなりもったいないことなんじゃないかと思う。もう、James Cameron監督みたいに、オレが撮りたい絵を撮るためなら、機材もソフトも自分で開発したるわい! ぐらいの勢いでいいと思うんだけどな。だって、確実にもう、フィルムは絶滅するもの。それが現実なわけで、こだわりを持つのは大いにアリ、だけど、あるものでそのこだわりが体現できないと思うなら、それが実現できる機材を作っちゃえばいいのにね。それが許される、世界に数少ない男の一人だとわたしは信じてます。
 最後。音楽について触れて終わりにしよう。本作は、Nolan監督自ら「タイムサスペンス」と言っているように、「時間」がカギとなっている。とにかく、観ていて「早く早く! やばいやばいやばい!」とドキドキするわけだが、今回の音楽は、「チッ・チッ・チッ・チッ……」という秒針の音を思わせる音楽が超絶妙で、緊張感を高めるのに極めて大きな役割を果たしているといえるだろう。その音は、超極小な音量からだんだんと大きくなり、かつテンポも上がってきて、とにかく「早く早く!」とドキドキである。もちろん音楽を担当したのはHans Zimmer氏。相変わらずのNolan監督とのタッグは大変素晴らしかったと思う。

 というわけで、若干整理しきれていないけれど、現状での結論。
 現代最強映画監督の一人とわたしが認定しているChristopher Nolan監督最新作、『DUNKIRK』がやっと日本公開となったので、初日の今日、さっそく観に行ってきたわたしであるが、確かに、確かにすごかったし面白かった。それは間違いなく断言できる。だが、どうもわたしが期待していたほどではなく、現状のわたしには、超傑作の判定は下せないでいる。その理由は、「リアル」一辺倒で、Nolan監督最大のポイントである「一つまみの嘘」というスパイスが効いていないためではないか、と思うのが一つ。そしてその結果、キャラに共感できなかったということが主な要因ではないかと思われる。ただ、IMAXで観ると、そのド迫力に、さすがはNolan監督、オレが間違ってました、と完全降伏する可能性もあるので、これはやっぱり、もう一度、IMAXで観ようと思います。以上。

↓ やっぱりわたしは、『Inception』『Intersteller』のような「Nolanオリジナル作品」の方が好きみたいです。この2作は、まさしく「小説化不能!」の超傑作だと思うな。
インセプション (字幕版)
レオナルド・ディカプリオ
2013-11-26

インターステラー(字幕版)
マシュー・マコノヒー
2015-03-25

 元部下のA嬢が、Tom Hardy が好きでたまらないと言う。2代目MADMAXの、あの彼である。曰く、「唇がセクシー」なんだそうだ。
 はあ、そうですか、で会話を終わらすのも若干可哀想なので、じゃあ、『INCEPTION』や『Tinker, Tailor, Soldier, Spy』あたりがお薦めだぜ、と言ってみたところ、『LAWLESS』(邦題『欲望のバージニア』)が見たいという。ああ、劇場では見てないけどWOWOWで観たな、と思ってHDDレコーダーをあさってみたところ、ちゃんとまだ録画したのが残ってたので、Blu-rayに焼いて貸すことにした。わたしも、一度だけ、1.5倍速でざっと観ただけなので、じゃあ、もう一度観てみるかという気になった。

 舞台は、禁酒法時代のケンタッキー州バージニアである。密造酒を作っている三兄弟の 物語で、かなりの暴力シーンというか、血まみれシーンがあるので、「戦争映画は怖くて苦手です~」と日頃のたまうA嬢が果たしてこの映画を最後まで観られるのか、まったく不明だが、まあ、本人のご希望なので貸して進ぜようと思う。

 この映画は、どうやら実話を基にした小説が原作で、原作者自身の叔父の話らしい。まあ、つい30秒前にWikiで知ったことなので、わたしも全く詳しくないが、わたしの場合、こういう映画を見ると、改めて「禁酒法」ってのは何だったのかを調べたくなる。ま、これもとりあえずWikipediaによる知識だが、我々の知る、いわゆる「禁酒法」というのは、ちょっとだけ正確に言うと「国家禁酒法(あるいは「連邦禁酒法」)」というもので、1920年から1933年までアメリカ合衆国内で施行されていたものだ。当時の下院司法委員長であるアンドリュー・ボルステットにちなんで、別名「ボルステット法」というらしい。 この法律を施行するために、憲法すら修正してしまうのだから、まったくもってアメリカ合衆国という国は、なんというか、良くわからん国だと思う。
 時代背景を探ってみると、1920年という事は、第一次世界大戦は終結している。禁酒法導入の一つの理由である、第一次世界大戦による物資不足、は解消していたはずなのに、こういう法律が成立する。現代に生きる我々日本人にはどうにもピンと来ないが、まあ、我々日本も、立法過程は意味不明なものが多いので、余所から見たらわけのわからん国と言われるだろうから、その辺はいいとして、いずれにせよ、この法律は、そもそもは宗教的な背景が強いものだそうだ。曰く、「アルコールは神からの贈り物である一方で、その乱用は悪魔の仕業によるものという明確な社会的コンセンサスがあった」 そうである。
 となると、不思議というかひとつ疑問が沸き起こる。えーと、じゃあなんで、キリスト教の本場であるヨーロッパでは禁酒法的な法律はなかったんだろう? 

 ここから先は、わたしの単なる推量だが、2つ理由が想像できる。
 まず一つ目は、結局のところ、アメリカという国には歴史がないから、なのではなかろうか。酔っ払い、というものは、かなり古くから戯曲を含む文学作品に現れている。わたしが酔っ払いとして真っ先に思い起こすのは、シェイクスピアの『ヘンリー4世』に出てくるフォルスタッフというおっさんだ。まあ、酔っ払いかどうかは微妙だが、大酒のみであるのは間違いない。いや、十分酔っ払いかな。そして酔っ払いは、基本的にいつも主人公を困らせる役割である一方で、主人公をなにげに救う役も多いような気がする。そもそも、飲酒のシーンだけなら、たぶんギリシャ悲劇にも出てくると思う。それほど、酒と人類は昔から縁があり、酔っ払いもまた、昔から存在しているのは確かだ。でも、酒を禁止する、というのを法律化したのは、このアメリカの「禁酒法」以外には、そりゃあったんだろうけど、特に有名な話は聞いたことがない。まあ、聞いたことがないのはわたしの無知ゆえかもしれないが、おそらくは、歴史あるヨーロッパ社会においては、すでに酒は欠かせないものであり、酒を禁じる、という思考を持ち得なかったのではないかと想像する。おそらく、歴史ある国において、これは日本も含めていいと思うが、酒がないという状況は想像すら出来なかったのではないか。日本の場合は、いわゆる神事において酒は不可欠であるし、その際の飲酒も当然不可欠で、法によって酒の製造販売や飲酒を禁じるなどという発想は、たぶん日本人には出て来ないものなのではないかと思う。
 もうひとつのわたしが思う理由は、上記の歴史のなさとやや近いのだが、女性の権利がアメリカではいち早く認められつつあったからではないかと思う。どうやら、Wikiによると、アメリカの禁酒法は、女性団体の後押しが大きかったらしい。なんでも、泥酔した男による暴力に立ち上がった女性団体の力が、法案成立には大きく寄与していたらしいのだ。女性には大変失礼な話だが、歴史ある国ほど、女性の権利が認められたのは遅いような印象がある。歴史がなく、何もかも新しい国アメリカ。それゆえに、禁酒法は成立したんじゃなかろうか。

 というわけで、1920年代のギャング時代を舞台とした本作は、アメリカン・ウィスキーの本場たるケンタッキーで起きた実話を基にしている。ええと、ストーリーはまあ、ごく単純で、ちょっとなにを書いてもネタばれになるのでやめておくが、この映画も俳優陣はかなり豪華である。
 三兄弟のキャストは、長男がJason Clark。『Child44』でも書いたとおり、4代目ジョン・コナーでおなじみの、若干しゃくれた、映画監督のTalantinoをイケメンにしたような男だ。ちなみに、オーストラリア人である。なお、長男は、正直ストーリー上たいした役割を負っていないので、かなり影は薄い。そして次男が、A嬢が愛してやまないTom Hardy。彼はイギリス人。なんか、彼はいつも、七三のぴっちり分けのちょっとクラシカルなカリアゲ・スタイルのような気がする。『INCEPTION』でもそうだったし、『Child44』でも(まあ軍人なのでやむなしだが)そうだった。なんか、彼は別の髪型だとどうなんだろうと気になるが、現代劇のコメディ『Black&White』でも短髪だったので、ちょっとイメージがわかないかも。そして三男が、Shia LaBeoufである。かれはバリバリアメリカ人で、『Transformers』で一躍ブレイクし、その後も順調にキャリアを重ねている。この彼は、一時、松岡修造ばりの謎の暑い熱いテンションで「Just do it!!!!」と叫びまくる動画が話題となり、わたしの中では面白い奴認定されている男だが、元々はコメディアン出身らしいので、まあ、実際面白い奴なんでしょうな。たぶん。
 ↓これね。無駄にテンションが高く、手ぶりも意味不明の動きで、わたし的には大ウケw

 この三兄弟を中心に、とにかく観ていて胸クソ悪くなるような悪党をGuy Pearceが憎ったらしく演じている。彼はイギリス人だがオーストラリアで育った男で、こいつの出演している映画は結構見ているが、まあ、あまり好きではない。別にイケメンでもないし、芸達者系ではあると思うけど、どうでもいいかな。彼を見たいなら、やはりNolanの出世作『Memento』か、『The Time Machine』だろう。間違っても『Ironman3』ではない。あと、男優としては、この映画にもGary Oldmanがシカゴの大物ギャング(?)で出演している。まあ、シーンは少ないので、日本的に言うと特別出演みたいな扱いかな。なんか、わたしには菅原文太兄貴に見えた。
 で、わたしとしては非常に推したいのが、Dane DeHaanである。彼は三男の友達役で出ているのだが、演技も非常によく、今後を注目している男だ。彼が主役を演じている『Chronicle』という映画は、低予算で作られたものだが、大ヒットを記録し、わたしも非常に面白い映画だと思う。だが、この映画を件のA嬢にお勧めしたところ、完全にイマイチ判定されてしまったので、どうやら女子的にはウケないらしい。わたしとしては脚本も役者の演技も非常に高レベルだと思うのだが……ライトノベルを真面目に映画にするとこうなる、というお手本のようなよくできた映画だと思う。
 そして、本作では女優が二人、なかなかいい芝居をしている。一人が、Jassica Chastainである。わたしはこれまでに彼女が出た映画を結構観ているつもりだが、正直、今まで別に可愛いとか、きれいだと思ったことはなかったが、本作で初めて、あれっ!? この娘、可愛いんじゃね? と思った。よーく観ると、Jassicaさんは十分綺麗じゃんか、と改めて思った次第である。今まで大変失礼いたしました。ちなみに、本作では脱いでます(セクハラサーセン)。もう一人が、『Alice Wonderland』でタイトルロールを演じ、ブレイクしたMia Wasikowskaちゃんである。この娘も確かオーストラリア人かな。今回は、超地味っ娘を演じており、五右衛門的には、可憐だ……とつぶやかざるを得ない。結構好きです。こうして見ると、メインキャストで純アメリカ人は少ないですな。ここに何か意味を見いだせるのかどうか、ちょっと良くわからない。

 というわけで、結論。
 肝心の映画のことはあまり書けないが、キャストは豪華であり、演出・撮影も悪くない。ただ、物語的には比較的単純なので、正直なところ、あまり記憶に残る映画ではないかもしれないな、と思います。まあ、嫌いじゃないけど、どうせならもうちょっと、クライマックスへ向けた緊張感と、山場の盛り上げが欲しかったかな。

 ↓ これが原作小説。あまり、読む気にはなってません。
欲望のバージニア (集英社文庫)
マット ボンデュラント
集英社
2013-05-17





 ↓それよりこっちを観てほしい。まさに、能力系シリアスラノベの完全実写化。こういうのを日本人が撮れないのは本当に残念だと思う。
クロニクル [Blu-ray]
デイン・デハーン
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2014-06-18


 

 "There is no murder in paradise"
 昨日の夜観た映画は、この言葉から始まる。この言葉が一番最初にスクリーンに現れたとき、それなりに教養ある男を自負する私でも、これが誰の言葉なのかは知らなかった。が、それはすぐに明らかになる。これは、かのヨシフ・スターリンの言葉なのである。しかし、
 ――「楽園には、殺人は存在しない」。
 昨日観た映画は、この言葉の恐ろしさを嫌というほど教えてくれるものであった。
 その映画のタイトルは『Child44』という。

 結局、昨日は、開始時間がちょうどよかった方の映画を観たわけだが、『Child 44』は、邦題に「森に消えた子供たち」というサブタイトルが付いている。まあ、正直このサブタイトルはどうでもいい。一応ちょっとだけ解説しておくと、この作品は2008年にアメリカでベストセラーとなった、トム・ロブスミスによる小説が原作で、日本でも新潮社から出版されている。なんでも、2009年(?)の「このミス海外編1位」なんだそうだ。海外ミステリ好きなわたしも、話題になっていたことは知っていたが残念ながら読んでいなかった。ちょど今、本屋に行くと、この著者による新作「The Farm」(日本語タイトル「偽りの楽園」)という小説が新潮文庫で並んでいるのを見かけるが、それ以外にも実は『Child44』の続編は既に2作(?)出ていて、今回の映画の主人公の物語はまだ続いているようなので、これは買うしかないかな、と今思っている。 

 で、冒頭の言葉だ。
 要するに、スターリンの規定する共産国家ソヴィエトは、人類の欲望などは超越しており、楽園であると。故に、殺人など起こるはずもない、という意味である。どうですか、ゾッとしませんか? わたしは、その意味を映画の冒頭で知ってこれほど恐ろしい言葉は、なかなかないんじゃないかと思った。だって、あり得ないでしょ。そんなことは。つまりこの言葉は、わたしには完全に人間を、あるいは人間性?といえばいいのかもしれないが、とにかく人間というものを全否定しているように聞こえる。おそらくは、北の将軍様だってそんなこと言わないんじゃないかという気がするが、どうなんだろうか。もちろん、21世紀に生きる我々は、スターリンの夢見た楽園計画が完全に失敗に終わったことを知っている。わたしは、その失敗の原因を端的に物語る言葉だと思った。ははあ、やっぱりスターリンという男は、人間というものを知らない三流思想家だったかと納得のいく言葉だと思う。
 映画の話に戻ろう。この映画というか物語は、一部では子供を狙った連続殺人がソヴィエトで起きて、それを主人公が追う、という話だと思われるかもしれないが、それはあくまで表面的な事象に過ぎない。 この物語は、一人の男の目を通いて、ソヴィエトという狂った社会実験の顛末を追ったものだと解釈した方が良いのではないかと思った。
 
 物語は、主人公の男の幼少時代から始まる。第2次大戦の始まる前の1933年、ウクライナでは毎日数万人がスターリン政権下で餓死していて(しかも計画的飢餓、というらしい。そんなアホな!)、孤児が多く発生していた。主人公もそうした孤児の一人であり、孤児院を脱走し、軍人に助けられ、1945年のベルリンを開放したソヴィエト軍兵士として、偶然ベルリンに最初にソヴィエトの旗――赤字にハンマーと鎌のアレ――を掲げた兵士として新聞に載り、英雄扱いを受けることになる。戦後は、MGB(国家保安省、のちのいわゆるKGB)のエリート将校として毎日を忙しく送っていた、というところから物語は展開していく(ちなみにここまで冒頭の6分ぐらいで語られる)。物語の舞台は、1953年の戦後の冷戦がはじまる頃のモスクワだ。
 物語の流れはいくつかあって、ちょっと複雑なのだが、まず、最初に語られるのが、妻との結婚生活の模様。どうも、主人公は奥さんが大好きなのだが、奥さんはイマイチそうじゃないっぽいことがほのめかされる。もう一つが、スパイ容疑の男を追う話。その過程で部下との確執が描かれる。そして3つ目が、ともに戦争を戦った親友の息子が、「殺人が存在しない国」において「殺される」事件の話だ。

 この3つの流れが一つに合流していくわけだが、とりわけ、3つ目の事件が大きな柱になっているので、変な邦題が付いたのだろう。主人公は、MGB将校であるため、「殺人」という言葉を使う事が許されない。あってはならないことだからだ。故に親友に対しても、「あれは事故である」というでたらめな調書を伝えに行かされるはめになる。もちろん、親友も、特に親友の奥さんは全く納得ができない。だが、「殺人だ!」と主張することは、国家への反逆とみなされ、投獄はおろか粛清の対象にすらなりうる。だから黙るしかない。
 なんて恐ろしいことなんだとわたしは観ていてビビった。これが共産主義、これがスターリン体制下の常識なのか、と。それ以降も、主人公はかなりひどい、ほんとに、もうやめたげて! と言いたくなるような目に遭う展開なのだが、まあ、それは観ていただいた方がいいだろう。これ以上はネタバレなのでこの辺でやめておく。

 いずれにしても、この映画は、「ベストセラー小説を完全映画化!」みたいな惹句で宣伝されていたが、原作を読んでいないわたしとはいえ、それはどうだろう、と実は感じている。というのも、どうにもキャラクターの行動原理がいまいち明確でないのだ。どうしてそうなる、というのがやや説明不足だと思う。とりわけ、犯人の動機と、主人公の奥さんと、イカレた部下のキャラがイマイチつかめなかった。もちろん、それらしき描写はあるといえばあるのだが、うーーん……これはきっと原作ではきっちり描かれているのであろうな……と強く感じた。なのでまあ、要するに原作を読めってことか、と私は了解することにした。
 なので、東京に帰ったら、原作と、続編の2作も読んでみようと思う。
 それは、前述のキャラクター造形の若干の物足りなさが、わたしをそう駆り立てるわけだが、それ以外にも、映画としては全く問題ないきっちりとした終わりであるのは間違いないけれど、この主人公のその後があるなら読んでみたいと単純に思うからだ。結局のところ、わたしはどうやらこの主人公に非常に魅かれたということであり、映画としては非常に面白かったというのが結論であろう。、

 なお、キャストは非常に豪華と言っていい布陣を敷いている。主役のレオは、先日紹介した2代目MADMAXでおなじみとなったTom Hardyだ。イギリス人の彼が、いかにもロシア人っぽい英語をしゃべるのは何とも色気があり、世の女性に人気が出るのもうなずける。その奥さんを演じているのは、スウェーデン人のNoomi Rapaseで、正直彼女は別にうまいとは思えないが、彼女の出世作である『Millennium』シリーズ3部作は、ハリウッドリメイクであるDavid Finchter版よりもずっと面白い。もともとスウェーデンの大ベストセラーである『Millenium』の、かの「ドラゴンタトゥーの女」ことリスベット・サランデル役は、確実に彼女の方が原作のイメージに忠実で、非常に合ってると思う。なお、Noomi Rapaceは、ハリウッド進出のために英語を特訓した努力の人でもあり、今回のロシア人っぽい英語は雰囲気があって悪くない。ほかにも、Gary Oldmanや、4代目ジョン・コナーとしておなじみのJason Clarkeなど、脇もきっちりと有名俳優で固めている。あとヴァンサン・カッセルも出てますな。こいつは別にあまり好きじゃないからどうでもいいや。

 というわけで、結論。
 『Child44』は、わたしとしては十分面白かった。しかし、この面白さを味わい尽くすには、どうやら原作を読むことは必須なんじゃないかな、と思う。興味を持たれた方はぜひ、映画と小説、両方を味わっていただきたい。


↓ 今回の原作(上下巻)。その下が、どうやら2作目、さらにその下が3作目です(※めんどくさいので、いずれも上巻のみ)。

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)
トム・ロブ スミス
新潮社
2008-08-28

グラーグ57〈上〉 (新潮文庫)
トム・ロブ スミス
新潮社
2009-08-28




 
エージェント6(シックス)〈上〉 (新潮文庫)
トム・ロブ スミス
新潮社
2011-08-28



 前作『MADMAX: The Thunder Dome』の公開が1985年だから、既に30年が過ぎた。
 おそらくは、いわゆる「終末世界(ディストピア)」のイメージとして、全世界の様々な作品に影響を与えたあの『MADMAX』が、まさかシリーズ生みの親であるGeorge Miller本人の手によって再びよみがえる日が来るとは、わたしのような映画オタクでも、まったく想像していなかったに違いない。少なくとも私は、またGeorge Millerが撮るらしいという噂を聞いても、本当に撮影を開始して、ビジュアルが公開されるまでは、「またまた、ご冗談を。タチの悪い噂話はなしですぜ」と、一瞬も信じていなかった。しかし、それは現実だったのだ。わたしの愛する『北斗の拳』に多大な影響を与えた、あの、まさにあの! 元祖『MADMAX』大復活である。
 当然わたしは初日に観に行った。IMAXにするか悩んで、結局、TOHOシネマズのTCXスクリーンにて3D字幕版で観た。そして、大興奮したわけである。
 
 現在のデータでいうと、まずUS国内での興行成績は152M$、全世界興収は373M$に達しており、これは紛れもなく大ヒットである。今日のレートが1US$=120円ぐらいなので(円安が結構進んでるのう……)、全世界でおよそ448億円の興行収入を稼いだことになる。予算規模は150M$らしいので(Box Office MOJOより)、興収の40%程度がバックされるとすれば、劇場上映、いわゆる1次スクリーンだけでなんとか元は獲れそうなところである。当然、Blu-rayや配信での収入や、当然MDや権利関係の収入もこれから入るわけだから、無事に黒字は確実であろう。
 黒字が確実、という事が何を意味しているか。
 それは、確実に続編を作れる、ということでもある。世の『MADMAX』ファンは、安心していただきたい。
 なお、近年では洋画がことごとくヒットしない日本においても、この作品は15億を超え、十分にヒットしたといえる成績を収めている。まあ、わたしとしては20億を超えてほしかったが、年間で10億を超える洋画のヒット作が15本程度しか出ない今の国内劇場映画市場では、十分頑張ったと言ってよかろうと思う。なお、去年2014年のランキングを見ると、15億強という成績は年間ベストの7位にランクされる数字である。よかったよかった。
 
 で。
 21世紀の今、世はリメイク作品が溢れ、そのことごとくが、あまり高い評価を得ない時代である。
 中には非常に優れたリメイクもあるのに、リメイクゆえに、元の作品への思い入れの強い人々からは、「ああ、やっぱオリジナルの方がいいわ」となじられるわけで、そういう「懐古厨」という厄介な客がいる中での、今回の大復活。
 当然わたしも、『MADMAX』については、それなりに思い入れがある。実は、第1作は劇場で見ていない。年齢的に、TVでしか見ていない世代なのだが、『MADMAX2』は、現在のヒカリエが存在する、渋谷駅前の、今はなき東急文化会館に入っていた「渋谷東急」という劇場で見た。1階の渋谷パンテオンではなかったと思う。なんでそんなことを覚えているかというと、わたしは、なんという映画をどこで見たか、については、どういうわけか異常なほど記憶が残っていて、ほぼ、誰と見たかも思い出せるという、我ながら謎の能力があるからだ。まったく、記憶力の無駄遣いもいいところである。しかも『MADMAX2』をなぜ渋谷で見たかも、明確に記憶している。これは、わたしが中学の時の冬の話で、宿題でプラネタリウムを見なくてはいけない課題があって、そもそも渋谷には、同じく東急文化会館の一番上(?)にあった、「五島プラネタリウム」に用があって来ていたのだ。
 当時すでに映画オタクへの階段を順調に上っていたわたしとしては、プラネタリウムなんぞより映画が見たくて仕方なく、一緒に行った3人の友人を連れて『MADMAX2』を見たのである。
 インターネッツなる便利な手段のない当時、わたしの映画情報は、たいていが集英社刊「ロードショー」という月刊雑誌に頼っており、読者コーナーのイラスト投稿なんかもあったほのぼのとした時代だが、その中には、ダジャレめいた投稿も多く、この『MADMAX』も当然ネタにされており、中でも、当時も今もわたしが最高だと思うお葉書が、『松戸マックス』という変なイラストの投稿で、以来、わたしはずっと、『MADMAX』を『松戸マックス』と呼んでいる。なので、この中学生の冬も、友人たちとは、1階のパンテオンでやっていた作品(確か『タイタンの戦い』だったと思う。もちろん1981年版)と、この『松戸マックス』にするか、若干もめて、「いいからこっちだよ! 松戸マックス2に決まってんだろ!」と、わたしが半ば無理やり決めた思い出深い作品なのだ。

 まあ、そんなわたしの中学時代の思い出はさておき。

 今回の『Fury Road』だが、大半の懐古厨のおっさんどもにも好評のようで、興行成績は冒頭に紹介した通りである。しかし、一部のおっさんたちは、「いやー、だってインターセプターは2で爆破しちゃったでしょ」だの、やはり文句を付けないと気が済まないらしい。そんな細けぇこたぁ、どうでもいいんだよ!
 基本、MADである。狂っとる。という話なわけで、あまりわたしもガタガタ文句は付けたくない。火を噴くギターをかき鳴らすMADな野郎、その後ろでドカドカ太鼓をたたくMADなドラム隊、完全にイカレてやがる人食い男爵や武器将軍(この日本語訳は素晴らしい!) など、まさしくヒャッハーなMAD世界を再びスクリーンに描いてくれたGeorge Millerのイマジネイションはやはり一級品だと思う。
 だが、やはりわたしは、脚本を、ストーリーを、物語をもっとも重視する人間であるため、どうしてもモノ申したくなってしまうので、以下、少々お許しいただきたい。

 今回、わたしが物語上うーーーむ……? と思ってしまった点は、女性戦士フェリオサだ。彼女が如何にしてイモータン・ジョーの支配する国(?)で地位を得、そしていかなる理由で反逆を決意したか、が、非常に薄らぼんやりとしかわからない。この点が、わたしがこの映画で唯一問題視する点である。そんな細けえこたぁ……どうでもよくないのだ。わたしには。
 確かに、生まれの国(?)たる女性戦士の集団が出てきたりはするが、正直良くわからない。既にご覧になった方ならわかると思うが、イモータン・ジョーの支配は、非常に合理的で、彼は全く、おそらく唯一、「狂っていない」男だと思う。あの狂った世界において、イモータン・ジョーという男は、実に冷静で、非常に優れた統治者だったと言っていいのではなかろうか。水や食料を生産し、人々には役割=仕事を与え、ガソリンや武器は物々交換で手に入れるという、経済活動すらも回している。イモータン・ジョー、あんたすげえよ!
 イモータン・ジョーの統治は、確かに21世紀に生きる我々からすれば、非人道的で到底許されないものだとお怒りの方も当然いるだろう。ごもっとも。そりゃそうだ。わたしだって、逃げるわそりゃ。しかし、フェリオサは、反逆により「自由」を手に入れたとしても、彼女たちはその後生きていけただろうか? 正直、見通しは全くもって甘い。確実にもっともっと厳しいサバイバルが待っていたはずだ。それとも、この映画は、それでも自由は尊いということを主張したかったのだろうか?
 その辺は観た人の受け取り方次第なので、正直どうでもいい。どういう意見もアリだ。ただ、やはりわたしとしては、フェリオサが反逆を志す理由を、もう少し丁寧に語ってほしいと思った。なにしろ、計画が恐ろしくずさんで、もしあのタイミングで、マックスが現れなかったら、確実に失敗していたし、マックスが現れなくても計画は実行していたのだから、完全に運が良かったとしかみなせないのである。それでイモータン・ジョーの立場を乗っ取るとは、なんともはや、イモータン・ジョー哀れなり、としか思えない。現実的なわたしとしては、あーあ、水解放しちゃって、この後どうすんだよ……と、エンディングのテンションは若干下がってしまった。下手したら、ありゃすぐに暴動になるぞ。

  というわけで、ちょっとだけ、物語上の問題点はあるものの、各キャストの芝居は素晴らしいし、映像も迫力満点で見ごたえ十分だ。わたしは3D版を見たが、全くもって問題なし、というか、3Dによって迫力は増していたと思う。今回は、3D版で正解だ。
 なお、主演のTom Hardy は、非常にイケメンで、カッコよくマックスを演じてくれていて大満足。元祖マックスのMel Gibsonは、わたしは大好きな俳優の一人だったが、自らのDVによってすっかりハリウッドから干されてしまった。ちょっと前に、スタローン隊長に誘われて『EXPENDABLES3』には出たけどね……。何やってんだよ全くもう。オスカー監督でもあるのに、実に残念。いずれにせよ、Tom Hardyに惚れた方は『INCEPTION』か、『Tinker, Tailer, Soldier,Spy』(邦題:『裏切りのサーカス』)を見ていただきたい。どちらも非常に見ごたえのある傑作です。また、フェリオサも、物語上の文句は付けたものの、Cherlize Theron の演技は素晴らしく、さすがにオスカー女優の実力は折り紙付きだ。そのほか、ニュークスを演じるNicholas Hoult は、最近売り出し中で、こいつをチェックするなら、当然『X-MEN:First Class』『X-MEN:Days of Futur Past』が順当だが、『Warm Bodies』もなかなかイケてるのでおすすめしよう。これは、ゾンビ映画なのだが、彼演じるゾンビは、生前をびみょーに覚えていて、ゾンビである彼が襲って食べちゃった男が好きだった女子、を自分が好きだった女子と思いこんでしまい、健気に守ろうとする(いや、あんまり守ってないな)お話で、きちんとした原作小説のあるちょっと変わった物語だ。興味があればぜひ。ほかにも、レニー・クラビッツの娘であるZoe Kravitzも出てるし(この娘も『X-MEN:First Class』にエンジェル役で出てる)、『Transformers: Dark of the Moon』に出演してあまりの下手さに酷評されたRosie Huntington-Whiteleyや、かのElvis Presleyの孫、Rilley Keoughなんかも出演しているので、何気に豪華キャストの映画なのでありました。
 あ、ここまで書いたところで、今知ったのだが、Wikipediaによると、どうやら前日譚がグラフィックノベル化されているみたいですな。そして映画の続編も、フェリオサの過去を描く(?)らしいね。もう、早く言ってよ!

 というわけで、結論。
 『MAD MAX:Fury Road』は、絶賛というほどではないにしても、かなり楽しめる映画でありました。ご興味のある方は、迫力の映像と、MADな世界観に満足するだけではなく、ぜひ、物語を考えながら見てほしいと思います。あと、たぶん、シリーズの1作目と2作目は見ておいた方が楽しめる……と思います。(※1作目のシーンのフラッシュバックが結構入るので、観てない人には意味不明だと思う)

↓ ちょっとだけ取り上げた『Warm Bodies』の原作小説。
 また小学館文庫か……でも、この表紙は、ナシだ。なんでこんな表紙にしたんだ?

 わたしは小説原作を読んでないのでなんとも……↓こっちの映画だけでいいと思います。
 ――あれっ!? 発売元が……マジか……知らなかった……。すげえオチが付いたわw
ウォーム・ボディーズ [Blu-ray]
ニコラス・ホルト
KADOKAWA / 角川書店
2014-02-07




 

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