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 1990年代、わたしは大学生~大学院生~サラリーマン序盤という人生を送っていたわけだが、当時は結構リア充だったんじゃねえかという気はするものの、映画に関しては小学生からずっとオタク道を邁進しており、90年代も様々な映画を映画館に行って観ていた。
 その中でも、比較的忘れられない面白かった映画として記憶に残っている作品の一つに、1991年に観た『FLATLINERS』という作品がある。どうやらUS公開は前年の1990年だったようだが、Wikiによれば日本公開は1991年の2月らしいので、わたしが観たのもその辺りだろう。当然当時のパンフレットは持っているし、後にWOWOWで放送されたのもHDDに眠っている。さっき、ちょっと部屋を発掘したところ、こんなのが出土されたので、スキャンした画像を貼っとこう。
flatliners
 これ、当時の前売券の半券、ですな。わたしはオタクとして馬鹿みたいになんでも取っておく、余人には全く理解の得られない習性を持っているが、まあ、そういうわけです。
 というわけで、わたしはこの映画をかなり覚えていて、主演たるKiefer Sutherland氏がまだ20代で(現在51歳・当時24歳か?)、実際カッコイイ野郎だった彼が、「Today is a good day to die」今日は死ぬにはいい日だ、と冒頭でつぶやくシーンもはっきり覚えている。そしてわたしの大好きなKevin Bacon氏(現在59歳・当時32歳)も大変カッコ良かったことが思い出される一作だ。この作品を撮ったのは、80年代後半から2000年代まで、結構な売れっ子だったJoel Schmacher監督で、この監督と言えば「赤」と「青」を象徴的に使うことでもお馴染みだ。「赤」=死、「青」=生、みたいな。いや、逆か? 青が死、かな?
 お話としては、結構とんでもないお話で、臨死体験者の話には、「光」や「近しい人」が出てくると言ったような共通点があり、いっちょ自分で心臓を止めて「死」を自分で体験し、その謎を解こう、そして見守る仲間に蘇生してもらって「臨死」を経験(near death experience)するのだ、というもので、医学生たちの禁断の実験が、とんでもない恐怖を招いた―――的なサスペンスホラー? ともいうべきものだ。
 というわけで、またもや以上は前振りである。
 今般、この映画『FLATLINERS』が今再びリメイクされ、当然キャストも一新された新作として公開になったので、わたしとしてはもう、マジかよ! とワクワクしながら劇場へ向かったのである。
 結論から言うと、わたしは結構楽しめた作品であった。内容的にちょっと1990年版から変わっていて、とりわけ主人公の身に起こる出来事が、全く予想外でわたしは大変驚いたのである。以下、クリティカルなネタバレにも触れる可能性が高いので、気になる方は絶対に読まないでください。

 探したけれどこの30秒Verしかなかったのでやむなくこれを貼っときます。しかし、相変わらずSONY PICTURESの予告はダサいというか、日本語ナレーションは全く不要だと思うのだが……。まあいいや。この予告ではさっぱりわからないと思うけれど、お話としては上の方にわたしが書いた通りです。どうでもいいけれど、たしか1990年Verは舞台がシカゴだったような記憶があるけれど、今回はトロントでした。シカゴ大学もトロント大学も、医学部は名門みたいすね。
 さて。前述のように、わたしがびっくりしたのは、主人公の運命が1990年Verと大分違っていたことなのだが、ズバリ、ネタバレを書いてしまうと、この、「人工的臨死体験」をした医学生たちは、幻覚に悩まされるようになるんだな。それも、過去の、「ひどいことをしてしまった」という罪悪感が幻覚となって現れ、精神的に追い詰められてしまうわけだ。そしてそれを克服するには、その原因となった人に対して、心からの謝罪をするしかなく、そうして自分も相手も、完全ではないだろうけど、心の落ち着きを取り戻せる、という展開になる。しかし問題は、その「ごめんなさい。あの時のおれはホント最低でした」と「謝りたい相手」がもう既にこの世にいなかったら? という点がポイントになるわけだ。
 というわけで、今回のキャラクター達と、演じた役者を紹介しておこう。
 ◆コートニー:主人公の医学生の女子。実験を考え付いた首謀者。9年前、自らが運転する車で、うっかり携帯を見ながら運転するというミスを犯し大事故を起こしてしまい、同乗していた妹を亡くす。演じたのはハリウッドきってのちびっ子でお馴染みEllen Pageさん30歳。この人はかなりの演技派で、今回も大変良かったと思う。しかしまさかあんな最期を迎えるとは……。主人公なのに途中退場という衝撃の展開にわたしはかなりびっくりであった。
 ◆レイ:仲間の中では一番のキレ者?的な、医学生。元消防士で救急蘇生は慣れているらしい。社会人経験のある年長者で、事件の中で唯一、人工臨死を体験しない男。演じたのは、顔を見て一発で、あれっ!? キャプテン・アンドーじゃん!と分かるDiego Luna氏37歳。去年の今頃『ROGUE ONE』で活躍した彼っすな。彼がこの映画に出ていることをまったく予習してなかったので、アンドーが出てきて驚いた。今回はロン毛を縛って若干マスター・クワイ=ガン風で、実にイケメンないでたちでした。そして、なかなか演技も素晴らしく、文句は何一つありません。カッコイイじゃん。
 ◆ジェイミー:2番目の人工臨死体験者。金持ちのボンボン。LAで美容外科医として金儲けがしたいと思っているドスケベ野郎。彼には、かつて妊娠させた女子を裏切った過去があって、その女子が恨めしそうな表情で幻覚となって彼に襲いかかることに。つまり生霊、みたいなもんですな。演じたのは、James Norton君32歳。わたしは知らない方です。あまりイケメンとは思えないけれど、まあ、モテるんでしょうな。前作で言うところのWilliam Boadwin氏が演じた役柄に近いかな。前作では、自分が連れ込んだ女子とSEXしているところを隠し撮りしてコレクションする変態でしたが、今回はそれはなかったす。
 ◆マーロー:3番目の体験者。金持ちのお嬢さん。彼女は、1年前?に急患で運ばれてきた男を投薬ミスで死なせてしまった過去があり、深く後悔している。レイのことが好き。演じたのはNina Dobrev嬢28歳。ブルガリア生まれでトロント在住だそうな。なかなかお綺麗な女子だが、今まで観たことはないかな……。
 ◆ソフィア:4番目の体験者。いまだ自宅暮らしで、シングルマザーの母親が、人生の全てを「娘を医者にする」ことに賭けていて、それ故にちょっとプレッシャーに負けそうなおとなし目の女子。高校生時代に、自分よりデキる女子の携帯をハックして、保存してあったセクシー自撮り画像を拡散させて笑い者にしてしまったことに、罪悪感を抱いている。演じたのは、これまたわたしには知らない人のKierseyClemons嬢24歳。主にTVで活躍されている方のようですな。
 とまあ、こういう5人の物語である。ちょっと、ついでに、オリジナルVerではどうなっていたかも短くメモしておこうかな。たしか、各キャラ以下のような「罪悪感」を背負っていたような気がする。
 ◆Kiefer Sutherland氏演じた役:首謀者で1番目の体験者。子供時代いじめ?が行き過ぎて、事故死してしまった子がいた→もはやこの世にいないこの子に、主人公がどう謝るか、そして許しは得られるのか、がポイント。なお、今回のリメイクVerではKiefer氏が主人公たちの先生として登場する。わたしはまた、オリジナル版の主人公のその後かと思って、「まさか君たちは、『あの実験』を始めたというのか!?」的に、物語に絡んでくる役なのかとドキドキしたのだが、そんなことはまるでなく、別人としての出演でした。ちょっと残念。
 ◆William Baldwin氏演じた役:2番目の体験者。数多くの女子を泣かせた。どう謝ったか覚えてない……。
 ◆Kevin Bacon氏演じた役:3番目の体験者。子供時代、黒人の女子をいじめていた→謝罪に出向いて許してもらう。わたしは今回のレイが、Kevin氏の役に近いかと思って観ていたのだが、レイは人工臨死を体験しなかったすね。そしてかつていじめていた相手に謝りに行って、許してもらうのは今回はソフィアでした。
 ◆Julia Robertsさん演じた役:4番目の体験者。確か、お父さんがベトナム帰りで、精神を病んで自殺してしまったが、自分のせいだという罪悪感をずっと抱いていた。→幻影の父に許される。
 ◆Oliver Platt氏演じた役:確か最後まで人工臨死を体験しない慎重派(というより臆病だったっけ?)、みたいな記憶だけど自信なし。アカン。こりゃあまた観ないとダメだな……
 こんな感じだったと思うので、今回はいくつかの役が混じっていたり、役がチェンジしているような印象だが、それは別にまったく問題ないと思う。それよりも、本当に主人公コートニーの運命にはびっくりした。まさか途中退場とはなあ……妹の幻影に許されてもいいと思うのだが……。オリジナル版でのめでたしめでたし感は、本作ではコートニーの悲劇によって若干薄らいでしまったように思える。むしろわたしはマーローの方が許されないと思っていたけど、本作ではコートニー以外の体験者3人はきちんと落とし前をつけたわけで、それはそれで、観ていてよかったね、と安堵したのも確かだ。
 しかし……やっぱり、人類にとってのカギは、「赦し」にあるんだとわたしはつくづく思う。そこには、「赦す」側と「赦される」側の2つがあって、どちらかと言えば謝罪をする側よりも、それを「赦す」側の方が、気持ち的に難しいような気がしますね。いや、書いといていきなり否定するのもアレだけど、それはどうかなあ……。わたしは、幸いなことに罪悪感のようなものを持つべき相手よりも、「赦せねえ!」と思っている人間の方が多い、ような気がするけれど、それはわたしが単に、自分の中で解決してしまっているだけで、本当はわたしが「ごめんなさい」というべき相手がいっぱいいるのかもしれねえなあ、という気もすごいしてきた。そうかも。そうかもな……。「赦す」前に、「赦されている」ことに気づいていないだけかもしれないすね。
 となると、やっぱり、わたしが気付いていないわたしの罪を赦してもらうためにも、わたしも「赦せねえ」連中を、わたしの方から赦していかないといけないんだろうな……という気がとてもします。なるほど、これが「にんげんだもの」ってやつか。やっぱみつをはすげえなあ……。

 というわけで、話は逸れたけれどもう結論。
 27年ぶりのリメイクとなる、新版『FLATLINERS』を観てきたのだが、メインプロットは変わらないものの、キャラクターの言動は変わっており、意外と新鮮に観られた映画であった。まさか主人公が途中退場するとは思わず、大変驚いたけれど、「赦し」ってのは、非常に人類にとって重要な、重いテーマですな。ただ、それがどうして臨死体験と繋がるのか、そこんところは実際良くわからんです。これはオリジナル版でもたしか明確には描かれていなかったような気がする。ちょっと気になるので、HDDに録画してあるはずのオリジナル版を、ちょっくら発掘して観てみよう。と思うわたしでありました。以上。

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 わたしは現在40代後半であるが、おそらく、一番最初の『STAR WARS』、いわゆる『Episode IV : A NEW HOPE』を公開時に劇場で観た最後の世代だろうと思う。わたしですら当時は小学校低学年であったわけで、わたしより若いともうダメだろうし、わたしより年上でも、50代前半ぐらいまでだと、「映画が好き」な人でないと劇場では観てないはずだ。その後、わたしの場合で言うと、小学校高学年で『Episode V : THE EMPIRE STRIKES BACK』が公開され、中学生の時に、『Episode VI : RETURN OF THE JEDI』が公開されたわけで、わたしはすべて劇場で観ている。今はなき「テアトル東京」という映画館の超巨大なスクリーンで最初の2作を観て、3作目は、こちらも今は日比谷シャンテになってしまった「有楽座」というデカい劇場で観た。親父と兄貴と観に行ったテアトル東京は、「シネラマ」というちょっと特殊な上映方式で、とにかくデカかった印象しかないのだが、今のおっさんとなったわたしがテアトル東京で観たらどうなのか、ちょっと気にはなる。もう、二度と、永遠に体験できないことだけれど……とにかく、今のわたしが映画オタであるのは、100%間違いなく『STAR WARS』がきっかけだと断言できる。「フォース」を訳した字幕の「理力」が理解できずに、親父に「ねえ、理力ってなに!??」と質問したことが今でも忘れられない。親父は英語が堪能であったので、確か「まあ超能力みたいなもんだな」と教えてくれたような記憶がある。
 そして、わたしが高校生になるちょっと前ごろに、やっと家庭用ビデオデッキも普及し始め、すでにクソオタクに成長していたわたしは当然のようにβ-MAXを買ってもらい、TVで放送された『STAR WARS』を録画し、その後VHSでも録画、さらに、初めてソフトを買ったのはレーザーディスク版(たぶん80年代終わりごろ)で、その後VHSの廉価版ビデオパッケージを買い(これが90年代の中ごろか?)、2000年代になって、新三部作が完結したのちにDVDで出たSAGA-BOXを買い、そしてさらに、2010年代にはBlu-rayBOXを買うに至るわけだ。要するに、わたしは『STAR WARS』に関しては、β(TV録画)→VHS(TV録画)→レーザーディスク(販売ソフト)→VHS(販売ソフト)→DVD→Blu-rayと、その時々の映像再生ソフトをその度ごとに購入して、その映像を進化させてきたわけです。
 そんなわたしであるので、『STAR WARS』の『IV:A NEW HOPE』の直前の出来事、すなわち、デス・スター設計図を盗み出すお話が映画になると聞いて、期待しないわけがない。というわけで、今日からついに公開になった『ROGUE ONE ――STAR WARS STORY』をさっそく日本橋TOHOシネマズにて、3D字幕・DOLBY ATOMS版で観てきた。以下、いつも通りネタバレ全開で結末まで書くと思いますので、知りたくない人は即刻立ち去ってください。読む場合は自己責任でお願いします。

 ところで。わたしは観る前から、ちょっと心配なことがあった。
 わたしのぼんやりした記憶では、確か問題のデス・スター設計図がレイア姫の手元にもたらされるまでの過程では、「多くの人々が命を落とした」んじゃなかったけ? てことは、今回の『ROGUE ONE』はキャラクター全員が助からないんじゃね? と思ったのだ。なので、わたしはおととい、Blu-rayで予習というか復習として、『EP IV:A NEW HOPE』を改めて観てみることにした。
 しかし、実際に観てみると、何故かはっきりとレイア姫だったか秘密基地の司令官だかが、この設計図は多くの人々が命を懸けて我々に届けたものだから、この情報を無駄にしてはならない、的なセリフがあったように記憶しているのに、そんなシーンは見当たらなかった。あれっ!? 何かオレ勘違いしてるのか? と全く自分の記憶が信じられないが、ないものはない。そして、冒頭の物語説明の銀河に流れていく文字でも、よく読むと、決して設計図強奪チームが死んだとは書いていないことを認識した。
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Episode IV
A NEW HOPE
It is a period of civil war.
Rebel spaceships, striking
from a hidden base, have won
their first victory against
the evil Galactic Empire.
During the battle, Rebel
spies managed to steal secret
plans to the Empire's
ultimate weapon, the DEATH
STRA, an armored space
station with enough power to
destroy an entire planet,
pursued by the Empire's
sinister agents, Princess
Leia races home abroad her
starship, custodian of the
stolen plans that can save
her people and restore
freedom to the galaxy....
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 それどころか、帝国軍に対して最初の勝利を挙げた、とさえ書いてある。ああ、そうなんだっけ、と今更再確認したわけで、わたしのSTAR WARS愛も大した事ねえなあ、とガッカリだが、とりあえず簡単に言うと、本作はまさしくこの反乱軍の「First Victory」を描いた作品であった。
 しかし。もう結論を言ってしまうと、わたしのインチキな記憶通り、まさしく全員死亡エンドで、わたしは非常にびっくりした。これは一体どういうことなんだ??わたしは観終って、若干混乱中である。
 (※追記:さっきWOWOWで『EP VI:Return of th JEDI』を観ていて思い出した。こちらで、第2デス・スターに皇帝が直々に来ている、という情報を「命がけ」で仲間がもたらしたのです、というシーンがあった。こっちと勘違いしてたことがさっき判明)
 そして正直に言うと、わたしはどうも本作『ROGUE ONE』にイマイチ乗れなかった。たしかに、通路を隔てた横の席のおっさんは開始30分でグースカ寝てイビキまでかきやがるし、わたしの横の老夫婦はギリギリに入ってきて、コートを脱いでポップコーンやチュロスをガサガサゴソゴソ食っててうるせえし、イラついていたという環境のせいもあるだろう。だが、どうも……何か違和感というかしっくりこなかったのだ。それは一体何故なのか、と考えてみたところ、たぶん、キャラクター造形にムラがあるのが問題なのではないかという結論に至った。
 ◆ジン:主人公。デス・スター設計者の娘。父(演じたのは北欧の至宝と呼ばれるイケメンオヤジ、Mads Mikkelsen氏。やっぱりカッコいい!)が帝国軍に連れ去られるときに何とか逃げ切るが、母は目の前で殺された。なので、帝国軍が大嫌いなのは頷けるのだが……しかし、どうせならもっと激しい性格を貫いてほしかった。思うに、父は結局反乱軍に殺されたわけで、ジンは反乱軍にももっと牙をむいてほしかったように思う。たぶん、わたしが一番もったいないと思うのはその点で、彼女の行動の最も重要な動機は、父に再会すること、そして帝国に協力したという父の汚名を雪ぐことであるはずなのだが、妙に反乱軍に協力的なのは、わたしとしてはどうも違和感を感じてしまうポイントであった。ジンは、もっと尖った危ない女子、であって欲しかったというのがわたしに感想である。ちなみに演じたのはFelicity Jones嬢。あいかわらず、デカい前歯が可愛かったすね。声も可愛いと思います。
 ◆アンドー:反乱軍のスパイ。任務のためなら人殺しも厭わない男。演じたのはDiego Luna氏。あまり見かけた覚えはないですが、それなりのイケメンですな。ジンに協力。しかし彼もどうにも半端というか……彼も親兄弟を帝国軍に殺された過去があるため、帝国軍を憎んでいるのは分かる。そしてジンの父も見つけ次第殺せ、という任務を帯びていたのに、やっぱり殺せない、という躊躇は十分理解できるし美しかった。けれど、うーーーん……どうも行動の動機がはっきりしない。キャラ造形が若干浅いと思うのだが……ジンに協力する筋道がもっとエモーショナルに描けたはずで、非常に残念。
 要するに、どうやらわたしは反乱軍のお偉方が非常に気にくわないのだと思う。そしてそのお偉方に対して激しく歯向かったり、抵抗しない二人の主人公がイマイチ気に入らないのだと思う。反乱軍は、旧・銀河共和国の残党たちなわけで、また長々と議論したり戦いに消極的だったりするシーンは、はっきり言って不要だとわたしは感じた。あのつまらない議論のせいで、物語の流れは途切れてしまうようにも思うし、『EP IV』直前の時間軸においては、あんなに意見がまとまっていないのは何か違和感を感じる。そんな議論してる場合じゃねーだろうし、意思が統一されていないのは致命的ですよ。ひょっとしたら、オーガナ元議員をもっと上手に、反乱軍の中で唯一ジンを支持・援助するようなキャラとして物語に組み込んだら良かったのになあ……と思った。そしてアンドーも、反乱軍本部に何らかの形で裏切られ、ジンとオーガナ元議員に救われるような展開が欲しかった気がします。
 ◆K-2SO:元帝国軍のアンドロイドで、プログラム改変済み。まあ、C-3POを連想していただいて構わないが、今回のK-2は、元帝国軍だけあって妙に皮肉屋?で、おまけに戦闘にも参加する。そして冷静に文句を言いながらもしっかりサポートしてくれる頼れる野郎で、ラストは大変カッコ良かった。泣ける……! 今回ひょっとしたら一番のナイスキャラ。彼は最高でした。
 ◆チアルート&ベイズのコンビ:二人とも、惑星ジェダの「ウィルズ」の守護者。特に盲目のチアルートは、フォースを感じることができるようで、常に「フォースは我とともにあり。我はフォースとともにあり」とつぶやいている不思議な男。この二人も戦闘では頼りになるし、ラストバトルでは泣かせてくれる。とても良かった。出来れば、もう少し「ウィルズ」についての説明が欲しかった。あれじゃあ、正直全然わからんよ。なお、チアルートを演じたのがアジアのスターDonnie Yen氏。イップマンですな。アクションのキレは一番輝いてましたね。一方のベイズはWen Jian氏が演じています。彼も中国の方すね。全然知らない人です。
 ◆ボーディ:元帝国軍輸送船パイロット。ジンの父に託されたメッセージをもって脱走してきた。彼は結構わかりやすいのだが、正直キャラ造形は薄い。ただし、後半は結構活躍してくれたし、ラストは泣かせてくれたので許します。演じたのはRiz Ahmed氏。この方もわたしは知らないなあ……ぎょろ目が非常に印象的です。
 ◆ソウ・ゲレラ:ジンの父の友人で、ジンを16歳まで育ててくれた恩人。現在は対帝国の過激派としてゲリラ活動(?)をする団体のリーダー。さすがにオスカー男優Forest Whitaker氏が演じただけあって、見かけや存在感は圧倒的だけれど、やっぱりジンとの絆が非常に薄くしか描かれず残念。反乱軍においても、彼のゲリラ部隊は過激すぎて嫌われている、という設定は全く不要だったと思う。この点も、反乱軍が一枚岩でないことを印象付けてしまって、対立構造を複雑化させているだけでほぼ意味がない。意味を持たせるならば、その組織にジンも加えるべきだったのではなかろうか。そうすれば激しい闘士としてのジン、というキャラが強く印象に残ったのに。つーか、素直に、ジンと二人で隠棲していて、そこに父からのメッセージが届くという『EP IV』と同じ構造にすればよかったような気がしてならない。もしくは、ジェダイの生き残りという設定もありえたのではなかろうか。ダメかな?
 ◆ベイダー卿:あの、ベイダー卿がいた惑星って、『EP III』でアナキンがオビ=ワンにぶっ飛ばされたムスタファ―なのかな? 溶岩とか見かけはムスタファーっぽかったけど、どうなんだろう? ま、いずれにせよ、今回はベイダー卿も結構ちょいちょい出てきます。ラストは非常に良かったですな。赤いライトセーバー振り回して反乱軍兵士を斬りまくる狂ったアナキンは大変良かったです。
 ◆C-3PO&R2-D2&レイア姫:3POとR2は、一瞬だけ出てきます。つーか、反乱軍の基地のある衛星ヤヴィンにいたんですけど……あのヤヴィンって、『EP IV』で出てくる反乱軍の基地の星だよね? だとすると、3POたちは『EP:IV』の後半で「戻ってきた」ことになるわけで、もう知ってる星ということになるけど、若干矛盾してないか? 大丈夫なのかな? そして今回、レイア姫がきっちりラストに出てきて、設計図を受け取るわけですが、エンドクレジットによるとIngvild Deilaさんという方が演じたようです。が、画面ではもう、かつてのレイア姫そのものでした。まさかあれ、CGなのか?? そしてレイアを引き取って育ててくれた、オルデラーンのオーガナ元議員は今回も登場、ちゃんと演じた役者も、『EP:II』『EP:III』と同じJimmy Smits氏でした。でも、アンドーのところで書いた通り、彼にはもっと重要な役割があってよかったと思う。その方が、レイアへのつながりも明確だっただろうに……もったいない……。
 いずれにせよ、レイアが設計図を受け取り、間一髪脱出し、それをベイダー卿が、くそっ!と見送るエンディングは素晴らしかったと思います。あのシーンはもう100点満点と称賛したいですな。

 キャラクター以外でいうと、ラストのX-WINGやY-WINGが入り乱れるバトルシーンは素晴らしい!! と思う。迫力満点で、3Dで観てよかったと思った。ただし、音響設計はイマイチかもしれない。せっかくDOLBY ATOMSで観たのに、すさまじいまでの音響的迫力は足りないと思った。映像100点、音響60点ぐらいかなあ。わたしは常々色々な人に言っているが、映画館の最大の魅力は音響だと思う。大きなスクリーンよりも、音響の方が重要だ。だからわたしはIMAXよりATOMS派なのだが、どうも今回は正直、音の迫力はイマイチだと思う。
 音響つながりでいうと、今回、音楽がJohn Williams氏ではなく、はっきり言って印象に残らず。ひょっとしたら、わたしが一番この作品で問題アリだと感じたのは、音楽なのかもしれない。やっぱりですね……盛り上がらないんですよ。冒頭のメインテーマもないし(ついでに言うと冒頭の銀河に流れゆく文字もない。必要だったと思うなあ……)、やっぱり、John Williams氏の音楽じゃないとダメだってことはよく分かりました。エンディングだけいつもの曲が流れるのは、やっぱりおかしいと思う。
 思うに、やっぱりですね、『STAR WARS』が大好きな人間が『STAR WARS』を撮ってはいけないんだと思う。大好きすぎて、世界何億人もの『STAR WARS』ファンが納得するものにならないんじゃなかろうか。その点でいうと、やっぱりJJ Abrams氏はすごい男ですよ。彼はもちろん好きだろうけど、きちんと観客の観たいものをわかってるわけで、その点は本当に大した奴だと思う。今回のGareth Edwards監督は『STRA WARS』愛が強すぎたのではなかろうか。Gareth監督の持ち味である凄い映像は、確かに超一流で文句の付けどころはないけれど、どうしても、物語が弱いような気がしてなりません……。

 というわけで、結論。
 『STAR WARS』初めてのサイドストーリー、『ROUGE ONE』は、映像100点、物語/キャラクター70点、音楽/音響50点、とわたしは判定いたします。まあ、今回は(周りの客の)環境が悪かったこともあるので、またBlu-rayが発売になったら買って何度も観て、同じ感想を持つか確かめてみようと思う。ひょっとしたら、あれっ?こんなに面白かったっけ、という発見もあるかもしれないし。しかし……主要キャラ全員死亡とは……マジで驚きました。以上。

↓ もう一度読むか……わたしの本棚の奥に眠ってるはず……。





 

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