わたしは昭和の男として、いまだ新聞をちゃんと毎朝読む男なのだが、たまに、新聞の書評を見て、へえ? と思った本を買って読むことがある。そういう場合は、まあ、ほぼ100%小説なのだが、1カ月ぐらい前かな、たしか作家の宮部みゆき先生の書評を読んで、かなり好意的だったので、じゃあ、買って読んでみるかと思った作品があった。
 それはどうもドイツミステリーらしく、わたしはドイツ語で修論を書いた男なので、現代ドイツ文学(文学、というのもアレかな)を読んでみたいと思う気持ちは、おそらく普通の人よりずっと高い方だろう。なので、本屋で探してみたのだが、まるで見当たらず、本当に最近の本屋さんはアレだなあ……と思っていたら、ごくあっさり、電子書籍で発売していることを発見し、さっそく購入、読み始めた。それはこの作品であります。
乗客ナンバー23の消失 (文春e-book)
セバスチャン・フィツェック
文藝春秋
2018-03-28

 著者のSebastian Fitzek氏は一応日本語Wikiがありますな……わたしとしてはこの方の他の作品も読んでみようかと思ったものの、どうも柏書房なる版元から出ている本はことごとく品切れ重版未定みたいすね……amazonによると。あ、早川書房から出ている本は買えるっぽいな……。まあ、いずれにせよ、この著者は1971年生まれのドイツ人で、新作は映画化もされるようで、それなりに有名らしいすね。全然知らなかった。ベルリン生まれのベルリン育ち……西出身ってことでいいのかな……。
 お、ちょっと検索したら文春のツイートに宮部先生の書評のリンクがあるからこれをのっけとこう。

 で、ズバリのっけから結論を言うと、宮部先生のオススメには申し訳ないのだが、はっきり言ってかなりイマイチであったようにわたしには感じられた。最後まで読み通す自信が全然わかず、電子書籍の便利機能である読了タイム計測によると、わたしは338分かかってこの本を読み終えたらしい。紙の本だと377ページあるのかな? なので、読んだスピードはわたしの標準速度だったようにも思うが、実感としてはスゲエ時間がかかった、という気がしてならない。そして今から感想を書こうとしているのだが、実は読み終わったのもだいぶ前で、なんか……なんか書くことがあんまりないんすよね……。うーむ。
 まず、物語を簡単に説明すると、豪華クルーズ船において起きた失踪事件を、刑事が解決するものである。わたしにはかつて、元海自潜水艦乗り→陸自レンジャーという経歴の男が部下でいたため、そいつからいろんな話を聞いたことがあるのだが、そいつも言ってたことで、本書にも出てくることなのだが、外洋船から落ちたら、100%助からないんだそうだ。それはもう簡単な理屈で、100%見つからないから、らしい。なぜなら、船が止まる(静止する)のに要する距離が我々の想像を超えていて、本書に出てくる豪華客船は数km必要らしいが、落ちたその瞬間を目撃したとしても、あっという間に見失うものらしい。元部下の元自衛官曰く、マジ無理っす、だそうで、実際、フェリーから海に身を投じることは確実な自殺手段としても有名らしい。あと、船によるんだろうけど、客船の場合は海面まで高さが数10メートルある場合もあり、下手に落ちれば当然骨折もするだろうし、その点でも、もう海に落ちたら完全アウト! だそうだ。
 というわけで、本書では、以下のような、非常に多い登場人物が入り乱れる(?)お話であった。ちなみにわたしは、とにかくキャラ数が多いし、それぞれにエピソードが多くて、次々に視線が移っていくし、しかもあまり本筋と関係なく、なんかうんざりした。なんでStephen King大先生の作品ではそういうことにならないんだろうな……キャラ多いのに。ま、そこがKing先生のすごいところかもしれないすね。とにかくキャラが多いので、全員は紹介しません。
 ◆マルティン・シュバルツ:主人公。刑事。おとり捜査での潜入捜査官。オープニングの事件はすごい話でビビるが、物語本筋にはほぼ関係なし。凄腕、らしいが、凄腕……どうだろうそれは……。心理学的教養・知識がある。そして重要なポイントは、舞台となる「海のスルタンIII」という豪華客船で、5年前に妻と息子を亡くしていることで、この事件は公式に自殺として解決済みだが、その裏には……的なお話。そしてその裏を知っても、彼にはあまり同情しないし共感も出来ないすなあ。
 ◆ボンヘーファー船長:「海のスルタンIII」の船長。未だにマルティンからはお前が妻子を見殺しにしたんだと逆恨みを喰らっている気の毒なおっさん。訴訟も喰らい、そのせいで一時期停職処分となったが再び船長に復帰。結論から言うと、この人はほぼ悪事に加担してません。実際、むしろ単なる被害者ではという気がする。
 ◆ユーリア:船長の友人の女性で看護師かな。ただ、かなりひどい女で、娘の担任の先生と絶賛不倫中。頭の具合はかなり悪い。
 ◆リザ:ユーリアの娘。ゴス系パンク女子高生。なにやら援助交際疑惑があり、動画が流出し、学校に居場所ナシ、な女子。ほぼ同情の余地なし。
 ◆アヌーク:マルティンの妻子同様、消えた乗客(=船で行方不明になった乗客を、業界用語で「乗客23号」というんですって)のはずだったが、ひょっこり姿を現し、保護された女の子。何歳だったか忘れましたが幼稚園・小学生レベルのちびっ子。しゃべらない。精神的にイッちゃった模様。母親であるナオミは依然行方不明、だが実は……的な展開。
 ◆エレーナ:船医。アヌークを保護しつつ、マルティンにも一応協力的(?)。終盤、え、そういうことなの? 的な秘密の暴露はかなりいきなりだし、読んでて想像がつきっこないじゃんレベルのように感じた。
 ◆ゲルリンデ:「海のスルタンIII」の部屋を分譲で購入し、住み着いているおばあちゃん。船での行方不明ネタでミステリー小説執筆中。何気にいろいろヒントらしきものをくれる。この人が一番まともというか、常識人だったような気がします。
 まあ、もっと登場キャラは多いけれど、メインキャストとしてはこの程度で十分だろう。そして、ことごとく、キャラに共感できないのがわたしには致命的であったように思う。なので、主人公と一緒に、行動し、考えたくなるようなことにならなかったのが、わたしをして「イマイチ」と思わせた最大要因であろうと思う。メインのお話自体も、若干無理があるような……抽選であなたに豪華客船のクルーズ旅行が当たりました! なんてメールか何かで連絡が来たとして、それにやったー!と素直に応じる奴なんているのだろうか?? まあ、いるんだろうな、きっと、とは思うものの、わたしは100%そんなのには引っかからないので、重大な秘密の暴露も、え、なるほど? うっそお? とか思ってしまったのも残念でありました。
 というわけで、わたしとしてはお話に関してはそれほど面白いとは思えなかったものの、そこかしこにちりばめられたトリビア的面白知識には、いちいち、へえ~と思ったわけで、わたしが全然知らず、初めて知った面白知識を二つほど書いて終わりにしよう。
 ◆豪華客船=一つの町である。なのに、警官なんていない。当然暴力沙汰や盗難なんかも普通に発生するわけで、まあとにかく大変、なんだそうだ。へえ~。確かに言われてみりゃそうすね。なるほど。おまけに、乗務員も1,000人レベルで乗っているため、もめ事も絶えないし、なんとセックス用連れ込み部屋なんてのもあるんだそうだ。この連れ込み部屋は、乗務員だったり、客だったり、フル活用されてるんですと。なんつうか、すげえ生々しくて知りたくなかったすね……。なんか、客の知らない裏側は汚らしいというか、不潔なイメージが頭にこびりついちゃったす。なお、不潔=精神的なものじゃなくて、実際的にきったねえ、バッチイという方向の不潔です。
 ちなみに、著者本人のあとがきによると、乗客は、乗船と同時に国外に身を置くことになり、船上での犯罪は、基本的に「船籍港の属する国の機関」の管轄下に入るのだそうだ。そして、アメリカはそれを問題視していて、アメリカ人に関して何か起きた時は、沿岸警備隊とFBIが捜査権を行使できるようになってるんですと。へえ~ですな。日本人は大丈夫なのでしょうか。まあ、大丈夫じゃないでしょうな、きっと。
 ◆豪華客船=一つの町である。てことは、膨大な廃棄物が発生する。本書の豪華客船の場合、発生するゴミのたぐいは1日9トン、屎尿なんかは1日28,000リットルですって。まあ、そりゃそうだわな。そして、それをどうしてるか知りたいすか? 本書では、基本垂れ流し、が現実なんだと書いてありました。本書の客船にはゴミ焼却装置がついているのにぜんぜん使われておらず、何故ならヨーロッパ圏の港は全て分別とリサイクルに理解がなく、ごみ収集施設がまったくないか、廃棄費用が高額か、という理由から、全部海に投棄されてるんですってよ。まあ、実際それで海が汚染されるとかそういうことはきっとないんだろうけど、なんかゾッとする事実にわたしはびっくりしたっすね。まあ、飛行機も上空で屎尿をぶちまけているという話も聞いたことがあるし、今更かもしれないけれど、28,000リットルというその膨大な量には、やっぱり驚きっす。

 というわけで、もう書いておきたいことがなくなったので結論。
 新聞の書評で知ったドイツミステリー『PASSAGIER 23』を読んでみたところ、どうもわたしの趣味には合わず、イマイチだった、としか言いようがない状態である。わたしとしては、登場キャラクターたち全員に共感を得られず、なんだかつまんない奴らというか、彼らが何をどうしようと、どうでもいいというか、関心を抱くことが出来なかったのがわたしの敗因だろうと思う。だって、なんつうか……頭の具合が悪いというか、冴えてないというか……とても友達になりたいと思うようなキャラはいなかったす。でも、まあ、いわゆる豪華客船に関する面白知識はそれなりに得られたので、その点だけは良しとしておきたい。なんかなあ……6時間チョイの読書はあまり楽しくなかったす。以上。

↓ つうわけで、こちらが愛する早川書房から出ている作品です。どうもまだ電子化されていないっぽいので、電子化されたら買うかも、ぐらいな感じかな……。ドイツ語原題は『Der Augenjäger』すね。
アイ・コレクター (ハヤカワ・ミステリ 1858)
セバスチャン・フィツェック
早川書房
2012-04-06