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 以前、わたしが敬愛する、とある女性の作家先生とメシを食っているとき、こんな話を聞いた。
 「男と女の恋愛に対する想いの違いを教えてあげる。女はね、【上書き保存】なの。そして男は【名前をつけて保存】するわけよ。分かるでしょ? 女はどんどん上書きして、心の中にはひとつの最新Verしか持ってないのよ。でも、男は、過去の恋愛をひとつずつご丁寧に取っておくでしょ。おまけに、たまに眺めてはその思いにふけって、ちょこちょこ勝手に修正して美化するもんだから、女はイラッとするわけ」 
 こんな話をしたのは、わたしが『母と暮せば』を観て大いに感動したと興奮しながら話していた時だったと思う。確か、「オレが死んだら、そりゃあ恋人には幸せになってもらいたいけど、でも、完璧忘れられるのも淋しいすねえ……」、なんてことを話しているときだったと思う。その先生は、ズバリ「ああ、そりゃあダメよ、女は忘れる生き物よ」みたいな話から、上記のことをわたしに話してくれたのだが、 わたしはこれを聞いて、なるほど、確かに、超思いあたるっすね、みたいなことを返したと思う。実に、頷けてしまったわたしだが、果たして世の女性たちも、そんなの当たり前だと肯定するのだろうか。
 というわけで、おとといの14日(木)の夕方、そろそろ定時になろうとしているときに、おっと、そういや今日は14日、トーフォーの日で映画が安く観られる日じゃねえか、と気がつき、帰りにぶらりと日比谷シャンテに映画を観に行ったわたしである。
 観た作品は、『BROOKLYN』。今年のアカデミー賞で、主演のSaoirse Ronanちゃんが主演女優賞にノミネートされた作品で、作品賞と脚色賞にもノミネートされた作品であり、わたしもずっと見たいと思っていたのだが、やっと日本でも公開になったものの、公開規模が小さく、こりゃあWOWOW待ちかな……と劇場へ行くことをあきらめかけていたのだが、トーフォーの日だし、ちょうど時間もぴったり合う、というわけで観てきたわけである。そして結論から言うと、大変素晴らしかった。実にいい作品で、全女性に強くお勧めしたいと思う。

 上記予告にある通り、US本国でも非常に評価は高く、わたしの評価も高かったのでお勧めしたい映画なのだが、まずは物語を簡単に説明してみよう。まあ、大きな流れは、予告編の通りである、が、もっと密度が高くて、もっともっと面白かった。
 舞台は1950年代。アイルランドの片田舎に住む主人公・エイリッシュは、優しく美しいお姉ちゃんのローズと、お母さんの3人暮らし。父は既に亡く、エイリッシュは、恐ろしくいや~なクソバアアの経営する雑貨屋で日曜だけ勤務するパート暮らしである。何故賢い彼女がそんなパートをやっているかというと、ズバリ当時のアイルランドには仕事がないためだ。お姉ちゃんはとある工場(?)で会計士としてきっちり働いていて、二人の仲はとてもいい。そんなエイリッシュに、お姉ちゃんが懇意にしているNY在住の牧師のコネで、NYで働き、NYに住むというチャンスが訪れる。母やお姉ちゃんと別れるのは本当に悲しいけれど、嫌味で悪意に満ちたクソババアのもとで働くよりずっといい。というわけで、エイリッシュは一大決心の元、NYへ旅立つ――というのが物語の始まりである。このお姉ちゃんとの関係がとても美しくて、船で出発するエイリッシュを見送るシーンでわたしは早くも泣きそうである。泣いてないけど。
 旅客機なんてない当時、もちろんのことながら船旅である。しかし慣れない彼女は思いっきり船酔いして、まあ大変な目に遭う。そこで出会う、洗練された女性がとてもいい。ちょっと世間慣れして浮ついた風でいて、実はとても面倒見が良くて、エイリッシュにいろいろアドバイスし、何とか船旅もマシなものになっていく。入管審査では、おどおどしたりしてはダメ、毅然とするのよ。咳は絶対にしちゃあだめ。隔離されて送還されるわ。なんて、いろいろ教えてくれる、「大人の女性」。この女性はその後一切物語に登場しないのだが、観ているわたしに非常に強い印象を残してくれたし、エイリッシュの心にも強く残ることになる。
 そしてようやく着いたNY、BROOKLYN。慣れない環境や仕事に、あっさりホームシックにかかり、すっかり笑顔が消えてしまうエイリッシュ。お姉ちゃんからの手紙にうえ~~んと泣いちゃう姿に、わたしはまたも一緒に泣きたくなったよ。悲しいつーか、エイリッシュの表情は、もう全世界の男ならば放っておけないものを感じるはずだ。しかし、それでも、4人の先輩同居人や寮母さん的な(?)おばちゃんたちは(女子たちはちょっと意地悪だったり、寮母さんも若干おっかないけれど)、根はとてもいい人たちだし、NYでの仕事を紹介してくれた牧師さんも大変善良で、学費を出してあげるから、ブルックリン大学の夜間コースで簿記の勉強してみたらどう? なんて、多くの人の善意に支えられて、エイリッシュも何とか頑張っていく。エイリッシュも、非常にド真面目な女の子なので、実に応援したくなる健気さだ。
 で。エイリッシュは、あるときから急に明るく元気になる。
 分かりますよね。恋ですよ、恋!
 寮母さん公認のダンスパーティーで知り合った、イタリアから移民でやってきた若者、トニーとの出会いがエイリッシュに再び笑顔を取り戻させるわけですな。そしてまたトニーもイイ奴なんですよ。エイリッシュの学校が終わる時間には頼んでないのに迎えに来てくれるような優しい奴で、そりゃあもちろん下心もあるんだろうけれど、一切そんな風は見せず、実に紳士的で、健全なお付き合いが始まる。そんなエイリッシュの変化を、職場(デパートの店員さん)のちょっと怖い主任的なお姉さんも、好意的に捕らえてくれて、実はかなりいい人だったことも描かれる。
 そんな風にして、エイリッシュのNY、BROOKLYN生活は徐々に彩りを取り戻していく。二人で海水浴に行くデートなんて、非常にほほえましくて良かったし、その水着選びも、職場の主任のお姉さんが張り切っていろいろ手伝ってくれたり、あるいは初めてトニーの家に行って家族と食事することになったときも、寮の女子たちが皆で、イタリア料理はこうやって食べるのよ、とパスタを食う練習まで付き合ってくれたりして、もう観ているわたしとしては、完全に田舎から上京した娘が東京で頑張っているさまを観ているようで、嬉しくて、ほほえましくて、大変もうニヤニヤしながら観ていたと思う。完全に変態ですが、暗いから誰にも見られてないと思うので大丈夫だったと思います。
 しかし――故郷のアイルランドから、突然の悲報がエイリッシュにもたらされる。ネタバレすぎるので何が起こるかは書かないで置くけれど、ネタバレを心配するにはもう手遅れかな。とにかく、その悲報で、一時アイルランドに戻るエイリッシュ。そして、そこで出会ったイケメンに、次第に心引かれていくわけで、端的に言えば、アイルランドに残るか、NYへ戻るか、という人生の岐路に立ってしまうわけだ。
 物語がこういう展開となったとき、わたしが観ながらずっと考えていたことが、冒頭に書いた「男と女の恋愛に対する想いの違い」だ。そうだ、女は「上書き保存」だった、と観ながらわたしは思い出したのである。なので、NYのイタリア男、トニーは振られちゃうのか? あんないい奴なのに? マジかよ……? やっぱり女は常に「最新Verの恋」ただひとつなのか……? と、もうなんだかわたし自身が振られた気分がして、ずーーんとしょんぼりである。
 最終的に、エイリッシュが採った決断は、書かないでおく。どちらを選んだかは、劇場で確認してください。ただ、彼女の決断が、とある外的要因によるものであったのではないか、ということには、わたし的にどうにもまだ整理できていない。もし、あのイヤな出来事がなければ、選択は変わっていたのだろうか? それは彼女にも、二人の男にもまったく関係のない出来事で、冒頭に出てきた故郷の嫌味なクソババアの悪意が彼女の決断に影響を及ぼしたのは間違いないのではないかと思うのだが、どうなんだろうか?
 というわけで、お願いです。わたしの周りの女性の皆さん。どうかこの映画を観に行って、女性の視点からの意見をお聞かせいただきたい。はたしてエイリッシュの決断は、女性から見たらどうなのか。その点は、おっさんのわたしには、どうしても、やっぱり分からんのです。いい悪いの問題じゃなくて。こういうものなんでしょうか、女心というものは。それが分からんから、わたしはモテないわけですか、なるほど。納得……したくねえなあ……。

 さて、物語の説明は以上である。
 とにかく、本作は、主役のSaoirse Ronanちゃんが抜群にイイ!! しょんぼり顔愛好家のわたしにはたまらないし、非常に繊細で、可愛らしくも美しく、わたしとしては最高級に褒め称えたい。彼女は、13歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされた『Atnement』(邦題;「つぐない」日本では2008年公開)で世界的に有名になった女優だが、実はわたしがSaoriseちゃんを初めて観たのは、2009年公開の『The Lovely Bones』(邦題「ラブリー・ボーン」)だ。映画としては、タイトルからは想像できないほど重苦しい、キツイ映画だけれど、あの映画でわたしは、なんて綺麗な目をした女の子なんだ、と非常に驚いた。調べてすぐに、ああ、この娘がちょっと前に13歳でオスカーノミニーになった娘か、と知ったわけで、以来、Saoriseちゃんはずっと注目している。とにかく目が綺麗。吸い込まれそうな美しいBlue Eyesの持ち主で、世界最高の美しい瞳だとわたしは勝手に認定している。まあ、順調にキャリアを重ねているSaoriseちゃんだが、まだ22歳。若いですなあ。ただ、10代前半の超絶美少女から、順調に欧米人にありがちな大人顔になりつつあって、最近はさほど気になる存在ではなかったのだが(サーセン)、やっぱり芝居ぶりは若手No.1の評判は伊達じゃないすね。本当に素晴らしい演技でした。Sarioseちゃん自身も、アイルランドの人(生まれはNYだけど幼少時に両親の故郷のアイルランドに移住)で、ロンドンへ上京した時のことを思い出しながら、演技をしたそうですよ。
 ほかの役者は、正直あまりメジャーな方ではないようだけれど、本当に各キャラクターは素晴らしかったと思う。わたしは特に、エイリッシュのお姉ちゃんを演じたFiona Glascotさん、職場の主任のを演じたJessica Pareさん、そして、NYへの船中で出会う女性を演じた女優、役名を忘れちゃったから誰だかわからないんだよな……そもそも役名あったっけ? たぶん、Eva Birthistleさんじゃないかと思うけど、いや、この人は同じ寮に住んでいるバツイチの彼女役かな……ま、とにかく、この3人の女性がわたしはとても気に入った。みな、エイリッシュを助け見守る大人の女性で、とても心に残る演技だったと思います。特に、お姉ちゃんが本当に素晴らしい演技だったと思います。
 で、エイリッシュに恋する二人の男は、NYのイタリア男・トニーを演じたのがEmony Cohen君26歳。知らない役者だけれど、実に良かった。実にお前はいい奴だよ。イタリア訛りの英語も大変似合っていて、ちょっと今後注目したいすね。そしてもう一方の、一時帰京したアイルランドで出会うイケメン君を演じたのが、今や多くの話題作にちょこちょこ出て有名になりつつあるDomhnall Gleeson君33歳だ。『STAR WARS』のへなちょこ将軍ハックスや、『The Revenant』でのカッコイイ商隊の隊長、あるいは『Ex Machina』でAIロボ・ガールに心惹かれる青年など、多彩な芝居ぶりですね。どうやらちゃんと次の『SW』にも出るようだから、無事にスター・キラーから脱出していたようですな。わたしはまた、スター・キラーもろとも殉職しちゃったかと思ってたよ。今回の役は、とても物静かな紳士的なイケメンで、これまた今までとちょっと雰囲気が違ってましたね。お前も実にカッコ良かったよ。彼は今後、きっとどんどんいろいろな作品に出演していく注目株なんでしょうな。
 で、最後に監督と脚本をチェックして終わりにしよう。まず、監督はJohn Crowley氏。どうもアイルランドで舞台中心に活動してたっぽい人ですな。まだ映画もそんなに多くないすね。正直知らない人ですが、本作の演出は非常に、なんというのか、しっかりとしていて、堅実な感じですな。ちょっと名前は憶えておきたいです。そして今回は、脚本が非常に良くて、かなり名言と言うか、心に残るセリフが多く、大変良かった。その脚本を書いたのが、なんとわたしが去年絶賛した『Wild』(邦題:わたしに会うまでの1600キロ)を書いたNick Hornby氏だった。アカデミー脚色賞ノミネートも納得の素晴らしいDialogがとても多くて、もう、どのセリフを紹介したらいいか迷うけど、やっぱりこれかな。
 You'll feel so homesick that you'll want to die, and there's nothing you can do about it apart from endure it. But you will, and it won't kill you... and one day the sun will come out and you'll realize that this is where your life is.
 「あなたはきっと、ホームシックにかかるわ。それも重症。死にたくなるぐらいに。何をしても耐えられないでしょうね。でも、きっと耐えられる。ホームシックでは人は死なないの。……いつか、太陽が顔を見せるし、ここがわたしの生きる場所なんだって、分かる時が来るわ」
 ま、わたしのテキトーな訳で、字幕は覚えてないけれど、エイリッシュがラスト近くで、まるでかつての自分のように元気のない少女に向かって言うこのセリフが、そしてこのセリフを言うときのSaoriseちゃんの表情が、わたしにはとても強く心に残った。いやあ、ホントに素晴らしい映画でした。

 というわけで、結論。
 本作『BROOKLYN』は、とにかく多くの女性に見ていただきたい傑作である。特に、地方から上京して一人暮らしをしている女性には、初めて上京した時のことを思いだして、かなりグッとくるんじゃなかろうか? それから、さっき、インターネッツでこの映画のことを、実写版『ZOOTOPIA』だ、と評しているレビューを見かけた。確かに物語的に似ているかも。なので、『ZOOTOPIA』が好きな女子たちにもオススメです。わたし的には、ほぼ同じ時代のNYを描いた『CAROL』と非常に対照的?というか、別の道筋をたどったキャロル、というようにも感じた。キャロルも、本作のエイリッシュも、二人ともデパートガールだし(※ただし性格はかなり違うし、キャロルはマンハッタン、エイリッシュはブルックリン、かな)。なので、『CAROL』にグッと来た人にも、強くオススメしたいと思います。FOXも、さっさと公開すべきだったんじゃなかろうか。いやー、ホント、素晴らしい作品でした。以上。

↓ 原作小説は、パンフレットによるとアイルランド現代文学の巨匠Colm Toibin氏によるものだそうです。知らなかった……
ブルックリン (エクス・リブリス)
コルム トビーン
白水社
2012-06-02

 

 

 現状、世界のエンタメ業界はDISNEYが支配していると言っても過言ではあるまい。
 Marvelコミックを手に入れ、あまつさえSTAR WARSまでも傘下に従えたDISNEY帝国は、もはやダントツの強さを誇り、映画界に限定しなくとも、その強大さはもう例えようがない。FCバルサやNYヤンキースなんてレベルじゃない。強いてスポーツに例えるとすれば、オリンピックの全種目で全勝、オール金メダルの勢いである。 なので、WarnerやFOX、SONYといったメジャースタジオは「ぐぬぬ……!! またしても!! おのれDISNEYめ!!」と、憤死者続出の事態であろう。ちなみに、日本においても、東宝の圧倒的強さは際立っており、ちょっとだけ似ている状況かもしれないが、はっきり言うとまったく規模が違う。Navy-SEALsの隊員と、日本の家庭で平和に暮らす小学生ぐらい違うので、比較にはなるまい。
 まあ、そんなDISNEYなので、性格の捻じ曲がっているわたしは、チッ!! と舌打ちをしたくなり、「どうせお子様向けだろ!? なめんなよコラァッ!!」と言いたくなるのだが、残念ながらDISNEY作品を味わうと、これがまた「うんまーーーい!! 」となってしまうのだから本当に恐ろしくなる。悔しい、というか、くっそう、うめえ!! と、素直に、いや、まったく素直じゃないか、とにかくやっぱり、作品を賞賛せざるを得ないのだ。
 というわけで、昨日観てきた『ZOOTOPIA』。明らかにお子様向けである。が、今回もまた、うんまーーい!! お代わり!! と目をキラキラさせて言いたくなるような素晴らしい映画であったわけである。ホントすげえなあ、DISNEYは。

 この物語は、大人が観ると、恐らくはいろいろな暗喩や主張のようなものを感じることだろうと思う。それに、明確にお子様向けであり、大人が観たら、チョイとご都合主義が過ぎませんか? と思うような展開であるのも事実だ。だが、ズバリ言うと、そんなことはどうでもいいのである。キャラクターは魅力的だし、実際可愛らしく、しかもCGのクオリティは最高峰で、おもわず頬ずりしたくなるような毛皮のモフモフな質感は本当にすごい。この映画を観て何を思おうと、それは観た人それぞれの自由であるので、そりゃまあ勝手にどうぞなのだが、この映画をつまらない、と言う人は、普通に考えてひねくれ者であり、善良な皆さんは、そういう人間とは距離を置き、付き合わない方が賢明であろうと思う。せっかくの楽しい気分を台無しにされかねないし。ひねくれ者のわたしが言うのもアレですが。
 さてと。今回は、物語の簡単な流れと、わたしが非常に感心というか、ああ、すげえなあ、と思った点を、自分用備忘録としていくつかまとめておこうと思う。もちろんいつも通り、ネタバレ全開です。
 まず、基本的に物語は上に貼った予告の通りである。動物が「進化」して、2足歩行で言葉をしゃべる世界。その首都(?)「ズートピア」は、肉食動物が10%、残り90%は草食動物だそうだが、この世界ではもう肉食獣が草食獣を襲うことはなく、それぞれの生態に合わせたエリア(熱帯雨林エリアとかツンドラエリアとか)に分かれて平和に暮らしている。そして主人公のウサギのジュディは、8歳(?)ころから警察官に憧れるも、「いやー、ウサギに警官は無理ッショ」と言われながら、それでも不断の努力を重ね、冒頭の子供のころから15年後に、ついに警察学校を首席で卒業するにいたり、ズートピア警察(=Zootopia Police Department=ZPD)に配属されることになる。夢を叶えたわけだ。
 しかしそこは、みな水牛やサイや虎といったゴッツイ男たちの世界であり、主席卒業でもジュディはミニパトで駐車違反でも取り締まってろ、と冷遇される。折しも、ZPDは、ズートピア住民の謎の連続失踪事件を捜査しており、ジュディもその捜査に加わりたいのだが、まったくの仲間はずれ。しょんぼりしながらも、健気に元気に駐禁取り締まりにいそしむジュディは、キツネの詐欺師・ニックと出会い、軽く騙されてまたもしょんぼり&ぷんぷん激おこになるわけだが、とあるきっかけで失踪事件の手がかりを見つけ、腹立たしいけれど頭の回るキツネのニックを無理矢理相棒として捜査を開始する。そして、事件は思わぬ事態に――てなお話である。
 というわけで、本作『ズートピア』は、わたし的にはDISNEY作品初めての、「警察ミステリー」とカテゴライズできる作品であった。そしてそのような作品の王道を行く「バディ」モノであり、実によく脚本が練られており、マジでわたしも、こりゃあ面白い、と完全に物語にのめり込んでいったのである。
 伏線も見事に効いていて、大人レベルでは、「きっとこれはアレだろうな」とか、先読み可能なレベルではあるけれれど、その観客の期待は裏切られることがなく、実に気持ちよく明かされる展開も、非常に好ましい。おそらくは、ちびっ子だって、そういうものだと思う。ちびっ子レベルでも、観ながら自分で推理し、考え、そしてそれが的中したら、ものすごく気持ちいいものだと思う。そういった、極めて上質な物語体験をちびっ子時代に味わうことは、とても大切な、貴重なことで、そういう優良コンテンツであることこそが、DISNEYのすごい点あろう。
 また、今回の主役のジュディのキャラ造形も、わたしとしてはちょっと珍しいのかも、と感じられた。冒頭、子ども時代のジュディに、両親は言う(ちなみにウサギなので、子どもが210匹いると言ってたような?)。
 「幸せだな~。なぜって? それは夢をあきらめたからさ!!」
 わたしはこの冒頭のお父さんのセリフに、えええっ!? あ、あんた、今なんつった!? と椅子から転げ落ちそうなぐらい驚いた。お父さんの理論は、夢をかなえるにはとてつもない努力が必要で、その苦労・辛さを味わうことなく、つつがなくニンジン農家として暮らしている今が幸せ、という事だったのだと思う。もう全否定じゃん!! ゆとり教育もここに極まれりかよ、とわたしは心の中で突っ込んだわけだが、我らが主人公、ジュディは、そんなお父さんを持つ身にもかかわらず、夢にまい進しようとする。そこには、ガキ大将的な存在のキツネに対する怒りもあっただろうし、なにより、弱い者をほっとけないという正義感があるのだろう。その努力の過程は、実際のところさーーっと流されるが、彼女が明確に主人公の資格を持つキャラクターであることを観客に印象付けることに成功している。こういった、DISNEY主人公が努力する様子は、わたし的にはかなり珍しいような気がする。どうだろう、そんなことないかな? 『ベイマックス』『アナ』『シュガーラッシュ』『ラプンツェル』、ここ数年のキャラクターを思い浮かべると、なんかいつも、自分に備わった能力やスーパー前向きパワーで周りの人に支えられることで、何とかしているような気がするのだが、どうだろう? まあとにかく、ジュディの努力と根性は、意外と日本の漫画的で、我々としては非常になじみがある。そりゃもう、善良な人間なら誰だって、ジュディの味方となってこの映画を観るに違いなかろう。
 しかし、そんなジュディも、やっぱり間違いを犯す。ジュディですら、無意識な差別意識を持っていたし、そのことで、せっかく芽生えた友情も失いかける。こういう展開は、ベタではあっても、やはり観客として、あちゃー、やってもうた、とハラハラだ。しかも、相手のキツネのニックが、態度こそふてぶてしくとも、実にいい奴だし。実のところ、わたしはジュディよりもニックの方が非常に気に入った。ビジュアル的にも、実に、小憎らしいというか、ニヒルな口元や目つきが、とても良くキャラクターを表している。観ながら、このニックは誰かに似てる……ああ、そうだ、これは、ガンダムのカイさんに似てるんだと気が付いた。そして、バディものでは、実直な女主人公&曲者の男の相棒というのは、もう黄金タッグであろう。ジュディの真っ直ぐさはニックがいるからこそ輝くし、ニックもまた、そんな真っ直ぐなジュディを、ああもう、しょうがねえなあ!! と放っておけないイイ奴であることが示されていて、言ってみれば相互補完の関係にあるのだ。このキャラ造形は、もう王道だしそこら中で描かれている使い古されたものかもしれないけれど、やっぱり王道とは「王の道」ですよ。誰がどう見たって、好ましいよね。さすがDISNEY。さすがっすわ。
 で、ついうっかりニックを傷つけてしまったジュディは、もうしょんぼりと、思わず実家に帰ってしまう。そして、実家で平和に、そして失意のままに、ニンジンや作物を販売するジュディは、子どものころのガキ大将だった、あのキツネに出会うのだが、大人になった彼は、今やすっかりいい奴になり、実はずっとあの頃のことを謝りたかった、とジュディに謝罪する。あのシーンは実に美しく、わたし的には極めて重要だと思った。この謝罪を受け入れ、ジュディは気づく。このガキ大将にいじめられたことで、自分は肉食獣に無意識に偏見を持っていた。それでニックを傷つけてしまった。つまり、たとえ嫌なことをされても、同じことを返してしまってはダメなんだ。これが今回の作品の大きなテーマだったんだろうとわたしは感じた。
 そして、実家の畑での出来事で、事件解決の謎が解かれ、あわててズートピアに戻るジュディ。もちろん、真っ先に向かったのはニックの元だ。きちんと謝罪し、一緒にまた捜査をしようと願うジュディ。ここでのニックは、実にカッコ良くて、きっと嬉しいくせに、「しょうがねえなあ」的な感じで仲直りする二人は、もう観客からしたらほっと一安心だ。
 そして事件は、最終的には虐げられていた側が虐げていた側への復讐であることが判明するが、そこにはほぼ、真犯人に対する同情は描かれない。真犯人もまた、かつてのジュディ同様に、やられていたことをやり返していたわけで、わたしはまた、真犯人に対しても何らかの救済や戒め的なものあるのかな、と思ったら、特にフォローなく、逮捕されて事件解決めでたしめでたしとなった。ここは、正直、アレッ!? とは思った。だけど、まあ、やっぱり悪いことをしたら罰せられるということを明確にする必要もあろうし、まあ、それほど深刻ではなく事件も解決するからいいのかな、ととりあえず納得することにした。
 しかし、やっぱり思うのは、DISNEYの物語力とキャラ造形力は、王道であり、直球であるけれど、ど真ん中ストライクを投げて、観客にカキーンとホームランをかっ飛ばしてもらい、すっきりした気持ち、いわゆるカタルシスを与えてくれるのは、本当にすげえなあ、と思った次第である。ホント、DISNEY作品を味わって、文句を言う人とは付き合わないほうがいいですよ。気分悪くなるだけですから。

 というわけで、結論。
 DISNEYアニメ第55作目となる『ズートピア』は、大変面白かった。『アナ』は若干変化球だったけれど、今回はド直球だと思います。非常に楽しめました。ただ……わたしは地元劇場で日本語吹き替えしかやっていなかったので、まあ日本語版を観たわけですが、大人はやっぱり字幕の方ががいいと思います。主人公ジュディを演じたのは上戸彩ちゃん。可愛かったけれど、まあお子様向け演技かな。あとそうだ、一つ忘れてた。日本語吹き替えだと、オープニングタイトルはもちろん、劇中の書類とかの文字まで日本語になるんすね。ここ数作のDISNEYアニメは、そんなとこまできっちり「一番のお客であるちびっ子」への対応をしていて、ローカライズは完璧だ。そんなところも、やっぱりDISNEYは王者ですな。もうホント、すげえっす。以上。

↓ 字幕版の本来のUSキャストでは、ゴッツイ水牛のZPD署長の声はIdris Elba氏だったそうです。彼と言えば、わたし的にはやっぱり『Thor』のヘイムダルですな。

↓ そして同じく、ライオンのズートピア市長を演じたのは、 かのJ.K.Simons氏。なお吹き替えでは玄田哲章氏で、カッコ良かったっす。

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