わたしは恐らく日本語で読めるシェイクスピア作品はほとんど読んでいるはずだが、読み始めたのは大学2年のころ、当時わたしが一番仲の良かった後輩女子が「シェイクスピア研究会」、通称「シェー研」に入っていたためで、シェー研とは要するにシェイクスピア作品を上演する演劇集団だったのだが、今度わたしオフィーリアを演じるんです!絶対観に来てください!と後輩女子が目を輝かせて言うので、ええと、それはつまりハムレットを読んどけ、ってことか、と解釈し、それからシェイクスピア作品を片っ端から読み始め、その面白さに目覚めたのである。
 以前もこのBlogのどこかで触れたような気がするが、わたしがシェークスピア作品で一番好きなのは、おそらくは『ヘンリー4世』だと思う。めっぽう面白い作品で、おそらく、読んだのは上記のきっかけから1年以内の話で、やっぱシェークスピアはすげえ、なんて思っていたのだが、そんな時にとある映画が公開されて、当時少し話題になった。その映画は、当時弱冠29歳の男が撮った『Henry V』、すなわち『ヘンリー5世』という作品である。この映画を撮った29歳の若者、それがSir Kenneth Branagh氏だ(Sirと氏はかぶってるか?)。
 この映画で彼はアカデミー監督賞と主演男優賞にノミネートされ、一躍注目の監督&役者として名を上げたわけであるが、そもそもは王立演劇学校を首席卒業しRoyal Shakespeare Companyで活躍していた、バリバリの舞台人だ。その彼が初めて撮った映画『Heny V』は非常に面白くてわたしも大興奮であった。わたしの記憶だと、確か都内では渋谷のBunkamuraでしか公開されていなくて、2回観に行った覚えがある。わたしが大好きな『ヘンリー4世』では、のちのヘンリー5世となる「ハル王子」はまだやんちゃな小僧なんだけど、第2部ラストの戴冠式で「ヘンリー5世」に即位し、それまでのやんちゃ仲間だった連中ときっぱり縁を切り、有名な酒飲みのおっさん「フォルスタッフ」をも投獄させるというところで終わって非常にカッコよく、その後の続きの話が『ヘンリー5世』で語られるわけだ。なんだか、日本的に言うと「うつけ者」と言われ続けた織田信長が、立派な武者として新たな人生を踏み出す的なカッコ良さがあって、わたしは『ヘンリー4世』が非常に好きだ。続く『ヘンリー5世』は、まさしく信長にとっての桶狭間的な、フランスとの圧倒的な戦力差のある戦闘に勝利するお話で、実に面白いのであります。そして、Kenneth氏の撮った映画版は、演出的にも、主役としての演技においても、極めてハイクオリティでとにかく面白かった。全く現代人の語り手が画面の中で解説、というか狂言回し風に現れて状況をト書き風に説明したり、とても斬新で大興奮したことが懐かしく思い出されるのである。
 というわけで、以上は前振りである。今日、わたしはそのSir Kenneth氏が監督主演した『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』を観てきたのだが、監督デビュー作『Henry V』から28年が経ち、すっかりイギリスの誇る名優&名監督となったSir Kenneth氏の演じるポアロは大変素晴らしく、やっぱりこいつはすげえ男だな、と、なんだか妙な感慨がわいてきて、大変楽しめる一品であったのである。まあ、原作のしっかりある作品で、どうも賛否両論のようだが、わたしは本作の結末は知っていたけれど、間違いなく面白かったと思う。
 というわけで、以下、ネタバレに触れる可能性もあるので気になる人は絶対に読まないでください。まあわたしは知ってても面白かったですが。

 わたしは海外ミステリー好きとして、中学生ぐらいの時からいろいろ小説を読んでいるつもりだが、実は恥ずかしながらAgatha Christie女史の作品は1作しか読んだことがない。その1作が何だったか、実に記憶があいまいで、たしか『ABC殺人事件』だったと思うのだが、なぜ1冊しか読んでないか、の理由は明確に覚えている。それは、兄貴が早川文庫のクリスティー作品をいっぱい持っていて、それをある日勝手に読んで、兄貴の部屋に戻そうとしたときに「てめー勝手に何してんだこの野郎!」と大喧嘩になったのである。なので、以来わたしはクリスティー作品は絶対に読まん!と誓いを立ててしまったんだな。しかし、テレビや映画は別物、と思ったのか、わたしも我ながら良くわからない心理だが、テレビシリーズのポアロやミス・マープルは観ていたし、映画版の『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』はテレビで、『地中海殺人事件』『クリスタル殺人事件』は劇場で観ており、今日、改めて観た最新Verの『オリエント急行』も、たしかラストは……だったよな、と思いながら観ていたのだが、各キャラに関してはすっかり忘れていたものの、ラストはちゃんと記憶通りで、ちょっとだけ安心した。
 本作は、最新Verという事で、衣装も美術セットも極めて金がかかって豪華だし、おそらくはCGもふんだんに使われているであろう画作りで、大変高品位である。その点も見どころであるのは間違いないが、やはり、一番はメインキャスト全員が名の通った一流役者で、その豪華オールスターキャストにあるのではないかと思う。というわけで、以下、各キャラと演じた役者を紹介してみよう。全員、は面倒なので、わたしが、おっ、と思った方だけにします。なお、わたしは原作未読だし、74年版の映画もほぼ忘れかけているので、原作とどう違うかとかそういうことは書けません。あくまで、本作最新Verでのキャラ、です。
 ◆エルキュール・ポワロ:ご存知「灰色の脳細胞」を持つベルギー人の名探偵。演じたのは最初に散々書いた通り、監督でもあるSir Kenneth Branagh氏。わたしはこの映画で初めて知ったのだが、「エルキュール」の綴りは、Hercule、つまりフランス語だからHはサイレントなわけで(ベルギーはフランス語圏でもある)、要するにカタカナ英語で言う「ハーキュリー」、日本語で言う「ヘラクレス」のことなんですな。まったくどうでもいい話ですが、作中で何度か読みを間違えられて、わたしは怪力の英雄じゃありませんよ、なんてシーンがあって、あ、そう言う意味か、とわたしはちょっと自分の無知が恥ずかしくなったす。そして演じたSir Kenneth氏だが、わたしとしては全く堂々たるポアロで、文句の付け所はないように思えた。大変良かったと思うが、どうもあの髭のわざとらしさとかは、鼻に付く方もいらっしゃるようですな。わたしは全然アリだと思います。
 ◆ラチェット:演じたのはわたしがあまり好きでないJohnny Depp氏。ある種のネタばれかもしれないけれどズバリ書きますが、殺されるアメリカ人実業家の役である。そして実は犯罪者の悪党。つまり被害者である彼には、殺される理由が明確にあって、その理由と乗客たちにはどんな関係が……? というのがミソとなっている。Depp氏はまあいつものDepp氏で、とりわけ思うところはなかったす。変にエキセントリックなところはなく、表面的には紳士然としているけれど、その内面はどす黒い、という普通の悪党な感じでした。
 ◆メアリ・デブナム:演じたのは、STAR WARSの新ヒロイン・レイでおなじみのDaisy Ridleyちゃん25歳。可愛い。実に可愛い。この女子は声がちょっと高くて、そしてわたしには気取って聞こえるイギリス英語がなんか妙に可愛い。笑顔もしょんぼり顔もイイすな。演技も、ほぼド素人だった『SW:Ep-VII』からどんどんと良くなっていると思います。この女子はもっとキャリアを伸ばしていけるような気がしますな。役としては、 バクダッドで家庭教師をしていた先生で、ロンドンに帰る途上のイギリス人。本作では、医師の青年と恋愛関係にあるような感じだが、ポアロには平然と関係がないような嘘をつく、若干訳アリ風な女子の役。それが原作通りなのかわかりません。そして彼女とラチェットの間には何の関係もないように思えるが実は……な展開。
 ◆マックイーン:ラチェットの秘書。演じたのは、オラフの中の人、でおなじみのJosh Gad氏。今年の春の大ヒット作品『Beauty and the Beast』のル・フウを演じたことでもお馴染みですな。マックィーンも、ラチェットの秘書として実は帳簿を操作して金を横領していた……という怪しさがある容疑者の一人。
 ◆ハバート夫人:演じたのは30年前は超かわいかったし今もお美しいMichelle Pfeifferさん59歳。わたしにとっては初代CAT WOMANことセリーナ・カイルだが、やっぱりお綺麗ですなあ。笑顔がいいすね、特に。しかし本作ではあまり笑顔はなく、妙に色気のある酔っ払いでおしゃべりな金持ちおばさんというキャラクターで、事件とは無関係のように思えたが、実は悲しく凄惨な過去が……的な展開であります。なお、わたしは終わった後のエンドクレジットで流れる歌がとてもイイな、と思って、誰が歌っている、なんという曲なんだろう、とチェックしていたのだが、曲のタイトルは「Never Forget」、そしてどうも歌っていたのは、まさしくMichelle Pfeiferさん本人だったようです。そうだよ、このお方は歌えるお方だった! お、YouTubeにあるから貼っとこう。

 ◆ドラゴミロフ侯爵夫人:いかにも金持ちで意地悪そうなおばあちゃん。いつも犬と、お付きの侍女的なおばちゃんを連れている。そしてこういう役をやらせたら、この人以上の女優はいない、とわたしが思うJudi Denchおばちゃまが貫禄たっぷりに演じてくれて、大変良かったと思います。御年83歳。ただ、物語的には今回の映画では結構出番は少ないかな……。あ、Denchおばちゃまも『Henry V』に出てたんだ? 覚えてないなあ……やっぱり、わたしとしてはこのお方以上の「M」はいないすね。なぜ『Skyfall』で退場させたんだ……。
 ◆ピラール・エストラパドス:何やら世をはかなみ、いつもお祈りをしている宣教師?の女子。演じたのはスペインが誇る美女Penélope Cruzさん43歳。生きているラチェットを最後に見かけた女。全くラチェットとのかかわりはないように見えたが、実は……な展開。ちなみに、74年の映画版ではかのIngrid Bergman様が演じた役(役名はグレタ・オルソンと原作通りで、今回の方が原作と違うとさっきWikiで知りました。へえ~)で、アカデミー助演女優賞も獲ったんですな。それは知らなかったわ。
 ◆ハードマン:オーストリア人大学教授という偽装でオリエント急行に乗っていたが、実はピンカートン探偵社の探偵で、ラチェットの周辺警護を依頼されていた、が、実は……といういくつも裏のある男。演じたのはわたしの大好きWillem Dafoe氏62歳。本作ではあまり出番なしというべきか? しかしその存在感は非常に大きい感じがした。相変わらず渋くてカッコイイ。
 ◆マスターマン:ラチェットの執事。演じたのは、『Henry V』の中で一人現代人として出てくるあのおじさんでわたし的に忘れられないSir Derek Jacobi氏79歳。Kenneth監督が尊敬し愛してやまないバリバリのシェイクスピア役者ですな。わたし的にはイギリス物、時代物には欠かせないおじさんですよ。残念ながら本作ではあまり目立たない存在でした。が実は彼も……な展開。

 はーー疲れた。もうこの辺にしておこう。要するに、出てくるキャラクターはことごとく、「実は……」という背景があって、そういった過去をポアロが次々に暴き出すものの、じゃあいったい誰が殺人者なんだ? つうか全員に動機があるじゃねえか! という驚きの展開になるわけです。そしてポアロが導き出した、真実は―――という物語なので、さすがにそこまでは書きません。わたしはその答えだけしか覚えてなかったわけですが、それを知っていても全く問題なく楽しめました。なので、まあ、この正月に映画でも観るか、という方にはそれなりにお勧めだと存じます。映像的にも、役者陣の演技的にも、なかなか見ごたえアリ、な作品でありました。

 というわけで、結論。
 誰もが知っている名探偵ポアロ。そんなおなじみのキャラを、イギリスの誇る名監督&名優Sir Kenneth Branagh氏が21世紀最新Verとして映画化したのが『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』であります。公開からもうちょっと経ったけれど、今日やっと観てくることができました。ま、すっげえ、めっちゃおもしれえ! と興奮するほどでは全くないけれど、やっぱり面白かったすね。衣装もセットもCGも豪華だし、役者陣もオールスターキャストで、大変華やか? というか、非常にゴージャスですよ。わたしはアリだと思います。時代背景が良くわからないけど、原作小説が発表されたのが1934年だそうで、まあその辺りのお話なんでしょう。1934年は昭和9年だから、昭和の初期、ってことですな。ちなみに、ラスト、ポアロは「エジプトで事件が起こった」知らせを聞いて、そちらへ駆けつけるべく去っていきます。つまり、この映画が大ヒットするなら、次は「ナイル殺人事件」を映画化する気満々、ってことですな。売れているかどうか調べてみると、現在、全世界興収は3億ドルほどだそうで、十分ヒット作と言えるとは思うけれど、どうかな……まあ、わたしとしてはSir Kenneth版「ナイル」もぜひ観たいと存じます。楽しみっすね。以上。

↓ この映画が大好きでした……Michelle Pfeiferさんの歌う歌がことごとくイイ!
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ミシェル・ファイファー
キングレコード
2017-05-17