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 1990年代、わたしは大学生~大学院生~サラリーマン序盤という人生を送っていたわけだが、当時は結構リア充だったんじゃねえかという気はするものの、映画に関しては小学生からずっとオタク道を邁進しており、90年代も様々な映画を映画館に行って観ていた。
 その中でも、比較的忘れられない面白かった映画として記憶に残っている作品の一つに、1991年に観た『FLATLINERS』という作品がある。どうやらUS公開は前年の1990年だったようだが、Wikiによれば日本公開は1991年の2月らしいので、わたしが観たのもその辺りだろう。当然当時のパンフレットは持っているし、後にWOWOWで放送されたのもHDDに眠っている。さっき、ちょっと部屋を発掘したところ、こんなのが出土されたので、スキャンした画像を貼っとこう。
flatliners
 これ、当時の前売券の半券、ですな。わたしはオタクとして馬鹿みたいになんでも取っておく、余人には全く理解の得られない習性を持っているが、まあ、そういうわけです。
 というわけで、わたしはこの映画をかなり覚えていて、主演たるKiefer Sutherland氏がまだ20代で(現在51歳・当時24歳か?)、実際カッコイイ野郎だった彼が、「Today is a good day to die」今日は死ぬにはいい日だ、と冒頭でつぶやくシーンもはっきり覚えている。そしてわたしの大好きなKevin Bacon氏(現在59歳・当時32歳)も大変カッコ良かったことが思い出される一作だ。この作品を撮ったのは、80年代後半から2000年代まで、結構な売れっ子だったJoel Schmacher監督で、この監督と言えば「赤」と「青」を象徴的に使うことでもお馴染みだ。「赤」=死、「青」=生、みたいな。いや、逆か? 青が死、かな?
 お話としては、結構とんでもないお話で、臨死体験者の話には、「光」や「近しい人」が出てくると言ったような共通点があり、いっちょ自分で心臓を止めて「死」を自分で体験し、その謎を解こう、そして見守る仲間に蘇生してもらって「臨死」を経験(near death experience)するのだ、というもので、医学生たちの禁断の実験が、とんでもない恐怖を招いた―――的なサスペンスホラー? ともいうべきものだ。
 というわけで、またもや以上は前振りである。
 今般、この映画『FLATLINERS』が今再びリメイクされ、当然キャストも一新された新作として公開になったので、わたしとしてはもう、マジかよ! とワクワクしながら劇場へ向かったのである。
 結論から言うと、わたしは結構楽しめた作品であった。内容的にちょっと1990年版から変わっていて、とりわけ主人公の身に起こる出来事が、全く予想外でわたしは大変驚いたのである。以下、クリティカルなネタバレにも触れる可能性が高いので、気になる方は絶対に読まないでください。

 探したけれどこの30秒Verしかなかったのでやむなくこれを貼っときます。しかし、相変わらずSONY PICTURESの予告はダサいというか、日本語ナレーションは全く不要だと思うのだが……。まあいいや。この予告ではさっぱりわからないと思うけれど、お話としては上の方にわたしが書いた通りです。どうでもいいけれど、たしか1990年Verは舞台がシカゴだったような記憶があるけれど、今回はトロントでした。シカゴ大学もトロント大学も、医学部は名門みたいすね。
 さて。前述のように、わたしがびっくりしたのは、主人公の運命が1990年Verと大分違っていたことなのだが、ズバリ、ネタバレを書いてしまうと、この、「人工的臨死体験」をした医学生たちは、幻覚に悩まされるようになるんだな。それも、過去の、「ひどいことをしてしまった」という罪悪感が幻覚となって現れ、精神的に追い詰められてしまうわけだ。そしてそれを克服するには、その原因となった人に対して、心からの謝罪をするしかなく、そうして自分も相手も、完全ではないだろうけど、心の落ち着きを取り戻せる、という展開になる。しかし問題は、その「ごめんなさい。あの時のおれはホント最低でした」と「謝りたい相手」がもう既にこの世にいなかったら? という点がポイントになるわけだ。
 というわけで、今回のキャラクター達と、演じた役者を紹介しておこう。
 ◆コートニー:主人公の医学生の女子。実験を考え付いた首謀者。9年前、自らが運転する車で、うっかり携帯を見ながら運転するというミスを犯し大事故を起こしてしまい、同乗していた妹を亡くす。演じたのはハリウッドきってのちびっ子でお馴染みEllen Pageさん30歳。この人はかなりの演技派で、今回も大変良かったと思う。しかしまさかあんな最期を迎えるとは……。主人公なのに途中退場という衝撃の展開にわたしはかなりびっくりであった。
 ◆レイ:仲間の中では一番のキレ者?的な、医学生。元消防士で救急蘇生は慣れているらしい。社会人経験のある年長者で、事件の中で唯一、人工臨死を体験しない男。演じたのは、顔を見て一発で、あれっ!? キャプテン・アンドーじゃん!と分かるDiego Luna氏37歳。去年の今頃『ROGUE ONE』で活躍した彼っすな。彼がこの映画に出ていることをまったく予習してなかったので、アンドーが出てきて驚いた。今回はロン毛を縛って若干マスター・クワイ=ガン風で、実にイケメンないでたちでした。そして、なかなか演技も素晴らしく、文句は何一つありません。カッコイイじゃん。
 ◆ジェイミー:2番目の人工臨死体験者。金持ちのボンボン。LAで美容外科医として金儲けがしたいと思っているドスケベ野郎。彼には、かつて妊娠させた女子を裏切った過去があって、その女子が恨めしそうな表情で幻覚となって彼に襲いかかることに。つまり生霊、みたいなもんですな。演じたのは、James Norton君32歳。わたしは知らない方です。あまりイケメンとは思えないけれど、まあ、モテるんでしょうな。前作で言うところのWilliam Boadwin氏が演じた役柄に近いかな。前作では、自分が連れ込んだ女子とSEXしているところを隠し撮りしてコレクションする変態でしたが、今回はそれはなかったす。
 ◆マーロー:3番目の体験者。金持ちのお嬢さん。彼女は、1年前?に急患で運ばれてきた男を投薬ミスで死なせてしまった過去があり、深く後悔している。レイのことが好き。演じたのはNina Dobrev嬢28歳。ブルガリア生まれでトロント在住だそうな。なかなかお綺麗な女子だが、今まで観たことはないかな……。
 ◆ソフィア:4番目の体験者。いまだ自宅暮らしで、シングルマザーの母親が、人生の全てを「娘を医者にする」ことに賭けていて、それ故にちょっとプレッシャーに負けそうなおとなし目の女子。高校生時代に、自分よりデキる女子の携帯をハックして、保存してあったセクシー自撮り画像を拡散させて笑い者にしてしまったことに、罪悪感を抱いている。演じたのは、これまたわたしには知らない人のKierseyClemons嬢24歳。主にTVで活躍されている方のようですな。
 とまあ、こういう5人の物語である。ちょっと、ついでに、オリジナルVerではどうなっていたかも短くメモしておこうかな。たしか、各キャラ以下のような「罪悪感」を背負っていたような気がする。
 ◆Kiefer Sutherland氏演じた役:首謀者で1番目の体験者。子供時代いじめ?が行き過ぎて、事故死してしまった子がいた→もはやこの世にいないこの子に、主人公がどう謝るか、そして許しは得られるのか、がポイント。なお、今回のリメイクVerではKiefer氏が主人公たちの先生として登場する。わたしはまた、オリジナル版の主人公のその後かと思って、「まさか君たちは、『あの実験』を始めたというのか!?」的に、物語に絡んでくる役なのかとドキドキしたのだが、そんなことはまるでなく、別人としての出演でした。ちょっと残念。
 ◆William Baldwin氏演じた役:2番目の体験者。数多くの女子を泣かせた。どう謝ったか覚えてない……。
 ◆Kevin Bacon氏演じた役:3番目の体験者。子供時代、黒人の女子をいじめていた→謝罪に出向いて許してもらう。わたしは今回のレイが、Kevin氏の役に近いかと思って観ていたのだが、レイは人工臨死を体験しなかったすね。そしてかつていじめていた相手に謝りに行って、許してもらうのは今回はソフィアでした。
 ◆Julia Robertsさん演じた役:4番目の体験者。確か、お父さんがベトナム帰りで、精神を病んで自殺してしまったが、自分のせいだという罪悪感をずっと抱いていた。→幻影の父に許される。
 ◆Oliver Platt氏演じた役:確か最後まで人工臨死を体験しない慎重派(というより臆病だったっけ?)、みたいな記憶だけど自信なし。アカン。こりゃあまた観ないとダメだな……
 こんな感じだったと思うので、今回はいくつかの役が混じっていたり、役がチェンジしているような印象だが、それは別にまったく問題ないと思う。それよりも、本当に主人公コートニーの運命にはびっくりした。まさか途中退場とはなあ……妹の幻影に許されてもいいと思うのだが……。オリジナル版でのめでたしめでたし感は、本作ではコートニーの悲劇によって若干薄らいでしまったように思える。むしろわたしはマーローの方が許されないと思っていたけど、本作ではコートニー以外の体験者3人はきちんと落とし前をつけたわけで、それはそれで、観ていてよかったね、と安堵したのも確かだ。
 しかし……やっぱり、人類にとってのカギは、「赦し」にあるんだとわたしはつくづく思う。そこには、「赦す」側と「赦される」側の2つがあって、どちらかと言えば謝罪をする側よりも、それを「赦す」側の方が、気持ち的に難しいような気がしますね。いや、書いといていきなり否定するのもアレだけど、それはどうかなあ……。わたしは、幸いなことに罪悪感のようなものを持つべき相手よりも、「赦せねえ!」と思っている人間の方が多い、ような気がするけれど、それはわたしが単に、自分の中で解決してしまっているだけで、本当はわたしが「ごめんなさい」というべき相手がいっぱいいるのかもしれねえなあ、という気もすごいしてきた。そうかも。そうかもな……。「赦す」前に、「赦されている」ことに気づいていないだけかもしれないすね。
 となると、やっぱり、わたしが気付いていないわたしの罪を赦してもらうためにも、わたしも「赦せねえ」連中を、わたしの方から赦していかないといけないんだろうな……という気がとてもします。なるほど、これが「にんげんだもの」ってやつか。やっぱみつをはすげえなあ……。

 というわけで、話は逸れたけれどもう結論。
 27年ぶりのリメイクとなる、新版『FLATLINERS』を観てきたのだが、メインプロットは変わらないものの、キャラクターの言動は変わっており、意外と新鮮に観られた映画であった。まさか主人公が途中退場するとは思わず、大変驚いたけれど、「赦し」ってのは、非常に人類にとって重要な、重いテーマですな。ただ、それがどうして臨死体験と繋がるのか、そこんところは実際良くわからんです。これはオリジナル版でもたしか明確には描かれていなかったような気がする。ちょっと気になるので、HDDに録画してあるはずのオリジナル版を、ちょっくら発掘して観てみよう。と思うわたしでありました。以上。

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 わたしは走る男として、わたしを知る人々から認識されている。が、実は、震災でわたしがエントリーしていたレースが中止になって以降、1度もレースに出ていないので、実際のところ過去形で語るべきかもしれない。まあ、いずれにせよ、わたしが皇居を走ったりレースに出ていたのは2000年代で、まだ、当時は今のようなブーム的な盛り上がりまでは来ておらず、例えば、今現在の皇居の周りは平日の昼でもなぜか走ってる連中が多く、しかもクソ遅いスピードで多くの人がちんたらしている姿を見かけるけれど、10数年前はほとんどそんな姿は見られなかった。当時、わたしはよく仕事終わりに皇居で走り、真っ暗な桜田門の誰もいない広場で、全裸で着替えをするのも全然当たり前だったものだ。今やったら、確実におロープ頂戴で即逮捕は間違いない。
 そして時が過ぎ、2013年4月15日。「PATRIOTS DAY(=愛国者の日)」という祝日に開催されたボストンマラソンにおいて爆弾テロ事件が発生したことは、我々日本人もまだ生々しい記憶として覚えている人も多いはずだ。最近のマラソンブーム的な世の中においては、結構世界のマラソン大会に出場するためのツアーなんかもあるけれど、このボストンマラソンは、そういうなんちゃって野郎はお断りで、出場条件となるレースタイムが結構シビアというか、普通の市民ランナーだとちょっと速い人でないと出られない条件となっている。わたしの持ちタイムでも、やっと出場条件を10分クリアしているぐらいである。瀬古選手が2回優勝したことでもお馴染みのレースですな。
 というわけで、わたしが今日観てきた映画『PATRIOTS DAY』という映画は、まさしくそのボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を追う物語で、実に痛ましく、観ていてなかなかつらい作品であったのである。以下、結末まで書くと思うので、ネタバレが困る方は読まないでください。

 まあ、物語はもう上記予告のとおりである。ボストンマラソン開催中のゴール付近で爆弾テロが起き、そのテロリストを捕まえようとする警察とFBIの捜査を追ったお話だ。直接的な爆弾による死者は3名。後の捜査中に射殺された警官1名、合計4名がこの事件で亡くなっている大変痛ましい事件だ。
 ただ、映画の展開としては、若干群像劇的で、冒頭から爆弾が炸裂するまで、およそ30分ぐらいは、のちにこの事件を中心的に捜査することになる警官、爆弾で片足を失うことになる若いカップル、のちに犯人に車を奪われることになる中国人青年、また、のちに犯人に射殺されることになる警官、そういった、事件によって人生が変わってしまった、あるいは奪われてしまった複数の人々の、「なんでもない日常」が描かれてゆく。もちろん、犯人の二人組の、決行に至るまでの様子も、だ。
 わたしがこの映画を観て感じたことは、主に二つのことであろうか。
 1)一体全体、どうして犯人はこんなことをしようと思ったのか。そして実行できたのか?
 この点は、実際のところあまり深くは描かれない。単に、イスラム過激思想に染まったゆとり小僧二人が行った、ある意味何も考えていない短絡的な犯行であるようにわたしには写った。はっきり言って子供の悪ふざけと変わらない幼稚な思考である。しかし明確な人殺しなわけで、きっちり落ちまえをつけてもらう必要がある。おまけに犯人二人は兄弟なのだが、兄の方は妻も子もいる。どういう経緯で過激思想に染まったのか知らないが、100%悪党と断言せざるを得ないだろう。意外と計画はずさんで(それゆえに100時間で事件は解決する。100時間が長いのか短いのか、もはやわたしには何とも言えない)、様々な場所の監視カメラにバッチリ写っている。この事件はいわゆる「自爆テロ」ではなく、自分はさっさと逃げて無傷だったのだから、まあ、きっと死ぬつもりはなかったんだろう。でも、あんな計画で逃げ切れるとでも思っていたなら相当知能は低い。ちなみに二人の犯人は事件後、家にこもっていたけれど、顔写真が公開されて、その時点で初めてヤバい、逃げよう、と、NYC目指して逃亡するのだが、バカかこいつら、死ねよ、と本当に腹立たしく思った。おまけに、二人は逃亡のために、わざわざ超目立つメルセデスの新車のSUVを奪って、その持ち主も乗せたまま逃亡するのだが、ごくあっさりその持ち主に逃げられ、追い詰められることになる。行動に一貫性がなく、確実に言えることは、この二人はど素人、である。
 そしてわたしがもっと腹が立ったのが弟と、その大学の友人のクソガキたち(こいつらは別にムスリムではないただのゆとり小僧たち)の方だ。この事件当時19歳だったそうで、まさしく何も考えていないとしか言いようがない。こういう凶悪なクソガキが平気な顔をして暮らすUSAってのは、ホントにおっかないですなあ。そしてその友人どもも、写真が公開された時点で、あ!これってあいつじゃん!と認識しているのに、一切警察へ通報したりしない。このガキどもがさっさと通報していたら、ひょっとしたら警官は死なずに済んだかもしれないのに。まあ、まさしく悪意そのものですよ。ちなみに、このガキどもも、事件後捜査妨害の罪で逮捕されたそうなので、心底さまあである。キッツイお仕置きをくれてやってほしいですな。そしてもうひとつちなみに、兄貴の方はきっちり死ぬのだが(しかも警官に撃たれて死ぬのではなく、弟の運転するメルセデスに牽かれて死亡)、このクソガキ弟の方は生き延び逮捕される。現在も収監中だそうで、一応死刑判決が出ているそうだが、さっさと執行してもらいたいものだ。
 あと、悪意そのものといえば、犯人の兄の妻、も相当なタマと言わざるを得ないだろう。狂った信心に心を閉ざし、捜査に一切協力しない。劇中、ラスト近くで、超おっかないおばちゃんがこの妻を尋問するシーンがあるのだが、ちょっとわたしには意味不明で、その超おっかないおばちゃんが何者なのかさっぱりわからなかった。あれって……誰なんすか? ミランダ警告(※よくUS映画で刑事が犯人を逮捕するときに「あなたには黙秘権がある……」と読み上げるアレ)なしで妻を逮捕させる権限を持つ何者か、なのだが……だめだ、キャストとしてもInterrogator(尋問者)としか載ってないな……まあとにかく、この邪悪な妻も、さっさとこの世から抹消すべきでしょうな。もちろん現在も収監中?のようです。なお、その妻を演じたのは、TVシリーズ『SUPERGIRL』でおなじみのMelissa Benoist嬢でびっくりしました。
 2)捜査規模が尋常じゃない。当たり前かもしれないけど。
 本件の捜査は、警察が始めは場を仕切る、が、US国内における防諜・対テロ案件は、当然FBIの管轄だ。なので事件後数時間でFBIチームが現場に到着する。そして爆発現場に転がっているボールベアリングなどを見て、明らかに殺傷力を高めた対人爆弾であることから、本件はテロ事件であることを宣言し、FBIが捜査権を握る。このシーンは上記の予告のとおりだ。
 そしてその後、でっかい倉庫に現場を再現し、膨大な動画の中から犯人を特定し、前述のように、犯人に車を乗っ取られた中国人青年が逃げて通報し、と犯人に迫っていく。そして車を発見し、銃撃戦となって兄が死んだところで、弟には逃げられてしまう。ここからの展開がすごいんですよ。なんと、ボストン全域(?)にわたって、「外出禁止令」を発令し、商業活動も一切すべて止めてしまうんだな。車一台通らないボストンの図は、まさしく劇中のセリフにある通り、Martial Law=戒厳令そのものだ。これは日本ではありえないだろうな……あり得るのかな? それを可能にする根拠となる法が日本には存在しないんじゃないかしら……。まあ、最終的には、隠れていた弟は見つかって御用となるわけだが、その大捕物も、そりゃ銃や爆弾を所持している可能性があるから当然かもしれないけど、過剰なほどの銃・銃・銃、での大包囲となる。
 わたしは観ていて、やっぱりこれは、要するに戦争なんだな、と思った。戦争とテロ、何が違うかといえば、常識的に答えるならば戦争はプロ同士の殺し合いであり、戦闘員以外は対象から除外されるものである一方で、テロは、非戦闘員をも殺傷対象にしている、という点にあろうと思う。しかし、やっぱりテロは「いつでも」「どこでも」「誰でも」が無差別に対象となる戦争そのものなんだな、ということをわたしは強く感じた。なんというか、人類は憎しみの連鎖を断ち切ることはできず、ずっと殺しあうんだろうなという絶望を感じざるを得なかった。
 本作は、そういったテロに対する憎しみや、失われた命に対する悲しみを克服することができる、唯一の力として「愛」を讃美しているのだが、まあ、そうあってほしいとわたしも深く同意したい、とは思う。心から。けど、無理なんじゃないかなあ……。それならとっくに克服しててもおかしくないはずなのではなかろうか……人類は、どうやら何千年たっても、肝心な部分が進化できていないのかもしれないすねえ……。ラストの、おそらくは当時の本物映像を使ったと思われる、ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークでの「BOSTON STRONG」の演説(?)シーンは、わたしは結構グッときましたね。なんか、映画館でも鼻をすすってる人も多かったように思います。
 ※ちなみに、生粋のボストン人は「ソックス」ではなくて「ソークス」と発音するそうで、とある二人のキャラが「ソックスでしょ?」「いやいや、ソークスだよ」とやり取りするシーンは、後々ちょっとグッときます。

 というわけで、まあ、暗くもラストは希望を一応は描いてくれた映画なのだが、キャストは結構豪華で有名どころが多く出演している。もう長いので、二人だけ紹介して終わりにしよう。まず、主人公的視点のキャラとなる警官を演じたのが、サル顔でおなじみのMark Wahlberg氏。4月に観たばかりの『Deepwater Horizon』での熱演も記憶に新しい彼だが、本作は、監督も同じPeter Berg氏だ。やはり音響の迫力はばっちりだし、当時の本物の映像を巧みに使い分けながら非常にキレのある作品であったと思う。Wahlberg氏も、なんか、この人は「アメリカの良心」的な役が似合うんすかね。大変共感できる芝居ぶりであったと思います。
 そして次は、わたしが大好きなKevin Bacon氏の名をあげなくてはなるまい。今回はFBIの特別捜査官として、久しぶり?に悪党ではなく善の人でありました。いやー、シブい。実にカッコ良かったと思います。今回はそれほど活躍のシーンはないんだけど、犯人の写真を公開するか否かで警察とFBIが対立した時に、どっかのTV局がその写真を入手し、公開に踏み切るという話を聞いて、それまでは比較的冷静だったのに、いよいよブチ切れるシーンはもう、わたしの大好きなBacon節が炸裂してましたね。「……いいだろう。もう公開するしかあるまい。TVより先にな。だが! いいか! 覚えておけ! 絶対に写真をリークした警官を見つけ、必ず破滅させてやる!!!」わたしも観ながら、誰だ情報漏らしやがったのは!と腹が立っていたので、Bacon先生の大激怒で超スッキリしました。Bacon先生を怒らせるとは、恐れ知らずもいいとこだぜ……! あの大激怒を目の前でやられたら、おそらくほぼ確実に失禁せざるを得ないと思いますw 最高でした。

 というわけで、結論。
 2013年4月15日に起きた、ボストンマラソン爆弾テロ事件の顛末を描いた『PATRIOTS DAY』を観てきたのだが、とにかく思うのは、テロはもう戦争そのものだということで、まあ断じて認めるわけにはいかないということだ。ま、当たり前か、それは。しかしなぜなんだ? なんでそんなに憎しみを身に抱えられるんだ? なんで平気で人を殺せるんだ? 映画としては、本作はわたしのその疑問には答えてくれなかったけれど、代わりに、憎しみと悲しみを克服するのは「愛」しかねえ、と教えてくれます。でも……どうなんだろうな……いや、やっぱりそう信じて、行動するしかないすかねえ。なんというか、信じて損はないと思うけど、相手もそうとは限らないわけで、どうしたらいいのかなあ……以上。


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 わたしが大好きなMCU、Marvel Cinematic Universのヒーロー(チーム)の中で、『Guardians of the Galaxy』という作品がある。1988年に地球から連れ去られた少年が、銀河海賊(?)に育てられて成長し、銀河をまたにかけるトレジャーハンターとなって活躍するお話だ。その主人公、通称「スター・ロード」ことピーター・クィルは、地球から拉致された1988年時点で10歳だか13歳ぐらいなわけで、いつもSONY製ウォークマンを持ち歩く音楽が大好きな少年であり、彼にとってのヒーローは、1984年に公開された映画『Footloose』の主人公レンを演じた俳優Kevin Bacon氏である、という設定になっている(なので、クライマックスでスター・ロードが悪のラスボスと、「ダンスバトルで勝負だぜ!!」と踊り出すのが最高に笑える)。
 そしてかく言うわたしも、『Footloose』は中学生の時に観て超ハマった世代であり、当然サントラは買ったし、今現在でもわたしの車に突っ込んであるSDカードにはそのサントラも入っていて、たまに聴くほど好きな映画だ。そして当然、Kevin Bacon氏は、わたしが好きなハリウッドスターTOP5に入る大好き役者の一人である。現在58歳。随分年を取ったけど、相変わらずイカすおっさんであり、コメディもシリアスもイケるし、なにより、悪役を演じるときに超ヤバイ演技をいつも見せてくれる最高の役者の一人であろう。
 世には「Kevin Bacon GAME」というものがあるのをご存じだろうか? ある役者から、何人のつながりでKevin Bacon氏につながるかの映画知識を競う(?)もので、わたしも確か20年ぐらい前、映画オタ仲間とムダな映画知識を競ったものだ。Kevin氏と直接共演している役者は「1」、直接共演していなくても、「1」の役者と共演している役者は「2」、というように、この数値を「Bacon指数」と呼び、世界の大抵の役者は「3」以内でつながるんだそうで、それほど多くの作品に出演しているとも言えよう。わたしはこの遊びを、監督も含む、で遊んでいたっすね。
 というわけで、わたしはKevin Bacon氏が出演している、と聞けば、無条件でその映画は観たくなり、しかもどうやら悪役らしいと聞くと、超ドキドキワクワクでその映画の公開を待ち望んでしまうのである。
 そして、 去年2015年に、とある映画がUS公開になった。タイトルは『COP CAR』。要するに日本語でいう「パトカー」のことである。どうやら、Kevin氏は悪徳保安官であり、どうやらほんの10歳ぐらいのクソガキコンビにパトカーを盗まれ、そしてそのパトカーのトランクにはヤバいものが載せてあり……という映画らしいことを、US版予告で知ったわたしは、やっばい!超すげえのキタ!! と、やおら興奮して日本での公開を待ったのだが、全然公開される気配はなく、ガッカリしていたところ、今年の春に、ぽろっとごく小規模で日本公開されてしまって、まんまと劇場に観に行く機会を逸してしまったのである。
 が、さすがわたしの愛するWOWOW。さっそくもう、先日放送してくれたので、わたしも超楽しみに視聴を開始した次第である。結論から言うと、恐ろしく不愉快な、イラつく映画であったものの、やはりBacon氏の演技は素晴らしく、そして演出も極めて巧みな映画であることが判明したのである。

 もう、物語は上記予告の通りである。相変わらずのBaconクオリティ全開の悪役ぶりに大興奮したあなたはわたしと友達になれるであろう。
 しかし、である。この映画は、そのカギとなるパトカーをパクったクソガキコンビが、あまりにクソガキ過ぎて、わたしはもう、観ながら、調子に乗ってんじゃねえぞクソガキども……!! とイライラしっぱなしであった。ズバリ言って、度が過ぎている。予告のBacon氏のセリフにある通り、イタズラじゃあ済まない。わたしとしては、観ながら、まさかラストはこのクソガキたちは無事に家に帰ってめでたしめでたしじゃあねえだろうな? と不安になるほど、早くひどい目にあうがいい!! などと思いながらの視聴となった。なので、ラストは、正直若干ぬるいな、とは思うものの、一応ガキどもは痛い目に合うので、まあ、少しだけ胸を撫で下ろしたけれど、ホントは明確に死んでいただきたかったほどだ。
 なにしろ、二人のガキはとんでもないゆとりKIDSで、パトカーは盗む、逆走して暴走する、のやりたい放題である。おまけに、積んであったライフルや拳銃もおもちゃにして遊んだりもする。わたしは、ガキどもが銃のセーフティを外せないで、なんだこの銃、撃てないじゃん、と銃口をのぞき込んだり、ポイッと放り出したりしているさまを、その危なさにハラハラしながらも、暴発してガキの頭ふっ飛ばされねえかな、とか思いながら観ていたのだが、とにかくこの二人のガキには、キッツイお仕置きが必要だぜ、と完全にBacon視点で観ていた。
 ただし、Bacon氏演じる悪徳保安官も、これまたとんでもない悪党であり、人殺しやドラッグなど、全く同情の余地はない。なので、ラストはガキをぶっ殺しつつ、自分もガキにぶっ殺される、全員死亡エンドしかないのではなかろうか、でもそれじゃああまりにアレだし、どういうオチにするんだろうか、というのが本作の一番のポイントであったと思う。その点で言えば、前述のとおり、ややぬるいエンディングであり、わたしとしては本作の総合評価は、物語的には微妙かつ不愉快、と言わざるを得ない。
 とはいえ。やっぱり、演技としてのKevin Bacon氏の芝居はもう100点満点で、わたしのBacon氏に対する評価はさらに高まったのである。やっぱりイイっすねえ、さすがのBaconクオリティは半端ではなく、素晴らしかった。悪党ぶりもいいし、盗まれてから、やばい、どうしよう、どうする?という部分の芝居は超最高で、何Km あるのかわからないほどの草原を全力ダッシュで走って、超汗だく&超ゼーハーしたり、街に戻ってから車を盗もうとして、ブーツの靴紐をほどいて一生懸命ドアロックを外そうとしたり(ここのなかなか外れなくて苦戦するシーンは最高!! 観ているわたしも超イライラした)、パトカーを盗まれたことを警察署に悟らせないよう、いろいろ細工をしたり、なかなか涙ぐましい努力をするくだりは本当に素晴らしい演技であった。悪党だけど。やっぱりKevin Bacon氏は最高ですね。
 
 とまあ、わたしとしては微妙かつ不愉快な映画ではあったものの、Bacon氏は最高なので観てよかったと思っている。
 しかしこういう、アメリカ合衆国の片田舎を舞台にした映画を見ると、いつも思うのは、アメリカ合衆国の最大の問題は、要するに国土が広すぎる点にあるのではないか、という点である。
 端的に言って、広すぎて、国家としての統治が行き届いていないのではなかろうか。あの国土は、一つの国家としては、その人口に比して広すぎるのではないか、とわたしは常々考えている。だからこそ、州政府が存在する「合衆国」なわけだが、結果としては全く統治が機能していない。我々日本人から見ると、何もかもが足りないし、遅れていると思う。教育も行き届いていないし、雇用も行き届いていないし、公共交通網も全く行き届いていない。その原因は、つまるところ「広すぎるから」に他ならないように思える。アメリカ人が銃を持つのは、要するに誰も信用していないからであり、国家を信用していないからであろうと思う。じゃなきゃ、自分の身は自分で守るなんて言わないよね。その癖に、責任を国家に求めるわけで、おそらくアメリカ合衆国は、少なくともわたしが生きているうちは、今のまま、何も変わらないだろう。意見もまとまるわけがない。移民で成り立つ多民族国家であり、その多彩な文化や思想を、いい意味では許容し受け入れ、悪い意味では「自由」という耳障りのいい言葉でほったらかしにしているわけで、少数意見の切り捨てに過ぎない現代民主主義においては、不満はたまる一方だろう。また、富も一部に集中し、貧富の差も激しい。これだって、おそらく根本的な原因は、国土が広すぎる点にあるとわたしは見ている。富や教育を享受し、法の保護に置かれるのは、ごくごく一部の国民だけなのは、要するに、地理的に分散しすぎているからだと思う。そういう土壌がTrump氏当選に導いたと見るのも、おそらく的外れでないはずだ。
 たぶん、もしアメリカ合衆国が、日本並みの教育・鉄道・法の統治が行き届いていたら、きっと本作のような事件は起きなかったであろうと思う。悪徳警官は日本にもいるだろうけど、まずパトカーで死体を運ぶ警官は、まああり得ないだろうし、パトカーをまんまとガキに盗まれるような間抜けな警官もいないだろう。万一いたとしても、そのパトカーに乗り込んで、盗んで道路を爆走するバカガキは、現代日本でもいるかもしれないけれど、日本であればほぼ確実に、すぐに見つかってしまうだろう。そしてもし、奇跡的にそういう悪徳警官とクソガキがいたとして、まんまと本作のような事件が仮に起きたとしても、車内に銃やライフルが無造作に転がっていることは、これだけは絶対にないことだと思う。結果的にはたぶん数時間以内にあっさりお縄になるのがオチではなかろうか。
 というわけで、わたしは本作を観て、ああ、やっぱりアメリカ人はTrump氏を選んだんだな、ということに妙な納得を得たのだが、そう思ったわたしの思考の流れは以上のような連想である。たぶん、アメリカ合衆国という国は、メートル法を取らない限り、三流国のままだろうなというわたしの持論は、妙な確信をもって断言できそうな気がする。たぶん、あの国がメートル法を採用することは当面ないだろうね。無理なんだよ。意見の統一は。国土が広すぎて。だから、アメリカ人でも軍人だけがさすがに国際基準であるメートル法を取っているのが、わたしから見れば、まあそりゃそうだ、と不思議と腑に落ちますな。軍は一つの強固な意志統一体だもんね。
 もちろん、「自由」は尊重されるべきだが、その自由は、守るべきルール、すなわち法の下での自由だ。そして「法」自体が恣意的でインチキなものである場合が存在するのが残念だが、それを否定してしまったら、みんなが大好きな民主主義の否定になってしまう。文句があるなら、自分が唯一の立法機関である国会に出席する国会議員になるしかなかろう。そして国会議員になる努力がめんどくせえ、と思っているわたしは、文句があっても、そしてある程度の自由を失っても、法に従うしかない。
 だが、法を(なるべく)順守する一方で、わたしが最も遵守したいと思っているのは、自らの「良心」である。わたしの良心に照らし合わせれば、殺人はもちろんのこと、パトカー泥棒をすることも、100%ないと断言できる。そんな良心を持ちえたのは、現代日本の教育システムと、日本という国そのもののおかげであろうと思うわけで、本作であのクソガキどもや悪徳保安官を見て、わたしは、あーアメリカに生まれなくてよかった、と平和に、そして無責任に思った次第である。
 最後に、本作を撮った監督Jon Watts氏について備忘録を記しておこう。何と本作は長編劇場作品2作目であり、すでに次の3作目が、MCUの超・期待作『SPIDER-MAN Home Comming』であることが発表されている。これはもう、破格の大抜擢であると言えるだろう。確かに、本作はその演出は素晴らしいもので、とりわけ画のセンスは抜群だと思う。非常にうまい。具体的にどこがどうと説明できないのが歯がゆいが、とにかく本作『COP CAR』は、非常に台詞は少ない映画だけれど、ロングカットも多いし、その映像がキャラクターの心理を物語っているかのようで、極めて巧みであった。今回は脚本もWatts氏が書いたもののようで、わたしをイラつかせた物語が問題提起のための確信犯であるとするなら、その手腕はおっそろしくレベルが高いと認めるよりほかにない。この男、今後が非常に楽しみだ。

 というわけで、結論。
 Kevin Bacon氏は最高である!! そして『COP CAR』という映画は実にイライラする不愉快な映画である一方、現代アメリカの問題点をわたしに提示してくれる興味深い映画であった。演出も抜群で、この監督、Jon Watts氏は今後要チェックだ。しかしまあ、現代のお優しい世の中の、お優しい人々がこの映画を観て、クソガキどもをどう思うのか知らないけれど、このガキどもを許せるお優しい人たちとは、たぶんわたしは全く話が合わないと思う。そしてこの映画をノーテンキに面白がる人とも、近寄りたくないすね。つーか、それより先にわたしの方が嫌われるだろうな。それはそれで、受け入れましょう。お互い不干渉でお願いします。以上。

↓ うーーーん……わたし的にBaconナンバーワンムービーはどれだろうな……いっぱいあるのだが、今、わたしの頭に一番最初に浮かんだのはこれっすね。実にイイ!!!
 

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