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 ミステリー小説の手法の一つに、いわゆる「叙述トリック」ってやつがある。
 それは、要するに、なにかある重要な情報をあえて書かず(叙述せず)、読者側のある種の「勝手な思い込み」を利用して、ラスト近くで「実は〇〇はXXでした~!」的なネタ明かしをして、読者を驚かせる手法だ。わたしははっきり言ってその手法が嫌いで、なんつうか、作者の「してやったり」なドヤ顔が頭に浮かんでイラッとするというか、たいてい、なーんだ、つまんねえの、と切り捨てることが多いのだが、この「叙述トリック」を映画で扱うとどうなるか、わかりますか?
 映画の場合、全てが「映像」として見えているので、「読者に勝手に思い込ませる」ことが非常に難しくなってしまうわけだ。だって、見えてるんだから、誤解のしようがなくなっちゃうからね。
 わたしとしては、映画における叙述トリックで、一番(かな?)見事で上品だった作品は、何といっても『THE SIX SENSE』だろうと思っている。アレは本当に素晴らしくて、途中から、ひょっとしてこの主人公は……というヒントを提示しつつ、ラストで、あーー! やっぱり! そういうことか!! と普段「叙述トリック」の小説が嫌いなわたしでも、大興奮した見事な一品であった。
 まあ、『THE SIX SENSE』で一躍名をあげたM. Night Shyamalan監督は、その後どんどん調子に乗って(※一応誉め言葉です)、どんどん変な映画ばかりを撮り、おそらく世界珍作映画選手権が開催されたら優勝候補の一角を担うことになるのは間違いないが、一方で、ロンドン生まれでロンドン大学国文科(=イギリス文学科)を卒業した、純イギリス人(※お母さんはUS市民のためUS国籍ももってるそうです)の真面目な文学青年、Christopher Nolan監督は、ストーリー展開においては「叙述トリック」めいた変化球を、そして物語のベースには、ある意味「消える魔球」的な、「たったひとつの嘘」をしかけた世界を用意し、その「嘘」の入り込んだ世界の中で、ド真面目に「人間そのもの」の深い心理を描くことで、現在の映画界において不動の地位をものにしているのだろうとわたしは考えている。
 わたしが言うNolan監督の「叙述トリック」とは、Nolan監督が良く使う「フラッシュバック」のことで、物語の中で何度も現れる「謎の風景」が、最後には、そういうことか、と分かる仕掛けのことであり、わたしが「消える魔球」と呼んだ「嘘」とは、たとえば『MEMENTO』における「記憶が保持できない状態」だったり、『INSOMNIA』における「不眠症」や『THE PRESTIGE』における「奇術」、そしてもちろん『DARKKNIGHT』トリロジーにおける「バットマンという存在」や『INCEPTION』における「夢に入り込む装置」など、非現実的存在のことで、それが「当然にある」世界を描きながら、キャラクターは現実世界そのもののリアルな造形となっていることで、その嘘が見事なスパイスとなって相克があらわになるというか、リアルが増すのである。上手く表現できないけど、要するにたった一つの嘘が真実をより鮮明にする、ような気がしている。Nolan監督と言えば、極力CGを排した、本物のド迫力映像や、IMAX撮影による映像そのものの凄さ、を最大の魅力に上げる人も多いかもしれないが、わたしはデジタル撮影だろうとCGバリバリだろうと全然構わないと思うし、むしろIMAXに固執している点はあまり評価はしない。そういう点では、自分の撮りたいもののためならハードウェアやソフトを自分で新しく作っちゃうJames Cameron監督の方が凄いと思う。Nolan監督作品の素晴らしさは、やっぱり物語そのものだ。

 というわけで、前置きが長くなりました。
 今日の会社帰りに、わたしはNolan監督最新作『TENET』を観てきたのだが……まず、もちろん面白かった!! とは思う。のだが、うーん……これはまた相当な変化球だぞ!? 
 なんつうか、いろいろな仕掛けがあって、最初に見た映像が後で、なるほど、そういうことだったのか!! 的な面白さというかスッキリ感はもう抜群なんだけど、はっきり言って、メインの物語自体はかなりアレだったような気がするなあ……。。。まさか、そんなトンデモSFだったとは……という点は、わたしとしてははっきり言って、なーんだ、である。
 おそらく、世の中的にはもう大絶賛の嵐なのかもしれないし、この面白さが分かんねえの? とか言う輩が多いだろうから、あまり批判はしたくないけれど、でも、結局やっぱり、どうしてもNolan監督の『MEMENTO』や『PRESTIGE』を思い出すというか、結論から言うと、わたしの期待以上の作品ではなかったすね。あと、本作のような「タイムサスペンス」映画を観ると、わたしはつくづく、やっぱり『Back to the Future』は本当にスゲエ最高の映画だったんだな、と思い知ったような気がしたっすね。特に『II』ですが。

 というわけで、以下、かなりネタバレに触れると思うので、まずは今すぐ映画館へ観に行ってきてください。話はそれからだ!

 上記は予告編ですが、まだ劇場へ本編を観にいっていない人はマジで、今すぐ退場してください。さようなら。

 はい。それではよろしいでしょうか?
 まあ、観た人なら、上記予告は全く核心に迫っていない、無害な、それっぽいシーンを集めただけということはもうお判りだろうと思う。時系列もめちゃめちゃだしね。
 物語を改めてまとめてみても、あまり意味がないと思うのでやめときます。予告の通り、「時間の逆行」現象の中で、一人の男が(いろんな仲間に助けられながら)、世界の崩壊を阻止しようとするお話だ。ある意味では、純イギリス青年Nolan監督が大好きな『007』にも基本骨格は似ているように思う。
 わたしとしては、本作を観た感想として以下の3つをポイントとして挙げておきたい。
 【1:今回の「嘘」は時間の逆行】
 最初に書いた通り、Nolan監督作品で描かれる世界は、たいてい「一つの嘘」がスパイスとして効いているわけだが、その「嘘」は、その世界にとっては当然、ということになっていて、ほぼ説明がないのも特徴かもしれない。例えば、『INCEPTION』の「夢装置」は何の説明もなかったよね。むしろ説明されてしまうと、それが「嘘」だということがはっきりしてしまって、世界から浮いてしまうのではなかろうか……と思うのだが、『INTERSTELLER』における「嘘」である「ワームホール」は、ラスト、設置したのが実は……というネタ晴らしはかなり見事だったと思う(※ただし、世界の舞台となる「緩やかに破滅へ向かう地球」に関しては何の説明もナシ)。
 また、直近作『DANKIRK』における「嘘」は、強いて挙げるなら「描かれる3つの舞台は実は時間の進行スピードがそれぞれ違う」という点で、これがまたよく見てないと分からないし、実のところあまり効果的に機能してるとは思えなかった。その点で、わたしは『DANKIRK』はあまり興奮しなかったというか、Nolan監督作品の中ではあまり評価していない。
 で、今回の「大嘘」は「時間の逆行」なわけだが……ネタとしては最高だと思うものの、これが「時間逆行させる装置を発明した天才未来人によるもの」という設定は、なんか、正直わたしは、なーんだ、と、つい感じてしまったのである。さらに言うと、おそらく、その天才未来人が何故、今回の悪者であるセイターに装置を渡したのか、について、活発な考察が、インターネッツ上で今ごろさかんになされているんだろうと思うが、正直わたしには、その肝心なポイントがよくわからなかった。これは何度か観ないと理解できないかもしれないな……。アレって、単なる偶然なの?? でも、入ってた書類はセイター宛だったんでしょ?
 ま、これは言い訳ですが、本作は場面転換が非常に盛んで、しかも物語の展開するスピードが、おっそろしく速くて、え、今なんつった? と思っているうちにどんどん加速するかのように物語が進んでしまうのも、わたしの足りない脳みそには若干厳しかったようにも思う。特に、ファイナル大バトルへ向かう主人公が受けるブリーフィングも、台詞が速すぎて、え、え? と思っているうちに進んじゃったようにも思える。
 ともあれ、普通の時間軸(=順行世界)の主人公の行動を邪魔したのが、実は逆行世界の主人公、自分自身だった、とあとでわかる仕掛けには興奮したし、順行世界の主人公を助けたのは実は逆行世界のニールだった、と分かるラストは、ニール、お前って奴は!! と、正直感動したっすね。もちろん、順行世界の人々と逆行世界の人々が同じ画面上で入り混じるような、ものすごい映像も見ごたえバッチリだろうと思う。「回転ドア」なる時間逆行装置は最高にクールでドキドキしたっすねえ!
 しかし、うーーん……言及されてしまった「未来人」に関して、どうしてもモヤモヤしてしまうというか、すっきりしないんすよね……まったくのオーパーツ、謎装置、で良かったのではなかろうか……。この点が、わたしが残念に思ったポイントの一つっす。ちなみに、わたしがすげえ、これは面白い! と興奮した「逆行世界」のルールが一つあるんすけど、「逆行世界」では、何と呼吸ができないんだな。というのも、逆行世界では、空気が逆に肺から出て行ってしまう、てなことらしい(とわたしは理解したけど、呼吸は吸って吐く、なんだからそれが逆になるだけでは?とも思った)。これ、すごい面白いというか、それを防ぐために逆行世界では常に(順行世界で装備した)酸素ボンベを背負ってるという設定は見事だと思ったす。
 【2:Nolan監督の真骨頂=人間心理はどこ行った?】
 そして本作で、わたしが一番モヤモヤしてしまうのが、主人公の行動原理が良く分からん点である。本作の主人公は、エンドクレジットで「Protagonist」と表記されていた。そのものズバリ、「主人公」を意味する英語で、名前ではない。おそらくこの「名前がない」点も、今頃インターネッツでいろんな議論がなされてるんだろうけど、まあ正直どうでもいいので、その意味は置いといて、だ。そもそもこの主人公は、どうしてまたヒロイン(?)キャットを助けるために行動し続けたんだろうか?? この点が、わたしにはどうしてもわからなかった。これって、理由はない、人間なら当然のこと、ってことでいいのかな? 主人公の本来のMISSIONからはちょっと離れてるのに、どうしてキャット救出を最優先するような行動をとり続けたんだろう? 善人だから? それが当たり前だから? ホントかそれ? こういう、人間心理の描写がNolan監督の真骨頂だとわたしは信じてきたのに、本作ではそれが若干薄いような気がしてならない。さらに、いつも主人公の脳裏から離れないイメージが繰り返しの挿入される=Nolan監督の特徴たるフラッシュバック、も、今回はなく、その点も、ちょっと主人公の心理描写として物足りないような気もしたっすね。
 ただし、ホントにニールはイイ奴ですよ……ニールはもう完璧だったすね。ニールに免じて許してもいいか、とテキトーに思いました。
 【3:音楽が素晴らしい!!】
 Nolan監督作品は、その音楽(というかもはや効果音・背景音)もまた常に素晴らしいわけだが、今回は、スウェーデン人のLudwig Göransson氏が初めてNolan作品に参加している。Göransson氏といえば、わたしとしては『CREED』や『BLACK PANTHER(※この作品でアカデミー作曲賞受賞)』といったRyan Coogler監督作品でお馴染みなのだが(※Göransson氏とCoogler監督は南カルフォルニア大学で学生時代の友達だそうです)、今回の音楽も実に素晴らしかったと賞賛したい。
 とりわけ、わたしが興奮したのは、悪者セイターの、鼓動とシンクロするようなビートの刻み方だ。わたしはまた、ある意味HULK的に、心拍数が上昇するとマズいことが起きる、みたいな、セイターが自分の心拍数をしきりに気にするのは何らかの意味があるんだろうと思ってたんすけど、なんか、結局その意味は分からなかったすね。なんか意味あったんすかアレ? これも私の足りない脳みそではよくわからなかったす。やっぱもう一度観ないとダメかもな。。。

 というわけで、まあ、面白かったけど、よくわからんことや、ええ~?的な部分もあって、手放しで100点満点!とはわたしは評価できないけれど、役者陣の演技は確かで、実に素晴らしかったと存じます。以下、4人のキャラクターとキャストを紹介して終わりにします。
 ◆主人公:前述の通り名前はない。拷問を受けても仲間は売らない! という信条=TENETを持つため、謎組織にリクルートされる。そういや、わたし、告白しますが、「TENET」って英単語があることを知らなかった残念野郎であります。その意味は「信条」「主義」「教義」という日本語にあたる英単語でした。そういった、確固たるTENET(信条)を持つ男だということが、主人公の資格であり、また、キャットを助けるために奔走した行動原理になるのかな? まあ、わたしは一応そう理解することにします。演じたのはJohn David Washington氏36歳。その名の通り(?)、名優Denzel Washington氏65歳の長男ですな。元NFLフットボーラーとしてもお馴染みだそうですが、NFLは全く知識がないので、わたしは選手時代を知らないす。実は恥ずかしながら、わたし『BLACK KLANSMAN』を観てないので、本作で初めて彼を観ました。演技ぶりは、まあ、フツーすね。本作では髭モジャCIA工作員だったからか、その容貌はあんまり父Denzel氏に似てないような気がしました。たぶん、わたしは事前に知らなかったらDenzel氏の息子だってことに気が付かなかったと思うす。
 ◆ニール:主人公の相棒として大活躍するイケメン。とにかくその、「ええ~……もう、しょうがねえなあ……(苦笑)」的な表情や、「まあ、任せときなよ(ニヤリ)」な笑顔が最高にカッコ良かった!! そして物語的に、ラストでニールのリュックについている5円玉ストラップが超効いてましたね! わたしはもう、あっ! てことはさっき倒れてたのも、そして冒頭のアレも!! と超グッときました。もう、本作はニールがカッコ良すぎてわたしとしては最大級に賞賛したいすね。演じたのは、来年(?)BATMANとしてスクリーンに登場する予定のRobert Pattinson氏34歳。この人を初めてカッコイイ!と思いました。Pattionson氏と言えば、もう当然、『TWILIGHT』シリーズの、超根暗(?)で青白い優柔不断(サーセン!w)な吸血鬼だし、あるいは『Harry Potter』でのイケメン上級生セドリックなわけですが、この人、笑顔が超カッコイイじゃないですか! 今まで笑顔のイメージが皆無だったので、次のBATMAN=ブルース・ウェインは常に眉間にしわを寄せるキャラだから超ピッタリだな、と思ってたけれど、今回のニールの笑顔はちょっと驚き&最高でしたね。
 ◆セイター:ロシア人。かつて、核汚染されたロシアの秘密軍設備で、核燃料回収の仕事をしていた時、謎の「未来人からのギフト」を手にし、その利権で財を成す。そして超DV野郎として妻を肉体的・精神的に拘束している。彼は「未来人」からの指示で、「現在」の世界に存在する「アルゴリズム」なるものを集め、世界を崩壊へと導こうとする。ちなみに核汚染の影響なのか、深刻な膵臓がんを患っており、余命はわずかで、世界を道連れにあの世へ行こうとしている(たぶん)。前述の通り、どうして未来人は彼を選んだのか、わたしにはよくわからなかったす。そして妻をどうしてまたそんなにひどい扱いをするのかも、正直よくわからんす。まあ、美人過ぎて男がチョロチョロするのが気に入らなかったんでしょうな、きっと。知らんけど。で、演じたのは、イギリスが誇るShakespearaおじさんことSir Kenneth Branagh氏59歳。わたしはこの人が監督主演した出世作『Henry V』を大学生の時劇場で見て以来、ずっといろいろな作品で観てますが、まあ、実にお達者ですよ。ロシア語訛りの英語もお手の物でしょうな。次の『DEATH ON THE NILE』のポアロも楽しみすね。
 ◆キャット:セイターの妻で、恐ろしく背が高い美人。ただ、やっぱりキャットに対しても、わたしはあまり好感を抱けずでした。だって、セイターが言う通り、この人だって、セイターのDirty Jobを知ってて、そのDirtyな金でセレブ生活をエンジョイしてたわけで、その点はどうなのよ、とか思ったす。まあ、だからと言って虐待されていいわけがないので、気の毒なのは間違いないけど、キャットが超美人だったから主人公は必死に助けたのかなあ? とか、超・低俗な思いも頭によぎっちゃうす。そんなことより、すげえ、今演じたElizabeth DebickiさんのWikiを観てビビった! なんと身長191cmだって!! すげえ! キャスト陣の誰よりも背が高かったから、こりゃ相当だぞ、とか思ってたけど、191cmはすげえなあ! ははあ、バレエダンサーだったんすね……さもありなんですなあ。とにかくスタイル抜群で超美人でした。この方は、結構今までいろいろな作品でお見かけしてる方なんですが、例えばMCUの『GUARDIANS of the Galaxy Vol.2』に出てきた、あの金ピカ星人アイーシャもこの方ですな。まあ、素顔は大変お綺麗なお方ですよ。何もかも諦めた絶望の表情も、怒りに燃えるまなざしも、大変良かったすね。
 そのほかには、有名どころとしては、『KICK ASS』の主人公や『AGE of ULTRON』で殉職したクイック・シルバーでお馴染みのAaron Taylor-Johnson君や、Nolan作品『INSOMNIA』で主人公の相棒として印象的な芝居を見せてくれたMartin Donovan氏がチラッと登場したり、もちろん、Nolan作品にはなくてはならないSir Michael Caineおじいちゃんも登場します。シーンとしては数分だけど。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 現代の最強映画監督選手権が開かれたら、間違いなく優勝候補に挙げられるであろうChristopher Nolan監督の最新作、『TENET』がついに公開になったので、さっそく観てまいりました。結果、映像はものすごいし、「時間の逆行」という本作における最大のポイントも、非常に興味深く、結論としては、面白かった、というべきだろうと思う。思うんだけど、正直期待を超えるとは思えなかったし、なんかちょっと、いろいろアレかも、と思った点があったことは、散々書いた通りであります。まあ、それは恐らく、わたしの頭の悪さに由来する可能性が高く、それは素直に残念だと思う。とにかく、本作は場面の転換が速すぎて、キャラクターたちが次の地へ向かう移動時間がほぼはしょられているし、とにかく切り替えが速すぎると感じた。わたし的に本作での一番の収穫は、主人公の相棒ニールを演じたRobert Pattinson氏が、それまでのわたしの中にあったイメージを完全払しょくするぐらいカッコ良くて、キャラクターにぴったりであったという点だろう。この人、演技上手いんすね。実に見事でありました。まあ、この映画、恐らく今後、何度も見ると思います。そしてそのたびに、ああ、そういうことか!と発見して、初めて観た時のこの感想を、ああ、オレはやっぱアホだった、と後に思うことになるんだろうと思われます。以上。

↓ うーん、まあ、わたし的にNolan監督作品で一番すごいと思うのはやっぱり『INCEPTION』かなあ。「映像化不能!」という小説はよく聞くけど、初めて「小説化不能!」という映画を観た、と感じたっすね。今回の『TENET』も、小説化不能かもしれないすね。
インセプション (字幕版)
マイケル・ケイン
2013-11-26

 わたしは恐らく日本語で読めるシェイクスピア作品はほとんど読んでいるはずだが、読み始めたのは大学2年のころ、当時わたしが一番仲の良かった後輩女子が「シェイクスピア研究会」、通称「シェー研」に入っていたためで、シェー研とは要するにシェイクスピア作品を上演する演劇集団だったのだが、今度わたしオフィーリアを演じるんです!絶対観に来てください!と後輩女子が目を輝かせて言うので、ええと、それはつまりハムレットを読んどけ、ってことか、と解釈し、それからシェイクスピア作品を片っ端から読み始め、その面白さに目覚めたのである。
 以前もこのBlogのどこかで触れたような気がするが、わたしがシェークスピア作品で一番好きなのは、おそらくは『ヘンリー4世』だと思う。めっぽう面白い作品で、おそらく、読んだのは上記のきっかけから1年以内の話で、やっぱシェークスピアはすげえ、なんて思っていたのだが、そんな時にとある映画が公開されて、当時少し話題になった。その映画は、当時弱冠29歳の男が撮った『Henry V』、すなわち『ヘンリー5世』という作品である。この映画を撮った29歳の若者、それがSir Kenneth Branagh氏だ(Sirと氏はかぶってるか?)。
 この映画で彼はアカデミー監督賞と主演男優賞にノミネートされ、一躍注目の監督&役者として名を上げたわけであるが、そもそもは王立演劇学校を首席卒業しRoyal Shakespeare Companyで活躍していた、バリバリの舞台人だ。その彼が初めて撮った映画『Heny V』は非常に面白くてわたしも大興奮であった。わたしの記憶だと、確か都内では渋谷のBunkamuraでしか公開されていなくて、2回観に行った覚えがある。わたしが大好きな『ヘンリー4世』では、のちのヘンリー5世となる「ハル王子」はまだやんちゃな小僧なんだけど、第2部ラストの戴冠式で「ヘンリー5世」に即位し、それまでのやんちゃ仲間だった連中ときっぱり縁を切り、有名な酒飲みのおっさん「フォルスタッフ」をも投獄させるというところで終わって非常にカッコよく、その後の続きの話が『ヘンリー5世』で語られるわけだ。なんだか、日本的に言うと「うつけ者」と言われ続けた織田信長が、立派な武者として新たな人生を踏み出す的なカッコ良さがあって、わたしは『ヘンリー4世』が非常に好きだ。続く『ヘンリー5世』は、まさしく信長にとっての桶狭間的な、フランスとの圧倒的な戦力差のある戦闘に勝利するお話で、実に面白いのであります。そして、Kenneth氏の撮った映画版は、演出的にも、主役としての演技においても、極めてハイクオリティでとにかく面白かった。全く現代人の語り手が画面の中で解説、というか狂言回し風に現れて状況をト書き風に説明したり、とても斬新で大興奮したことが懐かしく思い出されるのである。
 というわけで、以上は前振りである。今日、わたしはそのSir Kenneth氏が監督主演した『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』を観てきたのだが、監督デビュー作『Henry V』から28年が経ち、すっかりイギリスの誇る名優&名監督となったSir Kenneth氏の演じるポアロは大変素晴らしく、やっぱりこいつはすげえ男だな、と、なんだか妙な感慨がわいてきて、大変楽しめる一品であったのである。まあ、原作のしっかりある作品で、どうも賛否両論のようだが、わたしは本作の結末は知っていたけれど、間違いなく面白かったと思う。
 というわけで、以下、ネタバレに触れる可能性もあるので気になる人は絶対に読まないでください。まあわたしは知ってても面白かったですが。

 わたしは海外ミステリー好きとして、中学生ぐらいの時からいろいろ小説を読んでいるつもりだが、実は恥ずかしながらAgatha Christie女史の作品は1作しか読んだことがない。その1作が何だったか、実に記憶があいまいで、たしか『ABC殺人事件』だったと思うのだが、なぜ1冊しか読んでないか、の理由は明確に覚えている。それは、兄貴が早川文庫のクリスティー作品をいっぱい持っていて、それをある日勝手に読んで、兄貴の部屋に戻そうとしたときに「てめー勝手に何してんだこの野郎!」と大喧嘩になったのである。なので、以来わたしはクリスティー作品は絶対に読まん!と誓いを立ててしまったんだな。しかし、テレビや映画は別物、と思ったのか、わたしも我ながら良くわからない心理だが、テレビシリーズのポアロやミス・マープルは観ていたし、映画版の『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』はテレビで、『地中海殺人事件』『クリスタル殺人事件』は劇場で観ており、今日、改めて観た最新Verの『オリエント急行』も、たしかラストは……だったよな、と思いながら観ていたのだが、各キャラに関してはすっかり忘れていたものの、ラストはちゃんと記憶通りで、ちょっとだけ安心した。
 本作は、最新Verという事で、衣装も美術セットも極めて金がかかって豪華だし、おそらくはCGもふんだんに使われているであろう画作りで、大変高品位である。その点も見どころであるのは間違いないが、やはり、一番はメインキャスト全員が名の通った一流役者で、その豪華オールスターキャストにあるのではないかと思う。というわけで、以下、各キャラと演じた役者を紹介してみよう。全員、は面倒なので、わたしが、おっ、と思った方だけにします。なお、わたしは原作未読だし、74年版の映画もほぼ忘れかけているので、原作とどう違うかとかそういうことは書けません。あくまで、本作最新Verでのキャラ、です。
 ◆エルキュール・ポワロ:ご存知「灰色の脳細胞」を持つベルギー人の名探偵。演じたのは最初に散々書いた通り、監督でもあるSir Kenneth Branagh氏。わたしはこの映画で初めて知ったのだが、「エルキュール」の綴りは、Hercule、つまりフランス語だからHはサイレントなわけで(ベルギーはフランス語圏でもある)、要するにカタカナ英語で言う「ハーキュリー」、日本語で言う「ヘラクレス」のことなんですな。まったくどうでもいい話ですが、作中で何度か読みを間違えられて、わたしは怪力の英雄じゃありませんよ、なんてシーンがあって、あ、そう言う意味か、とわたしはちょっと自分の無知が恥ずかしくなったす。そして演じたSir Kenneth氏だが、わたしとしては全く堂々たるポアロで、文句の付け所はないように思えた。大変良かったと思うが、どうもあの髭のわざとらしさとかは、鼻に付く方もいらっしゃるようですな。わたしは全然アリだと思います。
 ◆ラチェット:演じたのはわたしがあまり好きでないJohnny Depp氏。ある種のネタばれかもしれないけれどズバリ書きますが、殺されるアメリカ人実業家の役である。そして実は犯罪者の悪党。つまり被害者である彼には、殺される理由が明確にあって、その理由と乗客たちにはどんな関係が……? というのがミソとなっている。Depp氏はまあいつものDepp氏で、とりわけ思うところはなかったす。変にエキセントリックなところはなく、表面的には紳士然としているけれど、その内面はどす黒い、という普通の悪党な感じでした。
 ◆メアリ・デブナム:演じたのは、STAR WARSの新ヒロイン・レイでおなじみのDaisy Ridleyちゃん25歳。可愛い。実に可愛い。この女子は声がちょっと高くて、そしてわたしには気取って聞こえるイギリス英語がなんか妙に可愛い。笑顔もしょんぼり顔もイイすな。演技も、ほぼド素人だった『SW:Ep-VII』からどんどんと良くなっていると思います。この女子はもっとキャリアを伸ばしていけるような気がしますな。役としては、 バクダッドで家庭教師をしていた先生で、ロンドンに帰る途上のイギリス人。本作では、医師の青年と恋愛関係にあるような感じだが、ポアロには平然と関係がないような嘘をつく、若干訳アリ風な女子の役。それが原作通りなのかわかりません。そして彼女とラチェットの間には何の関係もないように思えるが実は……な展開。
 ◆マックイーン:ラチェットの秘書。演じたのは、オラフの中の人、でおなじみのJosh Gad氏。今年の春の大ヒット作品『Beauty and the Beast』のル・フウを演じたことでもお馴染みですな。マックィーンも、ラチェットの秘書として実は帳簿を操作して金を横領していた……という怪しさがある容疑者の一人。
 ◆ハバート夫人:演じたのは30年前は超かわいかったし今もお美しいMichelle Pfeifferさん59歳。わたしにとっては初代CAT WOMANことセリーナ・カイルだが、やっぱりお綺麗ですなあ。笑顔がいいすね、特に。しかし本作ではあまり笑顔はなく、妙に色気のある酔っ払いでおしゃべりな金持ちおばさんというキャラクターで、事件とは無関係のように思えたが、実は悲しく凄惨な過去が……的な展開であります。なお、わたしは終わった後のエンドクレジットで流れる歌がとてもイイな、と思って、誰が歌っている、なんという曲なんだろう、とチェックしていたのだが、曲のタイトルは「Never Forget」、そしてどうも歌っていたのは、まさしくMichelle Pfeiferさん本人だったようです。そうだよ、このお方は歌えるお方だった! お、YouTubeにあるから貼っとこう。

 ◆ドラゴミロフ侯爵夫人:いかにも金持ちで意地悪そうなおばあちゃん。いつも犬と、お付きの侍女的なおばちゃんを連れている。そしてこういう役をやらせたら、この人以上の女優はいない、とわたしが思うJudi Denchおばちゃまが貫禄たっぷりに演じてくれて、大変良かったと思います。御年83歳。ただ、物語的には今回の映画では結構出番は少ないかな……。あ、Denchおばちゃまも『Henry V』に出てたんだ? 覚えてないなあ……やっぱり、わたしとしてはこのお方以上の「M」はいないすね。なぜ『Skyfall』で退場させたんだ……。
 ◆ピラール・エストラパドス:何やら世をはかなみ、いつもお祈りをしている宣教師?の女子。演じたのはスペインが誇る美女Penélope Cruzさん43歳。生きているラチェットを最後に見かけた女。全くラチェットとのかかわりはないように見えたが、実は……な展開。ちなみに、74年の映画版ではかのIngrid Bergman様が演じた役(役名はグレタ・オルソンと原作通りで、今回の方が原作と違うとさっきWikiで知りました。へえ~)で、アカデミー助演女優賞も獲ったんですな。それは知らなかったわ。
 ◆ハードマン:オーストリア人大学教授という偽装でオリエント急行に乗っていたが、実はピンカートン探偵社の探偵で、ラチェットの周辺警護を依頼されていた、が、実は……といういくつも裏のある男。演じたのはわたしの大好きWillem Dafoe氏62歳。本作ではあまり出番なしというべきか? しかしその存在感は非常に大きい感じがした。相変わらず渋くてカッコイイ。
 ◆マスターマン:ラチェットの執事。演じたのは、『Henry V』の中で一人現代人として出てくるあのおじさんでわたし的に忘れられないSir Derek Jacobi氏79歳。Kenneth監督が尊敬し愛してやまないバリバリのシェイクスピア役者ですな。わたし的にはイギリス物、時代物には欠かせないおじさんですよ。残念ながら本作ではあまり目立たない存在でした。が実は彼も……な展開。

 はーー疲れた。もうこの辺にしておこう。要するに、出てくるキャラクターはことごとく、「実は……」という背景があって、そういった過去をポアロが次々に暴き出すものの、じゃあいったい誰が殺人者なんだ? つうか全員に動機があるじゃねえか! という驚きの展開になるわけです。そしてポアロが導き出した、真実は―――という物語なので、さすがにそこまでは書きません。わたしはその答えだけしか覚えてなかったわけですが、それを知っていても全く問題なく楽しめました。なので、まあ、この正月に映画でも観るか、という方にはそれなりにお勧めだと存じます。映像的にも、役者陣の演技的にも、なかなか見ごたえアリ、な作品でありました。

 というわけで、結論。
 誰もが知っている名探偵ポアロ。そんなおなじみのキャラを、イギリスの誇る名監督&名優Sir Kenneth Branagh氏が21世紀最新Verとして映画化したのが『MURDER ON THE ORIENT EXPRESS』であります。公開からもうちょっと経ったけれど、今日やっと観てくることができました。ま、すっげえ、めっちゃおもしれえ! と興奮するほどでは全くないけれど、やっぱり面白かったすね。衣装もセットもCGも豪華だし、役者陣もオールスターキャストで、大変華やか? というか、非常にゴージャスですよ。わたしはアリだと思います。時代背景が良くわからないけど、原作小説が発表されたのが1934年だそうで、まあその辺りのお話なんでしょう。1934年は昭和9年だから、昭和の初期、ってことですな。ちなみに、ラスト、ポアロは「エジプトで事件が起こった」知らせを聞いて、そちらへ駆けつけるべく去っていきます。つまり、この映画が大ヒットするなら、次は「ナイル殺人事件」を映画化する気満々、ってことですな。売れているかどうか調べてみると、現在、全世界興収は3億ドルほどだそうで、十分ヒット作と言えるとは思うけれど、どうかな……まあ、わたしとしてはSir Kenneth版「ナイル」もぜひ観たいと存じます。楽しみっすね。以上。

↓ この映画が大好きでした……Michelle Pfeiferさんの歌う歌がことごとくイイ!
恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ [Blu-ray]
ミシェル・ファイファー
キングレコード
2017-05-17


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