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 わたしは映画オタとして、現役の映画監督の中ではClint Eastwoodおじいが一番好きだ。今年の5月の誕生日で、もう90歳になろうとしているおじじだが、とにかくその創造力は旺盛で、マジで毎年1本、多い年は2本映画を撮り続けてるんだから凄いと思う。
 聞くところによると、Eastwoodおじいは、恐ろしく撮影が早いそうで、一発OKでどんどん撮り進めるスタイルらしい。どっかで語っていたところによると、何度も同じシーンを演じても意味がなく、最初が一番いいから、というのがその理由らしいが、わたしがおじじの作品で一番すごいと思うのは、なんというか、カメラが非常に冷徹というか、客観的というか、とにかく「その場を感情抜きに切り取った」ような画面がとてもクールに思えるのである。恣意的な画じゃないというか、別に誰に味方でもない、的な淡々としたまなざしのようなものを感じるのである。そしてやっぱり、おじじの映画の素晴らしい点は、その音楽だろうなと思う。いつもとてもきれいなピアノやギターのソロが非常に心に残るわけです、
 というわけで、Eastwoodおじじの新作がまた公開となったので、わたしもさっそく観てきた。今回の作品『RICHARD JEWELL』も、おじじがこのところずっと追いかけている「普通の人」だけど「ヒーロー」と呼ばれた人間の物語であります。
 結論から言うと、わたしの趣味には若干合わなかったかも? というような気がするので、今回はそれほど大絶賛はしないけれど、十分面白かったとは思う。面白かったというより、興味深かった、という方向かな。まあ、なんつうか、恐ろしい世の中ですよ、ホントに。

 というわけで。本作は1996年のアトランタオリンピックを舞台に起きた爆弾テロ事件の実話がベースだ。そして主人公リチャード・ジュエル氏も勿論実在の人物である。彼は、オリンピックの会場近くの公園で開催されていた野外音楽ライブの警備員で、あやしいリュックを発見し、警察に通報する。そして中身は爆弾であり、こ、これは! と警官と協力して観衆を避難させるが、避難中に爆弾がさく裂、2人が亡くなり怪我人多数、という事件となった。リチャード・ジュエル氏は第一発見者&避難誘導したヒーローとして祭り上げられるが、すぐにFBIによって、逆に爆弾犯の容疑者とされてしまい……てなお話だ。
 わたしは残念ながらこの事件のことは完璧忘れていたが、まあ、そんな事件があったのは大変痛ましく、今年まさしくオリンピックを迎える我々の東京は大丈夫かと心配になるけれど、本作は、誰がなぜ、爆弾を仕掛けた真犯人なのか、という点はほぼどうでもよく、リチャード氏の身に起きた「冤罪」に焦点が置かれている。
 わたしは観ていて、なんじゃこりゃあ? と思ったほどヒドイお話なのだが、おそらく、問題は3つある。
 【問題点その1】そもそもリチャード氏が結構アレな人。
 本作は、事件が起こるまでにリチャード氏がどんな人物だったのかについて、少し詳しく描かれている。それを観ていると、どうもリチャード氏は「法執行機関」にあこがれていて、大学の警備員をやったり、どっかの保安官事務所で働いてたり、とするんだけど、「妙な不器用さ」とでも言えばいいのかな、とにかく「微妙にやりすぎ」てことごとくクビになっている。さらに、冒頭で描かれたのは政府機関(?)の備品係として働いているシーンなのだが、働いてる人たちのオフィスの備品(セロテープとかそういうもの)を、カートを押して補充する係なんだけど、後に自らの弁護を依頼するワトソン・ブライアント氏の机をある意味勝手に漁って文房具を補充してたり、ゴミ箱にワトソン氏がスニッカーズの袋を捨ててるのをみて、勝手にスニッカーズも机に補充しておくなどしていて、要するにこの人、気は利くんだけど「微妙にやりすぎ」なのだ。これ、ちょっと怖いじゃん、とわたしはゾッとしたっすね。まあ、いずれにせよリチャード氏はこうしてワトソン氏と仲良くなるわけだけど、頼んでないのにわたしの大好きな歌舞伎揚げが引き出しに入ってたら、ちょ、ちょっと待って、ありがとう、でも、もういいから! って言うと思うな。
 しかも困ったことに、リチャード氏はその「微妙なやりすぎ」を全く自覚してなくて、なんで親切にしてるのに、なんで真面目に、忠実に職務を全うしているだけなのに、オレがクビにならなきゃいけないの? と素朴に理解できないでいる。たまにこういう人、見かけますね。要するに「空気が読めない」系なんだとわたしには思えた。
 そしてまあ、ズバリ言えばとんでもないデブですよ。ひどいことを言うと、やっぱりお母さんに甘やかされてきたんじゃないかなあ? とわたしは感じたのだが、彼について弁護すると、彼は間違いなく根は善良であるということだ。確かに、オレは悪くないのに、とは思っていても、それを「アイツのせいだ」と他人に憎悪を向けることは一切ない。その点は非常に美徳だと思う。なので、若干問題のある困ったちゃんだったとしても、身に覚えのない罪を着せられていいわけがない。わたしは、最終的には潔白が認められて、お前、ホント良かったな! と胸をなでおろす一方で、でも、もうチョイ、空気を読んだ方がいいかもよ……とか思ったす。
 【問題点その2】FBIってこんなに無能なの?
 時代が現代とは違ってもう20年以上前であるが、恐らく現代だったら相当な違法捜査があったように見えた。そもそも、事件後、弁護士としてリチャード氏を弁護したワトソン氏が簡単に立証した通り、「爆弾を仕掛けた」という電話があった時のリチャード氏には完璧なアリバイがあったわけで、FBIが容疑者として捜査するにはかなり無理があったような気がする。また、無理やり供述書(?)にサインさせようとしたり、脅迫電話と同じセリフを録音しようとしたり、ありゃあまあ、どう考えてもFBIの勇み足であろうと思う。とても法廷を戦える証拠にはなり得なかったのではなかろうか。あれは……どういうことだったんだろうな……事件直後、現場でFBIと警察とATFが主導権争いを一瞬するけれど、まあ、普通に考えてテロ事件(爆弾には釘がいっぱい仕掛けられていて明らかに対人攻撃)だったのだから、別に慌てなくてもFBIの管轄事件になっただろうし、警察やATFに対してFBIが功を焦る必要はなかったと思うのだが……あれは、FBI捜査員がその場にいたのに防げなかった、という世論が噴出するのを防ぎたかったってことなのかな? 観ていて、あまりに根拠のない誤認のようにしか思えなかったすね。
 【問題点その3】ハニートラップ? よりもメディアの暴力の方が怖い
 残念ながら本作は、世のポリコレ的(?)ムーブメントによって、強い批判にさらされてしまっている。それは本作では、新聞社の野心たっぷりな女性記者がHをエサにFBIから情報を得た、と描かれている点だ。とはいえ、このことについて、わたしは事実を知らないので、何もコメントできない。そもそも映画で描かれたことをすベて信じるほどわたしはナイーヴではないので、別に騒ぎ立てるつもりはないが、確かに観ていて、かなり露骨な描写であったので、ああ、こりゃあ批判されちゃうかもな、とは思った。
 しかし、この女性記者のハニートラップ的な部分は、わたしには何とも言えないし、問題は情報入手の方法ではないと思う。問題なのは、入手した情報がFBIの機密であるにもかかわらず、新聞に載せて、その結果、リチャード氏をメディアの暴力にさらしたことだろうと思う。しかも、彼女の心には、知る権利だとか、正義感あるいは良心のようなものは1mmもない。あるのは虚栄心がすべてだ。そう、完璧に自分の出世だけが、彼女が記事を乗せた動機なのである。そこが恐ろしいというか、あさましいのだ。これは現代ならばソーシャル・メディアなるド素人たちの嵐のような炎上事件と同じ性質のものだろうと思う。
 だが、本作では、現代と決定的に違うことがあった。それは、時代の違いに由来するのかもしれないけれど、本作での女性記者はキッチリ署名記事として、リチャード氏が容疑者になっていることを伝えているのだ。この点で、今の「匿名のド素人ども」とは決定的に違うと思う。彼女はきちんと名前を名乗り、責任をもって報道しているわけで、現代の姿の見えない批判者どもよりよっぽど気合が入っているし、マシではなかろうか。本作で女性記者たちよりタチが悪いのは、女性記者の記事によって裏も取らずにジュエル氏に群がる他の記者どもだろうと思う。まあ、普通の人があんなにカメラとマイクを向けられたら、相当な恐怖だろうな……。本作で描かれた時代には、ソーシャルメディアなるものはなく、記者会見を行うことで炎上はほぼ鎮火するのだが、この点で言えば現代の方がよっぽど恐ろしいし、より悪くなっているとしか思えない。イヤになりますな、ホントに。しかし、くだんの女性記者がお母さんの熱のこもった記者会見で涙しちゃうのも、なんか時代が違うように思うし、ちょっとだけ、キャラ的によくわからなかったよ。
 というわけで、もう長いので最後に主要キャラとキャストをメモして終わりにします。
 ◆リチャード・ジュエル:主人公のデブ青年。33歳だったかな? 法執行機関にあこがれているため、いろんな捜査豆知識が豊富。それが裏目に出ちゃうわけだが、拳銃やライフルもいっぱい持っていて、アレもマズかっただろうな……アメリカ合衆国ってのは、ほんとにダメな国だと思わざるを得ないよ……。残念ながらご本人は心臓疾患ですでに故人。太り過ぎが原因でしょうな……。演じたのはPaul Water Hauser氏。同じく33歳だそうで、意外と若いですな。見えないけど。氏の出演した『I, Tonya』や『Black Klansman』は観てないので、そのうちチェックしとこう。
 ◆ワトソン・ブライアント:リチャード氏の弁護士。彼のキャラも、少し背景が良くわからなかったかな……。演じたのはSam Rockwell氏で、非常に素晴らしい演技でした。アカデミー賞にはノミネートされなかったようですが、大変お見事だったと思います。
 ◆バーバラ・”ボビ”・ジュエル:リチャード氏のお母さん。演じたKathy Batesさんの演技もこれまた素晴らしかったすね。Kathyさんはアカデミー助演女優賞にノミネートされました。
 ◆ナディア:ワトソンの優秀な秘書。とても味のある人で印象に残ったすね。後にワトソン氏と結婚したそうですが、設定としてはどこか東欧?からの移民のようなキャラでした。演じたのはNina Ariandaさんという方で、知らないなあ? とか思ってったけど、どうやら何本かわたしも観ている映画に出てるお方でした。とても良い演技だったと思います。
 ◆トム・ショー:FBI特別捜査官で若干アホな人。演じたのは結構そこら中で見かけるJon Hamm氏。もうちょっとまともな調査をしてからにすべきでしたな……。
 ◆キャシー・スクラッグス:FBIがリチャード氏に目をつけているという情報をトム・ショーから色仕掛け(?)で入手し、新聞一面に載せて騒動を起こす。キャラ的には、もう新聞じゃダメ、テレビに移るとか名誉欲が旺盛で、そのためにDカップに豊胸しようかしらとか言ってる女性。まあ、事実は知らんけど、現代の世ではマズいんでしょうな、そういう描き方は。おまけにキャシーさんもすでに故人で、反論できないってのもマズいと批判されてるようです。まあ、そりゃ確かにそうかもね……。演じたOlivia Wildさんは言うまでもなく超美人です。

 というわけで、もう書いておきたい事がなくなったので結論。

 わたしの大好きなClint Eastwoodおじいの最新作『RICHARD JEWELL』をさっそく観てきたのだが、結論としてはジュエル氏にも、そしてFBIやメディアにも共感できず、なんというか、とんでもないから騒ぎの様相をEastowoodおじい独特の「クールな視点」から観せられたような気がする。その視点から見ると、事件の本質は当事者ではなくて、周りの民衆に向けられているような気もします。我々としては、報道されたら、そりゃ、アイツが怪しいんじゃね? とコロっと思わされてしまうわけで、どっかの週刊誌報道にオロオロする政治家連中も、自分が潔白なら、ちゃんと堂々と反論した方がいいんじゃないすかね。それがなきゃ、潔白とは思えないよね。でもまあ、どーでもいいことをあげつらう野党の皆さんも、週刊誌の報道が頼りってのも嘆かわしいですな。てなことをわたしは本作を観て思いました。ほぼ関係ないけど、以上。

↓ こんな本も出てるみたいすね。

 わたしは年間40本ぐらいは映画館で映画を観ているわけだが、そんなわたしが一番好きな映画監督は、現役では間違いなくClint Eastwoodおじいちゃんである。1930年5月生まれだからあと2カ月で89歳だよ? そんなおじいちゃんが、今もなお旺盛に映画を撮っていて、ほぼ毎年、多い年は年2本とか作品を生み出してるんだから、もうマジで信じられないよね。あっ!? ちょっと待って!? うおお、今まで全然気にしてなかったことを発見しちまった!! 1930年って、昭和5年じゃん? てことは、20年以上前に亡くなったわたしの親父より1つ年上じゃん! つうかほぼ同じかよ。すげえ、つうか、親父が生きてたら今年88歳か。そんな歳になってたんだなあ……。そうなんだ……。
 というわけで、わたしは今日、会社帰りにEastwoodおじいちゃんの最新作、『THE MULE』を観てきたのです。Muleってのは、騾馬のことですな。Wikiによると、騾馬ってのは雄のロバと雌の馬の交雑種で、、メキシコに多く生息しているそうだが、まあ、荷物運搬によく使われていたわけで、そこから転じて、メキシコから密輸されたドラッグの「運び屋」って意味で使われているわけだ。本作は、90歳になろうかという老人が、メキシカン・カルテルの末端として「運び屋」となった事件(?)に着想を得て作られたフィクション、のようだ。
 結論から言うと、わたしとしてはもう超最高に面白かったと思う。なお、Eastwoodおじいちゃんが自分で監督して自分で主演を務めるのは2008年公開の『GRAN TRINO』以来だそうだ。マジかよ、もう10年前の映画かよ……はあ……オレも年取ったなあ……。
 というわけで、以下、決定的なネタバレに触れるかもしれないので、まだ観ていない人はここらで退場してください。つうか、今すぐ映画館へGO!でお願いします。コイツは超おススメであります!

 というわけで、もう物語は上記の通りである。なので、問題は2つであろう。
 1つは、なんでまた運び屋になっちゃったのか? そしてもう1つは、最終的にどうなるのか、である。まあ、誰だってそう思うよね。わたしもそう思った。
 そして映画は、まず現在時制である2017年の12年前、2005年のとある情景から始まる。ここで説明されるのは、主人公のおじいちゃんが、ユリの栽培家で、品評会的なものの常連であり、メキシコからの違法移民の労働者と、口は悪いけど楽し気に働く姿だ。そして品評会でも、同業者に口汚いジョークをかまし、女性たちにも軽口を飛ばしつつ、賞を貰ったスピーチでも小粋なことを言って場内から拍手されるような、要するに、「営業トーク」が自然と出る、トークで相手の懐に入り込むのが得意な、口の達者なおじいちゃんという姿が描かれる。しかも、おそらく「狙ってる」ワケではなく、「天然」で面白トークをしてしまうおじいなのである。この点は後々極めて重要になるのだが、わたしは観ていて全然気が付かず、観終わって、そうか、冒頭のシーンにはそういう意味があったんだ、とハタと気づいた。
 そしてこの2005年のシーンではもう一つ、重要なことが描かれる。それは、その品評会のパーティーが、なんと娘(※娘と言っても結構歳がいっていて、既に娘(つまり孫)までいる)の結婚式の日で、思いっきりダブルブッキングしているのだ。だけど、おじいちゃんは結婚式にはいかず、パーティーにとどまる。そう、主人公は完全に「家族を顧みない」男であることが示されるのである。
 そして時は2017年に移る。いきなり映されるのは、12年前主人公が丹精込めて育てていた農園が荒れ果て、家は差し押さえにあい、荷物をおんぼろトラックに積んで出ていくシーンだ。どうやらインターネッツの通販によって事業が傾いてしまったらしい。そして主人公は、そのおんぼろトラックで成長した孫の婚約パーティー(?)会場に乗りつける。孫は唯一、おじいちゃん擁護派で、大喜びするも、娘と妻(しつこいけど孫にとっては母とおばあちゃん)がいて、険悪な雰囲気に。こっぴどくののしられて、しょんぼりなおじいちゃんは、一人おんぼろトラックで帰ろうとしたとき、娘の婚約者の友達(?)から、金に困ってて車の運転が好きなら、いい仕事があるよ、と言われ……てな展開で「運び屋」まっしぐらとなるお話であった。
 というわけで、わたしが観る前に感じていたポイントの、「なんでまた運び屋に?」に関しては、冒頭10分ほどで、なーるほど、と理解できる展開になっている。そして、わたしが一番この映画で面白いと思ったことは、主人公のおじいちゃんが「トークで相手の懐に入っちゃう」その様相だ。
 まず最初に、おじいちゃんの面白トークで篭絡(?)されるのは、街の末端の連中だ。最初はおじいちゃんに、おいおいメールも打てねえのかよこのジジイ! ぶっ殺すぞ!的な悪党どもなのに、3回目ぐらいになると、おじいちゃんの車が入ってくれば、YO!元気かい!みたいにフレンドリーになってて、だからさ、ここをこうやんだよ、的にスマホの使い方を優しく教えてあげちゃったりするんだな。
 そして次はカルテルから直々に送り込まれてきた悪党だ。カルテルのボスが、ちゃんと見張っとけ、というので、おじいちゃんの車に盗聴器を仕掛けて、後ろをついてくるわけだけど、おじいちゃんが超のんきに、ラジオに合わせて歌なんか歌ってると、あのジジイ、のんきに歌ってんじゃねえよと最初はおっかない顔をしていたのに、つい、つられて歌っちゃったりするし、白人しかいないような店に寄って、おいジジイ、みんながジロジロ見るじゃねえか、なんでこんな店にしたんだよ!と凄んでみせると、おじいちゃんは、いやあ、この店のポークサンドは世界一美味いんだよ、どうだ、美味いだろ? なんて返され、まあ、美味いけどね……みたいな、悪党たちの調子が狂うというか、その篭絡ぶりが観ていてとても面白いのです。悪党だけじゃなくて、2回、ブツを運んでいる時に警官と遭遇しちゃうのだが、そのかわし方?が 上手すぎて最高だったし、1回目の時の、ど、どうしよう?という超不安な表情も演技として素晴らしかったすね。
 そして、あまりにおじいちゃんが仕事に次々と成功するので(DEA=麻薬取締局が網を張ってるのにおじいちゃんすぎてノーマークだった)、カルテルのボスが気に入っちゃって、メキシコの大邸宅に呼びつけて、二人で盛大に酒を飲んで女もあてがってもらって(!)、楽しいひと時まで過ごしちゃうんだから凄いよ。
 しかし、後半、そのカルテルのボスが暗殺されて別の人間に交代したことで、完全に空気が変わってしまう。その新ボスは、寄り道禁止、スケジュール通り運ばねえとぶっ殺す、と別の凶悪な手下を送り込んできたのでした。そして折しも元妻が病魔に侵されているという知らせも入り、そっちに行きたい、けど、おっかねえ連中が見張ってる、そこで主人公のおじいちゃんが取った行動とはーーーというクライマックス(?)になだれ込むというお話でありました。
 なので、果たして最終的な結末は―――という最初の疑問は、かなり美しく描かれますので、それはもう、映画館でご確認ください。わたしはあの結末はアリだと思います。大変面白かったすな。
 というわけで、以下、キャラ紹介とキャスト陣の紹介をして終わりにしよう。ホントは篭絡されていく悪党たちを紹介したいんだけど、知らない役者なので、有名な人だけにします。
 ◆アール:主人公のおじいちゃん。朝鮮戦争に従軍した退役軍人。そのギリギリセーフ、つうか若干アウトな毒舌トークで相手の懐に入っちゃうキャラは、Eastwood作品ではかなり珍しいような気がする。いつも、眉間にしわを寄せてる強面おじいですが、今回はちょっと違いますね。ボスの家に招かれたときのシーンも良かったすねえ。「こりゃあ凄い、あんた、この家を建てるのに何人殺したんだ?」なんて、周りの悪党どもがドキッツとしてしまうようなことを平気で口にしてしまっても、ボスも笑顔で「そりゃあもう、たくさんだよ、はっはっは!」と逆に気に入っちゃう流れは、アールのキャラをよく表してましたな。アールは、朝鮮戦争から帰ってきたことで、ある意味もはや「怖いものなんてない」わけで、「したいことをする・思ったことは口にする」男となったわけだ。だけど、一つだけ、どうしても心残りなのが、家族を蔑ろにして生きてきたことで、それが内心ではとっても悲しく、Eastwoodおじいちゃんの表情はもう、最高にそんなアールの心情を表していたと思う。ホントにお見事でしたなあ! あと、最初の仕事の成功でもらった金で、いきなりおんぼろトラックからゴッツイ最新モデルのピックアップ(ありゃクライスラーかな?)に乗り換えちゃうところなんて、わたし的にはとても微笑ましく思えました。ちょっと調子に乗りすぎたかもね……この人……。
 ◆コリン・ベイツ:DEA捜査官。NYやDCで実績を上げてシカゴ支局に異動してきた花形捜査官。「タタ(=じいさん)」と呼ばれる謎の運び屋を追う。このDEAサイドの話も並行して進むのだが、ベイツとアールがとあるカフェで出会う、けど、アールはヤバい!と気付いているのに、ベイツはまるで気付かず、のあのシーンも大変良かったですね。ベイツを演じたのは、Eastwoodおじいちゃんのウルトラスーパー大傑作『AMERICAN SNIPER』で主人公クリス・カイルを演じたBradley Cooper氏。今回は出番はそれほど多くないけれど、大変良かったです。ラスト、あんただったのか……と逮捕するシーンの表情も、実に素晴らしかったすね。そして役名を覚えてないけどベイツの相棒のDEAマンを演じたのがANT-MANのゆかいな仲間でお馴染みMichael Peña氏。彼もEastwoodおじいちゃんのウルトラスーパー大傑作『Million Dollar Baby』に出てましたな。陽気な役が多い気もするけど何気に演技派なんすよね、この人は。それから二人の上司のシカゴ支局の偉い人、をLaurence Fishburne氏が演じてました。相変わらずのすきっ歯でしたね。実に渋いす。
 ◆カルテルのボス:「タタ」と呼ばれる運び屋の仕事ぶりが気に入って、自宅に呼びつけるボス。残念ながらその若干甘い体制が身を滅ぼしたようで……残念でした。演じたのはAndy Garcia氏。すっかり渋くなりましたなあ。一時期トンと見かけなかったような気がするけれど、ここ数年、また出演作が増えてきたような気がするっすね。『The Untachable』はもう30年以上前か……あの頃はイケメンでしたなあ……。
 ◆メアリー:アールの元妻。仕事人間で家庭を顧みないアールに三下り半を突きつけ離婚したらしい。しかし最後の和解は、ちょっと泣けそうになったすね。あの時のEastwoodおじいちゃん演じるアールの表情が超見事でした。この元妻を演じたのがDianne Wiestさん70歳。わたしがこの人で一番覚えているのは、『Edward Scissorhands』のお母さん役ですな。エイボンレディーの仕事をしているちょっと抜けた?明るいお母さんという役だったすね。あれからもう約30年か……はあ……。
 ◆アイリス:アールとメアリーの娘。結婚式に来なかった父と12年口をきいていない。そりゃ怒るよ……。演じたのは、なんとEastwoodおじいちゃんの本当の娘であるAlison Eastwoodさん46歳。この方は過去何度かEastwood作品に出演しているし、自らも監督として映画を撮っている方ですが、顔はあまりお父さんに似てないすね。わたし、実は観ている時はAlisonさんだと気が付いてなかったです。ウカツ!
 ◆ジニー:アイリスの娘であり、アールとメアリーの孫。おじいちゃん擁護派だったけれど、おばあちゃんが大変なのに来てくれないなんて! と激怒してしまうことに。わたしはこの顔知ってる……けど誰だっけ? と分からなかったのだが、エンドクレジットで名前が出て思い出した。この女子はTaissa Farmigaちゃん24歳ですよ! 2013年公開の『MINDSCOPE(邦題:記憶探偵と鍵のかかった少女)』の主役の女の子ですな。あの頃はギリ10代だったのかな、すっかり大人びて美人におなりです。そしてこの方は、『The Diparted』のヒロインを演じたVera Farmigaさんの妹ですね。えーと、Wikiによると21歳年下の妹だそうです。ずいぶん離れてますな。あ、7人兄弟だって。そしてTaissaちゃんが末っ子か。なるほど。

 というわけで、もう書いておきたいことが亡くなったので結論。
 わたしが現役映画監督で一番好きなClint Eastwoodおじいちゃん最新作『THE MULE』が公開になったので、初日の今日、会社帰りに観てきた。ズバリわたしは超面白かったと結論付けたい。とにかく、10年ぶりの主役を自ら演じたEastwoodおじいちゃんの演技が超秀逸です。アカデミー賞にかすりもしなかったのが大変残念ですよ。いつもと違う軽妙さはすごく新鮮だったし、時に見せる、老人らしい慌てぶりの、ど、どうしたらいいんだ?的なオロオロ感は観ててとてもグッと来たっすね。グッと来たというか、毎日、80代のばあ様になってしまった母と暮らすわたしには、こっちまで心配になってしまうような、絶望感のような表情が素晴らしかったと思います。わたしとしては、本作は大いにお勧めいたしたく存じます! 是非映画館で! 以上。

↓ 今週末は久しぶりにコイツを観ようかな。なんというか、キャラ的に今回と正反対、のような気がする。
グラン・トリノ (字幕版)
クリント・イーストウッド
2013-11-26

 わたしが映画オタクとして様々な映画を観ていることは、このBlogの過去ログを見ていただければ恐らく十分証明可能だろう。そんなわたしが、今現在も現役として活躍している監督たちの中でで、たぶん、一番好きな監督が、Clint Eastwood御大である。わたしは尊敬と愛をこめて、Eastwoodおじいちゃんと勝手に呼んでいるのだが、御年87歳、全く衰えることのないスーパーおじいである。ほぼ毎年1本以上作品を発表しているし、2本の年だってあるんだから恐れ入る。
 わたしがEastwoodおじいちゃんの作品が好きなのは、その極めて冷徹?な、客観的というか、感情を載せないシビアな視線や、特徴的な色彩の薄い画作り、そして、音楽のつけ方が超絶妙、とか、とにかくいっぱいポイントがあって、毎回、観終わると、やっぱEastwoodおじいちゃんはすげえ、という結論に至るのである。
 というわけで、わたしは今日、会社帰りにEastwoodおじいちゃん最新作『The 15:17 to Paris』を観てきたのだが……これはどう評価したものか難しいな……うーーーん……これは傑作というべきなのだろうか……どうなんだろう? ちょっと、この記事を書きながら、考えてみたい。
 以下、ネタバレ全開になる予定なので、気になる方は読まないで退場してください。全くネタバレを配慮するつもりはありませんので。

 上記予告の通り、本作は2015年8月21日に起きた、アムステルダムからパリへの特急列車内で起きたテロ事件において、犯人にとびかかってとっ捕まえた、勇気あるアメリカ人青年3人のお話だ。
 そして、本作最大のポイントは、な、なんと! その3人を、実際に犯行を止めたド素人の本人その人に演じさせているという驚くべき点にある。おまけに、事件で唯一撃たれて負傷した人とその奥さんも、本人そのものとしての出演だ。要するに、関係者本人による再現フィルム、ということだ。エンドクレジットには、本作は事実である、ただし会話やキャラクターはドラマチックに仕上げるためにちょっといじってます、という文字が(もちろん英語で)流れていた。ま、そういうことである。
 なので、本作はそのテロ事件が起きるまで3人は何をしていたのか、そしてどんな子供時代を経て、そういう勇気ある青年に育ったか、をさかのぼって追った物語である。
 演出としては、冒頭、犯人が列車に乗りむシーンはとても上質だ。犯人の足元だけをカメラは追い、ほとんど上半身は映さない。その怪しげでいて、妙に緊張感ある、客観的な映像は、確かにEastwoodおじいちゃんの作品の目印といってもよさそうだ。そして場面は時をさかのぼって10年前の2005年、3人がまだ中学生(?)のころに移り、のちにテロを止める青年と成長する子供たちの日常が描かれる展開となる。ちなみに彼らが育ったのはカリフォルニア州サクラメントだ。
 わたしが本作の評価を決めかねているのは、第一に、この3人が全く普通、いや、ひどい言葉で言えばむしろ普通より断然下の、何をやってもダメな3バカトリオ、であったことにも起因しているのかもしれない。いや、3バカはちょっとひどすぎるか。いずれにせよ、ちょっと普通じゃない、校長室に呼び出される常連の、ちょいデブ(白人)、チビ(白人)、ヒョロガリ(黒人)の親友3人組である。見た目も全くパッとしない。わたしの目には、彼らの母親は若干過保護のようにも思えたが、まあ、とにかく残念な子供である(そしてそれぞれの子役が超イイ感じ!!)。そして少し時が移り、それぞれ成長した姿となるが、最も時間を割いて描写されるちょいデブ君は、子供のころから軍オタで、サバゲ―大好き少年であり、長年?の夢として、軍への入隊を決意するに至る。しかし、ヒョロガリの親友(彼は一般企業に就職してるっぽい)は、お前は何やっても途中でやめちまうし、無理だろ、大体その太鼓腹で軍に入れると思ってんの? という趣旨のことを優しく告げる。それを聞いたちょいデブは一大決心して体を鍛え、1年後にはすっかりたくましい野郎へと変身し、晴れて軍への入隊がかなうが、一番入りたかった空軍のパラレスキュー部隊には、目の検査に引っかって(空軍は目が命!)入れず、配属された隊でも寝坊はするわ手先は不器用やらで落第の憂き目となり、また別の隊へ配属されてしまう。要するに軍でも落ちこぼれ君だ。そして少年時代チビだった彼もまたすっかりたくましくなって、軍(どうやら陸軍らしい)へ入隊するが、アフガンへ派兵されてももはやテロとの戦いも終わりかけていて、全く暇な毎日。
 こんな、ある意味普通か普通以下のアメリカ人青年3人。彼らはスカイプで連絡し合いながら、休暇でヨーロッパ旅行を計画し、イタリアから始まる休暇旅行の模様が描かれる。そして、実際のところ、何も起こらない。まあ、そりゃそうだ。普通に観光しているだけだし。そしてアムステルダムでの羽目を外した夜ののち、二日酔いで頭痛を抱えながら、次の目的地パリへと向かう、運命の列車に乗るという展開となり、3人の人生を大きく変える事件に遭遇するのであった―――てな展開である。
 なので、彼らのバカ騒ぎや、全くもって普通な観光に付き合っても、観ている観客としては、何一つ面白くない。いや、当たり前ですわな、そりゃ。人の観光を画面で観ても、面白いわけがないよ。おまけに3人は全く大したことのない連中だし。
 なので、わたしはこの映画が面白かったのか、判断に困っているのだが、強いて好意的に言うならば、そんな、ダメ野郎3人が、いざというときに勇気を奮った事実には、やっぱり心に響くものがあったと思うべきなのかもしれない。自らを省みて、もし自分がその場に居合わせたら、同じような行動がとれただろうか? と。
 そういったことを考えさせる力がある作品だったのは、これは否定できないだろう。平和な日本で平和に普通に暮らすわたしが、彼らを見て、なんだよ、ダメ小僧3人組じゃねえか、と偉そうに思うのも事実だが、お前、あいつらみたいに動けたか? と聞かれれば、それは分からん、としかわたしには答えようがない。YESかもしれないし、NOかもしれない。少なくともYESであってほしいとは思うが、どうだろう、実際無理だったかもな……。
 しかし自己弁護するつもりはないが、軍で訓練を受けた連中と自分を比較しても仕方がないような気もする。そして、偉そうに言っていることを自覚したまま書くけれど、あの突撃は、あまりに無謀すぎにも見えた。だって、突撃した元ちょいデブ君が命を失わずに済んだのは、はっきり言って運が良かっただけだよ。犯人のAK-47が不発だったから死なずに済んだだけで、あれが不発でなく、普通に発砲されていれば、100%確実に死んでたぞ、あれは。真っ正面から突っ込むか、普通? 
 まあ、結果としてはホント良かったね、なわけで、そんな点も、わたしとしては本作が傑作なのかどうか判断できないポイントの一つであったように思う。もうズバリ言うけど、バカですよ、この3人は。
 ただし、である。その3バカトリオが英雄的行為を成し遂げたのは紛れもなく事実であり、恐らくはわたしよりもずっとずっと、すごい勇気の持ち主だったことも間違いないので、その点はやっぱり、よくやったこのバカども! と賞賛すべきなんでしょうな。ホント良くやったよ、君たち。
 で、物語はラスト、ひょっとしたら実際のニュース映像なのか、ニュース映像っぽく取り直したのか分からないけれど、当時のフランス大統領オランド氏から勲章を授与されて、アメリカに帰国したのちも故郷のサクラメントでパレートで称えられるという映像で締めくくられる。このニュース映像っぽい画面には、オランド大統領も登場するのだが、あれは……CGだったのかな? エンドクレジットのキャストの一番最後に、オランド大統領役として知らない役者の名前がクレジットされていたので、撮影はその役者で行って、あとでCGでオランド氏を合成したのかもしれないな。わからんですが。そう、Eastwoodおじいちゃんは結構CGをバリバリ使うおじいなんすよね。でもその映像の質感はさすがのハリウッドクオリティでお見事でした。あと、演出として、一切犯人の内面に触れないという潔さも、ある意味Eastwoodおじいちゃんぽいようにも思う。音楽の使い方も、今回もとても良かったすね。ポイントに絞った最小限の音楽は、非常に上品で、そんな点もEastwoodおじいちゃんらしい音楽使用法でありました。
 というわけで、最後にその3バカトリオを紹介して終わりにしよう。
 ◆スペンサー:わたしが言う「ちょいデブ」君。演じたのはくどいけど、Spencer Stone君本人。デカくてごつい。身長193cmだそうだ。ちょいシャクレてるふつー(よりチョイ下)な白人青年。よく頑張りましたね。3人は1992年生まれだそうでまだ25歳。事件当時23歳か。若いなあ。
 ◆アレク:わたしが言う「チビ」君。もちろんAlek Skarlatos君本人。大人になった彼は、具体的な身長データが載ってないけど180cm以上はありそうで、ぜんぜんチビじゃないです。
 ◆アンソニー:わたしが言う「ヒョロガリ」君。唯一軍人じゃない。WikiによるとAnthony Sadler君本人は現在テレビ役者なんかもやってるみたいですな。へえ~。まあ、アメリカンヒーローだしね。
 どうやら本作は、この3人が出版した手記?をベースとしていて、一応脚本にもクレジットされてましたな。まあ、子供のころはダメ男でも、人間、頑張って生きて、勇気を試される場面で勇気を示すことができれば、人生変わるってことなんでしょうな。そういう当たり前ともいえる気付きを与えてくれる映画、という見方をすれば、本作はやっぱり、Eastwoodおじいちゃんがこのところずっと描き続けている「ヒーロー」の系譜に連なる、重要な作品ってことになるんでしょうな。わたしはこの物語の主人公の3バカ青年は、結局、Eastwoodおじいちゃんのスーパー・ウルトラ大傑作『AMERICAN SNIPER』で描かれたクリス・カイルと同じ人間なんだ、ということに、当たり前だし今更だけど、気が付いた。となると、Eastwoodおじいの大ファンのわたしとしては、本作はアリ、と判定しておきたいと、ついさっき、思った。

 というわけで、もうさっさと結論
 わたしの大好きな、Clint Eastwood監督最新作『The 15:17 to Paris』をさっそく観てきたのだが、まさかの本人を起用した豪華な再現フィルムで、事件にかかわった3人のアメリカ人青年の幼少期から事件直前までの行動を追っただけ、の珍しい物語で、観終わっても、これは面白かったのか、傑作だったのか判定できずにいたわたしだが、こうして思ったことをつらつら書いているうちに、Eastwoodおじいちゃんがここ数作品でずっと追いかけている「ヒーロー」を描いた、まぎれもないEastwood作品であることは間違いなく、やっぱり面白かったんだな、という結論に至った。Eastwoodおじいちゃんのファンとしては、やっぱり観ておいてよかったと思う。ひょっとしたらこの映画は、わたしがウルトラ・スーパー大傑作と認定している『AMERICAN SNIPER』と対になる重要な作品かもしれないす。え? Eastwoodなんて知らない? そういう人は……観に行ってもあまり意味がないと思います。以上。

↓ あっ! なるほど、日本語訳も出てるんすね。さすがわたしの愛する早川書房! これは読んでみたいかも。

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