Clint Eastwood監督は、たぶん現役の映画監督でわたしが一番好きな監督であり、もちろん役者としても大好きで、おそらくわたしは、監督作品も出演作品も、すべての作品を観ていると思う。わたしが映画野郎になった80年代初めごろから、とっくに活躍していたし、その頃からすでに監督もやっていて、もちろんすべての作品を観ていると言っても当然すべてを劇場で観たわけではなく、80年代以前の作品は全部TV放送での視聴だ。
 まあ、いかにおっさんのわたしとはいえ、年齢的に当たり前といえば当たり前だが、それ故に、わたしはEastwood氏の声といえば、もちろんのことながら山田康雄さんの吹き替えもかなり好きである。高校生の頃は、TVでEastwood氏の映画が放送された翌日は、「いやーやっぱり『不機嫌なルパン』は最高だな」と友達と話したものだ。説明しなくてもわかるよね? 長年ルパンの声でおなじみの山田康雄さんがEastwood氏の声を演じると、妙に不機嫌でおっかないルパンになるわけだ。特に『Unfogiven』では、わたしは劇場に3回観に行ったほどだが、後年、DVDを発売日に買って、さっそく観たときはあえて山田Eastwoodで観たわけで、本当に最高にしびれるカッコ良さだったことが忘れられない。ああ、山田Eastwoodの声で『Gran Torino』や『Million Dollar Baby』が観たかった……。
 ま、そんなことはともかく、Eastwood氏の監督作品の中で、わたしは『Unfogiven』(邦題:許されざる者)、『Million Dollar Baby』『American Sniper』の3本がとりわけ大好きである。 Eastwood作品ならもう、絶対に観に行くのは確実なわけで、先週公開になった最新作『SULLY』(邦題:ハドソン川の奇跡)もさっそく昨日の帰りに観てきた。ホントは初日に行くつもりが、風邪でぶっ倒れてたのです……情けなし。

  この映画は、もはや説明するまでもなく、実話ベースのお話である。2009年1月15日15:30頃に起きた、USエアウェイズ1549便不時着水事故である。くわしくは、←のリンクにWikiのページを貼っといたのでそちらを見てもらうとして、この事故は日本でも大きく報道されたので、世界的にも有名であろう。
 映画の中でも何度も出てくるが、NYのラガーディア空港を離陸して、ハドソン川に不時着するまで、わずか208秒。たった3分チョイのことだ。その曲芸的なハドソン川への不時着水は、乗客155人全員生還したことからも奇跡とも言われているわけだが、この映画の視点は非常に客観的というか、機長であるChesley Sullenberger氏、通称Sullyさんをヒーローとして描くのではなく、熟練したプロのパイロットして描くことで、事件の全貌を観客に提示してくれるものだ。もちろん、結果的にSully氏は凄いことをしたヒーローなわけで、世論的にも大変な英雄として扱われたのだが、上記予告のように、機長は審問にかけられることになる。
 これは冷静に考えれば当然の話で、1機10億円する航空機(エアバスA320)がおしゃかになってしまったら、そりゃあ、事故の原因がバードストライクと明らかであろうと、「なんとかラガーディア空港に引き返せなかったのか?」と思うのは、その経済的損失の額からすれば、ビジネスの世界では当然突っ込まれることだろうと思う。
 この、「引き返すことは無理だったのか? ハドソン川に不時着するしか方法はなかったのか?」が、この映画の最大のポイントとなる。
 主人公、Sully機長は、当然、それしかなかったと思っている。いや、ひょっとすると、それしかなかった、と「思いたがっている」のかもしれない。なにしろ、一歩間違えば、自分を含め155人が死んでいてもおかしくなかったし、地理的に言えばマンハッタンに突っ込んで2次被害ももっと拡大していたかもしれない。そんなウルトラ大ピンチを切り抜けた直後なんだから、精神的なショックも大きい。ふと外を見れば、マンハッタンに墜落する最悪の事態の幻視に悩まされてしまうほどだ。おまけに、事故調査の連中は、「いやー、コンピューターシミュレーションではラガーディアに戻れたって結果でしたよ」なんて平気で言う。なんでも、データによれば片側のエンジンはラガーディアへ戻る推力を出せたかも、らしいのだ。ちょっと待ってくれよ、じゃあ10億を鉄くずにしちまった俺が悪いっつーのか!? こんな緊張感というかストレスも重なり、おそらくはアドレナリン全開でピンチを切り抜けた直後の機長としては、普通の人なら精神ズタボロだろうと思う。
 しかし、そんな二重の大ピンチを、Sully機長は、冷静に、ありのままの事実を述べて、それしかなかった奇跡を証明する。おそらく、真に機長が英雄なのはその態度だろうと思う。プロとしての矜持、プロとしての判断力と技能が、彼を英雄にしたんじゃなかろうか。
 そんなSully機長を演じたのは、わたしがあまり好きではないTom Hanks氏だ。どうだろう、Eastwood氏の作品に出演するのは初めてじゃないかな? わたしがHanks氏をあまり好きではない理由は、どの映画を見てもいつも同じだからなのだが、うーーん、やっぱり上手いとしか言いようがないな。わたしがHanks氏の主演作で一番好きなのは、『Cast Away』なのだが、なんだかんだ言ってほとんどの作品を観ているし、いつもやっぱり上手いと思ってしまうわけで、わたしのHanks氏評はどうも単なるイチャモンに過ぎないような気もする。安定感抜群だもんね、やっぱり。今回も非常に、どうみてもTom Hanksなんだけど、やっぱり良かったっす。
 役者としては、あと副機長を演じたAaron Eckhart氏ぐらいだろうか、メジャーどころは。彼は、ずっと機長を、「大丈夫大丈夫、あなたは英雄ですよ」と励まし続けてくれる良き相棒なわけだが、若干自信がないような、微妙な心情も感じられて、その感情のある種のビビり具合?が絶妙でとてもよかったと思います。この人、わたしよりちょっと年上なだけなんだよな……今回はやけに老けて見えましたね。あの髭のせいか?
 そして監督のEastwood氏だが、Eastwood作品の特徴である「独特の色調」は今回は抑え目というか、画的には意外と普通だったような気がする。いつもは、カラーなのにモノクロめいた色調の薄い乾いた画が多いと思うけれど、今回は割合普通だったかも。IMAXカメラのせいかな? よくわからんです。しかしEastwood監督もCGを躊躇なく使ってますね。わたしは全然悪いことだと思わない。むしろ最新技術をバンバン使うおじいちゃんとして、Eastwood崇拝はますます高まるばかりですな。たぶん、ハドソン川不時着~救助のくだりはCGでしょう。つか、ロケなんて無理だし。それでも、まったくCG感はなく、本物そのものにしか見えないのはさすがのクオリティです。
 それから、Eastwood作品として、ひょっとしたら最大の特徴である音楽については、今回はEastwood監督による曲ではなかったけれど、Sully機長が奥さんと電話で話す時だけ、ピアノの曲が入る、という使い方をしていて、ここは非常にわたし的には重要に思えた。あくまで奥さんと話す時だけ、機長の感情が表されているようで、実にピンポイントな美しい音楽使用法だったように思う。そして、エンドクレジットでは、本物のSully機長と事故当時の乗客たちが出てくるのだが、わたしとしてはちょっと驚いたことに、この時の曲に、ボーカルがついているのです。そしてもちろんその曲はEastwood監督による作曲だったみたい。作詞もなのかな? クレジットでは、
 Flying Home (Theme from "Sully")
 Written by Clint Eastwood, Tierney Sutton and J.B. Eckl
 Performed by The Tierney Sutton Band
 と、なってたのだが、歌ってるのはTierney Suttonさんであるのは間違いないんだけど、writtenって、曲のことか詩のことかわかんねえ。ま、いずれにせよ、大変良い曲でしたよ。

 というわけで、結論。
 現役映画監督でわたしが最も好きなClint Eastwood監督。その最新作『SULLY』は、カメラは非常に客観的な、ありのままを映し出すというとてもEastwood的な作品であった。別にすげえ感動した、泣けたわ、という作品ではないけれど、実に、ある意味冷徹な、プロの仕事をみせられた思いであります。御年86歳。もう、マジで100歳まですげえ映画を撮り続けてください。たぶん、ずっとファンでい続けると思います。以上。

↓ 初めて劇場で観たとき、エンドクレジットの美しい風景と美しいギターソロの曲に涙腺が緩み、師匠である「セルジオ・レオーネドン・シーゲルに捧ぐ」と一番最後に出たとき号泣した。ウルトラ・大傑作。山田康雄Eastwoodの頂点。
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2010-04-21

↓ 初めて劇場で観たとき、主人公が、愛弟子の女子にそっと「モ・クシュラ」の意味を伝えたときに号泣した。こちらも超・ウルトラ・大傑作。音楽も素晴らしい。
ミリオンダラー・ベイビー (字幕版)
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2013-11-26