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 今日は朝から映画を2本はしごしてきた。他にやることないのかよ、と我ながら残念なお知らせだが、そりゃあ、あるといえばありますよ? けど、映画を観ることが優先されるのである。それが映画オタクとしての現実なのだ。と、強がっておこう。はあ……。生きててもいいことないので、映画でも観て現実逃避しているのかもしれないな……わたしの場合は。
 というわけで、今日わたしが観てきたのは、『DOWNSIZING』と『THE SHAPE OF WATER』の2本だ。両作とも、ズバリ結論を言うと、期待以上ではなかったような気がする。なんか……残念です。それでは、観た順番に、まずは『DOWNSIZING』から書いていこう。

 わたしが劇場で何度も観た予告が見当たらないので、上記のものを張っておきます。ほかの予告は結構、ええっ!? とわたしが劇場で驚いたネタバレが含まれていたので、貼るのはやめときました。
 といいつつ、わたしもネタバレを書いてしまうと思うので、以下はまだ見ていない人は読まない方がいいと思います。ここらで退場してください。
 さてと。物語は、上記動画にある通り、人間を約7%(身長180cm→12.8cm)に縮小してしまう謎技術が発明された世界で、縮小されることを選択した一人の男の身に起こる悲喜劇を描いた作品だ。わたしはそのぐらいのぼんやりした知識しか予習していなかったので、次々に描写される「DOWNSIZING」技術とその結果としての小人生活のうさん臭さに、かなりの頻度で、心の中で突っ込みが発動してしまう事態となったのである。この作品はコメディだろうから、笑えればいいのだろうけど、結構深刻ですよ、この話は。
 ◆DOWNSIZING技術の原理:一切説明ナシ。謎の薬物を点滴投与して、謎の電子レンジめいた装置に入れて、チンするだけで出来上がり、である。その手軽さにわたしは笑っちゃった。まあ、映画としてそんな細かいことを説明する必要なんてないので、説明ナシ、は十分アリだろう。しかし、「小さくなる」と聞いてわたしが真っ先に思い出したのが、わたしの大好きなMARVELヒーロー『ANT-MAN』なのだが、なぜ、ANT-MANがフルフェイスのヘルメット&マスクを着用しているかご存知ですか? 第一にはピム粒子充填のためだけどそれはどうでもいいとして、実は、体を縮小化したことで、酸素分子が逆にデカすぎて、肺に直接摂取することができないから、そして微細なホコリなんかが縮小した体にはデカすぎて肺に詰まっちゃうから、それを防ぐためにマスクをしてるという設定なんすよね(ただしどう処理しているかの説明はANT-MANにもない)。そういった、生理科学的な説明も一切ないのはちょっと残念に思った。自らの体(細胞)が小さくなる=他の自然界に存在する物質は逆にがデカくなる、ということなわけで、何らかのケアをしないと、確実に呼吸器系・循環器系が適応できずに生きていけないと思うのだが……一切そういう説明はなかった。死んじまうぞ……。
 ◆小さくなったら超リッチ!のうさん臭さ:普通に考えて、確かに、自らが消費する食料やその他物品の物理的な量は減るだろう。そりゃそうだ。だけど、だからって、金持ちになるなんてあり得るか? まず第一に、小人たちは経済的にも物質的にも、自立できていない。間違いなく普通サイズの人間の世話が必要だ。たしかに、小人コロニーは自立しているように描写されてはいたが、小人サイズの服だって家だって食べ物だって、自給自足しているとは思えない。仮に自給自足しているとしても、小人社会の経済活動が普通に行われれば、金はそれなりにかかるだろう。そもそもは、人口爆発による地球環境の破壊を防ぐために発明された技術だけど、普通サイズの人間なしに生きていけないなら、意味なくね? DOWNSIZING技術の会社も、普通サイズの人間なしには運営不能なわけで、この辺の説明も、一切ナシ、であった。小人がリッチなのは、あくまで普通サイズの人間がいるからで、それと比較するとリッチ、という相対的な価値観だと思う。だとすれば……そもそものDOWNSIZING技術発明の趣旨に反してるじゃん。おかしくね? まあ、だからこその、あのエンディングにならざるを得なかったのだとわたしは思うし、あのエンディングは、実際のところ、人類滅亡が前提なので、なんというか……生きててもいいことねえな、という、わたしが常に感じる悲観的未来を象徴しているかのようであった。なお、本作のエンディングに関しては、もう書く気になれません。
 ◆小人と普通サイズの共存は可能か?:おそらく無理だろうとわたしは直感的に感じた。世界から戦乱がなくなることはないわけで、小人化した人間はその武力も縮小してしまうわけだし、まあ、ズバリ踏みつぶされたら終わりだ。だって、7%に縮小した状態というのは、逆に言うと自分以外が約14倍にデカくなるってことなわけで、えーと、例えば身長130cmの小学生が、小人化した人から見たら18メートルのガンダムぐらいデカく見えるってことだぜ? そりゃもう、あかんすわな。
 また、劇中では、小人化を決意した主人公夫婦が小人化される直前に開催された送別会が描かれ、そこに、酔っ払いが「へえ、そりゃ結構なこった、でも、小人の権利は普通サイズと一緒なのか? 社会貢献しないで自分の小人コロニーに閉じこもって、税金だってほとんど払わないのに? それなのにお前らに選挙権があるっつーの?」と、至極まっとうな疑問を振りかざして絡んでくるシーンがある。これは恐らく将来的な火種として決して解消されない、普通サイズVS小人たちの対立を予感させるものだと思う。そりゃそうだよな。実に危ういとしか思えない。また、どうやらこのDOWNSIZING技術の機密情報は、もう既に全世界に公開されているっぽい描写だったが(世界中の各地で縮小化は行われている)、作中でも描かれた通り、国によっては政治犯などの反政府思想の持ち主を強制的に小人にしてしまうという非人道的な利用も行われているらしく、事態はもう非常に深刻だと思う。

 まあ、上記はわたしは感じた謎のほんの一端だが、本作はほぼそういった謎についての回答を用意していない。これが、完全なるコメディーで明るい物語なら、そんな説明はなくても別に問題ないのだが……意外と本作はシリアスな問題が取り上げられていて、どうにも笑ってすます気にはなれなかったのである。わたしが結構驚いたのは、小人となって夢のような贅沢三昧の暮らしを送る、かと思いきや、小人社会にも厳然たる「持てる者と持たざる者」の階層社会になっていて、小人コロニーに貧民層の集まる汚い場所があったり、全然楽しいだけじゃない現実が描かれてゆくのだ。まあ、冷静に考えれば、小人社会であっても、誰かがごみ収集だってしないといけないし、遊んで暮らせるわけもないわけで、じゃあ、どうしてまた小人になってまでそんな仕事に従事する人々がいたんだ? という謎もわたしの頭には浮かんできてしまう。それも、一切回答ナシ、である。
 たぶん、この映画に求めるのはそんな夢の生活とその裏に暮らす貧民層、みたいな社会の縮図(文字通りの縮図!)なんかではなかったように思う。なので、後半は全く笑えない展開で、映画として実に微妙な作品になってしまったような気がした。ついでに言うと、上映時間135分は明らかに長い。テンポが非常に悪く感じられたのは、きっとわたしだけじゃあないと思う。
 わたしが言いたいのは、数々の謎に答えてほしい、というものではなく、そういう謎を感じさせないような明るい話だったらよかったのにね、ということだ。なんか……この人類縮小化というネタは、80年代にEddy Murphy氏主演で作ったら楽しく笑える作品になりそうだったのにね。そう考えると、ちょっと残念だ。
 
 なんだか文句ばっかりになってしまったので、最後に意外と真面目な物語を真面目に、時に明るく演じてくれた役者陣を紹介して終わりにしよう。役者陣は全く素晴らしい熱演だったので、わたしとしては一切文句はありません。
 ◆ポール:主人公。元の職業は食肉加工会社?専属の理学療法士(作業療法士か?)。夫婦で小人化を決意して、小人化して、目が覚めても、なかなか妻が現れない。どうしちゃったんだろ? と思っていたら、なんと妻が超土壇場で「やっぱりやめる!」と逃げてしまい、あえなく離婚。小人化したことをずっと後悔する失意の毎日を送る羽目に……演じたのは、マーク・ワトニー博士でお馴染みのMatt Damon氏。しかし……小人化する際、歯の詰め物とかそういった生体以外のものを全部外すというのは分かるとして(それらのものは縮小化されないので外しておかないとヤバいという設定)、なんで全身の毛を剃る必要があったんだろうか?? 毛髪は縮小できないのかな? うっそお? 0.1mmぐらい髭とか生えてたらどうすんだよ。そんな点も一切説明ナシ、であった。
 ◆オードリー:ポールの妻。髪をそられ、眉毛を片方剃られたところで、ビビッてばっくれるひどい人。前半30分で出番終了。演じたのはおととしの夏、大復活した女性版『GHOST BUSTERS』のリーダー役でお馴染みのコメディエンヌ、Kristen Wiigさん。この人、結構可愛いと思うんだ……。
 ◆ドゥシャン:小人化されたポールの住むマンション?の上階に住む、パーティー大好き人間。演じたのは助演男優賞ハンターとしてお馴染みのChristoph Waltz氏。今回のはじけたパーリィピーポー役は大変良かったすね! 非常に楽し気に演じておられましたな。さすがの演技派すね。
 ◆ユルゲン博士:DOWNSIZING技術を発明したノルウェー人医師。いや、スウェーデン人だっけ? ともかく、演じたのは、あの! わたしが原作小説を読んで大感動した『幸せなひとりぼっち』の映画版で主役のオーヴェおじさんを演じたRolf Lassgård氏ですよ! わたしは冒頭の発明完成シーンから、あれっ!? 今の博士、ひょっとして? と気が付き、後半、主人公が会いに行った博士として出てきて、やっぱりこの人は! オーヴェおじさんだ! と確信に至った。ハリウッドデビューおめでとう!
 ◆ノク・ラン・トラン:ベトナムで反体制思想の持ち主として収監され、強制的に小人化された気の毒な女性。テレビの箱に潜り込んで?アメリカに亡命。その時の劣悪な環境で左足を失った。演じたのは、Hong Chauさんという方で、ひどくなまりのある、いかにもな英語だったけれど、この方はタイ生まれだけど現在はれっきとしたUS国籍のアメリカ人だそうです。よーく見ると、かなり可愛いお方とお見受けしました。

 というわけで、結論。
 予告を見て、これは面白そうだと思ったので観に行った『DOWNSIZING』という映画なのだが、実際に観てみたところ、どうもコメディーとしてはやや半端ではじけ切れておらず、意外とまじめな方向に話は進むという予想外の物語であった。縮小化技術そのものについては、別の細かいことまで描けとは全く思わないよ? でも、そこから発生するいろいろな「?」については、説明してほしいわけではなくて、そういう「?」を感じさせない物語にしてほしかったと思う。そのような数々の「?」を考えさせてしまった時点で、この映画は微妙としかわたしには判定できないす。もったいない……ホント、かつてのEddy Murphy主演作のような、腹を抱えてゲラゲラ笑える物語をわたしは期待していたのだが……残念ながらその期待はかなえられなかったす。ま、役者陣には何の罪はないので、役者陣に関しては素晴らしかったと賞賛の拍手を送りたいと存じます。以上。

↓ 例えばこれとか。最高に笑えるんすけどね……。


 「ターザン」と聞いたら、普通はやはり、ジャングルの王者的なイメージを思い浮かべるものだろうか? あるいは雑誌のタイトルを思い出す人もいるだろうし、懐かしのジャンプ漫画「ターちゃん」を思い浮かべる人もいるだろう。いずれにしても、すでにおなじみのキャラクターであろうと思う。
 だがわたしの場合、「ターザン」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、19世紀イギリス貴族だ。なぜならわたしにとっての「ターザン」 は、この映画以外にないからである。 
  この映画『GREYRSTOKE:The Legend of TARZAN, Load of Apes』は、わたしが中学生の時に見た作品で、いまだにVHSとレーザーディスクで持っている大好きな映画である(※もちろん両方とももはや再生機器をもってない)。監督は、『Chariots of Fire』(邦題:炎のランナー)でアカデミー賞を受賞したHugh Hudson氏で、古き良きイギリスを描かせたら最強の映像作家である。もうこのところ全然作品は撮っておらず、現在79歳だそうなので、もう引退しているのかもしれないが、とにかく美しい映像がこの監督の目印であろう。この映画は、それまで、ハリウッド的なアクション・アドベンチャーとしておなじみだったターザンの物語を、その出生から丁寧に描いたもので、非常に泣けるわたしの生涯ベストに入れてもいいぐらい好きな作品である。Blu-yrayが出てるなら買ってもいいな、と思って探したけど、どうやら発売されてないっぽいです。残念。ただ、配信では観られるみたいすね。
  というわけで、わたしが今日見てきた映画は、『The Legend of TARZAN』(邦題:ターザン:REBORN)である。わたしはてっきり、ハリウッド的アクション・アドベンチャーかと思っていたが、非常にうまく、わたし好きな『GREYSTOKE』的な19世紀の雰囲気も取り入れた作品で、大変面白かったのである。映像もいいし役者も抜群で、これはちょっとおススメのような気がします。

 というわけで、まず、「ターザン」について、おそらくは一般的でない、基礎知識をまとめてみよう。
 元々は、Edger Rice Burroughsというアメリカ人の書いた小説が原作である。舞台は19世紀後半(この映画は1881年と冒頭に出ていた)で、イギリスのグレイストーク卿という貴族の夫婦がイギリス領西アフリカへ赴任する際、船員の叛乱にあってアフリカ西海岸に置き去りにされて、そこで生まれた子が、後のターザンなわけだが、彼は、両親をゴリラに殺され、自らも危うく殺されそうになるが、子を亡くしたばかりのメスのゴリラに養育されて育つわけです。
 で、わたしの大好きな映画『GRYEYSTOKE』においては、青年となったターザンと、アフリカにやってきたイギリス人のおっさんが出会い、その両親の住んでいた朽ちた小屋からいろいろ証拠を見つけて、なんてこった、あんたはグレイストーク卿の坊ちゃんなのか!? というわけで、イギリスに連れて帰ると。で、大英博物館(だったっけ?)に展示される剥製用として生け捕りにされて運ばれてきたゴリラが、あろうことかターザンの育ての母であるメスのゴリラで、それを救おうと苦悩し、最後は、やっぱりオレ、アフリカに帰りますわ、と、イギリスで出会った愛するジェーンと別れて森に消える、みたいな展開でした。いや、もう20年以上見返してないから細部は怪しいです。なお、わたしは『GREYSTOKE』が公開された30数年前、ちゃんと原作小説を早川文庫で読んだのだが、その怪しい記憶によれば、原作的には、ターザンとアメリカ人のジェーンが出会うのはアフリカだったと思う。
 いずれにせよ、ターザンとは、本名ジョン・クレイトンといい、イギリス貴族の末裔であり、イギリスへ戻って貴族として暮らすわけで、ジャングル暮らしの未開人では全然なくて、物静かで、たくましく、しかもイケメンで頭もいい、というスーパーカッコいい男なわけです。それだけ覚えておいてくれれば、今日公開になった『The Legend of TARZAN』この映画は十分楽しめます。

 というわけで、わたしはこの映画は、ターザン誕生から描くものなのかな、と勝手に想像して劇場へ向かったわけだが、全然違うもので、すでに、グレイストーク卿ジョン・クレイトンとして、イギリスで貴族として生活しているところから物語は始まった。なので、上に書いた基礎知識がない人は、「?」と思うかもしれない。で。物静かに暮らす彼のもとに、ある日、女王陛下からの使者がやってきて、とある目的のためにもう一度、ベルギー領コンゴへ行ってほしいという依頼をうけて、再び、「懐かしの故郷」たるアフリカへ戻るというのがこの物語の大筋である。
 この背景にあるのは、植民地経営に行き詰ったベルギー王国(これは史実通りなのかわからない)の陰謀であり、要するにグレイストーク卿のアフリカ帰郷は仕組まれた罠だったわけで、まんまと愛するジェーンを攫われ、その奪還がメインストーリーとなる。この、攫われた愛する女を奪還しようとする「野生の白人像」となると、わたしはこの映画を思い出しながら見ていた。
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 この『The Last of the Mohicans』という映画も、元々は19世紀初頭のアメリカ文学上の名作小説「モヒカン族の最後」を映画化したもので、やはりとても美しく、非常に心に残っている映画だ。原作小説も大変面白いのだが、映画では、ヒロインが敵の部族に捕らわれ、主人公が拘束される前で連れ去られてしまうシーンで、主人公が絶叫しながら「宣言」するセリフが最高にカッコよくて、わたしは今でもよく覚えている。
 You stay alive, no matter what occurs!!  I will find you. No matter how long it takes, no matter how far, I will find you.
 どんなことがあろうと、絶対に生きろ!! オレが必ずお前を見つける。どんなに時間がかかろうと、どんなに遠くであろうと、絶対に、お前を見つける。
 かーー、ホントにカッコいいセリフですな! 生きてさえいれば、絶対にオレが助けに行く。だからどんなに絶望的でも死ぬな。これは最高の愛の告白だと思いませんか。え、思わない? あ、そうっすか。おかしいな……。まあ、というわけで、本作では、グレイストーク卿が同行のアメリカ人博士(?)と、かつての仲間たち(現地民族の人々や動物たち)とともに、ジェーンを拉致した悪党どもを追い詰めるお話で、実にカッコ良かった。

 なにしろ、役者陣が非常に良い。
 まずは、主人公ターザンこと、グレイストーク卿ジョン・クレイトン役を演じたのが、スウェーデン出身のイケメン野郎Alexander Skarsgard氏39歳である。最近、いわゆる北欧出身の役者のハリウッド進出が目立ちますね。彼はこれまで、結構多くのハリウッド作品に出ていて、一番有名なのは、どうかなあ、『Battleship』かなあ? あの映画では、主人公の、冷静かつ真面目な兄をカッコよく演じてましたね。でも、わたしがこの役者で一番覚えているのは、WOWOWで見たTVシリーズの『Generation Kill』だ。この作品は、アメリカのケーブルテレビ局HBO制作のTVドラマなのだが、イラクに派遣された「今どき」の若い兵士たちの姿を追った作品で、実はあまり戦闘シーンがなく、兵士の日常を追ったちょっと面白い作品なのだが、この中で、小隊のリーダー、通称「アイスマン」と呼ばれる男を演じたのが、まさしくAlexander Skarsgard氏です。とても背が高く、クールなまなざしで、今回のターザンにも非常に通じる物静かな男で、とても印象的でした。まあ、イケメンですな。
 そして、愛するジェーンも大変魅力的だった。今回のジェーンは、アフリカ暮らしをしていてターザンと知り合ったという原作設定を踏襲しているので、アフリカに到着しても生き生きとしてアクティブで、大変かわいかったと思う。演じたのは、Margot Robbie嬢26歳。実はわたしは彼女のことをほとんど観たことがなくて、『The Wolf of Wall Street』ぐらいしか観ていない。けど、この人は、9/10日本公開の『Suicide Squad』で、かのハーレー・クインを演じることで、人気は爆発的に高まることでしょうな。Sexy & Cuteで狂っているキャラを見事に演じているようですね。わたしは昨日も書いたけれど、『Suicide Squad』には全く期待していませんが、ハーレー・クインだけはイイ!! と思うので、観に行って存分にその魅力にやられて来ようと思っています。
 次。グレイストーク卿と行動を共にするアメリカ人を演じたのが、Samuel L. Jackson御大。御大はいつもの御大でした。が、この人はなんかいつも髪型が違うので、いつもの御大なんだけど、妙に別人に見えますね。ホント不思議なおっさんですよ。わたしはこの人が好きなんだか嫌いなんだかよくわからんです。このBlogの『The Hateful Eight』の記事でも書いた通り、ほんとこの人、ミクラスにそっくりですな。知らない人は、リンク先をクリックしてください。で、非常にいやーーな悪党のベルギー人(?)を演じたのがChristoph Waltz氏。彼については……ええと、あまり書くことがないです。
 最後。ターザンに恨みを持つ現地部族の長を演じたのがDjimon Hounsou氏。この人は相当いろいろなところで見かける方ですな。ただ、本作をわたしはかなり誉めているものの、実は一つ、いや実際2つか、ちょっとこれは……と思う所もある。その一つが、彼を筆頭に、現地民族の人々が、到底19世紀アフリカの現地民族には見えないのだ。すげえみんなマッチョだし、歯もきれいだし。確実に文明化された現代人にしか見えない。まあ、英語をしゃべれるのは、英語教育を受けた設定になっているので、そこは5万歩譲ってアリ、だとしても、あの体つきと、とにかくきれいな歯並びはちょっとなあ、と思ってしまった。
 で、もう一つ、わたしがちょっと微妙だと思ったのは、多くの動物たちのCGである。なんというか……本物感は、当然のハリウッド・クオリティなので抜群なのだけれど、どうも……姿かたちが本物っぽくないというか……頭身がちょっと変なのかな? 頭がでかいというか……とにかくよくわからないけれど若干違和感を感じたことは記録に残しておきたい。
 はーー。もうずいぶん長くなってしまった。最後に監督に触れて終わりにしよう。
 本作の監督は、『Harry Potter』シリーズの後ろの4本「不死鳥の騎士団」「謎のプリンス」「死の秘宝1&2」を撮ったDavid Yates氏である。今年の暮れに公開の『Fantastic Beasts and Where to Find Them』 も彼が監督してるはずなので、まあ、よく本作を撮る時間があったなとちょっと驚きだ。本作では、得意のモーションカメラを多用した、ターザンがジャングルを飛び交う流れるような画作りは健在で、らしさ、は十分感じられる。まあ、CGの問題と、ジャングルが明らかにスタジオ撮影っぽくて、そのあたりは、時間と予算の問題なんじゃなかろうか。そういや、もうすぐ公開となる『Jungle Book』はすべて子役の少年以外、背景も動物も全てCGらしいので、その出来栄えも非常に興味がありますな。そちらも楽しみです。

 というわけで、結論。
 『The Legend of TARZAN』(邦題:ターザン:REBORN)を楽しむには、ちょっとした事前知識が必要なのではないかと思うけれど、愛する女性のために命を懸けるカッコいいイケメンを見たい人には大変おススメです。わたしはたまたま、『GREYSTOKE』という映画が大好きだったので、たいへん楽しめました。以上。

↓ 原作は大変面白い文学小説です。電子では「火星シリーズ」しか売ってないんだよな……こちらも久しぶりに読みたいのだが……。
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早川書房
1971-08

 

 Terry Gilliam監督と言えば、かのMonty Pythonのメンバーであり、その独特の映像美と妙な未来風景だったり心象風景だったり、とにかく一風変わった世界観を見せてくれることでお馴染みのイギリス人(うそ!この人、元々はアメリカ人だったんだ!! 知らなかった!!) 監督である。わたしは正直、あまり好きな作風ではないのだが、中学生ぐらいに、今はなき松戸輝竜会館という映画館で、何故か『幻魔大戦』と二本立てだった『TIME BANDITS(邦題:バンデットQ)』を30年以上前に観て以来なので、わたしとしてはこの監督の作品を観てきた歴史は結構長い。
 現在監督は75歳だそうだから、当時はまだ40歳そこそこだったんですな。あの『バンデットQ』は非常に面白かったけれど、以降、『BLAZIL(未来世紀ブラジル)』や『The Fisher King(フィッシャーキング)』『12Monkeys(12モンキーズ)』など、映画オタクどもを熱狂させる名作を数多く世に送り出している偉大な監督のうちの一人だが、いかんせん、その映像と物語は非常に癖があって、フツーの人をまったく寄せ付けない強烈な個性が発揮されているため、たぶん、単純に物語を追うだけでは「なんのこっちゃ?」とポカーンとせざるを得ない作品が多い。
 しかし世の人々は、「全然意味わからなかった」と素直に言うと、映画オタクどもに鼻で笑われて小馬鹿にされてしまうため、それを恐れて、分かったような分からないような、微妙な反応をするのが普通だろう。だが、安心してほしい。分かったようなことを抜かすオタク野郎の大半が、「分かったオレってカッコイイでしょ!!」というアピールがしたいだけのめんどくさい系の人間であるので、逆に、「あーなるほどねーふーん」と棒読みのリアクションでもしてあげれば十分である。そして、そいつとはもう、なるべく付き合わないことをお勧めする。
 というわけで、そのGilliam監督が2013年に発表したとある作品は、その製作段階からかなり話題になっていたのだが、日本では全然公開されず、こりゃあお蔵入りになっちまったのかな、とわたしは思っていた。しかし、いつの間にか、去年2015年の今ぐらいの時期だったとおもうけれど、ひっそり公開されていて、わたしが気が付いた時にはもう東京での公開が終わる寸前で、劇場に観に行きそびれてしまっていた。が、さすがWOWOW。先日、Gilliam監督の作品をまとめて放送しながら、その最新作も放送してくれたので、わたしも録画し、昨日の夜ぼんやりと見てみたのである。
 タイトルは『THE ZERO THEOREM』。日本語で言うと、「ゼロの定理」と訳せばいいのだろうか、日本での公開タイトルは『ゼロの未来』という作品で、結論を最初に言ってしまうと、いかな映画オタクのわたしでも、正直さっぱりわけが分からん映画なのであった。

 一応、上記予告の通り、明確にストーリーはある。なので、雰囲気重視の、シャレオツ系自己満映画では決してない。なので、そういう意味での意味が分からないという方向ではない。単純に、時代や人物の背景が全く説明がないからわからんのであり、また、主人公が挑む「ゼロの定理」がどういうものか、良くわからんのだ。
 どうやら、作中のキャラクターの会話を聞いていると、どうも、万物の行く先はすべて混沌というブラックホールに飲み込まれ、1点(=ゼロ次元)に集約される、という事の証明をしたいようなのだが、そこは現代の賢い人ならピンとくる話なのかもしれないし、わたしも、へえ、なるほど? と思っていて観ていても、どうも実感として良くわからなった。
 しかし、その映像や設定など、結構面白い部分がたくさんあって、この映画を観てわたしはさっぱりわからんと結論付けたけれど、それでもやはり、これは面白い、と唸る部分はたくさんあったのである。
 わたしが面白いと思った部分を二つだけ紹介しよう。
 ■VRを進化させるのはやっぱりエロの力だ!!
 今現在、特にゲーム業界においては、「VR」が大変な流行で、鼻息荒く開発している会社が大変多いが、ゲーム好きなY君に言わせると、「VR」で一番重要なのはその映像やヘッドセット的な視覚効果装置ではなく、「入力インターフェイス」にあるんだそうだ。確かにそりゃそうだとわたしも同意である。どんなに映像的に没入感があっても、そのVR世界での操作コントローラー的なものが、例えばキーボードとか、ゲームコントローラーのようなモノから入力してたのでは話にならんし。
 で、この映画では、おそらく舞台は未来のロンドンなんだと思うが、やはりVRは日常的なものらしく、どうも、VRセックスが普通に普及しているようで、そのための「VRスーツ」なるものが出てくるのである。これがですね、まあ、全身スーツなんですが、ビジュアル的に非常におっかしいんだな。たとえて言うとですね、任天堂キャラでお馴染みの、「チンクル」っぽいんだな。とんがり頭でお馴染みの彼です。まあ、チンクルは緑だけど、この世界のVRセックス用(?)のVRスーツは赤なので、色は違うんすけど、なぜ頭(フード?)を尖らせたのか、Gilliam監督に聞いてみたいものだ。わたしはこのVRスーツのデザインを見て、「もう……これ、チンクルじゃねーか!!」と非常に笑ってしまった。まあ、全身スーツが今後開発されるかは分からないけれど、エロが今後のVR開発の原動力となるのは、結構真実ではなかろうか。
 ■エンティティ―解析
 主人公は、予告では天才プログラマーと説明されているけれど、正確に言うと「エンティティ―解析のプロ」である。これはコンピューターサイエンスに詳しくないとちょっと分からない言葉だと思うし、到底ど素人のわたしには上手く説明できないのだが、この映画で非常に面白いのが、いわゆる「Entity-Relationship Model(=実態関連モデル)」が、3Dポリゴンで描かれた広大な空間で表現されていて、その解析作業もまるでゲームのように描かれているのである。しかも、入力系も現代の我々が使うようなキーボートとマウスではなく、なんだろうあれは、一番近いのは、任天堂のWii-Uのゲームパッドかな? とにかく、そういったゲーム機のコントローラー的なものなのである。おそらく、あの解析作業の映画的表現は、本物のコンピューターサイエニストが観たら、かなり興奮するんじゃなかろうか、と思った。
 というわけで、相変わらずGilliam監督の描く映像美は、極めて独特で大変興味深いのだが、そういう意味で面白いとわたしは思うけれど、残念ながら物語的に不明な(勿論意図的に一切説明されていないだけ)部分が多くて、こりゃあ、フツーの人は見てもさっぱりわからんだろうな、と思うわけである。実際、わたしもさっぱりである。
 さて、最後にキャストをちょっとだけ紹介しておこう。
 主人公を演じたのが、Christoph Waltz氏である。Tarantino作品で2回のオスカー助演男優賞を受賞した男なので、まあ演技派と言ってよかろうと思う。今回はスキンヘッド&全裸での熱演であった。そしてこのキャラクターで特徴的なのは、自分を指す一人称に、「We=我々」を使うことであろう。その理由はちょっとだけ語れるが、サーセン、わたしは正直良くわからなかったです。
 そして、主人公が癒しを求める(??)、派遣されてきた女子を演じるのがMelanie Thierry嬢。全然知らない方ですな。フランス人だそうで、わたしとしてはほぼ初見の方であった。まあ、大変お綺麗な方です。芝居ぶりは、まあ、普通に良かったと思う。
 で、主人公が務める会社の「マネジメント」と呼ばれる謎の存在の社長を、Matt Damon氏が演じていたが、ほとんど出番はナシで、それよりも、その息子で、主人公の元に助っ人として派遣されてくる若者「ボブ」を演じたLucas Hedges君が非常に良かった。キャリアは始まったばかりのようだが、結構いろいろな作品に出ているようなので、今後の注目株かもしれない。おそらく、イケメンに成長すると思われます。その他、有名どころでは、ハリーポッターシリーズの「ルーピン先生」でお馴染みのDavid Thewlis氏や、リアルBLスターとしてお馴染みのBen Whishaw氏、SWのキャプテンファズマでお馴染みとなったGwendoline Christieさんあたりが超チョイ役で出ていたりしました。

 調べてみたところ、そうやらUSAでは極小規模公開しかされていないようで、まったく売れなかったようだし、評価的にもかなり低いようで、Giliam監督の今後が大変心配だ。わたし、『Lost in La Mancha』は観てないんすよね……。詳しいことはリンク先を見て下さい。

 というわけで、結論。
 久しぶりに見るTerry Giliam監督の作品『THE ZERO THEOREM』は、相変わらずの圧倒的な映像と独特のセンスから生まれる世界観は大変見ごたえがあるけれど、正直良くわかりません。なので、フツーの人は、とりあえず手を出さない方が良いかと思います。そして、この映画を執拗に勧める映画オタクが身の回りにいる場合は、心の中で、うぜえ、と思いながら、「今度観とくよー」と棒読みで返事をしてあげて下さい。以上。

↓ やっぱり一番面白いと思うけどな……わたしは実は『BLAZIL』はあまり好きではありません。
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