昨日の夜、HDD内に撮り貯めている映画の中から、なにか観ようかしら……と画面をスクロールしているときに、ふと目に留まった作品がある。録画したのはもう数年前のようでそのまま放置していたのだが、なぜ録画しようと思ったのか全く記憶にない。が、確かにそのタイトルはやけに気になるというか、どんな映画なんだろうと想像を掻き立てるもので、もはやどんな映画なのかという内容についてもわたしの記憶からは完全に消失してしまっていたし、ともかくタイトルに惹かれて、まずは観てみることにした。
 その映画は、邦題を『やさしい本泥棒』といい、最初に画面に出るタイトルコールで、そもそもはドイツ語で「Die Bücherdiebin」というタイトルであることを知った。このドイツ語タイトルは2秒ぐらいで英語の「THE BOOK THIEF」と変わるのだが、1937年から1945年ごろにわたるドイツを舞台とした物語で、わたしはヒロインの少女リーゼルの印象的な目と、ヒロインを一途に惚れぬく少年ルディのけなげさに大変グッと来た。また、その結末はとても悲しく、一方で希望に満ちた大変泣ける映画であることを確認した次第である。いやあ、とても面白かった。これはいい映画でありました。

 実際のところこの映画の原作本は、オーストラリアの小説家Markus Zusak氏によって書かれた英語の小説のようなので、別にドイツ語のタイトルはどうでもいいのだが、一応、作者の生まれとしてはドイツ人の母とオーストリア人の父を両親に持つ方だそうで、実際ドイツ語はできる人なのだろうと思われる。物語の舞台もドイツだし、ドイツ語もかなり頻繁に出てくる。が、なぜかキャラクターたちは英語をしゃべるという、その点は正直奇妙ではあった。
 ただ、わたしはドイツ語で修士論文を書いた男なので、この「Die Bücherdiebin」というドイツ語のタイトルを見た時に、すぐに気付くことがあった。これはドイツ語を勉強した人ならご存知のように、BücherはBooks、本の複数形であり、diebはthief、すなわち泥棒である。肝心なのは語尾の -in で、ドイツ語ではこの語尾がつくと、女性を意味するのである。つまり Der Diebは泥棒、Die Diebinとなると女泥棒という意味だ。これは英語表現にないものなので(正確に言えば一部単語には残ってる)、英語にすれば男であろうと女であろうと The Book Thief となってしまうけれど、わたしはタイトルを観た時に、その本泥棒とやらは女性なのね、ということを知った。
 この物語は、時代としてはすでにナチスが台頭しつつある、開戦前夜のドイツを舞台に、やがて戦争が起こり、終戦までの人々の生き方が、ヒロインであるリーゼルの眼を通して描かれるのだが、ユダヤ迫害や焚書といったナチスの蛮行もかなり生々しく描かれ、なかなか見ていてつらい作品だ。
 まずは簡単に物語をまとめてみようかな。実は、結構説明が少なくて、よくわからない点も多いのだが、ヒロインの少女、リーゼルは推定12~13歳ぐらい。母はどうやら「コミュニスト(=共産主義者)」らしく?、ナチスに連行されてしまい、弟も亡くし、一人、とある夫婦のもとに養子に出される。その養父ハンスはとても心優しいおじさんで、アコーディオンが上手なペンキ屋さん?である。そして養母は、とにかく言動がキッツイおっかないおばさんだ。当初、まったく心を閉ざしていたリーゼルは、学校へ行く初日に近所の少年ルディの迎えで学校へ行くも、字が読めない・書けないリーゼルはイジメに遭うが、リーゼルは鉄拳でいじめっ子を黙らせるほど気が強く尖がっていた少女だった。しかし、いつも一緒にいてくれるルディや養父ハンスの温かい心に触れていくうちに心もほぐれ、笑顔が戻っていく。ハンスがリーゼルに、一緒に本を読むことで言葉を教えていくシーンはとても印象的だ。しかし世はどんどんとナチスの暴力が進み、焚書も町の広場で行われていく。そしてある夜、ナチスの摘発から逃れてきたユダヤ人青年マックスがハンスのもとにやってきてーーーという展開である。
 わたしがこの映画で一番、衝撃を受けたのは、その焚書のシーンだ。知識としてそういうことがあったことは当然知ってはいたけれど、このシーンは怖いすねえ……しかも、その場では群衆があの歌を歌うのである。その歌は、これまたドイツ語を勉強した人なら多分お馴染みの、「Deutschlandlied」である。しかもその1番だ。
 Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.
 現在のドイツ連邦共和国でも国歌である「Deutschlandlied(=Liedとは歌のこと。ドイツの歌)」は、3番が採用されているが、ナチス時代は1番が採用されていたことは、ドイツ語を勉強したことがあるなら知っていると思う。ちなみに現在、この1番を人前で歌うことはタブーだ。かなりマズイことだと思っていい。その歌詞、Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.とは、ドイツ、すべての上に立つ、世界で最も上のドイツ、という意味だ。そう直訳すると実にナチスっぽい意味に取れると思うが、もともとこの歌は1797年に神聖ローマ帝国皇帝フランツ2世にささげられたものだ。この,Deutschland, Deutschland über alles, über alles in der Welt.を群衆が歌いながら本を燃やすのである。わたしは文章としてこの歌の歌詞を読んだことはあるけれど、大勢の人が実際に歌うシーンを見たのは初めてかもしれない。ナチスが悪であることはもはや歴史が証明しているが、それを民衆が支持していたことが分かる、結構怖いシーンである。もちろん、それは全部の市民が心から支持していたわけではなく、主人公リーゼルや養父ハンスたちは、歌わないと命にかかわるから仕方なく歌っているのだが、とにかく……象徴的でとても怖いシーンだと思う。
 そして、リーゼルも、「本を投げ入れろ!」と命令されて、戸惑い、ためらいながらも、えいっ!と投げ入れる。そして人々が帰り着いた後で、広場に燃え残る本をそっと手に取って帰る。ここが、「女本泥棒」というタイトルの意味が分かる重要なシーンだ。そしてその場を見られなかったかと心配するハンス。もし見られていたらただでは済まない。けれど、実はリーゼルが本を持ち帰ったところを、一見やけにおっかない、市長の奥さんに見られていた。観客としてはもう、ドキドキである。リーゼル、お前見られていたぞ!? だ、大丈夫なのか……と心配していると、実はその市長の奥さんも大変な読書家であることが判明し、本が好きなリーゼルに、自宅の蔵書をいつでも読みにいらっしゃいとやさしくしてくれる。そしてこの奥さんの蔵書をリーゼルは後にこっそり盗む(リーゼルは「借りるだけ」と言い張る)展開になるのだが、この時も、なにげに見守って助けてくれるルディ少年がとてもいいんすよね。
 リーゼルは、ナチスという狂気が世を覆っていても、ハンスというやさしい養父と、実はとても根のやさしい養母のローザ、そして、いつも一緒にいてくれるルディ少年に囲まれていたおかげで、「人として当たり前のこと」を忘れずにいることができたわけだけど、エンディングはなあ……もうちょっと明るく終わってほしかった……悲しすぎる……せめてルディにはキスしてあげてほしかったよ……。というわけで、それぞれのキャラと演じた役者を短くまとめて終わりにしよう。
 ◆リーゼル:ヒロインの少女。とても勝気で強い眼力のある美少女。演じたのはSophe Nélisseちゃん。2000年生まれだそうで、この映画は2013年US公開だったようなので当時12歳とか13歳。現在は17歳か。カナダ人みたいですな。おお、Instagramやってんだ。なかなかの美女になりつつありますな。

Cuz summer's just around the corner🌞🌷 @nakdfashion #nakdfashion

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 ◆ルディ:リーゼルに出会った時からもうひとめぼれをした男の子。とてもきれいな目をした、なかなかのイケメン少年。そして、足が速いのが自慢で、その高い身体能力のせいでナチスのヒトラー・ユーゲントにスカウトされてしまう。何度も、「じゃあ・・・したら、僕にキスしてよ」とリーゼルにお願いしまくる積極派。ホントに君は勇敢でカッコ良かったよ。君には生きていてほしかった……。演じたのはドイツ人でミュンヘンにお住いのNico Liersch君。彼も2000年生まれみたい。今はあまり芸能活動してないのかな……ドイツ国内での活動にとどまってるみたいだな。ちょっと良く分からん。
 ◆ハンス:リーゼルの養父。義を重んじるいい人。とあるユダヤ人をかばったことで、もうお爺ちゃんレベルの年齢なのに国防軍へ強制入隊。無事に帰ってきてくれたのはいいけれど……死神は残酷ですなあ……本作は、冒頭、なぞのおじさんのナレーションで始まるのだが、そのナレーションが「死神」の声であることが後半判明します。ハンスを演じたのはGeoffrey Rush氏65歳。オーストラリア人ですな。まあ大ベテランで数多くの作品に出演されているけど、最近で一番印象的だったのは『THE KING'S SPEECH』でイギリス国王ジョージ6世にしゃべり方を教える発話コーチの役でしょうな。本作は非常に味わいのある優しいおじさんの役を熱演されていました。
 ◆ローザ:ハンスの奥さんでリーゼルの養母。最初はとにかくおっかないおばさんだと思っていたら、実はとてもやさしい人でした。演じたのはイギリス人のEmily Watsonさん50歳。この方もベテランだけど、わたしがこの方で唯一覚えているのは、『RED DRAGON』で殺人鬼ダラハイドが愛してしまう盲目の女性、あれを演じたのが彼女ですな。わたし的には、『RED DRAGON』はハンニバル・レクター博士モノで一番出来がいい映画だと思うんだけどな。原作小説も非常に面白いす。
 最後、スタッフとして、監督や脚本家ではなく、音楽を担当した大御所を紹介しておこう。なんとこの映画の音楽を担当したのは、かの名匠John Williams氏である。道理で!冒頭のピアノの曲がすごくきれいで印象的なんだよなあ。でもあれは有名なクラッシックの曲かな。わたしは音楽知識に乏しいので分からなかったけれど、劇中の音楽も大変上質で、エンドクレジットで名匠の名を見つけて、あ、そうだったんだと納得でありました。

 というわけで、もう長いので結論。
 ふとしたきっかけで見始めた映画『やさしい本泥棒』。かなり悲しい出来事が起きるのでハンカチは必須と言っていいだろう。ただしラストは希望があって、まあ、よかったよかったとなるので安心していただきたい。とにかく、少女と少年の目が印象的な、優しい映画ですよ。でもなあ、死神さんよ……せめてルディは助けてあげてほしかったよ……そして死神さんがリーゼルに魅せられ、その成長を見守った理由はさっぱりわかりません。死神さんは別に要らなかったかな……以上。

↓ こちらが原作です。くそう、もう絶版か……。
本泥棒
マークース ズーサック
早川書房
2007-07