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 わたしがDave Eggers氏なる小説家の作品『The Circle』を読んだのは、去年の12月のことで、その時このBlogにも散々書いたが、おっそろしく後味の悪い、実に気味の悪い作品であった。しかし、たぶん間違いなく、Eggers氏は確信犯であり、読者を不愉快にさせ、SNSなんぞで繋がってる、なんて言ってていいのかい? というある種の皮肉を企図している作品なので、その手腕はなかなかのものだと思った、がーーーいかんせん、物語に描かれたキャラクターがとにかく絶望的にひどくて、とりわけ主人公の女性、メイのキャラには嫌悪感しか抱かなかったのは、その時このBlogに書いた記事の通りである。
 ↓こちらが原作小説。あ、もう文庫になってら。映画合わせか。そりゃそうか。
ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)
デイヴ エガーズ
早川書房
2017-10-14

 というわけで、わたしがこの小説を読んだのは、この作品が映画化されることを知って興味を持ったためなのだが、その映画作品がようやく日本でも公開されたので、さっそく観てきた。
 ズバリ結論から言うと、映画版は小説のエッセンスを濃縮?というか、要するに短くまとめられており、雰囲気は非常に原作通りなのだが、結末はまったく違うもので、映画版はほんのちょっとだけ、すっきりすることができる仕上がりとなっていた。まあ、原作小説通りの結末だと、わたしのように不快に思う人がいると思ったからだろうか? わからんですが。しかし、なんか、うーん……そのせいで、若干中途半端であり、かつ、ある意味、本作の持ち味は相当薄れてしまったようにも思える。
 以下、いつも通りネタバレに触れる可能性が高いので、これから観に行く予定の人は読まないでください。つーかですね、わたしのBlogなんて読んでないで、原作小説をちゃんと読んだ方がいいすよ。

 さてと。えーと……今、ざっとWikiのこの映画のページを読んでみたのだが、ストーリーを記述した部分は……ちょっと違うんじゃね? と思える部分があるので、あまり信用しない方がいいと思う。わたしももう、ストーリーに関しては、さんざん小説版の記事で書いたので、もう書かない。以下に、原作とちょっとキャラの変わった二人の人物を簡単にまとめてみようと思う。
 ◆メイ:主人公。基本設定は小説版のまま変わってはいない、が、やはり、演じているのがハーマイオニーあるいはベル、でおなじみの元祖美少女Emma Watsonちゃんであるため、原作通りの頭の悪い女子を演じさせるのは難があったのだと邪推する。映画版のメイは、小説版よりほんの少しだけ、まともな人間になっていた。なお、小説版ではメイは何度かセックスシーンがあるが、映画版では一切ございません。別に期待したわけでは全くないけれど、メイのキャラクターを表す行動の一つだったので、その点でも映画版のメイは「まともな」人間に見えました。序盤は。わたしが印象的だったのは、かなり序盤で、入社1週間目にやって来る二人のイカレた男女に、結構露骨に嫌そうな顔をしていたシーンだ。その二人がどうイカレているかというと、メイは入社して1週間、頑張って仕事をしていたので、全く自分のプロフィールを編集したりする暇もなく、大量に寄せられるメッセージへの返事なんかも放置していたわけですよ。それを、「なんであなた、プロフィール公開しないの? え! カヤックが好きなの? なんだ、僕も好きなんだよ! それを知ってたら一緒に行けたのに!」とキモ男に言われるのだが、観ているわたしは、(なんでてめーと一緒に行かねえとならんのだこのボケが!)とか思っていたところ、Emmaちゃん演じるメイも、(……なんであんたと行かなきゃいけないのよ……)という顔を一瞬して、すぐに「ええ、ご、ごめんなさい、ちゃんとプロフィールも入力するわ」と慌ててつくろった笑顔を向けるという流れで、わたしはこのシーンにクスッとしてしまった。しかしこのシーンはこの物語を示すのに非常に象徴的であったとも思う。
 そしてラストに描かれる、「メイの元カレを探そう、イエーイ!」のコーナーも、小説版では極めて後味が悪く腹立たしいシーンだが、映画版でも実に気持ち悪く描かれていた。ここは原作通りなのだが、映画版ではこの事件をきっかけに、メイはまともな人間の反応を示す方向に行ったので、ここは物語が大きく原作と変わる重要ポイントとなっていた。そりゃそうだよ、映画版の反応は普通の、自然な反応だと思う。たぶん、小説版ではそれまでの出来事がかなりいっぱいあって、それらは映画版ではかなりカットされてしまったので、小説版のような反応をする説得力を持たせられなかったのではなかろうか。そのため、ごく自然な人間の反応を映画版は描かざるを得なかったように思う。そういう意味では、やっぱり映画版はかなりの短縮版だったと言えそうだ。
 ◆タイ:The Circleの創始者。会社経営のために雇ったCEOともう一人の重役の暴走を傍観するだけの役立たず、であり、小説版ではメイには正体を隠して仲良くなり、最後はごくあっさりメイに裏切られる愚か者、というキャラだったが、映画版では中盤? 前半?の段階でメイに正体を明かす。そしてキャラとしてもかなり変わっていたし、そもそも名前も変わっている。演じたのは、FN-2187ことフィンでおなじみのJohn Boyega君25歳。STAR WARSの”フィン”は確かに熱演だったと思うけれど、あれは元々が素人同然だから頑張ったと称賛できるわけで、はっきり言って、彼はまだ演技が全然だと思う。存在感が非常に薄く、物語的にもほぼ活躍しない。その結果、なぜタイはメイをこいつは使える、と見染めたのかもよくわからないし、エンディングも何となく、小説版のショッキング(?)なものではなく、若干のとってつけた感を感じた。
 とまあ、以上のように、小説がはらむ猛烈な毒はかなり薄まっているような気がする映画であった。小説版が猛毒なら、映画版は軽いアルコールぐらいな感じだとわたしには思えたのが結論であろうか。
 ただし、やっぱり映画という総合芸術の強みはその映像にあり、小説では脳内で想像するしかなかった「Circle」の各種サービスが鮮明な映像として提示されると、非常にリアルで、ありえそう、という実感が増していると思う。
 しかし思うのは、本当に現実の世はこの作品(小説・映画とも)で描かれる世界に近づいているのだろうという嫌な感覚だ。まあ、一企業のシステムに政府そのものが乗っかる、というのはあり得ないかもしれないけれど、現実に、納税とか公共サービスの支払いを既にYahooで支払えたりできるわけで、「あり得ない」が「あり得る」世界がやってきてしまうのも時間の問題なのかもしれない。わたしが願うのは、そうだなあ、あと30年だけ、そんな世界が来るのは待ってくれ。30年経ったらわたしはくたばっているだろうから、そのあとはもうどうでもお好きなように、知ったことかとトンズラしたいものであります。しっかし、メイにプロフィールを更新しろだのメッセージに返事しろ、コミュニティに参加しろ、なんて、「自由意志」よ、といいつつ「強制する」恐ろしい連中に対して、生理的嫌悪をいただかないとしたら、もうホントに終わりだろうな。おっかねえ世の中ですわ。
 あと、そういえばこの映画でわたしがとても痛感したのは、日本の国際的プレゼンスの失墜だ。本作では、主人公メイが透明化して以来、画面にさまざまな言語でコメントが現れるのだが、ロシア語や中国語、アラビア語なんかはかなり目立つのに、わたしが認識した範囲内では、日本語は一切現れなかった。とりわけ中国語が目立つわけで、なんというか、20年ぐらい前はこういう未来描写に日本語は必ずと言っていいほど現れてきたのに、残念ながらそんな世はもうとっくに過ぎ去ったんですな。実に淋しいすねえ……。
 というわけで、他のキャストや監督、脚本については特に思うことはないので終わりにするが、最後に、名優Tom Hanks氏演じたCEOと、メイの父親を演じたBill Paxton氏についてだけ記しておこう。
 本作映画版に置いて、Hanks氏演じたCEOは、結局は金の亡者(?)ともとれるキャラで破滅エンド(たぶん)を迎えたが、小説版ではもっと、本気で自分のやっていることがいいことだと信じて疑わない天然悪だったような気がする。そういう意味では小説版の方がタチが悪く、キャラ変したキャラの一人と言えそうだ。
 そして、Bill Paxton氏だ。彼と言えば、わたしが真っ先に思い出すのは、『ALIENS』でのハドソン上等兵役だろう。お調子者で文句ばかり言う彼が、最後に見せる男気が印象的な彼だ。Paxton氏は今年の2月に亡くなってしまい、エンドクレジットで、For Bill(ビルに捧ぐ)と出るので、本作が遺作だったようだ。享年61歳。まだお若いのに、大変残念であります。
 あ、あともう一人メモしておこう。主人公メイをサークルにリクルートする友人アニーを演じたのが、Karren Gillan嬢29歳。アニーのキャラは、ほぼほぼ原作通りであったが、演じたKarenさんは、わたしは観たことない顔だなーとか思っていたら、なんと、『Guardians of the Galaxy』の超危険な妹でおなじみのネビュラを演じた方だそうです。素顔は初めて見たような気もする。いや、初めてじゃないか、『The Big Short』にも出てたんだ。全然知らなかったわ。意外と背の高い彼女ですが、素顔は……うーん、まあ、わたしの趣味じゃないってことで。

 というわけで、またしても全くまとまりはないけれど結論。
 去年読んだ小説『The Circle』の映画版が公開になったので、さっそく観に行ったわたしである。その目的は、あの恐ろしく後味の悪い嫌な話が、映画になってどうなるんだろうか? という事の確認であったのだが、エンディングは全く変更されており、ほんの少し、まともな結末になっていたことを確認した。まあ、そりゃそうだろうな、といまさら思う。小説のままのエンディングだったら、相当見た人に不快感を与えるであろうことは想像に難くないわけで、映画という巨大な予算の動く事業においては、そこまでのチャレンジはできなかったんでしょうな、と現実的な理解はできた。それが妥当な理解なのか、全く根拠はありませんが。しかしそれでも、世はどんどんとこの作品で描かれる世界に近づきつつあり、小説版を読んだ時の感想と同じく、わたしとしてはその前にこの世とおさらばしたいな、と思います。切実に。長生きしていいことがあるとは、あんまり思えないすねえ……以上。

↓ どっちかというと、この作品で描かれる未来の方がわたし好みです。結構対照的のような気がする。こちらは完全なるファンタジーかつ、わたしのようなもてない男の望む世界、かも。
her/世界でひとつの彼女(字幕版)
ホアキン・フェニックス
2014-12-03




 アニメ版が日本で公開されたのは1992年9月とWikiに書いてあるが、そうか、もう25年も前なのか……と、なんというか唖然としたわたしである。あの頃わたしは二十歳そこそこ。この映画、映画館で観て、ビデオで見て、ともう何回見ただろう。そんなわたしなので、あの思い出の『美女と野獣』が最新CG技術を駆使した実写版として帰ってくる! おまけに主人公ベルを、ハーマイオニーでおなじみのEmma Watsonちゃんが演じる! というニュースを聞いて、おおっとマジか!と、やおら興奮していたわけで、今日初日を迎えた『BEAUTY AND THE BEAST』を、わたしは会社帰りに早速観てきた。一人で。
 まず結論から言うと、ほぼアニメ版通りである。一部細かい違いはあるが(とりわけお父さんとガストンがだいぶ違う印象)、歌はそのままと思ってよさそうだ。逆に、アニメ版は90分ぐらいと短いのだが、今回は129分ともっと長くなっていて、その分いろいろな部分がアップグレードされていて、歌も増えているような気がするし、役者陣の熱演もとても素晴らしかった。なんか結構の歌占有率が高まってたような気がしますね。要するに、わたしはすっかり魅了されてきたわけである。大変大変楽しめました。

 まあ、もう物語の説明はいらないだろう。自業自得とはいえ、呪いによって野獣の姿に変えられてしまった王子様が、ベルという女子との出会いによって、真実の愛に目覚め、人間の姿を取り戻すお話である。はっきり言って、現代に生きる我々が、超客観的にこの物語を見聞すると、かなり突っ込みどころは多い。また、そりゃねえべ、と言いたくなるような展開であることも、認めざるを得ないだろう。
 だけどですね、いいんですよ、そんなことは。
 いつもどうでもいい文句ばっかり言っているわたしが、そんなことをいうのも非常にアレですが、そんな現実的な突っ込みをして、ドヤ顔してる野郎がもし身近にいたら、そんな時は「あはは、そうだね~」とでもテキトーな相槌を打って、二度とそいつに近づかない方がいいと思う。そういう手合いは、ほぼ間違いなく、つまらん男だと思います。
 この映画は、美女と野獣の二人を眺め、その歌にうっとりし、作品世界に浸るのが正しい姿だとわたしは思う。とにかく各キャラクターがとてもいいんだな。というわけで、今回はキャラまとめをしておこうと思う。なお、わたしは初回としては当然字幕版で観た。だって、Emmaちゃんの歌声を聞かなきゃ、意味ないっショ。しかしながら、近年のディズニー作品は、日本語吹き替えにも力が入っており、今回も野獣をミュージカル界のプリンスの一人、山崎育三郎氏が担当する気合の入れようなので、わたしはこのBlogで何度も書いている通り、ミュージカルが大好きな男としては、日本語版も観たいと思っている。さてと。それじゃまとめてみるか。
 ◆ベル
 主人公の女子。読書が大好きで、村では「変わり者」だと思われている。村でお父さんと二人暮らし。アニメ版ではそのあたりの説明はほぼないが、今回はお母さんを幼少期に無くしていて、当時パリに住んでいたことも明かされた。パリに行ってみたいとずっと思っている。もちろん美人。今回ベルを演じたのは前述のとおりEmma Watsonちゃん。うおっと!マジか!もう27歳だって。なんてこった……あのハーマイオニーがアラサー女子か……。今回は歌が多いのだが、はっきり言って、超うまい、というレベルではない、けれど、超頑張っているというか、全く問題なしの歌唱力であった。実際素晴らしかったと思う。今回、ベルが野獣の城に囚われる理由も明確だったのが新鮮。アニメ版とちょっと違ってました。おまけに脱走しようとしたり、意外とアクティブ。そういうシーンってアニメ版にあったっけ? まあとにかく、はじける笑顔が最高ですよ。
  ◆野獣
 元々は、贅沢三昧のお坊ちゃんだったが、城にやってきた老婆を冷たくあしらったことで、その老婆=魔女の怒りを買ってしまい、呪いにかけられる(※ここで無粋なツッコミは禁止です)。アニメ版では四足歩行するシーンもあったような気がするけど、今回はずっと立ってましたな。とにかく、野獣の毛の質感が凄く、非常にモフモフ感があって素晴らしい出来栄えです。そう、野獣をはじめとして、お城なんかもどこまでがセットでどこまでCGなんだかもうさっぱり区別がつかないさすがのDISNEYクオリティが半端ない。野獣もあれはほぼCGだよな? 実物なのかな?? さっぱりわからんけれど、顔の毛の質感はすごいし、あと、わたしは猫の鼻が大好きで、毎日我が家の宇宙一可愛いお猫様の冷たくしっとりした鼻をぐりぐりと頬擦りする変態なんですが、今回の野獣の鼻も、超触りたくなるような、実にネコ科系の鼻でした。そして、演じたのはDan Stevens氏。正直わたしはよく知らない人で、どうやらわたしが観たことのある作品は、偶然両方ともこのBlogでレビューを書いた『誘拐の掟』『靴職人と魔法のミシン』の2本だけでした。この人も、歌はそれほど超うまい、というわけではないけれど、それでもやっぱり大変よかったと思う。人間化した時のイケメンぶりはなかなかでした。
 ◆ガストン
 村のイケメン。アニメ版ではなんか狩人的な乱暴者のような感じだったけれど、今回は従軍経験ありのもうちょいスマートなイケメンでした。演じたのがLuke Evans氏なのですが、まあカッコいいすね。アニメ版では最初からかなり悪党感があったけれど、今回は登場時はさわやかイケメンでそれほど悪党ではなかったのに、なんか途中から急にブチ切れたり、ちょっと変わってましたね。なお、Luke氏は、わたし的には今回歌が一番うまかったような気がします。なかなかの美声で、非常にカッコよかったす。歌は。ちなみにLuke氏はLGBTの方で、カミングアウト済みなのは有名だと思うのだが、今回は、手下のル・フウというキャラがやけにガストン大好き的な空気を出していて、はっきり言ってちょっとアレだと思った。その設定は別に必要なかったのでは……。ま、メリケン国は差別してませんアピールが必要な国だからな……。ちなみに、そのル・フウを演じたのは、Josh Gad氏で、彼は『アナ雪』のオラフの声でおなじみですな。
 ◆モーリス
 ベルのお父さん。アニメ版では村の発明家で変わり者、的なキャラだったと思うが、今回は、ありゃなんだろう……美術工芸職人かな、オルゴールを製作(修理)したり、絵も描いたり、みたいな人になってました。さらに今回は、その品を納品するために旅に出たときに野獣の城に迷い込み、帰りに薔薇をベルのために買ってくる約束をしてたことを思い出して、城の庭に咲く薔薇を摘んでしまい、野獣に泥棒野郎め!と囚われることに。演じたのはベテランのKevin Kline氏。この人の作品はいっぱい観てるなあ……そうそう、さっきWikiで初めて知ったけれど、この人、我々40台のおっさんの青春のアイドル、Phoebe Catesさんの旦那ですって。年の差16歳ですと。 
 ◆ルミエール
 3本のろうそくの灯る燭台に変身させられてしまった元・お城の使用人。主人思いでありベルにも優しく接するナイスキャラ。なんと演じたのは、マスター・オビ=ワンでおなじみのEwan McGregor氏ですよ。わたし的にはこの人が歌えるとは大変驚いた。しかも全然問題なしの歌唱力! いいじゃないすか! と大変わたしは称賛したいと思います。ラスト、呪いが解けて人間化しても、メイクがすごいので、Ewan氏に見えないのがちょっと笑っちゃった。誰だよ!みたいな。
 ◆コグスワース
 同じく、時計に変身させられてしまった元・執事のおじいちゃん。執事だけあって御主人派で、何かと細かい。けど、ルミエールとのナイスコンビネーションは実にイイ。演じたのは、ガンダルフあるいはマグニートでおなじみのSir Ian McKellen氏77歳。このお方もLGBTで有名ですが、まあ関係ないすね。Ianおじいちゃんも歌えて驚きです。ラストで人間化した時、これまたすごいメイクなんだけど、この人はすくにIan氏だと見分けられます。
 ◆ポット夫人
 同じく、ティーポットに変身させられてしまった元・お城のメイド長。息子のチップも同じくティーカップに。アニメ同様、チップはちょっと飲み口が欠けてます。で、ポット夫人を演じたのはイギリスが誇る名女優Emma Thompson女史。今回、あの有名なベルと野獣の二人きりの舞踏会で名曲「Beauty and the Beast」を歌ってくれたのはポット婦人でした。これって……アニメもそうだったっけ?

 とまあ、メインどころはこんな感じでしょうか。
 実は……今回はもう書くことがないんすよね……冒頭に書いた通り、物語の感想を書こうにも、つまらんことしか書けないんすよね……いちいち、あれって変じゃね? みたいに突っ込んでも無粋なだけなので 、やめときました。

 なので、もうさっさと結論。 
 25年前にアニメ版にほれ込み、何度も観た『BEAUTY AND THE BEAST』。最新CGを駆使した実写版がやっと日本でも公開されたので、早速初日の今日、観てきたわけだが、まず、期待通りの大変素晴らしい出来てあったことは間違いない。わたしのアニメ版記憶よりも歌が増えているような印象だが、正確なところは調べてないのでわかりません。そしてキャストたちの歌も大変上等。映像ももちろん、世界最高峰のDISNEYクオリティであり、まあ、観ない理由はないすね。わたしは大満足です。大変すばらしかった。あんなのお子様向けだ、なんて思っている大人でも、十分楽しめるとわたしは思うのだが、もし観に行って、つまんねえ、なんて言っている男が身近にいたら、なるべくそいつとは距離を置いた方がいいと思いますよ。 いや、そりゃあ、物語的にはアレなのは認めますよ、ええ。でもね、いいんだよそれで。だって、おとぎ話なんだから! 以上。

↓ 一応、WOWOW録画して保存してあります。明日また、久々に観るかな……。

 はーーー。なんというか……超後味が悪い小説を読んでしまった。
 先日、わたしの愛用する電子書籍販売サイト「BOOK☆WALKER」にて還元率の高いフェアがあったので、何か面白そうな小説はねえかしら、と渉猟していた時、あ、これ、この前予告が公開されてた映画の原作じゃん? と思って買った作品がある。その映画は、主役にハーマイオニーでお馴染みの、そして来年の春には『Beauty and the Beast』のベルとしてきっとお馴染みになるであろうEmma Watsonちゃんを迎え、Tom Hanks氏も出るというので、へえ、と思ってチェックしていたのだが、どうやら原作小説があるということはそのとき知ったものの、愛する早川書房からとっくの昔に翻訳が出ていたことは知らなかった。なので、たまたま見かけたので、電子書籍で買って読み始めたわけである。
ザ・サークル
デイヴ エガーズ
早川書房
2015-01-29

 タイトルは『The Circle』。邦題もそのまま「ザ・サークル」である。とあるSNSをWeb上で提供しているIT巨大企業を舞台としたお話だ。こちらがその映画の予告編です。まだ日本語字幕はないっす。

 まずはごく簡単に物語を紹介しよう。ズバリ単純だ。ネタバレもあると思うので、気になる人は即刻立ち去るか、自己責任でお願いします。
 US西海岸――どうやらSan Franciscoのようだが――に、SNS「Circle」を運営する「Circle」という会社がある。主人公メイは大学時代の3つ年上の友人アニーが勤務する「Circle」に、コネで採用される。夢に見た素敵な会社に転職できてうれしくてたまらないメイ。そして、最初はカスタマーサポート部署に配属され、優秀な仕事ぶりで次第に認められていく。しかし、この会社及びSNSは、その巨大な資金力と技術力で、次々と新しいサービスを展開してゆき、ついにはそこら中にカメラを設置して誰でもどこでもライブ映像が見えるようになり、他にも、子供の誘拐防止のため、という名目で子供に電子チップを埋め込んだり、と暴走してゆき、とんでもない事態になっていく。そしてその中心に主人公メイが巻き込まれて(というか自ら進んで入り込んで)いき、狂気の事態に……てなお話である。
  わたしは、読みながら、そして読み終わった今も、実に腹立たしく気持ち悪い思いでいっぱいだ。はっきり言って、読まなきゃよかったとさえ思っている。実に不愉快な結末に、怒りの持って行きようがない。
 ただし、これは、確実に、作者による確信犯だ。作者は、あえて読者を怒らせ、不愉快にすることで警鐘を鳴らしていると解釈すべきだろう。間違いなく、この物語を肯定してほしいと思っていない。こうなるかもしれないから、SNSなんかで「繋がってる」とか言ってちゃ、ヤバいんじゃねえの? という問題提起として受け取るべきだろうと思う。 その問題提起には、わたしも全く同意なので、LINEのアカウントすら持っていない「繋がってない」わたしとしては、現代の世に溢れている「なんでも共有したがる」気味の悪い人々にはぜひ読んでもらいたいと思う作品であった。
 そういう意味で、主人公メイは、典型的な「意識高い系」女子そのものだ。気にするのは他人による評価だけであり、常に不安を抱え、深刻な精神疾患を患っているとしか思えない女子である。まず、彼女のプロフィールを簡単にまとめておこう。
 ◆出身はCiscoから車で2,3時間(?)ぐらい離れた、西海岸の田舎らしい。両親は健在だが、父はとある重病を患っている。元カレは地元でインテリア製造なんかをやっていて、それなりにデザインセンスはあるらしい。とっくに別れているが、両親と元カレは今でも仲がいいようだ。ちなみにメイは一人っ子。そして大学卒業後は、地元の電気水道局(?)で地味に働くも、周りのおっさんたちにうんざりしていて、「わたしが働く場所はここじゃない」と妄想していた。まあ、おっさんのわたしから言わせれば、そんな君の居場所なんてこの世のどこにもないよ、と申し上げておこう。
 ◆大学でアニーと出会う。アニーは金持ちの娘で思考も行動もブッ飛び系だが、妙に気が合う友として大学時代を共に過ごした。そしてメイは、何不自由ないアニーに対して、ずっと心の奥底で嫉妬している。そしてアニーが働く「Circle」に口利きしてもらって入社できることになり有頂天。「こここそあたしの働く場所よ」的な感じ。そしてその転職に両親も大喜び&鼻高々。これまたわたしに言わせれば、コネ採用で喜ばれてもなあ……と申し上げたい。
 ◆基本的に脊髄反射で生きている。貞操感覚ゼロ。好きでもない男と「淋しいから」余裕でSEXする。つーか、どこでもSEXする、ある意味性欲旺盛肉食女子。謎の男とトイレでヤッたり、元カレとはかつてグランドキャニオンの崖っぷちでヤッたこともある。まあ、確かにEmma Watsonちゃんとイイ感じになったら、愛はなくても断れねえっすね。なお、謎の男に関しては、登場3回目ぐらいでその正体の想像がつくのだが、物語的には最後の最後で正体が判明して、メイもその時初めて正体を知る。ちょっと考えればわかるので、全く驚きはなかったし、いまさら何やってんだコイツ、と思った。出てくるの遅すぎでもはや全て手遅れになって、最悪のエンディングで幕切れとなる。
 ◆基本的に自分がない。故に影響されやすい。実に愚か。この点がわたしは一番許せない。
 あーイカン。もうわたしはこういう女子が大っ嫌いなので、憎しみがこもってきてしまうのでこの辺にしておこう。たぶん、一番のポイントは、「想像力の欠如」だと思う。自らの行動がどのようなことをもたらすのか、がまるで意識に登らない(故に脊髄反射とわたしは評した)ので、考えが浅すぎるのが致命的だ。また、自分の狭い視野にしか思いがよらず、他者の気持ちや考えに想像が及ばない。この様相は、「自ら(の浅はかな考えで)閉じている」という意味においては、逆説的ではあるが、新種の自閉症と言っていいのではなかろうか。コミュニケーションが取れているようで、その実、全く成立していない。これは、現代のゆとりKIDSたちの特徴だと常々わたしは指摘しているが、経験のなさが問題ではなく、単に、「ごく近視眼的に浅~くしか考えてない」だけなんだと思う。そういう意味では、そこらにいっぱいいそうで実にリアル、ではあると思った。

 そして、何より恐ろしいのがCircleというSNS&会社そのものだ。わたしがゾッとしたというか、気持ちわりぃと思った点はいっぱいあるのだが、いくつか紹介しよう。
 ◆超ナーバスな気持ち悪い人々
 たぶん、一番最初の出来事は、メイがとあるコミュニティーからの誘いを放置していたところ、このコミュ主が、オレ、嫌われてるのかなあ、どう思う? もう人間不信だよ……みたいなクレームをメイの上司に突き付け、上司立会いの下で、メイ、君はひどいんじゃないか? いえいえ、ごめんなさい、そんなつもりはなかったの、と仲直りさせてそれをSNS上で和解宣言させる出来事だろう。回答を強要する「お優しい」世界。つねに100を望む、ほんの少しの拒絶も耐えられない、実にもろいハート。最悪ですね、ホント気持ち悪い。ちなみに、この回答の強要と、少数意見の排除はどんどんエスカレートしていきます。
 ◆「透明化」という名のプライバシーの放棄
 メイは、シーカヤックが好きなのだが、会社から「なんでその経験をみんなと共有しないの?体が不自由でカヤックなんてできない人にその体験を伝えないのは、むしろそういった体が不自由な人の楽しむ権利を奪ってると言えないか?そのために当社が開発した超高性能小型カメラがあるじゃないか!どうして使わないんだ!?」と言われ、ええ、そうですね、わたしが間違ってました、次からは必ずカメラを身に着けていきます、と約束しちゃう。
 さらに、メイは黙ってカヤックを借りて海に出て、帰ってきたところで全てがそのボート屋に設置されていたカメラで見られていたために、(無断借用で)逮捕されそうになる。そして翌日、会社でつるし上げられる。
 「どうしてそんなことをしたんだ」
 「……常連だし、誰も見てないからいいかなって……」
 「じゃあ、君はカメラにすべて写っていると知っていたら、あんなことはしなかったかい?」
 「……はい、そうですね、しなかったと思います」
 「ほらみろ、当社のカメラは犯罪防止につながるんだよ!」
 「そうですね。素晴らしいと思います。じゃあ、もうわたし、24時間カメラを身に着けます!」
 という展開になる。ここに至るには、既に政治家がどんどん24時間すべてを公開し始めたという背景もあって、「秘密は嘘。分かち合いは思いやり。プライバシーは盗み」と大勢の前で宣言する羽目になってしまう。この宣言は、実際に物語を読まないとピンと来ないかもしれないけれど、とにかく恐ろしい事態になり、わたしはこの時点で、本書を読むのをやめようとさえ思った。しかもメイは、その時本気でそう思っているからタチが悪いというか愚かしい。
 結局、物語はどんどんエスカレートして、完全に「プライバシーは悪」という風潮になっていく。風潮、という言葉じゃあ生ぬるいな、常識、あるいは当たり前のこと、というニュアンスかな。これはもはや、完全に「洗脳」と言っていいだろう。たとえば、メイはうっかり両親のエッチ現場を撮影してしまうのだが、周りのみんなは、「いやあ、エッチは誰でもする当たり前の行為なんだから、恥ずかしいことじゃないよ!」とあっさり丸め込まれて、確かにそうね、とその映像を普通に公開しちゃったりもする。極めてタチが悪いことに、耳障りのいい言葉ばかリで、明確に反論・反証・論破するためには、かなり高度な頭脳が必要な点であろうと思う。完全に誘導尋問であり、回答に気を付けないと、主人公メイのように、誰しも「アッハイ、そうすね」と答えてしまう危険性は極めて高いと言えるかもしれない。
 そしてCircleの会員数は10億を超え、世界中で、Circleのカメラで覗けない場所がほぼなくなっていく。そして極め付けが、メイの元カレ(彼は物語の中でほとんど唯一まともな考えで、Circleの危険性を訴え続けていたが、もはやどうにもならんと絶望し、山奥に隠棲していた)を探しだそう、いえーい的なイベントの標的とされてしまうくだりだ。そしてそのイベントはとんでもない悲劇に終わるのだが、メイは全く反省しないし危険性も認識しない。むしろ、Circleを拒否した元カレの罪だ、とさえ思うようになる。もう完全に狂ってますな。

 わたしは、この愚かな人間(たち)が最後はどんなひどい目に合うのか、出来れば自殺か殺されるか、そういう悲劇を期待することだけをモチベーションに最後まで読んでみたわけだが、ラストはもう本当に気分の悪い、いやーな終わり方であった。ホント最悪でした。
 ただ、幸いなことに、この物語のようなことが、実際に起こるかというと、おそらく現状では技術的な問題と法的な問題の両面から、NOであると言えそうだ。
 まず、簡単な技術面で言うと、おそらくカメラについてはバッテリーの問題が現状の技術では解決不能だろうと思う。その点の説明は一切ない。寝るときに充電していると仮定しても(そんな記述はないけど)、ペンダントサイズで、24時間365日駆動し、HD動画を通信し続けられる小型カメラは無理だ。そして、通信インフラの問題もあるだろうし(世界の10億台の高画質24時間365日ストリーミングを支えることはどう考えても無理では?自前衛星をもってしてもとても無理だと思う)、そして膨大なデータを処理するプロセッサ及びサーバー容量も、非現実的なのではないかと思う。ただ、これはわたしが無知なだけで、実は実現できるのかもしれないな。
 あと、ソフトウェア的な詳しい話は一切出てこないので、AIについては全く言及がないのも、物語を若干ライトなものにしているようにも思う。おそらく作中で描かれる各種サービスは、高度なAIに支えられているものと想像できるが、おそらくはそういった部分は全く人々に意識されることがないために、何も書かれていないんだろうと思う。でも、どうだろう、本作で描かれている各種サービスは実現できるのかなあ。よく分からんです。
 それに、そもそも完全実名でしか参加できないCircleというSNSサービスも、まあ、ちょっと無理でしょうなあ。どうやって実名&本人確認するのか、書いてあったかどうか、もうよく覚えてません。
 そして法的問題で言うと、これはまずありえなかろうと思う。元カレに起きた悲劇は、たぶん簡単に犯罪行為として刑事告発可能であろうし、裁判となれば有罪間違いなしではなかろうか。そしてプライバシーの問題でも、たぶん数多くの違法行為があるし、そもそもCircleの収入源である広告事業も、たぶん違法行為を前提にしていると言えそうだ。あくまで、現状の法においては、だけど。
 わたしは、Googleのサービスを様々に享受しているし、実際便利だと思ってる。けれど、ふと訪れたWebサイトで、勝手に自分の住んでいる街のマンションの広告が表示されたりするのは、正直ぞっとするし、amazonで「あなたにお勧め!」とか言われると、うるせーよ、と嫌悪感を感じてしまう。しかし、残念ながらというか恐ろしいというか、そう思う人間はどうやら圧倒的に少数派で、むしろ普通の人はそれを便利で有り難いと思ってさえいる。たぶん、この、わたしによるどうでもいいBlogにも、そういう機能はついているので、お前が言うなと怒られそうだけれど、実際、得体のしれない不気味な世の中ですわな。
 これはわたしとしては、ほぼ確信に近いのだが、この物語で描かれたような世界が現実のものとなったとしたら、おそらく、わたしはもう生きていたくないと願うと思う。もはやそんな世には何の未練もないし。絶望とともに死ぬだろうな。ちょっと想像すれば、それがどれだけ恐ろしいか、すぐわかることだと思うのだが、残念ながらメイにはその想像力は備わっていなかった。まさしく全体主義。物語の中で、メイたちは「完全な民主主義、全員参加の真の民主主義が実現した」と浮かれているのだが、ホント、狂ってるとしか言いようがない。そんな世には、わたしのようなおっさんに生きる場所はねえですよ。死ぬしかないでしょうな、もはや。NO Place for Old Man、ですよ。
 そして物語のエンディングで描かれた世界は、まさしくわたしが生きていない世だろう。まったくもってソーシャル乙。あっしはお先に失礼しまーす、とでもほざいて、さっさとわたしはあの世へ行くだろうな、と思った。まあ、どんな映画になるか、非常に楽しみです。

 というわけで、まとまらないしもう長いので結論。
 Dave Eggers氏による小説『The Circle』は、実に最悪な世界を描いた恐ろしい物語であった。もちろん、Eggers氏は、この物語を、警鐘として描いているはずだろうと思う。でも、ここまで極端ではないにしても、確実に世界はこの物語で描かれている世界に近づいているわけで、実にゾッとしますな。残念ながら、Eggers氏にも、わたしにも、この流れを変えることは出来ない。もはや流されるだけ、かもしれない。まあ、長生きはしたくないですな。この先いいことがあるとは、残念ながら思えないすね。たぶんこの小説は、読み終わって怒り狂うのが正しいというか、Eggers氏の望むリアクションだと思います。以上。

↓ この著者が、他にどんな作品を書いているのか、少しだけ興味があります。おっと?この作品もTom Hanks氏主演で映画化されてるんすね。読んでみようかしら……。
王様のためのホログラム (早川書房)
デイヴ エガーズ
早川書房
2016-12-31

↓こちらが予告です。なんか面白そうじゃん。これは観たいかも。

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