ちょっと前に、どっかの駅のホームの目の前に、ズドーンと掲げられている告知看板を見て、なんだこれ? と思ったことがある。それは、野菜や花を組み合わせて人の顔になっており、何とも不思議というか、とにかくやけに印象に残るものだった。ええと、言葉では説明できないので、要するにこれです。
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 どうすか? 変というか……なんだこれ!? でしょ?
 わたしはこの絵を見て、なんというかそのやけにリアル系な描写に、結構年代としては新し目の、近現代のシュールレアリスム系の作家なのかな? と勝手に、そして恥ずかしいほど盛大に勘違いしていた。しかし、ちょっとインターネッツなる銀河に住まうGoogle神にお伺いを立ててみると、それは16世紀の作家の描いた作品だということが判明して驚いた。
 作家の名をGiuseppe Archimboldo(ジュゼッペ・アルチンボルド)といい、イタリア・ミラノ出身で、なんと神聖ローマ帝国(=ハプスブルグ家)に仕えた宮廷画家なんだそうだ。しかも、ハプスブルグ家第4代のフェルディナント1世→第5代のマクシミリアン2世→第6代のルドルフ2世、と、3代にわたって仕えたそうで、宮廷の祝祭や馬上試合の衣装デザインや演出まで手掛けていた、総合アートディレクター的な仕事をしていたらしい。まったくもって、へええ~!である。わたしもそれなりに美術愛好家のつもりだが、そんな画家の、こんな作品があるなんて、まるで知らなかったす。
 というわけで、わたしは連休中日の今日、朝から上野へ推参し、国立西洋美術館で絶賛開会中の『アルチンボルト展』を観てきたのだが、結論から言うと、その本物が放つオーラは強力で、こりゃあすげえ、と大興奮してきたのである。これは一見の価値があると存じますよ。
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 上野の森や東京都美術館なんかは結構頻繁に行っているような気がするが、わたしとしては国立西洋美術館は結構久しぶりのような気がする。9時半開場ということで、わたしの標準である「開場30分前」に到着したところ、40人ほどが列を作って待っていた。へえ。全然マイナーだろうから、ガラガラかなあ、と根拠なく思っていたが、そんなことはまるでなく、まあ、覚悟の上で30分前に来たわけで、待つのは全然かまわないというか、40人ほどなら上等だぜ、と列に並ぶことにした。わたしのすぐ後ろに並んだおっさんと中学生らしきガキの、まったく交わらない、内容のない会話(むしろおっさんが一方的にどうでもいいことをしゃべり続け、息子は超うぜえ、という顔をしていた)をうるせえなあ……と聞き流しながら、くっそ暑い……ちょっとだけでも早めに開場してくれねーかなーとぼんやり待つこと30分。気の利いた、暑さへの配慮は全くなく、まったく時間通りの会場で、冷房の効いた館内へ入館した。ちなみに、帰りは10時半ぐらいだったと思うけれど、チケット購入に20分、入場するのにまた30分ぐらい待つ、と入場待ちも結構行列になっていました。前売りを買っておく、のは美術展ではもはや必須だと存じます。上野駅構内でも売ってるしね。

 で。まあ、観てみて、いろいろなへえ~という発見があったのだが、それらをいくつかまとめておこう。
 ◆思ったより全然古い人だった。
 Archimboldo氏は、1527年生~1593年没、のイタリア・ミラノ出身だそうで、要するに、かの有名なLeonardo da Vinci氏(1452~1519)のすぐ次の世代に当たるそうだ。お父さんはda Vinci氏の友達の友達なんですと。で、若き頃は当然イタリアで主に教会のステンドグラスや絵画やタペストリーの仕事をしてたそうだが、35歳の時(1562年)にウィーンに行ってハプスブルグ家へ仕え始め、66歳、亡くなる年に引退してミラノに戻ってその生涯を終えたんですって。どうやら、歴代皇帝たちに非常に気に入られていたらしいですな。時代的には、宗教改革アウグスブルクの和議(1555年)で(ルター派も一応認めてやるよ、と)決着した直後あたりにウィーンに来たってことになるんですな。まあ、その争いの続きは三十年戦争へと至るわけですが、その前にはもう亡くなっているわけで、Archimboldo氏のいたウィーンは、それなりに平和だったかもしれないすね。いや、平和かどうかわからんな。サーセン。テキトーに言いました。
 ◆そもそもArchimboldo氏自身の作品は少ない。
 今回の展覧会は、『アルチンボルド展』と題するものの、作品としては77点展示されていて、それが全部Archimboldo氏自身の作品というわけではなく、もらってきた作品リストによると、17点なのかな、明確にArchimdoldo氏の作品であるのは(一部は「After Archimboldo=アルチンボルトに基づく」「Attributed to Archimboldo=アルチンボルトに帰属する」という良く分からないクレジット作品が何点かある。これって……模写とかってこと?)。つまり他は 別の人の作品で、da Vinci氏の作品もチョイチョイ展示されていました。
 ◆ただし、メインはすげえオーラ!
 今回のメインである『四季』『四大元素』『司書』『法律家』『ソムリエ』『庭師/野菜』『コック/肉』に関しては、実物のオーラはすさまじく、そしてかなり面白い。つかこのデザインセンスはすげえ!と大興奮でありました。どんな絵なのかは、公式サイトにほぼ網羅されていますので、そちらを見てください。あ、なんだ、この動画を見れば一番わかりやすいんじゃね?

 この多くのお花や魚とか、なんでそんな絵を書いたのか、ということも、上記動画でちゃんと説明されてますな。要するに、当時、da Vinci以降の自然科学研究が進んで、百科事典的な、博物学的な知識を求めるのが王宮のステイタスのようなもので、そういう研究が盛んだったらしいです。で、さらには世界から様々な珍しいものもどんどん集まるようになり、そういう学究的な下地があったってことらしい。基本的に宮廷絵描きは、普通は肖像画がメインの仕事だと思うけれど、Archimboldo氏はこういう作品で、皇帝たちを虜にして、皇帝もその絵を見て大興奮して、この絵すげえだろ!と親せきに送ったりしてたそうで、なんかそういう話って、非常に面白いですな。
 あと、どうでもいいことだが、わたしが結構驚いたのは、このメイン級の作品でもいくつかの作品は「個人蔵」となっていて、つまり世界のどっかの金持ち?だか誰かが個人的に所有している作品があるという事実だ。いいなあ……本物の、すげえオーラを放つ芸術作品が家にあるって、ものすごく気分がアガるよね、きっと。わたしもいつか、なにかいい作品と出会って所有し、毎日ニヤニヤ眺めたいものです。

 で。個人所有といえば、国立西洋美術館へ行ったならば、当然常設の「松方コレクション」にもご挨拶申し上げないとイカンだろう、というわけで、そちらも久しぶりに見物してきた。大変失礼ながら前半の宗教画はすべてスルーし、国立西洋自慢の「モネルーム」やルノアール作品をはじめとする名作たちをを堪能してきた。やっぱり、絵が飾ってあるって、ホントいいすねえ……わたしはこの部屋で仕事したら超はかどるんだけどなあ……という妄想を沸かせながら、久しぶりの国立西洋を後にしました。ああ、そういや世界遺産に指定されてから初めての訪問だったんだな。まあ、何度行っても気持ちのいい場所ですね、国立西洋は。

 というわけで、結論。
 恥ずかしながら全く知らなかった作家であるArchimboldo氏の展覧会、『アルチンボルト展』を観てきたわたしだが、メイン級の作品は思ったより大きくて(モノによってサイズはバラバラなのも意外だった。大体タテ100~70cm×ヨコ60~40㎝ぐらいか? 作品リストにサイズが書いてない!)、わたしとしては大変楽しめた。なんだってこんな変な絵を? という疑問は、正直明確には解けなかったのだが、要するに「誰もが描くような普通な作品じゃなくて、なんかすげえものを描く!」というようなArchimboldo氏のアート魂の爆発だとわたしは理解することにした。それって、宮廷画家としてはある意味画期的といか、かなりあり得ないチャレンジなのではなかろうか? それでちゃんと皇帝たちがご機嫌になるんだから大成功、ってことですな。Archimboldoさん、あんたすげえっす。わたしも大変楽しく鑑賞させていただきました。あざっす! 以上。

↓ わたしの大嫌いな宝島社は、すぐにちゃんとこういう本を作る、その機動力は悔しいけどすげえと思う。これは素直に称賛したい。したくないけど。