これまでわたしは、まあ相当な数の映画を観ているが、エンドクレジットで、えっ!? と驚いたことが2回ある。もちろん、MARVEL作品のおまけ映像はどうでもいいので(いや、好きだし、マジか!と思うこともあるけど)、あれではないですよ。
 ひとつが、David Fincher の『SEVEN』だ。どう驚いたかというと、まあ、映画自体のストーリー、特に最後のオチも相当ショッキングで話題になったが、わたしはそれよりも、「エンドクレジットが上から降りてくる」ことに、非常にびっくりした。普通の映画は、キャストやスタッフなどのクレジットは、下から上に流れていく。しかし、『SEVEN』では、上から降ってきたのだ。気になる人は、ちょっとチェックしてみて欲しい。これまでに観た映画の中で、エンドクレジットが上から流れてくるのは、そりゃ他にもあるのかもしれないが、わたしは他に知らない。公開初日の日比谷(旧)スカラ座で観たが、マジでビビッたことを良く覚えている。 
 そしてもうひとつが、今日取り上げる『AMERICAN SNIPER』である。この映画のエンドクレジットは、まったくの無音、音楽一切ナシ、である。まさしく、黙祷をささげるにふさわしいエンドクレジット。Clint Eastwoodという男は、音楽の重要性を現役監督で一番分かっている男、そして映画音楽を最も巧みに操る男として、わたしは大ファンだが、またもすげぇ名作を完成させたのだ。わたしは数あるEastwood作品の中でも『UNFORGIVEN』『MILLION DOLLER BABY』が別格に素晴らしいと思っているが、『AMERICAN SNIPER』はその2本に並ぶ、スーパー大傑作、完璧な作品だと思う。
 
 この映画が公開されたのは、今年の1月。もちろん、超期待して初日に観に行ったのだが、当然、Dolby Atmos版を観た。アカデミー賞に6部門(かな?)ノミネートされたが、受賞したのは音響編集賞だけで、非常に残念だったが、DolbyAtomsでは戦場の臨場感をすさまじい音響で再現しており、見ごたえはさらに倍増していたと思う。
 ところで、なんで1月に観た作品を今頃取り上げるかというと、おととい観に行った『The SOUND OF MUSIC』に猛烈に感動したわたしは、結局昨日の帰りにヨドバシAKIBAに寄って、『The SOUND OF MUSIC』の公開50周年記念VerのBlu-rayを買ったわけで、その時に、つい、この『AMERICAN SNIPER』のBlu-rayも買ってしまい、今日改めて再び観て、またも大傑作であることを確認したからだ。ちなみに、 『The SOUND OF MUSIC』の映画もやっぱり素晴らしく、平原綾香ちゃんの声優振りも非常に上手で驚いた。歌の部分はもちろん素晴らしいし、普通の会話部分もまったく問題なし。ヤバイ。どうしよう。どんどん好きになってきたんですけど。
 ま、平原綾香ちゃんの話はどうでもいい。『AMERICAN SNIPER』である。 
 この作品も、実話というか実在の人間を扱ったものである。もちろん、映画としての物語という中では、事実と異なるところも多々あるだろう。例えば敵スナイパーのムスタファという男の射殺に至るシークエンスはまったく虚構であろう。全然関係ないが、「ムスタファ」と聞いたら、教養ある人間ならトルコの初代大統領を思い出すだろうし、映画オタクなら、100%間違いなく『STARWARS』を思い出すはずだ。思い出さない人間が映画好きを名乗ったら、笑われるぜ。そう、『Episode III』のラスト、暗黒面に落ちたアナキンと、オビ=ワンが最後の戦いをしたあの火山の惑星の名前も「ムスタファ」である。どうでもいいことが気になるわたしは、調べてみたのだが、「ムスタファ」とは、アラビア語で「選ばれし者」という意味なんだそうだ。オビ=ワンの悲痛な叫び「You were the Chosen ONE!! (お前は選ばれし者だったのに!!)」が耳に蘇るよね、こういう調べものをすると。
 いかん。どんどん脱線していく。

 『AMERICAN SNIPER』がスーパーウルトラ大傑作であることは、わたしにとっては疑いようのない事実なのだが、アカデミー作品賞と監督賞と主演男優賞を逃したのは、非常に残念に思っている。この映画について、本国アメリカや日本でさえも、戦争賛美だとか、戦争肯定だとか、なんでもそういう方向に話を持っていく残念な人々がいるようだが、それはもちろん観た人それぞれの感想であって、戦争賛美の映画だと思うなら、まあ、へえそう思うんだ、ふーん、と、おそらくそいつとは永遠に分かり合えないだろうな、と思うしかない。もちろん、反戦映画だと言う人もいて、それもわたしにはちょっとピンと来ない。そう思うのも自由なので、別に勝手にどうぞ、としか言いようがなく、実際のところ、そういう評価は別にどうでもいい。わたしが傑作であると思う作品というのは、ずっと忘れられないものであって、作中で描かれたキャラクターの生き方が、観た者の生き方において何らかの影響を与えるような作品のことだと思う。大げさかもしれないが、観た人の魂を揺さぶり、観た人の生き方を変える作品。そういうのを傑作というのだと思う。だから、この映画で、やれ戦争賛美だ、やれ反戦だ、という評価を下すのはどうでもいいから、だから何なんだ、観て、お前の生き方は何か影響を受けたのか? ということわたしとしては聞かせてほしい。
 わたしは間違いなく、この映画を観て、主人公Chris Kyleという男を知り、その生涯を知り、影響を受けた。わたしは彼を尊敬する。凄い奴だ。わたしより、ちょっと年下という点も恐れ入る。テキサスに生まれた彼は、おっかない父親に「この世には、人間は3種類いる。羊と狼と、番犬だ。お前は、羊を守る番犬、Sheepdogになるんだ」と言われて育つ。大人になり、軍とは無縁に暮らしていた彼も、1998年のケニアアメリカ大使館襲撃事件をTVで見て、入隊を決意する(このくだりは、事実なのか良く分からん)。そして9.11が起こり、Navy SEALs TEAM3に所属していた彼も、とうとうイラク出征のときが来る。Navy SEALsというと、最近ではTEAM6が有名だが、彼らは対テロ特殊部隊であり、Chris Kyleの所属するTEAM3は中東地区担当のチームである(※SEALsはTEAMごとに担当地域が割り当てられている。詳しくはWikipediaでも読んどいてくれ)。イラクで事が起きれば、海兵隊と共に真っ先に出陣する部隊だ。そこで彼は4回従軍し、殺害した人数が160人という、伝説の狙撃手として恐れられる(※仲間からも「Legend」と呼ばれてた)。しかし、当然、人間は人間を殺害することに対しては相当なストレスというか、高い心の障壁があるようで、これは『ヒューマン なぜヒトは人間になれたか』にも書かれていたが、飛び道具、要するに銃というものはその心の障壁をかなり低くする代物なんだそうだ。だが、160人も殺していれば、誰だって心がおかしくなる。そして、決してマシーンではなく、人間そものもであるChris Kyleも、当然おかしくなる。そりゃそうだ。そして、4回の出動から帰ってきたアメリカで、自分の子どもにじゃれ付く犬に、突如ブチ切れ、犬に襲い掛かってブッ殺しかける。その時の、はっと我に返る表情が、この映画一番の見所だとわたしは思った。羊を狼から守る番犬のつもりだったのに、オレはいつの間にか、狼になっていたのか? と自覚するシーンだ。この場面を指摘する同じようなレビューをWebで幾つか見かけたが、つくづく、アカデミー賞を獲れなかったことは残念だ。Bradley Cooperの演技は本当に見事だった。
 でも、ここがアメリカ的なのかな、と思うのは、そんな心のバランスを崩した夫に対して、奥さんが超冷たいんだよな……もうちょっと分かってあげてよと思うのは、男の身勝手なんですかね……。はっきり言って、奥さん役のSienna Millerの演技はフツーにいいレベルである。なので、別にわたしとしてはどうでもいい。が、ある意味無理解なといったら失礼かもしれないし、理解出来っこないのも当然だが、そんな奥さんとの関係に傷つきながらも、再び戦場に戻るChris Kyleの姿は、非常にレベルの低い話かもしれないが、わたしには日本のサラリーマンのようにも見えた。もちろん、サラリーマンは命を懸けていないし、職場で死ぬこともまずない。同等に語ることは、許されざる侮辱かもしれないが、信念に従って懸命に戦っているのに、その戦いの意味を見失いかけ、あまつさえ家族には理解してもらえない姿は、わたしにはもう、完全に自分に重なって見える。こう書くと、ちょっと自己陶酔に浸ってやしませんか? という自らの内なる声が聞こえてきて我ながら恥ずかしいけれど……。もちろんわたしは英雄でも伝説でもないし、おまけに言えば家族もいない、よく言っても普通のダメ人間だ。だが、わたしがこのChris Kyleという男の生き様に対して猛烈に共感できてしまったのは事実である。わたしも、そしておそらくはChris Kyleも、自分が当たり前と思っていることを当たり前に行っているだけなんだが、どうしてもそれは、他人にはそう映らないらしい。とある決着をつけ、帰国し、帰国したのに家に帰れず、奥さんに「I'm coming home」と電話で伝えた時の、Chirsの涙は、ちょっとした人生の岐路にあるわたしには、もう泣くしかないほど心に響いてくる。あんたは本当によく戦った。もう、おうちへお帰り。わたしは心から、そう言ってやりたいと思った。
 そして、除隊し、平和に生きるはずだったChrisを襲った悲劇。
 わたしは、エンドクレジットに、一切の音楽をつけず、黙祷をささげたEastwoodに対しても、深く敬意を表したい。Eastwoodは、自分で作曲もしてしまう男で、Eastwoodの映画は常に音楽が非常に良く、特に、エンドクレジットで流れる曲はいつも心に深く残るものなのだが(この点で『UNFORGIVEN』と『MILLION DOLLER BABY』は、すぐには劇場の椅子から立ち上がれないほどシビれる)、そのEastwoodが音楽をつけなかった。そもそも、本編内でもSEも最小限でほぼ音楽ナシ。明確に音楽が付くのは、最後の、あの実際の記録映像シーンだけ(まあ、あれもエンドクレジットの一部ではあるけど)。すごい決断だと思う。本当に、この映画は完璧だ。

 ちなみに、まったくどうでもいい豆知識だが、『AMERICAN SNIPER』というタイトルだが、意外とChris Kyleはスナイパー以外の、通常の近接戦闘・掃討任務もこなしているシーンが出てくる。これはWikiが正しいなら、事実らしい。まあ、狙撃手について知りたい人は、『Point of Impact』(邦題:『極大射程』)を読むといいと思います。狙撃主がどんな特殊な人種か良く分かると思う。映画版は、かなり面白いけど、まあ原作とは別物かな。時代が違うし。もちろん、映画は凄く上手に現代化してあるので、実際面白いです。
 あと、Navy SEARLsについては、『LONE SURVIVOR』も、主人公たちはSEALs隊員なので、見比べてもいいです。これは、SEALs創設以来最悪の悲劇といわれる、アフガニスタンにおけるレッドウィング作戦を描いたものだが、壮絶の一言に尽きる。この映画も、非常にクオリティは高い。こちらもぜひ観てほしい。ちなみに、まったく偶然だけど『極大射程』映画版も『LONE SURVIVOR』も、両方とも主役はサル顔でおなじみのMark Wahlbergです。

 というわけで、結論。
 もう言うことないな。完璧。『AMERICAN SNIPER』にはそれしか言えない。



 ↓ これが『極大射程』。ボブ・リー・スワガーという主人公で、実はこの主人公の作品シリーズはもうすでに結構な巻数出てます……が、最近のはあんまり面白くない。直近作はまだ読んでないや。
極大射程 上 (扶桑社ミステリー)
スティーヴン・ハンター
扶桑社
2013-06-29

↓ こっちもお勧めです。
ザ・シューター/極大射程 スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
2013-08-23





↓ こちらはすさまじく壮絶。とにかく全力で基地まで逃げるべきだったんだろうな……。
ローン・サバイバー [Blu-ray]
マーク・ウォールバーグ
ポニーキャニオン
2014-09-02